★ 夏海の日記 ★

目次前の日次の日


2007年03月29日(木) どちらを向いているか?

2007年3月29日 9:48

今朝、隣に止まった車を見たら、ピンク色のハート型のドリームキャッチャーがぶら下げてありました。
丸いタイプしか見たことがないので、
おお!ハート型かー!可愛いなぁって思ったけれど、
インテリアなんだろうなって思った。
そこに祈りなど存在しない。

私も寝室にドリームキャッチャーを吊していた。
私は眠りたかった。
それは切実な願いだった。
朝まで、目覚ましが鳴るまで、目覚めることなく眠りたかった。

ドリームキャッチャーとは、中央のネット部分に悪夢が引っ掛かってくれて、
それがフィルターの役目を果たしてくれて、悪夢を見ないで寝られる。
そんなお守りグッズです。
アメリカ原住民が発祥だったかな?
もともと私は、お守りとかは持たないタイプだったんだけど、
うっかり買ってしまう程、眠りたい願いは切実だった。

今、内科でも睡眠薬は簡単に処方され、薬局にさえ売っている。
眠りを取り上げると発狂するほど、脳は眠りを欲している。

脳は起きている間中忙しく働いている。
目で見えているのは、脳内で目から入った情報を電気信号として映像化しているものだし、
耳から入った情報を処理しているのも脳の仕事、
肌に感じる 快・不快も脳の仕事で、
それ以外に考えたことや 情報として入ってきたものを処理しているのも 脳の仕事。
脳はそれら全てを一旦取り入れ、そして眠りに入ると、事後処理を始める。
要らないものと 必要な情報
これとこれを繋げて 新しい発想に変えたり、
不要な感情を排除してくれたり、
私たちが眠っている間にも 脳は忙しく働いて、私たちを生きやすくなるように、外から入ってきた情報を処理・整理してくれている。
だから眠りは必要で、良質な眠りを取れないと、脳がオーバーヒートしてしまう。
なぜなら、眠っている間に行われている『入ってきた情報を整理すること』ができないから。


先週久し振りに返って来たBENのメールに書いてあったのは、
睡眠薬を酒と飲んだが効かなかったと言う内容だった。



2007年3月29日 20:40

届いたメールを読みながら、うーんと唸った。
これは明らかにメッセージである。
何かは判らないけれど、何かの。

睡眠薬とお酒を一緒に摂取した。
明らかにヤバイ。
BENはこれを送ることによって、私に何を伝えたく、
私に何を言って欲しいんだろう?
答えを間違っちゃいけないと緊張した。
本当は即反応しないといけないって思ったんだけど、(内容が内容だし)
その日は疲れていて、ロクな返事を返せそうもなかったので、
翌日朝日の中で返事を返そうとその日は眠りに着いた。

欲している答は何だろう?
1.エスカレートする自分を止めて欲しい。
2.眠れる方法を教えて欲しい。
3.軽く流して欲しい。
4.自分から逃げないかどうか、軽くジャブを打った。

睡眠薬と普通の人が聞くとギョッとするかも知れないが、
私にとっては怖い薬ではなく、
昔のように依存性もないので、寝酒を呑むくらいなら薬を薦めたい程のもので、
TVであるように、即効に倒れる訳でも、
少しぐらい多めに飲んでも死なない程度の認識しかなく、
だから、そのメールに対して冷静に分析して答えました。

まず、私が薦めた本がいつも貸し出しになっていることについて、遅くなっても良いなら貸すよ?って書いた後で、
(これは、意識して 未来の話をしました。 そう遠くない未来に、会おうねって意味を込めて。)

その薬は、合っているの?
もともと眠れない睡眠薬なら、いくら飲んでも眠れないから、
お医者さんに言って眠れるお薬を処方して貰った方が良いよ。

お酒に関して言えば、寝る直前の飲酒はお勧めできない。
なぜなら、体内に入ったアルコールを分解しようと内臓が頑張るので、
寝られたとしても疲れが取れるような良質な睡眠は得られない。
アルコールを分解する為に水分を必要とするから、喉が渇いて目が覚めることがあるし。
って。

そのメールに返信がなく、
日曜の電話になりました。


夏海さんが言ったように、自分はもうお酒と一緒には絶対に飲まない。
今、内臓が痛いのでと言ってました。


さて、で、ここからが本題。

生き残ったBENは、自分はありがとうと言っていないから、
今まで付き合ってくれた友人や恋人やらにありがとうを伝えたいんだけど、どう思う?って聞かれました。



2007年3月30日 9:39

こりゃまた方向転換したもんだって思って。

で、考えました。
本人もそう言っているように、相手はそれ(ありがとうと今更言われること)を望んではいない。
これもBENが言ったように、会いたいとすら思っていない可能性もある。
これから付き合いが再び始まるのを恐れて、会うことを拒絶するかも知れない。
ありがとうと言われるその事実を覚えていない確率は高い。

過去にBENが不愉快に思い、その後別れた相手に再び会って、
再び不愉快になり、今の「自分は感謝の気持ちを伝えていない」「感謝の気持ちすら持っていなかった」と反省して、
そこから始まる新しい未来に水をさす可能性こそを私は危惧した。

過去の人に会う必要などない。
もし、それで自分の気が済むという、自己完結の気持ちで会う そんな気でいないならば。
いつか過去と対峙しなければならない時があるかも知れないが、
今はその時ではないと思った。

で、私が言ったアドバイスは、

過去は過去であり、それはもう済んでしまった出来事で、
だから、もし言いたいのであれば、これから会う人に言えば良い。
嬉しかったなって思ったことは、これから会う人にしてあげれば良いし、
有り難かったなって思ったことも、これから会う人にしてあげたら良い。
嫌だなって思ったことは、これから会う人にしなければ良いし、
ああ、悪かったなって迷惑かけたなって思ったことは、
これから会う人にしなければ良い。
過去は過去として、置いておいて、これから先に会う人に、今の気持ちを伝えれば良い。
過去に思いを馳せるよりも、前向きだと思うよって
そう言いました。



2007年3月30日 19:17

過去に ではなく、未来に目を向けて貰いたかった。
もうすでに付き合いが無くなってしまった過去の人達に思いみ馳せるより、
これから新しく出会う人に、どういう自分で対峙するか?の方で考えて欲しかった。

私ね、沢山転校してるから身に染みてるんだけど、
別れても友達ねって有り得ないんだよね。
人には、それぞれの時間が流れていて、
それぞれの世界があって、
それに、私が思う程、人は私のことなんて考えちゃいないんだよね〜って言ったら、
そうですよねーって、その話は終わった。

私は言うべきことは言ったので、
後どうするのかはBENが決めること。
私のやり方がBENに合っているとは限らないので。


その後、やりたいことができたんですと言う話になった。
生まれて初めて自分から計画を立てて資料を集めることを始めたのだそうな。
自分の為だけに。

人に言うと絶対無理だと言われるだろうし、
実際無理なのかも知れない。
何をどうしたら良いかも判らないし、
いつ実現するかも、実現しないかも判らない。
でも、生まれて初めてやりたいことが出来たんです。

誰が聞いても絶対無理だって、どんなことだろう?って想像しながら、敢えてそれが何かを質問しなかった。
そうしたら、自分から話してくれました。

その話の中で、死に行く人が最期に、
ああ、幸せだなと、幸せな気分にしてあげられたら良いなって思ってって言葉を聞いて、
ああ、BENはもう大丈夫って思いました。



自分の(心の)内側ではなく、他人へ意識を向けることができた。
井戸の中から這い出し、今 新鮮な空気を吸ったところだと思う。
これから何ができ、死ぬまでに達成できるかできないのか試行錯誤して 新しい旅が始まる。
○○して貰えなかった『過去』を卒業して、
これからは 未来を向いて歩く。
どちらを向いているか?
立ち止まっていても 未来を向いていれば大丈夫。
人生は いつも『これから』『ここから』なんです。

20070718


2007年03月28日(水) 植木さん逝く

2007年3月28日 9:31

俳優の植木等さんが亡くなった。
80歳。
母の実家の鳥羽では、80歳以上で亡くなることは、天寿を全うしたこととして、めでたいことだと祝う。
ご祝儀に、小銭をまく風習があり、小銭を拾いにお寺へ近所の人が集まる。

昨日の夜、ニュースを聞いた時、
80かー。まぁ寿命だね。
決して早くはない。とteaがのたまった。
そうだね。80だからねと私も言った。

にしても、『無責任男』亡くなる のニュースはどうかと思った。
決して無責任な男ではなかっただろうに、
不本意な言われ方ではないかと。
teaは、植木さんは喜んでると思うよって言った。
そうだろうか?と私は思った。
TVを見ていたら、『日本一の無責任男』と言う肩書と本当の自分とのギャップに悩んだと言っていたインタビューが流れていた。



ってここまで書いて、

はーーー
訳の分からないホームに到着して、
いつもと違うホームで乗り継ぎをしたよ。(汗
この電車で行くと何時に出社になるんだろう?
介護自体には、それ程時間は食わないんだけれど、
それまでletさんにお願いしていた仕事が私の仕事になり、
昨日突然、あ、顔を拭いた蒸しタオルで背中を拭けば良いんだって気がついて、
人手間増えたら乗れる電車が一つ遅れた。
(いや、昨日は違う理由もあって、1時間半も遅刻したんだけど 汗)
電車が遅れると乗り継ぎの電車も遅くなる。
そうなると15分余分に遅刻する。
定時に帰れば良いぞ。朝早く来てって徹さんに言われたけれど、
相手がいることなので、私が早起きしても仕方がない。
はぁ〜、びっくりした。
いつもと違うイレギュラーな出来事には、やはり緊張する。



で、植木さん。
無責任な男と言われることに困惑した。
けれども、それがお金になった。
虚像であっても、植木さんの愛すべきキャラクターを私たち世間は欲していた。
イケイケだったあの時代が、植木さんが映画で演じたキャラクターに憧れ、求めていた。
植木さんは生涯ブラウン管の中で植木等を演じ続けた。



2007年3月28日 19:48

自分でない自分を演じることは疲れる。
そしてそれが長く続くと自問自答を始める。
どっちが本当の自分なのか?と。


無責任な人と言う言葉は、賛美でも褒め言葉でも決してない。
それば侮蔑の言葉であって、ほとんど100%の人が怒り出すだろう。
その不愉快な言葉を愛すべきキャラクターに変え、
植木さんはその生涯を終えた。

私は俳優として演じている植木さんが好きだった。
彼が演じていた人々は信用できる人物だった。
ブラウン管の中に植木さんを見ると何だかホッとした。
それは祖父を見るような安心感であった。

優しくて明るくて、頑固で少し怖くて。
叱られることはあっても、絶対私を見捨てたりしない。
そんな気持ちを抱かせる存在でした。

子供の頃から知っている人を亡くすのは淋しいね。
季節は春、季節の変わり目には、訃報が重なる。

無責任男と言えば、釣りバカ日誌のハマちゃんだろうか?
年が近いせいか、(いやいや、そんなに年取っちゃいないが 汗)
演じている西田敏行はともかく、
ハマちゃんのキャラクターは好きにはなれないな。
一緒に仕事はしたくないなぁと思う。
男の人にとっては どうなんだろう?憧れなんだろうか?

あれやこれや感慨深い、植木さんの死でした。


2007年03月27日(火) 会社を休んじまいました f^^;

●夏海(604) 題名:会社を休んじまいました f^^; 投稿日 : 2007年3月23日<金>18時34分

昨日、会社を休んでしまいました。
起きなきゃ 起きなきゃと思いながら 2時まで起きられず、
起きても頭が動かなかった為に letさんの食事も作れずにいました。

人間、疲れすぎちゃいけないね。

ジョージじゃないけれど、
「ご用心 ご用心」です。

今日は会社に来ることができました。
月曜日の納品狂騒曲の為に、今日休むと自分の首を絞めることになるので。
まぁ、2日も連続して休むような 大層な体調の悪さではなかったんだけどね。

お昼休み明け、徹さんが覗きに来ました。
「体調は大丈夫か?」
掛ける声の調子がいつもと違ったってことは、少しは心配してくれたのかな?
まぁ少しくらいは心配もして貰わないとな。

んでもって、例の如く 不具合票の作成の為の嫌味たーっぷりのやり取りがあり、
2件仕上げることができました。

言葉でのやり取りを止めて、テキストで言葉に残すやり方を始めたのですが、
(私が 何度言っても 覚えていない為)
テキストに書くだけで声に出さない為、
人に聞かれないので、性格がモロ出て、何て嫌味なやつなんだーーー!って思います。
・・・前前から知っちゃいるが。
まぁね、私も負けちゃいないんだけど(笑)
嫌味には 嫌味返ししてやるんだ。


2007年03月25日(日) かの人にも 『時が来た』

2007年3月25日 23:51

BENから久し振りに電話があった。

『一瞬で自分を変える方法』をお勧めし、
長ーーく返事がなく、
久し振りに先週メールが来て、そのメールに返事を返して・・・
それに対して返事はなく、気にしてはいなかったんだけど、
気が付いたら、電話があった。
teaに「あ、BENから電話が来てた」って言ったら、
「まだ早いから、電話してみたら?」って言われ、電話してみた。

・・・・実は金曜日、自殺未遂したんです。

正直、しまったって思った。
今の私の精神状態で、大丈夫か?って思ったけど、
ま、ダメならteaがいるかーって思い、話を聞き始めた。
金曜日の昼過ぎ、睡眠薬を飲んだ。
眠るつもりが、動きだして、電車に乗って名古屋駅に行き、
ケーキを買い、帰って来る途中の駅で降り、ショッピングモールに行き、
スタバでコーヒーを2つ買い、歩いて帰ったようだ。
レシートを見ると、買っているようだが、お金を払った記憶がない。
そのほとんどの記憶がないまま、商品とレシートだけ手元にあり、
推理してみたら、こんな感じに移動していたようだと話をされた。
土曜日首を吊った。
死ぬ一歩手前までいったけれど、苦しくて、結局死ななかった。

うーん・・・。
買った商品があると言うことは、朦朧としている自分を見て、覚えている人がいる。
それはを遡っていくべきなのか?

無事に帰って来たんだから、別に良いんじゃない?
お金を払わないと商品もレシートも貰えないんだし、
それがあるってことは、ちゃんと支払ってるんだから、
別に一日をトレースしなくても良いんじゃない?って答えました。

死ぬ一歩手前に行って、考えたんだって。
自分は何もしていないって。



2007年3月26日 9:22

上に兄がいるBENは、母親が女の子が欲しかったらしく、
女の子のように育てられたのだそうな。
髪の毛は長く、スカートを履かなかっただけで、外見は女の子で、よく女の子と間違われていたのだと。
ピアノを習い、全て母親と父親の言うがまま過ごしてここまで来たと。
自分が家を出ていた頃、兄がプチ引きこもりをしていて
(アルバイトはしていたらしいんだけど、私の世代では、フリーターはまだメジャーではなかったの)
成人した息子が定職に付かないことは、母親には耐えられず、
その当時は家族崩壊の危機にあり、
自分が兄を引きずり出し、自分ちに住ませ、仕事の世話をしたのだと教えてくれた。
兄が就職した後、部屋を出ていけと言えず、(部屋を追い出すと実家に舞い戻ると危ぶんだらしい)
結局自分の家財道具一式置いて、自分が出て行ったのだと。
そのこと(背景など)を当時の彼女は理解できず、酷い別れ方をした。
でも、それを言ったところで、あんたが勝手にやったことでしょ?と言われるに決まっていると。
私たちは、お願いなどしていない。
それはあんたが勝手にやったことだと。
でも言いたいのだと。


ここまでの会話は、前回までと同じだった。
そして私が掛けた言葉も同じだと思う。

「うん。そう言われるだろうね。」

そして、多分前回と同じ言葉をつなげた。

私は家族の中で異質だった。
5人家族の中で私だけが血の繋がった他人だった。
どれだけ説明してめ、理解して貰えなかった。
だから私がおかしいのだと思った。
でも違っていた。
本当は、私と家族が、住む世界が違っていて、
いくら日本語で説明したところで、通じなかったのだと。
なぜなら、世界が違っていたのだからと。

出発点ですでに違っている人にいくら説明したところで、
どれだけ努力をしても、理解して貰うのは無理だと気が付いた。
一人だけが異質という環境の中で生活すると、狂うよ。
早く家を出なさい と。



2007年3月26日 22:40

前回話をした時には、自分の頭の中に不満をいっぱい抱えていて、
私の言葉は弾き返された。
昨日はと言うと、BENは自分でその真理に すでに辿り着いていた。

彼女は他人だから判り合えなかった。
所詮他人だから仕方がないと思った。
でも、生まれてからずっと一緒に暮らしている家族が判り合えないとは思ってもいなかった。
でも、これこそが真実なのだと解ったと。


前に会った時に、BENが言った、
「学校を辞めさせて貰えなかった」の言葉に、teaが噛み付いた言葉があります。
キツイようだけど、辞めない選択をしたのはBEN本人だ と。
本気で辞めたいなら、辞めることはできた。
学校にさえ行かなかったら、辞めることなんて簡単にできる。
それをしなかったのは、辞めない選択をしたのは、BENであると。

昨日、BENは言いました。
自分は今まで奨められた道を歩いて来た。
自分で資料や情報やら何かを集めたこともなく、
自分で何かを選び取ったこともなかった。
でも、選択しないことを選択していたんだって。

凄いところに辿り着いたもんだなって思った。
自分の過去と真正面から向き合うのは怖い。
過去の自分を否定する行為は、とてもとても怖い。
BENは蒲団の中でのたうちまわり、それをなし遂げた。
内臓の痛みに耐え、死ぬかもと思い、
無力で勝手な親の存在に気が付いた。
自分の人生を、この親の為に無くしてしまうのは勿体ないことに気が付いた。

そうしたら、生まれて初めてやりたいことができたのだそうな。
○○まで何年。
○○できるまでに何年。
そう考えたら、私は結構長生きするかもと笑った。
金曜日に死にかけた人が。


自殺未遂をしたと普通の人には言えない。
でも、本当に伝えたかったのは、その話なんかじゃなく、生きたいと言うことと、希望が見えたと言うこと。
一人の頭で考えるには限界があり、
人に伝えることによって、本当は自分が何を考えているのかが解る。
答えは、もう見付かってたんだよね。
それを私に話して確かめたかったんだよね?
そう伝えたら、BENは、そうかもって答えました。

今まで沢山考えて、考えて、考えて
後は時が満ちるのを待つだけだった。

人に理解して貰えないと腹が立った。
でも、理解して貰えないものだという前提で対峙したら、
解って貰えたらラッキーだと思う。
そうBENはいった。



2007年3月27日 10:14

微妙に違うが、方向性としたら間違ってないと思い、
解って貰えないと諦めないで、努力は必要だけどねと伝えた。

人との付き合い方は、本当は子供の頃に練習しておくものなんだけど、
私も教えて貰えなかったからさぁ、
私も今練習してるところなんだけど、結構楽しいよって。

私の住む世界と、どれだけ頑張っても判り合えない人が住む世界があることを知った。
BENもそのことに気が付いた。
ならば、自分の世界の住人を探せば良い。
異世界の住人ではなく。


生き残った時、誰かに話そうと思った。
私と、以前の会社の担当医と2人思い浮かんだ。
すでに会社を辞めていて、今更何?と言われるかも知れない。
それに相手はプロで、こんな話は聞き馴れていて、軽くあしらわれるかも知れない。
または、どこかへ誘導されて、自分が言いたいこととは違う結論へ導かれる可能性もある。
お金が発生するかも知れない。
だから、まず私に話をして、次に以前の主治医に話をしようと思ったと。

teaは、死を選ぶのも、その人に与えられた自由のうちの一つだとBENに前回言ったので、除外だったのだそうな(笑)

teaが旅行中、隣の部屋の人が死んだ。
領事館の人が飛んで来て、家族に連絡をしたら「そちらで処分して下さい」と言われ、
その地域で顔だった宿屋の主人の口聞きで火葬して貰えたらしい。
宿屋のみんなで、遺体が燃えていくさまを見ていた。
そんな話をした後で、
自分には、死ぬな、生きろと言う権利はないと言った。
生きろと言った人の人生を保証してあげられない。
苦しみは、その人のものなのだから、その人が死を選択するのであれば、
自分には止める権利などないと。

おいおいと思いながら、私はBENに、生きて欲しいと言った。
私に関わった人、全ての人が、サバイバルな人生で生き残って欲しいと思う。
私が今生き残って幸運だったと感じているように、
ある時必ず『その時』が来ると信じているから。



2007年3月27日 22:37

以前、『神が降りた』と表現したこと。

霧の中を無我夢中で歩いていたら、
急に霧が晴れて、自分の目的地がはっきり くっきり 目の前に見えたような、
最近流行りのAHAではないけれど、
突然焦点が合って、「これか!!」って判るような、
ヘレンケラーが、ウォーターという言葉と水が一緒のものだと理解したように、
ある日突然『何ものか』が解る。
色々考えていたことが、集約されて形になり、
この何だか分からないモヤモヤの正体やら、こうなった本当の意味や真理やらが
本当に突然判る日が来る。
そこに到達する為には、自分の頭で考え、
悩んで悩んで試行錯誤しないといけないんだけど、
だから、決して簡単なことではなく、
ましてや心と言うデリケートな問題なだけに、
理由やそこに到った経緯は人それぞれで、
目が覚めるきっかけも、その人それぞれだから、
私はただ見ているしかできないんだけど、
だからこそ、生きていて欲しいと思う。

自分の人生なんだからさ、自分が幸せにしてあげなきゃねって言ったら、
そうだねってBENが言いました。
自分は親の面倒を見るべきだと思っていた。
でも、本当にしなきゃいけないのは、自分の面倒を見てあげることだった。


私とBENは似たところがあるなって思っていたら、そんな所まで似ていたのかって思った。
私は長女として育てられ、弟がいたにも関わらず、養子を迎えて家を継げと育てられた。
祖母が最悪な人であり、母親が苦労をしていた話を散々され、
父親がロクデナシなので、母親を幸せにしてあげなきゃいけないという使命感があった。
弟が亡くなり、それを聞いた瞬間に思ったことは、
母親の為に早く男の子を産まなきゃ だった。
弟が成人する為だけに生きて来た母の為に、私は弟の分まで幸せにしてあげないといけないと思った。

うーたんが一人っ子だった為、母親を引き取る為に3世帯住居を建てる気で本気でいたし、
母親が孫(妹の子供)の為に使えるようにと、母親名義の貯金もしていた。
けれども 10万だろうが、20万だろうが、
母が自分が無心して貰った大切なお金ではなく、
娘から貰ったお小遣として、容赦なく無駄使いされて消えていったお金たち。
それを大切に扱っていたら、家を出る資金にすらなったであろうお金も、
家を出る切羽詰まった意思がない母親には無駄な心配であり、
本当は不要なお金だった。

妹の結婚の為に保険会社から借りたお金を 母に代わって返し、
満期になったその保険は、叔母のミスの為に私が返金した分くらい損失を出したそうな。
私がしたことは、全て無駄だった。
少なくとも私が思う成果とは掛け離れた結果しか残らなかった。
私が病むまで頑張った成果は、本当の意味で母親にとって有り難いと感謝する程のことではなかった。
私の渡したお金は、無駄な死に金であり、
私はそれによって病む必要などなかった。

いつか救ってくれる。
いつか分かってくれる。
いつか助けてくれる。

心の底では信じていたんだと思う。私の中の子供は。
でも、いつかなんて永遠に来ないことが分かった。

ならば、私が私として生きる方法を考えないといけない。
生きて行く為には。

命を投げ出す程の価値のない人の為に病んでいる時間が勿体ない。
命を投げ出す程の価値もない人の為に死ぬなんて馬鹿らしい。

だから私は親を捨てることにしました。
私を生かすことを最優先に考えることにしました。
私が私の意思によって行っていたことによって 自分を傷つけていた。
その自傷行為にも似た行為を止めることにしました。


いやー夏海さんに電話して、本っ当に良かったってBENが言ってくれました。
私は聞いていただけなんだけど、
声の質がどんどん変わっていくのが分かった。
声に命が吹き込まれていくのが。
生まれ変わったんだね。
おめでとう!
やっと大人になったねって言ったら笑ってました。

まだまだ平坦な道程ではないけれど、
BENの幸せを祈っています。


2007年03月19日(月) 会社に来ることができました

●夏海(600) 題名:会社に 投稿日 : 2007年3月19日<月>09時58分

来ることができました。



◎さくら色(601) 題名:こんばんは。 投稿日 : 2007年3月19日<月>19時30分

よかった〜!!
何でそんな電話するんでしょうねっ。
よっぽどの暇人だ!!



◎pot(602) 題名:なんだそれ! 投稿日 : 2007年3月20日<火>22時26分

 夏海さん こんばんは。嫌な思いしちゃったね。
馬鹿だな そんな事する輩は! 



さくら色さん、potさん、どうもありがとう ^^
その後、電話はなく、teaの会社の人の家にも電話はなく、
悪意のある 悪質ないたずらのようです。 (2007.03.26)



2007年3月19日 23:28

こんな時間に電車に乗っている私。
何やってんだかね。
今日中に上げないといけないことは、金曜日の時点で判っていたけれど、
こんなになるとはね。

朝徹さんに、電話の話しをしました。
だから、早く帰りたいと言うつもりで。

うちはナンバーが表示されない旧タイプの電話で、
履歴は残っているけれど、誰から、どこから掛かって来たのか判らない。
そう言ったら、大笑いしていました。
ダメぢゃんって。

殺すと言われることに慣れているのかも知れない。
チンピとかとやり合った武勇伝は聞いたことがあるから。
にしても、デリカシーがないわ。
いくら私が緊張感のない顔をしているからってね。

開発の人は、みんな徹夜。
徹さんも、今日は帰らないかもって奥さんに連絡したと話していました。

良いよな。
車でドア TO ドアだもん。

土曜日の電話はスケベ電話だと思っているletさんの、今朝の心配事は、ウンチが出るかどうかでした。
1週間出ていないことに突然気が付き、昨日の夜に私がアロエ粒を渡したら、
苦い苦いと言いながら飲んでました。

今朝も出ないと言っていたら、私が家を出る直前にスポッて出たらしく、
嬉しそうな顔で報告してくれました。
letさんとteaの様子(ソファーに並んで、仲良くTVを観ながらお喋りしています)を見ていると、
ホンワカしてきます。
二人の間にテトが寝そべっていて、
本当に幸せな空間です。

過去に、チャットで しねと言われ、落ち込んだ時とは えらい違いです。
teaと出会えて良かった。


2007年03月18日(日) 悪意のある言葉

●夏海(598) 題名:悪意のある言葉 投稿日 : 2007年3月18日<日>21時08分 返信

昨日の朝、まだ早い時間に、悪意のある電話を受けてしまいました。
そのせいで、ゴミ捨てにいけませんでした。
刺される自分を想像してしまって、怖くて。

早朝に釣りに出掛けていたteaにメールで連絡し、
帰ってきて貰いました。
昨日は(今日もだけど)一日ダメでした。

土曜日の夕方一緒に歩いて買い物に出掛けました。
teaと一緒に。
怖いものを 怖いままにしておきたくなくて。
会う人 近づいて来る人を
「この人かも」「この人かも」とビクビクし、
こんなことから 怖くて家から出られないようになる人が居るんだよなって思いました。

私は病んでいるから、ヤバイと思った時に飲むお薬もあり、
もうダメだって思った時に駆け込む病院もある。


電話を切ってから、怖いと思いながらも、どうしたもんかなって冷静に考えて、
まず警察に電話をし、家の周りの見回りの強化をお願いし、
tommyに電話をして、どうしたもんかなって言ったら、
「ゴミを捨てないでも死なないんだから、一日くらいゴミなんて捨てに行かなくても」って言われました。
話の途中で電話を切ったにも関わらず、
それ以来2度と掛かって来なかったので、いたずら電話だ と思ってはみたものの、
刺される恐怖は消えてくれず、誰に言うべきかなって思いました。
近所に警察官がいて、その人の家にピンポンしに行こうかと思ってみたり、
民生委員のおばちゃんに相談に行こうかと思ってみたり、
今にも家のチャイムが鳴る恐怖に怯えながら、どうしたもんかなって考えていました。
そうしているうちに、妹の友達が警察官で、旦那さんが警官だったって気が付いて。
妹に電話をして、私はどうしたら良いんだろう?って聞いてもらう約束をし、
(いい加減な妹のことなので、その後連絡はありませんが)

そうしているうちに、teaから電話がありました。
今から帰るからって。
電話を切り、しばらく号泣しました。
ああ、こんなにも緊張をし、怖かったんだって思いました。
怖い思いをしてから、感情が動くまでに時間差があり過ぎ、
その分 感情収まりまでに時間が掛かっています。
今日もまだ...
今朝も、電話のベルが鳴るんじゃないかって怖かった。
何度も深呼吸して、お昼過ぎに頓服を飲んで、今度は一人で買い物に出掛けた。

teaの職場の人の家にも 同じ内容の電話が掛かっていて、
娘さんが一人で家にいただけだった為に、その人は仕事を切り上げて家に帰ったそうです。
もしかしたら、流行っているのかもねって言ってました。

「家を出て来い。殺してやる。」
悪意の言葉を受けると 相手の心の闇に感応してしまう。
負けないように、闇に飲まれてしまわないように、心をしっかりしなければ。



◎夏海(599) 題名:迷惑電話の対策研究室 投稿日 : 2007年3月18日<日>21時22分

迷惑電話の対策研究室

http://tantei.web.infoseek.co.jp/meiwaku/nijuu.html


2007年03月16日(金) ハート型の傷 @みかん

●夏海(597) 題名:ハート型の傷 投稿日 : 2007年3月16日<金>21時52分

心が傷つけば脳にも傷がつく

今朝の中日新聞です。
一読の価値アリ

http://www.chunichi.co.jp/article/feature/ijime/list/200703/CK2007031602001180.html

2007年3月16日 22:51

私の地元の地方新聞は、以前からメンタルヘルスの特集が充実していました。
いじめ問題が賑わった去年の年末から、いじめの系図みたいな特集を始め、

 中日新聞HP(http://www.chunichi.co.jp/
   おすすめコーナー  いじめと生きる

その特集の今回のテーマは、科学的メスを入れる

で、第一回の今朝は、いじめによって心が傷付くと、脳に傷がつくと言うお話。
脳にできてしまった傷によって、うつや統合失調症が発症しているのかも知れないと。
脳の傷のMRIの写真付きで。

心に傷を受けること イコール 脳に損傷を与えること
つまり、傷害だと書いてありました。
暴力によって身体に付けた傷と同じ。

これがきちんと立証されるのであれば、
相手を訴え、有罪にすることができる。


2007年03月13日(火) 徹さんは風邪で休暇

2007年3月13日 9:22

徹さんは今日も休み。
また風邪を引いたらしい。
週明けに風邪を引くのは、良くない傾向だと思う。
『休日の健康管理』ができていないと見なされる。
仕事をしてお金を貰っている以上、仕事が出来るように体調を整えるのは、社会人として常識的なことで、
自分の体調は自分で管理できることは大人として当たり前のこと。
結婚依頼激太りして、風邪や喘息の発作が頻繁になって来ているのだから、
徹さんも、そろそろ真剣に考えた方が良いかもね。
顔色がどす黒くなって来てるから、肝臓がイカレてるのかも。
肝臓を傷めると疲れが取れなくなり、抵抗力も落ちる。
メタボと笑ってる場合じゃないのだよな。
いや、マジに。



昨日、紅葉ちゃんから聞いた話。
以前辞めた人は、私と同じ様に徹さんとプライベートでも仲良しだったそうな。
でも、仕事となると、理解できないところが多く、
元々若い男の子が長くやりたいと思う仕事ではいので、
(やっぱ、ステップアップして、プログラム組みたいよねぇ)
罵倒されてまで一緒に仕事をしたくなかったんだろうね。
辞めたそうな。

徹さんは、本人も自分の性格が曲がっていて、根性悪で、
言葉が足りないことを自覚している。
だけれど、自分はこれでよく、変える必要性を感じていない。
プライベートであるなら、自分を善しとしてくれる相手だけとつるんでいたら良いけれど、
上に立つ者の考え方ではないわな。
何故みんな壊れて辞めていくのか?
あなたが原因なんだよ。

同じことをしていても、
上司がそれを行うと、パワーハラスメントになる。
ドラえもんがいない会社で、一人楽しそうに横暴の限りを尽くす。
本人は自分はやっても良いキャラだと勘違いして。

過去に何度か「暇だから」と言って、私の手提げ鞄の中身を全部出し、一つ一つ点検を始めた。
相手は徹さんだから、気にも止めずに放っておいたら、生理用品が入っているポーチを開け、
「なんだ今、生理か?」とフロア中に響く大声を出す。
(たぶん本人的には普通に喋ってるつもり)
本気で怒るのも馬鹿らしいので、「このエロオヤジ」と返しておく。
最近のお気に入りは、胸をつっつく振りをすること。
「欲求不満男!」と罵倒してあげる。

そんな私たちを回りはどう見ているのだろうか?
この業界にありがちな、自分の名前を呼んで話し掛けられない限りは、耳に入らない性格の人ばかりなんだろうか?
和気あいあいに見えるのだろうか?
私がへこたれていないから。
泣いてはいても、メソメソせずに、ぶつかっているし、
活気が良いなぁくらいの認識なんだろうか?

先週、凄い勢いで怒鳴られた。
近くに雷が堕ちた、それくらいの音量で。
ペンを持ち、それを何度も机にガツガツぶつけ、
凄い音を立てていた。

大きな声を立てられれば立てられる程、私の脳はその機能を止める。
「何を考えて良いのか判らなくなりました」とまで答えたが、
怒鳴り声は止まなかった。
以前メールした内容は、全て忘れ去られている。

日曜の夕方がブルーで、毎朝会社に行きたくない。
今朝、歩きながら考えていた。
どうしたもんかなぁと。

人間的に徹さんが好きで、
だから手助けをしたいと思った。
迷惑を掛ける為、急に会社に行けなくなることだけは避けたいと悩んだ。
徹さんが容赦なく怒鳴るのを止めないのであれば、
私は徹さんの負担増まで考慮してあげる必要などなく、
辞める以上、新しく機能を理解するモチベーションがなくなってしまった。
覚える気がないのだから、覚えられんわな。
そして相変わらず怒鳴られる。

怒鳴られたら、限界だと言おう。
これ以上は耐えられないのでと、仕事を渡してしまおうと思う。
ここまで落ち着いた精神状態を、徹さんにぶち壊されたくはない。
私にはletさんの介護があり、私が精神状態を悪化さする訳にはいかない。

徹さんの体調がなんぼのもんじゃい!
あなたの身を案じてあげる余裕など私にはなくなってしまったのだよ。
あなたによって。


2007年03月09日(金) 記念碑を建てるらしい

2007年3月9日 9:22

人を助ける行為は尊い。
咄嗟に瞬時に自分が動き出せるか?

少し前に、
死にたいと線路内に入った女性、
死ぬために線路に入った女性を、線路外に出す為に線路に入った警官が、そのまま電車に轢かれて亡くなった。
死にたかった女性は生き残り、
生きろと
(本当のところは判らないが。
 線路の外に出なさいと説得していただけかも知れない。)
説得していた警官が死んでしまった。

そのニュースを聞いた時、本当にそれで良かったのか?と私は疑問に思った。
死にたかった彼女は、死ぬことを許されず、
(なぜなら助けられた命だから。
 残った遺族の為やら、彼女の身内やらの思惑の為に。)
生きなくてはならなくなった。
彼女が望むと望まざるに関わらず。

死を選ぶ人は二通りあり、助かったことにより、目が覚めるタイプと
何度も繰り返すタイプ。
彼女がどちらに属するかは判らないが、
前者だとしても、重い十字架を一生背負っていかなければならない。
自分の為に死ななくても良い人が一人、この世から居なくなってしまったのだから。

死にたい人が生き残り、必要とされている人が死んでしまった。
それで良かったのか?と思った。

日本人は美談好きな民族で、自分の身を呈して他人の為に成す話が大好きだ。
素晴らしい行為だと絶賛し、その勇気を讃え、彼の人となりを過去に遡って紹介し、
いかに彼がその死を惜しまれる人物であるかを紹介していた。

私は、自分が招いた結果にしても、線路内でしゃがみ込んだ彼女に同情した。
助かってしまった瞬間に、彼女の人生が終わってしまった。
生きていたくないと思う程の悩みや傷を抱え、
逃げる選択も出来ず、
警官の命を背負う責務まで与えられてしまったのだから。


その昔、レオさんが出ていたタイタニックを見た。
彼女に生きろと告げて海の底に沈んでいった若者と、
生き残った彼女の話だった。
人の命を背負うことは重い。
自分が人の命の上に成り立っていると思うことは、私には重過ぎる。

例え恋人であっても、私の為に命を投げ出されたら、その思いは私には重過ぎる。
命懸けでと言われて感激したり喜ぶタイプではなく、
私一人遺されるくらいなら、二人で生きる方法を考えるか、もしくは。
いづれにしても、二人一緒が良い。
他人の人生まで背負いたくはない。
私の人生を他人に背負わせたくもない。


救助には成功したが、その為に死んでしまった警官が勤務していた交番の近くに、記念碑が建つそうな。
その美談は語り継がれ、彼女は一生非難される。
人に ではなく、(日本人は、忘れやすい民族でもある)記念碑に である。
奥さんや子供は 誇りに思うのか?
誇りに思わなければ やっていけないのが本音だろうね。
誰であっても、どんな美談であっても、死んでで欲しくはないのだから。

その記念碑の建立に誰も否とは言わない。
思っていても言えない。
だって、美談なのだから。

警官のご冥福と、
警官の命と引き換えに、生き残ってしまった彼女の幸せを願わずにはいられない。


2007年03月08日(木) 茶番劇

2007年3月8日 9:23

私はよく自分の携帯やPCアドレス宛てにメールを送ります。
携帯をメモ代わり使っているのです。
本など、外出した時に欲しい情報は携帯へ、
これのようにPCにアップするものはPCに送信します。
今朝、車の中で大笑いしたネタを携帯へメールしました。

件名 : おふくろさんの
文書 : 取り扱いについて

何も知らない人が私の携帯を見て、何じゃそりゃ?!ってなるよなぁって、そう考えるだけでも楽しい。

ラジオから流れていた情報は、森進一の騒動。
茶番だよなーって思っていたら、曲を作った作者もそう思ったらしい。
だよね。

ことの発端は、紅白歌合戦。
いつもは、TVでは普通に歌っていたのに、
去年の年末は気合いが入り過ぎて、(離婚したばかりの森昌子さんとの競演だったからかな)
ライブでいつも歌っていたように、台詞を入れてしまった。
作者は怒った。
そりゃそーだとも!
自分の思い入れたっぷりの曲を書き換えられたのだから。
説明しろと申し入れたところ、長年の付き合いもあって甘えが出たんだろうねぇ。
森進一は、その怒りを 許されるものだと甘くみていた。
すぐに申し開きに行けば、
それも電話ではなく、
そして事務所、マネージャーではなく、直接本人が行けば、ことは丸く収まっただろうけれど、
体調不良や仕事優先で、連絡すらも代理人を通してしていたらしく、
ご立腹度が増した。
そりゃそーだとも。

作者は会見を開いた。
森に『おふくろさん』を歌わせないと。
慌てた森進一は、TVで答えていた。
それを見て、馬鹿な男だと思った。
伝えなければならないのは、申し開きをしなきゃいけないのは、マスコミやファンではなく、作者だろうに。
自分はこんなにあの曲を愛しているんだと、TVカメラに向かって言うことで、その真意が作者に伝わるとでも思っていたのだろうか?
著作権というものが存在し、著作権違反を犯している。
その『真っ当な脳みそ』がなかったらしい。

ずいぶん経ってから、寒い地方にある作者の実家へ出向いた。
アポなしで。
雪が降っていて、マスコミのカメラが回っていた。
作者は東京にいて、留守だった。
全てが茶番だった。
インターホンを何度も鳴らし、インターホンに向かって喋る森進一。
それは作者にではなく、マスコミに見せるパフォーマンスに過ぎない。
自分はこんなに誠意を尽くしている。
可哀相な森を演じている、ただのアピール大作戦なだけ。

例えば、対会社で問題が発生した場合、会社の付き合いを解消すると宣告する程相手が立腹していた場合、
本気で謝りに行くのであれば、それは本人に対して行われ、
本人に必ず会う為に策を練る。
いくら謝りに行っても、相手が不在では意味がない。
仮に受け付けや玄関で断られたとしても、必ず本人がその建物内にいなければならない。
謝る相手が不在の建物に向かって叫ぶのは、ただのパフォーマンスであり、茶番である。
本気で謝る気があるのであれば、面会が許されるまで何日も通い、
やっとそこで土俵に上がれるのだ。

馬鹿な男であり、所詮そこまでの男に過ぎず、
森昌子に捨てられても仕方がないなと思った。

歌の著作権はジャスラック(日本音楽著作権協会)が管理している。
そのジャスラックのHPに書いてあるそうな。

『おふくろさん』の取り扱いについて

演歌歌手はドサで地方巡業をすると、他人の歌も歌う。
それに勝手に歌詞を付けられたりしないように、指針を出した。
森のやった行為を認めないと。


ラジオからは音しか流れてこない。

お袋さんの取り扱いについて

わははは
お袋さん(お母さん) の取り扱いの注意書きですかい(笑)

実母の場合は、エサを与えないかな(笑)

letさんの取り扱いの注意点は、話を聞いて、その話にゲラゲラ笑うことかな。
(つまり、ちゃんと話を聞いて、その話に反応することね ^^)


2007年03月07日(水) 自傷行為 − 内容はヘビー級 −

内容が重いので、心の調子が悪い人は読まない方が良いです。
読み始めて ヤバイと思ったら、速攻に外に出て気分転換してください。
夜なら、外気に触れて深呼吸だけでも良いですから。

2007年3月7日 21:57

身体に傷を付けるのは、とても解りやすい。
(他人からも判りやすい)
出目金魚さんのHPには、『恋愛依存』と言う名の自傷行為と書いてありました。
自分の身体を他人に汚して貰う。
肉体的な温もりと引き換えに。

で、私は自分を傷付けていました。
それを知らずに。
そのことに気付かせてくれたのがteaの言葉でした。
「で、オイラに何て言って欲しいの?」


私は過去に流産したことがあります。
それは阪神淡路大震災の年。
たった一度のチャンスだった子供を守ってあげられなかった。

うーたんの実家の工場を手伝っていた私は、もしかして?と思い仕事を休んでいました。
重い物を持つのが仕事だったからです。
私の労働力を当てにしている義父の冷たい目を気にしながら。
家にいる主婦を「家で遊んでいる」と宣う義母にビクビクしながら。
妊娠反応があって楽になったか?
否です。
家族4人で一緒に食べた昼食後に、必ず義父にこう言われました。
「あんたが働かんで、忙しいわや」
そして、自分の母親は子供を産んですぐに畑に出た。
出産は病気やないんやでな と。
出産後すぐに工場に復帰しろ。
私にはそう聞こえました。
毎日毎日毎日。
うーたんが席を外し、義母が席を外し、台所で二人きりになったのを見計らって。

1ヶ月後、私は流産しました。
完璧にストレスが原因だと思っています。
今でも。

その日、友達の引越しを手伝う為にうーたんが出掛け、
義父母はパチンコに出掛けていて、家には私一人でした。
トイレに行くと出血があり、
タクシー?すぐ来てくれるだろうか?どうする?と悩み、
実家に電話を入れ、父に車を出して貰いました。
私が妊娠していることは、父には告げていませんでした。
宗教に溺れている父に、干渉をして欲しくなかったからです。
病院に着き、即入院。
そして。

絶対安静だと言われていなかった私はトイレに行き、
トイレの中に子供が出てしまいました。
そね感触と、この子を何とかしなければと言う思いと。
看護婦さんが処置してくれた子は、どうなったのでしょうね。
そのままトイレへ?
生ゴミとして?
その行方は分かりません。

私しか守ってあげることができなかったのに、
守ってあげられなかった。
もっと早く義父の毒から離れていたら、子供は助かったかも知れないのに。


子供が出て行くその感触は、生理の時の感触によく似ていて、
私は毎月その喪失感を味わわなければならなかった。
毎月毎月。
そして甥っ子が生まれ、祖母が亡くなり、
私は壊れました。



流産してから1ヶ月、
毎日毎日どうしたら死ねるかばかり考えていた。
ベランダから下を覗き込み、頭から落ちたら死ねるだろうかと、毎日考えていた。
たった2階から、どうやったら?
私が死んでもうーたんはこの家で暮らさなくてはならない。
部屋では死ねない。
馬鹿だね。
死んだ先のことまで考えてるなんてね。

私の子供が流れた夜、F1のパイロットのセナが激突死した。
翌日病室にやって来たうーたんは打ちひしがれていた。
セナが死んだと。
私はうーたんと悲しみを共有できなくなってしまった。
私は子供だけの悲しみを背負い、
うーたんはセナの死まで背負った。
まだ見ぬ子供よりも、目の前(TVだが)で死んだセナの方が現実味があり、
よりリアルに悲しみに浸れたのだ。

私は私だけで悲しみ、うーたんはうーたんだけで悲しんだ。

流産の翌日 処置(子宮内の残りを掻き出す作業)をされ、夕方には退院。
実家の母は、仕事があるからうちに来て貰っては困ると私を拒絶した。
自分が流産の経験があるにも関わらず である。
それも私と同じく義父母&小舅姑ズによるストレスが原因だったのだけれど。

うーたんの家に着き、開口一番義母が言ったのは、「向こうに帰ると思ったのに」の言葉だった。
料理作りが嫌いな義母は、私の世話などしたくなかったのだ。

私には帰る場所がなかった。

1ヶ月経ち、
このままでは死ぬしかない。
それならば逃げようと思い、叔母(ママ)の家に行く決心をした。
そのタイミングで工場を手伝えとうーたんに指令された。
両親が限界だと。
私が仕事をしないで家にいることを善しとしない義父母を、もう止めることができないと頼み込まれた。
馬鹿な私は手伝いを初めてしまった。
逃げれば良かったのに。



2007年3月8日 22:36

毎月私はあの感触を体験しています。
私の子供が胎内からトイレの便器へ落ちて行く感触を。
毎月毎月
私の子供と同級生になるはずだった甥っ子は、今年中学生になります。
12年間、毎月毎月。

私にとって、それは過去ではなく、毎月思い知らされる出来事であり、
その私の気持ちを逆なでするように義母は言いました。
「生理が遅れただけじゃないの?」(なのに大げさな)

義母にとっては、たった一度のたかが流産であり、
いつまで辛気臭く考え込んでいるのか理解ができないようでした。



ある日、私はteaに言いました。
私は毎月毎月流産を追体験しているのだと。

それに対してのteaの言葉。
「それで?
 それで夏海さんはオイラに何て言って欲しい訳?
 何て言われたら気が済むの?
 可哀相にって同情したら気が済むの?」

私が目が覚めた瞬間でした。
過去はなかったことにはならない。
流産によって失ってしまった命は二度と戻らない。
生理は毎月来て、
『その感触』に意味を与えてるのは私自身だった。
その感触を味わい、過去に浸って自分を傷付けていたのは私自身だった。

私は自分をナイフで傷付けたことはない。
だけれど、毎月毎月自分の心を痛め付けていた。
毎月毎月。
10年以上の間

私は私の意思で、自分を傷付けていた。
それを自傷行為だと言わないで、では何と言うのだろうか?
teaの冷めた一言で私は目が覚めた。

過去はなかったことにはならない。
でも、私には私を幸せにしてあげる義務があり、
幸せになる権利がある。
一人上手よろしく、自分で自分を痛め付けている時間などない。
そう気づくことができた私は幸運だった。

蟹さんが言っていた、「自分をいじめないであげて」の意味を、
やっとこの時理解した。

自分苛めしていないですか?
過去はなくならない。
でも未来は作ることができ、変えることができる。
一緒に幸せになろうね。


2007年03月06日(火) ホワイトデー @みかん

2007年3月7日 9:05

今年のバレンタインデーは海老煎餅を送った。
ハート型で、エビがたっぷり入った、海老煎餅専門店のものを。
新人さんにもあげた。
そうしたら、即効でお返しが返ってきた。
昨日、その子に喉飴を貰ってもらったら、酷く恐縮し、
代わりに自分の喉飴をくれたところを見ると、
どうも人に物を貰うことに慣れてないようだ。
何か物を貰うと、それに意味を持たせないように、お返しを渡し、イーブンにする。
そのやり方は正しいが、人付合いにおいては微妙かな。
もう少し、ガードを甘くしても良いかもね。

そのお返しは、香水だった。
ちっちゃなボトルに入った甘い香水。
私は、こんなイメージなのだろうか?
それとも、今時の女の子の間に流行っているものなのだろうか?
どちらにしても、ちと私には甘過ぎる。


teaがバレンタインデーにお菓子を貰った。
去年は、お返しを買って来てってお願いされたので、私が買った。
既婚者の場合、奥さんのセンスや力量が問われる(笑)
今年も買うことになり、貰ったあたりから計算して、
500円かな?1000円かな?って迷い、teaに連絡してみた。

返信をみてびっくり!!『300円でヨロシク』

へっ?!300円ですかい?!


2007年03月01日(木) 「ごめんなさいっ!もうしません!!」

「ごめんなさいっ!もうしません!!」
先週末に山に行った時、一緒に行ったSEITOの言葉です。

山頂(ってあったっけ ^^;)で、お茶をする予定で用意してくれていたものを
下山して登山靴を脱いでから、
「お茶会でもしよう♪」ってバーナーでお湯を沸かしてくれて、
アールグレーのteabagをタフタフした後に、
「これを入れるのが美味しいんだなぁ ^^」って言いながら、
コンデンスミルクをチューブからムニューってごっそり入れながら、
「ごめんなさいっ!もうしません!!」
もうツボにはまって、大笑いしました。

「ごめんなさいっ!もうしません!!」は、
いつも奥さんに言う台詞らしく、
取り合えず、何でもかんでも まずは謝っておくんですって(笑)
それが、SEITO家の夫婦円満の秘訣らしい。

SEITOの言葉は、ウイットに富んでいて、一緒にいて本当に楽しい。
月一の登山計画をしているんですけど、とても楽しみにしています ^^



◎のっち(581) 題名:ごめんなさーい 投稿日 : 2007年3月2日<金>07時27分

私の場合、交差点でブレーキ踏んでも停止線を越えそうな時(黄色信号の微妙な時)
「ごめんなさーい」と叫びつつ、アクセルを踏んでしまうことがあります。

助手席に父が乗っている時は
「必要悪だ、気にするな。後ろの車は堂々と赤信号通過してるぞ。無理してブレーキ踏んだら追突事故だ。」
と言われ、母が乗っている時は
「誰に向かって言ってるの?」
と言われます。

一人で運転している時は、「ホントに悪いと思ってんのか?」と自問自答。

その手の独り言、私も多いです。(^^;

#ちなみに昨日の後続車は、赤になって5秒ぐらい経過しても時速20Kmぐらいで通過してきましたが…



◎夏海(583) 題名:ごめんなさいっ! 投稿日 : 2007年3月3日<土>15時20分

前に右折車が停まっていて、黄色で突っ込んでしまった時に、
ごめんなさいっ!って言いながら、手で「ごめんなさい」の合図をします。
歩行者信号を見ているので、結構止まるのですが、時々... ^^;

家に帰る最後の信号は、黄色の時間が長く、
昨日は停止したのに、まだ黄色で...(。。;
後続車に、「ごめんなさい」デシタ。

私は、自分のHPでは、お薬名は書かない方針なんです。
私が合うかたと言って、誰もが同じように楽になる補償がないので。
だから、自分が何を飲んでいたのか?
何を どれくらいの期間でやめることができたのか は判りませんが、
やめるのって、精神的不安が大きくて、大変ですよね。

何でも話せ
きちんと相談できる主治医の方に変わって 良かったですね。^^



●GAKU@Yosida(586) 題名:イエローストップ(^ー^) 投稿日 : 2007年3月3日<土>21時41分 返信

信号が黄色になったら止まってほしい!
「イエローストップ」は大切なことだと思います。
ただし・・急停車は危険ですが・・・。

とかくマナーが悪いと言われ、それを裏付けるように
死亡事故の多い地域ですから(^^;)

仕事であちらこちらの地域を走りますが、ルール違反!
そんな思いを沢山するのはこの地域が一番のように
感じます。
 なにか・・・基本的なところがおかしくなっているような?
警察も以前のようにすぐに注意したり停めたりしなくなりました。
誰が悪いとは言いませんが、皆で注意したいですね(^ー^)

道路交通法はどこか法律でないように思われていて、違反=犯罪
ではなく、『運が悪かった』ととらえられているようです。
 困ったもんだ!



【夏海】
GAKUさーん
お返事しなくて ごめんね ^^;

教習所に通っていた頃、テンパッていた私は、前方の信号しか見ていなかったので、
イエローストップどころか、赤で突っ込みそうになってブラックマークを路面にくっきりはっきり付けました。
(先生に急ブレーキ踏まれました 滝汗)
今は歩行者信号を見る余裕ができ、イエローストップを心がけていますが、
(特に右折車が止まっている場合は)
時々うっかり 出ちまうんですよね f^^;
安全運転 安全運転


夏海@夏海のお部屋 |★お手紙★夏海のお部屋★

My追加