茂保衛門様 快刀乱麻!!(15)後編(シリーズ最終話) ここにあたしが来てから、そろそろ半刻(約1時間)ほどが経つ。 最初はあたしの存在を気にしてた大工たちも、自分たちの仕事に没頭し始めるやいなや、逆に部外者は他所へ行ってくれ、とばかりの視線を向けてくる。 まああたしとしましても、このままずっとここに居続けるつもりもなかったから、そろそろ立ち去る頃合かも知れない。 「・・・ところで御厨さん」 新築中の家から歩み去り、周囲に他人がいないことを見計らってから、あたしは小声で御厨さんに話しかけた。 「何ですか?」 「あたしの顔の、この大げさな布切れ、もういい加減に剥がしたいんですけど。痒いし、蒸れるしで、気色悪いったらありゃしない」 「ダメです。あれから『やっと』一月(ひとつき)ですよ? ほとぼりが冷めるまで我慢してください」 「『もう』一月、って感覚ですけどね、あたしに言わせてみれば」 ───実は。 あたしが怨霊の勇之介に襲われて焼いてしまったお肌のうち、一番目立つ顔の火傷の方は瘡蓋もきれいに取れ、とっくに完治してしまっているのである。それもこれもあの美里藍と涼浬が、惜しげもなくお薬をバンバン使って看病してくれたお陰らしい。 ただし、手や足の方は未だに瘡蓋も、ヒリヒリした感触も残っているけど、そっちの方は仕方ないでしょ。動かすのには支障がないんだし。 とにかく、折角治ったんだから隠してないで、ご自慢の玉の肌をさらしたい気分になるのは当然のこと。 ・・・なのに、気が利かないんだから。御厨さんの堅物っ。 「いけません。あと半月はそのままでいて欲しいと、美里殿からの伝言です」 「ええ〜〜〜」 漢方薬の匂いがキツイんだけど。鼻が曲がりそうだわ。 かなり恨みがましい目を向けられても、さすがに御厨さん。そう簡単に折れたりはしない。 「・・・榊さんは覚えていらっしゃらないようですが、お顔に大火傷を負った榊さんは、お屋敷へ運ぶまでかなりの数の人間に見られてるんですよ? 本当ならそう簡単にあの大火傷が治るわけないのに、不自然じゃないですか。 お屋敷内の人間なら口裏も合わせられるでしょう。しかし、単なる通行人の目を誤魔化すのは、実質上不可能ですから」 「そ、それはそうだけど・・・だったらどうして、美里藍たちは真っ先に、こんな目立つところの火傷を治したのよ?」 ウカツもいいところじゃない、と口にしたところ、御厨さんは珍しく呆れたような顔になった。 「あの状況では実際問題、どこかの火傷を完全治癒しておかないと、手当てするにも榊さんのご体力がもたないだろう、と言うのが美里殿の診立てだったんです。それはご理解いただけますね?」 うっ☆ た、確かにあたしは御厨さん辺りとは違って、長期戦向けの体はしてないわよ。 「あ、あたしが聞きたいのは、どうして顔を治したの、ってことなんですけど?」 「榊さんが一番納得されると思ったからです」 「・・・・・・・・・・は?」 それってどういうイミ?? 「体力を消耗されているのが見るからに分かったので、一刻を争うと言うことになったんですが。あの時榊さんは、お考えがあって『火傷を治すな』と言われたのでしょう? ご本人に聞くのが手っ取り早かったんでしょうが、あの後榊さん意識をなくされたから、そんなわけにもいかなかったし。だから、 『今勝手に治しても、後で榊さんにさほど文句を言われない箇所』はどこかって、あの時居合わせた人間で話し合ったら、全員一致で 『顔!』 と言うことになりまして」 「・・・・・・・・・・・・・」 「蓬莱寺辺りなど、榊さんは何を差し置いてもまずは絶対に顔を庇うだろうから、一番最初に治るのが顔の火傷だったとしても、きっと誰も違和感を覚えないだろう、とまで・・・」 「分かったわ。もういいです。それ以上は説明しないで頂戴な」 あなたたち、あたしを何だと思っているんですか・・・☆ 妙な脱力感に囚われて、あたしはつい額に手をやらずにはいられない。 そりゃあねえ。 それはまあ確かに、もしあの時お夏がいるっていう緊急事態じゃなかったら、あたしは何を差し置いても自分の顔を庇ってましたよ。それは自信を持って言えます。 ・・・・・だけど。 御厨さん1人に言われたんならいざ知らず、あの場に居合わせた《龍閃組》の連中全員に指摘されたって、一体・・・☆ 本当のことを言われたとはいえ、何だか癪に障るのって別に、被害妄想でも何でもないわよねえ・・・。 「ま、まあ良いわ。皆があたしの顔を、宝物のように大切に考えてくれていた、って考えれば、腹は立ちませんしね」 あたしが苦し紛れにそう言うと、御厨さんの顔ったら、いつもあたしが見慣れてる『げんなり』としたのになったわ。 ふふ、いい気味かも。この唐変木はいかにも武士らしく「男は顔じゃない」って思ってる男だから、こういうやり取りには慣れていないのよねー。 この際だから、もう少しからかっちゃいましょv 「何嫌そうな顔してるんですか、御厨さん」 「い、いえ、別にそういうわけでは」 「いけませんよ。いつもしゃんとしてなさいな。いくら男は顔じゃないからって、身だしなみを怠る男がモテるワケでもありませんからねえ。お凛にそっぽ向かれても知りませんよ」 「お凛は人間を外見で推し量るような、安易な女じゃありません」 ───あら、そう来たか。 まあ確かにあのお凛だったら、男の顔より生き様で、伴侶を求めそうだわね。 でも御厨さん、あなた分かってるの? それって自分がお凛に惚れてるって、暗に認めているようにも解釈できるわよ。 ヌケヌケと惚気ているんだったら朴念仁にしては粋、ってところなんでしょうけど、きっと自分でも気づいてないわね。武士の情けで、気づかなかったことにしてあげましょ。 ああ、あたしってば何て部下思いの上司でしょ、なんて1人で陶酔していたあたしに、 「そう言えば」 と、御厨さんが今思い出した風に打ち明ける。 「外見云々で思い出しましたが、あのお夏ちゃんから伝言があったんでした」 え? あの子供があたしに? 何伝言したんだろ。・・・思い当たる節がないわねえ。 困惑するあたしを他所に、御厨さんは明らかに苦笑、と分かる表情で続けた。 「いえ、ほんのささやかなことなんですけどね。 『お夏を助けてくれて』『おとうを庇ってくれて』『そして、勇之介ちゃんときちんと話をしてくれて、ありがとう』って言ってましたよ。 それと・・・外見は全然だけど、どこか気弱そうなのに勇気があるところはそっくりだそうですよ。勇之介に、榊さんは。このご恩は決して忘れない、ってことです」 「べ、別に子供に恩義感じられても、あたしは痛くも痒くもありませんからね。そ、それに、き、気弱そうだってのは余計ですよ」 と、つい照れ隠しに言いはしたけれど。 お夏からのその伝言こそが、あたしにとって、この事件で一番の収穫だった。 ホント、今日は空が隅々まで晴れ渡ったいい天気ですこと。 今日みたいな時こそ、いつもの習慣を復活させないと嘘ってモンよね。 「御厨さん、どうせだからこれからちょっとあたしに付き合いなさいな」 「どこへお出かけになられるんです?」 「向島の長命寺。久しぶりにあそこの水ですっきりと顔、洗いたい気分なんですよ。きっと火傷の治りかけにもいいでしょうしねv」 「お供仕ります」 そう言って。 あたしと御厨さんはゆっくりと、向島目指して歩き出したのだった。 これで全て、一件落着〜!! ≪終≫ ※お・・・終わった・・・何とか「血風帖」発売日前に、発表できた〜!! でもこれが実は「外法帖」本編の「邪」Diskにて、榊さんがカケラも出てこなかった理由だ、ってこじつけたら、怒ります?? イヤ、大火傷をして家から出られない状態だったから、主人公たちの前に姿を出さなかった、とかねv それにしても。「血風帖」に榊サンは登場できるのでありましょうか? 御厨さんは登場する、ってどこかで聞いた覚え、あるんですけどねえ。
茂保衛門様 快刀乱麻!!(15)前編 ※このシリーズもやっとこさ、最終話に差し掛かりました! 物語で言うところの「エピローグ」的な話であります。 手元のログを見たところ、このシリーズをレンタル日記で始めたのが2002年03月04日(月)とのこと。つまり、足かけ2年以上趣味の世界を、もたもたと書き進めていた計算になるんですねえ・・・(ーー;;;) ついでに言うならば、このシリーズを最後に更新したのは去年の暮れギリギリだったから、モロ半年更新滞らせていた計算になります。ラストは大まかな内容、大体決まっていたと言うのにねえ。何モタついていたんだか・・・。 まあでも、無事終了するめどがついたことだし、終わりよければ全て良しv ってことでvv(←自分で言うな☆) では、また後書きで失礼します。 ********************** それは、青く澄んだ空がとても高く感じられる日のこと。 コ・・・ン、コ・・・ン・・・。 木槌の打ち下ろされる音。 大勢の男たちが働きながら発する声。 そして、カンナをかけられたばかりの木材から漂ってくる、それは良い香り。 何かが新しく生み出される時・独特の空気って、心地よい感じがして結構好きなのよねえ・・・。 「ここにいらっしゃったんですか、榊さん」 街の一角で、大工たちが忙しく立ち働く姿を何とはなく眺めていたあたしに、無粋な声がかけられる。 もちろん、声の主は御厨さん。 「何か御用ですか? あんまり怪我人をこき使ってほしくはないんですけどね」 そう返すあたしの体は、あちこちお薬の匂いのする布が、巻かれたり張られたりしている。ことさら顔はと言えば、頬から顎の辺りにかけてピッチリと布で覆われていて。 御厨さんみたいな「体力馬鹿」とは違い、見るからに荒事には向かない人間がそんな格好をしてると、どうやら相当目立つみたい。さっきから大工たちの遠慮がちな視線が、チラチラと向けられて来てるから。 そんな大工たちの視線を気にしつつも、御厨さんは生真面目にも返してくる。 「いえ、用というわけでは・・・大体榊さん、今療養中でしょう」 「・・・さては母上が押しかけて来たのね? まーた盗賊改に文句言いに来たってトコロ?」 「ご心配されているんですよ。やっと起き上がれるようになったところなのに、あちこち出歩かれて、悪化させるんじゃないかって」 おやおや、母上ったら随分昔と態度が違いますこと。 やれ、もっと男らしくしなさいだの、剣術もまともに使えない武士など情けないだのと、煩かったくせに。 あたしが何とも言えない自嘲を浮かべる意味に気づいたんだろう。珍しく御厨さんは気の利いた言葉をかけてくる。 「文句を言えるのもお互いが元気であればこそだ、と分かられたからではありませんか? 大体、榊さんが担ぎこまれた時のあの方のご心配ようと言ったら、並大抵ではありませんでしたから」 そ、そんなこともあったかしら? ・・・まあそれが事実だったとしたら、あの時一番母上に噛み付かれたのは、他ならない御厨さんですからねえ。実感としてしみじみ言いたくなる気持ち、分からなくはないわよ。 ************************* あの時───あたしが疲労と、火傷の痛みに耐えかねてその場に崩れ落ちてから、実はまた一波乱あったのである。(とは言っても、別に怨霊がらみとか、《鬼道衆》がらみの騒動じゃないんだけど) とりあえず動かしても大丈夫なくらいにと、美里藍によってよくワケのワカラナイ応急措置を施されてから、あたしは自分の実家へと担ぎこまれた。 その時、たまたま屋敷内にいてあたしを出迎える格好となった母上は、と言えば、あたしのあまりに惨い火傷の具合に、その場で卒倒。 さすがに父上は元・盗賊改与力だからそんなことはなくて、ただちにお医師を呼ぼうとしたわ。ただ、一緒に着いて来た美里藍や涼浬とか言う女たちが、自分たちの方が事情を把握しているからこのまま治療を続行する、って主張したんだけど。 父上はともかく、その後何とか意識を取り戻した母上が、それに噛み付いたらしいのよねえ。曰く「町医者の風情が武士の手当てをしようなぞ、身をわきまえろ」って。 そのうち母上の焦りは、そのまま部下の御厨さんへと向けられて。 「お前たちがついていながら、茂保衛門にこのような火傷を負わせるとは何事ですか!」 って怒鳴りつけたらしい。あたしが覚えてる限りじゃ見たこともない、狼狽顔で。 御厨さんは御厨さんで、母上の言うことは至極ご尤も、ってただひたすら平伏するばかりだったんだけど。 自分の無能さを侘びて切腹しろ、とまで御厨さんに言い出したもんだから。 「部外者が勝手に口を挟むじゃねえっ! 火附盗賊改には火附盗賊改の事情があるのに、事情も知らねえヤツにとやかく言われる筋合いがどこにあるってんだっ!!」 って、あ・た・し・が、起き上がりざま母親を叱り飛ばした───って言うのが、その時やっぱりそう叱り飛ばそうとした父親から、聞いた話なのよね。 でもこのあたしが、よ? 自分でも信じられないわ。あの日気絶してからのことって全然覚えてないし、言うだけ言ったらまた気絶したみたいだから、何か情けないような気がするんだけどね。 とにかく、あたしのその言葉に父上も後押しされるところもあったようで。 未だ身分違いがどうのとゴネる母親を一顧だにせず、美里藍たちをそのまま主治医として屋敷に上げて手当てを続けさせた、って聞いてるわ。 まあそれには御厨さんが、美里藍がよく自分たちも世話になっている町医者で、腕前も信頼がおける、って口裏合わせてくれたお陰もあったらしいけどさ。 (与助が後で教えてくれたの。あのクソ真面目な親分が、あんな嘘を口にするなんて思わなかった、ってね) もしあのまま、事情を把握していない別のお医師に委ねていたら、おそらくあたしはこうして生きてなんていなかっただろう───それが、父上を筆頭としたあの場に居合わせた人間の意見だ。 もちろん御厨さんも、あたしが屋敷内で臥せっている間、ただぼんやりとしていたわけじゃない。 「小津屋で焼死した正体不明の怨霊が、当日小津屋を訪問しておきながら偶然助かった2人を妬んだ挙句、次々に襲った」 「挙句、世間全部を怨んで長屋を火の海にすべく出没したが、火附盗賊改が何とか撃退した」 って言う『事実』を世間に公表し、事後処理もその通りに進めたの。 ただ。 予想通りと言うか、まるでどこぞのよく出来たお芝居のごとく事件が解決したってンで、不審に思った人間がいなかったわけじゃない。町人よりそれはむしろ、町奉行をはじめとする武士側で。 でもそれはさすがに、与力であるあたしが怨霊に襲われて大火傷を負った、って事実がものを言ったわ。 以前与助が言ってたけど、どうやら世間一般からのあたしの評価って 「焼け死んでお顔に惨い火傷でも残ったりしたら、うらめしや〜〜って化けて出るかもしれない」 って感じのもンだったのよね。 だから、自慢の玉のお肌をしこたま傷つけられたって言うのに、あたしがそのことについては何も言及していないってことで、妙に納得したらしいわ。どうやら裏はなさそうだ、って。 ったく・・・喜べばいいのか、人を何だと思ってるのか、って怒ればいいのか・・・☆ ****************************** とは言え。 今回のこの事件、完璧に全て丸く収まった、とはいかなかったのよねえ。 「そう言えば榊さん。彦一とお夏ちゃんは、無事向こうに着いたらしいですよ。陰ながら送り届けた涼浬が、そう言っていましたから」 「・・・それはよかったわ。近頃あちこち物騒ですからね」 そもそもあたしが、こんな痛い思いをしてまでお芝居を打ったのも、全ては世間の目を彦一・お夏父子から逸らすためだったんだけど。 巻き込まれた格好の二人としては、だからってそれで全てを忘れて元通り、と言う気持ちにはなれなかったみたいなの。《龍閃組》の連中がアレコレと慰めていたらしいけど、人の心ってそう簡単に癒されるものでもないらしいわ。 それであの父子が採った選択が、全てを引き払い、江戸から生まれ故郷へと帰ること、だったの。とりあえず昔馴染みも何人か残っているはずだし、何とかなるだろう、ってことで。 出立の日、江戸の外れまで二人を送っていった《龍閃組》の心中たるや、そりゃあ複雑なものだったらしいわ。 けれど、彼らに深々と頭を下げた元・油売りの彦一は、きっぱり、こう言ったって話よ。 「亡くなっていった方々のためにも、勇坊のためにも、絶対にお夏を不幸にはしやしません」って。 ・・・今となっては、彼のその言葉を信じるしか、方法はないだろう。 華のお江戸は、あいかわらずアチコチで物騒な事件が起きている。 江戸中を震撼させた今回の事件も、解決してしまった今となっては人々にとって、そのうち忘れられるものの1つになってしまうに違いない。 特に、この事件を担当した火附盗賊改・自体が解体され。 悲惨な火付けの舞台となった小津屋ですら、こうして新しい建物へと生まれ変わってしまう、と来れば。 けど、あたしは絶対に忘れやしない。 儚く亡くなっていった、優しくも哀しい姉弟がいたことを。 彦一やお夏、《龍閃組》や《鬼道衆》の連中だって、そうだろう。 だから・・・きっとそれでいいんだと思う。 あたしが何となくしみじみとした気分になっていると、御厨さんが奇妙なことを言い出す。 「涼浬で思い出しましたが・・・彼女、そのうち時間が空いたら榊さんに折り入って聞きたいことがある、って言っていましたよ」 「は? 何それ」 「さあ・・・よく分からないのですが、骨董屋の爺さんと会ったことがあるのか、としきりに聞いておりました」 骨董屋の爺さん? ・・・ああ、例の《鬼道衆》とあたしが初めて会った時、鍛冶屋の二人の子供をやたら庇ってた、あの爺さんのことかしら? そういえば涼浬って、骨董屋もやってるって話だったわよね。ひょっとしてそっち方面の事情とか。 商売敵? それとも、実はかなり昔に生き別れた肉親、だったりして? とは言うものの、このご時世ではお互いいつ時間が空くか、分かったものじゃないけどね。あまり当てにしないでほしいものだわ。 〜茂保衛門様 快刀乱麻!!(15)後編 へ続く〜
|