「硝子の月」
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2001年11月30日(金) |
<交差> 朔也、瀬生曲 |
「あたしはルウファ。よろしくね。 ……で、キミは?」 ティオの不機嫌さなど意にも介さず、赤毛の少女は機嫌良くこちらを向いた。本人が何か言うより早く、グレンが口を挟む。 「ああ、こいつは家出……痛ッ!!」 強かに足を踏みつけられ、グレンが恨みがましそうにティオを睨んだ。『余計なことを言うなオーラ』を目から発しつつ、仕方なくティオは名乗る。 「ティオ……ティオ・ホージュ。 こっちは相棒のアニスだ」 紹介されたルリハヤブサは、礼儀正しく「ピィ」とおじぎした。 「………」 「………」 「……?」 ――と、少女が奇妙な表情で固まった。ティオとグレンは一度目を合わせ、それから再び少女を見遣る。 「……ルウファ?」 聞いたばかりの名前を呼びかける――と、ようやく少女からのリアクションが返った。 「ホージュ……ティオ・ホージュ?」 疑うように繰り返し、それからルリハヤブサを見遣る。 「……そうか、ルリハヤブサ……ホージュ。それじゃあ……」 「……おい?」 自分の名前を繰り返されたティオが、訝しげに眉をひそめた。
「それじゃあたしは貴方と一緒に行くわ」 対する少女は鮮やかに微笑んだ。 「っ……何言ってんだよ!」 一瞬言葉に詰まった後に、ティオは当然抗議の声をあげる。その直前に青年が吹いた尻上がりの口笛は聞こえなかったことにしておいてやる。 「私が貴方と旅程を共にするという参加表明よ」 さも当然と言わんばかりに少女が応える。 「そういうことじゃねぇよ!」 自分もどこへ向かうのかわからない青年の同行者であるという問題でもなく。 「何なんだよ、お前……」 「名乗ったでしょ。ルウファ。ルウファ・ルール。運命(を知る者よ」 「わけわかんねぇよ」 「そのうちわかるわ。あたしだってどうしても気に食わなかったら運命(なんて蹴飛ばしてでも変えてやるし」 「だから……っ!」 「るーふぁぁぁぁぁあああっ!!」 更に問い重ねようとする少年の声は、青年の叫びによって遮られた。 「あー、そう言や忘れったわ」 程よく焼けたソーセージをパリッと鳴らしてグレンが呟くのが聞こえた。
もっとも、元々この至近距離で視線がきれいさっぱりと自分を避けていたはずはないのだが。 「あー、お嬢ちゃん」 いかにも仕方なさそうに口を開く。少年本人に絡むよりも効果的な嫌がらせを思い付いたからでもあった。 「同じものって結構量あるけど?」 「おい!」 少女を受け入れる発言をすると、ティオは案の定苛立ちの声をあげた。 「何でそうなんだ、このオッサン!」 「だぁれのことかな家出少年。そういうことを言うのはこの口か?」 「あんふぁ、以外の誰がいんだよ!」 ほっぺたを抓り上げる青年の手をすぐに不機嫌に叩き落として、彼が今にも掴み掛からんとしたその時に、 「でもその人、『オッサン』ってほどの歳には見えないけど?」 きょとんとした顔で少女が口を挟んだ。 一瞬の、間。 「よし、飯はお兄さんが奢ってやろう」 「おいっ!」 「俺はグレン・ダナス。お嬢ちゃんは?」 益々不機嫌な約一名はout of 眼中である。
「……あんたも何とか言えよ」 ティオはごまかすように少女から視線を逸らし、無心に食事をしているグレンに呼びかけた。しかし相手は何も聞こえなかったかのように黙々とパンをかじっている。 「おいこら」 「………」 「………。オッサン」 「だれがだッ!?」 思わずバンッとテーブルを叩いてしまったグレンは、ハッと口を押さえた。ティオがしてやったりと笑みを浮かべる。 「なーんーでー返事をしないのかなー? んー?」 質の悪い笑顔で絡んでくる少年に、グレンは怯んだ。とうとうこっちにまで視線が集まってきている。
2001年11月22日(木) |
<交差> 宮本祐樹、瀬生曲 |
今まで、コントに注がれていた客の視線がティオに向けられた。 グレンはというと、舞台に上げられてしまったティオとはまるで他人ですとでも言うように目線を逸らしつつ口に物を運んでいる。 仕方なくティオは青年のほうを向いた。 窓から差し込む朝日にきらきらと輝いたさわやかな笑顔…が向けられているが、床に倒れたときにできたらしいおでこの傷からだらだらと血が流れている。
今この場で言うべきことはただ一つ。 「思わねぇ」 予想だにしなかった現実(を突き付けられた青年は硬直し、その向こうで少女は「当然」と呟きつつ小さくガッツポーズを取った。 「よくぞこの勘違い男に言ってくれたわ。普通だと怖気付いちゃって駄目なんだけど。おじさん、この人達と同じのあたしにも」 そして彼女は実に何気なく一緒のテーブルに着く。 「……おい」 「何?」 「何でここに来る」 おかげで相変わらず客の視線は集中している。 「何となく」 「お前なぁ」 文句の一つも言ってやろうと向き直ると、彼女は真っ直ぐにティオを見つめていた。 濃く澄んだ紅玉(の瞳。あまり真っ直ぐに見つめられるものだから、吸い込まれそうな錯覚を覚える。
…と、階段の下にぶっ倒れていた青年がむっくり起き上がった。額から血を流しつつ白い歯を輝かせて笑っている様は、何かの冗談のようでもある。 「はっはっは、照れる事ないさルウファ。もちろん奥ゆかしいキミも素敵だけどねっ。 我慢する事はないよ、さぁこの僕の胸に飛び込んでおいぐふぅッ!!」 階段落ちの前とまったく変わらないペースで喋りつづけていた青年は、傍から見ても容赦の無いアッパーカットを食らって再び床に沈んだ。赤毛の少女はこめかみに血管を浮かせて荒い息を吐いている。 (コントか……?) 売れない芸人コンビの身体を張ったストリートパフォーマンスだろうか。あまりのテンションの高さにそんな馬鹿なことを考えた。 しかしあの、怒りと言うか既に憎しみのこもった突っ込みが演技に見えるわけでもなく。……結局のところわかっているのは、他所でやってほしいという結論ひとつである。
「ふっ、痛いほどにキミの愛を感じるよルウファ。ほら窓の外をごらん、朝日までが僕らの未来を祝福しているようじゃないか」 (幻覚だろ?) ティオが胸中で突っ込んだ瞬間、今度は口から血を流しつつ青年が振り返った。 「なぁ、キミもそう思うだろう?」 「――は?」
「人の部屋に勝手に上がりこむとはいい度胸ね」 階段の上に声の主が姿を見せた。赤い髪を高く結わえた気の強そうな美少女である。 「店主!」 「はははは、はいっ!」 その迫力に気圧されて、三、四回りは年下の少女に直立不動で応える宿屋の主人。 「この店の防犯はどうなってるわけ?」 「そうはおっしゃられましても、こちらは止める間もなく登って行かれましたし、お連れの方のようでしたし……」 「連れじゃない」 「ハイ……」 彼女はゆっくりと階下に降り立った。 「安眠妨害されたんですもの。宿代まけてくれるわよね?」 花のほころぶような笑顔を向けられた宿屋の主人こそ災難であった。 (気の強ぇ女。がめついし) ピィ ティオの思ったことに同意するかのようにアニスが鳴いた。
「何だあれ……」 「目を合わせないほうがいい類の人間だな」 グレンの言うことには同感出来たので、ティオはこくりと頷いた。青年が今ので自分をからかうのをやめたことについてほんの少しだけ、突然現れた変人に感謝しておく。 「……おや?」 目当ての人物がいなかったのか、謎の青年はきょろきょろと食堂を見回した後に小首をかしげ、それからぽんと手を打った。 「そうか。君はまだ眠りの中にいるのだね。そして僕の口付けを待っていると! はっはっはっ。かわいいお寝坊さんめv」 「もしもしお客さん……?」 一人で何やら納得すると、さっさと奥の階段から二階に登っていく。物凄く嫌そうに、それでも「これも仕事だから仕方がない」と言わんばかりに折角声を掛けた宿屋の親父はさっくりと無視された。 「…………」 「…………」 ティオもグレンも黙々と朝食片付ける。もちろんティオは時々アニスに分けてやることを怠らない。 「出てけーっ!!」 ガタガタガッターン!! 少女の声に続いて物凄い音を立てながら何かが階段を転げ落ちた。 「あれが『階段落ち』って言うんだぞ。一人じゃ物足りんがな」 食事の手は休めずに、グレンがぼそりと言った。
ムキになればなるほど墓穴を掘っていくのが丸分かりである。 なるほど、思っていたほどわかりにくいというわけでもないのかもしれない。意外な側面に思わず笑いが止まらなくなる。 「あっはっはっは、お前にも可愛いトコあんじゃねえか♪」 「今すぐその口閉じねえとコロスぞおっさん」 肉眼でさえ確認できそうな怒気のオーラを放ってくるティオに、しかしグレンは更に人の悪い笑みを浮かべた。初めてつかんだこの少年の弱みらしい弱みが楽しくてたまらない。 「まぁそう言うなって。なぁティオちゃん?」 「うわっ、こらッ!?」 テーブル越しに無理矢理ぐりぐり頭を撫でてやると、それから逃れようとティオがじたばた暴れる。真っ赤になって睨み付けてくるが、リーチの差で向こうからこっちには届かない。 「てめこのっ…!」 眦を吊り上げて少年が怒鳴りつけたその時。
「グッ、モーニン! 麗しき僕の小鳥! ああ今日も類い稀なるその声で愛を囁いておくれ、そうあたかも月の女神の歌声の如くに!」
バン、と食堂のドアをぶち開けて、妙な青年が中に飛び込んできた。
「で、どこに行くんだよ」 翌朝、しっかりと朝食を口に運ぶ少年の様子はふてぶてしいほどで、昨夜の萎れた様子など微塵もなかった。そのことに青年は安堵し、同時に小憎らしくも思う。 (まぁいいか。べそべそしたガキを連れて歩きたかねぇからな) 「聞いてんのか? 年寄りは耳が遠いからな」 ピィ 「お前等な……」 無愛想な少年と妙に嬉しそうな鳥に怒気を覚える。 「ったく、こっちは心配してやってるってのによ」 がしがしと頭を掻きながら言った途端にティオが赤くなる。 「ん?」 一瞬目を丸くした青年は、それからにたぁっと笑った。 「何だよ!」 きつく睨まれても彼は笑うのをやめない。 「お前もしかして、照れてんのか」 「誰が!」
2001年11月01日(木) |
<月下> 朔也、瀬生曲 |
「…あん?」 少年の声が思いがけず寂しげに闇を震わせ、グレンは思わず間の抜けた声を返した。けれど少年はそれ以上何も言わず、そっぽを向いてベッドで丸くなっている。 「…ティオ?」 恐る恐る名前を呼んでみた。正直、子供に泣かれたらどうしたらいいのかわからない。 けれどティオは寝たふりを決め込むつもりなのか、うんともすんとも答えようとはしなかった。
昼間盗もうとしたルリハヤブサが、何か言いたげにじっとこちらを見つめている。それに気付き、グレンはごく小さなため息を吐く。 思えばよくわからない少年ではある――高価なルリハヤブサを連れ、たった一人で慣れない町を歩いて。 (口は悪いし態度はでけぇし) ひねくれてはいるが頭は悪くない。見た目ほど中身が幼いわけでもない。
…けれどそう、ひどく渇いた目を…している。
(だから…ほっとけなかったのかねぇ) 度胸の良さも抜け目のなさも割と気に入った。それは嘘ではない。 けれど、それ以上に心を動かされたからこそわざわざ子供一人を拾ってしまったのは事実だ。
「例えばどうしようもなく望むことがあって、どんなに努力してもそれに届かないと知っているものが何かあるとき」 まるで独り言でも言うように、グレンはつぶやく。 「そんな時に目指すもの…それが硝子の月なんだと、俺は聞いた」
「…………」 少年からの応えはない。 胸の内で溜息をついて、青年が眠ってしまおうと寝返りをうった時だった。 「あんたは?」 躊躇うような問いが届いた。 「…………」 今度はグレンが少し黙る。 「……俺のは、ただの好奇心さ」 目を閉じたまま呟くように言った。 語れる何かがあればよかったのかもしれない。そうすれば少年の渇いた目をどうにかしてやれたのかもしれない。 それでも今ここで語るべきことは青年にはなかったのだった。
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