りとるのひとりごと。
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2004年11月28日(日) イライラカリカリ・・・

イライラしてしまう今日この頃。

息子をずーっと叱ってる気がする・・(汗)

私に似て超頑固なヤツ。

言い出したら聞かないったらありゃしない。

もー頭来る腹が立つ。

息子はケロッと気分を変えても、私はいつまでもイライラが
ブスブスとくすぶりつづけてストレス溜まる溜まる。

ダメだな〜こりゃ。


明日から仕事に集中しようっと・・。
来月はもっと忙しくなりそうだけれど。


2004年11月27日(土) 労災申請問題・完結編

金曜日、一つ重荷を下ろしたと書いた。

実は労災申請の件。


弁護士といろいろ相談した結果、申請をしないことにしたのだ。

そう決めるまでには本当に悩みに悩んだ。

相手の企業があまりにも有名なので、申請をすることでの
社会的意義は大きいとは弁護士の意見。

マスコミに大きく取り上げられる可能性もある・・とのこと。

そんなことは考えもしてなかった。

誰かが声をあげることで企業が良くなっていくことも
あるのかもしれないけど・・私にその気は無し。


何よりも、申請しても認定される可能性は、
「メチャクチャ頑張って」1割2割程度だと言われたのがきつかった。

決定打となる証拠が今一つ足りないらしい。

当時、ダンナの一番近くにいた同僚は遠くに転勤してしまっていたが、
彼ならきっと力になってくれると信じていた。

・・しかし、連絡がついて喜んだのもつかの間、
「旦那さんのことは、もう記憶すらなくて、印象しか残ってないです」
と言われて愕然。

私にとって昨日のことのように覚えているショッキングな出来事も、
彼にとっては所詮他人事・・すぐ忘れてしまえるようなことだったのだ。



「旦那さんが業務上で亡くなられたのは多分間違いないでしょう。
ですが、それを法的に認めてもらえるかどうかは難しいんです」

弁護士さんはそう言った。

「りとるさんが、法的にも業務上で亡くなったと認めてもらわないと
納得しない・・と思われるなら申請してもいいと思います」

・・そんなことないです・・。
そういうつもりで労災申請を考えたわけではないんです・・。


結局、申請しないことに決めて、法律事務所をあとにした。

「まだ間に合いますから、気が変わったらまたきてくださいね」

・・多分来ないと思います・・。


帰り道、自然と涙が溢れてきた。

泣きながら歩いた。

申請出来ない(認定が難しいという意味での)悔しさ、
毎日悩んでいたことが終わったという安堵感・・。



・・ということで・・。
認定はまず無理・・と専門家に言われてしまったので・・。
労災申請はしないことにした。

ダンナの死後5年は、来年の1月14日。あとわずかだ。

空しい・・。



2004年11月26日(金) いっそ何もかもぶちまけたい。

今月のお仕事開始〜。
・・しかしのっけから凹んだ。


昼食タイム。

食事を終えてあれこれと世間話に花が咲く。

と、私の前に座っていた人が、
「そうそう!私この前自殺死体見ちゃったのよ〜〜!!!」

「え〜〜うそ〜〜」
「気持ち悪い〜〜〜!!」

みんな大騒ぎ。

私1人顔も身体もスッと硬くなってしまい、固まってしまった。

その人が見たのは首吊り死体だったらしい。
救急車が来て何事かと見に行ったようだ。

「最近ネットで集まって自殺とか多いよねー」
「そーそー、車に排ガス引いたり練炭入れてさー」


もういい、もういいから他の話題に行こうよ・・。

何か言わなきゃ・・でも心臓が鷲掴みにされているようで、
何も言葉が出てこない・・。

しばらく自殺の話題が続き、やっと他の話題に移ったときは
全身の力が一気に抜けた感じがした。

あーよかった・・取り乱さずにすんだ・・涙流さずにすんだ・・。



1人で何苦しんでるんだろー私。

みんな、まさか目の前にダンナに自殺された人がいるとは
思ってないだろうし。

でもやっぱり辛い。そういう話から逃げたいっす。


2004年11月25日(木) 調子悪いっす(涙)

午前1時半頃、気分が悪くなり目が覚めた。

そのままトイレへかけこんでうずくまり、
気が付けば午前3時・・。

吐きたい〜けど吐けない〜(涙)
下痢もなし〜〜。
何なの・・?!


何とか立ち上がれたので再び布団の中へ。

今朝のしんどかったこと。

仕事は明日からで良かった〜。

しかし日中もみぞおちの辺りが詰まる感じで、
ぎゅーっとするのでイライラも最高潮。

PMSの、かなり酷いのが今回来てしまった感じ。


で・・。

今日、一つ背中に背負っていた重荷を下ろした。

詳細は後日・・。


2004年11月24日(水) 久々によくしゃべった・・・。

友人と二人だけで数年ぶりのランチ・・。

ほんと、子供抜きなんて何年ぶりかしら。

郊外のショッピングセンターに行き、ウィンドーショッピングを
楽しみ、お互い子供のものだけ購入(笑)

「あああ〜。ほんと久し振り・・幸せ〜」

パスタを食べながら友人が言った。

旦那さんはイタリア料理がダメなのだそうだ。

チーズなどの乳製品も全くダメで、ピザやグラタンなどは言語道断。

友人は食べたくてしかたなかったらしい。

食べ物の制限は辛いものね〜・・。


のんびりゆっくりしたものの、午後4時には別れた。

母親はつらいっす。


2004年11月21日(日) ね・・・寝込んじゃった・・。

息子はまだまだ本調子出ず・・。

園では吐くし、家でもほとんど食べない。顔が青白い・・。

でもこれから良くなるかな・・と心配していたら、

・・私が倒れてしまった(汗)


倒れるっていっても、腹痛と下痢で一日寝てただけだけど。

それでも洗濯と掃除は意地でやった。

夕方から熱が出た。

意地で息子をお風呂に入れた。


一晩苦しかった。

朝、熱が下がっていた。

久し振りにちゃんと食べられた。


一日息子を母に預けるかたちになってしまい、情けない・・。

息子と症状は全然違ったが、やっぱりうつったのかなー?!


何はともあれ。一日で復活できてほっとした・・。


2004年11月18日(木) 私にうつりませんよう・・・(祈)

午前3時。

「お腹が痛い!お腹が痛い!!!」

突然息子が叫びだしたので飛び起きた。

息子のお腹がグルグルと鳴ったと思ったら、
吐くわ吐くわ、も〜大変。

朝までトイレとの往復、洗面器を洗うこと数知れず。


病院行く!と訴える息子。

急いで小児科へ予約・・もう21番目・・?!


小児科のトイレでも盛大に吐き、ショックでパニックの息子。

結局この時期一番多い胃腸風邪だった。

点滴200ミリリットルを3パック。

点滴室で寝ていると、隣のベッドに息子のクラスメートが。

耳鼻科でいつも会っている息子が大好きなガールフレンドだ。

「何だか病院でばかりお会いしてますよね〜。」
母親同士で苦笑い・・。

「午前4時から始まって・・」
「うちは3時です・・」
「あら〜」

いやはや、幼稚園はうつるのが早いわ。


点滴が終わって針を抜き、しばらく押さえていなきゃならないのに、
トイレにいきたがる息子。

もれちゃう〜と言われて慌てて連れて行き、
思わず手の甲(針の入っていたところ)から手を離してしまった。

ぶわ〜っと、たちまち血が溢れ出して息子の手が真っ赤に。

「うわああああ〜!!!」

溢れ出す自分の血を見てパニクる息子。大泣き。


「夜には元気に普通に食べられますよ」と先生に言われたが、
ほとんど食べられず・・。

しかもまた噴水のごとく吐いて、分厚いカーペットの裏までぐっしょり。

とりあえずその日はすぐに寝かせた。


今朝は唇まで真っ白けで血の気ゼロ。

幼稚園に電話して、まずは少し食べさせた。

飲み食いして落ち着いたのか、また寝てしまった。

・・もうすぐ昼・・まだ寝てる息子・・。

はやく元気になっておくれ〜。



2004年11月14日(日) 疲労困憊しとります。

4歳児というのは、かくも難しいものなのか・・。
今更ながら4歳児の難しさを実感している母親りとるっす。

「はーい」って素直だった3歳の頃が懐かし〜。

息子の理不尽なワガママについていけず、私も爆発。

息子よりキレて、もう半狂乱になってしまったことも。

私の狂いっぷりに息子は怯えてさらに大泣きするし。とほほ。

しかし狂ったあとは喉が痛くて参る。

親子してグッタリ。


そんな毎日なので、ストレスの溜まり方は尋常じゃない。

あっという間に許容範囲を越えるので、少しずつでも解消しないと
「本当に」狂ってしまう。

好きなアーティストの歌を聴いたり、ビデオを観たり。

それでもダメなときは布団の中で泣く。

3日に1回は泣く。


あと2ヶ月でダンナの命日。
5年がたつ。


2004年11月12日(金) 感動でちょっと涙出た(笑)

新しいテレビがやってきた。

26インチハイビジョン液晶テレビ!

地上デジタルチューナー内蔵!D4端子つき〜。

うひょ〜。


17年連れ添ったテレビが運ばれ、新しいテレビが据え置かれると、

・・で、デカイな〜。

と第一印象。

DVDデッキもつないでもらって、さらにビデオに地上デジタルを
録画できるようにもしてもらった。

お〜。すごいな〜。

新聞のラテ欄見なくてもいいんだ・・・ほ〜。


しばしハイビジョンの美しさに見とれる。

8年ほど前は職場で見ていたハイビジョン・・。
まさか将来自室で見られるようになるとは思ってもみなかった。

唯一悲しいのが、今までビデオに録画した番組を見ると
画質がかなり低下してしまうこと。

これは前のテレビのほうが綺麗だったので(当たり前か)残念。

ハイビジョンも録画すると画質は落ちる。
今後は録画も綺麗に見られるレコーダーが出揃うのを待つかな。


ついついテレビ(やDVD)を見過ぎて目が疲れそう・・。
嬉しいような辛いような。

いずれにせよ、このテレビは今年一番の嬉しい出来事癸院

間違いない。


2004年11月11日(木) もーやだ。とほほ。

ストパーをかけた。

母には「???どこが変わったの???」と言われるくらい
変化が無かったようだ(涙)

気分を変えるにはショートかチリチリパーマしかないのか?!



話は変わって。

親子共々ストレスが溜まっているようだ。

私はクスリ無しで眠れるようになったものの、
悪夢をよく見るようになりグッタリ。

昨夜も何やら恐ろしい夢を見て目が覚めた。

まだ暗い・・朝の4時くらいかなーと枕もとの時計を見たら

・・1時半・・(汗)

まだ布団に入って1時間しかたってないじゃないか〜〜〜。

でもすぐ寝るとまた夢の続きを見そうで、怖くてしばし目を見開いていた。


息子もよくうなされている。
泣いて目覚めることも。

起きているときもすぐ泣くし、かんしゃくを起こす。

すべてにおいて、私が先に何かをするとブチ切れる。

着替え、手洗いなどなど、すべて息子が終わるのを待たなくてはならない。

階段も先に行かせてくれない。

ぐわー。こちとら急いでるってのに〜〜。

どっちが先でもいいじゃんか・・(汗)

「ママ早すぎる!ごめんって言って!謝って!!」だもの。ふ〜。

悪いこともしてないのに謝るってのはイライラが募るね〜。

はあ。しんど。


2004年11月10日(水) ここでだけは弱音吐きます・・。

私は人前で泣かない。

・・というより、泣けない。

人前で自分の弱みを見せられない。

強がって元気ぶってばかり。

1人になるとメソメソ泣くくせに。


昨日、弁護士の前でも冷静にダンナの自殺を語り、
ダンナの元職場では笑顔を振りまき「元気そうだねー」と言われた。

抑うつ神経症で病院に行ったときも、医師の前で
冷静に自分を分析し、医師に「インテリだから大丈夫」と言われた。

母の前でも過去の傷を引きずっているそぶりは見せない。

当然、友人の前でも笑顔で元気にふるまう。


そんな私なので、一人になったときのしわ寄せが凄い(と思う)。

「津波」がどど〜〜〜〜〜っと来る感じ。
(先日映画「ディープインパクト」を観て「私みたい」と思った)

涙を流しながら「私は大丈夫〜〜元気だよ〜」と友人にメールする矛盾。


ホントはね・・辛いんだよ・・。
まだ立ち直れないんだよー・・。
誰かの胸で泣きたいんだよー。

でも1人でこっそり泣いてる。
わたしゃ二重人格か〜って思うくらい(笑)

でも頑張らなくちゃ・・。
私が頑張らなくちゃ。
息子を守れるのは私だ。
労災も先が不透明で不安だらけ。
だけどやるしかない。
やるしか。


2004年11月09日(火) 労災申請へ向けて第一歩。

ついに・・というか、やっと・・。

労災申請に着手した。

弁護士に会い、ダンナの元職場に行き、いろいろ調べた。

ダンナの勤務記録は予想通り抹消されていた。

ダンナの職場での姿を一番良く知る人は遠く離れた土地へ転勤していた。

明日、その人に連絡を取り、当時の記憶を搾り出してもらえないか
頼んでみるつもりだ。

弁護士には、労災申請の中でもまれなケースなので・・と
結果がどうなるかかなり予測が難しそうだった。

吉と出るか凶と出るか。


午前は母を病院に連れて行った。

ホルモンにより癌が再発する恐れがあるとのことで、
女性ホルモンを減らす薬を処方されていた。

錠剤2週間分で3千円っすか。高い〜〜。

さらに、来週からいよいよ放射線治療が始まる。

私も乳がんにならないか不安で、自己診断をよくしている。
ホントはマンモグラフィーとかやったほうがいいのだろうけど・・。

大きなショックを受けて5年後くらいが、いろいろな病気を
発症しやすいらしいが、本当だったら怖い。

ダンナが死んでもうすぐ5年。


2004年11月08日(月) これ以上私を苦しめないで

酷い夢を見た。

死に急ぐダンナを泣きながら必死で追いかけて止める夢だ。

実際は車中でガス自殺したダンナだが、
夢の中ではビル屋上から飛び降りようとしていた。

必死で階段を駆け上がり、ダンナの姿を見つけた私は
泣き叫びながら懇願した。

「お願い、お願いだからやめて。お願いだから死なないで・・
死ぬのだけはやめて・・お願い、死なないで・・」

振り向いたダンナは全くの無表情で、ボロボロ泣く私を
冷ややかに見るだけだった。

なおも詰め寄る私に、嫌気が差したようにダンナは逃げ出した。

ここでは邪魔が入る、別の場所で死のう・・というかのように。

姿を消したダンナを泣きながら必死で探したが見つからない。

私は捨てられた、私は見放された、私は一人ぼっち・・。

絶望感に打ちひしがれて目が覚めた。


頭がぼうっとして夢をまだ引きずっていた。
布団の上に座り声を殺して泣いた。
朝から最悪の気分・・。

やっぱり私は見捨てられるだけの、価値の無い人間なんだ・・。
新婚の夫にさえズタズタに心引き裂かれた私って何なんだろう・・。


いやあ・・今日は朝からしんどいなあ・・。
それでなくても最近涙が急にボロボロ出るし、困ったものだ。
たとえ夢でもかなりキツイ。
ふさがりつつある傷口がパックリ開いて、ドクドク血が流れる感じ。
とても嫌な感じ・・。

良いこと・・ないかな・・。
あ、新しいテレビが来るか・・。
(時計を質に入れる羽目になったけど)

とほほ・・。


2004年11月07日(日) 17年間ありがとう

大学入学の時に買ってもらった21インチテレビを、
ついに買い換えることにした。

かれこれ17年も使っていたことになる。

最近さすがに画面がバリバリと音を立てたり、
画像がゆがむようになってきたが、一応見ることはできた。

17年の間、7回もの引っ越しに耐えたテレビ。

ついにお別れなのね。くすん。


バトンタッチする新しいテレビは、26インチ液晶。

地上デジタルもOKの人気商品だ。

この地域でも始まったことだし、やっぱりチューナー内蔵よね。

今までのテレビはスピーカーが一つでステレオじゃなかったし、
DVDデッキも接続できなかったけど、今度はバッチリ。

やったあ・・やっと自室でDVDが観られる(涙)


しかし、人気商品かつ生産終了の商品なので、探すのに苦労した。

やっと見つかったものの、配達は木曜日だって・・。

ああ、木曜日まではとりあえず死ねない。


2004年11月04日(木) 落ち込みシーズンっす。

やっぱり春と秋はダメだ。

もう精神状態がフワフワしていて落ち着かない。

メチャメチャ涙もろくなる。

一人になると当然のように涙が出てくるのだ。

ジワ〜ンと泣いたり、
ボロボロと泣いたり、
ワンワンとは泣かないまでも、なかなか参る。

「お勧めの泣ける映画、本!これを見て泣こう〜〜〜」なんて
雑誌に特集が組んであると腹が立つ。

わざわざ泣くなよ。泣きたくないのに涙が出る私はどーなるんだ。


ほんとに情けない精神状態。
こんな自分にも腹が立つ。
世の中もっともっと大変な思いをしている人がいるというのに。
自分ひとり世界の不幸を背負っちゃってるみたいにさ。

集団自殺する人たちに怒りを覚えつつ、
自分自身のふがいなさにもはらわたが煮え繰り返る。

やることは山ほどあるのに。

親として人として私は不合格だ。

毎晩息子の寝顔を見て「こんな親でゴメンよ」と謝っている。


やば。
また泣いてしまいそうだ。
外に出よう・・。


2004年11月03日(水) やっぱりしんどいっす。

約2週間遅れてやっと生理が来たのは良いが、
いつもより痛い・・。ぐわ〜〜〜鎮痛剤効かな〜〜い!!状態。

・・のっけから赤裸々だわ(汗)

でもホント辛い。
さらに飲んでいる風邪薬の副作用か、吐き気の波がやってくる。

も〜妊娠してもいないのにつわりが何でくるんだよっ(怒)



・・ということで・・。
もう外に出るのも億劫・・。

今日は珍しく母がちびりとるを散歩に連れ出してくれた。

母は傷口が完全にふさがってないので、放射線治療が
なかなか受けられない。

ちょっと近所に買い物についてきただけでかなりしんどそう。

傷口を見せてもらったが酷く痛々しかった。
(それでも医師によればかなり綺麗な方らしい)


母を放って海外旅行に行っていたおじさんが帰ってきた。

母はもうろくに口を利こうともしない。

完全な冷戦状態。

しかし一応妻なんだし、癌の手術してすぐ自分だけ海外行くか?!

何だかなーという感じ・・。


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