みかんのつぶつぶ DiaryINDEX|past|will
なんとなく心細くなる時間ってある。あの遠くにある街の灯りの下、雑踏に紛れていたら淋しくないのではないかと思ったり。でも、いざその人ごみのなかに紛れてしまうと、尚更強く感じる孤独感を知っているあたりが、自分は寂しい人間だと痛感する。 ぶつけどころのない苦しみと悲しみと疲れを引きずり引きずり病院の帰り道。野良犬のように殺気を放ち、孤独な目をしている自分が悲しすぎて。 つらかった。 帰らせまいとするあの顔から逃げるように出てきた自分が憎かった。 疲労感で感情的になってしまう自分をコントロールできない。 後悔で胸が痛み、潰れているかも知れない痛みに泣けず。 泣くことができる痛みならば、こんなに後悔はしていない。 そう、 泣くという隙間がないほど現実を直視していた。 こんなに辛いのに、どうして私は狂ってしまわないのだろうと本気で思った。
命短き人に付き添い走るタクシーの車窓から、ふり返り見る桜の悲しさを私は毎年この季節になれば思い出すのだろう。 この人と見る桜を忘れまい。 命咲いていたことを忘れまい。 必死で、ふり返ったんだ。
心のどこかに穴が空いていたことに、ふと、気づく夕暮れの街角。この耳鳴りは、その穴から吹きこむ風の音ではないだろうかなどと詩人になる帰り道には八重桜がぼってりと咲き乱れ。この花を見ると、祖母の家で過ごしていた時代を思い出す。ピンクや白のティッシュで作る花。束ねた紙を一枚一枚丁寧に引き上げて作る花びら。そばにいる祖母から漂うポーラクリームの香り。私は、祖母の家から見下ろす夕焼けの街並みが切なくて、カラスの泣く声に哀愁を感じる5歳児だった。癇癪を起こすと宇津救命丸を飲まされた時代。 がんセンターの裏門にも、八重桜が咲いていた。綺麗だから見に行ってみようよと、車椅子を押して行った記憶。どう時間を潰そうかと苦心していたあの空間、風の温度、光りの色。こんなにも生々しく思い出せることが、とっても苦しい。 乾いた傷口から滲み出る血の温度を感じる胸の奥底。
春の陽射しは私を陰鬱にする。 自分の影を見つめながら歩く道々。 空を見上げれば、 あの日もこんな空の下、 同じ風に吹かれていたのにと、 痛いほど、 痛いほど。
花も終わり葉も枯れ果てて、冬の間放置して荒地のようになっていたプランターのひとつに、すみれが咲いた。去年、他の花がひしめくその片隅に植えておいたのだった。すみれは、父がよく春の山へ散歩へ行くと摘んできては小さな鉢に植えて育てていた。なので物心ついた頃から私は、すみれを見つけると「お父さんの好きな花だ」と、ちょっぴり嬉しくなったりするようになった。この歳になっても相変わらず、父に咲いたと報告したくなったりする。 時々ベランダの柵に鳩が飛んでくる。子ども達は嫌がってすぐに追い払うのだけれど、私はどうしても邪険に追い払うことができないでいる。今日も冷たい雨降る空を羽ばたいてやってきた1羽の鳩。鳩を見つめながらいつも病室でのことを思い出す。 「鳩になって帰っておいでよ」 この言葉をとっさに口から出していた。何か言わなくちゃと思っていた。あれはあの日は、私ひとり呼ばれて、脳と脊髄に点在する腫瘍のMRI画像を目にし、余命はそう長くはないと告知されたのだった。 もう、家に連れて帰ろうと本気で思った。 窓の外にいる鳩を二人見つめ無言になってしまった。 彼に言えない、言わない。言わなくては。迷いで言葉少なになった。 彼も、何かを悟っていたのかも知れない。 空を飛べば病室から家までとっても近道。 自宅に飛んでくる鳩は、もしかしたら病院にいる鳩たちじゃない?と彼に聞いたかも知れない。同じ鳩が飛んでくるのだから、家にいるのと同じだよと、子供を誤魔化すように慰めていた私。完全にパニックだった。 心を想いを鳩にのせて、帰っておいでよ。 キミの身体を吹きぬけた風は、下校する娘の頬を触るだろう。 キミが見上げる空の続きには、校庭を走る息子がいるだろう。 一人じゃないよ、みんな忘れてないよ、と、言葉にすれば良かった。手紙でも良かった。ちゃんと、伝えれば良かった。 キミの生まれたこの季節は、生命の芽吹く陽射し優しい季節ですね。
みかん
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