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2005年10月31日(月) 小学校の展覧会と演奏会 携帯友達

 風が肌寒くなってきましたね。

 昨日は子供の学校の展覧会でした。

 朝のうちは雨降りかと思っていましたが、晴れました。

 人数的にはすごく大盛況でした。もっと閑散としているだろうと思って
いたんです。

 だから、息子たちの演奏に拍手をして下さる人も少なくなくて、大変有難かったです。

 展覧会もっと見て回りたかったなあ。

 子供はまだ将来の夢はないということです。

 確かに将来に夢が描ける人っていいなあと思います。


幼馴染の女の子(小学校中学校が同じ東京都内の区立の小学校です)から
携帯が新しくなったと連絡がきました。
 彼女の娘さんの気に入った携帯に決まったらしい。
 それが私の携帯(これは主人の好み)と同じ機種だったので割安で通信できそうです。嬉しいな。
 彼女は3人姉妹の長女だけれども彼女もご両親をなくされてからだいぶたつので、ちょっといくらか似た立場のところがなきにしもあらずということで。ほんとか?
 だから同じだというわけではないけれど。
 ま、とにかく嬉しいのです。


2005年10月30日(日) 風力発電が自然保護団体から反対か

 物事には両面ありますものねえ。難しいんだな。


2005年10月27日(木) 整理されたホームページ

 それにしても、私は今どうしても整理されたHPを作ることができません。

 どうしてだろう?

 頭の中が整理されていないから。これではないでしょうか?

 私は昔、まったりしたこぉやなあ、しかし頭の中は整理されている、と
言われたことがあるらしいのですが。

 どうして整理されたHPとかブログとかができないのでしょうか?

 まずタイトルを作って、自己紹介、日々の日記、ゲストブック、関心のあることについて、と作っていけばいいことですよね。

 ところが、さて、何を書きたいの?自己紹介、私ってどんな人?とわからなくなってくるのです。

 何故かと言うと、変わるからですね。お天気のようにころころと変わるのですか?これは怖いけれど、例えば、恐妻家という旦那さんが存在するところを見ると、怖い奥さんってきっと私だけじゃないんじゃないでしょうか?
お天気屋、気分屋なのですか?困りますよね。
 例えば何があってもいつもにこにこしている人。これも信じられないと思うんですが、
 それにしても、もう少し、整理されないものでしょうか?

 色々なところに分散されてしまうんです。一つにして、その中を区分けにして、あとはリンクで、というように、人目でわかりやすいようにしたい。

ところで、本当に貧しい人は自分が貧乏だと考えたくないし、お金持ちほどお金をあまり使おうとしないような気がする。つまりお金持ちと言うのは、自分がお金持ちだとは考えていないのだ。つまり自分が貧乏だと言うことができるのは実はそれほど貧乏ではなくて。

 って、何を持って貧しさ豊かさと言うかもわからないことがありますが。

 私の個人的な知り合いに資産額の高いことで有名な人は一人もないと思うので、お金持ちのことはわからないのですが。まあ知り合いのことを知っているかどうかもわからないし。
 しかし、多少の小金を持っている人は、自分が金持ちだとは考えていなくて、貧乏だからもっとお金があったらいいなあと思っているような気がする。
 しかし実際莫大な財産を築いてしまう人というのは、実は内心財産をためようなんてことはちょっとも考えていないうちにたまってしまったような人もあるのではないでしょうか。違うかなあ。

 私は自分が働かずにただ夫の汗水の給料の範囲内で何とかならないかと
考えているものなのですが。だから、夫の心身をだましだまし長持ちするように使わないと、夫の体がなくなってしまうと、いかに夫の魂は不滅でも、
かなり困ってしまうと思います。実に困るのです。今の夫の生命保険なんかではとてもとても足りません。夫の体がなくなると困るのです。主人の体が
私の打ち出の小槌なんですからね。資産とか年収とかがうちの主人よりも
多い人は多くて、ほとんどそうな気もしますが、そんなことはどうでもいいのです。例えば今時のお金持ちそうなほりえもんさんの妻だったらいいのか?いや、ほりえもんさんは、一方的に言わせて頂ければ、体格ががっしりしていてなかなかハンサムだし、考えることも面白いし、頭も悪くないし、かわいいところもあって、悪い人じゃないなと思うけれども、しかし、やっぱり私には今の夫の方がいいのです。何故かと言うと、今の夫は、実父とほどではないけれど、20年ちょい養ってくれた実父に次いで、今のところ一番私と長く付き合って食べさせてくれている人であるからです。そこには、夫が私に耐え忍んで頑張ってくれているということもあるけれども、私自身の
働きもあると思えるところもあるのでありまして、だからいいのです。夫は
私にお金をどう使うか意見を聞いてくれるし、私も、夫の汗水のお金を使わせてもらっているという負い目があるから夫のことを考えるようになりつつ
あるということで、実父のもとでは養われていることが当然だと思っている
子供だったけれども、夫との生活では、それが当然のことではなくて、実に
恵まれているということをひしひしと感じざるを得ないから、自分はどうしたらもっと良くなれるかどうすることが恩返しになるのかこれでも必死で悩んでいるところに意味があるのです。いかにぐうたら悪妻愚母であっても。
だから自分にキャリアがあるかないかとか、経済的に独立しているか否かとかいうことは今はどちらでもよくなっているのです。勿論私がいわゆる主婦以外の母親として以外の仕事を持ってバリバリ働ければそれもいいなと思う
けれども、そうでなくても管理だけでも十分意義はあると思っているのです。子供がどういう風に考えていくかは子供のことなので、子供の配偶者の人とかパートナーとかとの兼ね合いは子供やその関係の人とまたそのつど考えていかなくてはいけないと思います。それには、例えボケ老人と思われるようなことがあるとしても、本当にぼけているわけにはいかないと思うのです。その時その時が新しい時だし。
これじゃ甘いかな。
やっぱりお金は貯めていける方がいい。子や孫にお小遣いを渡せないと惨め
ですよね。せめてなるべく迷惑掛けないようにという気持ちが相手に伝わるような心持で暮らせていないと困りますよね。
ああ、なにをいってるんだかわたし。


2005年10月26日(水) なぜ台湾が勝訴で韓国が敗訴?

 現在台湾の人々は日本の靖国参拝に理解を示しているし、韓国の人は
示していないし、私の父は台湾で生まれたので、私自身は台湾の人の
日本に対する度量の大きさ(?)を感じるけれども、しかし、それでも、
台湾のはんせんしびょうかんじゃのひとたちが勝訴で、韓国の同じ患者さんが敗訴というのはおかしいと思います。韓国の患者さんの受けた仕打ちは
酷いと思います。

 話は変わりますが、自分の子供を死なせてしまうなんて、これも気の毒だな〜想像を絶する
 
 やっぱり私は恵まれているんだな


2005年10月25日(火) 私的反省 並びに 小泉首相と中国の指導者

 いつか郵便ポストに、駄目なものなど一人もいないという真言宗のお寺の
パンフレットが入っていて、そうだ、駄目な人など一人もいないんですよね、と思ったのですが。

 また、だめなものはだめなんだ、きにするな、悪く思うな、といった
主人の祖母の言葉がこだましています。

 大きなことで落ち込むことは少なくて、些細なことで落ち込むことが
多いかもしれません。しかし些細なことなのだろうか。やはり些細なことではなかったんですよ。反省します。

 反省するのは猿でもできるって?

 勿論だれかがそう私に言ったわけではないんですが。

 3時か。トイレに行こう。
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 私は日本人で小泉首相が嫌いと言うわけでもないですが、中国の指導者が
日本に敵意を持っているとは考えられません。日本はこんなに小さな領土の
国なんですよ。しかし日本に懸念を持っておられるだろうとは思います。

 首相が靖国を私人として参拝する権利はあると考えませう。あるいはまた
公職にありながら参拝する権利もあると考えませう。

 しかし、どうも首相も批判の矢面に立たされてお疲れ気味なのではないかというのが言動に表われているような気がします。

 日本はこんなに小さな国でありながら、その存在を認められているからこそ、公にあんなに人口も領土もある大国の指導者が、公に、一国の指導者として、首相に靖国参拝は控えて欲しいと頼んでくれているのだと思うです。
危ないことがあるからって。

 でも、中国の教科書にも、あれだけの大国ですから、国際友好教育も盛り込んで欲しいですね。
 それでないと、子供の世界の国々の子供たちと仲良くしようという現在の日本の教科書教育が、かなしくなっちゃうもの。
 んでも、英語サイトで出会った中国の女の子たちは、別に日本人の私に
敵対的じゃなかったですよね。優しかった。
 はじめまして、お会いできて嬉しいです、って言えば、怒る人はなかなか
ないのではないかと思います。でも気後れすることもありまして。顔が見えないと何を考えているかわからないから、何か明るく挨拶した方がいいと思うのですが。

 でも、うちの息子は、挨拶して頂いても、何となくぶすっとしかしていないことが多かったような気がします。
 悪気はないんですけどね。

 寡黙で悪気のない人も多いと思います。

 といって、息子も寡黙でないこともあるのでびっくりしたりします。悪い意味でではないんですが。成長の過程と言うことで。私も。

 


2005年10月24日(月) 未熟

息子はボンゴという打楽器と、オルガンのような鍵盤楽器をしています。

土曜日の練習の時に、ドラムの人が応援に参加して下さいました。息子は教わっても今はまだ全然その方のおっしゃるとおりにはできないので、無視してやっているんだと申します。その方の演奏については流石の一言だと申します。とても感じのいい大人の方です。息子は肩の力を抜きたいのだけれども、どうしても力んでしまうのだと言う。

日曜日の鬼太鼓座の和太鼓については、すごいすごいと息子は熱っぽく語りました。和太鼓の演奏を受けながら、脇でそれを聴く息子の表情が見られて面白かったです。

先週、息子の作文を少し読みました。以前より自分の気持ちを表現する語彙が少し増えてきたかなと思いました。むかつくとかいう言葉を使っていました。親としてはせめて腹が立つと書いて欲しいところですが、今友達の間で使われているのはやはりこれなのかな。とりあえず子供の気持ちの中がちょっぴり垣間見られただろうかと。で。

日曜日の午後には、自衛隊の音楽演奏もやっていたのですが、それは聴くことができませんでした。

演奏を聴きにきておられた人の駐車していた真っ赤なスポーツカーのようなBMWのドアの開き方が普通の車と全然違うとうちの主人が驚いておりました。


2005年10月23日(日) ライブ

 新潟放送というラジオの生放送のライブを見に行きました。

 夏川りみさんと鬼太鼓座というのがとてもよかったです。

 子供の演奏会の時に司会をして下さった女性アナウンサーのお顔を
再び拝見しました。鈴のようなお声の方です。

 会場の近くの業務用スーパーでもっと買い物したかった。

 昨年の中越地震から1年ということで法要もあったのですね。

 高速を走っている時に、雨の後の晴れ間に虹が見えました。


2005年10月21日(金)

本当に世の中には怖いことがいっぱいありますねえ


2005年10月20日(木)

おかあさんにあいたい 

明治のおじいちゃんおばあちゃんたちって元気で輝いていたんだなあと思う。台湾の人が日本人を励ましてくれる文献とか見かけるとちょっと嬉しい。おじいちゃんたちって割りとちゃんと頑張ってたんだと思って。父さん母さんも頑張ってたよ。

私だって、これはこれで頑張っているのさ。

でも頑張らなくていいの。頑張る必要なんてない。


2005年10月18日(火) ネット

 ここのところずうっと全然エンピツに繋がらなかったので、自分の日記には検索で繋げて、日記書かせてやっているだけで有難く思いなさいよ、ということなのだろうか、もうエンピツに登録している人たちの日記を読むことは私には叶わないのだろうか。。と寂しく思っておりました。もうあの人の日記を読むことは叶わないのだろうかと。やっぱり貧しさって辛いと。
一応小額でも月々払っているところは行けるしなあと。

 でも、名前(ニックネームですよね)で検索してみたら、一人の人のHPに
繋がって、その人の日記経由で、エンピツにも繋がったんですよね。自分の
日記のエンピツボタン押しても駄目だったのに。

 ネットの経路って不思議な気がしました。

 エンピツサイトを検索しても、繋がらなかったのに。

 ネットの不具合って何だか不思議だ。それとも今日の電波の具合がたまたま好調だったのか。


2005年10月17日(月)

土曜日、チャングムの誓い、2週目を見ました。


2005年10月15日(土)

昔を懐かしく感じるのはもう若くないからだと思うけど、もっと若かったらもっと違って生きられたかとなどと考えてしまう。

 実際3つの頃だって大変なことばかりだったのだ。

 いまだかつて世界が理不尽でなかったことなんて一度もない。

 だけど何とかならないかと思ってしまう。

 何とかなるさと思う。

旦那さんは元気そうだし、息子も風邪気味とはいえどうというほどではない。

 でも要するに生活は苦しいのだ。だから血圧が高いの。


 


2005年10月14日(金)

何かせずにはいられなくなる時もある。

 何もかもできないのではなくて、自分の中でこれはしておこう、これは
しなくてもいいかも、これはぜひともしなくてはならないわけではないけれどもしたい、というようなものがあるのだ。

 する気にならないのはしないほうがいいからかもしれない。


2005年10月13日(木)

夢を見たい。

3歳の頃に戻りたいな。


2005年10月11日(火) コスモス

不安にもきりがないし、駄目な道にもきりがない。

おーらいおーらいと言ってみたい。自分の感性を信じることに慣れていないので、例えば車を運転する人を誘導するのに、バックオーライオーライ、と
言おうとして、どうなっているのがオーライなのか迷ってしまいそうなところがある。

恐れずに背筋を伸ばしてしっかり見よう。本当に駄目なのかどうか。

道端にコスモスの花が咲いています。10月か。今頃の季節だったのかな。コスモスの花の頃のあのこを写してくださった。


2005年10月10日(月) Jesus

Come to me,all you grown weary and burdened,and I will refresh you.
Take my yoke upon you and learn from me,for I am gentle and humble
hearted,and you will find rest for your souls;for my yoke is easy,
and my burden light.--Jesus(Mt 11:28-30)

I was very impressed by these words when I first saw them on a board of a church.I was 20years old or so at that time.

It seems extraordinary that a man says that he is gentle and humble
hearted himself.Most people are aware of their own rudeness.He could
believe in his gentle and humble heart.This is incredible.Yet He loved and forgave those people who were not so gentle nor humble
hearted.He could understand their sad burden.

These words are so charming to me I wish I could say the same thing
to other people.Even if only once!Yet I do not think I can ever say that.

I want to create a person like this in some story.A girl who says
words like this.But I imagine she might meet great hardship.Can I
let her alive again? She has to be alive in the end.

Certainly there are good great people here in this world too.
Now I believe that I do not have to think I am so bad because I am not so great I always have been choosing what I had better do.


2005年10月06日(木)

こっそり馬刺しを食べてしまった。しかもにんにくと。絶対ばれるぞ。
牛乳飲んでも消えないかな。だって半額だったんだもの。

左肩と左顎が治るといいなあ。歯医者さんに行くか。

パウロって最初クリスチャンを迫害していた人だったかしら。

ご飯は炊いたけどおかず作るの面倒くさい。

今日は木曜日か。眠たい。あと20分眠ろう。

闘いたいというもーちべーしょんがわかない。でも時には噴出してくるものもあるだろう。

そういえば、金魚が一匹参っている。

息子はそのことに気をもむようになった。


2005年10月05日(水) 電力

風を通して掃除ができたのはいいが、炊飯器とトースターを同時にすると
切れてしまう。二回ほど椅子に上ってとんだヒューズを元に戻した。
 風呂の湯も夜間電力だから限りがあるのかもしれない。


2005年10月04日(火)

gíve・awày
━━ n., a. うっかり口をすべらすこと; 思わぬ証拠; 〔米話〕 試供品, サービス品, 賞品[賞金]のあたるラジオ・テレビ番組 (gíveaway shòw [prògram]); 捨て売りの.


・at giveaway prices ただ同然に.

 今日は火曜日か。

 今日揚げてみたドーナツはうまくできた。

 首の体操をしないと。首が回らなくなるとよくない気がする。

 あなたは首まわりますか。私は今やってみて一応まわりますが。結構
ぽきぽきいいます。

お昼寝しとこうかな。

 すぐ結論を出そうとしないようにしよう。

いつかものが言えない女性が、野の花をプレゼントしてくださった。
きれいなやさしい清らかな表情の人だったなあ。

 明日には炉にくべられてしまう野のゆりをもこのように装ってくださる。

 だから明日のことを思い煩うな。

 ただ善悪をはからわず

 無心って何だろうとと問うところに無心はないか。

 生死の問題から離れるために慈悲深い御仏にお頼みすればきっとよくなる
という。安心して生きていけるように。

 イエス様は死ぬ間際に十字架の上で神様は自分を見捨てられたかと思われたの?でも神様に身をゆだねたの。

アッラーは偉大なり。

 世の中はみんな繋がっている。

 みんな一つじゃないの?みんな同じ生き物じゃないの?


2005年10月03日(月) モーチベーション

 イチロー選手などは常にこれをもち続けていたい人のようだし、きっと
自分なりの目標とか夢の実現への希求というのは人をして駆り立てる一つの大きな要素なのだろうと思う。

 私が第一義としてしまうのは、食欲と休息欲といくばくかの哲学的な好奇心、基本的に人間嫌いではないけれども、社交性をフル回転という生活にもちょっと心身にしんどさが先にたつ。

 要するに、あまちゃんとはいえ、今日まで私なりには生き残りが先決であったのだ。

 私は家業を継ぐことを期待されて育ったわけでもなく、気に入った人があればどこへなりともいくがよいという空気の中で育ったので、のんきにしていられる場所に何よりも惹かれるのだ。

 いつもしゃかりきに働いてそれなりのステータスを得るというのにも今ひとつもろくて弱い。何かを盛り立てていくというのも、食べていければとりあえずま、いいか、という感じで、おそらくかなり人間関係に不得手な恋愛下手でありながらかろうじて子を授かったのも、子に対して割合甘い夫に出会ったのも、私のこうしたどこといって取り柄のない今ひとつぱっと性格ながらかといってそこそこ高望みもできない体質に、神仏がまあしょうがないから何とか食べさせてもらえるように取り計らってやろうかと恵んで下さったところがあるのではないかと思う。

 そのようなくそつまらなさとはいえ、こういったぱっとしないながら、
すべての人がかみそりのように切れて燦然と輝くばかりであったならば、
目もちらちらとして疲れてしまうような状況の中では、それなりのよさが
ある場合もあるのではないかと思う。というよりも、私の状況が実情に合わないからと切られても、私としてはどうしようもないからだ。

 というような感覚だったが、しかし、本当に私にはどうしようもないのだろうか。

 日野原重明さんが75歳から新しいことを始めよう、愛し愛されること、
創めること、耐えること、というのを提唱されているのを拝読していて、
私の脳細胞もDNAもまだ開発の余地はまだあるかな、日野原さんの容量も仕事量も私には神様のようでとても自分には無理だけれども、でも私は私を生きることはできる、小さな私の少し萎縮してしまった体でも、まだ開拓の余地はあるかな、とまた期待しています。

 そして、日野原さんが、3年先のスケジュールまで決まっているということにも、感動しています。

 私はスケジュールなどまったく念頭になく暮らしてきた日々が多いです。
特に子供時代独身時代はそうでした。小学生の頃は日本中を歩いて旅したいと思って日本列島の地図帳を眺めた程度で、医学や人の命を救いたい人の心を救いたいと早くから目覚めて志された人のパワーや容量にはたいしたものだと目を見張るばかりだし、そうしたことに素直に敬意を明確に感じられるようになってきたのも、私としては成長という程度です。

 でもその程度でも、素直に感じられるようになってきたということは、おそらく自分ひとりの力ではなくて、それはその程度といいながらも、私にとっては奇跡的な道の開け方なのです。

 ローマは一日にしてならないように、モーチベーションがちょっぴり出てきたからといってまたへこたれの繰り返しだとしても、でも開拓したい。
柔軟になりたいです。

自分は大風呂敷を広げるが広げた限りはちゃんと後からそれなりのものを
用意するとおっしゃった方があって、それは20代の私にはとても新鮮な言葉でした。私の育った家庭ではそうした言葉はあまり聞かれなかったからです。せいぜいお前は自分に求めるレベルが低いと兄に言われた程度です。
 その人は大風呂敷という言葉を使ったけれど、嘘をついて人をだますことなどとてもできない誠実な人で、私の育った家庭もそうでしたけれど、私はそれを理解しながらも、言葉遣いに面食らったところはあります。その人はおそらくそれまでの私よりも色々と関心領域が広くて、世の中の色々な現実を私よりもよく知っていたので、私の知らない悲しいこともいろいろあって、そうした人として悲しまざるを得ないこと、気をつけなければいけないこと、あるいは気をつけていても思いがけなく陥ってしまうことなどが実際にあちこちにあることなどを、私よりも切実に感じていたから、そのような言葉遣いになったのだろうと思います。
 その人はただ、自分には無理無理と思わずにやったるでと思い自分なりに宣言したことを人を傷つけないように注意しながら実現していこうとするということを私に表現したに過ぎなかったのだと思います。

 その人と共に生きていくのは当時の私には無理があったのだろうか。私は
その人についていくのに、自分が何か色々と不足していることをそれまでよりも感じないわけにはいかなかったけれども、その溝を埋めたい欲求に貪欲すぎて、あさっての方向にきてしまった気がします。一つには容量や力が
足りなかったし今も足りないように思われます。
 
 そして今ではそうした自分を否定することもできないので、その人との出会いによって自分の世界が広がったことに対して感謝することしかできません。

 しかし感謝するということも、それ以前にはあまり私の念頭になかった、
それほどに幼かった。

 スポーツ観戦ひとつにしても、何ら生き生きと迫ってくる体験も乏しかった私に、短い間にも様々に語ってくれたことが、私に、自分にいかに外界に対してぼんやりと生きてきたかを教えてくれたのです。

 そのままでよかったのかもしれない。でも私は変わらないわけにはいきませんでした。

 そうだ。クラブのみんなのスナップ写真焼き増しして配るんだ。

 うちの旦那さんは自分のカメラでイベントの時みんなの写真を取ってあげて焼き増しして配るというようなことそうしたことを仲間内でしあっているようですが、そうしたサークルの楽しみに、意外に私は気がつかずに気が回らずにきてしまっていたところがあったんです。

あの人もきっとあの頃のままではいられなかったのかもしれない。

 でも私の心の中には、あの人はお誕生の頃や高校生の頃の面影を残して存在している。それが幻や妄想としても、消えないのだから仕方ありません。


2005年10月02日(日) 本日は雨でした

 にもかかわらず、頑張ってウォークラリーを開催しておられる人々もあって、素晴らしいなあと思います。

 私は今日は眠ってそれからご飯を食べるので精一杯でした。

 やはり雨にも負けず風にも負けずという心意気の方はおられるものだと
感じました。


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