ちゃんちゃん☆のショート創作

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茂保衛門様 快刀乱麻!!(14)≪後編≫
2003年12月30日(火)


※とりあえず、このような決着と相成りました。
 まあ本来の火附盗賊改方が、ここまで町人に対して実直だったかどうかは分かりませんが、1人くらいいても良いんじゃないでしょうか。

*********************

「なっ!?」

 あたしの言うことが思いもよらなかったに違いない。《龍閃組》も《鬼道衆》も、当然御厨さんも絶句していたみたいだ。
 しょうがない。やっぱりここは、ちゃんと説明が必要と見た。ふらつく頭を堪えながら、あたしは床に手をついて何とか体を起こした。

「・・・良く考えて御覧なさいな。仮にも人を2人も死傷させた怨霊を、こちら側に1人の怪我人も出さずに退治した、なんて、そうそう信じてもらえるはず、ないでしょうが。不審がられるのがオチだわ。下手をすれば痛く・・・はあるけど痛くもない腹をさぐられて、ここの父娘のことを部外者に知られでもしたら、あたし今度こそ勇之介に呪い殺されちゃいますよ」
「・・・勇之介? さっきからお前ら、あの怨霊のことそう呼んでるけど、一体何者だったんだよ?」

 蓬莱寺が余計な茶々を入れたことと、先ほどの美里藍が事情を把握していないらしいこと、これらの2点からあたしは察した。
 ───どうやら彼ら《龍閃組》は、この件が小津屋大火に端を発していることを未だ知らないのだ、と。
 やはりこうなると、《龍閃組》の権限で今件の全てを誤魔化す、と言う奥の手を使うわけにはいかないだろう。

「後で御厨さんにでもお聞きなさいな・・・ともかく、こちら側が誰1人傷ついてないってことは、今回の事件で何か隠してるから疑ってください、って言ってるようなものなんですよ」

 そう言ったところで、珍しく御厨さんが話に割って入って来る。それも、かなりあせった顔をして。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! まさか榊さん、最初からそれを狙って、あえて火傷を負ったとか言わないでしょうね?」
「見当違いなこと言わないで頂戴っ! 大体何の義理があって、赤の他人のためにわざわざあたしの自慢のお肌を痛めなきゃいけないのよっ!?」
「をいをい・・・☆」
「今、思い切り本音ぶちまけやがったな・・・☆」

 蓬莱寺と風祭が揃って呟くのが聞こえ、あたしは慌てて体裁を取り繕い、コホン、とわざとらしい咳までしてみせる。

「・・・アレは単なる条件反射ってだけです。ただ、この状況をうまく取り込むことにこしたことはないでしょうが?」
「はあ・・・」
「話が逸れたわね・・・あたしが言いたいのは、万が一にもどこぞの無能者がやっかんで、妙な方向にツッコまれでもしたらどうするんですか、ってことなんです」
「どこぞの無能者、って・・・御厨、榊の言ってること、妙に説得力あンだけどよ、以前よく似たようなことでもあったのかよ?」
「さあな」

 いつもは正直者の御厨さんだけど、さすがに今日は見事なまでに心の内を読ませない表情になっている。
 あたしも蓬莱寺の言うことには取り合わないで、話を進めることにした。


「この際だから言っておきますけどね、《龍閃組》。あんたたちは真相を知っても表向きには、何も知らなかった、で押し通しなさい? この件は、小津屋で焼死した正体不明の怨霊が、当日小津屋を訪問しておきながら偶然助かった2人を妬んだ挙句、次々に襲った、ってことにするつもりなんですから」
「小津屋? 小津屋って、あのおろくって女(ひと)が火をつけたって言う、あの・・・?」

 記憶力が抜群らしく、美里藍は「小津屋」って言葉に即座に反応を示すけど、あたしは構ってなんていられなかった。
 ・・・そう。実はここからが正念場。あたしはこれから、一世一代の大博打を張らなきゃいけないんだから。それも、恐ろしくつわもの相手に。

「そう言うわけですから。・・・さっさと今のうち、応援が来ないうちにさっさとこの場を立ち去りなさいな───《鬼道衆》」
「・・・・・・・っ!?」




 今日何度目かの絶句。
 だけど今ほど、一同を驚かせた発言はないと断言できるわ。

 だってあたしや御厨さんは知っている。感情的になった桔梗が勇之介に<力>を与えなければ、今回の騒動は引き起こらなかったであろうことを。
 《龍閃組》は何となく察している。今回の騒動の裏で、《鬼道衆》が暗躍していたことを。
 それなのに、諸悪の根源ともいえる《鬼道衆》を、今、ここで逃がすと宣言したようなものなのだ。それもよりにもよって、盗賊捕縛がその任のはずの火附盗賊改方与力が。・・・火傷のせいで脳でもやられた、と思われても仕方のないことだろう。
 でも、あたしはまともだ。いたってまともだ。こんなにマジメなことは一生涯なかった、って胸を張れるほど。

「し、仕方ないでしょうが? あたしは言ったでしょ、今回の一連の騒動が、勇之介の復讐劇だったってことを表ざたにするわけにはいかない、って。・・・つまり、《鬼道衆》が勇之介をそそのかしたって事実自体、なかったことにしなきゃいけないのよ。分かる?」
「分かるって・・・」

 呆然とうめくように言ったのは、御厨さん。・・・まあ、無理はない話なんだけどね。常識派の彼にとっては、さきほどから想像を絶することの連続でしょうから。

 一方、蓬莱寺辺りはむしろ憤然としてあたしに反論してきた。

「榊お前、自分の言ってることがどんなにアブネエことなのか、ちゃんと分かってるのかよ? こいつらがもし、事件の真相を世間に公表でもしたら、一番立場が危うくなるのは他でもねえ、お前なんだぞ!? 火附盗賊改が悪人と手を結んだ、って言われたら、どうするつもりだよ!?」

 ───そのくらいのこと、あたしが考えないとでも思っているんですか?

 あたしはよっぽどそう主張したかったものの、今はそれどころじゃない。緊張と疲労の折り合いがつかなくなってきたらしく、視界がグワングワンと回り始めていたのだから。
 でも今は具合が悪いことを悟られるわけにはいかないのだ。弱音を見せたら、それでこの賭けは失敗する。

 そして、当の《鬼道衆》にも、あたしの提案を疑問視するやつがいるわけで・・・。

「そんな胡散臭い手に、誰が乗るか馬鹿野郎! 何を企んでいやがる!? 俺たちの弱味でも握ったつもりか? 後で俺たちに何か汚ねえ仕事でもさせる気かよ、そうはさせるか!」

 そう言うが早いか、血の気が多い風祭はあたしに殴りかかろうとした。
 が、横合いから伸びた手が、それを阻んだ。───予想通り、九桐である。

「止めろ風祭。榊殿にはそんな心積もりなどないはずだ。・・・多分な」
「何でそう言い切れるんだよ? あいつは幕府の犬なんだぞ? 俺たちを一旦退散させておきながら後を尾けさせて、俺たちのアジトを突き止めて襲う、ぐらいのこと、俺でも想像つくんだぜ?」
「後を尾けさせる、か・・・」

 ここで九桐は何故か、あたしに向かって何故か複雑な感じの笑みを見せた。
 だがそれはすぐに消える。どうやら風祭を説得しようとしているらしい。

「風祭、お前は覚えているか? そこの榊殿と我ら《鬼道衆》が、初めて相対したのことを」
「忘れてなんていねえよ。無実の罪で捕まえられてた鍛冶屋に、会いに来た子供たちを会わせてやるためにドンパチやったんじゃねえか。・・・ったく、このお堅いお役人が、決まりだ何だって会わせてやらなかった挙句の果てに、弁護に割って入ったなが・・・骨董屋の爺さんまで、とっ捕まえようとしやがったんだからな!」
「え・・・」

 聞き捨てならないことを耳にしたと、御厨さんがあたしに問い返してくる。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 榊さん、《鬼道衆》とコトを交えたことがおありなんですか!? 聞いていませんよ、私は!」

 そりゃまあ・・・教えてませんから。
 でも厳密に言えば、あたしはうっかり御厨さんの前でバラしてるんですけどね。さきほど、小津屋の焼け跡で、こいつらに相対した時に。『よくもおめおめとあたしの目の前に顔を出せたものですねっ!』って。・・・まだ気づいてないのかしら?

 だが御厨さんの言ったことは、九桐にある程度の勢いをつけたようだ。

「だそうだ、風祭」
「だそうだ、って・・・何のことだよ?」
「お前はさっき『後を尾けさせて、俺たちのアジトを突き止める』と言ったが、それはまずありえない、良い証拠だと言う意味だ」
「どこがだよ?」
「考えてもみろ、俺たちが榊殿と相対した時、我らはしっかりと名乗っているのだぞ? 《鬼道衆》だ、と。もし榊殿が、お前の言うとおり卑怯でズルい人間なら、とっくにその時に尾行されていると思わないのか? 幕府の過失を隠し、全ての罪を我らに押し付けるために。
・・・だが実際はどうだ? 鍛冶屋はあの後ちゃんと赦されたし、正しい処罰は下された。それにあの日我らが一旦引き上げる時、誰か・・・榊殿の手のものらしき人間でも後を尾けて来ていたか? 来ていまい?
それどころか《鬼道衆》と一戦やらかしたこと自体、隠滅させられている感じだ。何しろ一番の腹心といって良い御厨殿が、そのことを知らないのだからな」
「あ・・・・・!」
「誰がそんなことをしたのか? ・・・決まっている。その当時指揮をとっていた、榊殿だ。実際、あの戦いでは死者どころか、ロクに怪我人も出てはいないしな。誤魔化そうとすれば何とでもなる」


 九桐ってばよくもまあ、そこまでスラスラと言葉を並べ立てられますこと。・・・結構鋭い推理ではあるけどね。

 思いもよらない方向から固定概念をひっくり返され、茫然自失になっている風祭。けど、凝り固まった考えを変えることなど、そうそう認めたくないようで。

「そ、そんな馬鹿なことがあるかよ!? あいつは幕府側の人間なんだぞ? そんなたわ言、俺は信じられねえぞ!」

 ───別にアンタに信じてもらいたいから、そうしたわけじゃないわよ。

 あたしの心のツッコみをよそに、九桐は尚も言葉をつなぐ。・・・半分はオロオロになっている風祭を、からかってる風だけど。


「では風祭、さっき榊殿に出くわした時はどうだった?」
「どうだった、って・・・」
「勇之介の怨霊の件が、我らの仕業と知った時、榊殿は何と言ったか、覚えているか? 風祭」

 その質問に答えたのは、だが風祭ではなかった。

「『見損なったわ《鬼道衆》。あんたたちはやっぱり、鬼でしかないのよっ!』・・・だったね」

 さきほどからずっと黙っていた、桔梗の声が聞こえる。

「桔梗・・・」
「見損なった、って言葉は、一旦はあたしたちを見直していないと出やしないよ、坊や。多分榊はあたしたちがあの時、鍛冶屋父子を会わせてやりたくて一戦交えた、ってことに気づいてたんだ・・・そうだろう? 九桐」
「ああ。多分、我らが牢屋に兄妹を連れて行った時、こっそり後を尾けていたんだろうな。2人に危害が加えられるのではないか、と危惧して」
「そ・・・そりゃあの時、誰かがコソコソ着いて来てたことは俺も勘付いてたけどよ・・・まさかこいつだっただなんて・・・何でだよ? あの時、俺たちが手下たちを倒したら、一目散に逃げちまったじゃねえかよ・・・」

 そ、そういうこともあったわね☆

 自分の過去の臆病さを悔いながらも、注意深く伺っていたあたしに、ついに勝利の神様が舞い降りた。
 九桐が、桔梗が、渋る風祭を宥めて、戦線離脱を宣言したからだ。

「提案は承知した。今日のところは榊殿、貴殿の顔を立てて引き上げることにする。
・・・だが、そうそう2度目があるとは思うな?」

 そう言って。
 彼らは裏口からすばやく、音もなく退散して行ったのだった。


 ・・・彼らが出て行ってからしばらくの間、あたしも、他の皆も声がない。


「ちょ、ちょっと皆! さっき屋根の上走って行ったの、《鬼道衆》じゃなかったの!? 一体何があったのさ!?」

 部屋に入れなかったことで、蚊帳の外に置かれた形になる桜井小鈴がそう言いながら飛び込んで来る。
 それであたしたちは、《鬼道衆》が本当に引き上げて行ったことを知ったのだけれど。

「マジかよ・・・あいつら、大人しく引き上げて行ったぜ?」
「戦わずして相手を引かせる───理想にして最も難しい戦法の1つですね。見事です」

 蓬莱寺と涼浬がそう言っているのが聞こえたけど、あたしは既にまともに体を起こしてなどいられなかった。

<引いた・・・《鬼道衆》が本当にあたしの言葉に乗って、ちゃんと退散していった・・・。一度はコテンパンにやられたことのある、あの《鬼道衆》が・・・。それも、今度は誰も怪我していないじゃない・・・。
ははは・・・少しはあの時から進歩した、ってことかしら・・・?>

「良かっ・・・」
「榊さんっ!?」

 上司の様子がおかしいことに気づいた御厨さんが、焦った声を繰り返すのを聞きながら。
 あたしの意識は急速に、暗闇の中へと堕ちて行ったのだった・・・。


≪続≫

****************************
※や・・・やった・・・2003年中に何とか、ここまでたどり着けた・・・!
 後は終章を残すのみです。ここを読んで下さる方が一体何人いらっしゃるかは知りませんが、どうか最後までお付き合いください。
 だけど終章書けるの、一体いつになるだろう。出来たら『血風帖』発売までには何とかしたいものですけど。




茂保衛門様 快刀乱麻!!(14)≪中編≫
2003年12月29日(月)


※ぬわんと、今回はキリの良いところまで書いたせいで、恐怖の3部作と成り果てました。とにかく長いです。時間のあるときにお読みください。

**************



「・・・そうよ。死んだ人間は好き放題して後は知らん顔、で良いけど、い、生きてる人間は、その、後始末しなきゃ、いけないでしょう、が・・・。
いい? あんた、を、見殺しにしたあの2人への、あんたの復讐を公にすることは、すなわち、結果的に火事現場へ、あんたを連れて行ったお夏の父親をも、世間の非難の暴風にさらすってことは、分かりますよね? そんなことになったら、あんたの好きなお夏も、間違いなく、不幸になるってことも。
・・・それを防ぐには、この、一連の怪奇事件の、原因を適当、に、火附盗賊改方たるあたしたち、が、ごまかす必要がある、ってわけ。
・・・なのに、肝心のあたしが、あんたへの恨み、云々なんて言ってたら、誤魔化、せるものも、誤魔化せなく、なるじゃないの・・・だから、あんたのしたことは、忘れてあげますよ・・・も、ものすごく、不本意、なんだけどね・・・ま、まあもっとも、あんたとしても、笹屋と岸井屋の罪を、世間に表ざたに出来ないって条件付だから、少しは、溜飲が、下がるってものだわ。
・・・と、とにかく、あんたは、あの2人への恨みを、忘れなさい、な。あたしも、あんたにしでかされたことは、なるべく、忘れて、あげますから。
これは、交換条件よ。あんたが、いっぱしの男のつもりなら、そのくらい、できるでしょう、が・・・。」

 よくもまあ我ながら、苦しい息の下、こうも屁理屈がこねられたものだと思うわよ。
 でも火傷の痛みでいい加減、思考能力の方もおかしくなりそうだったんだけど、それでも根性出してあたしは、そう言い切ってやった。
 しばしの沈黙の後。

 ───忘レル・・・? アノ2人ガ僕ヤ姉上ヲ陥レタコトヲ・・・?

 勇之介がポツリ、とそう呟くのが聞こえた時、あたしは失敗したかも、と覚悟せずにはいられなかった。
 だって、そもそも勇之介が怨霊に成り果てたのだって、笹屋と岸井屋への恨みのためだったんですもの。それをまた彼が持ち出したってコトは、再び堂々巡りの始まりだって思うじゃない。
 でも、今回は違った。勇之介が次に口にしたのは、ずっと穏やかな言葉だったから。

 ───僕ガ忘レタラ・・・オ夏チャンハ救ワレルノ・・・?
ソウスレバ姉上モ、浮カバレルノ・・・?

「勇之介ちゃ・・・」

 お夏が何か言いかけるのを懸命に押しとどめて、あたしは何とか請け負った。

「多分、ね。それにこのコだって、あんたが、恨みに縛られてる、怨霊でいつづけることこそが、辛いに違いないでしょうから」

 ───・・・・・・・。

 再び沈黙が落ちた。
 がそのうち、見る見るうちに室内の禍々しい空気が薄れていくのが分かる。殺気とか、恨みとか、そんなドロドロした感情から、勇之介が開放されたかのように。

 ───・・・シテクダサイ・・・。

 唐突に、勇之介は呟いた。

 ───コレ以上・・・僕ガ何カヲ恨マナクテ済ムヨウ、僕ヲ成仏サセテクダサイ・・・。

 勇之介がそう懇願したのは、当然あたしではない。自分に<力>を与えた元凶の桔梗に、彼は相対していた。

 だけど、折角ご指名された桔梗や風祭たちは、と言うと、当惑の色を濃くしている。
 それはそうだろう。確か彼らはあたしと御厨さんに言っていたもの。『たとえ本人がしたいと望んでも成仏は出来ない』って、はっきりと。
 かと言って、それをこの場で宣告することが憚れるのは確かだ。やっと勇之介自身が悔い改める気になったって言うのに、ここで成仏出来ない、なんて言って御覧なさいな。今まで以上に荒れ狂うことになったら、目も当てられないじゃない。

『おい、何か良い方法はないのか?』
 勇之介に聞こえないくらいの小声で、御厨さんは九桐たちに問い正す。
『そ、そんなこと言ったってよお・・・』
『以前お政を成仏させたのは、あたしたちの力じゃなかったしねえ・・・』
『アレと同じ方法を取ろうにも・・・奈涸がいるならともかく、ここにいる連中で変装の名人なぞ、いないようだしな・・・』

 そうやって。
 あたしには意味不明な言葉が飛び交ってはいるものの、どうやら解決法が見つからないことだけは把握し始めた頃、だった。


「ね、ねえ、どうなったのさ京梧、榊さんたちは無事なの? 炎の鬼はどうなったのさ?」
「こ、こら小鈴殿、いくら妖気が薄れたからと言っても・・・」
「そうよ小鈴ちゃん、私たちが勝手に入ったのでは皆の邪魔になるわ」

 外で待機していたらしい《龍閃組》の残り3人、桜井小鈴、醍醐雄慶、美里藍が、表の木戸からそっ・・・と顔を覗かせた。
 一瞬、あたしが勇之介に確約した『今件のもみ消し』のことが部屋の外にいた住人にも漏れたんじゃ、と危惧を抱いたけど、それは杞憂に終わりそうだわね。
 どうやら3人は、室内の雰囲気を敏感に感じ取って危険はないものと判断しただけ、みたいだから。でなきゃ「炎の鬼がどうなった」なんて間の抜けた質問は、出てきませんものね。

 とは言え。
 とりあえず絶体絶命の状況から脱しはしたものの、予断を許さないのは事実で。
「お前ら・・・今取り込み中なんだよ、いいから表のみんなを宥めていてくれって・・・」
 呆れ半分、いらだたしさ半分の京梧がそう言いかけたのを、意外な存在が遮った。


 ───ア・・・姉上・・・?

 蓬莱寺言うところの『取り込み中』の最大の要因である、勇之介だ。彼は今までになかった唖然とした様子で、開けられた木戸の方を見つめていたのだ。
 彼の視線の先に立っているのは、どうやら美里藍のようだけど・・・。

 途端、あたしの側にいた《鬼道衆》が、小声ながら騒ぎ出す。

『ちょ、ちょいと八丁堀、勇之介の姉君って、美里藍に似てるのかい?』
『あいにく知らん』
『おい、大事なことなんだよ。もし似てるんだったら、うまくすれば勇之介を成仏させてやれるかもしれねえんだって』
『そ、そう言われても・・・俺は結局、おろくには会ったことがないんだ。多分榊さんも』
『こうなったら、2人が似ていることを望むのみだな・・・』

 彼らの会話から察するに、どうやら美里藍は、勇之介の姉・おろくと似たところがあるらしい。
 ・・・けどだからって、どうなるってえの? どうやって成仏できるって言うのよ? 《鬼道衆》が出来なかったことを、《龍閃組》なら出来るとでも言うわけ?

 あたしの懸念と皆の期待を他所に、当の美里藍は勇之介の存在に気がついたらしい。自分は桜井小鈴を止めていたくせに、まるで引き寄せられるかのように中に入って来た。
 そして。

「・・・ごめんなさいね・・・」

 焼け爛れた顔の勇之介に相対しても目をそらすことなく、美里は慈愛に満ちた悲しそうな表情を怨霊に向ける。

「あなたが苦しんでいるのが分かるのに・・・私には何も出来ない・・・ごめんなさいね・・・」

 そう言って、懐から取り出した綺麗な手ぬぐいで、勇之介の目の辺りをぬぐうようにした。
 どうしてそんなことを? 背後から見守る格好となったあたしたちはそう怪訝がったが、じきに理由が分かった。
 勇之介は泣いていたのだ。はらはらと、大粒の涙をこぼして。

 ───ゴメンナサイ・・・僕ガモット強カッタラ、姉上ヲ守ッテアゲラレタノニ・・・。

 美里は何も言わない。ただ黙って、勇之介の言葉を聴いているだけ。

 ───ズット謝リタカッタンダ。最期マデ心配カケテゴメンナサイッテ・・・デモ、モウ心配シナイデイイカラネ、姉上。

 言って勇之介は柔らかに笑んで見せた。そう、焼け死んだ時の焼け爛れた顔ではなく、おそらくは生前のままの、結構端正な顔立ちで。
 ひょっとしたら・・・あの焼け爛れた醜い顔は、恨みに縛られた象徴だったのではないか、とあたしは埒もなく、そう思えてならなかった。
 そして、おそらくは生前と同じ優しい目線を、勇之介は今度はあたしの抱きかかえたお夏へと向けたのである。

 ───ゴメンネ、オ夏チャン。僕、オ夏チャンノコトモ、ズット守ッテアゲタカッタンダ・・・。

 そう、言うや否や。
 勇之介の体は温かな柔らかい光に包まれ始める。そうして、徐々に姿が明るさにまぎれて見えなくなったかと思うと・・・・・。


 ───唐突に、光はやんだのだった。
 後に残ったのは、お夏のすすり泣く声だけである。


 な・・・何だったの、今のは・・・。

 今日は《鬼道衆》やら、炎の鬼やら、怨霊やらが次々に出てきて混乱のきわみだったけど、今のなんてその際たるものじゃない。さっきまで禍々しい怨霊だった勇之介が、あんな神々しい光に包まれて消える、なんて・・・。

 呆然とするしかないあたしたちに、桔梗は悔しそうな口調でこう告げたのだ。

「まさか・・・あんたたちにこんな形で助けられるとは、思いもよらなかったよ、《龍閃組》」
「助ける? 何のことなの?」

 当然、事情を知らない美里藍は、自分が怨霊にしたことで何が起こったのか、なんて理解できなかったんだけど。
 その答えは、人を食ったような態度の九桐が教えてくれた。

「その様子では、何も分かっていないようだがな、美里藍。どうやら先ほどの怨霊は、お前に死んだ自分の姉の姿を重ねて見ていたらしい」
「私に・・・?」
「そうだ。自分のふがいなさから、死地に追いやってしまった姉にな。・・・だからお前に謝ることで、己の心の中に最後まで残っていた未練を、払拭することが出来た、というわけだ」

 ───事情は分かったわよ、事情は。
 だけどあたしが知りたいのは、そんなことじゃないんだってば。勇之介が成仏したか否か、それだけなのよ! もったいぶってないで、さっさと教えたらどうなのっ!!

 イライラとした感情を隠しもせず、あたしが睨み付けていたところ、どうやら心の声が聞こえたと見える。九桐はチラ、とあたしの方を見てから、明らかにホッとした表情になって言った。

「つまり貴殿の心配は、もう無用と言うわけだ榊殿。思い残すことがなくなった勇之介は、無事に成仏した。・・・あいつが狙っていたと言う行商の男が、殺されることはもうないだろう」


 成仏・・・した? 勇之介が?


 鬼のお墨付きを貰うや否や。
 あたしは一気に、自分の体中の痛みを実感する羽目になった。
 つまり・・・今までは緊張感でどうにかやり過ごしていたものが、ドッと押し寄せてきちゃった、ってコトよね。

「・・・・・・・・ッッ!!」

 ───とにもかくにもあたしは、頭にまで響くような火傷の熱さと痛みで、その場にうずくまってしまったわけだ。
 懐に抱えていたお夏から手が外れ、彼女が恐る恐るあたしから離れていくのが気配で分かる。

「榊さんっ!?」
「榊様っ!!」

 御厨さんと涼浬が駆け寄って来たみたいだけど、今のあたしの目はただただ床を映すだけ。指は床をかきむしるだけ。耳は飛び込んで来る音を集めるだけ。
 焼かれたのは背中だと言うのに、喉やら胸やらが異様に苦しくて、咳が出て止まらない。視界もいろんな色の火花が散ったみたいになるし、呼吸は出来なくなるしで、体力が徐々に奪われていくことが分かる。
 あたしは再び、意識を失うところだった。・・・だけど。


「桔梗、早く榊殿に治療を・・・!」
「榊が火傷しちまったんだ、美里、早く治してやらねえと・・・」

 別々のところで《鬼道衆》と《龍閃組》がそう言っている声が聞こえた途端、とっさに大声を張り上げていた。

「余計なこと、しないで下さいよっ!!」

 ・・・その大声の反動で、再び痛みがぶり返してしばらく声が出なかったのは、この際ご愛嬌だと思って頂戴な☆

 仮にも助けようとした人間本人に、そんな口を聞かれようとは思っても見なかったのだろう。

「何言い出すんだよ、榊! 美里はそこんじょそこらの医師よりよっぽど、腕が立つんだぞ?」
「榊殿、我らに借りを作りたくない気持ちは分かるがな、このままでは貴殿の命が危ういのだ。勇之介との約束を果たすためにも、ここは治療を受けて・・・」

 蓬莱寺と九桐がそれぞれ言ったし、どうやら美里藍と桔梗らしき人間が近寄って来たけど、あたしは懸命に腕を振り回してそれを阻止する。

「榊さん、ここはとりあえず治療を・・・」

 さすがに御厨さんも見かねて進言してくる。おそらくあたしの火傷が、本当に深刻な状態だからなんでしょうけど・・・あたしにはあたしの思惑ってものがあるんですからね。借りとか、身分とか、そんなことを気にしてるわけじゃないのよ。

「火傷を、治すなって言ってるんですよ。こ、これは今回の事件を丸く治めるために、必要不可欠なモノなんですからねっ!」


〜茂保衛門様 快刀乱麻!!(14)≪後編≫に続く〜




茂保衛門様 快刀乱麻!!(14)≪前編≫
2003年12月28日(日)


※とりあえず、3ヶ月ごと更新・・・を目標にしていたはずの(汗)榊さんシリーズです。今回は、一連の怪奇事件に一応の決着が訪れます。そして今回の話こそが、ちゃんちゃん☆ が一番書きたかったことだったりします。
 人間の強さは、腕力や剣術の巧みさだけじゃなく、いざって時に踏ん張ってどれだけ頑張れるか、ではないでしょうか。でわ、後書きにて。


***************

 ───剣術が出来ないと、弱いの?

 どこからか聞こえてくる、女童のあどけない声。

 ───弱い男の子は、男の子じゃないの?

 面前に浮かび上がるは、途切れ途切れのたわいない光景。
 貧しいながらも綺麗に整えられた部屋の中、病に伏している明らかに顔色の悪い童。
 だけど彼は、今とても幸福そうだ。目の前にいる女童に、文字の読み書きを教えているらしい。

 ───・・・そんなこと、ないよ。お夏、知ってるもの。頑張ってること。

 笑い合う子供たち。わずかに日の光が入るだけの薄暗い室内が、そこだけ暖かく見える。

 ───いつかお夏が、お嫁さんになってあげるね・・・。

 いつまでも、そんな楽しい日々が続くと信じていた彼らだったのに。





「榊さんーーーーーっ!?」
「・・・!?」

 悲鳴のような御厨さんの呼びかけで、あたしは我に返る。
 途端に自覚する、背中の紅蓮の熱さ。
 さっきまでの儚げな夢幻の世界が、まるで嘘だったかのように。

 一体、さっきの風景は何だったの・・・?
 それにあたしは、今何をしているんだったかしら・・・。

 なんて現実逃避してる暇なんぞ、どこかへ消し飛んでしまう。そう、どう解釈しても夢でも幻でもない、痛みと熱さのせいで。

「ぐぅ・・・っ!」

 ───そうだ、思い出した。
 あたしは捕り物の途中で、火の化け物に攻撃されかけた女童を庇おうとして・・・背中に炎を浴びせかけられたんだったわ!
 正直言って、焼かれた背中は半端じゃなく痛い。一瞬だけとは言え意識が飛んでたってのも、恥でも何でもなく即座に納得できる。めちゃくちゃ痛い。その場をのた打ち回りたいほどに痛い。
 だけど今のあたしには、思いのままのた打ち回ることが出来ない事情があった。

 何故なら、あたしの懐にはまだ女童が抱きかかえられている気配があったから。
 痛みのあまり、あたしは目も開けていられないんだけど、子供特有の温かみは確かに感じていたから。
 なのに、背中の炎が消えているかどうかも分からない今下手に動けば、巻き込んでしまうかもしれない。このままなら、懐に抱え込んでる状態なら、このコだけなら何とか焼かれずに助かる可能性があるのだ。

 けど、背中の熱さと来たらますます激しくなるばかり。激痛のあまり声すらも出せず、動くことも出来ず、頭の中がどうかなりそうな苦悶のまま、あたしは意識を失いかけた。

 その時だ。

『剣掌・神氣発勁ッ!!』

 蓬莱寺の声が高らかに聞こえたかと思うと、冷たい刃物を・・・そう、『村雨丸』みたいな刃物を、素肌に沿って素早く滑らせられたような涼しさを、背中に感じて。
 何故かあたしは勢い良くもんどりうって、背中から床の間に転がる羽目となった。

「・・・・・・・っ!!」

 悲鳴を上げるのは何とか堪え。
 女童を庇うため、その場に四つんばいになろうとしたあたしは、背中にほんの少しだけ、床の冷たさを覚えることに気づく。
 ・・・ひょっとして火、消えたの? さっきの蓬莱寺のワケワカラナイ術で?

「か・・・はっ・・・」

 それでもあたしは、女童を放り出すことはしなかった。
 さっきの蓬莱寺の術は、その声から察するに、どうやらあたしたちから相当離れた場所から放たれたもの。多分あたしが意識がなかったあの瞬間、炎がほうぼうに散るか何かして、《龍閃組》も《鬼道衆》も、そして御厨さんも、その炎を消すのにおおわらわになったに違いない。
 つまり、あたしはいわば孤立無援。手負いの上、頼みの綱の『村雨丸』まで放り出してしまっている今、体を張る以外、女童を庇う方法なんてないのだ。

 呼吸するたびにビリビリと来る痛みを懸命に堪え、あたしはゆっくりと目を開けた。そして体を起こしながら今一番の懸念事項である、勇之介の怨霊の姿を探すことに意識を集中させる。
 勇之介は───こちらを見ていた。だが様子がおかしい。さきほど呪詛を吐いた時の禍々しさが、なりを潜めている。
 そして。

「やめてよ・・・もう、やめてよ! 勇之介ちゃん!」

 あたしの胸に抱きかかえられている女童がそう叫んだ途端、勇之介はわずかにひるんで見えた。
 あたしの戸惑いをよそに、女童───大家の話だと、確かお夏って名前だったんじゃなかったかしら───はボロボロと涙を流しつつ、それでも怨霊に訴えかけるのをやめなかった。

「どうして勇之介ちゃんが、おとうを殺そうとするの? どうして? 勇之介ちゃんはあんなに優しいのにっ!」

 その時。あたしは自分の勘違いに、やっと気づいたのだった。

 ───そうだ。あたしは日本橋の小津屋焼け跡で《鬼道衆》に再会する前、てっきり御厨さんに油売り・彦一の居場所がここ、神田だと聞かされていたものだと思い込んでいた。
 だけどソレは違う。御厨さんが教えてくれたのはあくまでも、おろくたち姉弟が以前住んでいた場所の方だったのだ。勇之介の次の狙いが油売りだと知って混乱してしまい、うっかり混同していたのだけれど。

 ついでにあたしは思い出す。このお夏ってコ、さっき小津屋焼け跡で顔を合わせてた、あの女童じゃないの。そう、わざわざ野の花を供えに来ていた、あの時の・・・。


 って・・・ちょっと待ちなさいよ!?
 ひょっとしてあの時の花って、勇之介を供養するためのものなんじゃ・・・。お夏の口調からも、2人が知り合いだったってことはもはや疑いないことだし。
 けど、けど・・・勇之介はこのコの父親でもある油売り・彦一すらも自分の仇だって思い込んでるのよ!? 殺したいって憎んでるのよ!?
 それってあんまりにも・・・!

 一方、火を消し終わったんだろう。あたしの側に駆け寄って来たらしい御厨さんが、うめくように呟くのが聞こえる。

「榊さん・・・もしかして、油売りが仕事の手を休めてまで勇之介を小津屋に連れて行ってやったのは、何も親切なだけじゃなく、娘の友人として勇之介のことを知っていたからなんじゃないんですか・・・? そうだ、だからこそあの時、又之助に詰め寄ったんじゃ・・・!」

 御厨さんらしい、人情的な推理ですこと。


「そんな馬鹿な! だ、だって勇之介は行商だって男のこと、全然知らない風だったんだ! それが友達の父親だなんて、そんなことありえるはずがないじゃないのさ!」

 もっとも、桔梗の方は否定したがってるみたいね。・・・まあ確かに彼らの言い分じゃ、勇之介は彦一のことを『行商のおじさん』としか言ってないんだから。
 だけど、そういうことって意外と、よくあることよ。自分が知らないだけで、相手の方は自分のことをよく知ってるってことは。人のつながりなんてものが、本人も思いもよらないところで生じてることが、どんなに多いと思って? 子供は自分のことで手一杯で、視野が狭いから気がつかないかもしれないけど、ね。

 一方、勇之介の正体を未だ知らないはずの《龍閃組》(蓬莱寺と涼浬の2人だけだけどね)は、と言うと───自分たちが相対しているこの怨霊がお夏と親しい仲で、しかも彼女の父親のことを殺そうとしている、ってところは何とか把握したみたい(ま、ピンと来ない方がおかしいけど)。
 それでとりあえず、勇之介を刺激しない程度に静かな足裁きで、油売りの彦一の近くへと移動したみたいだ。いざって時は、彼を守ってやろうって寸法なんだろう。
 で、勇之介を『説得』しに来た《鬼道衆》の方は、あろうことか、あたしと御厨さんの側にいる。主にお夏と、そしてどうやら与力であるはずのあたしを守るかのように。

 それらは全て、怨霊の勇之介から目を離さないまま移された行動だ。今、下手に彼から視線をそらせようものなら、張り詰めた緊張感が一気に瓦解してしまうだろう。
 ・・・だから誰も、今のあたしの大火傷の具合を聞いて来ようとしない。気にはしているらしく、あせっている様子は伝わってくるんだけど。
 あたしもあえて、皆の『無関心』にはこの際、目を瞑ることにしている。正直現状は、あたし1人の火傷云々の問題じゃ、ないからね。(さっきから何度も痛みで目を瞑ってるじゃないか、ってのはナシよ)

 ・・・などと、あたしがそうやって、苦しい息の下からも何とか周囲の状況を把握している間にも、お夏の悲痛な嗚咽はやまず、勇之介の戸惑う声もそれに続く。

 そう。お夏の登場により、明らかに勇之介は困惑していたのである。


「やめてよ、勇之介ちゃん・・・お夏ヤダよ・・・おとうが勇之介ちゃんに殺されるなんて・・・」

 ───ダ、ダケド、ソノオジサンガ僕ヲ小津屋ヘ連レテ行カナカッタラ、
僕モ姉上モ・・・。

「おとう、勇之介ちゃんのこと、ずっと誉めてたんだよ? 体は弱いけど、優しいコだって。お夏がお嫁さんになってあげるんだ、って言ったら、それもいいかもな、って言ってくれたたんだよ? なのに・・・」

 ───デ、デモ、ソノオジサンガ止メテクレタラ、
姉上ハ火アブリニナラナクテ済ンダンダ・・・。


 どうやら勇之介の怨霊は『自分たちを救ってくれなかった人間に対して復讐する』って考えに、凝り固まってしまってるみたい。だから、いくらお夏が懸命に訴えても、決まりきった一辺倒な返事しか、出来ずにいるのだ。先ほどから比べれば随分と、気持ちが揺らいではいるみたいだけど

 そのことを、お夏も幼いながらに気づいたんだろう。涙をきゅっ、とばかりに拳でぬぐうと、とんでもないことを提案してくれたのだった。
「だ・・・だったら勇之介ちゃん、お夏も殺してよ・・・」

 ───!?

「お夏、おとうが殺されるのも、勇之介ちゃんがおとうを殺すのも、見たくないもん。だから、それを見ずに済むんだったら・・・」

 何てことを口走るんだ、この子は・・・!

 その場にいた一同は、そろってそう思ったろう。いくら知り合いとは言え怨霊相手に自分を殺せ、なんて言い出すのは正気の沙汰じゃない。ましてやそれが、年端も行かない少女では尚更・・・。

 が、そう思ったのは大人たちばかりではなかったようで。

 ───ド・・・ドウシテ僕ガ、オ夏チャンヲ殺サナキャイケナイ・・・? 

 目に見えて勇之介は混乱し始めた。

 ───僕ガ殺サナキャイケナイノハ、姉上ヲ苦シメタ奴ナンダ・・・。
オ夏チャンハ違ウ・・・ケド、オ夏チャンノ父親ハ、
姉上ヲ助ケテクレナカッタンダ・・・。
デモ、オジサンヲ殺セバ、オ夏チャンモ苦シム・・・。
アア・・・苦シイ・・・オ夏チャンヲ悲シマセタクナイノニ・・・
オジサンヲ殺サナカッタラ、姉上ガ浮カバレナイ・・・
姉上ノ無念ヲ晴ラセバ、オ夏チャンガ苦シム・・・
姉上・・・オ夏チャン・・・アア・・・・・苦シイ・・・
ドウシテコンナニ苦シインダ・・・!

 勇之介は苦悩しているのだ。姉の無念を晴らすことは、お夏を苦しめることを意味する。おそらくは比べることが出来ぬほど、どちらも彼にとっては大切な存在だったのだろう。

 ───いつかお夏が、お嫁さんになってあげるね・・・。

 気を失っていた間に見た、あの幻を思い出す。
 どうしてあたしがあんなモノを見たのかは分からない。けどきっとアレは、楽しかった頃の勇之介とお夏の思い出なのではないか。・・・何の根拠も脈絡もなく、あたしは唐突にそう思った。

 ───だとしたら! 起死回生するなら今しかないってことじゃない!

 そう判断したあたしはとっさに、声を張り上げていたのだった。死せる勇之介に向かって。


「あなた、勇之介でしたね! あ、あんたは今あんたが味わってるその苦しみを、このお夏にも味あわせようとしてるのよ! 分かってるの!?」

 ───ナニ・・・?

 効果は抜群。今まで恨みに凝り固まっていたはずの勇之介が、あたしの言葉に耳を貸したのだ。・・・今だけ、かもしれないけど。

 この機会を逃せば、おそらくこの場の全員が救われない───あたしはそれこそ必死だった。
 半ば裏返っている声を必死に言語へと代え、怨霊の説得、なんて、火附盗賊改・与力としても前代未聞のことを、やろうとしていた。

「だ、だってそうじゃないですか! あんたがこの子の親を殺せば、間違いなくお夏は救われないわ! 目の前で父親を殺されるのを止められなかった、って自責の念に一生、さいなまれることになるのよ!? あ、あんたには分かってるはずよね!? 姉上を止めることが出来ずに死んだ弟のあんたなら、その悔しさと苦しさがっ!」

 ───・・・っ!

「こ、このままあんたが本懐を遂げでもしたら、このお夏は生きながら地獄に落ちるのよ!? 今のあんたと同じ苦しみを、生きてるこのコにも味あわせたいって言うの! イヤでしょ、そんなこと、あんたは絶対させたくないんでしょうがっ!」

 皆、息を呑んで、あたしの説得工作を見守っているのがヒシヒシと感じられる。
 痛いほどに視線を浴びる中、勇之介は相変わらず姉上にこだわる発言を続けていた。

 ───ケ、ケド・・・ダッタラ、姉上ノ無念ハドウナルンダ・・・
誰カガ姉上ヲ止メテクレタラ、姉上ハ苦シミノウチニ死ヌコトハナカッタノニ・・・。

「あんたの姉上はね! あんたの成仏をこそ、望んでいたのよっ! じ、自分は地獄行きかも知れないけど、優しいあんたは極楽浄土にたどり着いて欲しい、って言ってたんだからっ! あんたは、そんな優しい姉上の気持ちも、ないがしろにするつもりなのっ! お夏の父親を殺せば間違いなくアンタ、地獄行きになるじゃないっ!」

 ───ア、姉上ガ・・・!?

 おろくの最期の言葉を聞かされて、さすがに動揺したのだろう。復讐と怨念に支配されていた勇之介の態度が、少しずつ変わっていくような・・・。

「それに、お夏は、これからも生きていくのよっ。死んだ者のことを悲しんだり悔やんだりするのも確かに大切だけどっ、これからずっと生き続ける者のためを思うんだったら、これ以上人を恨むのは・・・っ・・・!?」

 そこまで一気に言ったところで。

「ゲホッ・・・ゲホゲホ・・・ッ・・・!」

 あたしは喉へせり上がって来る感触に、大きく咳き込んでしまった。多分さっきの炎で、五臓六腑の一部をやられたのかもしれない。胸の辺りが煤けたように、熱くて痛くて不快だ。
 ・・・結構、マズい状況かも知れない。

「榊さん!」

 御厨さんが気がかりそうに声をかけてくるけど、ただ左右に首を振るだけで済ませる。
 そんなあたしに、何故か勇之介が声をかけてきた。

 ───オ前ハ・・・苦シクナイトデモ言ウノカ・・・? 
何ノ関係モナイノニ、僕ニ焼キ殺サレカケタクセニ・・・
恨ミニ思ワナイトデモ言ウノカ・・・? 
ソンナニ苦シソウニシテイルクセニ・・・。
僕ト同ジ苦シミヲ味ワッテイルト言ウノニ・・・!
憎イダロウ、僕ガ。殺シテヤリタイダロウ、僕ヲ・・・!


 悪魔の囁き、というものがこの世に存在するなら、まさに今のがソレでしょうね。
 まあ勇之介にそんなつもりはなくて、単に自分と同じく焼き殺されかけてるくせにそんなおためごかしを言うつもりか、って気持ちなんでしょうけど。

 あたしをこんな目に遭わせたあんたが、憎い。殺してやりたい。
 ───そう口にしたら最後だ。あたしは直感的に思ったから、口に出してはこう言ってのけた。

「あいにくだけど・・・あたしは忘れてあげますからね、あんたの、やったこと、は」

 ───・・・・・!?

「そりゃ、苦しい、し、どうしてあたしがこんな目に、って気分にはなりはする、けどね・・・死んだ人間をどう、恨んだり、殺したり、出来るって言うんですか? それに、この件をもみ消して、お夏たち父子を不問に付すためには、あんたがあたしにやらかしたことをある程度、忘れる必要があるんですからね・・・」

 ───オ夏チャンタチヲ・・・不問ニ付ス・・・?

「っ!?」

 あたしの言葉に、傍らの御厨さんがギョッ! とする気配を感じる。まさか与力のあたしが、今回の大騒ぎをもみ消そうと考えているとは、そしてそれを皆の前で宣言しようとは、全くの予想外だったようだ。
 だが、彼は何も言わない。何の言葉も発しない。今何かを言って話の腰を折ることが命取りだってことを、重々理解しているからである。

 後でこの堅物を納得させることの方が、よっぽど難問かもしれないわね───チラリと意識の端で考えながら、あたしは勇之介の説得を続けた。



〜茂保衛門様 快刀乱麻!!(14)≪中編≫に続く〜




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