りとるのひとりごと。
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2001年10月31日(水) 夢でもし会えたら

素敵なことねって?!

ぜーんぜん素敵じゃないよ。私の場合は。

今朝、ダンナが夢に出てきた。

最近私が見る「ダンナの夢」は、パターンが同じ。

死んだと思ったダンナは実は生きていて、普段通りに仕事に
復帰しているのだ。

私とダンナの出会いは同じ職場だったから、夢の中の私も
ダンナと一緒に仕事をしている。

「なーんだ、生きてたんじゃないー。泣いて損したよおー」って感じ。

今朝も、ダンナは久々に仕事に復帰したという内容だった。

しばらく連絡していなかった関係先にどんどん電話で謝罪していた。

そばで私はホッとして彼を見ていた。

ダンナも嬉しそうに私を見た。

良かった。何もかも元通り。


そう思った瞬間。


目が覚める。


夢だと分かってワンワン大泣きする。


今日の場合、ここまでが夢。
つまり、夢の中で夢から覚めて泣いていたのだ。

本当に目が覚めて、現実を知る。

今度は涙も出ない。身体がグッタリ重い。
ムリヤリ起きあがった。

夢でダンナに会えるのは、嬉しくないということはないのだが、
目覚めて現実に戻ったときのダメージが大きい。

ダンナの死を思い知らされ、打ちのめされる。

ダンナが死んで間もない頃は、夢にダンナが出てきたら
嬉しくて嬉しくて仕方なかった。目が覚めると涙がボロボロ出た。

でも今は・・・。

苦しい。

ダンナのバカ。

今度夢に出てきたら殴ってやる。

泣きながら殴ってやる。


2001年10月30日(火) 復活したのだあ

一晩寝たら治ったっす。

いやあ、何だったんでしょ。
食べ過ぎで胸焼けしてたのかな(笑)
ストレス性過食っぽいから最近・・やばいなあ・・。
それでなくても冬は太るのにい〜。

で、復活したので、今日は息子の予防接種に行った。
水ぼうそう。8000円。
いたしかたないな。

しかし生まれてまだ1年7ヶ月というのに、何回注射したんだろ。
全部予防接種だけど。
注射じゃないポリオも含めたら10回くらいかな。
まだインフルエンザ2回とおたふくかぜがあるし。

1ヶ月後、今度はインフルエンザ1回目だ。息子よ、悪く思うな。

午後からは母を呼びだして買い物へ。

母の仕事先は、狂牛病のあおりをもろにくらって、かなりの打撃らしい。
ひょっとして母は失業してしまうかも・・というくらい。
今日も「仕事休んで」と言われたらしく、途方に暮れていた。
母は時給で働いているので特にこういう場合キビシイ。
もう60に手が届く年齢、再就職もままならないから心配だ。

ったく、国がゴタゴタやってっから国民にしわ寄せが来るんじゃないか。

何が痛みだよ、とっくに痛んでるよ純一郎さんよー!!

私も仕事見つけられるか心配になっちゃうよ。
今日もニュースで失業率UPってやっていたしなあ・・。


さて、恒例?!の義母ネタといきますか(笑)

昨日、息子は夕方に寝てしまい、その後起きてもずっとぐずりっぱなし。
義母が抱っこしてあやそうとしたら、息子は私の方に泣きながら
手を差しのべた。

とたんに義母の機嫌が最悪に・・。

「ママがいいんか。あんたはもうキライ。勝手に泣いとれ!」と
息子を突き放した。

ますます泣き叫ぶ息子。

私が夕食の準備で手が離せず、息子は何度か義母に寄って行くが、
義母は完全無視。

訳分からず泣き続ける息子が可哀想だった・・。

しかし最近すっかり抱っこでご飯が普通になってしまった。
義母が抱っこして食べさせるからこーなるんだぞー!
いつもいつも私にとばっちりが来る。

が、もういちいち義母に腹を立てるのはやめた。
「可哀想なばーさん」くらいにしか思わないことにした。
ダンナだって許してくれるだろう。許してくれなきゃ怒るぞ!

ダンナといえば、先日友人と寝言の話になって、
「ダンナの寝言はすごかったよ。いきなりハッキリした口調で
『はい!分かりました!』とか言ってたし・・」と言うと、
「ダンナさん仕事のことでいつも頭がいっぱいだったんだね」と友人。

・・・そう。そうだった。

ダンナの頭の中は仕事のことでいっぱい。

私や息子の入る隙があったのかどうか・・。

転勤先の土地を少しでも早く知ろうと、毎週休みは私を連れて
あちこち行っていた。主な都市、人が集まる建物や場所・・。
「また仕事がらみ?」「すまん」がいつもの会話だった。

だからって、仕事で死ぬことないじゃない。

死んじゃダメだよ・・。

いつまでたってもやりきれないのが自死遺族だなあ・・。


2001年10月29日(月) 具合悪・・・

何だか、夕方頃から気分悪いっす。

胃のあたりがムカムカして、気持ち悪い・・・。

よく胃腸風邪の初期症状で吐き気というのがあって、
私はよくこのやっかいな胃腸風邪にかかるのだ。

何度も胃腸風邪で死ぬ思いをした。

本気で救急車真夜中に呼ぼうと思ったこともあった。

胃腸風邪だけはイヤだ〜!!!

どうか一晩寝たら治りますように!!!


というわけで、今日は念のため早めに寝ることにします。

書きたいことあるんだけど、明日復活していたらちゃんと書こう。

今日はあまりに気分悪くて、PCの画面を見るのもしんどいので・・。

こんな日もあるよね・・うう。しゅびばしぇん・・・。


2001年10月28日(日) 植物よお〜、ありがとお〜

天気悪うござんすね。
でもたまには降らないとね。

午後から降ってきて良かった。
午前中、息子は近所の子と遊びまくり。コーフンしてはしゃぐ×2。
昼ご飯だって言っても帰ろうとしなかった・・・。
疲れた・・・すっごおおおおく疲れた・・・。

なので、午後は睡魔が襲ってきた。
息子が昼寝中にいろいろやり、息子が目覚めてから眠くなってきた。
怒る息子をしり目にバッタリ意識を失った。

何度か息子に揺り起こされ、目を開けると息子が何かを差し出す。

何だと思ったら、下駄箱に入っている靴クリーム・・・。

あのなー・・・。

他にも義母のつっかけやら何やら持ってきていた・・。

起きようにも身体が思うようにならない。だるくてグッタリ・・。
まぶたもなかなか上がってくれない。
気合いを入れて立ち上がり、冷たいジュースを飲んだり目薬を差したり。
何とか目が覚めた・・。

育児は体力だ・・・。


さてさて、今日はワタクシ、ちとゴキゲンでやんす。

久々に嬉しいことがあったのだあ。

午前中、義母と一緒に園芸屋に行き、以前から欲しかった
花コショウを買ったのだ。

ついでに素焼きの可愛い柄入りプランターも。

プランターは高かったけど、嬉しくて気にならなかった。

息子が昼寝の最中に植え替えをした。

2階のベランダに置く。めっちゃらぶり〜。

むっふっふ。

植物って癒されるなあ・・。観葉植物も欲しくなった。
ヨレヨレのベンジャミンはあるけど・・。

花コショウも、引っ越したら買おうと思っていたけど、
早く手に入れて良かったかも。
引っ越したら、もっとガーデニングやろうかな。
園芸屋さんで、たーっくさんの植物を見ていると心が和むもの。
母も大好きだし。実家も昔は花で溢れていたもんだ・・。

今日は小さな花コショウのお陰で心落ち着く一日だった。
義母がパチンコしてこようが、気にならないもーん。

植物に感謝。


2001年10月27日(土) 外臭いよー!(怒)

なぜ臭いかというと、真ん前にあるアパートの外壁が一昨日から
塗り直されているからなのだ。

ヒジョ〜にクサイ。

私の愛車は自宅とそのアパートの間にあるウナギの寝床状駐車場に
あるのだが、行き来すると頭がクラクラする。

どー考えても身体に悪い匂いだよあれは・・。
洗濯物にも着きそうでやだなあ。
白いアパートが茶色になっていってるのだが、いつ終わるんだろう。


今日は20年近くつきあっている友人とお出かけ。
彼女は今年結婚してラブラブ新婚さんだ。
メールで「子作り励むぞー」なんてこっぱずかしいことを
書いてきたりする(笑)。
でもなかなかできないらしい。
「無作為にヤってるからダメなのかな」だって。赤面・・・。

最近散財気味なので、今日の出費はスタバでのラテ&スイーツ代のみ。
あそこのスコーン、高いけどハマってしまった・・。
歯にやたらくっつくんだがね。息子も大好物だ。

あ、でもヨーカドーでまた毛糸のパンツ買っちゃったわ(笑)

女性は冷やしちゃいけないのよ。毛糸のパンツよバンザイ!!!
年甲斐もなくイチゴ柄やウサギ柄を買って喜んでいる私。

いいもーん。見えないもーん。誰にも見せないもーん。

一度穿いたらもうあなたの虜。

ビバ!毛糸のパンツぅ〜。


最後に昨夜のオハナシ。

昨夜の夜中はすごかった。

久々に珍しく、息子が夜泣き。
しかもハンパじゃなく大泣き。

私も顔を蹴飛ばされたり手首ひねられたり、痛いし眠いし最悪。

なんだったんだろー。歯医者が強烈な印象だったんだろーか。
大好きなライオンに追いかけられた夢でも見たのかしらん。

今朝は眠くてフラフラ。息子はいつも通りふつーに起床。
思わず午前中日向でうたた寝しちゃいました。
息子が髪の毛引っ張ったりしてきたけど、意地でも寝てやった(笑)

今も眠い・・どうか夜泣きしませんようにいいいいい!!!


2001年10月26日(金) 腰痛いよお

息子のフッ素塗布に行ってきた。

泣いて大暴れだぞー覚悟しなくちゃなあーって思っていたら、
あらびっくし。
泣き出す前に終わっちゃった。

さすが先生、プロだなあ。感心感心(笑)

息子は歯科助手のおねーさんにずっと笑いかけていた。
おねーさん好きだなしかし(汗)

しかしまた昼寝してくれなかったうえに、私にベッタリなので
なーんにもできない。
散らかったオモチャも片づけられない。
どうせ片づけてもすぐ元通りになるんだけど・・。

しかし義母は「このオモチャちょっと片づけてくれない???」
とすぐ言う。理由は踏むかららしいんだが、じゃあ横にとりあえず
よけておいてくれりゃいいのに・・。

もうこっちは朝から何回片づけてると思ってるんだあー。

と、思うが、昨日「大人になる」宣言をここでした私なので。

「ほっほっほ。相変わらず口だけは出すばーさんだこと。」と思う。

気にしない気にしなーい。

ばーさんや、今のうちに孫とよっく遊んでおくことね。

ほーっほっほっほ。(鬼嫁)

今日は泣かなかった。わーい。

泣くとお肌が荒れるのよ。化粧水も美容液も涙がぜーんぶ押し流して
しまうんだもん・・。目は腫れて開かなくなっちゃうし。

最近、泣ける本やビデオ(映画)やCDが売れるらしい。

「たまに泣いてスッキリしたい」んだって。

医学的にも「泣くとスッキリする」ことが証明されているらしい・・。

ふーんだ。

私はそんなもん読まなくても観なくても泣くネタには困らないもん。

泣いたってスッキリしないわい。

わざわざ泣きたいためにお金使うなんて幸せな証拠だよ。

うまく泣けない人が増えているらしいけど。

人間って生まれた瞬間から泣いてる動物なんだよねえ。

一生泣き続けるんだろーか私も・・。やだなあ・・。

今日は腰痛くて泣きたいよー・・。
息子抱っこしすぎ・・血行が悪くなってるみたい。
女性には多いね腰痛って・・。うー、痛いじょ・・。

今日は息子も早く寝たし(そりゃ昼寝しなかったんだから)
私も早く寝よーかな・・。


2001年10月25日(木) 帰ってまいりました!

ただいまっす。

帰ってきました帰ってきましたあ〜。

なぜにテンション高いかと言うと、久々に日記が書けるからなのだ。

ははは。

PCナシではすでに生きられない身体なのね・・。

とほほ。


さて、母のアパートに2泊しまして、リフレッシュしてきました。

でもって出した私の結論。

義父母は子供。

いっちょ私が大人になったろやないか。

大人になって、義父母を手のひらで転がすぞ?!

義父母が変わらないなら、私が変わればいい。

何を言われてもされても、余裕で対応すればいいのだ。

余裕の笑みを浮かべられるようになればいいのだ。

よっしゃ。やったるでえ。

わっはっは!!!


・・・とまあ、リフレッシュしたせいか、心に余裕が出来たような。
もう少しここで頑張らなくちゃ。

というのも、仮契約を住ませた物件が、すぐ手に入りそうにないのだ。

西隣の家が、境界線が何だかんだとイチャモンをつけてきた。
たかが数センチのことなのだが・・。
で、こちらはお金を出してちゃんと測量してもらいましょうと
もちかけたが、相手は金は出したくないらしい。でも口は出す。
どうやら「最悪の相手」らしいのだ。
実際家に住んでいるのは、どうやらおばあさん一人(夫婦じゃなかった)
なのだが、その息子がうるさく言っているらしい。

話し合いがしばらく続くようなので、ひょっとして年越しちゃうかも。

年越すのはツライなー・・・。

「この話は無かったことに・・」というパターンもあるらしい。

ううう・・・しんどいなあ・・・。

相手はこっちの事情なんて知る由もないし・・。


というわけで、もうしばらく私が堪えるしかないのであーる。

耐えてみせますとも、ええ。

母は強しなのだあ!!!


久々にデパートで化粧品買いまくってストレス解消したけど、
息子がフロアを歩き回ってこっちはヘトヘト・・。
小さい子供なんて息子くらいのものだったから目立つ目立つ・・。
おしゃれなOLやカップルしかいないんだものなあー。
いやあ、息子は注目の的だった(笑)

母に愚痴ったら「あなたのワガママ」と言われて返す言葉なし。

・・・・。

そうなのかなあ・・ワガママかなあ・・。

確かに自分のことで精一杯の状態だけど。

まだまだ心が不安定だし。

霊柩車見ると涙が掘り当てられた温泉のようにブワーって出るし。

なんだか、年甲斐もないけど・・。

誰かに甘えたい。

情けない母親だけどね。これが本音・・。


2001年10月22日(月) 姑への殺意が芽生えた日

のっけから物騒なタイトルでしゅびばしぇん。

でもホント。

「ババア殺して私も死ぬ!」と思ってしまった。

今日はつらかった。

朝と夜、義母がここにいる間ずっと、義母は私のやることや
言うことにいちいちキツイ言葉でケチをつける。

息子に対しては「邪魔」「どいて」「あっち行って」「さっさと寝ろ」
など、とても孫に対して言う言葉とは思えない言葉を連発する。

息子が寝起きにぐずると、私の愛情が足りないような事を言う。

息子がどんどん物を散らかし、片づけても追いつかず、
「もー。次から次へと出すんだから・・」と言うと、
「そんなもん、抱っこして片づけなダメやないの」と義母。

10坩幣紊△訛子を片手で抱っこしつつ物を片づけるのは
非常にキツイ。でもって絶対義母は手伝ってくれない。

息子の食事の支度をしていると、
「そんなことしとらずに抱っこしてやれ、抱っこせなあかん」だし。

私が片づけたオモチャをまた息子が出したので、
「もうねんねだからナイナイして」と息子に言ったら、
「オモチャの一つや二つ、2階へ持って行け!!」と・・。

それはダメ、アレはだめ、これやっておけ、ああしろこうしろ・・・。

息子に触られたくないものは手の届かないところに置けばいいのに、
いつも床に置いて、息子が触ると怒る怒る・・。

テーブルにちょっとの間、本を置いておく。すると
「ちょっと!この本大事なの?そうなら片づけておかなあかん!」

ボロボロの掃除機で毎日必死で掃除する。すると
「何だか汚い。あまりにも汚すぎる。掃除機かけなあかん」

台所の流しに、ちょっと洗剤の泡が残った。すると
「ちゃんと泡は綺麗に流してよ。私こういうのキライ」

だが洗面所などは水あかがこびりついて取れないほどの汚さ。
時々歯ブラシでゴシゴシ掃除しているのは私・・。

・・思い出したらきりがないからやめた。

他人が見れば「たいしたことない。普通の姑だ」と思うかもしれない。

しかしもう我慢も限界にきている。

義父母のやること言うこと性格すべてがもう我慢できない。


今晩は義母にムリヤリ2階に追いやられた。
息子に至っては泣きながら2階に上っていった。

2階で、ずっとこらえていたものが一気に吹き出た。

泣いた。

号泣なんてもんじゃない。自制がきかない状態になった。

どう我慢しても嗚咽がもれ、声が出てしまう。

バスタオルを口に押し当てた。

泣きじゃくった。こんなに泣いたのはダンナの葬儀以来だった。

もともと私は声を出して泣くことは無い。

歯を食いしばり、無言のまま涙だけがボロボロ出るタイプ。

しかしダンナの葬儀の時、ダンナの遺影が祭壇に飾られているのを
初めて見たとき、ダンナの死が一気に現実化してしまい、
みんながいるまえでワアワアと声をあげて泣いてしまった。
義母が「見ていられない・・」と言ったのを覚えている。

でもって、今日また声をあげて泣いてしまったのだ。

しかも、ひょっとして葬儀の時より激しく泣いたかも。

涙も鼻水も滝のように出た。口に押し当てたバスタオルは
顔全体に押し当てられることになった。

えーんとか、わーんとかいった可愛いものじゃなく、うおー、うあーと
いう泣き方・・我ながら女らしくないなあ(笑)

泣いたあと、すっかり呆けてしまった。
全身の力が抜け、魂が抜けたようだった。

それまで一人で遊んでいた息子が寄ってきた。

大泣きしたあと、息子の遊び相手になる。

親って、ツライ。

親になってこそ分かるつらさだなこりゃ。


もう少しの我慢、もう少し、もう少し・・。
だから義母を殺すのも、自分が死ぬのもこらえなきゃ。
私は自制がきく。自分を抑えられる。今まで出来たんだから出来る。
義母に冷たくされても微笑むくらいの余裕が欲しい。

でもって、明日からプチ家出します。

偶然明日から母のところに泊まりに行くだけのことなんだけど。
母が珍しく連休できることになったので、2泊してきます。

木曜日、多分、帰ってきます。
帰ってきたくないけど(笑)

なので、明日、明後日の日記はお休みになっちゃいます・・。
うーん、残念・・。

その分帰ってきてから気合い入れて書きまっす!!!



・・なんか、泣き疲れた・・。


2001年10月21日(日) 疲れたパンダ目撃?!

どんより天気の一日。

でもドラッグストア巡りをしてしまった。日替わり奉仕品目当て(笑)
だから一つのお店に居る時間の短いこと・・。
息子連れだとね、ゆっくりなんてできないからね。

で、車を走らせていたら、前方に不審な人物を発見した。

やたら頭が大きく、全身が黒と白のモノトーン。

パンダだった・・。

背中を丸め、トボトボと歩道を歩いていた。

背中に哀愁漂うパンダ・・(汗)

チャイルドシートの息子は口をあんぐり開けて見ていた。

疲れたパンダにも笑えたが、息子のリアクションにも笑えた。


義父母は、相変わらず自分中心の世界。

義母は朝から絵手紙教室。

一瞬帰ってきたと思ったらまたすぐ外出。

蕎麦の花を見物に行った。

また帰ってきて、すぐ外出。

パチンコ、ついでに買い出し。
ひょっとするとまんが喫茶。

義父は、すっかりあたりが暗くなった夕方に帰ってくるなり、
息子を散歩に連れ出そうとした。

おいおい、外真っ暗やん。

でも義父は「まだ(時間が)早いやないか」だって・・。

時間の問題じゃなくて・・・明るさの問題だよ。

真っ暗な中で1歳児を散歩させる祖父がどこにいるんじゃい!!!

そうでなくても毎日「暗くなったらお散歩は出来ないからね」って
言い聞かせているんだからね。

・・っとに、困ったちゃんだな。


夕食の時間も遅いし、食べ物も大人中心。

孫中心の生活なんて、彼らには思いもよらないんだろうなあ。

しかも義母は自分勝手だと言うことを自覚しているらしい。

余計たちが悪い・・。

義父は孫が今1歳何ヶ月かも分からない。

でも「ビール持ってきて」「コップ持ってきて」と、やたら息子を
使いっ走りさせる。孫は召使いかー!!
さすがに義母が怒って「それくらい自分でやれ!!」と怒鳴っていた。

その義母について、私が今一番気に障ること。
義母は、朝から晩までずーっとしゃべり続けるのだ。

台所で料理するときも、
「さーて、まずは白菜を切って〜。白菜白菜白菜ー。よっと。よっしゃ。
で、次に人参さん〜。に〜ん〜じ〜ん〜〜〜・・・(この後延々続く)」
という感じ。

で、調子っぱずれな演歌を大声で歌いまくる。
「あなたあ〜、変わりは〜〜〜あ、ない〜〜でえ〜〜すかあ〜〜・・」

ツライ。

非常にツライ。

一体誰に話しかけているのか、いつも聞きたくなるほどの独り言(?)

トイレの中でまでブツブツ言っていた時は怖かった・・・。

しかし「しっこ、しっこ、おしっこが出る! しっこ〜〜」とか、
「ウンチがでかすぎて流れないー」とかは止めてくれないだろーか・・。

それに、東北出身のせいか、言葉使いがメチャメチャ悪い。
というか、キツイ。

自分のこと「オレ」って言ったり、「○○してやる」とか
「○○しとけ」とか・・。

息子が覚えないうちに逃げよ〜っと。

私はこれほどベラベラしゃべられるとすさまじく疲れる。

おしゃべりにも限度ってものがあるでしょうよ。

義母は黙っていると疲れるタイプらしい・・。

口から生まれたってヤツかな。私や母とは正反対。

だから余計ここにいると疲れるんだってつくづく思う・・。

何事も行き過ぎ、やりすぎは問題アリだな。うん。



2001年10月20日(土) やっとこさ仮契約

私にしてみれば長い道のりだ。

ことにダンナが死んでから、私の歩く道にいばらが生えてきた。

時にくじけそうになる。

時にやけくそになる。

時にどーでもよくなる。

何とかやってられるのは、きっと息子のおかげだろうなあ・・。

息子がいなかったら・・妊娠してなかったらダンナは死ななかった
だろうか・・そんなバカなことも考えたりして。

母からそっけないメールが来た。

「本日不動産立ち会いで仮契約済ませました」

なんだ・・まだ「仮」なのね・・。
あとは、隣家との境界線の問題がちょっとあるらしい。

この隣家・・老夫婦なのだが・・が、ちと“くせ者”らしい。

地主も、この老夫婦がイヤで引っ越したらしいのだ。

かなりうるさいらしい。

母は「年寄りだから先は長くない」なんて末恐ろしいことを言う。

何とか、この老夫婦が死ぬまで上手くやっていきたいものだ。なんて。


とりあえず、息子と暮らすことは考えなくて良いかな・・。

ちょっとホッとしたりして。

それにしても、この日記を読んで下さってる方たちは、みんな
とってもあったかい。

PCという、機械の中だけでしか知らないけど。

でも心があったまる。冷たい機械のおかげで。これって不思議。

あ、でも起動するとむしろ熱いくらいかも。うまいっ! わはは。

・・自分に座布団一枚・・。

精神的にだけでも、支えられてると一人で何でも出来そうな気がする。
実際世の中には、私よりずっとずっと苦労して、頑張ってる人が
たーーーーっくさんいるんだから・・。

ダンナに自殺されたのは本当に予想外で、もうすぐ3回忌なのに
まだ現実と思えない感じがする。

止めようったって止められないよ。

死ぬまで一言も「死にたい」とか「死のうかな」とか「死んだら・・」
なんて言わなかったし、普段通りだったもの。

少なくとも私にはそう見えた。

職場の、隣の席の人(先輩)も、頭かかえてた。

前日の夜、一緒に帰ったらしい。

その人は私に「彼、普段と何も変わらなかった。嬉しそうに、
奥さんの話をしていたんですよ」

何でだろ。

ひょっとして殺されたのかもと、思ったこともあった。

それくらい信じられないことだった。

ためらい傷が首に2ヶ所あるから、他殺じゃないって。
車の周りには本人の足跡しかなかったから、他殺じゃないって。

・・どっちにしろ、彼が死んだことには変わりないや。

なぜだろ。この日記つけてるとダンナのこと思い出す。
というより、「あの日」のことを思い出す。

誰かに知って欲しいからかな。
吐き出したいのかな。

毎日吐きまくりで、汚くてゴメンナサイ・・。


2001年10月19日(金) そわそわ落ち着かない

私、どーすりゃいいんだろー・・。

とほほ。

今日は物件の本契約で、済んだらメールちょうだいって母に言って
おいたが、夜10時過ぎても来ない。

どうなったのか不安。心配。

落ち着かないー。

親にしてみれば、晩婚でやっとこさ嫁に行ったと思ったら、
1年たたないうちに相手に死なれて戻ってきたんだから・・。

厄介な娘だろうなあ。

父親はダンナに死なれたなんて近所にかっこつかないから実家には
帰ってくるなと母に言っているらしいし。

まあ父は世間体の塊だからなあ。家族より近所の目が大切なんだよね。

母も「私はこのままずっと気ままな一人暮らしをしていたい」と
何度も言っていたし、いまだに言ってる。

厄介者だな私って。

ここでも厄介者扱いで、実家にも帰れず。

ま、帰ってこいって言われたって帰らないけどね。
もう実家は懲りた。
どうせしばらくしたら売りに出されるだろう。

私は親にとって目の上のコブって感じかな。

ただでさえネガティブな物の考えをする母に、これ以上精神的に
負担をかけないほうが良いかもしれない。

最近、ちょっと母の所に行きすぎたかも。

もう迷惑かけないほうが良いのかな。

一人で・・というか、息子と二人で生きていこうかな。

順番でいけば母達が先に死ぬのだから、いつかはそうしなければ
いけないのだろうけど。

いざとなれば生活保護だってあるし、独身時代の貯金も少しあるし・・。

人に頼ってばかり、依存してばかりだった私には、一人で何もかも
やるのには結構な勇気が要る。

怖くて不安で、すぐ涙がこみ上げてくる。

生きていくのって、こんなに辛かったっけ。
生きていくのって、こんなにエネルギーがいるんだったっけ・・。

生きていくのって、こんなにしんどいんだっけ。

やば、また涙出てしまう。もう今日はここまで・・。


2001年10月18日(木) 昼寝しなかったよお・・・(涙)

でも夜早く寝たから、まあいいか。

朝、何と10時前くらいまで息子は寝ていたのだ。

だから当然昼寝せず。夕方にウトウトし始めたので、これはいかんと
思い、寒い外に連れ出し、少し目を覚まさせてから夕食、入浴。

ふう、これでいつ寝てもOKよん。

そう思って寝かしつけようとしたが、眠気がどっか行っちゃったらしい。

添い寝する私の身体を何度も何度も乗り越える。

何回往復するつもりよ・・飽きないねえ・・。

でもさすがに危なくなってきたので(首の骨折れそう)叱る。

息子、べそをかく。

んで、寝た。

やれやれ。


昼に母に電話。

明日、いよいよ物件の本契約だ。

しかし、母はこう言った。

ダメになるかもしれない、おじさん急にやめたって言うかもしれない。

まったく根拠のない話なのだが、私は一気に不安になった。

だとしたら、息子と二人で住むところを急いで探さなくては。

何としてでもここを出る。


母も不安なのだ。

果たして自分は好かれているのか、これから先幸せになれるのか。

本契約をちゃんと交わさないと現実としてとらえられないらしい。


明日。

明日の夜。

私は息子がいるので立ち会わないが、祈りたい。

安らぎが、やってきますように。


2001年10月17日(水) 相変わらずひねくれ者っす

雨・・・。

心もジメジメしちゃうなあ・・イカンイカン。

今日は一日引きこもっていたからたいしてネタはないのだが。
(夕方外をぐるりと散歩しただけ・・)

しかし、義母の「悪魔の呪文」は何とかならないだろーか・・。
息子・・つまり孫と二人きりになると、
「ばあちゃん・・ばあちゃん・・ばあちゃん・・」とひたすら
息子に唱え続ける。

言葉がまだ出ない息子、真っ先に言う言葉が「ばあちゃん」だったら
イヤだなー・・。
以前言葉が出たと日記に書いたかもしれないが、やっぱりまだ未完成。

車、電車、飛行機など乗り物・・「バクン」
バス・・「バーアー」
こら!・・「コアー」

くらいかなー(汗)
乗り物はみんなバクンなのに、なぜバスだけバーアーなのかもナゾだ。

もうすぐ1歳7ヶ月なんだけど・・ま、いっか。


友達ってなんだろう。
友情って・・?!

突然何なんだという感じだが、最近よく思うことなのだ。

私は結婚してからも、友達とはメールなどで連絡を取っていた。
妊娠してつわりで苦しんでいた私には、毎日のメールが楽しみだった。

そういえば、ダンナがいなくなった当日も友達にメール打ってたっけ。

「昨夜ダンナが帰ってこなかったんだよー。何やってるんだかー」
なんて文章を打っていたまさにその時、運命の電話はかかってきたのだ。
(ISDNだったからこそだな・・どーでもいいけど。)

葬儀には連絡した友人がみな来てくれた。
私に抱きついてオイオイ泣いた友人もいた。
あれほど大勢の人に哀れみの目で見られたのは生まれて初めてだったなあ。

でも、その後友人達の数人は私から遠ざかっていった。
パッタリメールが来なくなったり。
中でも私が親友だと思っていた子が結婚したとたん疎遠になったのは
悲しかった。

真っ先に「ダンナの死は自殺だった」と打ち明けたかった人だった。

会いたいとメールしても「忙しい」だし。
メールの内容ダンナとのノロケばっかりだし。
こっちからメール出さないと絶対向こうからは来ないし。

悲しいけど、仕方ないよね。

みんな自分の生活が第一なんだから。

遠くに打ちひしがれてもがき苦しんでいる友人がいても、まずは
自分の生活なんだ。

・・そう、卑屈に考える自分がイヤになる。

それだけに、今も頻繁にメールくれて心配してくれる友人がありがたい。
彼女は今年結婚したが疎遠になることはなかった。
向こうから連絡をくれた。それだけで嬉しかった。

恋人が出来ても、結婚しても、友達は大切にしよう。

そういうことだ。うん。


2001年10月16日(火) でぇ〜ぶいでぇ〜購入

寒うー!

カシミヤのショール(中国土産)羽織りながら書いております。
しかし足の先が冷たいぞー・・冷え性はツライなあ〜。

今日は午後から大手電器店へ。遠回りして母を拾って行った。

私のお目当てはDVDプレーヤー。

母のお目当ては普通紙FAX電話。

しかし以前よりY電機は店員の愛想悪くなったなあ・・。

だま〜って横に突っ立っているだけなんだもん。

しかも「これにします」と決めた物が、生産中止で取り寄せも出来ず。

・・・だったら展示すなよ〜〜〜!!!(怒)

DVDは事前にネットで調査し、これと決めていた物を購入。

お金余裕あればシアターセットをどどーんと買ったんだがねえ・・。

ついでに洗濯機や炊飯器も下見。
今後いろいろ要りようなのだ。あーお金落ちてないかな(笑)

しかーし。

帰って接続しようとしたら、私のテレビったら88年製の
モノクロ音声・・・。
付属のコードではつなげなーい!!!

シクシク。

いいもん。

引っ越したらおじさんのテレビにつなぐもん。

おじさんのゴルフで当てたテレビはかなり大きいらしい。しかもワイド。

おお〜ワイド。

顔が横長になるワイド。

ワイドよりプログレテレビがほしーよん。

以前の職場にはハイビジョンテレビが置いてあったな〜。いいな〜あれ。


話は変わるが、息子に大きな異変が!!!!

なんと。

指しゃぶりをパッタリやめてしまったのだ。

ねんねの頃からずーっと毎日しゃぶっていたのに、昨日あたりから
いきなり、突然、急に、まったくしゃぶらなくなった。

寝入るときも、ただ口をクチャクチャしているだけ。

気づいた時は驚いた。

不思議だなあ・・なんでだろー。別に指ケガしてるわけでもないのに。
口の中も何ともなってないのに。

寝ぼけていても指はしゃぶらない。

おかげで?!今まで切らなくて良かった左手の親指の爪がついに
伸びてきた。これからはこの指の爪も切らなくちゃ。
しゃぶっている間はぜんぜん爪が伸びなかったんだよねえー。

息子よ、何を考え何を思う?!

いつか母に聞かせてくれたまへ。


2001年10月15日(月) おバカな私・・・

寒いんだか暑いんだか。
参りますな。

息子の寝起きの悪さも参りますな。
起きたとたんギャンギャン泣き続けて手が着けられない。
だから寝ている最中にセールスの電話なんかあると、心臓バクバク。
「電話すなっ!!」と怒鳴りたくなるよホント・・ふう。

今日は午前中に市役所へ。
転出にかかる手続きがどれくらいあるか偵察してきた。
ついでに所得証明も取ってきた。これ児童手当もらうときに要るらしい。
1枚300円・・・高〜い・・。

んでもってついでに小児科へ。
水ぼうそうかインフルエンザの予防接種を受けようと思ったが、
おバカな私はここ1ヶ月以内に風疹の注射を打ったことを忘れていた。
あと4日後ならセーフだったのに。
しかもインフルエンザはまだだって・・。
雑誌には「1回目は10月初旬に受けるのが理想」なんて書いて
あったのに・・ダマされた〜。
そそくさと退散した。あーはずかし。

午後、何とはなしに見だしたBS宝塚を最後まで見てしまった・・。
宝塚見るの初めて・・。ベルばらだったから分かり易かった。
しかし、化粧濃い〜なあ(笑)
セリフのあとにすぐ歌い出すのが笑えるし・・。
一つの世界だあね。あれは。

夕方義父が一時帰宅。お腹すくと寄り道して家でラーメン食べていく。
義父「今日は散歩連れていったか?」
起きたら夕方でもう薄暗かったからやめましたと言った。

義父が再び出ていって1時間半後義母帰宅。
義母「散歩行った?」

・・・あのなあ・・・散歩散歩ってうるさいよお!!!

私「行きませんでした」
義母「あらそーなの?今日天気良かったのに・・」
私「・・・・」

散歩いきゃいーってもんじゃないでしょーに・・はぁ。
二人から同じ事言われるとは・・・。
犬の散歩みたいに楽にできるもんじゃないのっっっっ!

毎日グチはつきません。

あ、急ですがおことわりを・・。

この日記はあとから手直ししていないので(誤字脱字は別として)、
話が前後して時に読みづらいかもしれません。
申し訳ないのですが、ご理解をお願いいたしますです。

かっこいいエッセイみたくいかないものですな。


話を戻して。

もう年賀状の印刷申込みのDMが来た。

しかしどれを見ても「ハッピーニューイヤー」「あけましておめでとう」
「謹賀新年」「迎春」「賀正」などの文字が必ず入っている。

当たり前なんだけど。年賀状なんだから。

でも。

私は今はそういう言葉を入れたくない・・と思っている。

ハッピーでもめでたくも春でも何でもない。

だから来年の年賀状は自作しようと思う。

「今年もよろしくお願いします」・・・それだけ。

ダンナの死をいつまで引きずるつもりなんでしょーねえ私って。

おバカなのよ。いつまでたっても。


2001年10月14日(日) 身が持たない!!

頭がボーっとする。

息子を寝かしつけるつもりが先に寝てしまった。

だって息子が寝付くの1時間半以上かかるんだもん・・。
先に寝ちゃうよお。

こうして私が寝かしつけに苦労するから、昼寝は早くさせたいと
思っているのに、義母は昼寝の時間に息子を連れ出そうとする。
「祭りやでおみこし見にいかな」

別に無理して見に行くことないって・・。

その上私がお腹が痛くなって行けないとなると、外出中の義父を
わざわざ電話で呼び出して、抱っこで車に乗せて行ってしまった。
私が連れ出したくないってニュアンスで話しても全然気づかない。

っていうか、嫌がらせか?!

案の定、息子は眠くておみこしどころではなかったらしい。

義母は連れ出す際「だって全然寝そうにないじゃん」と言うので
「騒がしいと寝るに寝られないんです」と言ったら
「フン」とへそを曲げてしまい、「昼寝が遅くなると夜寝なくなる」と
私が言っても「んなもん、一晩中起きてるわけじゃあるまいし」だって。

寝かしつけで苦労するのは私だぞ!!

もー腹立った。

おまけにチャイルドシートに乗せずに抱っこで車に乗せるし・・。

何かあったらどう責任取ってくれるんだ。

・・そう、口でハッキリ言えない私も情けない・・・。

でもこんなこと許すのは今回限りだぞー!!



昨日の日記で書き忘れたのだが、昨日のお昼も惨めだった。

糖負荷試験から帰ったらちょうどお昼だった。

さてお昼ご飯・・というはずが、義母がそそくさと出ていってしまった。

携帯に電話が入り、「ちょっと出かけてくる」と言い残し・・。

何気なく外を見ると、義弟が車で迎えに来ていた。

・・・おいおい、息子と外食かい。

仕方なく何か作ろうと冷蔵庫を開けた。

カラッポ。

肉も魚も何もない。

悲しくなった。

冷凍室にかろうじて残っていたコロッケを温めた。

私はまだしも、息子の食べ物が無いのはツライ。

義母が鬼に思えた。

きっと義弟をお昼を食べたあとはパチンコに興ずるに違いない。

今日になってその予想は当たったことが分かった。


月命日のお参りの今日、義弟が来た。
お参りが終わってから、「昨日あれからすごかったぞ」と義母に言う。
「おかんが帰るって言って帰ってから出まくってさあー」

頭の血管が切れそうだった。

おまけに、義母は夜「パチンコで1万円くらい負けてもどうってこと
ないのに、銀行で手数料取られるのは腹立つ」と言い放った。

我が耳を疑ったよまったく。

なんちゅう人だ。

呆れて物が言えないとはこのことだ。

こんな人と一緒に暮らせるはずがない。


不愉快きわまりない日々。
義父は何度言っても自分の箸で息子に物を与える。
やめいっちゅーのに!!ミュータンス菌が移るっちゅーの!!

そうそう、昨日お昼に帰ったら義母が息子にビスケットを
大量に与えていたのにも驚いた。
お昼前なのに。何考えてるんだこのばーさんは!!!

安心して息子を義父母に預けてなんていられない。

あと約1ヶ月の辛抱だけど。

その上息子の暴れんぼう将軍ぶりが参ってしまう。

一番怖いのが頭突き。いきなり来る。
顔面には何度も、今日は喉にも来た。
鼻と喉は激痛で涙が出るほど。
もう身が持たない・・・しんどいよ・・・。
最初はこらえていても終いには大声で怒鳴るのが常。

一日穏やかな気持ちで過ごすのは数年先になりそうだ・・。


最後に。

書き忘れるところだった。

糖負荷試験の結果。

糖尿の心配は全くなしとのこと。

いやあホッとしたあ。


2001年10月13日(土) 糖負荷試験

朝一番で病院へ。

以前からの希望だった糖負荷試験を受けにだ。

糖負荷試験というのは、早い話が糖尿病かどうか調べる検査。

糖の入った水を飲み、2時間かけて採血する。

そもそも、糖尿の疑いがあるのかどうかも分からない。
2ヶ月ほど前、浄化槽の点検に来たおにーちゃんが、帰り際に一言、
「誰か糖尿の人います?」
「は?」
「(浄化槽の)中が濁っているし、誰か糖尿だと思いますよ」

で、考えた。
義父母は会社の定期健康診断を受けていて何も引っかかってない。
1歳児の息子はトイレで用を足さない。

・・・ってことは、私〜〜?!

そういえば・・疲れやすいし・・・喉が乾くこともあるし・・・。
トイレはそんなに近くないけど・・・でも祖母や叔父も糖尿だし・・。

不安がどんどん膨らむ一方なので、ここははっきりさせようと思った。

で、病院に電話をし、糖負荷試験を受けようと思った次第だ。


昨夜から絶食をする。
最初に採尿。で、1回目の採血。

ビンに入ったサイダーのような味の飲み物をラッパ飲みする。

あとは30分ごとに採血するだけ。

左右の腕、交互に合計5回採血した。

しかし、採血の際に痛かった看護婦さんと痛くなかった看護婦さんが
いて、痛くなかった時はひどく内出血して腕が青くなったのが不思議。
痛かった時は大丈夫だったのに。

それにしても両腕に5ヶ所の針のあと。腫れて痛いよお〜〜〜。


で、何度目かの採血のあと、待合室で雑誌をめくっていて、
ふと何気なく自分の手をオデコに当てた。

あー、あったかい。と思ったその瞬間、

いきなり来た。

フラッシュバックだ。

葬儀の終わり。棺桶に蓋がされる。

葬儀場の人が「最後に触ってあげてください」と言うのが聞こえる。

棺桶の中のダンナのオデコに手を当てる私。

冷たい。

氷のように。

「冷たい!!!」叫ぶ私。

棺桶の周りに集まっていた人々が私を見る。

棺桶に手を掛けたまま、大声で泣き崩れる私。

私をうしろから抱きかかえて一緒に泣く母。

・・・それらの場面が一気によみがえり、目の前がグルグル周り、
頭がクラクラしたあと、心臓がギュッと縮む感じがした。
涙がブワーッと溢れてきた。

「ダメだ、ダメだ、こんなところで泣いたらダメ」

必死でフラッシュバックを押さえ込んだ。

気づいたらハアハアと肩で息をしていた。

自分を何とか落ち着かせる。

こんなところで、よもやフラッシュバックに見舞われるとは、
まったく思ってもいなかったので、我ながら驚いたし戸惑った。

まだこんな目にあうんだ私・・・。

もっと強くなっているつもりだった。立ち直っているつもりだった。

ショックだった。


今日の日記でフラッシュバックを起こしてしまう方がひょっとして
いるかもしれません・・そしたらホントにごめんなさい。

ゴメンナサイ。


2001年10月12日(金) 恐怖の1歳半児健診

久々の集団健診。

ヘトヘトのフラフラになった。

最初に一部屋に集まって話を聞くのだが、大抵の子がおとなしく
座ったり立ったりしているのに、わが息子はもう手が着けられない。

部屋中を走り回り、他の子にぶつかったり大人の足に引っかかって
盛大にこけたり。最初は追いかけ回していたが、息切れして途中からは
部屋の隅で目で追っていた。

部屋の中で目立ちまくり。保健婦さんにも笑われてハズカシー・・。
当の本人はハイテンション。とほほ。

捕まえられるもんならとっくに捕まえてるよー。
たかが子供とあなどるなかれ。

最初は歯科検診。虫歯が無いか診て、汚れ具合が分かる色素をつける。
歯科医「汚いですねえ!!!」
・・・はあ、すみましぇん・・私の磨き方がたりないっす。
だって全身で抵抗するんだもん・・めちゃめちゃ苦労してるんだぞお。

その後身長、体重の測定、内科健診、発育相談を経て、歯科相談へ。

発育のチェックでは、6つの絵(犬や車など)を保健婦さんが
指さして、「これなあに?」と聞く。
ここで普通は「ワンワン」とか「ブーブー」とか言うのだが・・。

我が息子、無視・・。

でもって、大好きな車の絵ばかり指さしする。

保健婦さん「ジュースはどおれ?」

・・ジュースなんて飲ませたことないんですけどお。

次にちいさ〜い積み木。3つ。楽々積み上げる。

そりゃあ家では大きな缶詰6つも7つも積み上げてるからなあ・・。

全然言葉が出ない息子。
「言葉は2歳まで様子をみてください」とのこと。
うーん。一気に吹き出てくるかもしれないし。まあ大丈夫かな。

歯科相談で歯磨きはムリヤリしてもいいのかどうか聞いた。

「鬼になってやるべきでしょうか」と私。

「別に鬼になる必要はないですよ。人間でいいです」

・・あのねえ・・もののたとえっちゅーのがあるでしょうが・・(汗)。


そういえば、私の前に並んでいた人は夫婦で来ていたのだが、
奥さんが私と同じくらいで、ダンナさんはどーみても60代。
頭つるっつるで、最初母親の父親・・つまりおじーちゃんかと思った。
そのうち、奥さんの日本語が片言と気づく。フィリピン人らしい。
何となくなれそめを想像してしまうお下品な私・・(汗)。

しかしもういろいろ話せる子供が多かったなー。
走れるのは我が息子くらいか・・なはは・・はぁ〜。

帰りの車で息子はあっという間に爆睡に入った。

本屋に寄ったら「子供の性格は親の接し方によって変わる」とか、
すごい事が書いてある本があった。

ますますプレッシャーがのしかかる。

重い〜〜〜重すぎる〜〜〜〜!!!!!

私一人にのしかかるこの重み・・。押しつぶされそうだ。

くそう・・ダンナのバッカヤロー!!!!!!


2001年10月11日(木) 久々に歩いたら・・・ううっ

今日も契約予定の物件を見に行った。
まだ中を見てないのは私だけ・・・ちょっともどかしい。

歩いて15分程度の所に大きな公園や遊歩道があり、母と息子と
テクテク歩いた。
以前は芝生がきれいな公園だったらしいが、今はすっかり荒れ果てて
草ボーボー・・・でも広くていいかもしれない。

しかし息子よ・・まだ1歳半だってのに登山用の上り坂を一人で
ズンズン登っていくのはどうかと思うぞー・・。
ついてくこちらがハアハア息切れしちゃう。

久々にガンガン歩いたので持病?!の足の腱鞘炎が出て痛かった(涙)
足の裏の筋が、ピシッと裂けるように痛むのだ。
これはね〜、ホントツライっす。

来週いよいよ地主との話し合いや、仮契約が結ばれる予定。
あー、ついにここを出るときがきたんだなあ。
ダンナが死んで1年9ヶ月。
短いような長いような。
しかしいつ義父母に打ち明けようかな・・ちと怖い〜。

母の彼という、まったくの他人との同居もあるわけだが、
これは致し方ないところだ。
母は兄(私の叔父ってことね)に相談したのだが、そしたら
私とそのおじさんが男と女の関係になったらどうするんだって
言われたらしい・・うーん。考えてもみなかったぞ(笑)。
おじさん58だし、彼氏っていうよりおとーさんだよー・・。

まだそのおじさんと私はしっくりいっていない。
私の方が遠慮しちゃうというか・・どう接していいか分からなくて。
おじさんの顔もまともに見られない有様。
この人見知りの性格、何とかしないとねえ・・。


話は変わって。


先日、母が飲みに行ったお店で、ジャズの生演奏があったそうだ。
定期的にやっているらしい。
「でね、もうビックリしちゃって。」と母。

何と、ダンナにうり二つの男性がピアノを弾いていたというのだ。

「もうあんまりそっくりで、すごいよ」だって。

お恥ずかしいことに、私はかなり動揺した。

ダンナにそっくりの人が生きてこの世にいる・・。

会ってみたい、と思った。

その夜はなかなか寝付けなかった。

まだ見ぬそっくりさんを思い、涙が出てきた。

胸がざわざわして、心臓がギュッと縮んだ気がした。

こんな些細なことでも、心が大きくかき乱される私・・。

どんな人なんだろうなあ。ホントに似てるのかな。

結婚してるのかな・・。だったらちょっとショック(笑)

なんてね、わはは。


2001年10月10日(水) 徒然なるままにダラダラと

再放送からハマって見ていたドラマ「ホテル」が終わってしまったー。
あーさみしー。
それにしても某テレビ局、どーせならシリーズの順番で再放送して
欲しいよ・・訳わかんなくなるじゃないかあー。

今日は息子が30分しか昼寝してくれなかったから、ゆっくりお茶も
飲めなかった・・。
郵便屋さんのバイクの音が恨めしい〜。

しかし義母に生活費を返してから、食べる物がままならない。
牛乳とヨーグルト、パンなど、常備したいと言ったのだが、
結局買い物に行っても買ってきてくれない。
息子に食べさせる物がなかったりすると苦労する。
まだ最近はふりかけご飯を食べてくれるようになったけど・・。

食事の支度も、義母がやると言い出してからは毎晩遅くなるので、
先に息子に適当に食べさせている・・が、不満・・。
冷蔵庫の中の物を勝手に使って調理するのも気が引けてしまうのだ。
そのうちお風呂に入れる時間になり、自分が食べるヒマはなし。
寝る前はいつもお腹空き空きなのであった・・くすん。

息子のオムツ代、ミルク代、離乳食代など、息子にかかるお金は
すべて私が出している。
自分たちの事はみんな自分でやれということ。
実母は「自分の息子があんなことしたんだから、せめてものつぐないに
もっと息子の代わりをしてくれればいいのに」と言っていた。
まあ年金が入ってるからね、収入ゼロではないから・・でも
なるべく息子の将来のためにとっておきたいのだが。

たまーに外食に行くと「おごってやるわ」と恩着せがましく、
こちらはヘコヘコ低姿勢で謝るばかり。なんだかなー。
実母も友人も「もっと図々しくして、甘えればいい」って言うが、
私の性格上それも難しいわけで・・。
それにそんなことしたら、たちまち義母の機嫌が悪くなるだろう。
ダンナの親だけど、もう尊敬できないし・・悲しいなあ。

実母もけっこうきついことを言う。
今日も電話で「私は今の一人暮らしをのんびり続けたかったのに。
ホントにそこ出たいの?」だって。

父は父で、今日にも明日にも出ろ出ろだし。んなことできるわけ
ないでしょーが。とほほなじーさんだ。
実家だって、もうすぐ売りに出すらしいしさ。出てどこへ行けって
言うんよ。ったくもう。

ここに居たらいつまたリストカットの妄想に襲われて、実際に
実行してしまうか分からないじゃない。
涙ボロボロ流しながらアルコール飲んで、風呂場で切っちゃうかも
しれないんだよ・・。
今は少し楽になってるけど、いつまたそうなるか自分でも分からない。

ダンナは守ってなんてくれてない。
息子を守るのに精一杯かもね。それならそれで良いんだけど。
死んだら何も出来ないよ。周りを苦しめるだけ。
あんたは楽になったかもしれないけど。
じょーだんじゃないよ・・式で何誓ったの?!

今日から始まるテレビドラマ、夫の葬儀に出ていた美しき未亡人に
一目惚れで不倫のドロドロだって。何なんじゃ・・。
未亡人っていやあ「美しい」なんだろーか。
夫の葬儀に出る妻なんて、美しいも何もない。身も心もボロボロ。
少なくとも私はそうだった・・。はー・・。

ウエディングドレス着れば一生の幸せが約束されるんだったら
どんなに良いだろう。どんなに楽だろう・・。
でもドレス着たってみんな幸せにはなれないんだな。
まさか自分が結婚でこんな失敗?!すると思わなかった・・。
どーなっちゃうんだろーなあ私・・。


2001年10月09日(火) 脱出作戦進行中

マニキュア塗りたててキーを叩くのは神経使うわー。

最近は朝の冷え込みも無くて半袖OK。
息子は布団被らないからありがたい。

今日は引きこもり。
あんまり出かけてばかりだとガソリンがすぐ減っちゃって。
ガソリン代ってけっこうかかるのよねえ。
でも散歩も行かなかった・・息子よすまんー。

さあて。

今日は母から電話があった。
物件はいよいよ契約交渉まで進んでいるらしい。
中古住宅を買うわけだが、最初提示額の100万引きで
交渉しようとしたら、なんと値引き無しで買いたいという、
いわばライバルが現れてしまい、仕方なくこっちも値引き無しで交渉。

ここだけの話、金額をバラすと、1500万。
あともろもろかかるけど。
田舎だしね。

で、今からちょこちょこ荷造りしておけだって・・。
話が早いなあ・・。
母と小父さんは賃貸で、出るまでに1ヶ月かかるので、
リフォームがすみ次第、まずは私が先に入ることになるようだ。

だんだん話が現実的になってきた。
いよいよここともお別れかあ・・。
なんとなくしみじみしちゃったりして。


話は変わって。

DVDが欲しーよー。

デッキのほうね。

先日行った芝居で、プレミアムBOXというのを買ったのだが、
なんと中身はDVDソフトと本。

こりゃデッキ買わねば見られないっちゅーの(笑)

というわけで。欲しいっす。


今日は息子がゆるゆるウンチで、オムツから盛大にモレて
私一人大騒ぎしてしまった。
だってパンツから足からウンチまみれなんだもーん・・。
しかもウンチの中に緑色の、どーみても食べ物じゃない何かの
かけらまで入ってるしー。何食べたんだよ息子・・。

やっとウンチを処理した直後にピンポーン。
義妹だった。
家の中ウンチ臭かっただろうなー。わははは。


2001年10月08日(月) 逃げ場所ついに発見?!

元彼登場で、おおっ!!と思った皆さん、ご期待に添えなくて
もーしわけないでござる。

彼にとっては大きな事だったかもしれないけど・・。
たぶん私が子持ちじゃなかったら即復縁?!を迫ってきただろうなあ。
かなりそんな雰囲気だった・・。
でももう彼には何の感情も抱けなくて・・・すまんのう。

・・ってな訳で。

物件のオハナシね。

中古の一軒家をずーっと探していたのだが、これはいいかもという
物件がついに出てきた。
私は大阪に行っていたため、母と、母の彼(小父さんでいーかな)が
中を見せてもらった。
築32年だが、6年前に大々的にリフォームしてあったため、
かなり綺麗だったそうだ。
トイレなんてシャワー付きで、シャンプードレッサーまであって、
お風呂(ユニットバス)は、ほとんど新品同様だったらしい。

かなりいーかも。

難点は、山のふもとにあること。
家の裏に回ると、切り立った崖。うわーこわー。
おまけにこんな時期なのに蚊がウワンウワンいてギャーって感じ。

鳥獣保護区だからタヌキやイタチくらいはいるかも。
それはいいけどヘビやムカデはイヤだなあ・・。

外に出るとドングリが音を立ててガンガン落ちてきた。
家の前の道路は車が1台やっと通れるくらいのほそ〜い道。
周りはほとんどが借家らしい。

静かだけどね。ちと暗い。山あるから。

ま、今交渉中とのことなので、まだ本決まりではない。

他にも欲しがっている人がいるらしく・・・ちょっとドキドキ。


家の話はここまで・・ということで。

近くにプリンが美味しいパステルというお店が出来た。
今までは遠くまで行かなきゃなかったのに、ウレシー。
しかし・・太るなあ・・。

息子は最近電話がお気に入り。
受話器を耳に当て「アチャー、ウアー、ベアア、アウアー・・」云々と
一生懸命話をしていて笑える。
母と電話で話をしてても、ちゃんと受け答えしているのがすごい。
言ってることはわかんないんだけども。

昼は義母と3人で喫茶店でランチ。
たまにはおごってもらうのも良いかな。
息子は食後にバナナジュースまで飲んでゴキゲンだった。

恐怖の連休も終わってほっと一息。


2001年10月07日(日) 再会ドラマ完結編・・なんちって。

昨日の続きっす。

5年ぶりに偶然の再会をした私たちは、お茶でも・・ということ
なり、近くの喫茶店へ。

「全然変わってないね」
「お互いにね」

彼は以前勤めていた制作会社を辞めてフリーのTVディレクターに
なっていた。
彼が私の左手薬指の指輪を見つけた。

「結婚・・したんだ」

「まーね。だけど指輪は別にもうはずしてもいいんだけど」

「?」

「死んじゃったから」

「は????」

大まかに自分の今の状況を伝えた。
彼の顔が見る見るうちに曇っていった。

あまりノンビリもしていられず、彼は私と同じ新幹線に乗った。
新幹線の中では彼がずっと仕事の話をして終わった。

駅におり、これから別々の道・・というところで、彼は私を
夕食に誘った。
少し余裕があったし、彼の気持ちが分からなくもなかったので
一緒に食事をした。

彼は私と別れてから、誰とも本気になれないとぼやいた。
んなこと言われたって困るよ・・。
車もすぐ変えた・・思い出がありすぎたからだって。
はあ・・そうですか・・。

彼はこの再会を、運命の巡り合わせと感じているらしい。
5年前に戻ったみたいと嬉々としていた。

だが実際はあの頃とは違う。

もう二度と戻ることはない。

別れ際、彼はまた会いたそうだった。
まあ誰も怒る人いないけどさ・・。

草葉の陰で怒っていたりして〜。怒って欲しかったりして〜。

メールアドレスは教えたけど。
それだけ。

彼と戻るつもりは全くない。120%ない。

彼と話をしようと思ったのは、今の私を知って欲しかったから・・。
辛く苦しい日々を送っていることを・・。
でもそれは相手のことを無視した私のエゴ。

彼に私の不幸を押しつけてどうする・・。
彼の同情を得てどうする・・。

大バカ。

ごめん。元彼。

電話してって言われたけどできないよ。ゴメンね・・。

あー、自己嫌悪。


気を取り直して明日の予告。
どうやら私たちの逃げ場が見つかったようだ。
今日物件を見に行った。
母とその彼・・おじさんはそこに決めたいらしい。
でも母は「あなたが焦らせるから妥協して決めた。ホントはもっと
余裕をもって探したかった」って言うんだもん・・ツライなー・・。

ということで、物件のオハナシ。


2001年10月06日(土) 劇的な再会?!

大阪、行ってきたで〜(にわか関西弁)。

日帰りだから時間に余裕がないったらありゃしない。

私が15くらいの時からずっと応援してきた劇団が、20周年で
なおかつ今回を最後に10年間封印するというので、これは何と
してでも観なくては!と思った次第なのだ。


必死で電話したけど立ち見しか取れなくて、入り口の立ち見用の列に
並んで待った。
時折「チケット1枚余ってるんだけど買わない?」という人が来る。
んだが、もう前売りで買っちゃったっちゅーの。

開場になり続々と入っていく人を恨めしげに眺めていたら、何と
キャンセルが出たというので、列の前から順番に差額を払っていた。

うわー、私までまわってくるだろーか!!
心臓バクバク!!

そしたら、何と私の前まででS席は売れちゃった。わーん。
でもでも!A席が1枚残っていた。
やったー!!!私までだったー!!!
差額800円を払っていそいそと中に入った。

だが案の定いっちばーん後ろの一番端っこ。
真横には音響用の機材がドンとおいてある。
でも立ち見よりマシよね。


しかし、今回の大阪行きで一番のドラマは別にあった。

立ち見の列に並んでいたら、遠くに見覚えのある顔が。

心臓が高鳴った。うっそ。


元彼だった。


5年ほど前、それまで5年間つきあったその人をフッてダンナと
つき合ったのだ。私はダンナを選んだ。

とっさに顔を伏せた。
見つかりませんようにと思った。

だが、そんなことしてなんになる?!

別れるとき「今度もし会うことがあったら、普段通りに気軽に
声をかけようね」って言われたんだった。
別に隠れることないじゃない。

だがその後彼を見失い、公演終了後、彼を捜したが見つからなかった。

このまま帰るか。

そう思った。

そして劇場を去ろうとしたまさにその時、目の前に彼が出てきた。

「うわ!!」
「あ!!」

驚いたー。

向こうも驚いたようだった。


この話、長くなりそうなんで、今日は前編ということにしよ。
続きはまた明日〜〜。うーん、ドラマだわ(笑)




2001年10月05日(金) 大泣きでお互い疲れた

何だか、今日は、アッという間に終わったわ。
なんでだろね。
昼寝したからかな。しかも1時間も。はっはっはー!!
お仕事している皆さんごめんなさいごめんなさい・・。

今日もなんとなく母の所に行ってしまった。
結局は息子が母の部屋を荒らして終わりなんだけど(汗)。
母よ、すまぬ。
しかも私がグッタリ寝ている間に息子におやつまで食べさせてくれてた。
義母じゃあこうはいかないのよねえ。

義母はというと、今日は大好きな「天童よしみ」コンサートに
行くため会社を早退してきた。
今・・夜の11時だが・・まだ帰ってこないっつーの。
こりゃコンサート帰りにパチンココースかな。
でもこれだけパチンコにハマってるのに、一度もお土産持ってきた
ことがない。板チョコ1枚くらい持って帰ってきてもいいでしょうよ。
まさか勝ったことないとか?!まさかねえ。

息子が夕方少し寝た後、起きていきなり大泣き。
泣いて泣いて泣いて泣いて、私は耳鳴りがしてきて我慢が限界を越えた。
喉が張り裂けんばかりに怒鳴ったね。
怒鳴ったって泣きやむはずないのに。バカな親。
結局1時間以上狂ったように泣いた。
なので夜は比較的スッと寝た。あれだけ泣けば疲れるわ。
しかし寝起きが悪いのは何とかならないだろーか。参るよおー。

息子はときどきおかしな事を言う。
まだ言葉が出ないので、意味はないと思うのだが・・。
今日はお風呂に入っているとき、いきなり「エイドリアン!」と言った。
おまえはロッキーか?!と関西っぽくツッコミを入れて笑った。
他にも「営業!!」とか「間違えた!」とか。
私がそう聞こえるだけなんだろーか。ま、一種の親バカねん。
しゃべらないのもまた面白いっていえば面白い。今のうちの楽しみだあね。

突然ですが予告!!
明日は大阪に行くので日記はそのご報告〜になります。
おったのしみに〜〜〜〜。
(疲れて書けなかったりして・・・歳だし。とほほ)

投票クリック、いつもありがとうございます。嬉しいっす。


2001年10月04日(木) 帯に短し襷に長し・・・か

今日は物件の中を見せてもらいに行った。

駅に近くてすごーく便利な場所。しかも3階建て。
築年数がかなりたっているが、なかなかよさげ。

しかーし!!
中を見てビックリさ。
荒れ放題・・なんてもんじゃない。
ドロボーが引っかき回して行ったみたい。
おまけに雨漏りで天井がボロボロ。
壁も漆喰でボロボロ。
前の住人の荷物がそっくりそのままほとんど残っていた。
アグネスラムのポスターがあったりして・・・ふるう〜。

難しいなあー。中古住宅って。
いくつかは妥協しなくちゃいけないんだけど。
ダンナ、良い物件が出てくるのを阻止してないだろうね?!
頼むよお・・・お願いだよ・・協力してえー。

最近はそっち(物件)のことで頭が一杯で、一日がアッという間。
義父母のこともいちいち考えてられないさ。
義母は最近機嫌が割と良い。
明日天童よしみのコンサートに行くからかしら。ははは。
仕事さぼって早退するらしい。

義母の遊びへのパワーはすさまじい。
パチンコもますますのめりこんでいるようだ。
先日は静岡へ旅行に行ったし、来月も温泉に1泊する。
テレビの懸賞になんで当たるかなあ・・。
テレビも当てないでよお。
「もう遊ぶスケジュールがたてこんでいて大変〜〜」って、
嬉しそうねえ。いいですこと。オホホ。

なんだかね、世間の幸せな人に八つ当たりしたくなっちゃう。
イヤな人間・・。ずびばじぇん・・・(涙)。
そんなことばっかり考えてると幸せ逃げちゃうのにね。
自分で呼び寄せないと。

おーい、幸せ〜〜〜、遠慮せずに来てねん〜。
「迎えに来いや!」って言うのならいつでも行きますです。ハイ。


2001年10月03日(水) キンモクセイがいい匂いっすねえ

どうもね。
私の日記って、取るに足らないことでウダウダ言ってるって感じだわ。
自分しか見ないならそれでも良いんだけど。

この日記読んでいただいてる方がいるわけで・・その方々には
申し訳ないです・・・ゴメンナサイね。

楽しいことや嬉しいことをどぱーっと書きたいんだけどもね。
やっぱり辛いことや苦しいこと、イライラしたことばっかりになっちゃう。
つまんないよね。
何とか「ええ話やな〜」って思われる事が書きたいんだけど・・ふう。

今日はひっさびさに実家に行った。
まだ自分の部屋にあれこれ物を残しているので、ちょっと取りに行った
わけだが、新聞配達のオバハンにまでジロジロ見られて不快だった。

私が生まれたときに植えたというキンモクセイが、めっちゃめちゃ
立派になっていて、ビックリした。巨木よ巨木。
今がちょうどキンモクセイのいい時期なのよねえ。良い匂いだったー。

家の中は荒れ放題だった。まー父一人(のはず)だから仕方ないか。
愛人もあまりの汚さに近寄れないってか。
だって裸足で歩き回った息子の足の裏がまっっっっっっくろに!!!
裸足で庭に出た方がよっぽど綺麗だよ・・・(汗)。

いずれこの荒れ放題の家も売られるらしい。
家自体に未練はないが、あのキンモクセイはもったいないなあ・・。
あれだけ欲しい・・・って、どーやって持っていくんだあ!!

明日また物件を見に行く。
今度は中も見られるらしい。
しかしあの不動産屋は腹立つなあ!!
だって初対面の私に向かって「おいくつ?」だもの。
正直に答えたけど。私って正直者すぎ?!
あ、でも今日勧誘の電話があって、「お年は?」って聞かれたから
「ハタチです」って言ったぞ。わははは。


2001年10月02日(火) 今日こそ書くぞ!!

よし、書くぞ。
生活費取り上げられたこと。

先月末、生活費をもらったばかりの時に義母が言った。
「お金全部返して」

義母が言うには、超偏食&食事時に入れ歯を外す義父にとって、
私の料理は「食べられるものがない」んだそーだ。
で、うるさいんで今度から私が作る・・と、こういうわけ。

食費、日用品代、すべて没収なので、これからは買い出しもなし。
チラシを見る必要も無し。
トイレットペーパーも洗剤も、みな義母が買いに行くことになる。
もちろん仏壇の花やお供え物も。

一見楽になったと思いきや、逆だったりする。
まず買い物の楽しみがなくなった。
朝食、昼食に食べたい物を買いに行けなくなった。
冷蔵庫の中をあさるしかない。
義母が買ってくる物だけが頼りだ。
「欲しい物があったら買ってくるから言って」なんて義母は言うが、
そんなこと小心者の私に言えるわけないでしょーが。
分かってて言ってるな・・くそう。

もちろん外食も出来ないしテイクアウトも当然無理。
そりゃ自分でお金出せば良いけど。
でも今は使いたくない。少しでも将来に残しておきたい。
自分が働くようになればいいが、今はまだ我慢。

ひょっとして私がアルコール買ってばかりいたのを、生活費から
出していると思ったのかも。
あれはちゃんと自分のお金で買っていたんだけど。
つらくて苦しくて、アルコールが助けだったから買ったんだけど。
まあ誤解してるかもしれないなー。

買い物行かなくなると外出の機会が減るなあ・・。
息子が怒るぞきっと。
「引きこもりなんてヤなこった」って思ってるだろうから(笑)

しかし私の料理ってそんなにひどいだろーか。
義母は「自分が食べたいもの作ればいーのよ」なんて言ってたのに。
それでも自分が食べたい物は作らず我慢していた。
だって「自分が食べたい物」は「義両親が食べないもの」なんだもん。
「ジジババは変わったもんは食べれん」の一言なんだもん。

いっつも塩サバやあじの開きばっかり食べられるかー!!
たまにはグラタンやドリアだって食べたいぞー!!

好き嫌い多い舅、姑とは住むもんじゃないっすね。うん。


2001年10月01日(月) 我ながら嫌なヤツ。

ついに今年もあと3ヶ月かあ・・。
はやいっすねえ。
今年はあまり世間的にもいい年じゃなかったっすね。
21世紀の始まり始まり〜って感じで期待も大きかったのに。
個人的にはついに前厄突入だしなあ・・とほほー。

明るい話題として、高橋尚子が出ずっぱりですな。
世の中にあの子が嫌いな人なんていないんじゃないかってくらい
みんなあの子を讃えてる。
一部マスコミが以前バッシングはしたけど、ありゃネタ切れでしょう。
結局それもうまくかわし、国民的アイドルに君臨している。

すごいことをやってのけたのに平然として笑ってる。
それが人々の心を打つそうだ(某新聞社説による)。

はぁ〜ん。そーですかい。

私は逆にそれがイヤだ。

偉業を成し遂げるには挫折や苦労を幾度も味わって、何度も転んでは
立ち上がるものであってほしいのだ。
あんなにサラリとしていてほしくないのだ。
ヘラヘラ笑っていてほしくないのだ。

風になんて、そー簡単になれやしないのよって結末が欲しい。
なのに端から見るといとも簡単にやってのける。
苦しさや悲しさが表に見えてこない。

私にはそれが不安なのだ。
もっと表に見えて欲しい。

私はこんなに苦しんで生きている。
どうしようもない思いに縛られ、それでも立ち上がるべくもがいてる。

なのに彼女はブラウン管の向こうでさわやかに笑っている。
彼女がもっと遠くの存在だったら良かったのになあ。

そう、彼女と私は近すぎた。近くにいすぎた・・。
片や輝ける道を進み、片やジタバタしている・・。

一人くらいアンチがいてもいーよね・・。
彼女には何の罪もないのにね。ただのひがみなのにね。
私って嫌なヤツだよお・・ううう。

今日は育児日記はお休みだわ。
ああ!!また生活費のこと書けなかった!!何てことなの〜!!!

このオチが年末まで続いたら笑えるな。わははは。


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