夕暮塔...夕暮

 

 

風光る日 - 2003年02月27日(木)

風光るこんな日にさえ君の手を暖める事もできないでいる




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「先生、手、あったかい」
別れがたい。校門の前、空はいっそ鬱陶しいほど澄んで眩しい、強風が私のマフラーをほどいて、彼女がそれを巻き付けてくれる。言葉がうまく出なくて、その手を取った。
…大丈夫だから、絶対、大丈夫だからね。我ながら拙いと思いながら伝えると、見つめたその瞳がじわりと水を含んでかすかに赤くなっていくのがわかった。1人でないと泣けないこの子は、多分私と別れた後どこかで泣くのだ。そう思うとますます別れられなかった。強がりばかりで本当は今にも崩れそうに脆い、こんな子まで受験戦争の波が平等に飲みこむのは、それを避けて通れない所に行きたいと彼女自身が望んだからだ。せめて祈るように手を包む、幼さの残る無言の掌は柔らかいのに、凍えたように冷たい。


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母猫の - 2003年02月26日(水)

三毛の仔の食むを見守る母猫の背中見下ろし梅の花咲く



三毛の仔の食むを見守る母猫のまるき背中に梅のひとひら



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「食べてるのを見てる」と私が笑うと、守衛さんは「そりゃあ見るよ、だって親子だもの」と笑い返した。いつの間にか白梅が咲いて、つやつやとした三毛達をくるむように清冽な春の香りがしている。


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ぬるき棘まで - 2003年02月25日(火)

光射す出口求めた思春期のぬるき棘まで今はいとしい




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あらすじだけ見知っているドラマを、偶然観た。どのシーンも明かりの効果を計算したカメラワーク、少年が見上げる吹き抜けの長い螺旋階段、巡り巡ったその先に光が射している。私も多分これくらいの頃は、ああいうものが欲しかった。
久々に風邪をひいたらしいので、早く寝てしまおう。


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褪せてしまえば - 2003年02月24日(月)

君に触れた瞬間の熱も高揚も褪せてしまえば楽になるけど



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恒久にこの胸を飾るひとすじの誇りにも似たものを知ってる


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美容師さん - 2003年02月22日(土)

ようやく時間が取れそうなので、髪を切るべく美容院に電話した。しばらくコールした後聞こえてくる、いつも切ってもらっている店長さんの落ち着いた声。しまった、この人が取ってしまったか。この人の腕は信用しているのだけれど、服装のセンスと話し方、全体の雰囲気がどうにも苦手だ。初めてお会いした時は、ピタッとした赤いシャツに皮のパンツ、それにパンクっぽいベルトをしていた。豹柄のシャツだった時もあったような気がする。その美容院のスタッフだった友人の話によると、「私服はあんなもんじゃない、本当にヘン」で、「虫のようなサングラスをしている」らしい。容易に想像できて心底怖ろしい。彫りの深い顔立ちで外国の人みたいだから似合っていないわけじゃないんだろうと思うけれど、かといって受け容れられる感じかというと、やっぱり難しいな…。


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蜜のかおり凪ぐ - 2003年02月21日(金)

くれないの椿の蜜のかおり凪ぐ闇をくぐりて家路へとつく



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涯のない - 2003年02月20日(木)

涯のない日々を思えば何もかも遠ざかるように波に巻かれて




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「だからあんたは、あっけらかんとしていけばいいんだと思うよ、本当に。…それが最善の策だよ」
その思いがけない真剣さに、一瞬惹き付けられて、そのまま目を離せなくなってしまった。
わかった、そうする。あっけらかんと、なにもなかったみたいにして笑って過ごす。そう伝えると、彼女は「それがいい」と何度も頷いた。そんなやり方しかないのかと考えると僅かに胸が痛いけれど、仕方ない事なのかもしれない。色々なものに波を立てない事を優先する、こういう消極的な責任の取り方もあるのだと、半分納得いかない自分に言い聞かせる。
きっと1年も経てば、薄れていく。
時間が優しい薬になってくれたらいい。何かをゆっくりと、変えるのではなく癒すようなものであればいいと思う。


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橙光 - 2003年02月15日(土)

地下鉄がなめらかに四谷で浮かび上がると、地上は既に夜だった。オレンジ色の光がゆっくりと空を移動している、飛行機かヘリかわからないけれど、切り取られた視界の隅がちかりと光るのが計算されたみたいにきれいだと思った。

久しぶりに赤坂に向かっている、月曜の勤務先の一番の古株の女性が資格試験に合格したのを祝う会のために。東急ホテルの名前が変わっているのに驚いた。いつからだろうか。近頃少し流行っている変わった趣向の店、通された席で私は上座から2番目に座る。本当はその人がここに座るべきと思うけれど、彼女は上司の隣に座りたくないのだ。というよりは、ここにいる誰もがそれを避けたい。


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みどりの背中 - 2003年02月12日(水)

水仙のみどりの背中はうちしおれ雨にまだらな地を見つめ居り



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苦しい眠り - 2003年02月09日(日)

眠りが浅くて何度も目覚めながら、その合間に夢なのか現実の思考なのかわからないくらいの痛々しさで昨日のメールの内容が揺れていた。頭の中を掻き混ぜられるみたいで苦しい、こんな風に辛いなら眠りたくないと思うのに、起きるのも煩わしくてまた眠ってしまう。
なんだ、やっぱり随分やられていたんだ。起きてから真剣にそう思った。こんな事って最近本当になかった。


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ぬるき毒の - 2003年02月08日(土)

久々に、かなり打ちのめされた。体が、心ごと地球の重力から少し離れたみたいにふわふわする、不安ってまさにこういう事だと、霞がかった頭のどこかで思う。薄い毒が全身をゆっくりと巡るような感覚。あんまりに久々だから今日はこの感じをお風呂で味わおうと思う、と言ったら「まだ完全に落ちてない」と言われてしまった。そうだろうか、単なる自虐趣味の一端のような気もするけれど。



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ぬるき毒の舌が体内をのろのろと蛇行するような靄の間(あわい)よ



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あなたにも - 2003年02月07日(金)

あなたにもいつの時にかこんな風に誰かを眩しく望む日がくる



あなたにもいつの日か訪れるといい 誰かを眩しく望む真昼が




…………




私があの子をもどかしい位いとしいと思うように、あの子がいつか、誰かを本気で愛するようになるといい。どうかそうなりますようにと、会った事もない誰かに祈るように思う。そう近い日でなくていい、私に知らせてくれなくても構わないから、澄んだ風の中でぴんと胸をはれるような、そういうものを、あの子が見つけられたら。


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如月最初の - 2003年02月06日(木)

弓張りの横たわる下で耳すます 如月(にがつ)最初の木曜の夜




甘ったるく リフレインする君の声 わずかに笑った気配さえ まだ





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風にくるまれ - 2003年02月05日(水)

透き通った風にくるまれ外界をみはるかす間にここへ流れて




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どうして、こんなところにいるんだったかな。
時々本当に考え込む、辿ってきた道を少しずつ頭の中で逆行しては、自分の運の良さに呆れて舌打ちしそうになる。こんな筈じゃなかった、もっとずっとゆっくりでよかったのに。すくなくとも、私の力に見合う程度の。
停滞する事を恐れた時期もあった、だけどもうそれも随分前のこと。



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休日 - 2003年02月02日(日)

ひさしぶりの休日、朝からベッドで小説を読んで、また少しうとうとした。コーヒーを煎れてパソコンを立ち上げ、細々とした情報を仕入れながら、合間に洗濯機と乾燥機を回す。テレビではコロンビア墜落のニュースが繰り返し流れている、彗星のように地上に流れ落ちるシャトルの映像、あの白っぽく燃える光の中に人間の体があると思うと、やたらと感傷的になる。できれば、できればもう見たくない、宇宙に出るということを巡って、科学の栄光と非力を思い知らされるようで切ない。亡くなった人の家族はあれをどんな気持ちで見るのだろう。チャレンジャー号の大破の瞬間みたいに、これからあの映像は繰り返し流れ続けるに違いない。何十年も、もしかしたら何百年でも。だめだ、苦しい、あまりにも。



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