夕暮塔...夕暮

 

 

とこしえを - 2004年07月31日(土)

まだ誰もとこしえを知らぬこの国の地平まで夏は腕を広げる




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陽が落ちてからようやく流れ始めた風に乗って、エコーのかかった祭り囃子が届く。遠くの夕雲の陰は深くて優しい、濃密な虹を溶かしたような甘い色合いで、かたく結ばれていたものがほどけそうな気持ちになる。予定通りに仕事が1つ終わりを迎えて、来週からようやく土曜夜が空くことになるのに、なぜだか私はあまり嬉しくない。大きな河が静かに横たわる街、土手沿いに緑と花々の揺れる風景、きっともう来ることはないと思えば随分寂しい。
ガラス張りのビルの最上階で食事を摂る、私の席からは花火が、向かいに座る知人からは14夜の月が見える。花火と月光は本当は空に同居しない方がいい、花火が弾ける時、あらゆるものに夜の影が広がるあの瞬間が、本当に稀有で美しいと思うから。



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綾なす - 2004年07月28日(水)

どの人の夢にも綾なす幻は宿りたり甘き祈りに満ちて



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灰になるまで - 2004年07月23日(金)

きみにしかさわれない傷の哀しさを憶えてていつか灰になるまで




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静かに沈む - 2004年07月22日(木)

常々わかってはいることの筈なのに、心から尊敬する人によって直面させられたら格段にリアルで痛いものだと思う。自分の浅はかさを改めて噛み締めれば、どこかがぎゅうっと絞られたように悲しくてつらい。もっと物事を深く緻密に考えられるようになりたい、けれどどうしたらそうなれるのだろう、それすら濃密な霧の中だ。明らかに正しくて私には見えていなかったものを突きつけられれば、自分の愚かしさばかりが浮き彫りになる。こういう時には、悔いるべきものも責めるべきことも自分の内側にしかない。声も涙もなく、静かに沈む。


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揺れる柳の - 2004年07月21日(水)

さらさらと揺れる柳のひとすじになりたくてなれぬ熱の渦中で




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連休 - 2004年07月18日(日)

こんな天気のいい日にも外に干せないのはどうかなあと思いながら、衣類乾燥機のスイッチを入れてから外出。もはや本人が憶えているかどうかすらあやしいけれど、親元を離れる時に父が提示したささやかな条件は、今日まで一度も破られていない。
カフェ巡りを趣味にする知人に連れられて、焼けつくような天の下吉祥寺を歩く。その後私の地元に移動して「今日、お茶しすぎ」と言いつつさらにお茶を飲み、何度か訪れたイタリアンレストランへ。
明日は初めての宝塚観劇、歌劇自体も客層も、どんな風なんだろうととても楽しみ。


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茜空 - 2004年07月15日(木)

厚い雲の向こうには滲む夕焼けが押し寄せて文月なかばを越える



明日はもう隣町まで来ていると信じたくなる茜空波




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時の舟だけ - 2004年07月13日(火)

いつかどこへ辿り着くのか知らぬまま 時の舟だけゆるく流れて



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ヤミで - 2004年07月07日(水)

白いコットンのワンピースに薄手のカーディガン、涼しいようにと配慮した服装の筈なのに、あまりの陽射しと湿度にぐったりしてくる。友人の車で食事に向かう時、こちらで運転するのは怖くないのと尋ねてみたら、「車線が逆だから、最初は怖かった…でも元々免許をヤミで取ったから、向こうでも路上教習ってしなかったけどね」とさらっと言うので、思い切りのけぞる。「それってどういうこと!?」と詳しく訊くと、信じ難いような事実が淡々と語られる。「そういうのがあるって事は、結構世間では暗黙の了解みたいなものなの? それとも一部の人しか知らないのかな」という問いには、「知らない人の方がずっと多いと思う、私も声かけられるまで知らなかったし」。世の中わからない事がまだまだ色々あるものだ、もしかして日本にもそういうシステムがあるのだろうか。私は教習無しで路上に出たら間違いなく事故を起こすだろうから、ヤミ免許システムがあったとしてもチャレンジしてみたいとは思わない気がする。本物のハンドルを握った事もなくいきなり運転を始めた彼女の度胸とセンスには、心底感服してしまう。


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七夕の前 - 2004年07月06日(火)

声をどこか遠いところに置いてきたような気がする七夕の前



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