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お母さんは八人姉弟で一夏海で真っ黒になって泳いで共同生活をした日々が幸せだったんだろうと私は想像しています。
私もかわいいもんだな。
でもお母さん、あなたの夢は叶えてあげられそうにない。 やっぱり私が最後まで残るべきだった。 高校の修学旅行でおねしょする人なんて、独身を通した伯母くらいしか思い浮かばない。 私が貴女に打ち明けたら、貴女はおばあちゃんのように私を手元に置いてくれただろうか? 私が独身を通せばきっと貴女はおばあちゃんたちのように長生きしてくれたんじゃないだろうか? でもきっと、貴女は私があの人と添い遂げると信じたまま旅立ってしまったんだろうな。 そんなに安易に人を信じてはいけないよ。
日本人は米国の有名人などのプライベートな時を邪魔しないようにするというので褒められていたのに、とうとう日本人男性も推しのスポーツ選手をストーカーするようになってしまったのか。
乳児健診に来た母親に人格否定の暴言を吐く医師があったものな。 非婚化少子化致し方ないよ。
お母さん、貴女の最初の子供に生まれたかったな。最初の子供は何でも初めてだから苦労するのよね、って貴女は言って私を喋らせなかったけど、初めてで苦労するのは最初の子供だけじゃないじゃないじゃない。
今日は衣替えが結構できた。
| 2026年04月22日(水) |
私にとっての中華人民共和国と台湾 |
親は子に親心を理解して欲しいが、子が親の言うことを聞けないということはよくあることだ。 台湾が民主主義体制を貫いて、中国の干渉から独立していたい気持ちもわかる。中国は今やこれほど大国なのだから、台湾には好きにさせてあげればいいのにと思う。子は親から自立していくものなのではないのか?
中国に対してだけではないが、確かに日本は他国に申し訳ないことをしたらしい。それについて考えないわけにはいかない。しかし、戦争したのも、大陸の中国と国交を回復したのも私の世代ではない。 私は自虐思想を植え付けられた。国歌を立って歌わなかった教師もあった。母は日本が戦争せざるを得なかったのは経済封鎖されたからだと言っていたが、日本はお人よしの武家政権が開国せざるを得なかったので、短絡的に自滅戦争に追い詰められたのだと私は思う。富裕層は息を潜めて終戦を待った。しかし米国に負けたおかげで、平和憲法を頂けた。戦えないのはなさけなかったが、確かにそれに助けられてきたのかもしれない。 大陸の中国と国交回復したのは田中角栄氏だ。中国が日本や他国に台湾との国交を許さなかったというのは非常に我儘だと私は思う。中国だってどんな他国とも通商したいだろう。それなのに相手には自分の認められない相手と付き合うなというのは理不尽だ。角栄氏は庶民派だったから大陸の中国と気が合ったのかもしれない。しかし角栄氏が中国の言うことを鵜呑みにしたのはよく無かったと私は思う。台湾との国交を許さないというのは、中国の我儘だ。夫婦仲とは違う。角栄氏は妻一人ではなかったにも関わらずなぜ中国に台湾とも通商すると公言しなかったのだろう?そこが片手落ちだったのではないかと思う。 もっとも私は角栄氏を批判できるほど、人間関係に巧みではない。つい強気の相手の要求に従ってしまって自分の首を絞めたりしたことがある。多くの日本人は私ほどではなくても、人間関係に巧みでない人は少なく無いのではないか?大陸と台湾二人の人が対立していると、日本は二人の中に挟まって、とてもストレスなのだ。 中国と台湾は仲良くやって欲しい。そして、日本がどちらとも自由に通商することについて目を三角にしないで欲しい。中国だって、どの国とだって交流したいだろう。
人生は短い。絵が描けたらいいのになあ。鳥になりたい。
みんな忘れても良いんだ。
投薬も、何もかも、忘れてもいいんだよね。生きようとしなくてもおばあちゃんになろうとしなくてもいいんだよね。私がおばあちゃんになる夢は母の夢。そしたら自分の気持ちをわかってくれるだろうと願ったんだろうな。
親鸞さんは先祖供養のためにお念仏申されたことは一度もないとおっしゃった。 でもお寺さんは、ご先祖様ということを申される。
祖母の涙の面影はあったが、先祖について考えたことはなかった。
岩倉具視が欧米視察に出かけていた頃、私の祖父の叔父はお家騒動を起こして切腹させられていた、時代遅れの男。悪い男とは思わないけど、賢くもない、 先見の明もない。でも頑張ったんだと思う。真面目な男だったろうと思う。時代遅れの男。
どうして、今心配なのに、電話をかけられないのだろう?
お母さん、怖いよ。来週クリニックで治療なの。もうやめられないの?
お母さん、どうして私を置いて死んでしまったの?
どこに行ってしまったの?
娘の家には私は合わなかったのだ。それは仕方がない。相手も突然のことで対処に困っただろう。 確かに乱暴な兄の勧めを受けてよく相手の家について知りもせずに嫁いだのは無謀だった。健康的な少女だったら、娘の父親の予想通り、私はまだ結婚なんて考えていない、と言って普通に断っただろう。周りの同じ年頃の女の子で結婚した人なんて当時まだ居なかった。 父や母のもとに、もっと居たかった。私が進学しなければ父や母が兄夫婦や私を置いて出て行かなくても良かったのかもしれない。 今の夫の父は保証人になって人の借金を背負ったので、夫は大学には進学しなかった。 父や母は、神社参拝とお寺で葬儀の日本人だった。祖母の時はきっと駅近のお寺さんに頼んだのだろう。 私の両親はコスモポリタンではない。日本人の範疇だ。私が英語に惹かれたのは両親の願いとは違ったところにあった。でも私にとっても英語は私自身とは違ったものなのかもしれない。祖母を見舞った米軍将校やご近所の洋館に住んでいた外交官?のお嬢さんたちと遊んだが言葉がわからなかった記憶。最初の英語の先生の結婚生活の苦労。一年生の時の担任の先生の専門は英語で、その先生の授業は好きだったが、二年生の時、その先生が離婚されたという噂を耳にした。 離婚については、母方の伯母も一度離婚していた。しかし私が小学校の頃、私と同い年の女の子といくつか年下の男の子のお父さんと再婚した。最初の結婚でからだを壊して子供が産めなくなったということだった。
そもそも私は結婚はせずに、子供の頃の傷の後遺症で独身を通した伯母について、彫刻や手仕事に集中するべきだったのではないだろうか。
目的意識もなく進学する必要があるのかと父に言われて進学したのは英文学だった。世の中には色々な仕事があるのに。私はただ許すということを求めて、物語を探していた。引っかかったのは、好きな女性の信仰を受け入れて洗礼を受けた外国の作家の物語。
いや、今だ。今私はどうしたいのだろうか。漢方薬は飲む。整腸剤も飲む。しかし。
『王女様と豆』というお話は、アンデルセンの童話だった。 私はアンデルセンの童話に惹かれた。アンデルセンに惹かれたのだろうか?読書に影響されるのだろうか。 誰かに依存してはいけないのだ。自立しなければ。私はどう生きていけばいいのだろうか。
私は自分を頼りに生きていくことはできないのだろうか。
田村智子さんいいなあ。田村智子さんのように生きたかった。
米国はイランに賠償金を払うべきだ。イランからもホルムズ海峡からも手を引くべきだ。米軍が日本のためにホルムズ海峡に行くのはやめてくれ。
健康に生まれたい
断絶した幸せのフラッシュバックが辛い。枝垂れ桜夜桜の記憶。
茂木外務相は、米国やイスラエルの方には個別には事態の沈静化を頼まないのかしら。話にならないのか。
柚子を地植えした。
実がなりますように。
どうかよい方向に向かいますように。
私なんてちょっと石を投げられたくらい、学級会で協調性のなさを責められたくらいで泣きべそかいていた。 世界の矢面に立って内外あちこちから矢が飛んでくる立場に立って間違いないということは難しいに違いないと思うが。
やまどりの尾のしだり尾云々は柿本人麻呂なんだ。
あしびきの 山鳥の尾のしだり尾の 長々き夜をひとりかもねむ
柿本人麻呂
うる覚えだからなあ。検索できるのは有り難い。
水を飲んでは出す。飲んでは出す。いつまで?
こんなに抗生物質もステロイドも効かないのに免疫を抑制しなければならないの?
駄目なものは駄目なんだ。壊れているんだ。
薬飲むの皆やめようと思ったんだが、また沢山薬が増えた。
本当によく頑張ったなあ。
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