**Secret**..miho
送る言葉
2007年03月03日(土)
2007年3月1日、13時56分、
父方のおばあちゃんが亡くなりました。
享年、83歳でした。

その日の午前3時すぎ、お父さんは故郷の静岡へ車で向かい、
おばあちゃんの主治医との家族面談にも何とか間に合った。
そこで初めておばあちゃんが危篤状態である事を知らされた。
本当は延命治療を行うはずだったが断念せざるを得なくなり、
お父さんは急いで本家に戻っておじいちゃんを連れて来て、
病室に入って間もなく、おばあちゃんは息を引き取りました。

昨年の4月29日に脳内出血で倒れて手術を受けてから
約10ヶ月間、ずっと何とか生き長らえてこれたのに、
最期はとてもあっけなく、突然消えてしまったみたい…

それから着々とお通夜とお葬式の準備が進められていき、
その日の夜、お父さんから私に電話が掛かってきました。

「みほー、送る言葉、頼むよー」って。
「えっ?!私が??なんで?!」
その時点で、すでに決められちゃっていたみたい。
しかも、「Kと二人で頼むよー」って…

私一人じゃないのは心強いけど、Kちゃん(初恋の従兄)と?!
心臓ドキドキバクバクのダブルパンチだよ(×o×)
結局、おばあちゃんの長男の息子(長男)であるKちゃんと、
唯一女の孫である私の二人で孫代表として弔辞を読む事になりました。

一晩と翌日いっぱい考えてみたけど、文章にまとめられず。。
お手紙を書くのは得意だけど、それを人前で発表するとなると、
好き勝手には書けないなぁって色々と意識してしまってダメ…
Kちゃんとの事も不安で、哀しむどころじゃありませんでした。

結局、初めと結びの数行くらいしか思い付かないまま、
3月3日、お通夜の当日にお母さんと静岡へ向かいました。
新幹線の中でもずっと落ち着かず、ドキドキそわそわ…
寝不足と食欲不振で元気も出ずに、頭の中は現実逃避。。

静岡に到着して、お父さんと合流して、親戚の人たちと再会して、
おばあちゃんの遺体と対面したら、一気に力が抜けてしまった。
お通夜までしばらく時間があったけど、Kちゃんとお話できず…
この機会を逃したら、もう二人で打ち合わせする事ができないのに。

そのままズルズル時間は流れて、結局、何も決められないまま
葬儀場へと向かいました。そこで出席者の数の多さにビックリ!!
300人くらい?!この前で読むのかぁと思うと、プレッシャーが…
お通夜の間中ずっと弔辞の事ばかり気になってモヤモヤでした(>_<)

葬儀場は、富士川のほとりにあって、
その日は、薄っすら富士山が綺麗に見えました。
おばあちゃんの大好きな場所で、
おばあちゃんの大好きな人たちが集まって、
おばあちゃんも大喜びしていたと思います。

お通夜の後の会席でも、大好きなお寿司を食べる気にもなれず、
気持ちはどんより…相変わらずKちゃんとも気まずくて話し合えず、
こうなったらもうぶっつけ本番で読むしかないと決心しました。
そうは言っても原稿を考えるのは私一人。みんな気ままでいいなぁ…

本家に戻り、レポート用紙に向かってボチボチ考えていたら、
同い年のいとことおじさんおばさんとテレビ&トークタイムに…
ちっとも集中できないよぉ(T_T)最後は、いとこと二人きりで
お喋りが盛り上がってしまい、最終的に寝たのは1時すぎでした。。

やばい…
本気でやばい(T△T||)

3月4日。
それでも何とかなるだろうと、お葬式当日の朝を迎えました。
6時半に起床して朝食を食べた後、ようやく一人で本格的に推敲…
出発まで残り2時間しかなかった。本当にギリギリのところで
何とかレポート用紙1枚分の送る言葉が完成して、ホッ(*-.-)=3

とりあえず、それをバッグの中に入れて、葬儀場へGO!!
次々と出席者が集まる中、じっとしていられなくてトレイに避難。
本当はKちゃんと最後の打ち合わせをしなくちゃいけなかったけど、
それも怖くて、意地になって一人で突っ走ろうとしちゃいました。。

すると、お母さんから着信&メールが…
「Kちゃんが探してるよ!」って。。
ちょうどトイレを出た瞬間、Kちゃんとバッタリ遭遇して、
もう逃げられない瀬戸際だと覚悟を決めて話し合う事に。。

と言っても、Kちゃんに「原稿、見せて。」って言われただけで、
Kちゃんったら、直前になっても何も考えていなかったんだよ(・o・;)
そういうところは、まさしく楽観的なB型だなぁと確信しました。。
私が原稿を考えていなかったら、一体どうなっていたんだろう…

ほんの数分だけ並んで座って、Kちゃんは私の原稿を読みながら、
「じゃあ…最後の結びの部分だけ読ませてもらってもいいかな??
思い出の部分は今から集中して考える。」と、メモ帳を取り出し、
お葬式まで30分もの間でサササと考える事にしたみたい。スゴイ…

なんて適当なんだ…私の苦労と不安は何だったんだろう(-.-;)
何だか拍子抜けして、緊張の糸も少しだけ解けました。
お兄ちゃんはお兄ちゃんで、10分前ギリギリに現われて、
バタバタしたお葬式の始まりでした。ハラハラだったよぅ…

お坊さんの読経が始まっても心臓の鼓動は鳴り止まない。。
いつもは退屈に思えるお経も、すごく気休めに思えた。
3人いて、打楽器(?)など、とても賑やかなお経でした。
かなり長かったんだけど、それが苦痛に思えないほど…

読経が終わり、心が静まったところで次は弔辞って…心の準備が(>_<)
私と従兄の名前が呼ばれ、とりあえず前の方に二人で並びました。
ぶっつけ本番だよぉー本当に大丈夫なの?!オロオロしっ放し**
Kちゃんは高校の生徒会で副会長もした経験があり、余裕な感じ…

司会の人が、「じゃあ、おばあちゃんにお別れの挨拶をしてね。」
って、28歳と26歳の大人に子供扱いをするから、何だか笑えちゃった。
まずは、私から読む順番…チラッと不安げにKちゃんの方を向いたら、
コクってうなずいたので、そのまま勢いに任せて原稿を読み始めた。

おばあちゃん、今、こうしておばあちゃんがほほ笑んでいる
写真に向かっていると、おばあちゃんとお別れをしなければ
ならない事が夢のように思えて仕方がありません。
おばあちゃんが、突然、私たちのもとから別の世界へ
行ってしまった事が、今でも信じられずにいます。
ふと、本家を訪れると、いつものように、おばあちゃんが
姿を現わすのではないかとの思いに駆られます。でも、
もうこれからはどこを探してもおばあちゃんに会えないと
思うと、本当に悲しみで胸が張り裂けそうです。

思えば、おばあちゃんは、いつも太陽のように
周囲を明るく照らしてくれる人でした。
今でもその様子が目に浮かぶようです。

おばあちゃんとは、たくさんの思い出があります。
中でも、私の一番の思い出は、6年前、
私が入院して手術を受けた時に、おばあちゃんが一人で
はるばる遠くからお見舞いに来てくれた事です。
おばあちゃんには、小さい頃から、会うたびに、
元気を分けてもらってばかりいました。
その温かさを、いつまでも忘れません。
たくさんの思い出をありがとう。
これからもずっと大切にしていきます。

ここまで読み終えたところで、その続きの結びの部分を
そっとKちゃんに手渡して、今度はKちゃんの順番です。
うわぁ…とっても上手!!ほとんど白紙状態のメモを片手に
ちゃんとおばあちゃんの写真を見つめながら語り始めました。

「おばあちゃんとの思い出…考えてみたけど、たくさんありすぎて、
これと言って思い付きませんでした。」って…隣で泣きそうでした。
内容はほんの少しだったけど、間の取り方とか深い臨場感があって、
さすがは、肝の据わった頼もしい男の人だなぁと思いました。

私は、緊張のあまりに棒読みだったかも(*・_・*)ゞ
本当は、もっと長い文章だったんだけど、
かなり短く省略してしまった事が残念でした。。
心の中では、いっぱいの思い出を伝えたよ!!

Kちゃんの送る言葉の中でも印象的だった言葉は、
「一つ、おばあちゃんに謝っておかなければならない事があります。」
そう言って、11月に生まれた次女を見せられなかった事を謝り、
最後に、私が手渡した結びの言葉を心を込めて読み始めました。

思い出や名残は尽きませんが、笑顔でお別れしようと思います。
今までありがとう。どうか今後も天国で私たちを見守っていて下さい。
おばあちゃんの元気な姿は、私たちの記憶から消える事はありません。
これからは、おばあちゃんの分まで精一杯に生きます。
おばあちゃん、さようなら。安らかにお眠り下さい。

「以上。孫代表、K。」
その後、とっさに、私も「みほ」と付け加えました。
ぶっつけ本番にしては何とか上手くまとまったかな?!
Kちゃんに私の原稿の一部を読まれた事がドキドキ…

司会の人が寄ってきて、原稿を渡すように言われたんだけど、
私のはレポート用紙1枚で綺麗だったけど、Kちゃんの原稿は
メモと私が手渡した紙切れ。Kちゃん、「汚いですよ…」って。。
最後は、ホッとして笑顔で礼拝をして、元の席に戻りました。

無事に成し遂げられて本当に良かったぁ…
Kちゃんが一緒だったから、頑張れたよ。
一生忘れられない最高の思い出になったよ。
これもおばあちゃんからのプレゼントかな??

気が付けば、ホール内で鼻をすすって涙を流す音が響き渡っていて、
私たちの送る言葉に感動してくれたのかなぁって嬉しくなりました。
今の時期は、花粉症の人も多いんだけど。。少し紛らわしかったよ…
送る言葉の原稿は、おばあちゃんの棺の中に入れてもらえました。

その後、焼香をして棺にお花を詰めて斎場へと移動したんだけど、
緊張が解れた途端、急に哀しみが込み上げてきて、涙がボロボロ…
おばあちゃんがお骨になってしまうまでずっと泣きっ放しでした。
これが、本当に最期のお別れなんだなぁって、信じられなかった。

でも、同じようにおばあちゃんを慕っていて
同じように哀しみを分け合えた同士がいたから
心残りなく、おばあちゃんとお別れできたよ。

おばあちゃんに、みんなに、心から、ありがとうって言いたいです。

そして、これからも、天国で見守り続けてくれている
おばあちゃんのためにも、幸せになれるように
笑顔で私らしく元気に頑張っていこうと心に誓いました。



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m a i l



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