日々是迷々之記
目次


2002年11月28日(木) かなしいラジオ

私はラジオを聞くのが好きだ。今の会社では仕事中にネットラジオをかけっぱなしで仕事ができるので、毎日いろいろな曲を聞くことができて楽しい。著作権の関係かなにか知らないけれど、日本語の曲がかからないのもうれしい。日本のラジオはFMでもジャニーズ系やハロプロ系がかかってうんざりしてしまうことがあるからだ。

http://launch.yahoo.com/launchcast/

ここから探し出して、各人が好きな局を選んでいる。ハードロックの日があれば、70年代ロックの日もある。ここで気に入った曲があったので家でも聞こうと思って、家のeMacで上のアドレスにアクセスした。

すると、なんとMacOS Xには対応していなかったのだ。ショーック!ついでに「Mac OS8.6 or higher (no Mac OS X)」てアンタ、亡きボンダイブルーのiMacでもあかんらしかった。やっぱりパソコンワールドはWindowsを中心に回っているのだ。(わかりきったことだけどやっぱりショボーン)

こうなったら超小型激安静音マシンをゲットしたれ!とメラメラと物欲の炎が燃える。ネットラジオ受信端末としてしか使わないとしても、「ネットラジオ受信機」より安いし。(モニタは別に必要だが。)

http://www.ecs.com.tw/products/ubuddie.htm
10GB HD、メモリ128、CD-ROMドライブ付きで32,800円位。

http://www.ecb.ne.jp/suntac/controller?scene=TopPage
ネットラジオの専用端末。「ラジオだけ」って思うと高い?

とかなんとかだんだん話がオタ臭くなってきたので今日はこのへんで。


2002年11月27日(水) なぐり書き雑記

ぼちぼち10日ほど経つので某○下のサポートセンターに電話をかけて、洗濯機修理のことについて聞いてみた。すると、今週末に部品が入荷するので最速で土曜日に修理可能とのこと。ちなみに修理代は1万1千円。新品の全自動が今なら2万3千円くらい、二槽式なら2万円を切っていることを考えると微妙な金額である。いやはや。

大和銀行から手紙が来ていた。あさひ銀行と合併して名前が変わるらしい。「りそな銀行」だそうな。「りそな」って何だ。こういう意味もないのにひらがなってちょっと恥ずかしい。「さいたま市」って名付けたセンスと近いものを感じる。

昼休みはみずほ銀行へ行った。ここの制度はかなり変である。普通のATMで使える通帳と、使えない通帳の二通りがあるのだ。わたしの通帳は使えないほうの通帳なので、振り込み作業をカードでした後、「通帳書込機」にもう一度並んで書き込まないといけない。元富士銀行だったところと、その他のところがあって、合併する前にどこの銀行だったかによって、ATMで通帳を使えたり使えなかったりするらしい。バカシステムである。

紅白歌合戦の出演者を知ってしまった。特に知りたかった訳ではないけれど、中島みゆき氏が出るかも?という話題つながりで知ってしまったのだ。感想。う〜ん、ショボい。「キンモクセイ」ってどうも「サワデー」のイメージが…。どんなヒトなんだろう。中島みゆき氏が出るということで、あまり出ないヒトつながりで井上陽水氏に出て欲しいな〜と思った。でも、歌の合間のつなぎのトークというか演芸が寒々しいので中継に限る!だが。がんばって12月31日まで「紅白で中島みゆき氏を見ること」を覚えておかねば。「ごみの日」は忘れても取り返しがつくが、「中島みゆき」は忘れたらもったいない。

某掲示板にあったネタだが、「紅組のトリが中島みゆきだったら、和田アキ子が怒る。」という書き込みに対して、「紅組のトリは中島みゆきで、白組のトリが和田アキ子。」というレスがあって、おもわず笑ってしまった。

風が吹いて寒い一日だった。にも関わらず、西日で暑くなるオフィスに合わせてTシャツの上にフリースとパーカーで会社に行ってしまい、帰りはカイロを背中に貼り付けて自転車をこいできた。バカである。

最後に、ここ2、3日、メールの返事が滞りまくっている。特に携帯電話のメールの方。連続して会社に持ってゆくのを忘れてしまい、家に帰ると着信メールがてんこ盛り、スパムを消去するのもぜぇぜぇ言いながらという体たらくである。

皆様、本当にすみません。こんなバカ日記を書くヒマがあったらさっさと返信せーよと自分に突っ込んでます。m(--)m


2002年11月25日(月) なんでじゃ!洗濯機。

洗濯機が壊れた。ある朝、洗濯機をまわしながら弁当を詰めていたらなかなか終わりのブザーが鳴らないので見に行ったら、静かにエラーを出しつつ止まっていた。すかさず説明書を出してみるとそのエラーはサービスセンターに連絡しなくてはいけないエラーで愕然とする。

で、会社に着くやいなや、そのフリーダイヤルにかけてみた。すると、携帯からはつながらない番号だった。うちの会社は電話を管理しているので業務と関係のない電話はかけづらい。ということでダッシュでエレベーターホールの緑電話にかけにゆく。そこから案内された番号も携帯ダメ。始業時間を横目で見ながら取り急ぎ状況を伝える。

晩の7時に帰宅するのでそれに合わせて修理を頼むと、いけるかどうか分からないので、また電話するという。といっても私の仕事場は仕事中の私用電話はちょっと出来にくい会社だ。なので断って、あくまでも7時に来るように頼んで電話を切った。

6時に仕事が終わってダッシュで家に帰った。すると、玄関前に男の人が立っている。げげげ!変な人か!とおののいたら修理のヒトだった。まだ6時半である。30分も早くくるんじゃないよ…と思いつつ、あくまでにこやかにその人を待たせつつ、素早くカオスと化した洗面所を片づける。そして、修理してもらった。その間約30分。が、なんと直らなかった。もう一つの部品がいるのだが、在庫がなく、工場に注文する必要があるとのことだった。

この洗濯機は結婚した時に買ったので4年ほど前に買ったと思う。それでもう、工場に部品を注文しないといけないというのもなんだかな〜と思う。しかも、「センサーの過剰な反応」で動かないのだそうな。洗濯機にセンサーなんて要らないと思うのだが。

というのが先週の月曜日の出来事だった。あれから一週間、何の音沙汰もない。こちらから連絡するのも、公衆電話を使わないといけないのでちょっと面倒で放っている。しかし、洗濯物は日々増え続ける。

そして今日、仕事から帰ってから小雨の中、自転車でコインランドリーに行った。すごい時間の無駄だ。そこには椅子もないし、ドアを閉めることもできないので寒い。目の前の中華屋、「すいこでん」のスタミナニラ丼500円でビールでも飲もうかなぁという激しい情熱がこみ上げるが押さえた。

買い換えるにしても最低でも半休は取らないといけないし、リサイクル料も払わないといけないし、って考えると待つべきなのだろう。でも、こういうことが続くとますます主婦業がつらくて嫌になってくる。まぁ、二人暮らしで良かったと思うべきか。これでテレビに出てくる子だくさん一家だったら、気が狂うだろう。

結局、洗濯を済ませて家に帰ってきたらもう「今日の出来事」が始まっていた。食事は結局なし。作ったら片づけなきゃいけないので、空腹よりも片づけるのがめんどくさいのだ。ということで酒を飲む。

実は全自動洗濯機を使うのはこれが初めてなのだ。実家には二槽式洗濯機があった。それは私が覚えている範囲では壊れたことはなかった。紫外線でヒビが入ってはいたが。なんとなく二槽式の方が壊れにくいような気がする。回るか回らないかだけの問題だからだ。もう二度と○下の洗濯機は買わないだろう。松○はセンスはともかくクオリティはあると信じていたのだが…。

この洗濯機を目の前の海に不法投棄したくなるのも時間の問題のような気がする。いや、そんなことは許されないのだが…。とにかく手洗いできないものは着ない、使わないで行くしかない。いやはや、どうなることやら…。


2002年11月21日(木) ちょっとハテナ?なこと

なんとなくモスバーガーのページを見た。すると、壁紙をダウンロードできるところがあったので、私は「ムフフ!」っと胸をときめかせてクリックした。


http://www.mos.co.jp/special/present/wallpaper/index.html


残念ながら、「スパイシーモスバーガー」や、「ナンカレードッグ」の写真はなかったが、オーストラリアの景色や、トマト、レタスの瑞々しい写真があったので戴くことにした。かちっとクリック。

するとsit形式のファイルであった。何となしに解凍後のjpegファイルとファイルサイズを比較してみたら、同じファイルサイズだった。何で圧縮するのか激しく謎である。意味ないのでは。

話は変わるが、今日11月21日はボージョレーヌーボーという新ワイン(新米のワイン版)の解禁日だ。私はもともとこういう中身の伴わない初物は嫌いなのだが、今の会社で働くようになってから、酒屋でこのボジョレーヌーボーを見ると石を投げて割ってしまおうと思うほど嫌になった。理由はただひとつ。前回の日記に書いた貨物のトラブルは、このボジョレーヌーボーの輸入ラッシュで引き起こされた物だからだ。

一回飛ばすのに3000万円かかる貨物専用機に満載のボジョレーヌーボー。それに群がる新しもの好き。そいつら相手に商売熱心なやつら。日本はまだまだ平和だな〜と思う。ワイン文化なんて根付いてないのに、殺気だって手に入れる。で、うれしがって鼻先でにおいを嗅ぐオヤジやねーちゃんがフフフと笑う。寒い…。

これは、フランス人が芋焼酎を大量に輸入したら日本人は鼻で笑って、「わかんないくせに。」と思うのと一緒ではないのだろうか。ヨーロッパの人たち、絶対おかしいと思っていると思う。「なんでボジョレーヌーボーだけが日本人にバカ売れするんだろう。」って。朝のワイドショーで7時台から乾杯していた某フジテレビの人に至っては「オバカ丸出し能天気」を絵に描いたようで、ある意味すがすがしかった。なんか蝶ネクタイのヒトまで居たし。

ということでボジョレーヌーボーさっさと廃れるようにと願いながら、今は芋焼酎黒カメ仕込みをお湯割りで飲んでいる。明日からは平穏な日々が来ますように。


2002年11月17日(日) 鬱病かもしれない日々

金曜日に仕事上で事件が起きた。勤めている会社の飛行機で日本に来る貨物のオーバーブッキングが起きて、一部の貨物が追い出されて遅れてしまったのだ。まぁ、それ自体は珍しいことでもなんでもなく、一日数件はある。が、今回のは一番優先順位が高く、まず遅れることはありえない種類の荷物だったのだ。めっちゃ金額が高くて、遅れたら倍返し、みたいな契約のついたものだった。

朝から罵倒叱責の電話ががんがん鳴る。基本的に輸入の荷物は日本側に責任はないのだが、電話がかかってきても無視するわけにはいかない。にとにととオーバーブッキングを責め立てるオヤジ、ババアの罵倒。「じゃあ、私はどうすればいいんですか!」と半分キレかけで何故か皆絶対に言う。「来るまで待て。」としか言いようがないのだが…。

そうこうしていると、夕方、上司が私たちを集めて言った。何でも、東京の日本支店長のところに直接苦情を陳情したやつがいて、大阪じゃらちが開かないから東京に陳情して行ったらしかった。しかもどこで調べたか知らないが、その日本支店長にダイレクトでつながる番号でかけてきたらしい。恐怖!である。んでもって、輸入に対して責任はないけれど、お客はそう思っていないから、誠意を持って対応するようにみたいに言われてしまった。さらに悪いことに、結局その東京陳情男の電話を最初に取ったのは私で、私がらちの開かない対応をしたから逆ギレして東京に文句を言ったのだった。(そういう電話がかかってきたことを管理しているのもコワイし疲れるが。)

結局、その陳情男は夕方5時55分にもかけてきた。そしてその電話を取ったのはまたわたしで、一から話を聞かされる。6時を過ぎてもまだ続く。私は6時に帰るのだが、そう言うこともできずに男の電話を耳に当てている。すでに話を聞いているわけでもなく、何だか、「声の滝」に打たれているように身を任せているだけだった。やっと6時20分ごろ、相手も疲れたのか「おまえらそういう商売がいつまでも続くと思うなよ。」と捨てぜりふを残して電話は終わった。もう帰ってもいいのだ。

その日はスーパーでコーヒーを買い、忘年会の下調べをしにゆき、雑誌を立ち読みしてと週末に向けていろいろと計画をしていたのだが、全部忘れてしまった。スーパーに行ったけど、何だか別のスーパーのほうが安かったような気がして買わずに済ましてしまい、宴会の下調べは店の前を通る頃には忘れており、立ち読みはもうとっくに忘れている。

何だかすぐに忘れてしまうのだ。それに唐突に眠くなるが、フトンに入ると眠くなくなり、出てきてパソコンをいじってしまう。今週はずっとそうで、今週末は最たる物だった。夜中に起きたはいいけれど、しゃべりたかったが相手が見つからず、結局カナダの友人のところに電話をした。それは楽しかったがいつもそうするわけにもいかない。酒を飲みながら掲示板を閲覧し、ぼーっとする。ああ、これも忘れた、あれもやらなきゃ。とぼーっとしている時ほど思い出す。

土日も目覚めるのは早いが昼間に眠くなり、フトンに入ると眠くなくなりの繰り返しである。土曜日はお金をおろしに行って、バイク屋さんに行っただけで終わってしまった。しかも、バイクの部品を買いに行ったのに自転車で行ってしまったので、日曜日にバイクで出直すことになったのだ。普通そんなの忘れないと思うが忘れてしまったのである。

日曜日はバイクで出たついでに市場へ行く。いつもの魚屋さんでカニを見ていたら50円まけておくから買っとき〜と声をかけられて、ああ、カニかぁ。そういえば解禁になったなぁと思ったら、もう買っていた。バイクのカゴにカニと酒を入れてバイク屋に行き、用品を付けてもらう。ちょっとうれしい。

そして、深夜になり、ハタと部屋を見渡す。洗濯物はいっさいたたんでおらず、ぬか床は軽くカビが生え、再生中のパワーブックは床に転がっている。週末にやるべきことは何もやらなかったようだ。月曜日が来るのが怖い。もう来ているが。さっさと寝ようと思いつつそういう気持ちになれない。今現在3時半だ。6時間後に会社に座っていることができるのだろうか?

不眠と物忘れに振り回される日々。「鬱は病院で直ります。」のコマーシャルが気になる今日この頃だ。あと3日くらいこの状態が続いたら病院に行った方がいいかもしれない。これから邪悪なクリスマスシーズンが来るのも何だか受け入れがたいし。

骨折の話から始まったこの日記。今度は鬱の話になるのだろうか。


2002年11月11日(月) 日だまり自転車紀行 後編

沖縄食屋さんで買ったおにぎりと揚げ菓子をザックに詰めて、今度は駅周辺を散策した。このへんは沖縄出身の人が多く、沖縄居酒屋が目立つ。ガード下には新しい沖縄食堂のような店が出来ていた。う〜、沖縄そばが食べたい!でも、また今度にして、近所のユニクロへ向かった。

ここのユニクロは会社の近所のものとは客層が違う。会社の近所はギャル系が多いが、こっちは金髪夫婦と幼児の組み合わせが多い。うっとうしさはどっちもどっち。くさくないだけ金髪一家の方がましか。コットンのカーゴパンツのちょっと細い感じのものが欲しかったが、そんな物はなくてちょっとがっかり。コーデュロイのものはあったが自転車に乗ると尻部分が光って悲しいので自粛した。結局、グレーのカーディガンと黒のハイネックのシャツを買った。(なんか最近地味である)

またもやお腹が空いてきたので、どこかでおにぎりなどを食べようと自転車で走り出した。あと5分で渡し船の乗り場というところで公園があったので、ベンチに腰掛けた。背後ではリトルリーグの試合をやっている。



左がポークおにぎり、右が紅イモサータアンダギーである。ポークおにぎりは初めてなのでわくわくだ。中には薄焼きタマゴ、キュウリの薄切り、肉のかんずめをスライスして焼いた物、そして、みそ&マヨ味のたれがかかっていた。それがなんだかビミョーに美味しいのである。しかも、しっかり握ってあるので食べごたえがある。0.5合くらいはありそうだ。ぷはー!うまい。お腹一杯なので、サータアンダギーは家で食べることにした。

時計を見ると3時30分ちょっと前だ。30分に渡し船が出るので渡船場へ自転車を走らせる。すると、子供らが「早よう来ーへんかなぁ。」と対岸の船を眺めていた。



「なぁなぁ、ほんまに乗るん?」右側の女の子が大きな男の子に聞いている。「おれは乗るで。」「私乗ったことないねん。」「おれもないで。」「いやや。行ったら帰ってこられへんもん。」「でもおれは乗るねん。」「わたし行かんもん。」「じゃあやめる。」と微妙に意味がわかりにくい会話をして二人はどこかへ行ってしまった。女の子は補助輪付きの自転車に乗っていた。こんな小さな子にとってはこんな小さな渡し船も大冒険なんだろうなぁと思った。

私も事実、「渡し船」というものに乗ったのは結婚してからだ。「渡船場→」という看板を見て、「なんやろ?」って感じで見に行ったのが始まりだ。タダというのも気に入った。調べてみると、ここだけでなく、何カ所かあるようだ。



ほんの一分ほどのちいさな船旅。こういう休日も悪くないなぁと思った一日だった。


2002年11月10日(日) 日だまり自転車紀行 前編

目が覚めると外はニコニコと青空が光っていた。ちょっと風は強いけれど、ほのほのと暖かい。今日は自転車日和だ。午前中にカオスと化した家の中を片づける。隣家のギャルの歌の練習も、上の家のカラオケ絶唱も気にならない。今日は自転車の日だからだ。

お昼過ぎに外へ出る。半袖Tシャツにフルジップのフリース、マウンテンパーカーで暑かったら脱げるようにした。下はジーンズと運動靴(スニーカーって言うべきか)である。

今日の自転車はロードレーサーにした。買い物をするかもしれないのでママチャリの方がいいかもしれないが気分はロードレーサーなので素直に気の向くままだ。

久しぶりのロードレーサーは気持ちがいい。こう、キュっと走って、くぃっと曲がるって、字で書くと何のことやらだが、全体が意のままなのが快感だ。ママチャリはまったりしてていいんだけど、緊張感はない。めんどくさいのにマニュアルミッション車を購入したダンナさんの気持ちがこういうときに少しわかる。

ほんの2分ほどで渡し船の乗り場に着いた。



渡し船と言ってもすぐ目の前に渡るだけである。水さえきれいだったら泳いで渡っても平気だろう。朝の6時台から晩の11時台まで一時間に4本運行している。地下鉄だったら15分も待つとイライラするが、渡し船を15分待つのはさほど気にならない。近所のじいちゃんと孫がパンの耳を持ってきてカモメにあげていた。カモメは空中でキャッチしている。頭の中で風向きとか風速とかちゃんと計算してキャッチしてるんだなぁと感心してしまった。カモメの目はちょっとコワイが…。

船がきたので対岸に渡る。降りるときは、船員さんが船を押さえていてくれる。みんな降りるときに、「ありがとう。」と声をかけて降りてゆくのがなんかいい。金髪の青年も、こてこて化粧の女子高生も、買い出し主婦もみんな「ありがとう」を口にする。ほんとにここは大阪か?っていつも思う。

さぁ、ここからは隣の区だ。商店街を目指して川沿いの道をこぐ。天気が良くて気持ちがいい。国道の高架を越えたら目的の商店街だ。自転車を降りて押しながら歩く。ここは地元に根付いた商店街で、ほどほどに活気があって楽しい。たこ焼き、たこせん、お好み焼き、焼き芋などなど、店頭で売っていて思わずお腹がグウグウと鳴る。そこでたいやきカスタードを購入した。70円也。



この店には、たいやきの他に、フライドポテトを円錐状の紙に包んでくれるものや、野菜焼きなどがあって、ちょっとそそられた。でもまだ商店街は続くのでここで沈没はできない。てくてくとたいやきを食べながら歩く。

途中で模型屋さんを発見。間口が1メートルくらいしかないが奥行きが5倍くらいある。中を覗くと、パッケージが日焼けした古いプラモがたくさんあった。特に、田宮の「シティターボモトコンポ付き」フジミの「CR-X Si1.5グラストップ」にかなり惹かれた。でも買っても作る精神的余裕がないのでとりあえずチェックして外に出た。はぁはぁ。

そこで沖縄フードのお店を見つけた。



サータアンダギー各種、紅いものふかしイモ、ポークおにぎりなどがある。サータアンダギーはミニが20円、普通が60円だった。そこに小学生の女の子二人組が買いに来た。二人とも40円を出して、ミニを二個竹串に刺してもらっていた。なんだかほのぼのである。わたしはポークおにぎり180円と、紅イモサータアンダギー80円を2個購入した。

その後、タイムサービスのドラッグストアで入浴剤と、ペットボトルのお茶を購入し、今度は駅前の沖縄料理店や飲み屋が建ち並ぶ地域へと向かった。

続きはまた明日なのだ。


2002年11月09日(土) おもしろいオバさん

夕食が終わり、雑誌を読みながらマッタリしていると携帯電話が鳴った。病院時代の知り合いである。病院に行かなくなってから一年近くが経ち、その子とも会っていない。なつかし〜と思いつつ電話に出た。

「あの〜、DVD返しに行きたいんすけど〜。」忘れてた。確かに「マトリックス」のDVDを貸していたのだ。ええよ、ええよと言って返してもらうことにした。数分後、近くまで来ましたと連絡があったのでマンションの外へ出た。

んで、返してもらいついでにちょこちょこっと雑談をした。すると、「実はね、ボク、結婚しそうになったんすよ。」「へー。」「聞いてくださいよ。」「ふん。」「1ヶ月くらい一緒に住んでたんですけどね…」

話を聞くと「同棲していた」→「結婚しようという話になった」→「親に反対された」→「気持ちがちょっと盛り下がった」→「車で事故った」→「手元にない車のローンを払うのがいや」→「イライラ」→「やっぱ結婚やめ」ということらしい。まぁ、ない物のローンを払うのはつらい。私も未だに事故ったバイクのローンを払っている。でも、車やバイクに乗ってたら一度は通る道ではないか。(あ、ちょっと違うかも)

昼病院で働いて晩に学生をしているので一応学生なのに、ハイラックスサーフなんかよく維持できるなぁとは思っていたが、そういうことを言うのも時代遅れな感じがしたので言わなかったが、さらに事故ってローンもっていったら生活しんどいんちゃうかなぁと思った。う〜ん。引き続き話を聞いていた。

「でね、結婚することが決まったら、ぜひなおぞうさんに会ってもらおうと思ってたんですよ。彼女にね、話したらぜひ会ってみたいって言ってたから。」

なんで私がアンタの彼女に会わないかんねんと思いつつ、続きを聞く。

「インターネットの話になって、詳しいねって言われたんすよ。で、なおぞうさんていう面白いオバさんが病院にいて、その人にいろいろ教えてもらったって言ったんすよ。主婦でバイクで事故った人やねんけど、マックおたくでホームページとか作ったりしてる人だって言ったら、面白いね〜。とか言ってて…。」

面白いオバさん、ってアンタ…。25歳くらいの人から見たら私はやっぱりオバさんなのかと思うとちょっとショボーンである。確かにサザエさんより7歳年上だし、やっぱりオバさん?

「バイクで事故ったマックおたくでホームページなんかも持っているオバさん」ってなんだかな〜と思うが、それが今の私の姿なのだ。うう、なんか嫌。だからといって、バイクをやめる気もマック生活をやめる気もさらさらないのだが。

30代にさしかかった女性にもれなく押される「オバさん」という烙印。恐ろしいことに、藤原紀香だろうが山口智子だろうが松嶋菜々子だろうが20歳前後の男性からしたらもれなくオバさんなのだ。

「扶養家族が、扶養家族持ったらアカンで。結婚は自立してからや。」と言っておいたが、こういう考え方自体が時代遅れなのかもとふと思った。


2002年11月05日(火) 夜の精肉店

帰り道にがしがし自転車をこぎながら、今日の夕食は何にしようか考えていた。家には昨日作った「牛すじカレー」がある。今日のお弁当はエリンギのバター焼きのっけカレーだったが、晩は何かどしっとしたカレーが食べたくなった。

そうだ、どしっとしたカレーと言えばカツカレーだ!と思い立つと今度はそのトンカツをどうするか考えはじめた。この時点で家までの道のりの半分は過ぎている。スーパーで肉を買って揚げるのもめんどくさいし、どうしようかなぁと考えていると、数日前の日記に書いた「朝から揚げものをジャージャー揚げているお店」のことを思い出した。そうだ、あの店に寄ってみよう。

時刻は19時。お店はまだ開いていた。が、さすがにもうジャージャーと店頭で揚げてはおらず、トンカツ、からあげ、コロッケなどがフライヤーの横にちんまりと陳列してあった。「トンカツ200円」と書いてあった。

「おばちゃん、トンカツちょーだい。」と呼びかけると、非常に精肉店らしいおばちゃんが出てきて言った。「210円やけど200円でええわ。あ、これも入れとくわ。」とがさがさと傍らの揚げ物を昔ながらのハトロン紙に包んでくれた。「うわ、ええのん?」と私が問い返すと、「もう、仕舞いやからな。おまけや。」といって、もう一つ入れてくれた。「ありがとう。」と言い私は200円を渡して家路についた。

家に帰ってカレーを暖めつつ、揚げ物の包みを開けてみた。中にはトンカツ、コロッケ、ウインナーとウズラ卵の串カツが入っていた。これを見て私は瞬間的に「平日禁酒」をかなぐり捨てて、コップに氷と焼酎を入れた。そしてテレビをつけたがロクなもんがやっていなかったので、音楽をかける。mp3のランダムモードにしているので、ドリフターズから中森明菜、百恵ちゃんまでかかるでたらめ具合だったが、鼻歌を歌いながら焼酎を飲み、トースターでコロッケ、たまごカツを焼きソースをかけ、食べた。台所内立ち飲み。キッチンドリンカーの一種である。

と、言うことでカレーが暖まるころにはコロッケ、タマゴカツ、焼酎ロックは胃袋に収まり、「学校へ行こう」を見ながらカツカレーを食べる頃にはしっかりアタマのなかはボヨーンとなっていた。

しかし、精肉店の揚げ物を食べるのは久しぶりだ。久しぶりに食べるとそのどかんとした存在感、実力に感動する。コロッケはイモ、そして挽肉のみ。形はいびつである。竹串にウィンナーとウズラタマゴを変わりばんこに刺した串カツはこじゃれた店では絶対食べられない。そしてトンカツはでかく分厚いが、縮まないようちゃんと筋は切ってある。それをラード100%と思われる油でがしっと揚げてある。ああ、ビバ!精肉店!と賞賛せずにはいられない。

これから会社帰りはたびたびあの店で何か買ってしまうだろう。「じゃがカツ」ってのも何か気になるし…。


2002年11月04日(月) お買い物

この休みは連休なのだが、今年は遠出をしなかった。いきなり寒くなったので体がついていかないというのが理由である。といっても家でネットばっかりやってると立派なひきこもりになってしまうので、一念発起して木枯らしの中外へ出た。

行き先は日本橋である。電機屋街へ行って散策をするのだ。その近所には道具屋筋というプロ用台所用品(厨房機器っていうのが正しいんだろうか?)を扱う店が軒を並べた通りがある。そっちも私の大好きな場所だ。

膝の調子が思わしくないので今日は自転車はお休みだ。が、バスに乗ると変なギャルなどに「何だかな〜。」と思ったりして、やっぱり自転車にしたら良かったかなといつもながらに感じてしまう。ちょっとアタマがおかしいんだろうか、私。

とにかく終点のバス停に着いた。近くの映画館では「トリプルX」をやっている。今見たい映画の一つなのだが、どうもB級の香りが漂うので躊躇している。案の定こないだ始まったばかりなのに11月8日で上映は終わり。やっぱりあんまり面白くないのだろうか?

前述の道具屋筋では米びつ、耐熱ボウルなどを心の欲しい物リストに記入した。米びつは我が家の長年の課題である。現在は巨大タッパーに入れているのだがこれが何とも中途半端なでかさである。5キロ全部を入れようとどささ〜っとやると、6合くらいだけ入らない。ということで最初の3回くらいは米袋から米を出すことになる。いろいろ見たのだが、ボタンを押すとざ〜っと出てくるタイプか、水色のプラスチックのコンテナボックスのようなものばっかりだった。実家にあるようなブリキの箱が欲しいのだが結局見つからなかった。親が私が生まれた頃に買ったと言っていたから30年前のシロモノである。さすがの道具屋筋でも見つからなかった。これからも私は米びつを探し続けることだろう。

さて、電機屋街である。まず、マックの中古を見にゆく。初代5ギガのiPodが29800円で売っていてふらふらする。ううう。他にも20周年記念マックや、G4キューブが私の心を振るわせる。が、異常に高い。15万てアンタ…。その傍らに新品開封品のeMacが99800円で売られておりちょっとびっくり。さすがマック界。訳がわからん。

次はパーツ屋にゆく。いろいろ変なものがあって楽しいのだ。CD-Rのディスクが20円くらいで売っていてびっくりしたり、ノート用のコンボドライブが15000円くらいで売っていたのを見て、省スペーススタイリッシュマシンの自作をしたいなぁとふつふつと思ってしまった。が、作った後の使い道が思いつかないのでやめておく。自分の作ったマシンにMacOSがインストールできれば絶対作るんだけどなぁ…。結局ある店でプレステ2で使えるDVDを見るとき用リモコンを買う。台湾製の「遊楽駅2」という商品名で880円也。

雑貨屋さんと食堂が合体したようなお店で、ナシゴレン定食390円、ベトナムコーヒー250円を食して帰ってきた。

しかしいきなり寒くなってきたなぁと襟巻きをぐるぐるに巻いて帰ってきた。膝の調子もいまいち不安だし何だかイマイチ気合いの入らない連休だった。


2002年11月01日(金) マック生活

今日は雨が降っていたのでバスで通勤した。こういうとき、川沿いのホームレスのおっちゃんは一体どうしているのだろうとふと考えた。雨の湿気がむんむんしたバスの中で、じっとりと汗をかきながら、カッパを着て自転車に乗った方がましかもなと感じた。

会社に行くとなんと今日は4人が東京でミーティングだった。ということで4人で4本の外線と7本の直通ダイヤルイン電話を相手にすることとなった。これが私には地獄のようだった。以前勤めていた会社で、「3コール目までに取る。取れなかったら、お待たせしましたと言う。」という習慣が付いており、2回なったら受話器を上げるのが癖になっている。

が、社員の人たちは全然そんなことは思っていない。もっともこの会社はWeb上でブッキングや、貨物の配達状況を検索できるシステムを提供しているので、電話で問い合わせてくる客に答える必要は本来ないと考えているのだ。で、外資系なのでかなりメンタル的に徹底している。問い合わせがあったら、「ホームページに掲載されているはずですが。」といって断ってしまう。私のように「2コールで電話を取る。」というのは非常に時代遅れっぽいのだ、この会社では。

ほとんど燃え尽きながら18時になった。雨は上がっていたのでちょっと歩いて離れたバス停からバスに乗って家に帰った。帰るとほんまに何にもやる気がしないので、とりあえずメールチェックをしてiTunesで音楽を聴いた。ランダムモードを選ぶ。

これが新鮮だった。どういう基準で並べ替えてるのかは分からないが、バラバラなようで妙に合っている。ちなみにこんな感じで演奏された。

シルビィ・バルタン
かぐや姫
井上陽水
キョンキョン
カルチャークラブ
MISIA
ジプシーキングス…

「神田川」から「夏の終わりのハーモニー」ってなかなかいいよなぁと思っていたら、キョンキョンの歌う「アクビ娘」そして「カ〜マカマカマ♪」である。うぷぷ!と思いながらメールを書いたり、ふらふらとネット徘徊したり、結局疲れているくせに1時まで遊んでしまった。

欲しいなぁ、iPod。(ぼそっ。)


nao-zo |MAIL

My追加