あやめとりこの日記

あやめとりこの無駄話
アニメ中心に面白かったあれこれを
一応日記と称してますがたまにしか更新してないです

2004年04月29日(木) 新番組チェック(と)

気持ち良く晴れたみどりの日。恒例のたけのこ掘りに行ってきました。
今年は猪(!)の被害も無く、ちょうどいい頃合いで、面白いようにぽこぽこ掘り出せて楽しいのなんのって。
調子に乗って掘り過ぎると、持ち帰るのと後の処理が大変だけどねー。
掘りたてのタケノコ、お刺身もいいけど、焙り焼きにしてお醤油じゅってのが美味〜。焼きトウモロコシみたいな風味です。

深夜を中心に新番組チェックしてますが、数多すぎてなにがなんだか…。
最初の週、余裕無くて見逃しまくり、ほとんど二話からの視聴ってのもワケ分からん原因の一つでしょうが…。
取りあえず見続けてみようかなーと思ったもの。

「忘却の戦慄」2、4話と見た。ウテナっぽいな〜。特に今回。色々と意味不明なのは飛び飛びに見ているから、と思っていいのでしょうか。。。

「甲殻機動隊」一緒にチェックしたら途中で切れてた。いいところなのにー!(ロンドン話。よりによって突入!のところで。野球中継めー!)きになってDVD借りてきて見たら結構面白い。一緒に借りてみた前回(メダリストVS バトー)&前々回(タチコマー!)はさらに面白い! 1、2話を見た限りでは、良い作品でも自分には合わないな〜と思ったのに。
う〜ん、見切りつけるの早すぎたなあ。これからDVD借りながら追いかけます。

「鉄人28号」2。3話視聴。(昨日は予約前に爆睡…ううう)
オープニングが素晴らしいです。正太郎くんが可愛いです。あと死んじゃったお兄さんが素敵にかっこよかった。もう出てこないの?残念。

「恋風」3話から。あらすじ読んだ時はちょっと…と思ったけど、見てみたら意外にもちゃんとした恋愛話みたいで面白そう。それと主人公の声が好みですねー。女の子もいい。
原作も読んでみました。こ、これはーーーーっっっ!!(ツボ!)原作共々追っかけます。

「ジオブリーダーズ」も割といいかな?と思ったり、「MONSTER」の丁寧な造りには感心したけど原作に忠実だろうから特に見なくてもいいかなーとか。

あ、あと「不思議の海のナディア」!昨日初めて見た。4話。うわー、懐かしい雰囲気の絵だ〜。これも最初から見てみようっと。

ねーむーー。




2004年04月21日(水) プラネテス雑感続き(と)

結局、素直に「人のつながり」が発展したと考えるのが妥当なんでしょうね。
「人のつながり」から新しい人間が生まれ、いのちが繋がっていく、それが宇宙そのもの…という。
まあそれもいいけどねえ。でも今回のように、それをもって物語を語り終えてしまうと、それこそが究極の繋がり、進化した愛の形、とされてるようで何だかなあ。異性間、夫婦の間に限っても、当たればラッキー?な期間限定特別付録なのにねえ。
普遍的なテーマを特殊な例で締めくくるのって、どうしても違和感が残るわ。やはり本編ではなく後日談として語られるべき内容なんじゃないかのー。
もしかして2070年代には、不妊問題はおろか、同性間、近親間、はては異種族間や異星人間においても「繋がっている」二人ならば、愛の結晶を生み出すのは無問題!になっている…なーんて裏設定でもあるなら話は別ですが。
まあつまりは、余りの臆面の無さに少々辟易、というのが正直なところかなー。

あと「しりとりプロポーズ」!
原作のアレが、憎いぜコノヤロー!的にかっこいいのは「お互いの仕事の合間にちょこちょこ合っている」ある日の出来事だってのが重要なんじゃ?いつもと変わりない日常の、何てことないやりとりの中でさりげなく、ってとこが。
これがアニメだと、大事故にあって陸に帰り、辛いリハビリを経てようやく宇宙に戻って来たタナベが、久々に再会したハチと思い出の場所で感無量の思いを滔々と語り…いつの間にかしりとりしてるわけですよ。どーゆー繋がりじゃ!なぜそこでよりによってしりとり始めるんかあんたらは!!つーか背景無視してしりとり部分だけねじ込んだら魅力半減だっての。無理して入れるなっての。
とにかく、しりとりでプロポーズすることがしりとりプロポーズの肝じゃないんだよーーー!と、この件に関しては強く訴えたいです。せっかくハチにしちゃ出来過ぎなプロポーズなのにさ〜
それをさっ引いても、この場面での演出や声優さんの演技は素晴らしかったけどね。

とりあえずこんなとこかな。
文句ばっかりつけてるみたいですけど、出来が良いからこそ言いたくもなるってもので。
あ〜面白かったなあ。半年ほんと楽しかったですよ。
いい作品をありがとうございました。

新番組も見てますが、まとめて後で。(今日は鉄人だー!)





2004年04月20日(火) アニメ「プラネテス」雑感(と)

終わったところでつらつらと。

漫画の「プラネテス」って「折り合いをつけていく」物語だなーと思ったんですよ。
人類にとって未知の世界である宇宙に出て行った人々が、まっさなら空間に足跡を残して行くその過程で、目の前に横たわる茫漠とした空間をどう自分の中に位置づけるかという。
憧れであったり、仇敵であったり、目的であったり、手段であったり、夢であったり、生活であったり。人類として、個人として、どう向き合って行くのかというお話なのかなあと。(四巻のフィー連作は対象が人間社会になっただけで、やってることは同じなんだよね)
未知の領域に足を踏み入れる不安や恐怖を克服するのに「愛」だの「神」だのが引っ張りだこになるけれど、結局は個人の気持ちの有り様ひとつなのかねえ…と、愛の無い感想を抱きました。
登場人物の多くが自分なりの折り合いをつけていったのに、最後まで「気安く愛を語るんじゃねえ」と憎まれ口(と思う)叩くロックスミスの「惑い人」ぶりが何とも愛おしく。ロマンチストだねえ。

これに対し、アニメ「プラネテス」は、劇中でも語られているように「人々が愛によって繋がっている」物語です。そしてそれが宇宙そのものであると。
25話から最終回の流れで、なるほどそういうお話だったのか…と納得しながら見ていた最後の最後。エンディングのスタッフロールが終わったその後。
えっ?と目を疑いました。
タナベ、妊娠してる…?マタニティぽいジャンパースカートに座れと気を使うキュータロー。ベビー服持ってるし、ハルコさん干してるし。
ええええええー!?
目に見えない、でも確かに存在している力によって人々は繋がっているんだよ、と訴えたお話が、最後にあからさまな「証」を暗示して終わっていいの?
原作通り、またデブリ屋やりながらハチの帰りをまつタナベだっていい、というかそっちのほうがよりテーマを明確にできるのに、何故に??
変えるからには、そこに何らかの意思なりメッセージが込められていると考えるのが妥当、そのココロは?
そんな深読みするまでもない、単純にハッピーエンドとして愛の象徴を出したかった、もしくは結婚したから子供ができるのはごく普通でしょ、と思えばいいのかなあ。(そんな鈍感な…無神経な…)
緻密な伏線を張りまくって見事に回収したのに、このオチですか?ベタ好きにも程がある!
いやほんと冗談抜きで、何を考えてああいう改変をしたのか問いつめたいです。私が鈍感で分からないだけなのかなあ。だったらいいのだけれど。
なんか自信無くなって来た…。この点に矛盾を感じた人、いないかなあ。感想探しの旅に出ようかな…

改変といえばオープニングの改変は凄かったですね。劇中の変化に合わせ、くるくるとよーく変わったこと。ぐっとくることも多かったけど、ちょっとやり過ぎなんじゃ…と呆れかけたことも。
でも最終回、ハチがハチマキを巻く所の改変はぐっと、どころじゃなくうわーっ!と来ました。
そうか、あの背景は「帰って行く場所」だったのか。タナベの原風景を彼もまた故郷として大切に共有していくんだなあと。そう思うと、ハチの厳しい表情がまた異なって感じられます。

そして原作からの改変。
アニメオリジナルキャラについて語ると長くなりそうなので、とりあえず原作準拠キャラだけ。テロがらみでハキムがより深みのあるキャラクターになったと思うけれど、私としてはやはりノノ!ですね。原作では一回こっきりのゲストキャラだったのに、ここまで物語に深く関わってくれるなんて。おまけにアニメのデザインが超絶カワイイんだものねえー。大人っぽくて、でもちゃんと子供で。あどけないのにどこか悟っちゃってる風もあって。声がまたいいよねえ。これしかない!ってくらいぴったり。普通だったら何だこれ?って思っちゃいそうな癖のあるロリータボイスなのに。
最終回の彼女はホントに女神様でしたよ。無邪気な発言で自分の身を守ったと同時に、修羅の道に堕ちたハキムに救いを与えたんですから。任務遂行の障害となるものは躊躇無く叩き潰して来たであろう彼が見せた哀れみの心。色々引っかかる所もあったけれど、このノノとハキムの対決(だよね)が見られただけで、十分な最終回でした。

まだ語りたいなあ。やっぱり面白かったよ、プラネテス。




2004年04月18日(日) プラネテス25話&最終回など(と)

放映日にそれぞれリアルタイムで見ましたが、今続けて見返してみたところ。
正直言って25話がそれまでの盛り上がりっぷりに比してありゃ?な出来だったので、最終回を見るまで巻き戻す気になれなくて。
悪くない、決して悪くはなかったのだけどねえ・・・それだけ24話までがこの後どうなるのよ?な期待と不安を抱かせるだけの緊迫感溢れる出来だった証左でもあるけど。

うーん。まず、ハチに引き金を引かせてしまったのがショックだった。
結果としてハキムを撃てなかったけど、「引き金を引こうとしたまさにその瞬間に邪魔が入って撃てなかった」のと「確かに引いたけど弾が出なかった」では、同じ「意に反して」の結果でも全く違う、と思うのですが…。
それと、海からあがったその場所でタナベと出会うのは余りにも都合が良すぎじゃないでしょうか。いくら目的地としていたって。運命的すぎるのって端から見てるとなんだかなー(というかそんな上手くいくわけあるかーっ!というやっかみですなあ。。。

でも、一番はやっぱり「繋がってるみんなが手つなぎ」だなー。
いや、伝えたいことそれ自体はいいんだけどさー。
それをそのまんま絵にしちゃうのってどうなのよ?付け加えるにハチがご丁寧に説明してくれちゃうのってどうよ?アニメは絵解きじゃないでしょうが。
なんとなく思ってるんですが、アニメって普通じゃ出来ないことも出来ちゃう、不可能を可能にしちゃうからこそ、それに頼っちゃうと却って表現できるものを狭めてしまう気がするんですけど。そこで終わっちゃうっていうか。受け手が自分の中で発展させる余地を奪っちゃうっていうか。うーん、上手く言えない。
とにかく、ハチの感じた「繋がってる」感覚がいまいちこちらに伝わってこなかったのですね。

レオーノフ(生き残って良かったね!)のナイスフォロー(いいやつ!)とか、ハチの「惑い人」っぷりの表現、タナベが顔を歪めてしゃくりあげる表情など、脚本、演出、作画の見どころも多かったんですが。

で、最終回です。
うーーむ。悟りを開いたら今度は布教活動ですか・・・そりゃ茶化すか取りあえず逆らわずにおくしか無いでしょうなーって「愛の鞭」ってナンデスカー。もはやついていけません・・・てな二人は放っといて、ノノとハキム!うわまさか!と構えてしまいましたが・・・そう来たか!
11話を思い起こさせるノノの台詞、傷跡が残る顔に暗い瞳と淀んだ声のハキム、隣り合いながら光と闇に塗り分けられ隔てられる二人・・・最終回で一番心に残ったシーンです。(二番目はキュータローの脱ぎ捨てられたスニーカー(笑)
ハキムが思いとどまってくれて良かった。クレアがタナベを見捨てられなかったように、僅かでも彼に希望を残してくれて本当に良かった。

デブリ課でみんなに迎えられる二人、登場人物全員が繋がっているエンディング、オープニングから最後まで、見事にまとめあげられた物語にひとまずは満足しました。

えーっとまだ言いたいことあるんですけど、シリーズ全体に関わるし、原作絡みにもなるのでまた後で。



わーリンクすみませんー・・・でも、私が性懲りも無くあちこちに出没してるのは、単にほぼ無職だからです・・・(あやめは真っ当な社会人です。休みが不規則なだけ)
いーかげんまともに働かなくちゃだよな・・・




2004年04月06日(火) プラネテス感想 24話(と)

全宇宙のプラネテスアニメファンの皆様こんばんは。
土曜日を指折り数えてお過ごしのことと存じます。
三週間前、めちゃくちゃイイところで続く、となった上に一週休み、ようやっと二週間ぶりに続きが見られたと思ったら、またもや引き金握ったまま次週に持ち越し、に加えてタナベまでもが生死の境目で一線を越えてしまうのかーーー?!
とまあ、スタッフのイイ性格に翻弄されまくっているわけですが。
いやもう、テロがね、あんな形でおわるとはね!
拍子抜けしましたけど、プラネテスはテロやその周辺を描くお話じゃないからこれでいいのかしらん、と思ったり、ヒーロー(もしくはヒロイン)の活躍によって世界が救われる類いでもないんだよなーとか。
それにしてもちゅーはどうしたんだちゅーは!
と思ったが、よくよく考えたら「キングゲイナー」で一度やってるネタだから脚本家的には二番煎じにしかならないもんなーと気付いたり。
ああそれにしてもどうなるのよこれはいったい。
ちゅーで解決できないとなったら??遠く離れた場所でそれぞれ追いつめられた二人はどうなるの?どう決着つける気なのよ?
あ〜早く土曜日になってくれー!


東京国際アニメフェア2004シンポジウムまとめ

細田監督の発言要旨を覚えているだけ。
(注:あくまでも私の脳内フィルターを通した文章ですので、監督の意図とは異なっているかもしれません。当然以下の文章は発言そのままではありません。)


「66」は「街の破壊と再生」の物語だが、冒頭で東京の街が一瞬で消滅するという絵コンテは、最初通らないんじゃないかと思った。あの破壊されたビルの中に森ビルもあったかもしれないのに、良くぞ通してくれたと思う(笑)。

村上作品は日本のアニメから出発していながら、外からの視点というか批評性を持ち得ているところが興味深い。それをまたアニメーションにするのは面白いだろうと思ったし、事実その通りだった。

自分が今までやって来た版権ビジネスであるTVアニメやお金を払って見に来てもらう劇場作品とは異なる、街中で不特定多数相手に繰り返し流される作品であることにはじめは戸惑いを感じた。
三者三様(森ビル、村上、細田)のやりたいこと、それぞれの思惑が一つにまとまるまでが大変だったが、結果としてみなの満足のいくものが出来上がった。(これは森ビルの部長さんの発言だったかな?)

村上さんのキャラクターは一見フラットだが実は立体的な手法を用いて描かれている。なのでアニメーションのキャラクターとして動かす場合、色々と難しい(このへん私の力不足でよくわかりませんでした…m(__)m
アニメーション表現の最終的な着地点は決めさせてもらえた。

自分の所属する東映アニメーションも含め、日本のアニメビジネスはほぼイコール版権ビジネスというのが現状だ。
しかし「66」では今まで縁の無かった業種とのコラボレーションが実現し、版権ビジネス以外の可能性を示した。
今回のような新しい試みがアニメビジネスの可能性を広げはしないかと、また演出家として新たな表現の生まれることを期待している。


会場からの質問に答えて。

Q:従来の劇場やTVアニメと66のような新しい試み、これからどちらの方向で作品を作っていきたいのか(かなりの細田ファンらしい方でした)

A:東映の中で何故か自分はこういうこと(66など)をやらされる役回りで正直大変(笑/会場からも)だけど、演出家としていい経験をさせてもらえるので、機会があればこれからも参加したい。
そしてもちろん、今までやってきた、子供たちのための劇場やTVの作品も作っていきたい。(気のせいかもしれませんが、「子供たち」と「劇場」に力を入れて発言されていたように感じました。…脳内願望フィルターかなあ……)

Q:あと2分あったら、「66」に何を付け加えるか。(業界人?ぽい方でした)

A:(ちょっと困った様子で)与えられた尺の中で収まるように最初から考えていくので、あと2分、と言わずあと5分、あと20分あっても、また逆に2分少なくて3分しかなくても、その尺に合わせた「破壊と再生の物語」ーーこれはアニメのテーマの一つでもあるけれどーーを作ると思う。
なので、あと2分あったらこれを、というのは特にない……ということでいいでしょうか。
(満足されたみたいです。にこにこしてらした)


・・・かなりはしょってまとめましたが、もっと色んな発言があったはず…「66」のキャラクターの声について、森ビルの部長さんは「環境映像的なものだから声はなくてもいいんじゃないかと思ったが…」と発言していたから、声を入れたのは監督の意向だったのかなあとか(明言されてなかったと思います)、森ビルにくるくると螺旋状に巻き付く花はじつは「花束」なんだとか、他にもあったよなーー記憶力の無さが恨めしい。
多分無いとは思うけど、何か思い出したら、また付け足します。





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