夕暮塔...夕暮

 

 

微熱 - 2002年10月31日(木)

微熱のまま外に出れば、通い慣れた道は初めて見るような表情に変わる。鮮やかで虚ろな世界。夕食を済ませてパソコンに向かってみたけれど、結局頭がうまく働かないから、そのままぼんやりと爪先を見つめる。いたずら心を起こして、マニキュアの詰まった引き出しを開けて細かいラメの瓶を取り出す。半透明のパールモーヴの塗られた爪は短くしたばかり、その先に細く細くラメを乗せてトップコートをかけてみた。派手でなく基本通りでもなく上手にできたと思う、でもどこかおかしい感じ。ふっと口角を上げる。デスクライトの下、持ち上げた指先は夢の中みたいにきらきらしている、どこもかしこもうまくいってない今日の私の身体の中でそこだけが完璧な気がして。




****************** ******  **    *




熱の中 諍う夢見てまだここに 痛手はありぬと胸に手をあて


-

今は隣に - 2002年10月29日(火)

いつかきみが晴れやかに真昼わたる日を希(こいねが)いながら今は隣に



…………




あの子の歩く、未来を考える。
明るい道であるようにと思う。私の知らない街、日の当たる見知らぬ道を、泰然と歩いてほしい。彼は多分忘れてしまうだろう、ママと通ったレンガの旧い建物と銀杏並木、背の高いお姉さん、水曜午後二時の約束。


-

不調 - 2002年10月28日(月)

全身が痺れたようにだるい。目眩に似た眠気、発熱しているせいもあって、頭がぐらぐらする。呂律もきちんとまわっていない気がする。こんなに眠いのはおかしい、確かに風邪薬は飲んだけれど、それにしてもこんな風になる理由がない。…朝飲んだ薬を思い出してみる。顆粒の解熱剤と咳止めは前回処方された袋に入っていたままだから間違いない。だけど冷凍庫から出した小さな錠剤、風邪薬と思って飲んだけれど、そういえばあれは何だっただろうか。
「…もしかして、風邪薬と間違えて、睡眠薬飲んだかな」
「まさか、と、言いたいけど。あなたならやりそう」
「やりそうですね…」
デスクに突っ伏したまま、目を閉じて真剣に考える。随分前に面白半分に貰った睡眠薬は、全然手を着けないまま引き出しにしまってある筈だ。冷凍庫に入れた覚えはない。しかし、そうでもなければこの眠気はなんなのだろう。



********* **** *



いつも少し憂鬱なコーヒーブレイク。今日は濃いコーヒーは飲む気になれないけれど、席を外すわけにはいかないのでとりあえず同席する。
「あなたたち具合悪そうだねえ…生理?」
相変わらずストレート。脱力して、思わずぐったりと否定してしまう。…わたしは、風邪です。
「私は生理です」
すかさず同僚が言う、職業柄、抵抗は全くないのだろう。
女の人は大変だよねえ、月に5日……2・3日もそんな日があって、と両手の指先をからめて彼はしみじみ言うが、それにしたって仕事の振り方には容赦がない。それでも解っているだけましな方なのだろうか。



-

霞む真夜中 - 2002年10月27日(日)

きみを乗せた電車を笑顔で見送った 下弦の月も霞む真夜中



…………


-

君の胎 - 2002年10月25日(金)

あたたかき命眠りたる君の胎(うち) 風光るホーム 頬はまばゆく



久々に会えば「5キロは増えたよ」と誇らしげに笑む頬のまばゆさ




…………






-

愁雨 - 2002年10月24日(木)

部屋の隅でやや所在なさげに座っている少女に、長椅子の隣をはたいてここへおいでと合図すると、ショートカットの彼女がぴょんと跳ねるようにして私の隣に座る。可愛い、と心底思う。見上げてくる濡れたようにきれいな瞳、傷つきやすくてコントロールの弱いこの子を、どうしたら楽にしてあげられるんだろう。霧雨が降っている。校庭の色づいた銀杏を見下ろせば耳に響く、不揃いなリコーダーの音色。

**************** ***   *

煙草の匂いのする夕方。
「…前にも、言ったけど。あんたの仕事は、残虐非道で冷酷じゃないとできないよ」
「わたしがそうだって、言いたい?」
からかい気味に返すと、彼は曖昧に否定する。

でもそうかもしれない、本当に、そうかもしれないのだ。


-

元気でと - 2002年10月21日(月)

元気でと簡単に告げるこの口が憎い どうしても お願い行かないで


しんしんと別離の地平に降る雪を 見ずに発つきみよ晴れやかに咲け



****************** ****   **   *




…困ったな。ああ何度目だろう。そういう時期なのだ、仕方ない。それでも私の杞憂なんて、多分たいしたことないくらいの代物なのだ。慰めじゃなくて、事実を照らし合わせて見れば一目瞭然だと思う。…けれど、なんだか、やっぱり疲れた。


-

もうじきだね - 2002年10月20日(日)

「あなたと、イタリアに行きたいな」

友人が満面の笑みで言う。その中に真剣さを感じ取って、私はとても嬉しいと思いながら少しだけ辛くなる。もっと時間のあった時に、本当に一緒に行けたら良かったのに。私と彼女は本当に仲良しだけれど、そういえば旅行の経験は少ない。お腹がよじれると真剣に心配する位に一緒に笑って、時にしゅんとして2人でへこんだ。彼女は好きになった男の人にあまり大切にされなくて、私はそれが辛かった。こういう人が軽んじられるという現実をどこかで理解しながら、それでも憤らずにいられなかった。それは多分、今も変わらない。

彼女は来月アメリカに発つ。心が幼くてきれいな人。無邪気という言葉。大粒の涙を思い出す、胸を締め付けられるような思い出、私はあの後水屋で1人で泣いた。
もうじき、このひとと会えなくなる。


-

雨が強く - 2002年10月19日(土)

雨が強くつめたくこの夜を閉ざしたら きみに教えよう待ち人の名を


 

************ *****   ***     *




半地下の創作料理屋さん、このお店に来るのは久しぶり。相変わらずホストみたいな対応の、やたらと気の付く店員さんが2人。あまり忙しく気を遣われると居心地悪くなってしまうといういい例かもしれない。食べ物はおいしいのだけれど、友人の1人は本気でこのお店が苦手らしい。多分誘っても来ないんだろうなと思う。

「…あのね、聞きたい事があるんだけど」
「進展ないよ」
その間わずかコンマ数秒。あまりの即答ぶりに、同席していた女の子が驚いている。「きっと聞かれるだろうなと思ってた」 と彼女は笑い、事故ったりとかもあったし、全然時間なくて、と続けた。



-

ほどく代わりに - 2002年10月18日(金)

味気ない言葉を繋いで別れよう そっと君の指ほどく代わりに


味気ない言葉を鎖に別れよう きみの指ほどく勇気の代わりに



******************* ****   **      *




歪んでしまった眼鏡を修理に出した帰り、デパートに寄ってネックレスをクリーニングに出す。「15分程で終わりますので…」と言われて驚き、そんなにすぐに終わるんですか? と尋ねると、色白の店員さんがにっこり笑う。待ち時間に他のアクセサリーコーナーでイアリングを覗いてみる。MISTYで見つけたきれいな薄いモーブ色の石、そのままではほとんど色が見えないのに、人の肌に重ねると途端に発色が濃くなるのが不思議で楽しい。心底素敵だなと思うけれど、衝動買いはやめておこう。無いと困るというわけでもないし。


-

傘を持たず - 2002年10月16日(水)

傘を持たず歩くことにも馴れました 仰ぐビルの窓 半月が満ちる



硝子ごしに夜を迎えて風の中 月が空渡る下を歩いて




********************* ******  **    *





降水量の多い雪国で生まれ育ったから、高校時代までは、季節を問わず傘を持ち歩くのが常だった。玄関を出て車に乗る前の僅かな時間、今日は雨が降るかなと朝の空を見上げた。淡い水色に美しい雲の模様、昨日と同じだなんて思った事は一度もなかった。そうやって毎朝勘で天気を読む、あの頃私の天気予報はたいてい当たらなかったけれど、また外れてしまったと友人と笑い合って済ませた。レトロな教室を出て1人で放課後の橋の上から見た鮮明な夕焼け、あんな胸の苦しくなるような光景を、わたしはあと何度見られるんだろう。あの時の感性が死んでしまったとは思わない、だけどガラスごしに夜を迎える日々が流れて、次第にそれに満足するようになっている。




-

壊れそうに - 2002年10月15日(火)

壊れそうに 穏やかな日々が過ぎてゆく 夕雲も風も音を立てずに



こんなふうにきれいでさみしい夕暮れをひとりならしらないままでいたかな




……………







-

月夜 - 2002年10月12日(土)

思いもよらず褒め言葉を尽くされて驚く。嫌味でない言い方で褒められれば素直に嬉しい、すごい勢いで自尊心が向上するのがわかる。私は単純構造だ。でもどこか一枚フィルタがかかっているような気がするのはどうしてなんだろう。次の約束をしながらも、なぜか心躍らない。


-

火の中の国 - 2002年10月11日(金)

祖母の左胸に耳を寄せ涙して あらゆる事象の黄昏を見ぬ



すこやかに吾を育みし祖母の生 絶えてゆくまでの火の中の国



…………







-

きみに夜風を - 2002年10月10日(木)

薄紅の花揺らすような雲の下 ゆこう悠然と きみに夜風を




****************** *****  ***     *





もう、だめだ。
時刻はとうに深夜をまわって、明け方が近い。知らず大きな溜め息をつき、その大仰さに自分で驚いてしまった。目が霞む、デスクから立ち上がると足下がふらつく。ぐらぐらする視界を閉ざすために寝室へ向かうけれど、わかっている、この状態ではどうせ眠れないのだ。それでもベッドに身体を横たえて瞼をおろすと、わざとらしい程自虐的な言葉がいくつか脳裏をかすめた。いっその事その暗い渦に身を任せてしまおうかとも思うのに、結局それが実現しない事を、多分わたしが一番よく知っている。


そんな思いをした日なのに、夕暮れ時には何事もなかったかのように悠々と外に出る。美しい秋の空が変化するころ、虹色の花弁を透かしたような雲、風がひんやりと襟足を撫でる。買ったばかりのグレーのパンツの中で、ウエストが泳いでいるのがわかる。ああ、少し痩せたのだ。デパートで差し入れを買って、先程約束を取り付けたばかりの知人のもとへ向かう。

私はきっとしぶとくて強い、ちょっと可愛げがないくらいに。



-

たいせつで - 2002年10月09日(水)

たいせつで 手加減なんてできなくて いつかほどけるとわかっていたのに



…………




あざやかな魔法にかかったみたいだと笑う日がいずれ訪れるでしょう


-

面倒なことに - 2002年10月07日(月)

深夜近く、電話の向こうでまた電話が鳴り、メール受信を知らせる音が響く。
面倒なことになった、とうっすら思う。名誉と言ってしまえば全くその通りだし、とんでもないチャンスの到来なのかもしれないのだけれど。しかし。

遠回しに遠回しに、ずっと迂回してきた懸念事項を、一瞬で喉元まで突きつけられる予感。鋭い短刀。それは多分明日だ。どうして突然こんな事に。素直に喜ぶ気になんて到底なれない。
わたしはこの大きな波に乗ってみるべきなのだろうか? 


-

きしむ歯車 - 2002年10月06日(日)

君を見ているとかすかな音がする 耐えかねてぎりり きしむ歯車



…………







-

束の間の - 2002年10月04日(金)

束の間の やわらかき秋のぬるま湯に 浸かり木犀に満ちるまちかど



…………






-

傷なんか - 2002年10月03日(木)

傷なんか 残さなくても特別なひとになれると 知らなかったから




***************** ***   **     *




父に用事があって会社に電話すると、ずっと勤めて下さっている女性社員さんの、明るくて良く通る声が耳に飛び込んで来た。美しいかつ舌が素直に羨ましい、わたしの営業用の声もそう耳ざわりは悪くはないと思うのだけれど、少し舌足らずなのだけはどうしようもない。
父の所在を尋ねると、困ったような笑いを含んだような、少し複雑な声になる。

「えー……今日は、朝から山に行かれました」 
「山に?」
「…長い棒を持って、山に芝刈りに……。長ーい棒を持って。」
「……………」

…………ゴルフか。
強調された部分と、芝という言葉でようやくピンときた。それなら携帯にかけても切ってあるかもしれない。夜はどうせ飲みに行くんだろうし、今日連絡を取るのは諦めた方が良さそうだ。もういいや……ちょっと脱力。


-

茜の帯 - 2002年10月02日(水)

夕映えに 高く茜の帯浮かび 秋の果てへと遠ざかりゆく



……………







-

せめてひとつ - 2002年10月01日(火)

せめてひとつ 思ふところを言葉にや変えむとて嵐待つ厳かさ



この胸を ことばに託せば頼りなく 歯噛みして細き糸紡ぐよう




…………








-




My追加

 

 

 

 

INDEX
←過去  未来→

Mail 日録写真