**Secret**..miho
孤高
2006年01月08日(日)
お兄ちゃんほど「孤高」という言葉の似合う人間はいないと思う。
逆に、生まれた時から最も身近な存在だった男性が、そのような
お兄ちゃんだったからこそ、その言葉の意味を知ったのかもしれない。

お兄ちゃんとは、たったの14年間しか一緒に暮らしていないけど、
それらの生活においても、ちっとも兄妹らしい兄妹ではなかった。
あまりにも、お兄ちゃんが私とは懸け離れていて超然としていて、
手の届かない高貴な存在のように、世界が違うように思えたから…

ケンカなんてした事ないよ。二人っきりで出掛けた事もないし、
どんな会話を交わしていたのかも丸っきり記憶に残っていない。
ちっとも相手にされていなくて、私からもでしゃばらないように
いつも控え目に年上を敬うかのように細心の注意を払って接した。

そんな簡単には触れる事のできないガラスの防壁に覆われた
繊細な心の持ち主だからこそ魅力的で尊い価値を有していて、
成長するにつれて、誰よりも理解したいと願うようになった。

直接に対話するなんて事は図々しくて不可能だったので、
お兄ちゃんが学校へ行っている間に、こっそりお部屋に
忍び込んでは、本棚や机の引き出しの中を詮索していた。

文学少年だったお兄ちゃんは、読書と絵を描く事が趣味だった。
お部屋には、あちこち多くの書物や絵画がたくさん潜んでいて、
全く興味のなかった私にとっては異次元の世界のように思えた。

中でも、お兄ちゃんの書く日記を読む事が一番の楽しみだった。
お兄ちゃんのありのままの心の中身を窺い知る事ができたから…
他にも、独創的な小説や絵画も発掘できたけど、当時の私には
理解不能で面白くなかった。今だったら興味を持てたのになぁ…

お兄ちゃんの将来の夢は、作家になる事だった。
でも、凡人の両親にとっては、そんな大それた事を平気で口にする
お兄ちゃんの気持ちを理解する事なんて、無理難題に過ぎなかった。
私は、恵まれない環境で生まれ育ったお兄ちゃんを可哀想に思った。

お兄ちゃんは、決して羽目を外すような愚かな人間ではなかった。
常にマイペースで周囲に左右される事なく着実に我が道を歩んだ。
他人から見れば単なる自己中で協調性のない根暗な人間のように
思われるかもしれないけど、それらの特性が稀少な人間性を形成した。

決して弱みを曝け出さず、平然としていて飄々たる颯爽とした風格。
簡単には他人を必要とせず、孤独であっても生き抜いていけそうな
揺るぎない確固たる自由意志。まさに孤高そのものが放たれていた。

私は、そんな高尚なお兄ちゃんに憧憬を抱くようになり、
それとは正反対の低俗なレベルの人間には全く無関心で、
私自身も高貴な人格を養いたいと願うようになった。
お兄ちゃんに認められて少しでも対等に並べたらいいなって。

もともと血の繋がった兄妹だから似ている部分もあったのかな。
ただ私が幼稚で成長が遅すぎただけだったのかもしれないけど、
物心が付いてみれば、私自身も難しい人間である事に気づいた。
お兄ちゃんとは違って希望的観測程度の見せ掛けの孤高だけどね…

相変わらず意地っ張りで、一人でも大丈夫なようになりたいと
願っていながらも、心の中では寂しさや虚しさを隠し切れない、
単なる依存症。一人でも大丈夫になれたらそれ以上の寂しさを
感じる事もなく安定した精神を保つ事ができて、楽チンでしょ。

でも、知っていたよ。
お兄ちゃんは、平気なように見えて、
本当は不安を隠し切れずにいたんだ。
芯の強さの裏に脆さが隠されていた。

日記には様々な葛藤が書かれていた。
クラスメイトに対する憎しみや嫉妬、
現実に対する出口のない苦悩や懊悩、
未来に対する際限のない不安や願望…

「自由になりたい…」

その言葉が今でも深く印象に残っている。
何度も自由を求めて家出をしてきた事も…
その時の置き手紙を泣きながら読んだよ。
そして、今、お兄ちゃんは自由でしょう。
お兄ちゃんの意志を遮るものは何もない。

お兄ちゃんに対する憧れは今でも存続しているよ…
永遠に私の手の届かない世界で生きているんだね。
私は文学少女じゃないから、お兄ちゃんのように
想像力にも富んでいなくて上手く文章を書く事も
できないけど自分の素直な気持ちは大切にするね。

心に思う事の内容量だけは、きっと、
お兄ちゃんと同じくらいに豊富で濃密だと思うから。

お正月にお兄ちゃんが帰省した時にも、
お兄ちゃんが滞在していたお部屋に
こっそり忍び込んで机の上をチェックした。
そこには、イギリスの小説家である、
Joseph Conradの短編集が置いてあった。
相変わらず今も、お兄ちゃんの世界は、
文学によって成長し続けているんだね。

これからもずっと、お兄ちゃんらしく輝き続けていてね。
これからもずっと、私の一等星として輝き続けていてね。




m a i l



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