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幼馴染の女の子(既婚)が、ビフォアアフターという言葉を使っていたのが印象的でした。
そういえば、あの人、Joeだったかな?Before?After?と尋ねたことがありました。
お元気かな。
結果かぁ。
今日は月曜日でした。明日は火曜日。
台風がくるらしい。
さて、ところでこれからどうするか?
敬老の日。
9月も半ば。
やっと調子が持ち直した。子供の学校に先週行くつもりだったが、風邪か?体調を崩していた。
もう少し、体調管理その他、きちんとやろう。あせる必要はない。もう社会の中で中堅の自覚を持って、甘ったれずに自分の役目を果たしていかねば。
子供じゃないんだから。
みんな頑張っている。
すべてこれから。
もう少し計画的に。もっともっとできるはずだ。
あ、これは私自身のことで、人様に申し上げているわけではありません。
さて、今日は日曜日ですが、先日イエスキリストさま大好き少女(と申しましても既婚ですが)が、私に、イエス様の受けたお苦しみ以上の苦しみはないと語った時、私は、ふと、本当にそうだろうか?それ以上の苦しみもたくさんあったのではないだろうかと考えてしまいました。
私だってイエスさまのみ言葉にはホットな思いを抱いていたりするのですが、しかし、大昔から今日まで、さまざまな人間模様人生があって、そのうちには結構イエス様のお苦しみよりもずっと苦しいものは沢山あるのではないかと思うのです。だってイエス様は、最初の頃、いろいろなところで病を癒したりおできになって、そうしたら、それって苦しみではなく喜びでは? というか、イエス様の教えの価値を頂くために、その苦しみの大きさがイエスがキリストであることの理由だろうか?と思う。
シリアのアサド大統領って、元々は温厚で政治的野心などなかった人だというが、お兄さんが亡くなったので継いで、独裁者と見なされざるを得なくなるとは皮肉だ。普通の市民ならきれいな女性と添えて適当に頑張っていればそんだものの、一国の大統領は、普通の温厚さでは勤まらないのかも。あっさりと辞任するというわけにはいかなくなっているのだろうか。普通のおじさんおばさんでいられることの有難さを感じさせられたりもするが、エリートだから挫折を知らないだけ、自分の見地からしか物が見られないのかな。貧乏人が陥らざるを得ない暮らしのことはわからないですよね。責められたら自己正当化したくなるとは思うけど。 例え自分に非はないと思っても、お前ら政権欲しいんならこんなもんくれてやるよ、とぽんと投げ捨てられる潔さがあればな。イエメンのおじさんはわりかしあっさりしてましたっけ。そのうちまた人は、前の政権の時の方が暮らし向きは良かった、なんて言い出すんだから。さっさと反体制に明け渡してしまえばいいのに。お前らに勤まるかっていうプライドあるのかな。
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