「硝子の月」
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2001年12月31日(月) <成り行き> 朔也

「そうじゃそうじゃ。見る目があるのう小僧。
 確かにわしの猫は『びゅーてぃほー』なのじゃが、この年では洗うのが大変でのう。最近ちょっと風呂をサボっておったわ」
「……は?」
 唐突といえば唐突な老婆の言葉に、ティオはやや引きながら疑問符を返す。しかし老婆はそれに気付いた風でもなくうんうんと頷いている。
「というわけで、小僧」
「……え?」
「わしの猫の風呂を頼む。なに、ほんの15匹程度じゃ、軽い軽い」
「な――っ……」
 冗談ではない。一人で納得する老婆に、ティオが慌てて反論しようとした瞬間。

「了解しましたお婆様っv」
 横からシオンがしゃしゃり出て、ぶんぶんと手を振りながら良い子のお返事をかました。

「あっ、こら馬鹿――……」
「ふふ、ふふふふふっv 猫天国!
 さぁ頑張ろうねルウファ、可愛い猫たちのために!」
「ちょっ、なんであたしまで――……」
「おお、やってくれるか。うむうむ、ちょっと言ってみただけだったのじゃが、ノリのいい若者じゃのう」
「こら待て婆さん、俺たちはなぁ――」
「ほっほっほ、今日はいい日じゃなぁ」
「ああもうっ、何が何だか!?」

 ――何と言うか、そういうことで。
 こういうことであった。


2001年12月29日(土) <成り行き> 瀬生曲

「何事!?」
 振り返る三人の気持ちを代表してルウファが言葉を紡いだ。
「かぁわいいぃぃぃぃぃっっvvv」
「「「……は?」」」
 ハートマーク飛ばしまくりで抱き上げた猫に頬擦りをするいい年こいた男シオンにその場の時が止まった。
「うわぁぁぁぁ、かーわいいねぇ、お前v このつぶらな瞳、綺麗な毛並み。肉球触ってもいい? むにゅ。ああーかわいいよぉぉぉぉvvvvv」
「「「…………」」」
 一同言葉も無い。
「……おい」
「何よ」
「ああいう奴か」
「猫マニアとは知らなかったわ」
「新たな一面を発見したな」
「したくもなかったけどね」
 小声でそんな会話を交わす。この時『こいつこのまま置いて行こうか』という考えが湧き起こったのは一人ではなかった。密やかに交わされる視線の会話アイ・コンタクト
「待てよ!」
(((勘のいい奴)))
 静かにその場を去ろうとしたところを呼び止められて嫌々振り返る。
「お前等、こんなにかわいい仔猫ちゃん達を見て何とも思わないのか?」
(((そっちかい)))
 心の中で総ツッコミ。この時ほど三人の心が一つになることはこれから先そうそう無いかもしれないという同調シンクロっぷりである。
おりゃあ別に猫好きじゃねぇしなぁ。食ったら祟りそうだし」
「何!?」
「ここら辺じゃ売れないわよね。どっかじゃ楽器に猫の皮使うらしいけど」
「そういうことじゃないよルウファッ!」
 シュールな二人の同意を得ることを諦めたのか、シオンはティオにすがる様な視線を投げ掛ける。抱いたままの猫のつぶらな瞳とのダブル攻撃である。
 少年はしげしげと猫を見詰めて言った。
「きったねぇ猫」
「ほほう」
 いつの間にか彼の背後には老婆が立っていた。


2001年12月26日(水) <成り行き> 朔也

「……? 東が……どうかしたのか?」
 少年の様子にどことない違和感を感じ、グレンは尋ねる。少年はただ一言、別にとだけ答えてわずかに肩をすくめた。
 よく分からないが、特に異論があるわけではなさそうだ。新たな道連れである少女と青年も同じく。
「―――。まぁ、いいか……そんじゃ、ファス・カイザに向けて……」
 出発、という言葉を口に乗せる直前。

「うわああああああっ!?」

 唐突にシオンが大声を上げ、一同はぎょっと動きを止めた。


2001年12月25日(火) <成り行き> 朔也、瀬生曲

「嫌だなぁ照れちゃってv」
 ゴッ!
「……10.0」
「ありがとう」
 一撃で沈められた青年を2人で冷静に見下ろしつつ、とりあえず追加の猫をかき集めて続きを洗い始めた。
 何故唐突に猫洗いかと言えば、時間はわずかに遡る。……あれは今朝のことだった。


 一行は結局四人ということになった。
「まぁ、旅は道連れって言うしな」
 グレンはがしがしと頭を掻いた。
 昨日の今頃にはよもやこんなことになろうとは思いもしなかった、というのは全員の共通した感想であろう。
「で、どこ行くんだよ」
 勝手に自分を『道連れ』にした青年に、ティオは至極まともな問いを投げ掛ける。
「とりあえず東へ。ファス・カイザに出たほうが情報もあるだろう」
 首都の名を告げ、東に進路を取る。
 グレンの目的が『硝子の月』にあることは、新しい仲間二人にも既に教えてある。二人とも別段驚いた様子も馬鹿にした様子も無く受け入れた。変わっていると言えば変わっている。
「東、か……」
 ティオはぽつりと呟いた。


2001年12月21日(金) <成り行き> 瀬生曲

 確かにティオは被害者と言えなくもない。運が悪かったと言ってもいい。
「これで最後だってよ」
「むしろ悪いのはあの大馬鹿者だし」
 ルウファは、更に追加の猫を抱えてやってきた青年に冷たい視線を投げかけた。
「よせよルウファ。そんなに見詰めたら照れるじゃないか」
「『見詰める』と『睨む』の区別くらいつけなさいって何回言わせる気?」


2001年12月19日(水) <成り行き> 瀬生曲

「早い話が逃げたのね」
 少女は溜息と共に盥の中に猫を入れていく。幸いにして風呂慣れした猫達なので暴れられて玉のお肌に傷がついたりはしない。
「怒らないのか?」
 少々意外な心持でグレンは尋ねた。自分が見たところでは、彼女はあまり気の長いほうではない。
「うーん、ちょっとね。流石に同情するものがあるし。これで猫が強暴だったりしたらキレてたかもしれないけど」


2001年12月14日(金) <成り行き> 瀬生曲

「俺のせいじゃねぇだろ」
 ティオはふいとそっぽを向いた。
「アニスがいるとそいつらが警戒するから、どっか行ってる」
「ちょっと待ておい!」
 後には猫と盥と青年が一人残された。
「あれ? ティオは?」
 少女の声に振り向くと、彼女は追加の猫を二匹抱えていた。
 青年はがっくりと肩を落とす。
「グレン?」
「猫に威嚇される猛禽類を連れてどっか行ったよ」


2001年12月11日(火) <成り行き> 瀬生曲、立氏楓

「で、何で俺達は猫なんか洗う羽目になったんだ?」
 大きなたらいとルリハヤブサを威嚇する十匹近い猫を前に、少年は溜息をついた。
「何で…ってお前が言うか?それを」
 些か年よりは上に見える青年が、猫を威嚇しながら言う。いずれにしろ、水嫌いの猫どもを洗わなければならないのには代わりがない。


2001年12月07日(金) <回転> 立氏楓、瀬生曲

青空に一羽の黒い鳥が弧を描きながら飛んでいた。
 ピイ、と一際高い声を上げると、その鳥はゆっくりと崖の上に立つ人間の元へと舞い降りる。その崖の下には、彼等自身は知る由もないが、先刻の三人が会談していた建物があった。
 並みの人間なら卒倒しかねないほど高いその場所で、しかしその人物は平然と、その無造作に高く結われた長い髪を風になびかせていた。
 「御苦労だったな」
 凛とした唇から漏れた声は、低いけれども間違いなく女声。
 腰の布袋から出された肉片を嬉しそうについばむ鳥――それはアニスと同じ、但し色は漆黒のルリハヤブサ――を優しい瞳で見つめながら、女は呟いた。
 「『赤き運命』がやっと現れたか…」
 心地よい風が、決して軽くはない武具で覆われた身体を吹きぬけて行く。女は、その顔にも、剥き出しの引き締まった腕にも、美しいオリーブ色の肌が見える場所には全て無数の傷が刻まれていた。おそらく、マントの下も同じであろう。
 「ピィ」
 信頼する相棒の声で、女は我に戻る。
 「ん?なんだ?」
 「ピピィ」
 「これからどうするのかって?」
 鳥の問いかけに女は再び崖下の建物に目をやる。
 「…そうだな…。運命はまだ回り出したばかりだ。急いで追う事もないだろう」
 鳥が小首を傾げて、彼女の答えを促す。
 女は不意にくるりと踵を返すと、鳥がのっている腕を勢い良く振り上げた。 
 「とりあえずは我が主の元へ帰るとするか!ヌバタマ」
 ばささっと天空に飛び立つと、ピィと賛同の声を上げた。


「『御方おんかた』」
 長椅子に寝そべる女は溜息と共に声のほうを見やる。
「略すでない」
 さして変わらぬ呼び方をしたというのに、先刻の中年男へしたのとはかなり違った対応である。
 そこには白い少女が立っていた。薄地の白い長衣と、頭からも同じ素材の布を被っている。胸の前で組んだ手だけが外に見える素肌だった。
「珍しいの、そなたがここへ参るなど。お掛け」
 彼女に自分の対面の椅子を薦める。
「その椅子にですの?」
 不思議と声が布によってくぐもることはない。
 女はおかしそうにくつくつと笑った。
「そうであったの。あのような者の触れた椅子にそなたを掛けさせるわけにはゆかぬわ。あれは後で棄てさせるとして……おいで」
 手招かれるままに少女は女の傍らに寄り、女の大腿の前、軽く向き合えるように同じ長椅子に掛けた。この館の主を知る者――例えば先刻の宰相閣下――が見たら卒倒しかねない行為である。
「どうした?」
 笑みを含んだ黄金の双眸が向けられる。
「お会いしたかったのですわ。『紡ぐ』のに飽きましたの」
「『白き紡ぎ手』のそなたがか」
 女はまたくつくつと笑う。
「だって、退屈なのですわ。一人きりで糸を紡いで。この間伺ったお話もすっかり擦り切れてしまいましたのに」
 薄布を透して少女の不機嫌が伝わる。
「新しき話を聞かせてやろうゆえ、機嫌をお直し」
「はい、『御方』」
「略すでないと言うに」
 素直に頷く彼女の頭を、女は笑いながら撫でた。


2001年12月06日(木) <回転> 立氏 楓

「宰相!」
 中年の男が怒鳴った。
 「この女は一体何なのだ!例の話が聞けるとお前が言うから、わざわざ足を運んでやったというのに…」
 「陛下」
 背筋が凍りつきそうなほど冷ややかな声で、男が答える。
 「たとえ陛下であろうと、『叡智の殿堂』を統べられる御方様には敬意を払って頂かなければ困りますと最初に申し上げたはずです。それとも、殿堂の一族を敵に回されるおつもりですか?」
 「…だが、しかし…」
 「陛下」
 「…う、うむ。解った…」
 宰相の気迫に気圧されてか、中年の男はごほんと咳払いをすると、あらぬ方を向いている女に呼びかけた。
 「…その…、御方…殿」
 「そのような妙な呼称に応える謂れは無い」
 びしゃりと撥ね付けられて男は又も声を荒げようとするが、宰相の視線にぐっとこらえる。
 「…『永き者の寵を受ける方』、どうか先ほどの話に付いてもう少し詳しい話を聞きたいのだが…」
 国王が痺れを切らすか切らさないかという絶妙の沈黙の後、女はゆっくりと煙を吐き出す。吐き出された煙は不思議な事に、くるくると螺旋を描きながら宙に消えて行った。特別な吐き出し方でもあるのかと興味本位で以前女に尋ねた事があるが、女は笑ったまま応えてはくれなかった。何故そうなるのか、宰相は未だに解らない。
 「例のモノに出会いたくば、まず『紫紺の翼持ちたる証』を手に入れよ。さすればいずれ『赤き運命』が『挑む者』を」紡ぐであろう」
 言い終わるや否や、女はくるりと背を向けてしまった。
 謎めいたその言葉に国王は更に言を継ごうとするが、宰相の言葉に遮られてしまう。女が背を向ける時は、これ以上語る気が無いのだということを彼は国王に言っていなかった。それに、彼が知りたい事は十分彼女は語ってくれた。
 「御助言、ありがたく承ります。この御礼は必ず」
 深々と一礼し、国王に対しては有無を言わさず目で退出を促す。不承不承の態で部屋を出て行った国王に続いて彼が踵を返そうとした瞬間、背を向けたままの女から声が飛んできた。
 「ウォールラン、有史以来歴史は女が動かしてきたのだということを不愉快極まりないあの男に教えてやれ。始めに知恵を得たのは男ではない、とな」
 ウォールランは内心嘆息する。彼女の知識には――彼にしては珍しく――心からの敬意を表するが、こういう瑣末事にかかずらう処は女ならでは、とも思う。
 彼は、もう一度お辞儀をして言った。
 「季節柄、御自愛下さい」


2001年12月05日(水) <回転> 立氏 楓

「『赤き運命(さだめ)』と『挑む者』が出会うたぞ」
 女が、やすりで研いだ爪にふっと息を吹きかけた。
 何処か大きな建物の一隅である。四方の壁は扉や窓以外全てが本棚で、無数の本が一分の隙もなく並べられている。その天井の高さは通常の軽く三倍はあり、上の方は暗くてどんな本が並べられているのか全く見当もつかない。
 女は長椅子に寝そべると、目の前にいる二人の男に目を見た。
 一人は、豪奢な衣服を纏った中年の男。些か不満げな表情で、彼女の前に置かれたお義理程度の椅子に、でっぷりと太った身体を持て余し気味に沈めている。
 もう一人は、背の高い痩身の男。派手ではないが、仕立ての良さそうな長衣に身を包み、彼女の前にひかえている。この男の持つ、漆黒の長髪と真冬の湖のような冷たく青い瞳が、女のお気に入りであった。
 「…そなたの陛下は妾に信用が置けぬようじゃの」
 揶揄の響きもあらわに、女は言った。長身の男は、素知らぬ振りで弁明する。
 「決してそのような事は。我が陛下におかれましては、近頃お身体の調子がすぐれず…」
 「女は天井だけを見ておればよいという顔じゃの」
 男の言葉を聞かず、女はくすくすと笑い声を漏らした。
 「『永き者の寵を受ける御方』…」
 男が困った表情で呟く。すると、女は笑いを止めないまでもひらひらと手のひらを振って見せた。全身を覆う緑の薄絹が、さらさらと音を奏でる。
 「よいよい、妾は気分を害してはおらぬ、宰相殿。元々、そなたの為に『赤き運命』について教えているようなものじゃ。己の欲を満たす事しか考えておらぬ愚か者の為ではないわ」
 黄金の双眸が自分に向いていることに気付き、中年の男が怒りに顔を赤らめる。
 「…この私を侮辱するつもりか」
 「おや、解らなかったかえ?」
 女はふうわりと破顔する。
 「そなたの様な知恵浅き者にも解る様に言うたつもりであったが。妾も精進が足りぬのう」
 「貴様…」
 「陛下」
 立ち上がり女へと詰め寄ろうとした中年を、長身の男が制止する。
 「『御方(おかた)様』もお戯れはどうかお止め下さい」
 非難めいた視線を向けられて、女はふんと顔を逸らせると、水煙草の長い管に手を延ばし、長い煙管を口に咥えた。窓から差し込む光を浴びて、黄金の巻毛が、持ち主の気分に合わせてはらはらと無数の光を撒き散らす。ふと窓の外に目をやると、枝に一羽の大きな黒い鳥が留まっているのが見えた。
 烏だろうか。それにしては風格がある。


2001年12月04日(火) <交差> 瀬生曲

「……何?」
 もの凄ぉく嫌そうに、それでも一応は問い掛けてやったのは、少女の精神的余裕が幾らか戻って来ていた為である。
「まさか、君、こいつが『運命の相手なのv』とか言い出すんじゃないだろうな!?」
 そういう意味では感謝すべき少年を指差して、シオンは(一部を非常にかわいらしく)ルウファに問うた。
「そんな言い方はしないけど」
 肯定はしないが否定もしない。食堂の空気が野次馬根性でどよめく。
「俺は認めない! 絶対に認めない!」
「別にあんたに認めてもらうことじゃないし」
「るぅぅふぁぁぁぁぁ」
 少女はふいとそっぽを向く。攻撃に出ないだけ優しいということなど周囲の人間が知るはずもない。
「お前の話だろ」
 ほとんど我関せずといったスタイルのまま、グレンは面白そうにティオに囁く。
「こいつ等の話だろ」
 その言葉で我に返り、少年はルリハヤブサと食事を再開する。冷めたスープならルリハヤブサにでも飲める。
「またまた。愛の告白されてんのはお前だろうが」
「今ののどこが『愛の告白』なんだよ」
 すっかり会話が二分されたところに、店員が申し訳なさそうにと言うよりはむしろ怯えたように口を挟んだ。
「あのう……お料理はどちらに……」
「こっち」
「もう一組同じのを」
 喧嘩にもならない一方的な懇願をやめて、青年はいつの間にかテーブルに着いていた。


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