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ドンマイドンマイ。スポーツ観戦ではらはらどきどきするなんていいことだ。
シザーハンズに心を打たれるところがあったので、不思議の国のアリスも 見たいと思っているのですが、予告編を拝見すると、何だかあまりに非現実的でせわしない気がして、目がちらちらしそうで、んーでもこれはすごく売れているんですね。見るとやっぱりいいのかな。 私は割合アバターよかったかな。鳥に乗って空を飛べる感覚がわかるような気がしてとても気持ちよかったです。馬も一人では乗れなかったのに。 馬と友達になれるのもすごいと思うのですが、ナナハンに乗れる女性とか、 トラックかあちゃんとか、かっこいいなあ、と思うので、あの、何でしたっけ、龍のような生き物を乗りこなす時のアバターの原住民(?)女性の潔さ かっこよさ、憧れるなあ。
子供らがちょっと頼もしくなってくると、弱気が出てきたかもしれない。
しかし今はまだ道半ばだ。まだ弱気になっている時ではない。
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褒めてもキレる女心の不思議という記事がありました。今日のお茶美味しいと言われていつものお茶はおいしないのんか?!と怒るのは、平和過ぎるのか煮詰まりすぎているのか。
私は一瞬、最初の夫と結婚していた頃、よいしょは丁寧に、と叱られたことを思い出しました。 私としては、惚れた亭主だったので、決してお世辞を言ったつもりはなく、感じたとおりに言っただけだったのですが、彼はある痛手を負っていたせいかあるいはそれとはまったく関係なくか、私より複雑な心理状態になっていた時期なのか、根が単純な私の言葉は何か粗雑な励ましでしかなかったのかもしれません。
そして、私自身も、褒め言葉がけなされるのよりも素直に受け取れなくなっていた時もあるわけです。
それにしても、まったく善意であっても、女心に限らず、何かの逆鱗に 触れてしまったりする時もあるんですよね。それは、それ程大事に受け取らずにやり過ごした方がいいのか、なんでそんなに怒られなくちゃいけないのさ、と怒り返した方がいいのか、などと思ううちに、時は過ぎていたのでした。
人に好感や愛情を持つと、長い間には、苦しい事もあり、どうすればいいのかどうすればよかったのかとくよくよし、それでも、たいがい今となっては、後悔しても仕方が無い事態ではありますね。
高麗の首都の開京(現在の北朝鮮の開城市)の礼成江河口の国際貿易港だった碧瀾渡でアラビア商人が賑やかだった。『高麗史』の記録には1024年(顕宗15年)と1025年(顕宗16年)、1040年(靖宗6年)に大食国(アッバース朝)の商人らが高麗に入朝し、産物を献上したと記されている。高麗はアラビアから水銀・香料・ガラス工芸品・珊瑚を輸入した。この時代に高麗の名称がヨーロッパに知られ、アラビアの商人が高麗(コリョ)を「コリア」と呼び始め、今の朝鮮を指す英語表記「Korea」になった。 うぃきぺぢあより
Koreaと高麗とが私の中で繋がっていなかった。へええ、そうなんだ、ということばかり。 高麗人参って有名ですが。これはもしかしてkorean carrotで通じる?
ところで、昨日百済観音さんを拝見いたしました。左手に水瓶を持しておられる。法隆寺の百済観音さんでしたかね。
水瓶とは、水筒のようなものでしょうか??
ようこそという言葉はきらいではない。でもいらっしゃいませという日本語があまり好きでない。どうしてかな。
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同じ民族なのに感情的に反目してしまうというのは気の毒な気がする。
でも考えてみれば人というのはどこの国でも、親子だから夫婦だから兄弟だからといって仲がいいと決まっているものでもなく、むしろ昔から色々な確執が確かにあったのだ。 私自身にだって確執はある。人の喧嘩の和解を願うのは結局自分の抱えている問題の解決を願う気持ちと同じところから出ているかな。
炊飯器でホットケーキ作ってみました。膨らし粉なしで。やっぱりふっくらはしなかったけど、まずくは無い。
私は北朝鮮には何の義理もないんですが、北朝鮮軍が故意に韓国の船を攻撃するなんて考えられない。
父と母の一人っ子に生まれる。
それにしても子供の頃が懐かしい。寒い冬、毎朝灯油ストーブに灯油を入れたこと。火事なんて起こさなかったものね。
つまらない世の中になったと感じるのは年を取ったせいかな。
私も小さいかもしれないけど、みんな小さいな。
私なんてね、自分があいつより先に死んだらあいつの子孫にうらみたたってやるなんて思うことあるようになったの。あほらしいね。でも本当にあいつが私より先に死んだら、やっぱりさびしくなったりするんだろうな。しょうがねえな。くだらない。人がいいのもいい加減にしてよ。いっていいいよ。気持ち悪いから。あいつに私が義理立てする必要なんてないんだよ。私が生まれたのは私のせいじゃないんだ。もう金輪際あんなやつらに大事な私の人生を左右されてたまるもんか。これだけ尽くしてやったんだから、これで私が薄倖に早死になんてしたら、世の中間違ってる、というのが私の正直な感覚だ。
今日は晴天でした。
沖縄の人たちも、頑張っている。
私は何に頑張るか。
朝から九州ラーメン。卵とハムと葱と紅しょうが。それからミルクティーをマグカップで飲もうとしている。随分昔のティーバッグ。
でも、今朝は、最近の私的には、早く(9時台)掃除機かけたのが、近来まれに見る快挙。
8時か9時まで寝ているのが怠け者なら、9時に動けたら、少しはましじゃない?
でも、眠い。紅茶じゃ目は覚めないか?この眠さはコーヒーでも無理。
まだお昼だけど、眠りたい。欲も得もなくというやつじゃないかな。犬が散歩したいのは知っているけど。昨日は今頃朝ごはんだった。
食欲と睡眠欲以外に何もないの?そんなことないよ。私、頑張ってない? 頑張ってないと言われたら、悲しい。
頑張らない、けど投げ出さない、というキャッチフレーズがあったけれど、私は投げてはいない。投げやりと言われると悲しい。一生懸命やっている時に投げやりだと言われると悲しい。胸を鉛で締め付けられるよう。 でも確かにそれが実力。頭が悪いのか体が悪いのかよくわからない。確かに不注意なところはあるし。でも、何を注意する?ざるでなぜ悪い?何を持って武装したらいい?どうしたら心を守れるの? 私の大好きな金美齢さんは愚痴はお嫌いだし、うちの人も好きじゃない。 でも、ここにも愚痴を書いてはいけない? 親鸞さんは愚痴のままに救われていくのだとおっしゃらなかった? ただ善悪をはからわず、今度の一大事の後生御助け候らえと頼む一念の時 往生は一定御助け治定、 お母さんは般若心経写経したりしてたし、私もしたことあるけど、何でそんなことしてたのかな。こころに何のさわりもなく、尽十方無碍光如来、恐怖あることなし。ただ妄執妄念をとどめよというにもあらず。老若男女賢愚貴賎を問わず。ただ一心に我らが今度の一大事の後生御助け候えと頼む一念の時、往生は一定、御助け治定、この上の称名はご恩報謝。一期を限り申すべく候。って いうのにね。いづれの諸仏も捨てたもうたこの浅ましい私を特に憐れみ給ひて、弥陀の方よりきっと助けてやるぞ、と迎えて下さる無碍の光明。
おじいちゃんに会いたいなあ ちびまるこちゃん姉妹って羨ましい。おじいさんもおばあさんもご健在で。
なんて相変わらずうだうだ言ってしまうが、
ところで、私はサッカーには全く詳しくないけれども、川口選手のゴールキーパーは大ファンです。
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母が子宮筋腫の手術を受けた頃、私は母の目にまだ子供子供していた。今でもかもしれないが。 私の子供時代は母の子供時代や青春時代とはだいぶ違うものだったのではないかと思うが。 子宮取る前は駅の階段など二つ三つ飛ばして駆け上がれたと母は言っていた。それでもその後還暦までには、車の免許取ったり園芸や陶芸など、頑張っていたのにな。 母が私くらいの年齢だった頃は、もっとずっと柔軟で生き生きしていて、縄跳びだって二十とび三十とび沢山飛べたのにな。 私はもう少し独身でいて、そして、もう少し、ゆっくりと、母と過ごしたかったなどと思う。何の目的もなく、父と母の仕事先の住まいを訪ねた頃の、炬燵に入って共に時を過ごしたひと時とか、これからしたいと思ってもかなわない一期一会だったのかな。
子供の頃、もっと健康になりたいともお金持ちになりたいとも思ったことなかった。だけど健康に生まれたいな。
思いっきりかけっこしても病気にならないからだ。自分の限界に挑戦できる健康。欲しい。
昨日は上海キッチンという近所のレストランでお夕飯でした。美味しかったです。私はあんかけ焼きそばと酢豚を頼みました。それから、サンザシ酒というの。さんざしって聞いたことあるお花の名前、どんなだったかな?と思って。 食事の器、気分転換にちょっと新しいのも欲しいなと思いました。同じお料理でもね。 東京に比べると人が少ないと感じていたけれど、やはり人里。母の日ともなると、私などよりけっこう年配のおかあさまを囲んだ大家族のテーブルでどこも一杯のようでした。 ここでは映画館などかなり人気のものでも、有楽町の映画館ほどには列ができないけれども、なにかあるとけっこうどこからともなく人がわいて出てくるものだななんて失礼(?)な感想を抱いておりました。
お腹一杯頂きましたが、近場で無理が無かったせいか、体調もまあまあ。 今朝は私はゆで卵と玉葱スライス人参ドレッシングとご飯、青汁ホットミルクです。
なんてゆっくりしている場合でしょうか。お腹の脂肪はエネルギーのタンクです。これで、腹筋が何回できるか数えてみるのも一興です。からだがどのくらい柔軟に俊敏になるか調べるのって、今からでは無理だと思う?
ところで、さんざしって西洋さんざしはホーソンといいますね。さんざしの実は心臓の病にいいという説があります。
私は学生の頃英文学を齧ったのですが、どうしてホーソンという言葉が耳に残っていたか、ナサニエルホーソンって英国ではなくて、アメリカのピューリタン作家だわ。緋文字っていう小説、そんなことあるの?っていう感じの内容で、不思議な社会に見えました。
斎藤茂太さんのご本を読んでおりまして、50代以前の中年層に多いのは、無気力型欝で、50代以上に多いのが、いらいらの不安焦燥型欝だそうです。 私は49なので、これから、不安焦燥型に移行するのでしょうか??
キャベツと玉葱と人参とツナのコールスロー食べたい。
ギリシャになるなと言われたって困るな。どこだって長い間にはそういうこともあるかわからない。
今朝は肌寒いな。また風邪引かないように。結構ぽかぽか陽気だったのに。 といってもぽかぽか陽気でも風邪引いていたんだから何だかわからない。
外国でできた子供を故国に連れて帰ってこられる女性って羨ましい。
私子供を実家に連れて帰れなかった。嫁ぎ先に骨を埋める覚悟が裏目に出たんだ。
普通日本では自然に母親が親権取れるのに、どうして私は取れなかったの?
私の心身の被害はどうして補償されていないの?裁判を起こすお金なんて どこにあるの?
雪女の情念が私にはわかる。
子供に何か不幸な事があったら絶対許さない。
この次は絶対初孫に生まれたい。
私は民主党には投票しなかったけど、鳩山さん言われるほど頭悪いとは思わない。60歳になってもお母様がご健在なのは羨ましいけど、いいことだ。 だいたい政治に期待するのが間違いだ。できたら自分自身に期待した方が いい。
やっぱり食後は眠った方がいいのか。
でも夜中徹夜したわけでもないのにこんなに眠ってしまうのはおかしいな。 やっぱりできれば一ヶ月くらい断食して点滴か何かで休みたいよ。
この世に人権なんてどこにもないんだ。少なくとも私は見たこと無い。
そんなに悪い人も見たこと無いけど。
一日昼間起きていると、次の日はどうしても一日眠らずにはいられない。
パートが続く人っていいな。家や実家におじいちゃんやおばあちゃんや 親がいてくれるといいな。
上昇志向に欠けてしまうことがあるのは、努力が報われるかどうかではないかと思う。頑張っても自分の真心が砕かれてしまうような経験から立ち直るのは難しい。すべての考え方を理解し網羅したからうまくいくのかどうかもわからない。でも行き当たりばったり精一杯だ。
昨日は、夕方犬二匹一緒に散歩に出ました。
ご近所の愛犬家の方々と言葉を交わせてとても嬉しかったです。
ただ、体力は、大変に落ちています。
弱音を吐かず、鍛え直していかないと。
おとうちゃまが同僚の方々と飲みに出かけたので、お夕飯はパスしました。 お腹も日曜日しないと、ほほほ。
お夕飯一回お休みすると、体重500g減ります。胸焼けや腹部膨満感というのからも開放されるし。
昨日の夕方は最初近くの空港まで自転車でどのくらいかかるか出かけたくなってジャケットを着たら、犬たちが散歩だ散歩だと騒いだので犬の散歩にしたのです。
菖蒲買いたいと思ったけど、携帯どこかしら。なしでいけるかな。蓬の柏餅とか。
本の整理したいなんて思いながらまた性懲りもなく二冊も買ってしまった。しょうがない。買ってしまったんだから、読もう。私が読んだってたいしていいことないのに。でも、読書は夢を見ること、楽しみなのだ。
本の整理。したい。本箱乱雑になっている。
vicious circle
When the solution to a problem creates a similar problem to the original one, or makes it worse, so that the process starts all over again, the situation is called a vicious circle.
►"I borrowed money to reimburse Paul. Now I've got to reimburse the bank, with interest. It's a vicious circle."
キロロの歌が結構腰痛に効くかも?と思っています。
和服を包むカバー、なんというんでしたっけ。
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