今日、一人で鷲羽山へ行ってきました。 三往復くらい?しまして。 フェラーリがいたので煽ってみた。 が、彼は違うようでした。
それはともかくタイアがグリップしていないような気がします。 安心してフルバンクできない。 というか、グリップしないのでフルバンクまでスピードが乗らないような感じです。 それでもレッドまで回せばストレートでは150km/h越えました。 スピードレンジ的には大塔に近いようです。 鷲羽山スカイラインと言って、途中で変なトンネルや民家などはないので大塔より走りやすいです。 これは良い練習になりそう。 岡山と大阪、奈良を対比すると、 鷲羽山=大塔。 金甲山=裏金剛といった感じでしょうか。
とにかくタイアじゃ。 バンク中にパワーバンド(10000rpm)以上にぶち込むと滑ってるような気がする。 てか、ストレートでも路面が悪いとお尻振ってます。
しかし、レプリカの何が凄いってそれが凄い。 まぁ、前はニンジャで無理矢理アクセルを開けてたからかもしれないけれど、少々路面が悪かろうが車体が暴れようがまったく不安がない。 高剛性+軽量ボデーはかなり安定性に寄与しているようです。 ま、矢のような直進性を生み出す強力なニーグリップが効いているという自負もありますが。 これであとはグリップが確保できれば…
しかし、最後に不安材料は残るのですが。 とりあえず9000rpmぐらいからエンジン音が怖い。 焼きつく寸前の50cc2stみたいな音がし始める。 あるいは燃料を極限まで絞ってアイドリングでも勝手に回転が上がり始めたときのような音が… 心臓に悪い。 今使っているオイルが500ccで800円ほどのグレードなので、悪くはないが心配がまったくないわけでもない、という微妙な。 次回はもっと高いグレードのオイルを入れます。 無心でレッドまでぶっこめるような。
とりあえず400クラスには負ける気がしない。 リッターネイキッドにも。 リッターのスーパースポーツには…、たぶん負けるよなあと思ってしまうがけれども。 最新のバイクにもついていけるように精進します。
自分を伝えるのは非常に難しい。 この日記を続けている理由の一つがそれだが、自分を他者に伝えることは、少なくとも僕にとっては一朝一夕に出来る事ではない。
それはともかく、僕が目指す所は言葉では説明しにくい。 言葉で説明出来るなら、それはもはやそれを捉えているのだろうと思う。 おそらく他人には言葉遊びに聞こえるかもしれないけれど。 僕が目指すのは真理というか真実と言うか、とにかく本当の事を知りたいのだ。
その道筋として僕は中庸を非常に重要だと考えている。 だから、僕がいつまでも中途半端なのはそのためだ。 真理に辿り着くには全てを知らなければならないような気がしている。 正しい道を行くならそれは賢者の道だろう。 でも、僕にはその道を行く力も勇気もやる気もない。 だけど、真理が真理たるならば、そうでない道もあるはずだと。 僕は僕のままでそこまで辿り着いてみたい。
とにかく、意味を同定することは、それがそれ以外である可能性を捨て去ることである。 ならば、物事を決定していく行為はそれが真理である可能性を捨て去る行為であると僕は感じる。
全てを疑え。
不勉強な僕はこの言葉がどの哲学者のものだったか忘れた。 中学生の時に読んだソフィーの世界に書いてあった。 それ以来、僕は全てを疑ってきた。 全てを疑うということは、明るみに出た事象を再び闇の中へ投げ返す作業でもある。 だから、僕はあらゆるものを闇に投げ込み、暗中模索することに自己を費やす。
K君へ。 とりあえず冬コミまで待ってくれ。 一人暮らしも就職も、とりあえず冬コミまで待ってくれ。 君はどうやら打てば響く人のようなので、打ち返されれば僕も響かなければと思っています。 どんな音色になるかはしばらく待ってくれ、ということです。
最後に。 この日記はエクリチュールなのでしょうか? この日記は僕ではなく、「日記」というエクリチュールとして在る。 そんな感触があったけれど、まだ明確な実感にはなっていないので疑問形。 というか、自分で書いててこれは僕の言葉であって僕自身ではないなと思う。 難しい。 けど、止めるわけにはいかない。 いいわけになるからといって、それを言葉にしないのはダメだと思うから。 いいわけだろうが逃げだろうが、それが在ると感じるならばここに記さないといけないと思うから。
そして、何より思ったのは僕の言葉が時として自分を棚上げして非常に厳しいのは真理を真理として存在させようと欲しているからだろう。 現段階では現実の自己と大きく乖離した部分で現象する真理が在り得るという可能性を、僕は自分の中で残している。 だから、現実の自己を一切無視して毒を吐く。 そして、若く未熟なのでそれらと現実との境界線が曖昧になりやすい。 とにかく現段階としてやりたいようには出来ない。 だからと言って、僕が目指すところは時間がかかるのだから、こんなに早い段階で投げ出すわけにもいかない。 時に引き締め、時には緩めながら、もっともっと長く続けなければ見えてこないように思う。
2005年09月21日(水) |
やっぱ気分の問題か? |
とりあえず報告までに後方排気のギア比を。 三速10000rpmで110km/hぐらいです。 トップでは12000rpmちょいで200km/hややオーバーぐらいかと思われ。 半クラが長いのは下がないからです。 古き良き2ストローク車ですな。
ただ、やっぱりニンジャなんかよりよっぽど速いです。 質がぜんぜん違うので単純には比較できませんが。 速く在ろうとしている速さみたいな感じですか。 それとニンジャに比べて格段に楽にスピードが出せます。 パワーの出方とか、車体の剛性とか。 後方排気の方が手に収まるというか、一体感が出せると言うか。 ニンジャは無理矢理感がどうしても拭えなかったので、これは大きな違いですな。 180km/hオーバーとか当たり前。 慣れればその速度で巡航も出来そうなくらい。
スピードに慣れるのは良いことだと思われます。 ただ必死にそのスピードに耐えていたのが、今ではそのスピードを維持しながら四方を確認して能動的に走りが組み立てられるので。 ただスピードを出すだけでなく、そのスピード域に生息することが出来ますので。 今は調子にのっているので北海道をオーバー200km/h巡航ツーリングとかしてみたい気分です。
2005年09月15日(木) |
つげ義春って知ってますか? |
無能の人ごっことかしてみたい。 机の上(路上を推奨)に石を並べて…、それだけ。
つまり僕ていどの環境ではそこまでの退廃は無く。 カイジほどの危機も焦燥も無く。 みどりちゃんほどのとんがってるけど角は丸いような思春期も無く。 城嶋晶のように欠落ゆえに手に入れた何かも無く。 よーするに「僕には何も無い」とかいっぱしにほざいていたあの頃と同じように何も無いのだ。 結局、僕に在るのは無いことだけという矛盾した自己定義。 つまりは僕は無いのだ。
なら、この感覚は何だ? 全力で自分を見出そうとするこの感覚は何だ? 我思う、故に我在り。 でも、無いものは無い。 何も無いのなら、それは文字通り何も無いのだ。 持つ者よ共感してくれ、と思う。 そうすれば僕が在る証拠となる。 でも僕が求めているのは結局は在りもしないファンタスマゴリアなのかな?
そして結局はいつもの結論に達する。 もちろん、ここに僕の全てが在ると思っている愚かな読者はいないと思うので、いつものように結論だけ記す。 回りくどくなったが、結論としては覚悟が足りない、という地点に着地する。 要するに覚悟が足りないのでこの中途半端な状況にあるのだという結論だ。 当たり前だが、問題に対する結論は打開策を含んでいなければ提出する意味が無い。 覚悟の足りなさが解決すればこの問題系から脱出できる。 もちろん他の打開策も思考することは可能だ。 しかし、内罰的に論理を組み立てればおのずと結論はそこへ達する。 あるいは自身の無能を問題とすることも可能だが、それは物理的に限界が存在するので覚悟の改善の方が容易であり、改善の余地が大きいと判断する。
そんなことはわかってるんだよ。 わかってるからいつも同じ結論に達する。 そこは私も人の子。 人情ですよ。 脇目もふらず走れれば誰も困りません。 要するに脇目をふってしまう今の状況がまだまだ甘い。 それしかない、という必然はどうしても手に入らない。
そう言えばバイト先の子に恋愛相談?みたいなことをしたら、「それは機が熟してないだけですよ」と諭されてしまった。 なるほど、そーいうことか。 まだまだぬるいということか。 もっともっと熱く、浸かってられないくらい熱くなるまで待てと。
まぁ、今でさえ温度差があるのですが。 では、そこで問題です。 問) 温度差を問題とされない環境において温度差を問題と感じてしまう場合、その個体の取るべき態度として正しいのはどれか?
解) 温度差が問題でないことを論理的に立証し、同様にして自己の温度が環境から排除される要因とはならないことを立証する。
さて、この問答には重大な欠陥があるそれはなにか?
2005年09月14日(水) |
メイド喫茶オープン。 |
岡山にもメイド喫茶がオープンしました。 せっかくなので開店した日に挨拶に行ってきました。
「メロンブックスだが、責任者を出せ」みたいな趣旨のことを丁寧な口調で話して、えらい人と色々とお話させてもらいました。 もちろん、メイドさんとも戯れてきました。 チェキを一緒に撮るとお金を取られるので、それはやっていません。 ちなみに本日最後のお客様は僕です。 営業時間は8時までですが、オープンの混雑もあって僕が店を出たのは9時過ぎでした。
で、肝心の店の方はと申しますと…、一言で「拙い」。 カウンターの中でメイドさんたちがああでもないこうでもないと和気藹々と慌てている様は微笑ましく、思いのほか良い雰囲気でした。 コーヒーを持ってきてくれた新人メイドさんの手が震えていたのに萌えました。 とりあえず、Blogとかでも同じようなレポートがたくさん出てると思いますが、僕もそういう凡庸な感想を持ったのでここに記します。 結論としては、メイド喫茶の良い雰囲気が出てる、と思います。 現時点ではたどたどしさも微笑ましさに変換される。 前回の日記の反省を踏まえ、あまり内情にはここでは触れないですが、とりあえずメイドさんは今日見た人のほかにもたくさんいるらしいので期待はそれなりに持てます。 ってか、今日いた人のなかにもなかなか可愛い子はいましたので及第点といっておきましょう。 (↑この言い回しは昨日読んだ小説のヒロインが使っていただけで、別に見下した視点ではないですのであしからず)
なんだかメイド喫茶に対する熱い思考も冷めてきまして、別にこれはこれでいいやとか思い始めましたが…。
2005年09月12日(月) |
後方排気という選択。 |
後方排気を選ぶという気持ちが問題なんだ。 と言ってみる。
久しぶりに乗った2stは速い。 振動無く吹け上がるエンジンと排気音は快感。 当時、正座に万歳と言われたポジションも雰囲気を演出してくれる。 で、今回の後方排気が本当にSPかどうかは未確認。 だが、そんなことはどうでもいいくらい速い。 180km/hからでも当たり前のように加速する。 ノーマルのメーターは11500rpmでレブだけど、SPエンジンにジャッカルチャンバーの組み合わせがどこまで回るのかは不明。 でも、明らかに11000rpmくらいからがパワーバンドなので、11500rpmが限界ではないと思う。
前オーナーは待ち乗りで持て余して出品。 で、前の前のオーナーがYSPの人で、サンデーレースとかに使うように組んだらしい。 距離は3000km代で実走(らしい)。 そのYSPの人は240km/hくらい出して遊んでたらしい。 今はギア比の関係でそこまでは出ない。 でも、パワー感では220km/hは確実に出そう。
ということで、明日は金甲山と鷲羽山に行ってきます。
2005年09月07日(水) |
一番に伝えなきゃいけないこと |
最近の日記を読み返して、いかに余裕がない状態だったのかと恥ずかしくなった。 と、同時に僕は大きな間違いに気付いた。 僕は最も大切なことを言葉にしていなかったのだ。 悪態を吐くよりも先に、一番に伝えなきゃいけないことがあった。 それは好きだということだ。
僕は好きだ。 今の仕事も、職場の人たちも。 たとえ僕の人生にいくらかを費やさなきゃいけないとしても、それは犠牲なんかじゃない。 この人たちのためなら何かしたいと思う、僕にとって意味のあることなんだ。 だから、一年間やってこれた。 だから、みんなで遊びに行けたらいいなと思うし、もっと仲良くなりたいとも思う。
僕に与えられていた課題はそれをどうやって伝えるか、ということだったんだ。
恋愛はこの日記にとって避けて通れない問題なので、気分が乗っている今のうちに書いておくべきだろうと思う。
それはともかく、僕はどうしてこんなにも苛立っていたのかと考えた。 思い上がっていたのは確かだろう。 コミケ営業に行って、この業界の中心にいる人たちに会った。 他店のバイトや社員の人。 ユニゾンシフトの社員はほとんど知り合いだと言っていた首都圏の店舗でバイトしてる人。 西又葵とは仲がいいから挨拶に行かないとと言っていた営業課の人。 店長兼エリアマネージャーであちこちを飛び回ってる社員の人。 東浩紀とも話をした。 ああ、そう言えばニトロプラスのジョイマックスさんとも話をしてきた。 純粋に楽しかったし、得るものも多かったと思う。 やる気になった。 そして、やれる気になった。
そう言えばコミケ営業の前にはOB会があった。 久しぶりに沢山の人と話をしたし、話をしなかった人もいたし、出来なかった人もいたし、してもらえなかった人もいた。 結局、OB会を挟んで前後の15日ほど休みなしで色々なことをした。 特に営業から帰ってきてからは、自分でも気付いていたが、かなりハイな状態になっていた。 色々な刺激を受けて色々な部分が活性化していたのだ。 その間は日課のオナニーもしていなかったと思う。 僕は冷静になるよりも、むしろそれに乗じたいと思っていた。 やれるうちにやっておきたいと思ったのだ。 それがつまり僕の焦りだったのだと思う。 その高揚がいずれ失墜することはわかっていた。 ランナーズハイの状態がいつまでも続くとは思っていなかった。 だから、それが続いているうちに何かをやっておきたかった。 この一年間、それなりに何か得たものを発揮したかった。 ただ、それは明確なビジョンとして在るわけでもなく、上手く周りに伝える術を僕は持っているわけでもなかった。
さて、これらがつまり僕の苛立ちの因果なのだろうと思うが、これを表題の恋愛に繋げてみる。 つまり、僕の抱える問題として、恋愛に限らず伝えることの困難が常に付きまとっているように感じているのだ。 それは伝える術が拙いという他にも、伝えるべきか判断がつかないということもしばしば起こる。
僕は深層で他者に対して対等の関係を求める。 なので、あまり言葉を返してくれないと、こちらもそれ以上は言葉を発することが出来なくなることが多い。 そうなると関係はどこにも発展しない。 そして、「僕はここまで開示したのだから、あなたもここまで開示して」と無意識に求めている。 それを明確に言語化して相手に伝える、という手段もあるのかもしれないが、とにかく僕はそれを暗に求める。 僕は相手の反応なしには他者に働きかけることが出来ない人間なのだ。 返答が予測されないメッセージを投げかける勇気が無い。 メッセージが必ず相手に届くと確信が持てる時しか安心してメッセージを投げられない。 これはつまり郵便的不安に怯えているということなのかしら?
とりあえず、小難しい考察はそれくらいにして、もっと有り体な言い方で書いていこうと思う。 つまり僕は他人の気持ちを確かめるのが怖いのだ。 他に何が怖いかと言うと、他人が自分のことをどう思っているのかわからないこととかだ。 自分がした事を相手がどう感じるかわからいことも怖い。 相手の気持ちがわからないのが怖くて、でもそれを確かめることも怖い。 つまり、それはシンジ君の問題そのままなのだが、それがどうしても克服できない。 例えばシンジ君にはエヴァに乗ると言う使命があった。 それがある以上、いくら最終回で上手くごまかそうとも詭弁に過ぎないのだ。 だから劇場版の最後であのセリフが必要なのだ。 つまり、今の僕で言えばバイトやシナリオを書く、あるいはバイクに乗るという点では他人を恐れる必要はない。 「ここにいてもいい理由」がそこにはある。 でも、他者との純粋な触れ合いに「ここにいてもいい理由」が介在する余地は無い。 例えばコミケ営業に行って初めて会った人。 それは仕事上の出会いなので互いに理由がある。 例えばOB会で初めてあった女の子。 それはサークルという共通のカテゴリーがある。 現に一時間以上を二人きりで電車に乗っていたが、サークルの話題を入り口にできたおかげで話が途切れることはなかった。 では、何も重ならない他者との接触、理由の無い純粋な出会いに遭遇したときに僕はどうすればいいのだろうか? 例えば僕のことを「気持ち悪い」と思っている人とコミュニケートするには? そこまで思っていなくとも、僕に対して無関心な人とコミュニケートするには?
通常、何も重ならない人とは友達にはならない。 趣味や仕事、そういった諸々のなかで何か一つでも重なる部分があると、人はそこに共同幻想を抱き繋がろうとする。 共同幻想なしに他人と向き合えて初めて個人として立てると思うのだが、僕にはまだそこまでの強さは無いし、多くの人たちにそんな意識は無い。 何も重なる部分の無い人、あるいはこちらが一方的に重なると思っていただけで、その人にしてみれば重なりたくないと思っている人を前にして、僕は途方に暮れるのだ。 それは縁がなかったのだから、仕方ないじゃないかと言うだろう。 例えば僕がその人に好意を抱いていたら? 僕は対等の関係を求める。 好意を抱く相手には好意を求める。 これは理論ではない。感情だ。 繰り返す、これは理論ではない。 僕は好意を求めるが、それは返ってこない。 好意が返ってこない以上、それ以上の好意を向けることが出来ない。 しかし、僕は好意を抱いている。 好意を投げかけたいが、好意が返ってこないことがわかっているので、それは投げられない。
しかも、厄介なことに僕はすぐに人を好きになる。 それは男女を問わないのだが、男女を問わないので余計に問題になるのだが。 おそらくは無意識に好意の交換を求めているのだろう。 好意を向ければ好意が返ってくると少しでも期待できる相手であれば、僕はすぐにその人を好きになる。 そうでなくとも僕はどうしても自分の周囲にいる人たちを嫌いになれない。 何かあるとすぐに情が移る。 こちらに情がわいたところで、相手も同じかと言えばそうではないので、その落差に一人で勝手に悩むわけだが。 大学時代の僕の傍若無人な振る舞いはその裏返しだ。 こちらに情がわいているので、自分も許されると思ってしまう。 もちろん許されることを確認して安心しているという面もあるが。
とりあえず収集がつかなくなってきたのでそろそろ区切りたいのだが、9月の1日と2日に書いた日記に対して自己弁護したい。 これ以上の弁明は本当に好き勝手で傍若無人な振る舞いになってしまうと思うのだが、それでも機会として今は吐き出しておくべき時だろうと思うので、いちおう書き連ねておく。
僕は7月8日の日記でこう書いた。
----------------------------------- 僕がこの日記を始めたとき、具体的に氏名を挙げられるような明確な対象があった。 当時、僕の周りに居た人たちが読むことを意識して僕は日記を書いていた。 それは今でも同じだけれど、これを読む人たちがいて、どれだけ好き勝手書いているように見えても、ここにある言葉は全て僕の中で吟味されて選ばれた言葉なのだ。 読み手に対するメッセージとして機能するように、自分が書きたい言葉と相手が理解できるであろう言葉がいつもせめぎ合っている。 -----------------------------------
その結果があの他人の事情など一切考慮しない暴言なのだ。 あの時の僕はあのように書かざるを得なかったのだと思う、とだけはたとえ自己弁護でも記しておきたかった。 僕の言葉はしばしば限界を探っている。 M田君ならわかると思うが、僕が「出来る出来ない」の話をするとき、僕が言う「出来る出来ない」のラインは限りなく限界に近い。 僕の言葉は時折、限界に迫ろうという覚悟を持っている。 しかし、それは言葉であり、現実の僕はそれを実現できないかもしれない。 言葉が限界に近ければ近いほど、僕はそれを実現できない可能性が高まる。 いや、現実の僕は言葉からはほど遠いところにいるだろう。 だからこそ、この日記だけは可能な限りギリギリの境界線上に立ち続けたいという覚悟を持って書いている。 だから、あのような暴言であろうとも書くべきだと判断したときには書く。 僕はその判断をきちんと自分の意思で下すことが責任だと思っているのだ。 だから、あれは誰が悪いわけでもなく、僕が僕の意思で発言したのだ、と責任の所在を明確にしておいたつもりだ。
のめり込めばのめり込むほど、近づいてくる人が増えると同時に離れていく人も増えてくる。 それでも僕は周りの人を好きになる。 好きになるから嫌いにもなる。 でも、それを上手く伝えることは出来ない。
2005年09月05日(月) |
やっぱり書かずにはいられない。 |
この日記の意味がよくわからなくなってきた。 でも、最近は再び書くべきだと思うことが増えてきたので、意味はわからずとも書くべきなのだろうと思う。 とりあえず、今まで書いてきた日記は僕にとってはネタの宝庫だろうと思う。 この日記は僕が考えてきたことの変遷なのだから、少なくともこの世界に一人はこの日記に書かれているようなことを考え、それに従って生きているのだ。 この日記はどうにかして僕の「本当」を刻みつけようと努力し続けてきた証なのだから、ここに書かれていることを基礎として個性を生み出せるに違いないと感じている。 だから、この日記は少なくともネタの備蓄庫にはなっているはずだと思う。 だから、今日もネタをストックする。 まずは一般的なネタを。
体重は落とすのは困難だが、戻るのは一瞬だと初めて実感した。 夏の暑さに加えて、仕事関係のいろいろで体重が目に見えて落ちていった。 たんに実家に体重計があるから毎日計れる、というのもあるのだが。 (大学時代は体重計が身近にないので定期的には計れない) ここ数年は47kg代で安定していた体重があれよあれよという間に45kgを切り、ついに昨日は43kg代に突入した。 まぁ、44→43はけっこう時間がかかったのだが。 ダイエットする女性の心理が少し理解できた。 正直、目に見えて体重が落ちるのは楽しい。 僕は筋肉もタッパもないので、無駄なものを落としていけば43kgとかは当たり前なのだ。 体脂肪率も二ケタ台なので、痩せすぎなわけでもない。 こころなしか体の切れもいいようなきがする。 しかも、ライダーなので軽さは正義なのである。 ただ、今日明日と連休なのだが、その連休一日目にしてすでに45kg代へ復帰した。 まぁ、仕事であれだけの運動量があったのだ。 それがなくなれば体重がすぐに戻るのもうなづける。 しかも、疲れが抜けて食欲が戻ってきたので、普通に食べてるし。 忙しくて疲れてるときは食欲が無くて、ウィダーインゼリーとアリナミンで朝から晩まで働いてたりしたのだ、そりゃ痩せる。 ちなみに最近は沈みがちな気分をハイにするために栄養ドリンクを服用してみたりもした。 たぶん、若干の興奮作用もあるはずだから、合法ドラックなんかよりはよっぽど健全にドーピングが可能だと思って飲んでみたのだが。 とりあえず、身体にエネルギーが足りてれば、気分を支えるだけの余裕は出たので、そういう方面でも栄養ドリンクは使えるようだ。 まぁ、そんなこんなで落ちていった体重も、たった一日の休養で元に戻ろうとしている。 毎日の摂取カロリーは変わらないのだから、運動量が使われずに残るカロリーが増えるのだ。 要は毎日の運動量をどうやって均等に保つか、ということだろう。 と思って少し筋トレとかしてみた日のこと。
2005年09月02日(金) |
同情するなら金をくれ! |
たとえここが目的地じゃなくても、目の前のことを疎かにするのは同僚に失礼だと思って頑張ってみましたが、そういうのは勘違いだったようですね。 コミケなので同人誌が他の月より売れる。 なので、この売り上げをもっと伸ばして、さらに9月に入っても勢いを持続させるために何かしたいと思っていました。 お客さんの多い時期だから、同人誌だけでなくコミックやPCソフトも売り上げが上がるチャンスがあるのかと思ってました。 店全体が忙しくて思うように販促活動が出来ないのだから、せめて同人担当の仕事だけでも僕が引き受ければ、その分みんなも自分の仕事が出来るとと思ったのですが、つまりそれが他人の迷惑を顧みず自分の作業に没頭するだけの愚行だったというわけですね。
ごめんなさい。 僕が一人で舞い上がってました。 出来もしないことをしようとして、みんなに迷惑をかけました。 ついでにごめんなさい。 目の前のことにかまけすぎてて次の仕事の当てが無いので、このまましばらく続けさせてもらいます。
2005年09月01日(木) |
遊びでやってんじゃないんだよ! |
この怒りは明日か遅くとも明後日には風化してしまうので今のうちに吐き出しておく。 (怒りの風化に関しては僕は類まれなる能力を持っていて、時間が経てばどんな怒りも全力で風化させてしまうことが出来るのだ)
今日思ったこと。 「なんで俺がこいつらと同じ給料やねん!?」 今が一年で一番忙しい時期=掻き入れ時なので、僕は暇があれば売り上げアップに繋がる仕事を懸命に考えている。 で、それを何とか実行に移そうと毎日朝から晩まで全力で通常業務を終わらせようと働いてるわけだが。 悲しいかな、営業時間中に終わらせることが出来るのは通常業務だけなのだ。 なので、仕方なく昼休みを削ったり、休日出勤したり、朝早めに出勤したりなど、勤務時間外で色々とやっている。 (もちろん、勤務時間外なのでタダ働きだ) まぁ、タダ働きなのは僕が勝手にやっていることなので問題ではない。
問題なのでは僕の休憩時間が他の人によって削られることだ。 詳しく説明しよう。 うちの昼休憩はおおむね12:00から一時間か、13:00から一時間の二交代で取る。 なので、前半の人が帰ってくるのが遅いと、後の人は休憩時間がどんどん減っていくのだ。 ついでに17:00から15分間の小休憩もあるのだが、これも同様だ。 そして、今日、由々しき問題が起こった。 いつも休憩時間を律儀に守っているのは僕だけなのだが(よって、他の人に比べて僕は労働時間が長いにもかかわらず給料は同じになっている)、今日は後半の休憩だった。 で、前半の人が休憩に行ったのが17:05。 この時点で僕の休憩が5分少なくなることは決定なのだが、しかも帰ってきたのが17:25を過ぎていた。 この時点で僕の休憩は5分しかないのは決定なのだが、そこでお客さんの質問を受け、応対をしているあいだに17:30が来てしまった。 この時点で僕の休憩がなくなった。 で、誰からもそれに対する謝罪はとくになし。 「あ、そう」みたいな反応を返されてしまった。
嗚呼。 こうやって僕は今日も達成感も給料もないまま、人生を浪費してしまう。 フリーターはダメ!ゼッタイ! せめて金ぐらいは手に入れたいと思って、9月も22日くらい出勤しますわぁ、と言ったら勤務日数は20日に減らされていた。 僕の手元には何も残らないのか…。
でも、そんなことは面と向かっては言えない。 だって、店長に注意されたのは僕なんだから。 僕だけはここで働く以上、何があっても守らなければならない。 でも、思う。 「なんで俺がこいつらと同じ給料やねん!?」 そして、気付く。 「ってゆーか、あいつ俺より時給高いやん!」 orz 店長とぺちゃくちゃ一日おしゃべりして、俺よりいい給料貰って。 みんなから大事にされて。 一年前、「社会人なんだからそれくらいやって!」と僕に説教したのは誰ですか? そうですね。 これ、仕事ですもんね。 遊びでやってるわけじゃないですもんね。
・ ・・ ・・・
おばちゃんパート的な考えの女は死んでしまえ。 本格的な殺意を覚えたのは何年ぶりだろうか。
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