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2002年06月28日(金) 日本画

あーまいったな。娘の父親だけじゃなくて実家の父の親代わりだった人だとか、パソコン通信で出会った人だとかが夢に出てきた。印象にあまり残らないものと
強く印象に残るものがあるのも不思議だな。思いがけずはまるものとそうでないものがあるのも。

実家に昔、雀の絵が描かれた日本画があった。それがとても好きだったことを
思い出した。雪舟が鼠の絵を描いてそれが生きて動き出すかのようだったみたいに、その雀も今にも動き出しそうだった。その絵をただ何も考えずに見上げていた
こと。夢に出てきたのはかなり沢山の雀が描かれていたが、昔実際あった
日本画に描かれていたのは、2,3羽だったような気がする。

今日はATMに人が多かった。

このあたり今日は青天だった。また曇ってきたかな?

そういえば、7月はまたTOEICのテストだし。習字の提出もしよう。

駄目でもともと。

そういえば、四天王寺で禅宗の僧侶の法要があるとかで、1000円札など出して蝋燭を1本買ってしまった。たいがい小銭しか出さないのに。なんていう僧侶だっけ?栄西じゃなくて道元?じゃなくて?忘れている。。亀が池でたくさん甲羅干しをしていた。けっこう大きな亀ばかりだった。


















2002年06月27日(木) 自然の力

やっぱりすきだなーとおもう。アイスバーをなめるみたいに。

求められたことを素直にすることにとても抵抗があるときがある。片付けといて
よ、わかってるわよ、と内心思ったり。

乳児があやされて笑い、はいはいをしたり、立って歩くようになる時、やはり、
そこには自然の力が働いている。

40になったとき、例えば私は目は悪いが、歩くことができ、そして、地図を
見てかろうじて地理をイメージすることができ、いろいろなことをしたいと
願うことができる。息は苦しいが。その人によってのびるところが違ってくる。

子供が父親と会話するのを喜ぶことができるし。

例えば片付けがしんどいならば、人に頼むこともできるのだ。自分で片付けられた時の気持ちよさもあるけれど。

そして、ここに感じたことの一部を書くこともできる。自分だけの力ではないけれど。これは誰に強制されたわけでもないのに何故書くのだろうか。生きるのに食べることが必要なように、伝えたい言葉を持つように、書くことは、例えプライベートなものでも、生のほとばしりだから。

苦しい時、もし小鳥だったらこんな思いはしなくていいだろうかと思うけれども。
鳥だって人だって必死できたと思う。

鳥にできて人にできないこともあるけれども、人にできて鳥にできないこともある。

海の中の生き物が陸に上がり、そこで生き延びようとして、からだが軽く羽を
持つようになるならば。牙を持って生き延びるもの。毒をもって生き延びるもの。

人が何百年何千年かけて飛行機やジェット機を作るならば。

生きている自分にも神秘がある。

何も考えずに委ねられる時。幸せだと思う。どうしてそういう時があるのだろうか。ただ和して感じたいだけ。回数を重ねるごとによくなる相手というのはとても貴重な気がする。でも、それだけでつながっているのかな?肉欲って精神と不可分
ではない。何も考えずに交わった?顔色を伺ったでしょう?孤独だったから欲しかったのだ。その受け取れるエネルギーのバランスは、やっぱり自分だけの努力ではないけれど。

全盲の人はどうして感じるのかな?心地よい音、安心な雰囲気を。

ヘレンケラーはどうして受け取ったのかな?サリバン先生の伝えんとする意志を。

そういえば、ドイツブラジル戦は日曜か?

ドイツとブラジルってやっぱり雰囲気違うなーーー。大分に。

頭寒足熱ってそういえばこの間頭に砕かれた氷乗せてたのになあ。

何と私よりだいぶ上の世代と思いますが、沢田研二さんの、おちていくのも
しあわせだよという気分で、上昇気流には乗れませんが、少なくとも守りたい
ものはあるということで。

それにしても、やっぱり要求されることは必要ですよね。

例えば家と学校との間の往復だけで、寄り道がほとんどなかった私に、車の
運転免許が必要と娘の家で言われたお陰で、どんなに世界が広がったでしょうか。
地理感覚が少しはできましたよね。免許の更新には執念を燃やせませんでしたが。

必要は発明発見の母でしたっけ。

今いられるところでよりよく生きなきゃ。

明日6時に出るとすると、5時45分に出るとして。

明後日に出かけるとすると、明日髪も切りたいし。写真も取ってくるとして。

忙しいな。

大阪旅行記もまだその4書きおわっていないというに。








2002年06月25日(火)

元気になりたいな。

レディホークという映画をケーブルテレビで見た。これは一応ハッピーエンドなんだけれども。

少なくとも悲しむ権利はある。ただ眠りながら生きていればいいの?のうのうのうのうのうのうのうのう

健康になりたいな。健康って何?健康じゃないの?

思い切らなきゃ。感情なんかに一生を振り回されてちゃ勿体無いよ。私はそんな
タイプじゃなかった。

習字の提出しなさいよ。何も考えないで下手糞だって構わないんだから。荒っぽくたって構わないんだから。始めたんだから提出しなさい。それから考えなさい。

うるさいうるさい。

Joy is a need and a physical power.


I want to be joyous.軽くなりたい。軽くして。

Joyが欲しいな。


2002年06月24日(月)

今日は子供の担任の先生の家庭訪問だった。

先生はとてもお心を砕いて下さっているんだなあと思う。

でもどうしても漢字の書き取りをしようとしない。

ハリーポッターの本を少し読んだ。

掃除は少ししたが、憂鬱だ。晴れ晴れすることってないかな。




2002年06月22日(土) 大阪旅日記その3 外国の人に話し掛けられた時

東京行きの夜行バスを待つ時間に、自宅に電話して、テレカがなくなるまでの間、パパさんに何かお話してと言った。おかあちゃん刺身沢山買ったでしょう、朝から刺身だよ、とパパさんが言うのが、私の買い物の無駄さを責められたような気分に
なって、だって本当にわからないんだもの、と言ったら涙声になった。疲れたの?
今立ってるの?ご飯食べたの?と聞かれて、お昼は食べた、お腹すいてない、と
答えたが、後で考えたら夕方だってオムライスを構内で食べたのだ。だからお腹が
すいていたのが原因ではないと思うが、また不覚にも涙がぼろぼろぼろぼろこぼれた。もうすぐだからバスに乗って帰ってきなさい、というパパさんの声とともに、
テレカの数字はゼロになった。
そのとき突然左隣から年配の白人女性が話し掛けてきた。ここは国内電話ばっかり
ね?とおっしゃるので、確かにそうだなと思って、国際電話がかけられるところを
探してあげなくちゃと思った。Wait a moment.I'll ask someone..と言って
側にあったお店の中に入って、国際電話がかけられる電話はないかと聞いたがわからなかった。店を出てまたその外国の女性に、They don't know. I'll ask-eh-
stationmaster or.....と言うと、その女性は、そうね、そうするわ、どうも
ありがとうと言って、息子さんとおぼしき若い男の子と共に去った。私はもしかしたら彼女はなきべそをかいている私を気遣ってくれたような気がして、Not at all.You are welcome.と言うのが精一杯だったが、本当にNot at allだな、と
内心思った。
その後私は交番を見つけて、交番のおまわりさんが戻ってきたところで国際電話
のかけられる公衆電話はどこかと尋ねると、そこからだいぶ歩く阪急百貨店に
行く手前にあるということがわかったけれど、その時にはもうあの白人女性は
どこにもいなかった。

バスの中でも涙が止まらなかったのだが、あれは何だったのだろう?

いつか明石の奥さんのところに泊まらせて頂いたときにも、帰りの新幹線の連結の
ところでそんなふうになった。

宝塚で娘の大叔母様にお会いした時は帰りも大丈夫だったが。

夜行バスで東京駅の日本橋北口に着いて、降りて切符を車掌さんに戻そうとしたら、バッグの中に見あたらなかった。それでごそごそバッグのあちこちをかき回している時に、アジア人らしい20代くらいの男女のカップルが車掌さんに八重洲口の場所を尋ねていたが、日本語はどうもわからない。車掌さんは出口は東京駅に
3つあるからどうのこうの、と日本語で伝えようとしていたが、何しろみんなバスに揺られた後の早朝なので、何となくぼやっとしている。私もバスの中でだいぶ
泣いた後だったのでげっそりとしていたが、JRバスの乗り換えのお客様は八重洲口にどうのこうのというアナウンスを思い出したので、そのカップルに、Where are
you going? Do you want to change the bus? Are you going to yaesuguchi?
と言うと、車掌さんが、出口は3つだから、わからないかなぁ、などとおっしゃる。それで、東京駅の建物を指差して、Tokyo station is only One station. You go around ,,,,Three entrances are there. Within 10 or 15 minutes.
と言うと、
15 minutes? と聞かれて、Not so long.と言ったら、Thank you と言っていたが、大丈夫だったかな、と思う。
もし自分の切符の問題がなかったら一緒にいけたのだが、まあ、カップルだから
やじきたでいけたのではないかと希望する。
結局私のバスの切符は車内の席にところにあった。

よく日本人の海外旅行でも、イタリアあたりに行って、道がわからなくて尋ねたりするときの大変さの話を聞くが、実際その辺を歩いている人は、自分が目的地に
到着できるかどうかで精一杯なので、交番などを探して聞くのが一番と思うが、
交番のおまわりさんもいつもその交番にいるとは限らないし、難しいな。

親切にするというのも自分がしっかりしていないと。

フランスの人は負けても仕事に勤しんで忘れる、と言っていたが、イタリアの人は
サッカーに負けたら経済の損害賠償とは、相当に頭に来ているんだなと思う。イタリア料理も好きだけどな。

取り合いよりも譲り合い。

学生の頃研究室で、クリスチャンの男の子が話していたことを思い出した。名前も知らない人だったが。
お互いに長いスプーンを持っていたら、食べ物を自分の口に運ぶよりも、相手の口に運んであげるほうがスムーズにいくだろう、とかいう話をしていた。

それにしても申し訳ございませんと言いながらコンビニ強盗というのも気の毒だ
けれど、倒産したら、破産管財人に任せるものではないのだろうか??

スポーツではやはり優勝は競い合い取り合い、ボールは奪い合いだろうけれど、
右の頬を打たれたら左の頬をも向けよという話もあったのにな。

少女漫画を思い出した。

まあこれでいいのだ。ノープロブレムだな。健康だし、食事は美味しいし。
申し分ないな。



2002年06月21日(金) 大阪旅日記その2 

会えたんだったら、ひとつ実現できたじゃん、第一関門突破だよ、とパパさんは言う。モアイ島の遺跡かと思ったら、モアイ像でしょ、と言う。

大阪城の夜景を眺めながら、たこ焼きを食べた。10個300円というわけには
いかない高いたこ焼きだったが、別に惜しいとは思わなかった。

体育祭は曇りだったので涼しかった。オペラグラスが欲しかったなあと思う。
子供が出ているリレーを目を凝らしてみようとしたが、よくわからなかった。
戻ってきた時、ああ、走った走った、とにこにこしていたので、きっとちゃんと
走っていたのだと思う。

ダンスがきれいだった。

お友達と一緒の写真をインスタントカメラをお昼休みに買って撮らせてもらった
けれど、ちゃんと撮れているかな?とてもかわいらしいお友達だった。娘はほかのお友達よりも割合ボーイッシュな性格に見えるかもしれない。

私は写真を撮るのが下手糞で、いつかデジカメで亀を撮ろうとしたときもピンぼけだった。

うちの主人(パパさんとも呼ぶ、とうちゃん、とかおとうさんとかとも呼びます、名前で呼ぶのは、プライベートな日記の中でとか主人を知っているほかの知り合いと話すときだったら、主人の名前で呼ぶことあるけど、面と向かって
主人に名前で呼びかけることはほとんどない。旦那さんと呼んでいたことある。
独身の時は、苗字にさんづけで呼んでいた)は視力がとてもいいせいか、写真を
撮るのは上手だ。

体育祭のホールの中で娘がいるクラスのどこに彼女が座っているのかどうしてもわからなくてちょっと疲れた。朝会っておいて正解だった。

昼休みにざるそばとソフトクリームを食べた。

公園で犬を2匹ほど連れて座って休んでいる人があって、私は犬が吠えたのに目をやり、その飼い主の人と目を合わせて笑うと、同時にその人も微笑んだ。

夕方4時ごろホテルにチェックインしてからすぐに8時ごろまでベッドで眠った。
それからたこ焼きを食べて指圧を頼んでから、湯につかり、また朝の8時頃まで眠った。
館内のフィットネスクラブで自転車漕ぎで体力測定したら、かなり頑張ったつもり
だったのに体力レベルは最低だった。それからまたゆっくりお風呂で髪を洗ったり
して、お昼過ぎに朝食券で割合しっかりした定食を取った。ごはんつぶには観音様
が宿っているのだと聞いたことがある。だから残すのは嫌い。でもお米研ぎながら
米粒が流れてしまうことがある。電気炊飯器の回りもすぐこぼす。下水に流れた
米粒はどんな旅をするのだろうかと思う。掃除機に入った干からびたご飯粒も、
パックごとゴミ捨て場に行ったら、そこで風化するのか土にかえるのか。

前日は曇りで涼しかったが、二日めは青天で暑くて参った。体育祭だけでその晩
ホテルに泊まらずに夜行バスで帰ったほうが参らずに済んだかも知れない。

着替えはそんなに要らなかった。荷物はもっと軽々したのがいい。二日め軽いサンダルを買った。

彼女も疲れたんじゃないだろうか。携帯が繋がらなくなったので、この次会えるのは私が骨になってからのような気もする。そんなこと言う人って長生きすんねんでと言われるまでもなくすごくそんな気はする。お互い様なのだ。

駅の構内で地べたにねそべっているホームレスの人が、私と一番近い人のような
気が一瞬したが、親しく言葉を交わすということはなかった。

また眠りたいが、写真現像しないのか?

また買い物へ行かなくちゃ、なんにしても今はオイルショックのときのような
パニックとはちがうが。




2002年06月20日(木) 笑顔 大阪旅日記その1

東京に戻る夜行バスを待つ前に、大阪駅の構内で、やっと公衆電話を見つけた。
何も話すことはないんだけど、テレカが使える間、何かお話して、とパパさんに
言った。

たぶん今回の旅行で得られたのは、娘の笑った顔を見られたことだ。
小さい頃の彼女の印象であまり彼女の笑顔って見たような気がしない。でも
待ち合わせ場所に彼女は早く来ていた。私も言った時間通りには着いたのだけど。
レストランの人がお待ち合わせですか?と尋ねてはいと答えた頃には、彼女は
席から立ってにこにこしながらこちらにやってきた。

そういえば、今日は高校時代の友達の誕生日のような気がする。電話したいなと
思うが、アドレス帳が見つからない。

うちのお父さんって冒険ができひんやろ、なんていうか、伝統を重んじるって
いうか。。と娘が言うのが、面白いな、と思った。そういうふうに思っているのか。と認識を新たにする。冒険かー、と思う。
以前、彼女の父親が、アメリカ人の女の子とつきあったことがあるけれど、体力
的にかなわんかったみたいな話をしていたのを思い出したり、学生の頃、東京の
どこかなかなかにもって柄の悪さ(?)で有名な場所に、ぼろぼろの格好で進入(?)したり、神戸のやくざの事務所に出かけていってやくざの人に褒められたとかいう話などを思い出した。古きよき時代の坊ちゃんの、まずはかわいらしい冒険というところだったのかな。私にはよくわからない。

でもとっさに私が娘に言ったのは、お父さんだって昔はけっこう冒険もしたのよ、
私はよく知らないけど、などという言葉だった。そういえば、今年になって最初に
電話をくれた時も、娘が、うちはやくざやから。。などと言っていたのがおかしな
気がした。

そういえば、彼女のおじいちゃまのお話では、彼が小さい頃、弟さんが怪我をした時に、おかあさんに電話で伝える時、今から話すことにびっくりしないように、と
前置きしてから怪我のことを伝えたという話、怪我をした弟さんに上着をかけて
やったりする、まだ小さな子供の頃に、彼はそういう優しい男の子だったのだ。
大人になって、張り手で吹っ飛ばされて憮然とした私も、彼のデリカシーを疑った
というわけではない。ましてそれを根に持って復讐するために知らないおじさんと
モーテルに行ったというのが本心だったら、どんなにか救われるだろう。

彼女は冒険を夢見ているのかなあ。
冒険とはどういうものだろう??

そういえば、ある人の息子さん夫婦は、いろいろ心身も弱いところがあるけれど、
出産年齢も若くないけれど、子供を産むのは冒険だけれど。。と考えながら出産
したとうかがった。

何を考えとんねん、と怒られるかしれないけれど、私が関西に行ったのも、男の子に触ったこともなく、結婚のことなんてまったく念頭になかった少女にとっては、けっこう冒険ではあったのだろうか。ほかにどういう道があったかと考えても、
京都の西陣織の後継ぎさんのお見合い写真はハンサムだったなとは思っても、その気にならなかったのだから仕方がない。

モアイ島の巨石文化の遺跡のようなスポンジの玩具を娘にもらって、ホテルでそれを抱いて眠った。彼女のお父さんの鼻は割合それに似ている。私の鼻はそれほど高くないが、彼の鼻はそれほど低くないのだ。その高いモアイの鼻をえいえいっと
へこますのが愛情表現なんて、しょうもないなと思う。でも、エクスタシーを初めて教えてくれたのは娘の父親だから、憎めないのはしかたなかろうと思う。

それにしても測定したら、体力レベルは最低だった。運動する前から脈拍数が100ある。また赤十字から血をくれと手紙がきたけれど、今はその気になれない。毎度のことだけれど、疲れたなんてものじゃないのだ。一生眠っていたい。

頑張らなくていい。神様はそう語っている。






2002年06月17日(月)

もう夕方の6時です。

学校用の水泳パンツは買ったし。10時には出かける。

バッグ洗ったんだけどな。

美容院行っておきたかったけど、仕方がない。


2002年06月16日(日) 兄弟と父の日

またイングランド勝ちましたね。そういえば、ベッカーと書いてしまったのですが、イングランドの選手はベッカムでしたね。

今、ポップジャムというテレビ番組を見ていて、楽しかったです。
佐田真由美さんとか、松本哲也さんとか、あと、あの女の人なんていうのかな、
いいなあと思いました。

息子が遊びに行ったお宅は男女こみの3,4人兄弟のお宅で、うちの息子は
とても楽しかったらしいです。楽しかったので、日曜日もまた遊びに来たいと
そのクラスメートの男の子に言ったらしいけれど、いくらこちらが遊びに
行きたくても日曜日はご迷惑じゃないかな、と思って、またにしたらと
息子に言ったのですが、でも、4人兄弟と聞くと、一人っ子状態のうちには
とても魅力的です。
ドッジボールなどをできたみたいです。ボールを受け取るのは怖い、逃げる
だけというので、私が受け取ってよ、と言うと、パパさんは、いいんだよ、
ドッジボールは逃げるだけで、と言います。
今日はテレビアニメを見ずにゲームの説明書のマリオだかなんだかの物語を
読んで面白がっています。俺様はどうのこうの、と読みながらくすくす笑っていました。そういえば、俺様日記というタイトルをネット上で見かけたような気がします。

4人兄弟という話題の流れで、うちは、二人だよね、と息子は言いました。
お姉さんが遠くに行っているんだよね、と言うので、あれ?と私は思いました。

確かに、息子に、高校生のお姉さんがいるんだよ、と時々話していたのですが、
8歳の息子は、私と今の主人との間に、お姉さんがいるのが遠くに住んでいる
という感じで考えていたのかもしれません。

確かに、どこにいるの?と問われて、遠いところ、と答えた程度だったかもしれません。遠くってどこ?西宮、というと、じゃあ、近くってどこ?と聞くので、
沈黙していると、東急ストア、という子供の理解だったのです。

それで、私は、今日は、おかあさんは一度結婚して、お姉さんを生んだけれども、
東京に戻って、またあなたのパパと結婚してあなたが生まれたのだ、と言いました。腹違いの姉弟だと言いました。あ、間違えた。種違いだ。お父さんが違うの?と息子は言いました。

そうかそうか。今日は父の日だった。先日いつの日だったか、父の日だと思いこんだ日曜日があったのですが、父の日のプレゼントは昨日か一昨日届いたのでした。

息子の父親であるパパさんのことではないですが、実家の父のことを私は信頼し
尊敬していました。おそらく今でもしています。
でも、いつか兄嫁に、この家には父親の権威が感じられない、自分の実家のおとうちゃんはもっと怖かった、と言われたときは、そういうふうに見えるものなのか、と認識を新たにしたことが思い出されます。
また他の人にはまたその人の目を通して見えるし、いろいろに見えるのですね。
当たり前のことなのでしょうけど、そんなことに驚いたりすることがあります。

そういえば、クリスティーナロセッティの検索で英国の詩人についてのHPが
繋がっていたので覗いてみますと、私が抱いていたイメージとはまた違った横顔を垣間見られます。
そのページでは、嫌世的な詩人、というか、引きこもり女性の元祖のような感じ
に書かれていた印象を受けました。彼女は英国国教会だったので、カトリックの
恋人との仲を諦めたとあります。

アメリカのエミリディキンソンという女流詩人なども、割合引きこもりがちな女性
だったと聞いた記憶があります。

思うのですが、外に出かけていかずにはいられない人があるように、引きこもって
いるのが合っている人もあると思います。その中間もありますよね。

なんだか設定が消えてしまいました。どうしてかな?わかりません。

設定したらまた出てきた。一瞬、みんな一斉に私を削除したのか、何かエンピツに
そぐわなくなって退会になったのかと思いました。
みんなそれほど暇じゃないですよね(^^;

今晩は、焼肉とキャベツの千切りでした。息子が、ねえねえ、こそこそばなし、
プレゼントあげたの?と私に聞きました。誕生日のときは、内緒だったじゃん、と
言います。あげたよ、と私は言いました。ねえねえ、ありがとう、って言った?
と息子が聞きます。すると、パパさんは、チューしたよ、と答えました。息子は
きゃっきゃと喜びました。

でもチューしたよ、というのは嘘です。
かなり高いシェーバーなのですが、これでは自分の髭は剃りきれないから、無駄だから今度から買う時は俺に言ってよ、と言ったのが本当です。でも、けっこういいやつだ、折角だからもらっとく、と言ったのが本当です。

そういえば、ブラジルと日本って日本が朝6時半だったら夕方の6時半なんですってね。obrigadaは覚えていたけど、おはようってなんていうのかな、と思って
ブラジル人だという女の子に聞いて教えてもらいました。

さて明日は月曜日か。


2002年06月15日(土) 揺れ

おはようございます。

サッカーで日本列島が揺れているらしいですが、そういえば、このあたり昨日地震がありました。かなり揺れたと思います。

とるしえ監督もすごいひとですね。

一緒に決勝にいきましょう、でも優勝するのは韓国よ!という韓国女性がとっても
素敵だったなー。

この勢いでアフガニスタンの援助もやっていけるようになりますように。

来週は傘持っていこう。フード付レインコートがいいかな。彼女は雨が降ると
頭痛がすると言っていたけど、あまり無理して疲れが出ませんように。

雨にも負けず風にも負けずなんとかかんとかにも負けずいつもニコニコ笑っている
そういう人に私はなりたい、ということで、今朝は雨ですが、朝のお散歩に出てこようかな。

そうだ。アルバムの整理をしよう。

あ、考えてみたらもう後実質二日だ。そろそろぽよよんさん、本気出すぞ。
本気出してこれかい!という悲惨な状況でもメゲナイんだからな!私は私さ。

パパさんに過労死したらだめよ、パパさんが過労死してしまったらうちは全滅よ
と言ったら、もんでくれたら大丈夫と言う。よかったー!まだパパさん専属の
マッサージ師を首になっていなかった。。。ふぅ。。。。

神様どうか助けてください。どうか私に彼女の走っているところを見せてください。どうか私が間違えずに行けるように力を貸してください。心細くなっても
泣いたりしないように助けてください。人に何か思いがけないことを言われても耐えられるように助けてください。どうか私に人の心を傷つけさせないで下さい。どうか人に迷惑をかけないように助けてください。どうか許してください。どうか私が私に残された仕事をまっとうできるように助けてください。ちゃんと彼女の走っているところを見てからここに戻れるように助けてください。ここに戻るまでに
疲れてくじけないように助けてください。私に力を貸してください。
私がくじけないようにたすけてください。普通に生活できるように助けてください。私が道を間違えないように助けてください。どうか私が人を困らせないように
たすけてください。どうか私に普通に生活できるように助けてください。私に
力を貸してください。私が人を驚かせないようにたすけてください。
でも私を休ませてください。休ませてあげようって書いてあった。疲れているものは私のところへきなさい、休ませてあげようって書いてあった。絶対書いてあった。

ディズニーのヘラクレスのお父さんみたいに、神様って明るくて朗らかなんだ。
髭が生えてて頬擦りされるとくすぐったいみたいなそして大きいの。そして
こぼれんばかりの笑顔で迎えてくれるんだよ。でも、ヘラクレスみたいな子ども
ならば?私には神様のところにはいけないのかな。
でも放蕩息子の帰宅をお父さんは喜ぶんだよ。放蕩娘は駄目なの?
でもイエスキリストは、なんとかのマリアを追い返したりしなかったんだよ。
イエスさまはそんなことは問題じゃなかった。
パパさんはお酒飲んで酔っ払ってもディズニーのヘラクレスのお父さんに似てた。
パパさんは私がどんなやつだか知っていたけど、ヘラクレスのお父さんみたいな顔して見たんだもん。体はあんなに大きくないけど、ヘラクレスのおとうさんににていたもの。ヘラクレスのおとうさんはヘラクレスを手乗り文鳥みたいに軽々と
受け入れるの。

しかし私も相当キテますね。一応今日は頑張って子供に牛丼を用意して、それから
水泳に行くために子供が自分で用意するのに、ちょっと布団の中から口出ししたり
しました。けっこう今日も眠ったんですが。

ところで、コウモリって哺乳類なんですね。知らなかったなあ。ドラキュラは
コウモリっていうけど、やっぱり哺乳類、人間とさほど変わらないですね。
え?かなりやっぱり違うか。

そういえば、昔中学校の校舎が夕方日暮れてくると、コウモリが出たような
気もします。

世界最小の哺乳類か。。。

ところで、クララさんの野菜スープダイエット、してみたいと思っているのだが。
子供や主人のことと別にして実行しようというと、かなり脳味噌が必要な気がする。

そうだ。生きているうちに脳味噌を使わないと。どうか私の脳味噌がもっと活性化
しますように。


2002年06月14日(金) 東山魁偉

ゆうべはこどもにご飯も作れずに寝ていたが、子供にお父さんに電話したらと
言ったが、いい、と言って早く寝てしまった。ご飯は少し減っていたので、食べたのだろうと思う。

何か駄菓子を買いに出たいと思うが、出られないうちに時間がたってしまう。

かんとりーまあむとか、すきなんだけどな。煙草を買いに出るのも億劫だ。

そういえば、今日は上の方の兄の誕生日だ。いくつになったのかな。51か。
まだまだ若いやんな。

東山魁偉さんの絵が好きだった。これは長兄の影響だな。

今息子が帰ってきて、友達の電話番号を聞いて遊びに行った。なんだか心もとない
気がするけれど、あまり親が心配しないほうが子供のためというきもするね。
今まで自分で友達と約束したのは一人だけだったが、今日は私の知らない友達みたいだ。交際範囲も広がってくるんだな。

スポーツだから仕方ないけど、なんだか開催国の日本があまり一人勝ちするのもなんだかという気がするけれど、スポーツは政治とは関係ないものね。

自然がいいな。

そういえば、うちの息子がお邪魔したお宅でお菓子を頂いたりしたらしいのですが、お家を汚したりしなかったかどうか心配になってしまいました。お菓子持参させればよかったな、と。小型ゲーム機だけ持って行ったのですが。
つい、すごく片付いているおうち?などと、息子に聞いてしまった。すると息子は、ちょっと失礼な言い方かもしれないけど、この家みたいに狭いおうちだった、と言うので、あら、それならいいんだけど、とちょっとほっと安心してしまいました。。。悪しからず。。。

















2002年06月13日(木)

今日は子供が早起きだった。

私も目はさめたが、これからまた眠る。

また目がさめた。午後2時だ。

そういえば、今朝は、父の日に頼んでおいたプレゼントが来た。

こんなに眠ったのに、まだ胸いっぱいにかなしくなる。

そういえば、リア王の悲劇にケント伯だったかが、ああ、胸が張り裂けそうだ、
いっそ張り裂けてしまえばいい、とか言って、帰らぬ旅に出たのであった、と
いうような最後だったかと思うが、

私は今さっき何をかなしがっていたのだろうか。




2002年06月12日(水)

今日は一日目なので腹痛も酷いし、不調だ。でも通勤定期代下ろしてきてよ、
髭そらないで銀行いけない、とか休日のパパさんが言うので、出かけてきた。

今朝はパパさんが息子を起こしたら、息子は眠いもので、寝ぼけて、冗談じゃない、いい加減にしろっ、とか叫んでパパさんを怖い顔でにらみつけたりしたらしい。
今は二人で他愛のないおしゃべりをしている。

何だか興奮して人の車を焼いたりした人があるらしいですね。これはやはり人のしわざというよりは、お猿さんのしわざじゃないですか?と言ったら、お猿さんが
自分たちはそんなことはしない、って怒るかな。

でも、私、息子が赤ん坊の頃、乳児検診で、ある医師に、動物育てているわけじゃないんだから、いや、そういっては動物に失礼だ、動物のほうがちゃんと子育て
している、とか偉そうなこと言われたけど、どうしようもなかったですもんね。あんな医者に何がわかる、と今でも思ってます。別に息子が赤ん坊の頃虐待したわけじゃないですよ。ただ乳をやった回数を覚えていなかっただけです。おむつの始末だってみんな私がやっていたんです。布おむつだって縫ったし。アレルギー体質付
の乳だったかもしれないけど、その偉そうな医者が私の子育てを手伝ってくれたか、夜泣きした時はパパさんの眠りを阻害しないように外に出ておんぶして何時間も歩いたんだ。乳をやった回数がわからなくても体重は順調に増えていたもの。
と思うわけです。でも天は知っているから構わないんですよね。

フランスの敗退はとても残念でした。でも、フランスってやっぱり憧れの国ですけどね。

今南アフリカとスペインが対戦しているな。

明日は木曜日か。燃えるごみ。






2002年06月11日(火) 熊、馬、悪魔、床の間、塚の間の来い

なにがなんだかよくわかりませんが、7月にもカラオケオフがあるし、8月にも
ある方の還暦祝いオフなどに誘われるし

煙草フォーラムで、来てね!というコメントを頂いたけれども、どこへ来いと
言われているのかわからない。

退会したフォーラムの責任者の人も、戻ってきてくれないと辛い、とおっしゃるが
メール書こうとすると

ほかのコメントを調べてみるべかと思うが、

パパさんの通勤定期代を下ろすのは今日でなくていいのか、

美容院にも行きたいが

とりあえず、チケット買ったので行くのが決まっている娘の体育祭は来週だ。

とりあえず、掃除だ。

そういえばイングランドのベッカーって人気者なんだってうちのくまパパさんが
言っていた。ハンサムではあるな。

ロシアのくまみたくなおじさんがニチロせんそいらいの屈辱だ日本が勝ったらサハリンをどうのと言いながら小さな男の子みたくな日本人をキスしまくっていた。
ウォッカなどののみっぷりがはんぱでないらしいが。

そういえば、高校生の頃だったか、今京都に住んでいる友人が友の会というのに
誘ってくれた。あのときに、ずどらーすとびちぇ、というのを知ったんだ。ゲームをしたりフォークダンスがあったりしたような気がするな。
陽気ないいひとたちだった。気落ちしないで欲しい。

今月は厳しいよぉとパパさんは言っていた。月末に出かけるので、ほかの同僚の
人に迷惑をかけないように頑張らなければいけない、と言う。

子供の水泳の水着を確認しなければ。

茶髪のおにいさんたち頑張ってるな。

パパさんが日曜日に、私の娘に、とプレゼントを買ってきた。べびーGという時計だ。おかあちゃんから、って言うんだよ、と言う。彼女の以前の写真にそういう時計写ってたと思うけど、ま、何か渡すものがあってもいいか、と思う。

何だか塞翁が馬。

VANTAGEという煙草を買った。優位という意味ですね。知らなかった。

来ました。31日目。まずは順調ですね。腹痛のためジョギングはやめますが、
散歩はします。

今日は火曜日か。

息子は学校から帰ってからまた水泳に行った。

また真夏日のようだが、窓を開けて風を通すと気持ちがいい。

お向かいのお宅にWELCOMEというお洒落なものが玄関に置かれている。
お花の植木鉢が倒れていたので、おこしておいた。でも、けっこう風が強いからなあ。お水あげればいいのに、と思う。

大阪駅の近くに朝7時半から営業の喫茶店はあるみたいだが、バスを降りて6時から1時間半どうしていようか?と思う。

瞑想をするという手もあるかもしれない。いかにも変なおばさんだ。チェックインは2時とすると、朝と昼は外で何かコーヒーでも飲むしかないかな。コンビニで
おむすびでも買えるかな。

早朝散歩だ。よいではないか。問題はどこをお散歩するか。すぐに大阪城公園に
行ってしまう、と。問題は、使える公衆電話があるかどうか。パパさんにテレカたくさんもらったけど、使えるかな。夜電話しなさいよ、と言っていた。また旅行記を書こう。テレカもまた変わるのだそうだ。何だか疲れそうだな。大丈夫。時間なんてすぐたつよ。5時のメロディが鳴った。

子供の学校の予定は。来週水泳が始まる。

入梅か。傘が要るかな?私は雨も好きだ。

四天王寺って日本最古のお寺なんだな。歴史で習った様な気もするが、実際の
イメージとして、よく知らない。体育祭の後で見学したい。聖徳太子さんか。

そういえば、娘の父親が、今使っている数珠は真宗の数珠とは違う、とか言っていたが、いろいろむずかしいんだな。鼻つまみものを自称していたけど、HPを見たら相変わらず悪くなかった。

私の祖母の葬式は真言宗だったが、四天王寺も真言宗のけがあるのだろうか?

主人の故郷のお寺には、早寝早起き、というフレーズがあった。それで彼は
早起きを崩さないのだろうか?あれは禅宗だった。墓地が広大だったな。
 
笠原一男氏の詳説日本史研究(山川出版)によれば、仏教興隆の詔が出されたのは
594(推古2)年のことだ。そして、都の飛鳥を中心として、にわかに重層瓦ぶきの大陸的異国的な寺院の造立が盛んになった。難波の四天王寺は聖徳太子の発願によるものなんだな。法隆寺もそうだ。飛鳥寺法興寺は蘇我氏の発願なのだな。
遠くギリシアの影響まで受けているらしい。現存の木造建築としては世界最古のものらしい。

秋田の真宗の後継ぎ娘さんとこにも幸あれ。彼女の幼なじみの病気が回復しますように。

暑くなってきたので、トイレのカバーをブルーのイルカのに変えた。


2002年06月10日(月) ジョギング

仕事を気持ちよくやること。

あ、もう月曜日。水泳の用意大丈夫かな。

またジョギング行こうかな。行こうかな、ではなくて、行く。
やせはしないけど、やろうと思って果たすと気持ちいいしね。

そういえば、いつ頃ジョギングしていたのだろうか。冬の間だな。霜が降りたり
していたっけ。

私がこんなに気落ちしているのは、たぶん、ポギーとべスが大変に好きな人と
お話できなくなってからだろうな。でも、仕方ないよ。
お元気かな。いつも晴れ晴れの人だもんね。元気に決まっている。

おはようございます。久しぶりに朝の散歩をしてきました。50メートルくらいは
ジョギングだったと思うのですが。後は歩きでした。できれば明朝もしたいです。

蓮の花が咲いていました。ふう。








2002年06月09日(日) 目に青葉

おはようございます。

今朝もこのあたり青天です。朝の一服が最高。

今日はどうするかな。

通信を始めたときからお世話になっていたところを退会することにした。

なるほどなあ。あの人があのときああいうふうになっていたのはこういうことだったのかなあなどと思ったりする。ま、ひとそれぞれ事情が違うでしょうけどね。

それにしても新緑が美しい。

いよいよ通じなくなってきたなあと思うけれど、なにもかにもがただなつかしい。

思えば私は昔からこんなだったのだ。昔から私の日本語は通じなかった。

私みたいな主婦は一人じゃないと思うけどね。

うわっ、悲惨なニュースを見てしまった。気の毒だなあ。80になって息子を
夫婦して殺さなければならないなんて。どうしてこういうことになるのだろうか。
他人事じゃないなあ。

それにしても、やっとなんだかこの頃自然になってきたような気がするなあ私は。
5年10年とその家の人になっていくんだって娘のひいおばあちゃまの談だけれど、あの家の人にはなれなかったけれど。

パパさんは以前派遣社員だった北海道出身の彼氏と競馬の話に興じている。

さっき、水槽を3つともきれいにしてくれた。

ショコラという映画をケーブルテレビで見た。あ、これ、いい映画だよ、とパパさんが言ったのだ。見たら、本当にいい映画だな、と思った。

ロシア戦か。まだどちらも点数入っていない。

ゆうべのカレーは久々に美味しいと言ってもらえたので私は機嫌がいい。

夫婦生活もゆうべはまた新鮮だったし、それに愛されている受け入れられている
安心感を感じたな。

何するにしても動作が重たいので、もう少しやっぱりスリムになりたいけれど、旦那さんに愛されていると信じられるときは、自分が不細工には感じられないので感覚ってわからないものだ。


2002年06月08日(土) resereved

おはようさん。

その昔、イギリス人はreservedな性格だとか聞いたことがあるのですが、
やはりイギリス人だって勝つのは嬉しいんですね。勝っても、うむ、ま、
勝ったな、とポーカーフェイスで、無表情だったらかわいくないかもしれませんね。reservedなのは性格というよりも、やはり何か面白くないことがあったのかもしれませんね。その昔は海賊だった、というお話もありますもんね。北欧だって
バイキングとか言いますね。

それにしても、アルゼンチンはこの間だいぶ経済状態が大変な様子でしたが、
だからってやっぱりスポーツはスポーツですね。アルゼンチンも頑張って欲しい
です。

で、今朝は相変わらず私、さあ!朝だ!!張り切っていこう!!!というには
体が重かったのですが、つい、明るく朗らかに自分の務めを果たせる力を貸して
下さい、と神様に願ってしまいました。

息子がお世話になったお寺さんの講座では、仏教では神は必要ないのだそうですが、私はつい必要としてしまいました。

ええと、家の中きれいにしたいし、きれいにもなりたいし、ということで
からだを動かしませう。

あーあ、他人の問題なんかに首を突っ込むつもりなんてなかったのに。
まったくしょうもないお人よしのおばちゃんだ私って。幸先悪いな。だから
宗教なんて勉強したってしょうもないって言われるのよね。
どうか面倒なことになりませんように。
これというのも、22歳の真夏の夜に非常識な兄の電話に出てしまったのが運のつきだったんだわ。あの兄は自分が一度里子に出されたことがあるからって僻んで
何も知らないで眠っていた私の顔の上に猫の爪を突き立てたり、女を不幸にするような人に妹を押し付けたりしたんじゃないかとか言いたくなっちゃうわ。
しょうもない。

それより、棚を買いたいわね。

ひき肉でカレーを作りました。というか、作っている最中です。
ニンニクの香りぷんぷん。セロリも入っているし。玉葱、人参、ジャガイモ。
あと少し煮込んでルウを入れます。入れました。
なかなか美味です。
家族がいなければ、お腹すかなければ食べなければいいのですが、子供がいると
そうもいきませんね。

そうだ。町会費の回覧回してこなくちゃ。
なにかと物入りだわ。

お二階のおばあちゃまも百円玉がなかったので、近所の薬屋さんでくずしてもらって、町会費を納入しました。おばあちゃまとお話していなかったら、見落としていたことがあったわ。しかも、近所の薬屋さんに行かなかったら、ゆうべパパさんが
明日買っておいてよ、と言っていたティッシュペーパーも忘れているところだった。危なかったわ。ご飯も炊いたし。もう8時だ。

あ、あれもしなくちゃ。家の中の仕事っていろいろとあるのよね。

そうだ。パパさんの定期券のお金もはねておかなくちゃいけないし。

Our Father Who art in heaven

Hallowed be thy name

Thy kingdom come

Thy will be done on earth as it is in heaven

Give us this day our dayly bread

And forgive us our trespasses

As we forgive them that trespass against us

And lead us not into temptation

But deliver us from evil.

Thank you for your giving us food.

Please give them who are hungry.

そういえば、アメリカが北朝鮮にお米を援助したらしいですね。
こういう実行力は尊敬に値しますけど。
ただ、やればいいってもんじゃない、ってときもありますね。
中東の方に飢えているひとがあるらしいということで空から食料を
投げてやったことがありますが、あれは差し上げるという態度じゃ
なかったような気もします。
でも、援助したくてもなかなかできないでドジを踏む日本に
比べると、実質的かもしれないとは思います。


2002年06月07日(金) にらめっこ

なにしけてるんだよ、おかあちゃんはこれからいいことばっかりだよ、とパパさんは言う。そんなこといってもね。

息子は、この〜〜〜〜このこのこのこの〜〜〜〜〜と私に怒りながら、顔が
笑ってしまう。

笑ろたら負けよって達磨さんにらめっこしましょでも言うでしょ?

掌を揉みしだいてくれと差し出されたパパさんの掌をしごきながら、やっぱり
このひとはキリストかほとけさまかと思う。でもだめ。イエスキリストみたくな
最後なんて耐えられない。やっぱり競馬の予想のときに私にトラディションって
どういう意味?とか聞いて、よーし、今週はこれだ、ふん、馬鹿だと思ってるんでしょ、いいんだよ、とかぶつぶつ言っているパパさんがチャーミングなのだ。

娘の父親も、政治経済の予想なんて男ってあほや思うやろ、ええねん、みたいな
すねた独り言を、私が何言ったわけでもないのに、つぶやいていたことがあった。

例えば、パパさんが林檎を嫌いな訳とか、メロンが食べられなくなった理由とか
を聞いて思うのは、林檎やメロンがパパさんに嫌われるのは、林檎やメロンのせい
ではないということだ。例えば林檎が美味しくなる努力を怠ったからうちのパパさんに嫌われたということならば林檎が美味しくなる努力も必要かと思うが、例えば
沢山林檎を頂いて、失礼のないようにそれを美味しそうに食べなければいけなかったために林檎が嫌になった、とか、アルバイト先で上役の人にご好意で頂いたご飯
をあり難く頂いた後トイレで吐き戻して以来、メロンやキュウリを食べられなくなってしまったというような理由というのは、味の良くないメロンに当たってしまったからという理由だったらともかく、まったくメロンの責任ではないのだ。学生の頃のアルバイト先で出たご飯のデザートにメロンが出てきたならともかく、出てきたのは魚類であって、その時体調が良くなかったからかもしれないが、魚類の今ひとつの香りとメロンの香りとがつながってしまう論理に、お魚もメロンが嫌いでない私は参加できない。しかしパパさんに出されたメロンが私の方に差し出されても一向に構わないのだ。でもどうかな?私も旦那にそれほどありがたがられないメロンをお下がりに頂いても、まあ美味しかったよ、という程度になってしまうかな。
いずれにせよ、あるものに対する嗜好というのは、説明しようとしても論理的では
ないが、それでもいろいろ話してもらうと、パパさんの若かりし頃の姿が彷彿としたりするという面では決して無意味ではない。

それにしても、このところ私は、さして好きでもなかったスイカをわざわざ買って
原始人同様かぶりつく、うーん、スイカとは何と美味なものだろうか!と内心感嘆している。多少最近のスイカが改良されているとしても、私が好きでなかったスイカをこの上なく今好いているのも、スイカのせいではないのだ。

やっと買い物に出た。もう駅前のスーパーは閉まっていた。大通りの方のスーパー
に行ったが、お金が足りなくて半分返品した。

インスタントラーメンを作って食べた。栄養がどうの健康にどうのと言われることを考えると、インスタントラーメンがとても美味しく感じる。




2002年06月06日(木) パイナップルの缶詰

今朝割合涼しかったのですが、青空が出てきました。
また真夏日かな?

パイナップルの缶詰を一缶全部食べた。白いアスパラガスの缶詰もほとんど全部
食べた。

大阪行きの切符も買った。

で、私は何をしに行くのだろう?

祖母の日記には事務的なことしか書いていなくて、感情については何も書かれて
いなかったと父は言っていた。

母は日記の中で夫の愛情を疑っていた。

地図を眺めてみると、大阪の環状線の、下の方に天王寺、上のほうに梅田、

真ん中あたりに大阪城。その近くに、造幣局があって、そこには行った覚えがある。桜が咲いていたのだ。

そういえば、10代の頃はミルク金時のカキ氷って知らなかった。
それを知ったのは二十歳過ぎてから、大阪駅の構内でだ。それを思い出した。


2002年06月05日(水) 無我について

釈迦の教え

お釈迦様とは、今から2500〜2600年前、ネパールを含むインド北部に
勢力を持つシャカ族の王浄飯王を父にマヤ夫人を母として生まれた王子ゴータマが
修行の末悟りを開いた姿を言うそうです。

ゴータマは恵まれた生活を送る自分たち王族と極めて苛酷な労働に明け暮れする
奴隷たちの違いに悩み、29歳の時に妻子を捨て諸国を回って苛酷な修行を重ねた
末、空腹で倒れ貧しい村娘から一椀の牛乳粥を恵まれて気力を回復することができた12月8日の未明、35歳にして悟りを開いたそうです。仏教では悟りを開いた
人を釈尊というそうです。

ゴータマ(釈尊)の悟りとは、人生は苦しみと見立て、その原因を見つめ、苦から
解脱するために正しい道を選ぶこと、だそうです。

どのように見つめたかというと、万物は常に変化流転するものであり、万物には
自分と言う固定したものはない(諸行無常、諸法無我)ということ、物事を変化すると見ないで一つのことに拘るから苦が生じるのだということだそうです。

この変化は、偶然に起こるのではなく、因果の法則がある。すべての出来事には
原因があり、縁があって、結果が出る。出来事は因果と縁起で成り立つ。

こうした仏教のものの見方は、キリスト教が説くところの、すべては神の手によって造られる、神は何物によっても造られない、とは決定的に違い、仏教では神を
必要としないそうです。

無我とは

ゴータマ(釈尊)が説く、諸行無常、諸法無我、の無我のことを、世間ではよく
仏教の目的は自分の我を無くすことだ、無我を悟るのが仏教の根本だ、全体の中に
自分を埋没させるのが無我だ、などと言われていますが、それは誤解であり、仏教で教える無我とは、我をすべて捨て去るのではなく自我を尊重することだそうです。

今雷さんがまた鳴っています。うーん、やっぱり雷さんの音って決まってるぅ!!

サッカーはドイツとアイルランド戦をテレビで見ています。


2002年06月04日(火) ひっこめメール(^^;

愛らしい方からメールを頂いた。どきどきしちゃう!!

さて、今日は出かけるぞ。用事が。。いくつあるんだ?

あれと、あれと、あれと、あれと、あれと、あれと。

今日は火曜日ですよね?燃えないごみ出したし。火曜日にやろうとしてできないことってあるかな?

あれらを確認して、あれも当たってみよう。

今朝は何故か子供が早起きしていた。余程運動会で悔しい思いをしたんだな。
早朝ジョギングを始める気持ちがあるらしい。

そういえば、小学生の頃体育の成績が最低で、親が庭に鉄棒を設置してくれた
ことを思い出した。それで頑張ってもさして成績は上がらなかったが、息子を
見ていると、私ってこういう子やったんねー、と今更のように思う。でも、
びりになったからっては泣かなかったけどな私は。

モダンバレエを習い始めた頃の気取った(?)写真がある。オルガン教室から
ピアノを習い始めてから、通うのが遠い感じになってやめてしまった。
あるとき父が、だからバレエ続けさせた方がいいっておかあちゃんに言ったのに
なあ。。とつぶやいたことがあったが、おそらく父は客観的には、え?やめるの?と母に対して言ったか思ったか程度のインパクトだったんじゃないかと思う。

さて、いくぞ。

ただいまー!

って誰に対して言っているんだろう?

子供が鍵を持っては登校しなかったと思うので、出かけるとき鍵はオープンで出た。この辺が貧乏人の気楽さだ。通帳もハンコもカードも持って出たので構わん
と思っていたわけだ。で、私の息子だけあって学校から帰っておかあさんどこに
いるんだろう?とぼやっとしている息子に外から電話して、水泳バックそこにあるやろから鍵閉めて出てね、と言った。
帰ってみると、水泳バックも息子も見当たらないところを見ると行ったようだが、
鍵はオープンのまま。この間近所で刃物を持ってどうのという話があったのに、
何というおおらかさだろうか。特に泥棒が入った様子もないが、相変わらず
制帽もランドセルも床に放り出されたまま。

今日は素晴らしい実行力で、忘れたのはケチャップを買うことぐらいだ。
長いこと電池入れよう入れようと思っていて止まったまま腕にしていた腕時計にも
電池を入れた。素晴らしい!!!(誰かの口が開いてふさがらないかな)

そうだ。エアコンの掃除もちょっとプロに頼みたいし。耳鼻科も行かなきゃだし。

真夏日というが、風を通すと気持ちのいい季節だ。

六月四日って虫の日?

そうだ。CDを探さねば。

ohayou arigatou oshiawaseni sumimasen


2002年06月03日(月) 貧乏とは 駄目馬鹿子さんのこれから

A Guide to daily living :The Joy in loving by Mother Teresa Compiled
by Jaya Chalika and Edward Le Jolyにおいて。

マザーテレサはThe Poorest of the Poorのために、ハンセン氏病患者の人たちの
ために働かずにはいられなかった。それにしても、実に活動的な人だ。
行きたいところにはどこへでも行く。地球が狭いという感じがする。
その人についてのこの本のイントロダクションの中で、マザーテレサは、日本人は
お金持ちです、とある日本人に語ったと言う。日本人と言うのはそんなにお金持ちなのだろうか?そんな財力があるのだろうか?マザーテレサが人をカモにしようなどという気持ちを持っているとは思えない。おそらく、本当にお金持ちだと思って
そう言われたのだろう。と思うが。しかし、なかなかに天真爛漫でしたたかな女性だ。
インドにもアメリカにもアラブにも、おそらく日本の大金持ちよりも桁外れの天文学的な数字の大富豪が存在するだろうし、日本ではそれほど数字の上で桁外れの
大金持ちって20世紀後半にもいなかったのではないかと思う。

例えば、うちは貧乏だ貧乏だという人はそれほど貧乏ではない、とか、貧乏人ほど
金遣いが荒い、とかいうことも聞く。しかし主人がうちは金持ちじゃないんだから、うちはうちだよ、と言う時、これも否定できない。お大人気分でいたらすぐに
お金などなくなってしまいそうな気がする。しかも私の稼いだものではなく、主人が頑張ってくれているのだから、共同責任とはいえ、私一人で好きなだけ好きなところに使うということはできない。もし自分もお金を稼ぐことができれば、それこそもっと自由にお金を使うことができそうな気がする。しかしそのために主人を
犠牲にするだろうか?まあパパさんは理由さえわかれば、それほど私にけちではないが。

あら、ぽよよんさん、あなたかなりお金に拘っているのね。この本で大切なのは愛についてであってお金についてではないでしょ。お金欲しいわよそれは。細かいことを考えずに自由にお金が使えたら、できることも沢山ある。

しかし、人は二人の主人に仕えることはできない、という言葉がある。

私は、チャリティというのに結構抵抗があるけれども、しかし、困った時に助けラレた時は、やはり、お金に限らないけれど、助かる。

偽善というものに対する不信を抱く人はよくあると思うけれども、しかし、マザー
テレサが偽善者とは私には思えない。やはりすごいひとだなあと思う。活動量だけでも憧れる。いい人生を送ってきた人のような気がする。

そこで例えばここに500円持っている人があって、この500円を500円持っていると考える人と、500円しか持っていないと考える人とでは、どちらが貧しいのだろうか。
500円あると思う人は豊かなのかな。1000円しかないとしか思えない人よりも。というのが私の疑問だが、マザーテレサのThe Poorest of the Poorというのは、ゼロに近い本当の貧しい人のことを、私は知らないだろうということだ。

で、パパさんの、そういうひとは確かに何とかしてあげたいが、うちは金持ちではない、うちはうちだよ、というのも、現状において堅実な自己認識ではあると思う。そういうことはそれこそ本当のお金持ちがやって欲しい。例えば税金を貧しい人や障害者の人たちなどに使ってもらうのはやぶさかではない。自分は労働できる
ものとして、自分にできることをまっとうにやって税金は払うと。


ところで話は変わりますが、私がヤンママと言う時は、ヤンキーでも何でも、
ヤングママです。二十歳前後のママですかね。

子供が水泳に行って静かなひとときになりました(^^)田舎善哉餅入りを平らげて行きました。

そうだ。ご飯を炊いて。それからお散歩に行こうかな。明日は出かけるぞ。

そういえば、駄目、という否定的な言葉がありますが、これは、私の場合は、
大人になって、結婚してから言われるようになった言葉なんですよね。子供の頃、これしちゃ駄目、あれしちゃ駄目、とかってあまり言われたことなかったんです。
学校のよそのクラスの先生に、担任の先生が、あの子は馬鹿なの?と言われたこと
があるんですが。で、申しわけありません、と言うと、本当に申し訳ありませんね、と言われたほどの申し訳なさだったのですが、一体、どういう問題で申し訳なかったのか、思い出せないのです。で、結婚してから、馬鹿とちゃうねんから、などと姑に言われたりしたのですが、馬鹿とちゃうねんからもう少しどうせいという意味だったのか?これもよくわかっていなかったのです。
で、駄目だ駄目だ、と言われて、で、出会ったのが、似たものどおしだという
今の夫なのですが。今回も、本当に駄目なんだね、と言われるわけです、馬鹿だなあ、って。で、本当に駄目なのよ、と言うと、今度は何言っているんだ、駄目じゃないよ、という流れになったのですね。
駄目というのは、例えば、海などの岸壁の側に小さな子供が行った場合、親が心配して、そっちへ行っちゃ駄目!!と叫んだりすることがあるかもしれませんよね。
禁止というより、注意なんですね。安全を願っての。


2002年06月02日(日) A Red,Red Rose by Robert Burns

O, my luve's like a red, red rose, わが恋人は六月に

That's newly sprung in June:      咲いて間もない赤いばら

O, my luve's like a melodie       わが恋人はいみじくも

That's sweetly play'd in tune.     奏でられたる調べかな

As fair art thou, my bonnie lass,    恋人よ 君美しければ

So deep in luve am I:          わが恋はいよいよ深し

And I will luve thee still, my dear,   海のあせなん世となるも

Till a' the sees gang dry.       わが愛は変わらじ

Till a' the seas gang dry, my dear,    海のあせなん世となるも

And the rocks melt wi' the sun:    陽に岩の溶くる世となるも

And I will luve thee still, my dear,   命の砂粒のある限り

While the sands o' life shall run.   わが愛は変わらじ

And fair thee weel, my only luve!    いざさらば 恋しき君よ

And I will come again, my luve,     いざさらば 暫しの間

Tho' it were ten thousand mile.      やがてまたわれは帰らん

                       いかにそれ万里の道も


 ロバートバーンズは、18世紀後半の人で、スコットランドの貧しい農家の
生まれだそうです。love をluveと書いたりするのは、おそらく方言のような
お国言葉の響きがあるのでしょうね。

 私は小中学校で仰げば尊しとか蛍の光とかを卒業式などで歌わされたような
気がするのですが、例えば仰げば尊しには、最後に、いざさらば、という言葉が
出てきますが、これは、今普段には、なかなか使いませんね。ちょっと気取った
言い方です。言うかな?若い人が友達同士で、ちょっと気取ったりして使えます
かね??

 で、シェイクスピアの戯曲などに、 Fairwell! Fair thee well!というのが
見られますが、ごきげんよう、ともよ、いざさらば!などとあるのではないかと
思います。美しい別れを尊ぶ気持ちでしょうね。theeはyouよりも文語的で、汝
(なんじ)という感じですよね。

 貧しかったけれども、その境遇には似合わず、父は教育には熱心で、小学校に
通わせたり、家庭教師を共同で傭ったり、夜自ら教えたりしたそうです。父は
真の基督者で、ロバートバーンズは父を深く尊敬していたそうです。母はスコット
ランドの古い伝説や民謡を沢山知っていて、これを子供たちに歌ったり語ったり
してくれたそうです。こうしてバーンズは父からは強い独立心や誠実を、母からは
優しい同情心とを受けて、人となり、それがそのまま彼の幾多の詩となって花を
咲かせたのだそうです。子供の時から農事を手伝い、日雇いへ行き、厳しい北国の
自然に鍛えられつつ、貧困に喘いだが、決して暗い性質にはならず、
honest povertyに卑屈になる理由がどこにあろうか、と歌い、極めて楽天的であった。彼の詩は、彼の身辺のささやかな出来事で一杯である。決して天下国家を論じたり、蒼白細身の哲学者気取りに気に入られるようなものは書かなかった。
鼠、馬、犬、兎、草花、飲んだくれ、農夫、酒、粉や、恋しい娘、などが詩の題材で、生活を歌ったのだそうです。借金取りに悩まされながら世を去ったのは、まだ
37歳を過ぎた頃だそうです。

うーん、若いなあ。。惜しいなあ。。

できればこんないいひとがいいとうちゃんになって欲しかった。。。
ということで、できたのが、うちのとうちゃんであります。

え?関係ない?

It is easy to smile at people outside your own home.

It is so easy to take care of the people that you don't know well.

It is difficult to be thoughtful and kind and to smile and be loving

to your own in the house day after day, especilly when we are tired

and in a bad temper or bad mood.

We all have these moments and that is the time that Christ comes to

us in a distressing disguise.

家庭のそとで人に微笑みかけるのは容易いことです。

よく知らない人の世話をすることはいとも簡単なことです。

来る日も来る日も家の中で自分自身や家族に思いやりを持ち、親切であり、優しく
微笑みかけ、愛情深くあることは、特に疲れていて気分の悪い時はことさらに、
難しいことです。

このようなことは誰にでもあり、その時こそ、苦悩の装いの内に救いが現れるのです。

本当に、もし私がもっと愛らしく、私や子供のために働いてくれるパパさんにもっと優しい理解のある笑顔をもっと沢山向けられたらいいのに。その時は少ないような気がするな。誰に対しても優しい笑顔を向けられる人になりたいな。それなのに、私は、こんなに私の事を思いやってくれる人にただ甘ったれてばかりいる。

お互い様だとは思うけれど。

こういうふうに言えるのは回復しているってことだと思うんだけど、それにしても
あの落ち込みはなんとかならんかな。

不愉快なことがあったんですよね。あれはどう受け答えすれば良かったのかな。
あれで精一杯だったな。あの人が自分の旦那さんや息子じゃなくて幸いだったわ。

何故パパさんはきっぱりと煙草をやめることができたのだろう?

もしかして、私の意志の弱さに呆れたから?

どうしておとうちゃんは前向きなの?と聞いたら、おとうちゃんまで後ろ向きになってたらやっていけないからさ、と答えたことがある。

もし私が煙草を吸わない潔癖症で、煙草やめてよ、と喫煙を嫌がる妻だったら、パパさんは禁煙しなかったんじゃないかな?という考えは手前勝手だろうけどね。

歩き煙草はしたことないよ。うーん、確かにそうだが、これもなんだか、言い訳にもなっていないとは思うね。

でもやっぱり世界中から煙草が消えて、シャーロックホームズの手からもパイプが
消えてしまったら、つまらない世の中だと思うな。

こんな考えではやっぱりやめられないですよね。心肺機能弱っているとは思うのですが。

秋吉久美子さんが煙草をやめて、その替わりに運動をしているというお話がありました。さすが女優さんの美に対する執着は脱帽ものです。紫外線にもなるべく
当たらないようにしていると。で、やはり自分の美しさを人に見てもらわなくては意味が無いと考えているあたりは、プロの女優さんですね。たいした執念です。
意志が強いんですね。

誰だってそれなりにきれいだったらいいなあと思うだろうし、私もきれいになりたいなあ、スタイルもできればよくなりたいなあと思います。

でも、この、いいなあ、とか、なりたいなあ、とかの、なあ、ではなれませんよね。なるんだ。とか、私は私なんだ、とか思わないと。

パパさんは男性に違わずロマンチストですから、私がほがらかで会話が成立すれば、別に痩せなくてもいいよ、などと言ったりします。でもこの甘い言葉に甘えて
いられるのかな。

心の風邪って難儀ですね。結婚して子供さんもある人ってどうしてらっしゃるのかな。やっぱりやりたいことを見つけてできるだけやってみると。

子供の頃から姪がいて既に若くしておばさんになってしまった私が、おねえさんに
なりたいと願っても無理な相談かな。

パパさんはおねえさんが欲しかったんだと言っていたことがあったっけ。
希望を叶えてあげたいけど。こうなったら、演技か?
優しい姉さん女房役をつとめる?

駄目だよ。私には演技は無理。ありのままにしか生きられない。申し訳ないけど。

あー、息子の運動会が終った。良かった良かった。

やっぱり男の子ってお父さんじゃないと駄目だなー。会話の弾み方が違うなー。


ひゃーーー、幻覚キノコなんて売られていたのね。知らないことばかり。











2002年06月01日(土) セネガルおめでとう

セネガルが湧いているみたいですね。おめでとさん。

なにがどうなるかってほんに予測がつかないなー。

そう。あれがああなったんだからこれもこうなるとは限らないということは
ありますね。

お弁当用意しなくちゃ。明日運動会なんです。

福山雅治が吉本新喜劇を取材する番組がちょっと良かったな。笑顔がきれいなんですよね。いいなあと思いました。



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