つたないことば
pastwill


2006年02月21日(火)  おかあさん

山崎は母ちゃん似かィ、と今までの会話なんか全部なかったことのように切り出した。山崎はまあいつものことだ、と言わんばかりに溜息をついて少しだけ笑うと、母親の顔はよく覚えてないんです、と悲しいのかおかしいのか解らない表情を浮かべていた。山崎は男だけど時々、いや、女らしいというよりも、遠い昔の薄れ掛けた記憶の中にある母親のやわらかな仕草、微笑み、そういったものを持っていると思った。触れられると泣きそうになる、温かで哀しい、感触。いつだかこれは恋なのではないかと思ったことがある。でも今思えばなんてことはない。恋しいだけだ。おかあさん。


2006年02月15日(水)  死に化粧

暑い夏の日だった。強い太陽の光はすべてを白く照らしていた。閉じた障子からもその光はまばゆいほどに漏れている。目が上手く開かない。でもそれは光のせいだけじゃないことを知っている。障子と黒い喪服を着た父に挟まれるように横たわる母。眠るように。母の死に装束の襟元を直す父の手が震えていた。きっと泣いていたんだろうと思う。見てはいけないと思った。傍らに座る弟が手を握った。温かく、柔らかく。この子はその手に、その頬に受けた母のぬくもりをそれと自覚のないまま失おうとしている。手を握り返す。父の手は母の黒髪を撫でていた。母は何も言わない。もう何も。白く溢れる光と父の黒服、母の死に装束、黒髪。白と黒の世界の中で母の唇にひかれた紅だけが赤かった。



My追加