日々想事ひびおもうこと...紫能神巳

 

 

幸せのカタチ。 - 2002年03月31日(日)

今日、友人の結婚式当日。
出発時間より三時間半も早く起きて(何をやってるんだ)、髪のセットをしたりとにかく入念に丹念に準備、そして出かけました。
桜吹雪の中の、とても素晴らしい挙式。
この為に、例年より早く満開になってくれたのかと思うほど満面の桜の中、厳かに執り行われた挙式に感動で一杯でした。
そして、披露宴…がこれまた変則。
普通、新郎新婦の座る上座、高砂席があって、その前に2〜4の数で円卓で、それぞれの『友人席』があるじゃないですか。
それが、新郎新婦も交えた長い円卓に『友人』が全員座り、親戚はその輪の外。
友人は全員スピーチとカラオケに立ち、出し物もあって、爆笑の渦の中進んでいく披露宴(爆)
…………かなり面白かったです(笑)
そして、このまま爆笑で終わるのかと思いきや、新婦の妹ぎみがスピーチで『大好きなおねえちゃん…』と声を詰まらせたところで新婦が号泣、私達も万感の思いが去来して、友人席からは見事なほど全員の啜り泣きが聞こえ始めました。
無論私も泣かずにはいられなかったが。
しかしあまりにも素晴らしい式だったのです。
そして、当初予定に無かった二次会が敢行され、異常にノリのいい新郎のご母堂がスポンサーとなってくださり(笑)、カラオケでまた盛り上がりまくりました。
新郎ご母堂が…本当にオモシロい人だったのよ…。
うどん屋を経営なさってるんだが、『いつでもおいで、ともちゃん(新婦)の友達ならタダやで!』と言って下さる気風のよさ。
そして、私たちと新婦を前にして、『ともちゃん、友達の来てくれへん家はアカンで。おかあちゃんおらんときでも、いつでも友達に来て貰うんやで』と言い、私たちには、『この子、まだこの辺に友達おらへんから、いつでも来たってな。寂しいやろから』と言って下さる、とても素敵な面をお持ちで、私は新郎のご母堂がとても好きになってしまいました。
私の友人、彼女もまた、『イエ制度』の中で『嫁』に行った訳ですが、これならとても可愛がって貰えるだろうと安心しました。
また、彼女自身の資質が、もう可愛がられないわけが無い優しく愛らしい人で、私は彼女が大好きなのです。だからみんなきっとそうなはずだ!(笑)
『嫁』に入ってしまう彼女に、私達は『あァ、旦那と姑の居る家にそうお邪魔するわけにもいかんし、彼女とはなかなか逢われへんなこれから』と諦めにも似た気持ちがありましたが、ご母堂自ら吹き飛ばしてくださったので、大安心(笑)
手始めに、いつお邪魔するかという計画を立て中です。
一緒に行った友人の、帰路についているときの『……幸せを見た』という言葉が非常に同感で、とても印象に残った一日でした。
幸せになってね、ともちゃん。


-

失うものが何処にある。 - 2002年03月30日(土)

「TRIGGER]の『薄汚い』が『ウサギちゃん』に聞こえて困っている今日この頃(どんな耳しとんねん)。だって聞こえないか。聞こえねぇよ、スマン。
しかしホントに歌詞が好きなのよ今回。
一曲一曲、妙に『聞こえてくる言葉』ってのがインパクトがあって力を持ってて。
この曲ではこういう言葉が『聞こえて』来る、っていう。
今回は、ヘビーローテーションっても、体力のなさと時間のなさが専らの原因で車の中で聴いてるのが常なので、いつもみたいに歌詞カードと照らし合わせて、ってのとは聴き方が違う。
そのせいか、聞こえてくる言葉とそうでないものがかなりハッキリしてて、もう『言葉』としてすんなり入ってきたり来なかったり。
何度も言うが、やはり言う。
今回、『言葉』的には素晴らしく好きだ。曲的には私はシロウトなので言及を避ける(ま、『言葉』もシロウトなんだが)。

何も失わないね、と強い言葉がどうしても響いてくるのは、私が喪失感に悩まされているせいかもしれない。
何も失わないぞと思いながらも、何かを失っているようで覚束ない。
何かを失おうとしているようで覚束ない。
変わって当たり前で、変わってゆかないものの方がどうかしてるのだと、頭では解っていても、それでも変わってゆくものがどうしても寂しい。
明日結婚する友人が、ついさっきまで来ていた。
忙しい中、『最後だから』と何度顔を出してくれただろう。
それも今日、本当に最後だったのだ。
少なくとも、独身、の状態で、気軽に顔を出して貰えたのは。呼べばすぐ傍にいる状態だったのは、今日までなのだ、と彼女が帰ってしまってから、改めて思う。
少しだけ遠くにお嫁に行く。
そう遠いわけじゃない、少しだけ、なのだと解っているけれど、それでも、寂しい。
ようやく寂しくなってきたのは、彼女があんなふうにはもう、この部屋を訪れないのだと頭が理解してからだ。
けれど大きな喜びも目の前にあって、どうして良いのか『気持ち』が酷く当惑している。彼女が幸せになるという大きな喜びの前に、この寂しさは光と影みたいに当たり前に存在するだけのものなんだろう。
ずっと傍にいるのが当たり前だと思っていた、感傷。

大切な恩師が亡くなられた日に、大切な友達が離れてゆく。
でも『離れる』訳じゃないんだという妙な納得とか、いろいろ入り混じってて、やっぱり、感傷。
もう明日なのか。
何だかとても不思議で、とても。
万感の想い、っていう言葉は大袈裟じゃないなとまた妙な納得。
幸せな花嫁さんに逢える、と思うことは、やっぱり大きな喜びで、それが自分の友達であるということが喜びで。
………そのためのセルフファッションショーを昨日一人で繰り広げてたせいで風邪ひいた…ことは黙っておこう。


-

懐かしい人の夢を見た。 - 2002年03月29日(金)

亡くなったのだと最近知らされた恩師が居る。
私の今の人格形成に多大な影響力を持ち、書く事、や表現する事、を助長させてくれたのが、今までに何度も此処でも書いた恩師なら、今日夢に出てきたのは、私の『言葉』の原点に居る先生だ。
私が小学校4年から、中学校卒業まで通った学習塾の塾長。
正直言って、勉強をしに行っていたのではないところがまたイタい。
小学生の頃、教わっていたのは国語と算数だった。算数はともかく出来ない。見事に出来ない。なのでもう、教わるとか教わらないとかのレベルをはるかに凌駕していた。
そして国語。コレは出来る。ともかく出来た。だから、教わるべき事が何もなく、テストの度、100点だと貰える図書券が楽しみで行っていた。
それでも通っていたのは、一緒に行っていた親友との時間が楽しみだったからだ。
先生は、私とその親友の関係をいつも微笑ましく見てくれていた。
親友と喧嘩したまま、塾の時間になり、私達は隣同士で顔を背けあって座っていた。そうしたら先生は、2時間丸々私達の仲裁に時間を割いてくれた。
人より言葉の発達の早かった私は、回転しすぎる舌と脳を持っていた。それまでは
大人たちからは『生意気』としてしか捉えられていなかったそれを、先生は『言語の才能』という方向で、一番最初に解釈してくれた人でもあった。
大人を、全般的に信用できない環境に居た私が、もしかしたら最初に『全幅の信頼』を寄せた人だったかもしれない。
先生は終始、私を『子供』ではなく扱ってくれ、それが心地好かった。
その先生が亡くなったと、私の師事している茶道の先生から聞いた。家がご近所であり、またウチの先生は噂話が大好きな人(悪い意味ではない。好奇心が幾つになっても旺盛という意味で)なので、ひょいと出た話だったのだ。
睡眠薬を飲んで、だという。
私は、塾を卒業後も、先生と親交が暫くあった。
先生が悩んでいた事も知っていたので、そういう形を取った死に、驚きがなかった。
却って、先生は楽になったのかなという気さえした。
けれどもう、二度とあの狭い学習塾の中で、先生に煎れて貰ったお茶を飲みながら、つまらない話ができないのだなと思うと、切ない。
やはりひとつの拠り所で、私はそうやってたくさんの拠り所を持って生きていたこと、を改めて知らされる。その拠り所を、櫛の歯が欠けるようにぽろぽろと失いながら、けれどしっかりひとつの芯にならねばならないのだ。
懐かしくて堪らず、一生思い出していく人だ。
その先生の夢を、何故だか今日見た。
あの頃と同じで、じんわりと懐かしい気持ちで、私は何だかの講釈を聞いた。
明後日結婚する友人とセットで出て来たのが何だか意味深だが、じんわりと懐かしかった。
懐かしくて嬉しいなという気持ち、が先だったことが、私はとても嬉しい。
最期にお別れをしていないせいだろうか。
よくここでも語る恩師のときは、思い入れの深さもまた格別だったのもあるだろうが、何よりお通夜に行き、最期のお顔を見ている。お葬式の日の雨の冷たさを覚えている。出棺のときのクラクションの音を覚えている。あの方が今これから焼かれてしまうのだという絶望を、今でも鮮明に覚えている。
だからどうしても、あの喪失感が拭い去れないけれど、塾の先生の場合、引越し等のせいで知らされず、だから私はお別れをしていない。
喪失感よりも、残してくれた多くの懐かしさの方が先にたち、それを嬉しいとも思う。そして勝手な想像だが、きっと故人にも、その方が良い残り方なんじゃないかと思う。
夢の中で、先生は笑っていた。それを嬉しいと、単純に思える。
時々で良いから、私の夢に、また降りてきて、と思う。


-

水面下の人の顔。 - 2002年03月27日(水)

私は、職場に尊敬している人が居る。
その人はKさんといい、私をファーストネームにちゃん付けで呼んで可愛がってくれる、2児の母、おそらく一回り以上は年上だろうが仕事のこと以外では異常はほど対等なカンジで話が出来る。
彼女は残業をあまりしない。
イエ制度の中で『嫁』として嫁し、舅、姑と共に生活している人なので、子供をおいて残業する事に姑たちがいい顔をしないらしい。
しかし彼女は就業時間中は誰よりも精力的に働いており、積極的に働く者を認めてくれる。その代わり、精力的に働かない者に対しては容赦が無い。『差別』とも言えるほどに容赦なく切り捨てる。
それを私は当然と受け取っている。……のは、私が彼女に認められ、大切に扱って貰えている人間だから言える言葉なのかもしれないと、今日知った。
私は何度も言うが、最近は仕事命で生きている。
そうさせてくれるのは、今までに無く恵まれた環境に居させてもらえているからだと思う。
大抵の男は、自分の休日に彼女が『仕事だから』と言って出かけてしまうのを嫌う。イベントの日などは、仕事を休んででも自分に付き合うべき、と考えている馬鹿男は少なくない。いままでそういう男に何回辟易させられてきただろう。
しかし、今の彼は仕事なら仕方ない、と素直に思ってくれ、理解がある。そこが非常にありがたい。
というのも、私が例えば自分の誕生日をすっぽかされても、理由が『仕事』であれば『仕方ない』とあっさり納得できるたちで、それに対して不平不満を洩らしたことは一度も無い。だから向こうもそうしてくれる。真の意味で対等で、一番良い関係だと思う。
しかし、『結婚』というものになると、そうか〜、姑とかが入ってくるのかと思うと何だか非常にお気の毒だ。
Kさんは仕事大好き人間で、能力があり、比較的若くしてリーダー的存在だ。
『的』でしかないのは、相も変わらず女性蔑視社会の成せる業であり、やはりそこにも辟易する。大手企業のクセに実態はそんなモンである。社名は伏せるが●ナソ◎ックとも△下電器産業とも言うが(爆…伏字になってるよな?)
……まあそれは良いとしてだ。
私はまだまだ入ったばかりの若輩だが、我ながら異常とも言えるなと思う頑張りっぷりのお陰で、歯に衣着せない上に愛想もあまり無い人間なのに先輩社員さんから結構ウケが良い。
そして、『年齢の割にオトナだ』(でも24って立派にオトナじゃなきゃいけない歳じゃないか?と私は思うんだが)と思われてるらしいせいで、みなさん本音をカミングアウトしにいらっしゃる事が多い。
無論だが口外しない。
ココ一年ちょい、体を壊してからだと思うが少し悟ったらしい私は、最早人の悪口で他人と連帯感を作り、嬉しがる悪趣味はすっかり消え失せたのだ。
『この子は口外しないだろう』と信頼されてもいるし、それを裏切ってまで言って回っても何も楽しくない。
そして知った事実だったのだが、Kさんは、同僚の社員さんたちに結構煙たがられているのだ。
これには結構愕然とした。
Kさんは、彼女たちよりおそらく3〜4歳は若い。しかし仕事が出来、結果仕切る形になっている。
それが彼女たちの癇に障るらしい。
私は『後輩』なので、単純に仕事のすごくできるKさんを尊敬していたが、『同僚』から見たら…しかも彼女たちも決して仕事が『出来ない』訳ではない。ただ、Kさんの方が出来る、というだけの話だ。
だから癇に障るのかもしれないなあ…と妙に感慨深かった。
普段、皆さん仲が良さそうなだけに。
しかしそこで思い至ったのは、我が身である。
しのちゃん、私、相変わらず恋愛ボケのMちゃんは、彼女たちから見れば『仲良し』であることだろう。しかし私は彼女らをかねてより疎ましく感じている。が、それは誰も知らないことだ。
そういうものなのかもしれないな、人間関係って………とか、考えてみたりした。
プライドと、優越感と、劣等感と、差別感情。
いろいろなものが混在しながらみんな笑っているのだ。
けれど、『そういうものかも』と思うだけで、それを『怖い』とはもうあまり思わない。
後輩に仕切られることで刺激される劣等感も理解できるし、そう思われていることを知りながらも『仕事が出来る』ということでプライドを立脚させる気持ちも理解できるからだ。
………春の人事異動で、私もまた、今微妙な立場になってしまっている。
と言うのも、今の職場が二つの班に分かれることが決定しており、少なくはない女性陣の中でKさんが半ば独立して新しい班を仕切るだろう事が決定しているからだ。
そして、私はKさんの班の仕事も、もう片方の班の仕事も、両方こなす事が出来る。彼女と、班の人みんなに認めてもらおうと頑張った結果である。
4月1日には新体制になるハズなのだが、私の身の振り方は決まっておらず、両方から『ウチに来るのが良くないか』と打診を受けている。ありがたく、嬉しい事だが実はどちらでも良いというのが本音である(爆)
どちらの仕事も面白く、仕事さえ面白ければ不満はないからだ。
そして結局、私が何処に行くのかを決めるのは私ではなく、双方の班の話し合いと、上の決定である。私は襟を正して、それを待つしかない。
しかし、そういった水面下の感情を、班が分かれると決定した途端に見せられて、フクザツではある。先輩社員さんに対して、私は全く悪感情を持っていないからだ。
『私Fさんが嫌いなの』とキッパリ私に打ち明けてきた人も居た。彼女はTさんといい、Tさんは何故かあからさまに私を好いてくれており、今度の班に一緒にいらっしゃいよと再三言ってくれるが私の決める事ではない(笑)。そして私は、どちらかというと彼女の嫌うFさんとも仲が良く、彼女を好きである。
そしてFさんは、仲良しに見えたのにKさんを結構嫌いであることを知った。でもその誰の事も嫌いではない私は、『へー』と言うしかないんである。
入ってみなければ解らないモンなんだなあ……なんて当たり前のことを、今更ながらに実感する数日であったことだ。
………そんな事より私は4月1日から何処の班勤務になるんだか早く決めてくれよ、と言うのが正真正銘の本音だ(笑)。


-

年をとったのかな。 - 2002年03月25日(月)

…と、思うことが最近特によくある。
急に目が開いたような気がする、と本当に最近、特に特に感じる。
何も見えていない子供の目だったのだなと思う。
完全な二分化思考で、コレは多分今もあまり変わらないのかも知れないけど、少なくとも『二分化思考に陥りがちな自分』を自覚した。
好意を持つ人がA氏を『悪』といえばそう見え、『善』と言えばそう見えていた。
じゃあ、私から見たA氏は?というところまで思考が届かず、好意を持つ人(仮にB氏としよう)の言うがまま、印象操作が成されていた。無意識に。
だから、人を正しく見ることが出来なかった。
自分で判断しているつもりでも、A氏の人となりで判断をすると言うよりもむしろ、B氏の見解から見ての判断、しか下せない人間だった。見識が狭く、頑なだった。
今でも、二分化が極端であることは認めよう。
けど、自分で見て、C氏を『悪』と判断したりその逆も然りで、人の思考に頼る事がなくなった。少なくとも。
どうして急に、と思う。
どうして私は急にコレが見えるようになったのだろうと思うほど急に、コレはやって来た。
どうしていままで見えなかったのか不思議になってくる。
性格が違い、モノの見方が違う他人の下した判断を、どうして自分の判断として飲み込めたのだろうと、今では不思議だ。
けれど、何故か(…は大体解ってるがそれは後のネタにとっておこう)見えるようになってからは、自分が酷く楽になっていた事に気がついた。人間関係とか、そういう部分で。
人当たりが良くなって柔らかくなれたとかそういうのではない。むしろその逆かもしれなくて、益々キッパリ態度に出すようになったかもしれないくらいだ。
しかし、そうすると余計なストレスが一気に軽減された。
無性に人に当り散らしたいが出来なくて唇を噛むようなことは無くなった。
無論、実際当たるわけではない。
自分の中で、それが消化出来るようになった。
消化出来なくて、どうしても理不尽と思うことは口に出せるようになった。
多分いい意味で、人の態度によって『私』が覆される事が極端に減った。
全く無い、とは言わない。TPOというモノがあり、私は社会に組み込まれている以上、円滑にことを進めるために必要な場合があったりするからだ。
でも、それを『必要』と思ってやっているのだから、『覆された』ことにはらない。私にとって。だからストレスが軽減した。
昔は、生きていくことに飽きていた。
十数年しか生きてないガキが悟ったつもりの顔で、生きる、ことに飽きた、と思っていた。非常に愚鈍で見識が狭い。そして潔癖だったからこそ飽きた。
けれどいまは、『オイオイ100年(どうやら100まで生きる気らしい)じゃ足りないよ』と思ってる私がいる。
世間は知らないことが多く、綺麗事で通らない部分が一杯あって、理不尽だと知っていながらそれに対してどう対抗して良いか解らないような事項、そういうモノが蔓延している。
世間はとても広く、私は手の届く範囲ですら知らないことを多く抱えてる子供だ。
だから、知らなくてはならない事があまりに多すぎる。
……やっぱり100年じゃ足りないじゃんと思う。
キレイゴトだけじゃ人生、やって行けないのだということを、とてもはっきり知ることが多かったせいかもしれない。
じゃあキレイゴトが通らない理不尽に、私はどう対抗できるだろう。
学べば学ぶほどに気持ちは暗く重くなっていくけれど、それでもまだ『人間』を私は諦めていないのだ、ということを改めて知る。
性善説が通用しない人間も居たりすることは知ってしまった。私からして、本質は確実にエゴイスティックでかなり『悪』寄りだと思う。でも、『外道』ではないなと思っている。勝手に思っているだけかもしれないが。
知らないことが多すぎて、資料を集め、知れば知るほど混乱する。
けれどこういうものを全部内包したのが『人間』なんだなと改めて最近思う。
……何の話だと思われるでしょうが、今(っても結構前からだが)興味を持って(という言い方すら不謹慎に当たるだろうなこの場合)調べている事項についての話である。
何の話であるかは、敢えてココには書けない。
私はこの問題の『外側』にいる人間だから、『興味で触れている』などという不謹慎な事を言ってはいけない問題だと、そのくらいは最低知ってるからだ。
この話の『内側』の人にとっては『興味』なんて軽い言葉は、私がどんなつもりであるにしろ、絶対に許せない言葉だろうからだ。
物見遊山でも見物客でも無いつもりではある。しかし、その判断は『内側』の人が下すことで、私が決めることではない。
だから核に敢えて触れないが、暗く重くなりながら、必ず射すはずの光を探して、私はまだこの問題について調べ続けるだろう。
明確な回答が絶対に得られないことを知っていながら、それでも自分の中で『回答』を出すために調べ続ける。
ヒューマニストではない。でも、『外道』にだけはなりたくないのだ。
知識が無ければ、いつ何時『外道』な言葉を吐いてしまうかも解らない。

……すごい横ズレの仕方だな、今回(爆)


-

本日の独り言。 - 2002年03月23日(土)

ハムスターが少し前に死にました。
二匹別々の籠に分けてて、前夜までカタカタ走り回ってる元気な音が聞こえてたのに翌朝、の突然死。しかも不思議な事に、二匹ほぼ同時だったようです。
気温は、今日は冷え込みましたが、その頃は『もう初夏?』と思ってしまうほどに温かく、だから『冬眠』の線は無いものと思われました。
病気、の線も…籠が別々で、もう長いこと一緒にしてないのに同じ病気で同時ってのはおかしい気もします。
そして、飢えという線は論外となると、じゃあ一体何がこの二匹を同時に死に至らしめたのかと困惑しますが、答えは出ず。
綺麗な千代紙で彩られた箱に二匹一緒に入れ、ヒマワリの種を入れて庭の北側に埋めてやりました。
こんなに早く死んでしまうなら、引き離したのは可哀想だったかもしれないとか、たくさん産んだ子供たちを一匹も手元に残さなかったのはどうしてだろうとか、散々悔やみました。
まだ割と新しい籠二つが、主を失ってがらんとしています。
綺麗に洗ってやって、乾かして、その籠は空のまま私の部屋の同じ場所に二つ、置かれたままです。
仕事が忙しくなって、もう本当に自分が体力の限界で、散歩の時間とかは取れないでいました。でも毎日餌をやり、水を取り替え、簡単に掃除して、走り回っているカタカタという音を聞きながら眠りました。
寂しくて死んじゃう生き物だったのかなあと思ったりしました。
一緒に死んじゃうほど仲が良かったのかなあとか。それなら引き離しちゃって可哀想だったのかなとか。
小さい生き物は仕方がないよ、と、あのハムスターたちを私に買ってくれた彼氏は言いました。私をこれ以上落胆させないように気遣ってくれてるのが解りましたが、こればっかりは時間が解決するものですね。
彼らが死んで、もう一週間ばかり経ちます。
間抜けな抜け殻の籠は、やっぱり同じ場所に置かれています。
抜け殻を飾って私はどうしたいのだろう、と籠を見るたびに思います。
どうして死んだのだろう、とやっぱりまだソコに戻ります。
二匹とも、籠の中に置いていた小屋の中で、全く同じ格好で死んでいた姿がまだ、鮮やかに思い出されます。
別々の籠、別々の小屋の中で、それでも全く同じ格好、同じ向きで死んでいました。
それを私が忘れるまで、籠はやっぱり間抜けな抜け殻のままなのかもしれない、と思います。


-

幸せな。 - 2002年03月22日(金)

今日も今日とて休日出勤(ウチの会社、ホントは昨日から4連休だったのだが昨日も今日も出勤…)、疲労困憊して帰った後、大イベントがございました。
ライヴをやるので来て欲しいという電話があったのは昨日。電話の主は、私がアニィの次に愛してやまない(それはまたすごい溺愛ぶりだな私)ドラマー、Hくんからでした。
もう9年(!!)の昔から、私は彼の音が好きでたまらないので、疲れきった体に鞭打つ覚悟で行ってまいりました。
………行って良かった。
ヴォーカルが居ない、ドラム、ギター、ベースという低音中心バンドだったんですが、それがまたとても良くてみんな巧くて!!!
低音がドカドカいってるの大好きなの〜〜〜!(*≧▽≦*)ノ
超っ…!カッコ良かった!!!
非常にアットホームながら演奏のクオリティが意外に高くて良かった!!!…と言いますのも、前日に種明かしされてたので、実は演奏面期待してなかったのね。
当日初めて3人揃ってリハ一回やって終わりだという事を聞いてたし(笑)、前日電話くれたときには、『まだ聴いたことナイ曲がある』と彼が言ってたので(笑)、期待してなかったんだが…なんの!!!
最高に楽しくてカッコ良くて嬉しかったのです!!!
そして、つい先月結婚した友人が、嫁さん連れて来てるという話もあったのでそっちとも喋りたかったしな。
前にその嫁さんに逢った時はまだ『彼女』だったんだが、おっとりしてて可愛いくて良い子だったのでかなりお気に入りだったの(笑)
彼女は大きなお腹ぶら下げてニコニコ笑ってて相変わらず可愛かったよ…。
そして!!!私の心の姉と出産予定日が一週間も違わないのでびっくり(笑)
おねーちゃん、Yちゃん、おめでとう!!元気な子を産んでね(*T▽T*)
『生まれたら抱かせてね』と私は希望し、彼女は私が帰り際、『生まれたら見に来てね』と言ってくれました。
あァ……鬱ってる場合じゃないわ(笑)
嬉しい事って重なるのね…。
幸せ、を見せてもらって私もたっぷり幸せになった一日でした。
しかし……Yちゃんのお腹に居る子は女の子だと言うが…そして女の子は男親に似るというが………不幸だ(爆)
「Yちゃんに似れば良いのにね」と散々失礼な事をみんなで言って帰ってきました(笑)


-

知らん間に日が経っとるやん…(恐怖)。 - 2002年03月20日(水)

あの…どういったわけでもう20日?
全く理解できない間に、瞬く間に日が過ぎました…。
人様からそろそろ頂戴しようという原稿…自分が0枚じゃシャレにならん!
……しかし連日仕事で酷使されて激眠い…。
今度の祝日こそ!!!と張り切ってたのに明日は出勤ですことよ。最悪じゃ…。
いーかげん萌えも堪ってきてるので吐き出したいんですが小説にして!!!
アルバムをヘビーローテーションで聴いてるとどんどんどんどん萌えが蓄積されて…萌え萌えで会社に行って仕事中も萌えが燻ってるんだが(笑)、帰ってくる頃には疲れすぎててパソコン起動がしんどいの…。
ガンバレ私!!!と叱咤しながらもそれがなかなか…。
そしてまた翌朝萌えが再燃してエンドレス。
何よりも/17に出された皆様の新刊を届けて頂きまして非常にあっさり萌え(笑)
やっぱ本読むと萌えるのはオタクのサガなのかしら(笑)
しかし萌えても書く為の体力がっ…!( ̄□ ̄;)
ちらほらと『25までに届けます』という声をゲスト諸氏から頂いて、『25?まだまだじゃん』と正直思ってたんですが、もうすぐだよ!!!しっかりしろ私!!
ガンバレ私!!!(セルフ叱咤)


-

なんて表現しようかな。 - 2002年03月18日(月)

『ONE LIFE,ONE DETH』がアッパー系ドラッグなら、今回のアルバムはダウナー系だなと。
車の中でエンドレス大音響で相変わらず聴いてますが、ダウナー系なの。…ダウナーなのにキモチイイの。思考を奪われるキモチヨサがある。
言葉がすごく入るのね…どうしてだろう。
言葉ってものにずっと拘って来てて、だから酷くキモチイイ。言葉がダイレクトで。ダウナーなんだけどね…あくまで。
創作意欲を刺激されるダウナー(何それ)。
でもそういうカンジ。
……聴き込み中。


-

嫌いな季節。 - 2002年03月16日(土)

最近妙に鬱である。
何でこんなに鬱なのかと考えたがよく解らない。
……と思ってると、今日「Long Distance Call」を聴いてると突然答えが出た。
春で、そろそろ桜が、とかいう話をよく聞くから鬱なのだ。
桜の季節、と呼ばわれる季節は大嫌いだ。
……大嫌いになった、と言い換えて良い。
出逢いよりも、春には辛すぎる別れが多かった。
次の季節を待たないで逝ったひと、をどうしても思い出す。
でも世の中は花見だなんだと浮かれてて、その雰囲気が私の気持ちに馴染まなくて鬱になってしまう。
こんな人は他に居ないと思い込んだ、私の恩師が亡くなられた日がもうすぐ来る。
私が『死』の意味を初めて知ることになった、祖母が亡くなった日を二日過ぎた。
一緒に育った、大好きで賢かった犬を亡くしたのも春だった。
いつになったら、悲しかった、今も悲しい気持ちを忘れられるのかと思う。
毎日毎日、亡くした人のことを思うわけではない。ふとした、季節の匂いの中に感じる。その時に、たまらなく悲しい気持ちになる。
だから、春の雨は嫌い。
例えようもなく素晴らしかった恩師の、あのこんなに悲しい日はあるまいと思った、お葬式の日を思い出すから。
そして今日、『南極物語』を見てしまった。ほんの少しだけ。
何故なら、直視できなかったから。
犬が死ぬ話は、私はもうどうしても観れない。思い出して同化して、すぐに涙が出てしまうのだ。
私に『犬が死ぬシーン』を見せれば、前後の話を見ていなくても2秒でぼろりと泣き出す。悲しくてもう嫌だ。
当時私は、この映画を映画館で見たはずだ。全編通して。
それでも観れたのは、まだ犬に死なれる悲しさを知らなかったからだろう。
今はもう見れない。怖くて、痛くて、どうしようもなくなる。
死ぬとか生きるとかを、どうしても考えてしまう季節。
だからこの季節は大嫌いだ。早く、春と呼ばれる季節が過ぎてしまえば良いと、これから毎日考えてしまうだろう。


-

徒然…。 - 2002年03月15日(金)

仕事人間なんだなと、自分を自覚。
私は仕事が大好きで、腱鞘炎だろうが熱があろうが、自分で『やる』と決めたらやってしまうのだ。出来るか出来ないかではなくて、コレは信念みたいなモンなんだろうと思う。
今回新しい職について、そろそろ三ヶ月が経とうとしている。
今まで、私は私なりの、精一杯以上でやってきた。
実績と信用。これが仕事では肝心なのだ。
口先ばかりでは、誰も何も評価しない。当たり前のようだが、コレはもしかしたら難しいのかもしれない。
私は今まで働いてきて、自分ではコレ以上は無理、というラインで一生懸命だった。家に帰ったら疲労困憊でバタンキュー。そこまで頑張ってきた。
大好きなB−Tさんの話をするために、夜毎楽しみにしてたチャットにも入る元気がなくなっていた。それでも、私は新しい職場で自分の立ち位置を作るために頑張って、決してソレは無駄ではなかったのだ、ということが今日解って。
報われたと言うんでしょうか。
現場を知らない遥か上の方が、私を指名で職場変更して欲しい旨伝えてきた。
その、移って欲しいと言われた職場は、これから4月になると非常に忙しくなるらしい課である。
そこで使えると買われたことは嬉しかったが、私には『無理』な職場だった。環境を聞くと。
ヤル気が無いとかでは無論なく、身体的事情で無理だったのだ。私は、申し訳ないが健康体ではない。無茶をするとすぐに病院送りな体である。
過去何度も無茶をして病院に放り込まれては後悔したものだ。
だから、年々若返ってるわけでもないので、絶対に無理だと私は判断した。
即答、というカンジでお断りした。こういう理由で出来ないと。
クビを覚悟した。当然である。入ったばっかりの若輩者が、会社の方針に従わないと言ったのだ。しかも、体が弱いと来た。私が経営者なら、切ってしまうかもしれない、と思った。
しかし返ってきた返事は、じゃあ現状維持で、という嬉しい返事だった。
現在の職場も、大変忙しい。今後も継続して相当忙しい事だろう。
現場の班長が、上に噛み付いてくれたのだ。私は必要なので取り上げて貰っては困ると。
ちょっと涙が出そうだった。嬉しくて。
今まで仕事をしてきて、こんな風に報われたことはなかったんじゃないかと思う。
いつも、やり遂げた、という自己満足の域を出ない達成感しかなかった。それで十分だと思ってもいた。
けれど、必要とされた、その嬉しさは初めてだっただけに格別だった。
上司に恵まれたとも思い、私に仕事を教えてくださった方々に感謝した。彼女たちがまさに『現場の声』であり、何だかんだと上が言っても、結局現場を動かすのはそういう人たちなのだ。そして、現場が、私を必要だと言ってくれた。
自己評価の3割程度しか人は評価しないものだと思っていた。
だから、自分の中の精一杯、を3倍超える程度頑張って、ようやく『中の上』程度の評価を貰えるのだとも。
今回、私は頑張った。誰に恥じる事無くそう言えるくらい頑張ってきた。
仕事で人間性を評価されることは、多分にあるのだ。
私は初対面の人からは『カンジ悪い』『とっつき難い』と思われる。もうソレは仕方のないことで、悲観もしない事にした。
仕事を見てもらおうと思った。…と、前にも書いた気がする。
すると、確実に評価が変わってるんだなと思える出来事が、毎日徐々に繰り返された。
仕事をキッチリやる人間は、人間性の点に於いて高く評価される。少なくとも、職場では。
私は仕事の出来る人を無条件に尊敬するし、今の職場でも何人か尊敬して、好きでしょうがない人が居る。
特に大好きな、本当に仕事の出来る女性がいて、その人からも私は最初遠巻きにされていたが、最近はすっかり仲良しだ。そういうのがいい。
本音は、ようやくこの職場で築いた信頼と実績を、課が変わる事でもう一度1から、というのが嫌だった。だから、この職場から出されるなら辞めようと密かに決めていた。
けど、この職場の方から、居てくれなくては困ると言って貰えた。物凄い驚きと喜びだった。一度は諦めただけに。
サラリーマンが上司に噛み付くのは(しかもうんと上の方らしいからな…)さぞ勇気が要っただろう。有り難う班長と室長と皆さん。
頑張れば報われる事もあるんだなと思った。頑張ったら、やっぱり良い事がある。
私は不器用で、だから仕事が『出来る』訳ではないんじゃないかと思う。
ただ、頑張ったのだ。人より劣る部分をどうやったらカバーできるかと、試行錯誤を繰り返し、ようやく『出来ると思われる』程度に出来るようになった。
今、私の仕事はどんどん比重が重くなっていっている。
あれも、これも、と要求される限りの事を全部やってみせている。要求される仕事を拒むのは子供のする事だし、大体プライドが許さなくて、やってみもしないうちに『できません』とは口が裂けても言いたくない。
だから私は『頑張ります』と言って請け負う。
出来る、とまで言い切れませんが、やり遂げられる努力は精一杯します、それで良いならお任せください、という意味で。
そして、いざやってみる。
『出来なかった』のは、私のプライドが私を許さないので(笑)必ずやり遂げる。そのために考えたりいろいろしながら。どうやったら出来るか、と思いながら。
プライドって、結構便利だなと思う(笑)
そして、どんなに体調不良でも、『私がしなければ滞る仕事』を目の前に置かれていると休めない。しなくてはならないからだ。
高熱出てても解熱剤飲んで行く。倒れそうでも滋養強壮剤を飲む。
人より弱い体なんだから、そのくらいの努力は当然だと思う。ハンデがあるんだから人より頑張ってやっと一人前なんだ、と私は思っている。
そうやって、虚弱な体に鞭打って働いてきて…本当に良かった、と思う。
頑張れば、良い事があるんだなと、本当に、初めてかもしれないくらい、すごく思った。
……嬉しかった事の、お話。


-

終わりました。 - 2002年03月13日(水)

無事新刊共に、3/17東京City合わせで完成、荷物を会場に送りました。
あいらびゅ宇都宮菖蒲様の『溺愛主義』様で、在庫数種共にお世話になります。あやめんありがとう。お手数かけます。引き受けるよ、と言って下さってとても嬉しかった。他も、ココでお礼言った事無かった無礼者ですが(ごめんなさい)、委託してくださってる(または、してくださった)皆様有り難うございます。本当に感謝してます。本当に本当に。しつこいようだけど何回言っても足りない。
もう消えろよお前、と思われてる方々もいらっしゃるだろうけども、そして殆ど消えてるも同然なんだけども、そういう方々のお陰で、そして何より楽しみですと仰ってくださる読者様が居てくださるから、細々と同人界の超隅っこでこっそり生きてます。
隅っこが良いんだよ私…。
何処に居てもアウトロー。好きでアウトローなんじゃないがそういう方が楽なんだと思ってしまってからはもう立派にアウトロー。そんな私に付き合ってくださる皆様、感謝してます。言い尽くせないよ。性格極悪だしね、私。

………ごめんなさい、鬱入ってるから暗いね(笑)

ばくちくさんの新譜の話してませんが…ソレは本で言ってるので(笑)同じネタ重複を避けてみてるだけです。そして、まだ聴き込み中、ってのが一番の理由かもしれないけど。
好きで好きで困った。こんなに好きだったんだと思う、あっちゃんの声を聴くたび。新譜のたび、新しいあっちゃんの声を聴くたび、好きで好きでもうどうしようもない。
一生モンだなあ、と思う。ココまで来たんだもん、ホントに一生モンなんだろうな。こんなに好きな人はもう居ない。好きすぎて、私の稚拙なボキャブラリーなんかでは語れないところまで来てる。どうしてこんなに好きなんだろう。
こんなにも好きで居られる事が何だか物悲しく、でも誇らしくてどうしようもない。どうしようもないなあ…。好きなんだもん。
他の何とも別格過ぎる。好きで堪らない……痴呆のように(笑)好きだ好きだとしか言えない自分が悲しくなってくるぐらい好きだ。

………そして鬱入ってるんだけど…(微笑)
あァ、友達の声が聞きたい。しかし今私には体力が無く、電話も長丁場がかなり苦しい。小説を書きたいけど、そしていろいろ思い浮かんでるんだけどパソ起動して、ワードを開いて…っていうのがもう出来ない弱りっぷり。仕事から帰ったらバタンキュー。メルチェックだけで必死です(笑)気管支炎で死ぬほど咳き込んでるしな…。そのうちアバラがボキリというでしょう。もう咳き込み始めて一月半が経つので…。
健康な体が欲しい、時間が欲しい。周囲にも不義理しっぱなしだ。誰か助けてと思いながらB−Tさんのアルバムでいろいろ癒されたり抉られたり。
………鬱すぎるので不愉快になりそうなので(笑)今日はもうよしましょう…。


-

しばらくお待ちください。 - 2002年03月10日(日)

只今新刊製作中。
よって、ココの更新が大変滞っておりますが、…っていうかウチの売りモンってココしかないのに(それよりいつから『売りモン』に…?)滞ってどうする、と自分でも思ってるのよ。しかしね。新刊優先。
最優先事項は新刊。かなり切羽つまの助です。
しかもどうやら生理前なのでソウイウ内容になってしまいそうで自分が怖い。
皆さん、紫能さんちでは大変珍しい寸止め無しのアレをお目にかけるかもしれません。笑って許してくださいまし。
………よって、アレ嫌いの身内には配れないわ…と覚悟を決めてみた…。
だからって、配った皆さんがアレ好きってわけじゃなくて(笑)
あああ何を言ってるんだ私。
切羽詰ってるのでお許しください。
明日から残業の嵐だという宣言もされてることで、もう今日しかないんだ!!!!書けるのは!!!と、覚悟を決めて今日は頑張ります。

………コレが済んだら一山越え…ない。そういや5月のがあったわ…。
人様から取り立てておいて(ってまだ誰も届いてませんが)自分が真っ白ってどうだソレは。
頑張るぞ!!!!
ちまちま日記カムバックはそういう訳で原稿アップ後だと思われますので、ココを楽しみにしてくださってる奇特な皆様、しばらくお待ちくださいませm(_ _)m


-

イヴ。 - 2002年03月06日(水)

あっちゃんバースデーイヴですが、私は腱鞘炎が酷くなったので仕事を休んで病院へ。
すると予告無く間接に注射をうたれました。
コレが、最初は麻酔薬がちょっと入ってるんでしょう、刺された。こと以外の痛みは無かったんですが、数分するうちに右手全体の鈍痛が走り始め、殊に右手の薬指は、折り曲げる度にズキズキ痛む始末。
腱鞘炎よりこっちのが痛いじゃないか。
……と思いましたがどうでしょう(何が)。
そして、モノはついで(だから何が)、タワレコの側を通ると言う父に、アルバムの予約券を渡して『……引き換えてきて』と頼んだので今夜には届く事でしょう。
しかし右手が痛いので、感想をたらたら書くことが可能なのかどうかは不明…。
音人ももう出てるよにゃ…今日。
しかしハンドルが持てん…。なので外に出られん…(悔)
明日になったら治ってくれてるといいにゃあ…。痛ェよ。


-

疲。 - 2002年03月05日(火)

右手が腱鞘炎…でしょうコレは。
すんごい痛いし。
ちょっと使うとズキッと激痛。
なかなかヤバ目…。まさかキーボード打つ今でも痛いとは…。ピンチ。

ピンチってゆうとコンプリートブック。
予約…忙しさにかまけてしてなくて、今日本屋に行って聞いたら『シンコ−ミュージックも在庫一冊も持ってないそうです』…。
全部出すか普通!!!
頼むよシンコ―ミュージック…。
そんなわけで、7日に探して回るしかないのね…。無い気もするが…。
そしてニューアルバムはいつ聴けるんだ私(涙)
毎日毎日毎日毎日残業で、タワレコまで行く体力が残ってない(遠いのよ)…てゆうか閉まってるんだよ行っても…とゆう時間の帰宅。
どうしてくれましょうか…しくしく。
体がボロボロだようん。
あちゅの声が聴きたい…(T△T)
心が乾いてゆくわ…。しくしく。
でゆーか新刊出んのかよホントに…私…。
(とっても不安)


-

拝啓、地球防衛軍様。 - 2002年03月03日(日)

悲しいです!!!
……何がって……ココも相互リンクして頂いてます、私の心のオアシス、大好きな地球防衛軍(喫茶店です)に今日行ったら………3/25で閉店って!!!!!!
大好きな大好きな、私が15歳からの心のオアシス地球防衛軍が…。
マスター、閉店までに必ずまた伺います!!!
今日はお話できませんでしたが、今度はお話しに伺います!!
悲しい…。
世の中、悲しいことっていっぱいですね…。
地球防衛軍で心を潤わせて頂いた事が、私に何度あったことでしょう…。
制服で、学校帰りに立ち寄っては素敵な時間を過ごさせて頂いた、大好きな地球防衛軍。こんなに大好きなお店ってもう無いんでしょうね…。
いつも笑顔で迎えてくれるマスターが、我々ともオタ討論を熱く熱くしてくださったマスターが、3/25を過ぎるともう、あの場所にはいらっしゃらないんだと思うと…。悲しくてたまりません…。
私タチ、一体これからどこでくつろいだらいいんでしょう…。
あああァ…………悲しくなってきた…。(ノд・。) グスン


-

もうすぐ花嫁さんv(友人がね) - 2002年03月02日(土)

この月末に結婚する友人を囲む会、が本日開催。
みんな、『月例会』と呼んでたほど月に一回集まってました今まで。
でももう、ソレも最後。
月例会皆勤賞の3人(月例会はフルで5人)のウチの一人が結婚するんです〜。
寂しいわ…とまだ思えないのは、皆勤賞である私、ともう一人の友人の2人は式に呼んでもらってるからかしら。
式が来て、初めて寂しいって思うのかしら。
どこで寂しいと思うんだろう、と考えました。
皆勤賞でない、主婦である2人は、とても名残惜しそうに帰っていきました。
そのふたりは、私タチより年が一回り上で、だからなのかな。私タチ三人を娘のように想ってると言ってくれます。私タチから彼女たちは、友達、という枠の中なんですが、やはり年上の人から見たら違うんだろうな。
で、まあ結婚が確定してる彼女には、子供が出来たら抱かせに帰ってきてねとさかんに言ってました。そして、まだ確定してない私タチには、遠くにお嫁に行かないでねと(笑)…ホンマに母親みたいや!(笑)
でもそういう風に思ってもらうのって嬉しいなあと思いました。
甘やかして貰うのってやっぱりキモチイイから、すごく嬉しい。
そして、彼女には幸せになってもらいたいなと心から思いますね。良い子なのよ、どうしてこんな腹黒い私と付き合ってくれてるのかとときどき不思議になるくらい(笑)
すごく好きな人が幸せそうなのって嬉しいな。
一年とちょっと前の、私の心の姉の式のときも、………まあ実を言うと嫉妬が勝ってたが(笑…何にだ)、幸せになってもらいたい!!!という気持ちはやっぱり一緒でしたね。寂しかったし寂しいけど、幸せでいてくれるならいいや。
本当に幸せになってもらいたいなと心から思える人が、周りに一人二人じゃないことって嬉しいな。
幸せが祈れる人が居ることも嬉しいし、幸せで居ろと祈ってくれる人が居る事も嬉しい。恵まれてるなあ私って思う。出逢えたことがね。そんで、数多の出会いの中で、選び選ばれて今まで一緒に居られたことが。
この人が幸せにならなきゃ嘘だろ神様と思う。
人の幸せは、周りを幸せにする美しさを持ってる(こともある)。
少なくとも私は、置いていかれてしまう(県外だからね、嫁ぎ先が…)寂しさを我慢できるほどに幸せではある。彼女が幸せそうで、これからもっともっと幸せになっていくはずだから。
彼女の花嫁姿をいっぱいカメラに収めて、呼ばれなかった彼女らのためにまた月例会を開く。一人欠けてしまっても、まだずっと集まって酒呑んで、そういう仲で居られる人が居るって最高。

……しかし本日の月例会の最中、花嫁になる彼女が『あ、二人には歌歌って貰うから』とサラッと言ったので急遽場所はカラオケボックスに移動、選曲で時間を取る羽目に(笑)
早く言いなさいよそういうことは!(爆)
結局、第二の月例会(3人だけのときはいつも)の場所である私んチで、来週また集まって選考会という名のお茶会を開く事に(笑)
彼女らふたりは、いつも私んチに『あなたの入れてくれるお茶は美味しいv』と茶飲みに来てたんです(笑)
良いんだけどね、私もそれが楽しかったし。
でも、コレがたった二人になったんだと多分実感するとき(絶対来るよ)、私タチはやっと寂しくなってしまうんだろうなあ。
………ソレが式のときに来そうでなんかヤだな。と思ったりする。
門出に泣きたくないじゃん。
でも、多分当日は、ウォータープルーフのマスカラで完全防備で(笑)行ってしまう私が居るんでしょう(笑)。


-

身体的欠点。本日は結構暴言。くす。 - 2002年03月01日(金)

ソレを攻撃する事は、人として最低の行為である。
私は、ソレをやる奴が『人間』を名乗る事を許さない。
諸々の事情で、私は人よりソレに敏感だと思う。ソレは絶対にやってはいけない事だと、3歳くらいではもう知っていた。
しかし!!!コレをやる人間の、なんと多い事!!!
ご存知の通り(知らんわ)、私は体重が38キロしかありません。ダイエットとかしてるわけじゃない。肉体的衰弱が原因なの。
何とか太ろう太ろうとして、高タンパク高カロリーのものを、最近特に気をつけて摂取してます。36・5キロから38キロに増えて喜んだものの、以来全く増加の数字を見せない体重計。壊れとんちゃうか。
そうです、私は太ろうとしてます。でも太れない。痩せてる体は醜い、そんなこと解ってます。でも太れないんだもんどうやっても。
ソレを知りもせず、『痩せ過ぎ、痩せ過ぎ』って言っていいと思ってんのか?世間。
世間って、デブに優しいけどヤセには厳しいよね。
デブって表立ってはみんな言わないでいてくれるけど、ヤセにはみんな言うじゃん、絶対。
言われてる方は、デブもヤセも同じよ?皆さん。
綺麗に、普通のお肉がついた方が良いに決まってんじゃん。でもできないで悔しい思いしてるとこに、追い討ちかけなくても良いじゃん。
ダイエットしようとしても痩せないデブと、太ろうとしても太れないヤセの気持ちは同じざんす。デブを攻撃しないならヤセも攻撃すんなよな。
ヤセ、ってのは肉体的欠陥です。
でも、本人の努力次第で改善される(かもしれない)欠陥だから、諦めもついてないわけですこちらとしても。
日々努力してるとこに『痩せすぎ―』と言われることは、日々ダイエットに励んでる太った人に『太りすぎなんだよ』と言われなくても解ってる事を言うのと同じ行為です。
言ってる人いるでしょ?痩せなら言っても良いと思って。良いわけあるか。
だから私は最近、ますます性格の悪い事に、私に向かって痩せてると言い、太ろうと頑張ってる私の言葉を聞いてもなお痩せてると言う人間には、攻撃する事にしました(よせ)。
痩せてるのは私の勝手で落ち度だが、太ってるのもお前の落ち度なのに世間が攻撃しないと思っていい気になるなよ(何をケンカ売っとるか)。
自分の怠惰で太ってる人間に、ストレス発散のように『痩せてて良いよね』とネチネチ言われたくない事を言われ(言い訳あるか)、おとなしくサンドバックになるほどイイ人じゃないです私。
お前のデブまで私のせいかい。
もう最近特に言われすぎて腹が立つんだよ!!!言われなくても痩せてる事は知ってて努力してるんだから、放っといてくれ!!
言われてる方はどっちだって同じなのに、ヤセに冷たすぎるよ世間。
ダイエット特集まで組んでる本は見かけても、健康的に太る特集組んでる本はまだ見ないよ。
しかも、きっと体質なので、頑張ってダイエットしてもどうしても太りやすい人、その逆もいるわけよ。いくら食っても太らない人。私がそうですよ。
そっちには冷たいよね、世間…。良いさ、世間に愛して貰おうなんて思っちゃいない…(何を言っとるか)。
Σ( ̄□ ̄;)………あっちゃんごめんよ散々なこと言って!!!!!!!!
痩せてる痩せてると言われる私と同じ気持ちだったのね!!!!もう言わないよ!!(ホンマか)
………傷ついて初めて知る人の痛み…ね。フ。


-




My追加

 

 

 

 

目次
昨日  明日

Mail Home