あれからいくつもの季節が過ぎて、カカシにもガイにも、いろいろなことがあった。ガイも上忍へ昇格し、お互い担当上忍となり、部下を持ち、自らの技を彼らに伝授して・・・。 ガイの春の風物詩の方も、作ったり、作り損ねたりした。 去年はフキノトウを口にした覚えがない、とシカマルは言ったが、カカシもそうだった。ガイはその頃、懸命なリバビリに取り組んでいて、季節を感じるどころではなかったから。 ・・・それだけの心の余裕が、なかったから。 幸い、木ノ葉の里は戦禍を逃れていたから、カカシは忙しい日々の合間にあの居酒屋を訪れ、店主に直接、ガイの負傷と無事を、知らせることが出来た。 店長は手放しで喜んでいた。情報が錯綜していて、一時はガイが戦死した、と言う誤報すら流れていたため、心配していたのだと言う。 ただ、彼が毎年フキノトウを収穫していたと言う秘密の場所とやらは、戦争のせいでかなり荒れたらしい。その年は何だかんだで、いいものは収穫できなかった、と嘆いていた。 『アタシもフキノトウも待ってるから、また作ってって伝えてくれない? ガイちゃんに』 知り合いが大勢亡くなって辛いから、病院には行きたくないのだ、と、店長は苦く笑った。 ------------------------------------ そして今年。 火影となったカカシは忙しい毎日の中、たまたま外に出る機会があった。その際、徐々に暖かくなりつつある風の中に、懐かしい春の香りを嗅ぎ分けたのだ 不意に、あのほろ苦い味噌の味を口にしたくなって。 けれど自分は火影邸に詰めている身だし、ガイはガイで車椅子ながらも上忍として任務をこなしている毎日。とてもあの居酒屋に、揃って出かけられる状況ではない。 半分諦めかけていた矢先、本日のガイ班任務のドタキャンがもたらされたのである。 ───このチャンスを逃したら、来年まで巡ってこないかも。 そう思うといてもたってもいられず、急いで居酒屋の店主に連絡を取った。今年のフキノトウの出来はどうなんだ、と。・・・わざわざ手紙をしたためて暗部に託したため、何かの極秘暗号と勘違いされそうになったのは、余談である。 すると、去年の分を取り戻すぐらいに豊作だ、と返事が来たのだ。 「ってわけで、話をつけた。ガイ班は店長と一緒に、フキノトウの収穫とその後のもろもろの処理をお願いねー。調理にはココの台所、貸すから。後片付けもお願いv」 「「「はあっ!?」」」 一見、下忍が割り当てられそうなこの唐突な任務に、ガイ班は皆、豆鉄砲を食らった鳩、みたいな表情になる。 「カカシよ・・・何もそんな任務、俺たちに頼まずとも・・・」 「他の班には無理だからね、この任務。 まずは、火影邸に出入りできるぐらい信用の置ける立場じゃないと、ダメだし」 「信用・・・あたしたちはそれだけ信用されてる、ってことなんですねv」 「当然だよー。それに、フキノトウの取れる場所って一応、店長の秘密の場所らしいから、そっちとも馴染みがないと教えてもらえないだろうし。あ、もちろん、他言無用だからね」 「も、もちろんです! 男に二言はありません」 口八丁に持ち上げれば、若手二人はあっさり陥落。 「それにあいにく、他の班は別の任務で全員、出払っちゃってるの。今日戻ってこられるかどうかも、怪しいし。おまけに、春の天気って変わりやすいでしょ? 今日は晴天に恵まれてるけど、明日から崩れてくるって話だし」 「むむ・・・仕方ないか」 まるであつらえたような状況に、さしものガイもそれ以上口を挟まない。 一方、まだまだ少年の域を脱していない2人の部下は、何やら楽しそうな素振りだ。 「それにしても、フキノトウかあ・・・ネジが結構、気に入ってたよね」 「そうでしたねえ。一度お弁当に焼き味噌を、手ずから作ってきたこともありましたし」 「「え?」」 思いもよらない言葉に、カカシとガイは目をしばたかせる。 「そんなことあったの? ガイ」 「いや、俺も初耳だ。・・・本当なのか? テンテン」 「え、あれ? ガイ先生は知らなかったっけ? お弁当、ってことは、里内にいた時よね?」 「でも、確かにあの年の春は、ガイ先生は特別任務だからって、僕たちとは別に里外に出られてたことが、何度かありましたから」 「ああ・・・あの頃のことか・・・」 心当たりがあったらしい。ガイは亡き弟子の隠れたエピソードに、少ししんみりとした表情となった。 「まさか覚えていたとはな・・・実は一度だけ、こいつらを連れてあの居酒屋で、夕飯を食ったことがあったんだよ。で、例のごとく頼まれて、焼き味噌を作ってやってたら、あいつだけが興味を持ったんだ」 「ネジ君だけ? リー君たちは?」 「あたしたちは一応は食べては見たけど、あんまり好きにはなれなかったんですよ。苦かったから」 「僕も。効き目が滋養強壮ぐらいだし、無理に食べなくてもいいんだぞ、って先生が言われたので、つい」 ただ、その中でネジだけが、少しずつだけではあるものの、箸をつけていたのだという。あれだけダメ出しの傾向があったのに、今になって思えば確かにあまり文句が出ていなかったな、と、ガイは感慨深げだ。 「だが、特にネジに作り方は教えなかったんだがなあ・・・」 「じっと見てましたよ、あの時、先生の手元を。僕、覚えてます」 「ただし、何を食べさせれるのか心配だ、って雰囲気でしたけどねー」 「ガイ・・・教え子たちに日頃、一体何食べさせてたわけ?」 「失敬な。食えるものしか食わせとらんぞ、俺は」 「ええ、もちろんですとも!」 「主にカレーとか、カレーとか、カレーですけどね」 「・・・・・」 「言うね、テンテンちゃん」 そして、リーたちの話によれば、翌年の春。里内で修行の日、ネジが件の焼き味噌をおにぎりと共に、持参したのだそうだ。そして、どうやらその様子から察するに、ガイに味見をしてもらいたかったらしい。 もう少し自分好みにしたいから、コツを知りたい、と。 だがその直前、肝心のガイは急遽特別任務とやらで、里を離れてしまっていたのだ。それも、長期にわたって。 だから結局、ネジの手作りの焼き味噌が、ガイの口に入ることはなかった。リーたちも、何となく遠慮して、食べようとはしなかった。 『ガイがどんな気持ちで、これを作っていたのか。 ほんの少しだけではあるが、俺にも分かる気がしたよ・・・』 ネジが焼き味噌を持ってきたのは、それっきり。 だが、おにぎりと一緒にじっくりと味わいながら、彼はそう呟いていた───。 「その時僕、どういう意味ですか? って聞いたけど、ネジは教えてくれなかったんですよね。ガイ班にいれば、そのうちに分かるさ、って」 「そうそう。けど、あたしにも未だに分からないんですよ。ガイ先生、どういう意味なんですか?」 「・・・・・・」 首をかしげるリーとテンテン。彼らの様子に、カカシはガイと顔を見合わせ、あいまいに笑うしかない。 きっとネジも、若くして上忍にまで昇りつめた彼も、気づいたのだろう。 天気の良い、春に、フキノトウを、収穫し、調理する───たったそれだけの一連の作業が、どれほどかけがえのない平和の象徴なのか、と言うことに。 だから、こればかりは、言葉で説明しても意味はない。 「だからだ。それを今から、確認しに行くんだ。さあ、出かけるぞ。リー。テンテン」 「いってらっしゃい。お昼は店長が、お弁当用意してくれるってさ」 「ええー、つまり、午前中いっぱいは収穫に時間をかける、って意味ですかあ?」 「修行ですよ、テンテン! そう思えば、苦にはなりませんよ、きっと」 「リーの言う通りだ! 天気もいいし、たまにはこういうのも楽しいぞ!」 門の前で待つ『依頼人・その弐』の元へ、部下を引き連れ赴こうとしたガイだったが、不意に振り向いたかと思うと、ぽつり、カカシに告げた。 依頼人・その壱、の六代目火影に。 「カカシ。・・・スマンな。ありがとう」 「俺も食べたかったんだよ。気をつけて行っといで」 木ノ葉随一の機動力は伊達ではなく、言うが早いか3人は姿を消す。 彼らを見送り、火影邸へ引き上げようとしたカカシは、ふと、僚友の残した言葉に、苦笑するのだった。 「スマン、ってのはともかく、ありがとう、って・・・木ノ葉の平和をありがとう、って意味もあるのかね、ガイ?」 ───それは、お互い様デショ・・・? そうして。 春の香が立ち込める中、騒がしく執務室へとやってくる一同の気配。 「おーい! 今年はなかなか、いい出来のが出来たぞ、カカシ!」 「あれ、シカマルくんもいらっしゃったんですか」 「お邪魔するわよお。あらあら、本当に火影様やってるのねえ? 元・写輪眼サマは」 「平和な泥だらけ、って言うのも、たまにはいいもんですねー。あとで銭湯に直行だけど」 「ご苦労様、みんな。おっ、気がきくねえ、ガイ。ちゃんと白米も炊いてくれてたんだ」 「さすがに昼間から酒、というわけにはいかんからなあ」 炊き立ての白米をおにぎりに、焼き味噌をつけていただく。 これに勝る平和が、そうそうあるだろうか? 「・・・うん、随分久しぶりだけど、美味しいねv」 「ホントだ・・・アタシの味覚、変わったのかしら? あんなに苦いと思ってたのに」 「大人の味ですねえ。意外にいけます」 「お店ではお茶漬けにもするのよ? シメにサイコー! ってねv」 「それも美味しそうだなあ」 「・・・カカシさん、今は執務中ですから。ンな恨めしそうな顔、しないでくださいよ」 「そうだぞカカシ。何のために白米を炊いたと思ってるんだ」 「分かってるよー二人とも。言ってみただけだってば」 ───あの日、危機的状況の中、うちはマダラの前で。 『木ノ葉の碧き猛獣は終わり 紅き猛獣となる時が来た』 そう、ガイは覚悟を決めていたけれど。 「ガイー」 「何だ? カカシ」 「やっぱりお前には、紅き春より、碧き日々の方が似合うンじゃない?」 カカシがこめた言葉の意味を正しく知るのは、カカシ自身とガイ、そうしてあの場に居合わせたリー、の3人だけ。 でも。 「・・・そうだな。願わくばこの碧き春が、出来うる限り長く続くよう、励むだけだな」 ガイがそう答えるのに、だがこの場にいる皆が、同意するのだった。 フキノトウの花言葉は、待望、愛嬌、真実は一つ。 そして───仲間。 ■終わり■ --------------- 実は別所には、フキノトウの別の花言葉について、短く解説してあります。できたらあっちも、読んでくださいねーv CMでしたvv
「ガイちゃんなら来てないわよお?」 任務完了の報告を滞りなく済ませ、開放されたカカシはとりもとりあえず、ガイの行きつけのあの居酒屋を訪れた。 ちょうど夕刻に差し掛かる頃で、営業開始の暖簾を用意している店主と、実に1年ぶりに顔を合わせたところ、開口一番、そう言われてしまった。 とりあえずお入りなさいな、と促され、店内に足を踏み入れたところ。 「・・・・・この香りって・・・!」 「断っておくけど、ガイちゃんには今年まだ、作ってもらえてないのよねえ。でも、お客さんからの注文があるし、今回のは仕方なくアタシのお手製、ってワケ」 嗅ぎ覚えのあるフキノトウの香りに、思わずその場に立ち竦む。が、店主の告白にどこか力が抜けて、そのままカウンター席に陣取った。 簡単な料理を注文したものの、何から聞けばいいのか躊躇しているカカシをどう思ったのか、店主はどこか痛ましい表情で話しかけて来た。 「ここのところあなた、ガイちゃんとずっとすれ違いばっかりだったんですって? 体が鈍る、とか言って、退屈そうだったわよん」 「・・・来てたの、あいつ」 「一応常連だしねえ。けど、それも1週間も前の話。詳しくは教えてくれなかったけど、特別任務を命じられたとかで、しばらくは戻れない、って言ってたわ。 折角の花見の時期なのに、帰って来る頃までには散ってるだろう、って残念がってたわねえ」 「・・・・・」 カカシが里を出た頃は、桜はまだ蕾のままだった。そして戻って来た今は、ほろほろとほころび始めていた。満開はこれからだ。 その桜が散るまでにガイが戻らない、と言うことは、相当長い期間任務に縛られることを意味する。 「・・・けど、野生のフキノトウは出始めているよね? ガイに例の焼き味噌、頼まなかったの?」 つい咎めるような口調のカカシに、店長は難癖には慣れているのだろう、軽く肩をすくめて見せた。 「あなた、よほど木ノ葉から離れていたのね。道理で見かけなかったはずだわ。 あのね、里はここのところずっと雨が降ってて、収穫なんか出来なかったの。ガイちゃんも何かと、忙しかったし」 「・・・つまり、店長があいつに焼き味噌をせがむのは、天気が良くてフキノトウが取れて、ガイの体と時間が空いてる時期に限られてた、ってワケ?」 「チッチッチッ。甘いわね。写輪眼ともあろう男が、肝心な条件を忘れてるわ」 もったいぶりながら言葉を切り、出来上がった料理をカカシに手渡してから、厳かに告げられる店主の言葉。 「最大不可欠な条件、それは、ガイちゃんが無事で、心身ともに健康であること」 ───ああ、やっぱり。 ここの店にとって、フキノトウの焼き味噌はつまり、ガイが無事であることの証、みたいなものだったのだ。 忍をやめたと言う店長はともかくも、ガイがこれほど香りの高い食材を扱うとなると、さまざまな意味で慎重にならざるを得ない。 調理を行なう手が無事なのは言うに及ばず、ガイに血生臭い任務が割り振られていないことが、最低条件。任務直前でも、任務直後でもダメだ。 直前なら、不自然に強すぎる残り香が体につき、隠密を必要とする任務に支障をきたすかもしれない。あれほどカレーの好きなガイが、重要任務の前後には決してカレーを作らないし口にしないのと、同じ道理だ。 そして直後だと、体にまとわりついた血の香りが、折角のフキノトウのいい香りを、台無しにしかねないから・・・。 あの草むらで、フキノトウを摘むのをやめた時、カカシはそのことに気づいたのである。 ガイのお手製のあの焼き味噌は、彼が束の間ながら、当面の平和を勝ち得た年のみ、振舞われるものなのだ、と。 「・・・アタシがまだ忍やってた時・・・あ、結局下忍止まりだったんだけどね、色んな任務してて。ちょうどやっぱり下忍だったガイちゃんと、知り合ったのよ」 すすまないまでも料理に箸をつけたカカシの傍で、店主は昔語りをする。 「ひどい戦闘があってね。みんな全滅するかも、って覚悟したぐらいに、ひどいの。けど、ガイちゃんだけは前向きでねえ。 『絶対に生きて帰るんだ、だから皆も頑張れ!』 って叱咤激励されちゃった」 「はは、ガイらしいな・・・」 「でしょでしょ? おかげで全員、無事木ノ葉に帰り着くことが出来たんだけどね」 見れば店長は、自分で作ったというフキノトウの焼き味噌を、手近な器に盛り付けている。 「その時のアタシ、結構ヤバい怪我してて。もし意識を失っちゃったら、そのままこの世とはサヨウナラ〜、って状況だったの。だから、ガイちゃんってばアタシに肩を貸しながら、何かと色々話しかけてくれててね、意識を途切れさせないようにしてくれてた」 そうして、見栄えだけはガイの作ったものと遜色ないものを、カカシに差し出した。 「その時に話してくれたことの1つが、このフキノトウの焼き味噌の話。ガイちゃんのお父さんの好物だったんですって?」 「そう、聞いてるよ」 「任務で収穫の手伝いに行った時、そこの農家の人から作り方を教わったんですって。 あんたたちがこの辺を守ってくれてるから、今年もこの平和ないい香りと再会することが出来たんだ───って、そのお礼に」 「・・・それで?」 「何となく、察してるでしょ? その思い出話聞いてるうちに、これ以上ないってご馳走に思えてさ。食べてみたいな、ってアタシがつい言ったら、『生きて帰ったらいくらでも作ってやる』って、ガイちゃんが約束してくれたってワケ」 「それを律儀に、今でも守ってるわけだ、あいつは。・・・マメだねえ」 ───自分以外の人間にも、相変わらず熱血で情熱的な態度をとってたんだ。 それが微笑ましくて、それでいて少し悔しい気持ちもして。 カカシは軽く両手を合わせてから、店長お手製とやらの焼き味噌を口にした。 似た香りで、似た味、似た苦さ。 それでもやはり、あの時食べたものとは何となく、違う味。 「これはこれで、結構美味しいんだけどなあ・・・」 「でしょ? でもどこか、味気ないのよねえ」 アタシの熱血と根性と青春が足りないのかしら? と本気で首をかしげる店長に、カカシは思わず吹き出す。 ───任務は無事遂行したものの。 ガイが両手に大火傷を負い、木ノ葉の病院に担ぎ込まれた、とカカシが聞いたのは、それから10日後のことだった。 ------------------------------------ 「あの・・・カカシさん?」 「何? シカマル? その書類にはちゃんと、サイン入れたデショ?」 「いえ、そのことじゃなくて・・・」 その日。 六代目火影として、執務室でさまざまな雑務を進めていたカカシは、彼の側近となった奈良シカマルに、それは怪訝な目を向けられた。 何かしくじりでもしただろうか? と首をかしげていると、「プライベートに口出ししたくはないんスけど」と前置きした上で、シカマルはぼそぼそ、と言葉をつなげる。 「その、さっきからこの辺一帯に漂いまくってる、青臭いっていうか、独特の匂いが気になって。・・・何なんスか?」 「え? ああ、これ? ゴメンゴメン、すっかり鼻が慣れちゃったから、意識してなかったよ。ひょっとしてシカマル、こう言う香りって苦手な方?」 「苦手、ってほどじゃねえけど。・・・漢方薬でも煎じてるとか?」 「漢方薬、ねえ。まあ、広い意味では、似たようなものかもしれないけど」 ───ナルトたちと比べて随分大人びていると思ったんだけど、意外にそうでもないってことね。いい香り、って思えるには、もう数年必要ってトコロ? 何だかんだ言って、シカマルもまだまだ青年の域なんだな、と、ちょっとだけ微笑ましくなるカカシである。 「どっちかと言うと、ご飯のお供というか、酒の肴、の類だよ。ガイに頼んで、厨房で作ってもらってるんだ」 「・・・ちょっと待ってください。ガイ班って、今日から短期の里外任務のはずじゃ」 「あーそれね。今日になってドタキャンされちゃって。いい迷惑だったよ」 もちろんキャンセル料はたんまりせしめたけど、とカカシが浮かべた黒い笑顔に、シカマルもそれ以上は突っ込まない。 「・・・で、折角ガイの体が空いたから、どうせなら、って俺が依頼したんだよ。材料調達から後片付けまで一式、全部やってくれ、って。ガイ班総動員で」 「仮にも上忍に、腐っても火影が、何て気楽に依頼してるンすか」 「腐っても、って・・・何かトゲを感じない? その言い方。 けどその分だとシカマルの家じゃ、今の季節食卓に出さないってコト? ヨシノさんなら手ずから、作ってくれそうだけどなあ」 「は? 俺んちの食卓に、っスか? 何を?」 「ヒントは、この香り。それと、今の季節限定の食材。・・・さすがの木ノ葉一の頭脳派も、分からないかな?」 「変なことで挑発しないでください」 半分からかわれているのを察したのだろう。目をつぶって春の香りを確かめながら、頭のデーターブックを総動員した後、おもむろにシカマルの口を突いて出た、言葉。 「フキノトウ・・・か?」 「ごうかーくv やっぱり君の知識の泉は広いねえ」 「それ、単にオッサンくさい、って言われてる気、するンすけど。 ちなみにうちでは、おふくろが天ぷらにします。揚げたてならそこそこいけるンすけど、冷めると結構苦いから、俺はあんまり食わねえな」 もっとも、と、切ない思い出にかられたらしく、少しだけシカマルの顔がうつむき加減になる。 「親父は、好きだったみたいですね。そう言えばこの季節、親父が家で夕食をとる日は決まって、食卓に並んでいた気がします」 「・・・そっか」 「去年やおととしは・・・どうだったかな。あの頃は色々といっぱいいっぱいで、食欲とかあんまりなかったから、出てなかったかも」 精をつける、と言う意味でも、息子が苦手なものを食卓に並べるような母親では、なかったろう。きっと、少しでも箸がすすむよう、好きなものばかり作ってやっていたに違いない。 今になってその配慮に気づいたと見えて、一瞬惜しむような表情を浮かべて両眼を閉じ。 再び開いた時には、シカマルにはいつものけだるそうな目が戻っていた。 「・・・それで、カカシさんのトコはどうだったんスか? 何か、味噌の匂いまでしてるけど、そう言う調理方法だったとか?」 「違ーうよ。俺の懐かしの味じゃなくて、あいつの親父さんの好物」 「は? ガイ先生の親父さんの味を、リクエストしたんスか? 何で?」 「んー。平和になったなあ、って思ってねえ」 「?????」 さすがのシカマルにも、その辺の事情は推理できないだろう。情報が足りなさ過ぎて。 ───あの年の晩春。 何とか時間を見つけてカカシが見舞いに訪れると、ガイは病室で食事の真っ最中だった。 指に巻かれた包帯と痛みに悪戦苦闘しながらも、戸口の友人の姿を見つけた途端、いつもの開けっ広げな笑顔を向ける。 『火遁使いがいたんだって?』 『おうよ。結構ヤバかったな。何せ火に邪魔されて、なかなか近寄れなかったんだ』 『・・・どうせお前のことだ。無理やり火の中に突っ込んで、突破口を開いたんだろう?』 『さすがだな、そこまで見抜いているとは。それでこそ、マイ・ライヴァルだ!』 つい恒例のナイスガイ・ポーズをしかけて、指の痛みがぶり返したらしい。「痛くないぞおおおおっ!」と、無駄な気合を入れるのを、カカシはどこか安堵した気持ちで眺めていた。 ───おそらくは、火遁使いが一番の難物だったのだろう。 むろん敵が単独で行動するわけもないから、他の仲間たちは別の忍たちからの攻撃をしのぐのが、精一杯で。何とか迅速に動けるガイが、やや強引な方法で火遁使いを倒した、といったところか。 両手指の大火傷は、その代償だ。 分かっている。それしか方法がなかったのだ、ということは。 けれど、もう少しやり方を考えろ、と思わずにはいられない。 そうでなくても、もともと体術使いは直接的な攻撃な分、ダメージもまともに食らってしまうのだから。 『・・・今年はもう、例のものは作ってやれないなあ・・・』 味気ない病院食に、記憶が刺激されたのか。ボソリ、と呟くガイ。 『命あってのものだね、だろ? 店長も分かってくれるんじゃないの』 『そうは言っても、この機会を逃したら、次は1年後だ。それも、作ってやれるかどうか、約束できるものでもないし』 悔しそうに呻くガイの横顔を見ながら、カカシは改めて確信する。 やはりガイにとっても、フキノトウの焼き味噌は、平和な春の訪れの証だったのだ、と言うことを。 あれだけ渋々、と言う体を装いながら。 まるで、分かる者には分かる、合言葉のように。 だからこそ、店を訪れた多くの客が、店長の作ったものより、ガイのものを好んだのではないか。 『・・・あのさ。妙にこだわるよね。親父さんの好物だ、って言ってたけど、ダイさんはひょっとして毎年作ってたわけ?』 『言われて見れば・・・そうだったな。下忍止まりだったから、よほどのことがない限りめったな任務は回ってこなかったらしい。ほぼ毎年、食ってたっけ・・・』 その思い出故に、毎年の春の風物詩として、ガイは覚えているのかもしれない。子供の頃の出来事は、1年1年が全て大切な宝物なのだから。 『・・・現状を嘆いても仕方がない。もっと俺が、強くなれば良いだけの話だなっ』 退院したら早速修行せねば、と。 ガイが出した結論は結局、呆れるくらいいつも通りのポジティブなものだった。 ■続く■ ※スミマセン・・・後編まであります・・・
実は別所にも投稿してあるんですが、こちらにも。いーかげん更新しないと、投稿できなくなるかもしれないし。 以前UPした「夏の色」及び「いっしょにごはんを食べようか」と、時間枠は一緒と思ってください。ただ、【鳴門】完結後に発表された公式小説の設定を一部使っているので、おそらく色々と矛盾があります。大目に見てください。m(__)m ※一応、念のため。 作中で引用している文章は、清少納言の「枕草子」の一文です。「枕草子」には著作権は発生しませんので、本文の引用自体は著作権違反ではありません。 ※タイトルを「はるのかはあお」と読むか、「はるのかはみどり」と読むかは、読者次第です。「木ノ葉の気高き碧い猛獣」なんだから「あお」なのかも知れませんが、言葉的には「みどり」でもいいな、と思ってしまったもので・・・優柔不断でゴメン★ ※久々に、長すぎました。前後編になります。 ---------------------------- 春の香は碧 木ノ葉の上層部に命じられ、某国へ逃れようとした抜け忍を『処理』し。 少しチャクラを消耗した はたけカカシが、開(ひら)けた草むらで大の字になって休憩している時に、それは漂ってきたのだ。 その、どこか懐かしく感じられる、青い香りが。 体を起こすのも億劫で、横たわったまま視線を右へずらせば。 そこにあったのはまだ蕾が開ききっていない、フキノトウの群生。 ───そうか。もうこんな季節だったんだな・・・。 ふと、同期で自称・ライバル、マイト・ガイの明るい笑顔が脳裏に蘇り、カカシは静かに目を閉じた。 確かあれは1年前のこと。 いつも通っている飯屋が臨時休業で、カカシがすきっ腹を抱えて夜の街を歩いていた時に、ちょうど任務明けだと言うガイに出くわした。 「空腹中に勝負しても、そんなのホントの勝負じゃないデショ?」 相も変わらずけしかけられる恒例行事を、そう言ってかわし。ほとんど話のついでに聞いたのだ。どこか良い雰囲気の食堂はないか、と。 すると、やはり今晩は外食予定だったガイから、有力情報が与えられたのだ。 「だったら、今から俺の行きつけの居酒屋へ一緒にどうだ? ご馳走と言うほどのものは出さないが、馴染める店だぞ」 空腹に耐えかね、そう誘われるままについて行ったカカシだったが、店の暖簾をくぐったところで我に返る。 ガイの行きつけなのだから、彼のような血の気の多い男たちばかりが、集う場所なのではないのか? ───疲れてる時に、熱血はゴメンなんだけど。 カカシは若干及び腰になったが、そこそこ繁盛している店らしくカウンターしか席は残っておらず、渋々座ったそこで、店の主に引き合わせられた。 元・忍だと言う店主は、自分たちとそう変わらない齢で、浅黒く日に焼けた男のくせに、わざとらしい女言葉を使う人物だった。何でも、特にソッチの気があるわけではないのだが、柔らかいこの口調の方が変にトラブルを招かなくて、便利らしい。 とりあえず食べられるものを。 いくつか料理を頼んで一息ついた頃、そう言えば、と、その店主がガイに話しかけた。 「ねえねえガイちゃん、もう春でしょ? 材料揃えてあるから、例のもの作ってくれなあい?」 「・・・例のもの?」 「またか? いい加減、作り方覚えたらどうなんだ。教えただろう」 「でもお、やっぱりガイちゃんの作ったものの方が、評判イイんだってばあ。アタシが作っても、どこか味が違うのよ。ね? 今晩もビール1杯、お礼に奢っちゃうし。そっちのお兄さんの分も、サービスするわよおん」 「何かよく分かんないけど、ガイくーん、俺にビール奢ってv」 「カカシ、お前な・・・。しょうがない、今日だけだぞ?」 「とか何とか言っても、毎年1回は作ってくれるんだから。すっかりウチの風物詩よねえ」 「勝手に決めるな。ったく、今度はバイト料とってやろうか・・・」 おそらくは毎年、繰り返されているやり取りなのだろう。押し切られる風を装いつつも、どこか面映い表情のガイは、慣れた手つきで店のエプロンを身に着けた。 そうして、興味津々のカカシの目の前でガイが作ったのが、フキノトウの焼き味噌、だったのだ。 ミキサーも何も使わず、洗ったフキノトウをまな板の上で荒いみじん切りにし、味噌と食用油と酒を適度に合わせ、そのまま包丁でたたく。 その間に店主がいそいそと、浅く広い皿にアルミホイルを覆うように敷き、その上に薄く食用油を塗り始めた。 そうして手渡された土台に、ガイが左官よろしく、包丁をこてに見立てて、フキノトウ入り味噌をざっと載せる。・・・一見無造作だが、何かしらコツみたいなものはあるのだろう、という雰囲気で、均等な厚さに。 「ふんふんふ〜ん♪」 一方店主は、と言えば、いつの間にかアルミホイルを敷いた平たいフライパンを用意し、皿と同様表面に食用油を塗った上で火をつけ、炙っている。鼻歌交じりに。 その上にガイが、慎重な手つきで味噌を下にして皿を置くと、味噌とフキノトウの香りがたちまち、店内へと漂い始めた。 不意に、カカシの口をついて出た言葉がある。 「蓬の車に押しひしがれたりけるが、輪の廻りたるに、 近う うちかかへたるもをかし・・・」 (清少納言 枕草子「五月ばかりなどに」より) 「・・・よもぎ? 何だ、呪文か? それは?」 「呪文って、あのね★」 「聞き覚えがあるわ。確か・・・木ノ葉に良く似て四季がある『和』の国の、むかしむかーしの有名な作家が書いたって随筆、だったかしら?」 「よく知ってるねえ。アカデミーでも習わないのに、これ」 アカデミーでも教えていないものを覚えているとは、二人とも随分酔狂だな。 そう言わんばかりのガイをよそに、店主とカカシの会話が弾む。 「知り合いに、老舗和菓子屋がいるから。今の季節によく蓬餅を作るんだけど、よく引き合いにこの言葉を口にするのよ」 「ああ、なるほど」 「・・・で、どういう意味なんだ? カカシ」 「牛車に押し潰された際に漂ってくる、蓬の香りが趣があって好ましい、って意味。 ほら、蓬も独特の香りがするデショ? フキノトウの香り嗅いでたら、思い出しちゃって。 多分フキノトウも、牛車に踏まれたら今みたいな香りするんだろうねえ」 むろん、その時はこれほど香ばしくはないのだろうが、それはそれで風流があるに違いない。 が、店主の方は随分と現実的な意見を述べた。 「あら、牛車が通るような道なんだから、フキノトウみたいな凸凹する草なんかは、真っ先に引っこ抜かれそうだけど。あるいは、踏み固められちゃって生えてこないとか」 「あー、そうかも。車輪が引っかかっちゃうか。風情も何もないねー」 「だが、蓬なんぞ一年中見かけるぞ? どうして今の季節に、蓬餅なんだ?」 「・・・蓬が一年中生えてるの、よく知ってたねガイ」 「カカシ、それは俺が情緒を理解せん、と言う意味か? 俺は木ノ葉一、風情を愛する男だぞ! 花粉症だし。それに蓬なら、修行場によく生えてるじゃないか」 「イヤ、花粉症と風情は別問題だし★」 「確か、今の季節の葉の方が、柔らかくていい香りがする・・・んだったかしらあ? ゴメンなさいねえ、忘れちゃったわ。 それよりほらほら、手が止まっちゃってるわよ、ガイちゃん。次、次」 変に薀蓄披露になる前に、店主がそれとなく話を打ち切った。・・・それなりに空気を読む人物らしい。でなければ、サービス業は務まらないだろうが。 いくら今は手元が忙しいとは言え、このまま話に加われないとなると、何だかんだで構いたがりで構われたがりのガイが、不愉快になるのは目に見える。 幸いにも、二人の心遣いを知らぬまま、店主と雑談を交えながらもガイは、同じような焼き物を5つばかりこしらえた。 どんだけ大量のフキノトウが用意されていたんだ、一体。 ってか、仮にも客のガイに、どんだけ料理させてるんだろ、図々しくないか? 思わずあきれていたカカシだったが、ふと第三者『たち』の視線がこちらに集まっていることに、そっと周囲を見やる。 先刻から気づいてはいたが放置していたのは、特に害がないものだと分かりきっていたから。だが改めて観察すると、店内の客が皆、フキノトウの香りを楽しんでいるのが分かり、目を瞬かせた。 そして、食事をしようと新たに店へ入って来た客も、店内に満ち溢れている春の香りで一瞬、戸口で足を止めるのも伺えた。 忍も一般人も、店にいる客は皆、どこか無防備な表情を浮かべている。それも、ひどく嬉しそうに。 それは決して、カカシにとっても悪い気分ではなかった。 「何も、春の香りは桜、ばっかりじゃないんだねえ・・・」 「当たり前だ」 どうやら後は焼けるのを待つだけ、になったと見えて、ガイがカカシの傍らに戻って来た。 「どちらかと言えば空を見上げるより、地べたばかり睨みつけていた方だからな、俺は。フキノトウやら蓬の方が、樹の上の花よりも、春の香りという意味では馴染みがあるぞ」 「それも修行場での話?」 「おう、修行場で良く見かけたな。だが、桜餅もあれはあれで好きだぞ。うまいし」 「・・・奢らないからね、俺」 「ケチ」 思えば、カカシに勝負を挑んでは負け、修行中にも失敗や挫折を繰り返してきた男だ。地に伏し、悔しさで涙を流している時、同じ目線に生えていた草木に、親近感を抱いていたのかもしれない。 自分もこいつら同様、踏まれても吹きさらされても、枯れたりはしてないぞ、と。 ───それにしたって。 「カレーなら分かるんだけどね・・・」 「ん? 何がだ?」 「イヤ、お前がカレー好きで、カレーを得意料理にしてるのは知ってるよ。けど、フキノトウ味噌、なんて季節を感じられるものにも心得がある、ってのはちょっと意外だなあって」 「失礼な。俺は風情を愛する男だ。さっきも言ったはずだぞ? それに、これは父さん直伝なんだ。この季節になるとよく、酒のつまみに作っていたからな。以前任務で農家の手伝いをした時に、ついでに教わったと言ってたような・・・今じゃ、俺の好物だ」 「・・・ホント、仲がよかったんだね、ガイたち親子って」 知らず知らず、口調が僻みがちなカカシである。 が、人の感情にも案外敏感なガイは、不思議そうに眉をしかめた。 「何を言ってるんだ、カカシ。お前もサクモさんと仲がよかっただろう。 さっきの・・・ええと、蓬が何とか、なんて話、サクモさんの趣味関係だったんじゃないのか? そもそも、忍に不必要なものには興味を示さんお前だ。でなきゃ、諳んじられるはずもないだろうが、そんなもん」 「・・・・・・・!」 思いもよらぬことを言われて、カカシはとっさに返事が出来なかった。 確かに、サクモがまだ生きていた頃、他の国の文学について色々と教わった覚えがある。 繊細な父は情緒豊かで、忍の心得以外にも、いろんなことを知っていた。文学もその一つで、きっと彼はそれで不遇な立場を慰めていたのだろう。 しかもカカシ自身が、無意識のうちに諳んじることが出来るぐらいに。 ガイから言われるまでその事実に気づけなかった一方で、ガイの方は気づいていたと言うことに、カカシは若干ショックを受けていた。 とは言え、それを素直に表現できるような年齢を、彼はとっくに通り越している。 「・・・そんなことな〜いよお。イチャイチャパラダイス大好きだし〜」 「サクモさんが草葉の陰で泣いてるぞ・・・っと、来た来た」 「お待たせえ〜v サービスのビール2人前と、フキノトウの焼き味噌よおんvv」 「ふーん、結構いい香りだねえ。 ンじゃ、ガイの尊い労働力に、敬意を表して」 「お互いこの季節を無事に迎えることが出来た、幸運に」 カツン、とジョッキを軽く合わせてから、カカシもガイも自分の杯を同時に空けた。 一仕事終えた後のビールがうまい、と喜んでいるガイを尻目に、早速フキノトウの焼き味噌にカカシは箸をつける。 苦味と、塩辛さと、春の独特な香りに、知らず知らず顔がほころぶのだった・・・。 そもそも、好んでは山菜を口にしないカカシがフキノトウを食べたのは、あれきりになる。 あの居酒屋にも、それから足を運んだことはない。料理はそれなりにうまかったし、値段も手ごろ、雰囲気も嫌いではなかったにも、かかわらず。 ただ、一度きりで印象が強かったのか。そばに生えているフキノトウを見た途端、あの日の風景が一気に甦って来て、カカシを妙に落ち着かない気分にさせた。 『蕾が開ききらない方が、フキノトウはうまいんだぞ』 酔って饒舌になった口で、そう偉そうに言っていたガイの声音すら、呼び起こされて。見れば傍らのフキノトウは、おあつらえ向きに蕾が閉じたままだ。 チャクラが回復したところでカカシは体を起こし、そっとフキノトウに手を伸ばしかけて・・・。 「・・・っ・・・」 自分の指先に、浅黒いものが付着していることに気づき、動作を止めた。 周囲の穏やかさと、フキノトウへの感慨につられて忘れかけていたが、カカシは先刻、抜け忍を『処理』したところだったのだ。 グッ、と拳を硬く握り締め、目を閉じる。 この手で、香り高き若葉を摘み取ってはいけない、と言う思いに囚われたから。 何をきれいごとを、とあざ笑う別の自分がいる。だが、血にまみれたこの手で集めたものを渡しても、ガイは喜ばないような気がした。 別に、ガイを神聖化するつもりはない。どころか、彼だって血生臭い殲滅戦に赴いたことすらある。他ならぬカカシが、その見届け人として同行し、その見事なまでの徹底振りに、戦慄したぐらいだ。 けれど・・・。 ふとそこでカカシは、ガイに焼き味噌の調理をせがんだ居酒屋を思い出し、急にいたたまれない心境に陥る。 そして、すぐに帰郷しなければ、と言う奇妙な義務感に襲われ、休憩もそこそこにその場を後にした。 ───ひょっとして・・・・。 ■続く■
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