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2026年08月30日(日)

お母さん、痛い、苦しい 助けて


2026年08月25日(火)

お母さん、あの人には夫婦同然の女性があるって言ってたのよ、私どうして、
あなたはその人にプロポーズするべきだって言わなかったのかな。そのひとは、あの人のところから仕事に出かければよかったことよね。


2026年08月24日(月)

お母さん、貴女のお母さんが苦労なんてしちゃいけないんだよ、と言った。
ああ、私と同じ苦労をしているのね、癌でもエイズでも落ち込んじゃ駄目よ、と貴女は言った。
エイズって最近聞かないのよ、お母さん、あの頃はエイズが話題だったわね。
このところはコロナというのが大変だったのよ。

貴女に励まされたものだから、私は落ち込んでもいいと思っていたの。でも嫌ね。人生は短いね。

私は参っているの。まだまだ貴女が必要だったのに、あんなに早く逝かれてしまって。
貴女だってもっと人生を楽しみたかったでしょう?

貴女と旅がしたい。幼い貴女が好きだったベティさんの国でも訪れましょうか。夢で会えたら。


2026年08月23日(日)

お母さん、ごめんね。

苦しい。

どうしたらいいんだろう?


2026年08月20日(木)

私はこれだけのものなのだろうか?


2026年08月19日(水)

お母さん、この世はやっぱり弱肉強食なのかしら?

もし私たちが一人っ子だったら、嫁がされずに一緒に暮らせたかしら?

穴に籠って外を見るのが怖いみたい。

お母さんたちが防空壕に入っていたのは成人前だったのが羨ましいの。
成人の頃親の権威が外されたのが。

でもやっぱりこの世は弱肉強食なのかしら?そうだともそんなことはないとも思う。私たちの思いは幻のようなものなのかしら?

皆幸せならいいのにね。

みんな頑張っているのにね。

小さな小さな貴女と私。貴女のお孫さんたちはきっと頑張って生きている。
私は貴女のようにお祖母さんになれるかしら?
貴女にはわからない。
天の神様の言う通り、っていう言葉が私の子供の頃の選び歌にあったの。
でもこれは私の娘の世界ではない歌かもしれない。私はその頃娘の家の世界には住んでいなかったから
天の神様の言う通りと歌ったのよ。私の住んでいた世界は娘の世界からは世間だったのかな。


2026年08月18日(火)

お母さん、苦しいよ。病院で生まれたかったよ。

でも今は回復期かもしれないと思うんだ。

若い頃よりも、失敗しても立ち直りが早くなったし、失敗は成功のもとな時もあるんだ。


2026年08月15日(土)

お母さん、私は靖国神社を参詣したことはまだ一度もないの。お伊勢さんもないしね。

小学校の頃、大晦日が終わる時、お父さんが近所の八幡様に初詣に出かけるのについて行ったことがある。お父さんは戦後カトリック教会の洗礼を受けたくなったこともあったけれど、ご縁が薄かったみたいなのね。多分お母さんの実家が曹洞宗だったからかなと思うのね。お母さんもお父さんもぐれたりできない優等生タイプだったから、戦争中もお国のためにモンペはいて学徒動員で働いていたし、軍隊にも入ったでしょう?当時はバリバリの軍国少年少女だったんでしょう?
もしかしたら、戦前でも戦後でもキリスト教の洗礼を受けざるを得なかった人って、都市部の富裕層のインテリだったのかなと私は想像してしまうの。
うちは庶民だものね。というより、右寄りだったの?
田園地帯にも、神を信じよ、という看板はよくあるんですけどね。

十代の頃、家族で明治神宮に初詣に行った。そこに二番目のお兄ちゃんがいたかどうか覚えていないの。
上のお兄ちゃん夫婦は一緒だったように思うんだけど。

二番目のお兄ちゃんは、お寺巡りをしていて、気に入った掛け軸があったりした。弥勒菩薩が好きなのね。多分男二人女一人の子供に恵まれたお母さんが、男の子が二人あって、お母さんのお姉さんは嫁ぎ先で体を壊して子供がてきなくなったからって、安易に、二番目のお兄ちゃんをお姉さんの嫁ぎ先の養子にあげたのが余計なお世話だったんじゃないかと私は思っているの。三人子供がいてどうして自分が養子に出されるかと思ったら、二番目のお兄ちゃんはきっと心の傷になってるよ。お母さんが一人で大変だったから経済的には問題なかったお姉さんの嫁ぎ先にあげても経済的にも精神的にも負担を軽くできそうな気がしたんでしょうね。いい考えに思えたんでしょうね。でも学校のお勉強がよくできて性格も悪くない人が、そんなに人の心をよく知っているかどうかはわからないのよね。お父さんは勉強のし過ぎで神経衰弱になったらしいけど。

お父さんのお父さんは真言宗だったとお父さんは言っていた。でもお父さんのお母さんはプロテスタントの女学校で働いていたでしょう?

きっとおじいちゃまおばあちゃまは若い頃大正時代の自由なデモクラシーの青春を謳歌していたんだと思うの。
でもお父さんやお母さんの結婚前の青春は、戦争で物のない時代だった。

きっとお母さんも自由な戦後の時代に、職業婦人になって活躍したかったでしょう?
でも男の子が生まれたのは嫁ぎ先にとってはめでたいことだったけれど、きっとおばあちゃまとお母さんは、嫁姑の対立で、きっとおばあちゃまが倒れるまで、相容れなかったんだろうと想像しています。
世代が違ったんだ。 
戦後儒教的な感覚は新憲法の中にはなかったしね。
多分お父さんもお母さんも、子供の頃のようには素直に親の言うことを聞けなくなっていたんだろうな。
信じていた価値観が敗戦で粉々になったから。

そんなわけで、二人とも、子供たちの反抗期には理解があった。

でもね、今は、あまり反抗期の子供って、少ないかもしれない。私たちの頃は、反抗期は成長の証、健康の証だったんだけれど。

でも親もそんなに何もかもお見通しはできないからさ。

私の最初の結婚の縁談も、広島の原爆の日の夜中に来た。きっと二番目のお兄ちゃんが当時男の子の適齢期の三十前のお友達と世間話の瓢箪駒で私にお鉢が回ってきたのではないか?

お母さんのお姉さんの一人の最初のご主人は特攻隊で逝かれたと聞いたけれど、それでも私に靖国神社は遠い。

私のおじいちゃまたちもおばあちゃまたちもお父さんもお母さんも、国の行末を見通せるようなひとではない。多分お兄ちゃんたちも。私も私の旦那さんも子供も、見通せたりはしない。
今日一日、できることをする。

でも私から靖国神社は遠いの。うちの人からも遠い。行こうとか行かねばならぬとは思わないみたい。

二番目のお兄ちゃんは参拝したことあるみたいですけどね。

多分おばあちゃまには、ゆるして欲しい、という気持ちがあったんじゃないかと思う。お父さんのお母さんにはね。だからプロテスタントの女学校で働いていたのではないかと想像する。だって、主の祈りの文句を拝読するとね。
お父さんがお世話になったらしいインナートリップっていうののお経の台詞にもね、許したまえ、という祈りがあるを
そんなつもりではなかったんだけれど、はからずも、犯してしまった罪科を、許して欲しい、と神仏に祈っていたらしい。

子供の頃はわたし、神の存在って、人の都合でしょうと思っていたんですけどね。
親になると、ごめんね、ごめんね、と思うよね。己の愚かさを。何とかならないかと。

でもお母さんは、わたしは自分が悪いとは思ってないの、と言っていたね。そうかもしれないけど、お母さんの子供の頃の家庭は、普通ではなかったと思う。だって、亡くなった奥さんの妹を娶るなんてさ、
私子供の頃はそういうのどうとも思ってなかったんですけど、伯母さんが戦死したご主人の弟さんと再婚して子供を生むとか。きっとそういう流れが自然だったのねと思ってきたけど。

現代では亡くなった人のごきょうだいと再婚しても構わないのではないかなどと申し上げると、
ハラスメントみたいなのよお母さん。多分少子化決定で、私は貴女と違ってお祖母ちゃんにはなれないと思う。だから貴女を本当に理解するのは無理かもしれないね。貴女は私もきっとお祖母ちゃんになったら
私の事わかってくれるだろうと思ったんじゃない?でも無理みたい。

私は八人も子供たちを世話し産み育てたお母さんのお母さんを尊敬していたんですけど、彼女はね、
あたしは何もできなかったんだよ、って言ってた。
でもね、私だって、自分で何かできたことなんて、ほとんどないよね。助産師さんになれなかったから、おとうさんに手伝ってもらって、犬の出産を漫画読みながらそばで見守っていたくらい。
自分は諦めたものだからね。でもこれって飼い主のエゴね。犬たちの自然に反していたんだもの。
やっぱり罪深いか?

私はマイナーみたいなの。だから私が真面目に選挙で投票しても、私の支持した候補者は全く当選できなかったのよ。清き1票だったのによ。元気な人たちがメジャーなんだ。

私は中国の政治家が今日本を危険視するのは当たり前だと思うの。
ロシアや中国を信用できないという日本人は多いらしいけど、相手からしたら余程日本人の方が信用てきないよね?だってロシアの皇太子だって日本をやっつけようとして来日したわけではなかったのに浪人に刀で怪我させられたでしょう?ロシアからしたら最初から信用ならないのは日本の方なのよ。エカテリナ二世の頃ロシアは遭難した日本の漁民を手厚く善意でもてなして、友好的に日本語学校を設立したりしたのに、日本でば随分な仕打ちだったじゃない?
日露戦争で欧米にも馬鹿にされて負かされたロシアが次は見てろよと思ったのは自然だよ。
第二次大戦末期にシベリヤや満州で食べ物が欲しくて少女たちを人身御供にだしたのは日本の親父たちだったっていうじゃない?若いロシア兵を悪者にするのには無理があるよ。他国に土地を取りに行こうとした日本が侵略者で信用ならないやつら。魚心あれば水心。同じ人間。お互い様なんだ。


2026年08月12日(水)

お母さんみたいなおばあちゃんになりたかったな。


2026年08月10日(月)

threads ってとこで、バッタ好きの少年がおんぶバッタの話をしてくれていたの。
それで思い出したのが、お母さんがさ、生前、死んだらお父さんの背中におんぶお化け👻になって取り憑いてやるとお父さんに言ったという話。そして、お父さんに女の人が近づいてきたら、しっしって後ろから追い払っちゃうの、って言ってたんだって。あの話はいつ頃だったかな?
これはお母さんの昔話ではなくて、貴女が亡くなった後でお父さんが私に話したこと。
でも、お母さん、お父さんの夢枕に立ったり夢に出てきたり全然してくれないんだって。どこ行っちゃったんだろう?ってお父さん探してたよ。
だからさ、お母さんは、私がいたら、お父さんを悪い女の人から守ってくれるんじゃないかと、思ってたでしょ?
ところが私ったらさ、お母さんが居なくなってさびしいもんだから、お父さんが素っ頓狂なところが可愛いんだと言った女の人に懐いちゃったんだ。裏切り者ー!って怒ってた?

あ、違う違う。今回の話はそこじゃないの。バッタ好きの少年が、おんぶバッタの絵を上手に描いていたんだけどさ、お母さんが夜お兄ちゃんたちやお父さんが居た家の縁側からおんぶした私と一緒に家出して、暗い夜道をどこまでもどこまでも駆けていったことも思い出したんだけどさ。東京の家の前の夜道を貴女が歩いてたら、お母さん、女性だったんだね、後ろから痴漢に遭ったって言ってたね。股間を蹴り上げてやったって。
で、それも違うって。私が今回思い出したのはね、お母さんが、図鑑に載っていた子持ちガエルの絵が
どうしても気持ち悪くて耐えられないって悶えてたこと。だけど、お母さん、八人姉弟の六番目の姉妹の中では末っ子で、その後二人も男の子の世話したんだからさ、お祖母ちゃんは八人の子持ちガエル、産んだのは四人でも、お母さんたちが、子持ちガエルの子たちみたいにピーチクパーチク賑やかだったんじゃないの。気持ち悪がるのはいかがなものかと思いますよ。って私やっぱり嫌な娘だったね。仕方ないよ。
貴女は私の三つ子の魂をものの見事に潰しておしまいになったんだもの。
私は貴女と陽だまりの中でのんびりと時を過ごすのが好きだった。貴女ともっと仲良くお洒落のお買物したりして我儘できたら、可愛い娘だったのにね。お父さんにとって貴女が生き残りに必要な女性だったんだけど、私はどうなんだろう?あの娘のお母様よりも貴女は少し年上だったのね。もしお父さんがお祖母ちゃま好みの才色兼備を選んでくれてたら、私はもう少し賢明な道を行けなかったかしら?でもお父さんが可愛く思ったのは、どうも、素っ頓狂な女性だったらしいのね。だから私も大船に乗った気持ちで小舟に乗ってしまうのよ。よく考えたら大変に決まっているじゃない。
でもね、バッタ好きな少年に、子持ちガエルの話をするのはやめておいた。バッタ好きはおんぶバッタ。
私も貴女のように、おんぶが好きだった。


2026年08月09日(日)

お母さん、貴女が心配したことがあった。

その時はびっくりした。私は苦しくても死にたいと思ったことはなかった。

今だって死にたいわけじゃないんだ。でももうだめなのかもしれない。

今を逃したらもう逃げられないかもしれない。もう逃げられないのかな?


2026年08月05日(水)

病院の糖尿病食が食べたい。
加減がわからない。
お尻が痛い。

お母さん、あの頃は反抗期があるのが成長の証みたいな時代だった。でも私はもっと貴女と同じ部屋で寝起きしたかった。いつか貴女が私の部屋で横になって昔話をしてくれた晩の事が忘れられない。私を突き放さずあんな風にもっと寄り添って欲しかった。スポーツがしたかったのではない。貴女ともっと話がしたかった。貴女の愚痴でも良かった。会いたいよ。どこに居るの?どこを旅しているの?私の元に帰ってきて。迎えに来て。三歳の頃の私と貴女で眠りたい。

相変わらずお@@なことを繰り返しているようでも、成長しているところもある。
朝眠くて気が重くても、カーテンを開けてみたり、考え込まず大丈夫大丈夫でいこう、と今に戻ったりしている。くそお、これだけ済ましてしまおう、という小さな覇気も生まれている。

私って動きが悪いタイプでしょ?だから体操をやらせたかったでしょ?

腎臓内科の女医さんが、億劫がらずに何度でも動くように、っておっしゃったの。
私よりずっと若い女性だけど、私はキカナイ人だと言われたりしたけど、アドバイスは
その時すぐ聞けなくても、覚えているのね。
今お腹や腰がズシっと重くて痛くて、でも、例えば何度水を取りに行っても他の皿洗いとかが見つかって、ラックも漂白したいとかで、水を2リットル汲むのを忘れてしまう。そうしているうちに携帯もどこかに置き忘れてしまう。無くなるはずはないんですけど、朦朧としてくると、どうしても見つからないみたいな感じで、でも携帯はないと今暮らせないんですよね、貴女の時代と違って。貴女は実家のお母さんやお姉さんと色々電話口で語り合っていたでしょう?貴女がお嫁さんに甘過ぎるとか実家のお母さん、私のおばあちゃんなんですけど、言われて貴女はお嫁さんの肩を持った。だって自分だってそんなに褒められた嫁ではなかったものってね。貴女は家督の嫁の苦労があった、でも貴女の両親は各家族で年下のねえやさんを雇っていたから姑の苦労はなかったからね、結構お嫁さんに言いたい事言ってなかなか一緒に暮らせなかったみたいだよね。で、なんでしたっけ?親馬鹿の貴女はぼやっとした娘の私をお嫁さんの手前
もちょっとかばいたいところかあったのね、貴女は優しい女性で、私同様、二面性があるように見えてしまうところもあったけど、でも、自分も若い頃ホワイラーだったけどせざるを得なくなったようにそのうちいつかするようになると思うのよ、って。でね、やっとさ、もう貴女の享年も過ぎて、色気も出せなくなってきたんだけど、しんどいからって億劫がらずに何度でも立ち上がって足を運ばなくちゃ駄目ですよってことを、私の娘みたいな年頃の女医さんに言われたことを、すぐにしようとはできなかったんですけど、でも私が苦手な整理整頓ということに、同居人かあると、きっと一人暮らしだったら稼ぎのため仕事の責任のために後回しになってもらもらになっていたかもしれないこと、段々床に物を置いてしまう癖とか、見失ったものは人に取られたのではない、自分が置き忘れているという自覚を、少しは持って、
何度でも億劫がらずに足を運ぶようになってきたのよ。仕事に出ている人は身だしなみにも普段から気をつけられるけど、人に会う為でなくても、健康のために、歯磨き思い出したら億劫がらずにしに行くというようなことについて聞いたら、貴女はため息😮‍💨をついてもっと厳しくしごいておくべきだったかしらと嘆くかもしれない。でも私でも料理だとか掃除の科学みたいなものも、健康のためには追求するのね。
凹むことは多いけど、それでも成長しているところはあるのよ。元々間抜けな少女だったけど、時間をかければ、少しでもより良くなりたい気持ちはあるのよ。


2026年08月04日(火)

お母さん、私にはわからなかった。愛する人を失うことを。
お母さん。貴女の面影。彼女の面影。

お母さん、どうして私は貴女から離れてしまったのだろう?
貴女を知ることはできるのだろうか?もはや無理なのだろうか?

どうすれば良かったのだろうか?

私は貴女とは違う。貴女は素敵な女性だった。
私は貴女が幸せな義母だったことを思い出す。
私は貴女のあの幸せは、私の功績の部分もあったと
自負していたんだ。これは思い上がりね。でも私にも良いところはあったのよ。
私は悪女にはなれなかった。
私は貴女と違う母親になる必要はなかった。
貴女の娘であり続けたかった。でも貴女は私を離れてしまった。
そうだ。貴女が去ったから私は一人になった。
貴女が望まなければ私は生まれなかったよね。
私は馬鹿な貴女の娘だから、馬鹿なりに貴女を愛している。
私はどうしていけば良いのだろう?
私は幸せは望めない。
でも幸せを望まなくては。愛や幸せ。
壊れかけている私は、これからどうしたら良いのだろう?

お母さん、怖いの。ごはん食べるのもお薬打つのも怖いの。
もうあと何十年生きても回復はしない。
踏切は趣味じゃないけど、何を趣味にしたらいいの?


2026年08月03日(月)

お母さんの一人っ子に生まれたかった。お母さんの最初の子供だったら、もっと一緒にいられたんじゃないかな。貴女の最初の子供のような笑顔ができたんじゃないかな。貴女の最初の子供さんのまん丸な笑顔。あの人が赤ちゃんの頃のまん丸な笑顔。あんな笑顔を、私もすることができただろうか?この笑顔ええやろ?とあの人がお母様に言ったことがあった。笑顔で聞いていたことも意識していなかったけど、あの人が私の笑顔に救われた時もあっただろうか?
お母さん、私の病に触れて欲しい。私の爛れた部分に貴女の指で効く薬を塗りこんで。
私の失われた笑顔を責めないで。傷ついたままの心で笑っても、間違えて人を傷つけるよ。

貴女は本当に信じられるものがあったのだろうか?
般若心経。
貴女のお母さんも、きっと周りに言われてお祖父ちゃんに嫁いだんだねきっと。お祖父ちゃんが最初は恋愛結婚して、女の子四人産んで亡くなった奥さんの妹をまた嫁にするなんて、普通じゃなくない?子供たちの世話する人が必要だったんだね?一番上が六歳で継母叔母は十歳年上なんて。
お祖母ちゃん女学生で幼妻で女学校に結婚のことを内緒にしてたなんて、男の人に手紙を書いて退学になった少女たちよりもずっと悪いじゃない?お祖母ちゃんがそうしようとしたわけじゃなかったろうけど。普通じゃないじゃない。
戦後配給米しか食べなかった清廉な裁判官が餓死されたそうだけど。
お父さんとお母さんは見合いだったろうし、私がちゃんとした恋愛を知らなかったのも無理なくない?
私は近場で満足していたのに、なぜ突然あんな遠くへ飛ばされたわけ?
人権なんて全然ないよ。

私たちが戦争を起こしたわけじゃない。私たちは戦争を知らない子供たちだ。高市さんもそう。
だけど、中国と会話をするなんて無理ですよ。私中国女性が働いていたところで一緒に働けなかった。
彼女たちに会社の電話を私用で使って長い国際電話をしてはいけませんって私どうしても言えなかった。
私自身は兄に我が娘の父親に接触するななんて酷い事言われて。私に人権なんてなかった。蜂に刺された時お母さん居なかったじゃない?どこに行ってたの?市内のデパート?
貴女は疎開もしないで東京で空襲を生き延びていたかもしれないけど、読み書き以上の教育は戦争でほとんど受けていなかったのね?
お父さんのお母さん貴女の姑だって、教師になったは良かったけど、小さな娘を怪我させた。
それでもきっとお祖母ちゃんは怪我させた女の子を強く叱ったりできなかったろう。
貴女だって子供みたいな母親だった。貴女の母親が幼妻ではね。日本のマナーも西洋のマナーも知らないよ。
お祖母ちゃんが四人産んでたら貴女の三人なんて大したことなかったろうけど、今は一人も無理かもしれないの。お母さん、私はお祖母ちゃんにはなれないと思うよ。私たちの心配も夢も、思い通りにはならないの。貴女は私を心配しきれなくなったのね。他のお母さんはもう何十年も子供たちを心配していた。
あなた方は夫婦揃って年寄り子だったんだから、子供は一人で十分だったのに。無理無理無理無理。
貴女が夫の家族を捨てて実家の世話に夢中になったから、貴女の命が削られて捨てられたお義姉さんが生き延びたのよ。私は貴女のお義姉さんにそっくり。でももうマッチ売りの少女なの。貴女は親不孝娘よ。私よりね。
どうしてあんな名前を付けたんだろう?
私には全く関係ないひとたち。
私の憧れには全く関係なかったひとたち。


2026年08月02日(日)

母さん、私ここ何年も、あまり寝てなかったりお腹の調子悪かったりしてたんだけど、このところ、朝そんなに早く起きないわ。胃腸も吸収するようになってきてる。
人に本当に必要なことはそんなに多くないね。でも昨夜は久々ウイスキーの水割り飲んだ。胃腸を消毒しようなんてね。


2026年08月01日(土)

赤毛のアンは本当に一人だったんだよな。マシューとマリラ。空想好きなアン。波瀾万丈ながら、戦争中に成長した末娘リラの元に戦争帰りのケンが帰ってくる。

働き者のCoCo壱の社長さんも夢を実現できる。

私は受け身なの?度胸があると言われたっけ。
伯母さんと同じく傷者なのにね。
女は度胸さ。というには結構蛆虫なのに。
双極性というやつなの?

あーおかーさん、考えない。下手な考え休むに似たりだよね。
考えないってのも難しいの。
妄念妄執を止めよというにもあらず。

人事を尽くして天命を待つだね。誠意を尽くしてそれで駄目でも気にしないの。

でもスズランも夾竹桃もスイセンも庭に植えない方が良い植物なんですって。
お母さんが健在な頃、うちにスズランも夾竹桃もあったよね。大きな夾竹桃の木。
スズランの花も可憐だった。
きっと毒を持つ蛇は、手足の無い弱い身で生き延びるために武器を持ったのかな。
スズランやスイセンに毒かあるって、愛でるだけで食べようとは思わないけどね。

この頃世の中は難しい。昔からいろんな説があったのね。

もう諦めたの。なるようにしかならない。
もし私の畑に撒かれた種が弱くて受精が無理でも、仕方ない。

何を考えてるんだ。性懲りもなく。自分が頑張れば何とかなることと違うんだ。

お母さん、今の旦那さんはね、大船にのった気持ちで
小舟に乗ってよ、って言ったの。だからって大船に乗ったつもりで安心して乗ったら、
大波小波に揺れてどないもならんようになるに決まっとるがの。旦那さんが小舟かどうかはわからないけど、私はきっと言い回しにぼうっとしていて、全く考えなしだったのよ。でも、あれからだいぶ経つけど、やっぱりとってもいいやつなの。悪い顔してるわね、って知り合った女性がおっしゃったのは、きっと持ち上げて下さったのね。だって、もし仮にこの旦那さんと合わないということにしたとしても、この人に例え気に入らないところがあるとしても、この人より私が信じられる人って、出てきそうもない。
怒るのは口で、手は出ないのは助かる。
お父さんは私にはあまり怒らなかったから、男の人に怒られると本当に心臓がバクバクするよ。慣れないな。思いがけなく怒らせてしまうくらいだったら、いっそのこと、思いっきりこの上なく驚くようなことを計画したら?罪のないサプライズというやつ。無理かなあ。そういうことを企画する才能がない。

もし私が頭が良くて才能があったら、ジョディフォスターのようになりたいと思ったけど、これまた大変な人生だろうよね?

いろいろ大変なようでも、今の自分の置かれたところが最高なんだと思いたいの。


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