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2011年10月29日(土)

麻酔薬が欲しかった。歯茎に注射するような麻酔薬をお腹にも注射できないかと。手術の時みたいに。

今は少し収まってほっとしている。

でもまたあの痛みが何度も来るかと思うと、子宮を取った方が楽だろうかと思う。

母は筋腫で早々と全部摘出したが、あれはまだ50にはなっていなかっただろう。

子宮がなくなっても、母は男っぽくはならなかった。愛されたかったんだな。愛されていたのに。言葉にして言って貰わないと、愛されていることってわからないんだ。平均寿命までいけなかった。あれだけ頑張ったんだったら、もう少し厄介なボケ老人として頑張って欲しかった。でも私不本意なこと言われても即言い返せなかったから、母は孤独だったろうと思う。何かもっと頑張って怒って言い返してあげればよかった。でも元気がなければ傷つくだけで怒れないのだ。

今の楽しみは眠っている間に夢を見ることだ。














2011年10月28日(金)

とりあえず診察までお薬を毎日飲みきって、それから考える。


子供のことは子供に任せる。


親って駄目ねえ、とおっしゃった方を思い出す。


なるようにしかならないのにね。
















2011年10月24日(月)

 ゲーテの『若きウェルテルの悩み』が出された当初、自殺者が多発したと
いうのは、実に驚きだ。
 私はこれを10代の頃に読んだが、どうしてウェルテルが死ななければならなかったのか理解できなかった。私だって死にたくなることはたびたびあるが、死にたいならここから飛び降りてしまえば簡単に死ねるはずとかいうことを考えた時、どうも自分をびちゃっと潰す気になれないのだ。痛いし、美しくない。それに部屋がきれいに片付かないとちょっと恥ずかしすぎるのだが、うち中全部整理しきる元気が全然ないのだ。今の自分のまま死んでも、遺品整理をしているうちにくだらない人だったということがわかっちゃいたけどこれでもかこれでもかと出てくるとか、あるいは元気な人何人かで手配すれば瞬く間に片付いてしまう程度の内容で、私と愛や友情を育もうとしてくれた人たちが私に対していくらかでも抱いていた信頼のイメージがただの枯れススキのような虚しいものだったという結果しか出てきそうもなく、もともと別嬪さんにはなれないソラマメのような顔だったが、どんなに悲しく大泣きしながらでも、菓子パンをむしゃむしゃ食ってしまうところがある私には、若きウェルテルは全く好みのタイプではないのだ。しかるに当時のドイツのあるいは世界の男の子たちが、このあまりに繊細でロマンティックなお話にのめり込むあまりに大事な自分の命を本当に落としてしまったとは、あまりにも可憐過ぎて信じられない。やはり自分にも理解できることとどう努力しようにも理解できないことはある。それなのに実際死んでしまう人があるのだ。少なくともアイラブユーもハグも苦手な私は死なれるのが痛手であることは知っている。
 
 


2011年10月23日(日)

生きていくのは楽ではないが、まだ生きている。これは奇跡的かもしれない。















2011年10月20日(木)

誰にもわかってもらえないのかと思うと少しかなしいが、それは昔からだ。

おそらく私のような人は結構沢山あるだろう。


2011年10月18日(火)

みんな住んでいる世界が違うんだなあ。


2011年10月16日(日)

 やっぱり駄目なものは駄目なんだ。

 私は生まれてくるべきじゃなかった。

 それにしても日本は安全な国なんかじゃぜんぜんない。どこが安全なんだ。

 勘違いしている人が多すぎる。

 もし神様が何でもご存じなら、私のこともご存じだろう。

 
 


2011年10月14日(金)

キリストの弟子になりたいかどうか。

例えば聖パウロのように。なりたいかどうか。イエス?オアノー?

例えばコルベ神父様のように、なりたいかどうか。イエス? オアノー?

私はキリストの弟子ではないのかしら?

マザーテレサのようになりたくないのかどうか。イエス? オアノー?

イエスキリストの弟子になりたいのかなりたくないのか?イエス?オアノー?

平和の祈り。

神様、私を、あなたの平和の道具にしてください。

理解されるよりも理解することを私が求めますように。

愛されることよりも愛することを私が求めますように。

絶望のあるところに希望を。

もたらすものでありますように。


2011年10月12日(水)

he was not handsome at all.He was not slim he was a big clumsy old country man but his country changed its political system peacefully but persistently in those days and he seemed to have fighted and survived a hard life with one eye and the people gained freedom democratically.I visited a modern catholic church in tokyo with him. he asked me if i thought he was a bad man but he did not look like a dracula.His walking pace was very heavy and slow and that was very comfortable for me because it is very hard for me to hurry.

 久々にコーヒー飲みすぎ。そんなに飲み食いしなくてもいいと思うんだけどな。苦しくなるほど飲み食いしないで調節しないと。葡萄を嫌と言うほど食べてみたいと思ったが、千円以内でお腹痛くなるほど食べたら、結構満足した。

 


2011年10月11日(火)

 世の中には元気な人があるもんだ。羨ましい。

 苦しかった時に羨ましいと言われた時、やっぱりわかってはもらえないんだと感じたのに、自分が言われて嫌だったこと人に言うのは感心しない。

 でも不調だったらやっぱり人が健康そうに見えたりする。

 なかなか目からうろこが落ちるようなことってそう簡単には得られない。

 まだ若いってことかな。

 性格ってなかなか変わらない。明日に向かってハイキックっていう韓国コメディドラマを見ていて、食品会社の社長の孫娘の女の子のわがままさがちょっと不憫。自分の至らなさってなかなかわからないんだ。でも苛め相手のシネがいなくなった時にさびしくて仕方ない様子がちょっとかわいい。
やっぱり妹じゃなくてお姉さんに生まれたいものだと思う。


2011年10月08日(土)

 いい加減、自分以外にはなり得ないことをあきらめよう。

 と思うが、今更腹を立てても仕方がなさそうなことで腹を立てている。でも従軍慰安婦問題だって時々ニュースになるくらいだ。更年期に差し掛かっている私が今わの際に腹を立てるのだって決して不自然なことではないと思う。これはアラブの春や人種差別、拉致問題、女性の人権問題、ニューヨークのデモの人たちの主張が尊重されるべきであるのとおなじくらい、重要で慎重に考えるべき問題なんだ。

 そうなの?そうでしょう。私には自分の気持ちを大事にする権利と義務がある。私さえ我慢すれば済むというものだろうか。

 うーむ。心身が硬くなってるね。健康のためには、今の私には、深刻に考え込むよりも体を動かして柔軟体操した方がいいんじゃないの?と思ったりもする。

 でも、自分が求めているものを追求したければ、好きなだけ追求して好きなだけ考えてみたってそれも全く構わないよ。

 私に影響を与えてきたもの。主の祈りとかアッシジの平和の祈りとか、
イスラム教徒がアラーに正しい道を歩ませ給えと願う祈り。あるいは、阿弥陀仏の無限の智恵と慈悲に帰依するというもの。あるいは、般若心経。あるいは般若理趣経。五戒十戒。霊友会という団体でも、罪とが思い違いを許したまえというくだりがあった。

 私には実のところ、集団恐怖症のけがある。国連である一つの国を多数派が制裁するというのにも抵抗がある。実際親切からであっても、多数の人に取り囲まれてあれこれ注意されるというのは、いくら自分に全く非がないとは思っていなくても、あまり心楽しくない。でも群れの中にいないわけじゃないでしょう。私は虎や獅子のように強くないし、守られていなければ生きていけない。引き篭もりがちになるのも臆病だからだ。巣穴からきょろきょろとおっかなびっくり外を伺っては夫の帰りを待つというのが精一杯のところなのだ。
 どうして怖がってしまうのか。怪我をしたことがあるからだ。傷は癒えてそれなりに強くなっているのではないのか?でも自分を傷つけた者をつい警戒するようになってしまうのは自然ではないか。
 パスポートに、日本国外務省か何かが、この旅行者を貴国が保護してくれることを希望するみたいな文面があるのに、結構感動したのも、やはり守られていたい気持ちがあるからだ。旅行保険に入り、死んでも構わないと思って出かけても、やはり大切にしてもらえばそれなりに感じるものはある。

 どうして旅にでるのか。どうして知らなかった人を信頼して一緒になったりするのか。

 それにつけても、くどいようだけれども、もう少し母に長生きして欲しかったな。それというのも、もし母が生きていてくれたら、きっと私は離婚せずに済んだんじゃないかという思いがある。でも、きっとそういうものじゃないんだ。今はネガティブに感じてしまうけれど、体調が良くなればきっと
こういう道しかなかったんだと肯定できるかな。

 眠ったまま二度と目が覚めたくないという気持ちと、今はまだ死ねないという気持ちと両方ある。矛盾していると言えばそうだが、私にしてみれば当たり前の気持ち。

 行き当たりばったりのようでも、ちゃんと自分に合ったものを選んできた結果なのだということにするか。でなければ、子供の存在を否定することになってしまう。後悔するわけにはいかないんだ。

 人生いろいろで行くしかないんだ。人を羨んでも仕方がない。
 

 


2011年10月07日(金)

 やはり貧血が強いと途端に不調です。一生懸命お薬を飲みます。

 


2011年10月03日(月)

キャラメルを作った。味は美味しいのだが、注ぎいれた紙がはがれないタイプ。


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