「硝子の月」
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「そ、そんなことより。一体なにがどうなってんだ?」 話の行き先にあらぬ危険を感じたせいかもしれないが、グレンは当面の話題を戻した。 「王城に行くだけだ。お前も感じたのだろう?」 「…王城?」 まだ怪訝なグレンだったがカサネは何も言わず、すっと指で示した。それを追って4人の視線がレンガの町並みから一段高い所に注がれる。 街を見下ろす白亜の王城には、高くせり出した3つの尖塔と強固な城壁が備えられ、城下のどこにいてもその揺ぎ無い威容が見て取れた。今日の青空の下、ますます白く映えるその姿は、国民にとって何より心強いものであったろう。この国の平和と安定をどこまでも約束してくれるものに思えたはずだ。 しかし―― 「来たか…」 ぽつりと、カサネが呟く。 「「来た…?」」 グレンとティオが同時に彼女に振り向く。 その背後で凄まじい閃光と爆発音が生じた。 驚いて視線を戻す男たちの目に入ったのは、巨大な熱塊。それが、城壁に雨あられと降り注ぐ有様だった。爆風は熱を捲いて振動し、衝撃がびりびりと鼓膜を打つ。各地で悲鳴が上がり、人々が耳や頭を覆って逃げ始めた。 「な!?」 あまりのことに絶句するグレンとティオの手を、それぞれの女が取った。 「行くわよ」 「行くぞ」 赤毛の少女とオリーブの肌の女は有無を言わせずその手を引いた。運命のなんたるかを知るものは、迷わない。 「行くって、おい! 何考え…」 「できるわ、貴方なら。だって、できたでしょ?」 ティオが抗議の声を上げる前に、ぴしゃりと遮るルウファ。その表情は危機感というよりむしろ高揚感に包まれて見えた。まるで、本当の祭りがこれからであるように。 「今なら大丈夫。運命を紡ぐのは、私達」 横顔に浮かぶ挑戦的な笑み。それが不思議にティオの不安を氷解させる。 苦笑してため息ひとつ。 「…わーったよ。つきあってやらぁ」
「行こうってお前…」 「ぴぃ」 「無事だったかのか」と言うよりも早く相棒が頭上で鳴いた。くるりと旋回して飛ぶ先に同じ影がいる。漆黒のルリハヤブサ。 「グレン」 地上では、行方不明になっていた青年が知らない女と一緒に駆けてくるのが見えた。 「無事だったか」 合流するが早いか、青年は立ち止まるよりも先に笑ってティオの頭をくしゃくしゃと撫でる。 「やめろって」 そんな風にされることに慣れていない少年は嫌そうにその腕を押しのける。 「貴女は?」 じゃれる二人は放っておいて、ルウファが訪ねる。 「カサネという。その男の情人だ」 平然とした答えに、「その男」と示されたほうが「ぶっ」と吹き出した。 「戻って来ないと思ったらそういうことか」 「案外やり手よねぇ」 少年少女はジト目で青年を見る。 「ぐ……お前が変な言い方するから」 恨めし気な視線を向けられても、カサネに堪(えた様子はない。 「嘘は言っていないつもりだが?」 却ってからかうような眼差しでそう言った。
問題は、どうすればそれが出来るかだ。 汗が頬を伝い落ちた。 『考えてばかりいても時間が過ぎるばかりだよ』 「うるせぇっ!」 再び現れた気配に苛々と怒鳴る。 『緊迫感が足りないのかもしれないな』 「てめ…!」 その存在が何をしようとしているのか、考えるよりも先に感じ取れた。
時の流れを等しくしようとしている。
そんなことになったら、間違いなく閃光は人々を――ルウファを殺す。 (させるかよっ!) そう思ったかどうか、後で考えても覚えていない。 ただ閃光に手を伸ばした。 この空間と等価に流れようとする時間を捕まえる。右手で捕まえたそれ(を強く引き、左手を閃光の中に突き入れる。手の平に痛みを与えてきたものをしっかりと握り締めて思い切り引き抜いた。 『合格』 相変わらず感情も、関心も無さそうな声がそう言った。 『その感覚を忘れないように』 衝撃と、轟音。 (『合格』って、失敗してんじゃねぇかよ!) 憎まれ口を叩く間もなく、ティオの意識はまた一瞬途切れた。
「おかえり」 少女の声が耳に届いた。 それからわっと祭りの喧噪が飛び込んでくる。 「俺……」 「行こう」 笑みを浮かべる彼女に強く腕を引かれ、バランスを崩すように走り出す。
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