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2013年07月22日(月)

 昨日は母がとっていた牛乳会社のプリンを3つ買って、偲びました。子供が言われなくてもスプーンとプリンを給仕してくれたから、きっと悪くなかったのだろう。プリンをお皿にぷっちんと出してスプーンを添えるという程には優雅ではないが。そもそも私が卵や何かで本格的なプリンを作ってみたこともない。キャラメルを作ったことはあるが、キャラメルもプリンもゼラチンを固めるようにではなくて、ホームメイドなものに挑戦してみても、構わないのではないだろうか?

 来年は法事にかこつけて娘と会えないかと思っている。

 


2013年07月16日(火)

 何か気が晴れるようなことないかな。今日は空は晴れているけど心は晴れない。
 疲れたな。


2013年07月06日(土)

 梅雨明けしたと言われても今日は雨降りだから関係ないかな。今まで梅雨だったとしても結構かんかん照りの日が多かったし。雨なのは水遣りお休みできる。恵みの雨。

 どうせ私を愛している人なんてこの世に一人もいない。元々じゃないか。



 


2013年07月02日(火)

 昨日は半日ずっと25年前に亡くなった母親に姿を見せて欲しいと念じていた。そしたら、夢の中にちょこっと出てきてくれたけど。
 会いたいなあ。母のような人はどこにもいない。おんぶお化けになってずっとくっついてくれるって言ったのに。部屋が暗くなっても全然出てこない。

 もし娘が母親に似るなら、どうして母は祖母くらい長生きしなかったの?
 
 彼女がおばあちゃんくらい長生きしていれば、彼女は今でもまだ生きているはずだ。おばあちゃんは癌になった後でも40年生きたのに。素直な患者さんだったかどうかはわからないけど。

 人間のはかなきことは老少不定の境だ。これは真理だと思う。寿命だったんだよとおばあちゃんは言った。何もしてやれないことが身を切られるように辛いんだと。そういう気持ち私もわからないではないよ。オフコースの歌にもあったね、なんにもしてあげられない、なんにもしてあげられないから、って。私にとってはあれが母方の祖母との最後の時で、また遊びに来ていい?と言って別れた。がさがさの肌が痛々しかった。乾燥肌はおばあちゃんの筋だ。母もそうだったけど、お父さんが最期の頃乳液で全身マッサージしてあげたんだって。だから意外とすべすべだったの。お母さん美人薄命でずるいな。

 色々な人生がある。親子でも兄弟でも友達でも、それぞれ違う道を歩いている。皆同じ川の畔を歩いているんだという歌もあるけれど。別れたくなくても大きな水流に呑まれて全く別の場所に流されてしまうこともある。流された場所で与えられるものもあるけれど。

 私の悲願って何だろうな。

 ちょっと落ち込んでいたと言えない事も無いが、今日嬉しいニュースもある。安藤美姫さんのおめでたとか、伊達選手の健闘とか。


2013年07月01日(月)

 おかあさん、どこにいるの?


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