Sun Set Days
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Beyonceのアルバムの1曲目「Crazy In Love」がとても夏に似合う曲なので、帰り道が随分と蒸し暑かったこともあって繰り返し聴いていた。毎年夏になるとそれぞれの年の夏を彩るような曲が出てきて(たとえば随分前ならBig Mountainの「Baby, I love you」だとか)、これもそんな曲のひとつなのかなとぼんやりと思う。
帰り道を歩いているときには、大体ネットワーク・ウォークマンで音楽を聴いている。メモリースティックが入っているウォークマンで、型番はNW-MS9というやつ。出たばかりの頃に購入して、それから結構長い期間細々と使い続けている。表面のメッキのようなものがはがれたり、それぞれのボタンの説明の文字も薄れてしまっているのでどれがどのボタンなのかもわからなくなっているのだけれど、それでも音が飛ばないし、メモリースティックが1枚あれば様々な楽曲を聴くことができるので重宝している。だいたい週ごとにメモリースティックの中に入れているアーティストを変えていて、昔から好きだったり買ったばかりだったりするアルバムを聴くことができて随分と重宝している。
デジタル・オーディオ・プレイヤーなら実をいうとi podがもう結構前から欲しいのだけれど、いつもギリギリのところで我慢している。けれども、あのデザインやCD何百枚分もを携帯することが出来るという特徴にはいつもいいよなあと思わされているののも。物欲はもう随分収まったはずなのに、ピンポイントでツボをつかれているような感じ。個人的には結構CDを持っている方だと思うけれど、i podがあればそのCDをどんどん録音して、それをシャッフルで聴いたりすることができるのだ。そういうのって懐かしかったり新鮮だったりしてとても楽しいことのように思う。あの曲の次がなんとあの曲! だとか。
まあ、NW-MS9が壊れているわけでもないので、i pod購入に踏み切ることはないとは思うけれど。 ……ねえ?
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今日は午前中ちょっと会社の用事があって、午前7時台の地下鉄に乗っていたのだけれど、土曜日の朝の地下鉄は随分と閑散としていた。 部活に行くらしい学生、週末も仕事の社会人、遊びに行くように見える人たち、時間の進み方がほんの少しだけ普段よりも緩やかで、ボタンをひとつ多めに外したポロシャツみたいにちょっと柔らかくくだけているように見えた。
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お知らせ
i podかぁ……
久しぶりに更新。 最近は更新が途絶えがちになっているのだけれど(Daysのみ細々と続けている状況)、仕事が忙しい&夜に食事をしたりして帰りが遅くなることが多いというのが理由。 もちろん時間は作ろうと思えば結構あるのだけれど、以前にも書いているようにリアルな生活の方が大切なので、体力と気力的にDaysを書かない日というのはもちろんあるのだ。そういうときには持ち帰りの仕事をしたり、眠ったり、音楽を聴いたり、本を読んだり、雑誌をめくったりしている。文章を書くのはもちろん好きなことなのでDays以外でもいくつかの文章を書いてはいるのだけれど、ぼんやりとしていることも結構ある。はたまた部屋にいないで職場の人たちとファミリーレストランで一緒にご飯を食べていることもあって、そんなときには部屋に帰ってくるのは午前1時を過ぎていたりする。
日々はある意味淡々と、けれども着実な重さを持って過ぎていっている。いまの日々は仕事の日は仕事、休みの日は休みというのが明確に分かれていたりするので(たまに休みに仕事が絡むこともあるけれど)、ある意味シンプルでわかりやすい。
今日は休日で、半年以上ぶりに別の部署にいる同期と待ち合わせて横浜で飲んできた。月曜日に飲んだ先輩とは別の人で、今週は久しぶりに会う人との飲みが続いている。 18時に西口の交番の前で待ち合わせて、それから例のごとく個室系の創作料理の居酒屋(月曜日とは違うところ。駅前で配っていたホットペッパーに載っていたところ)に入る。昨年くらいから薄暗くて個室が多い居酒屋は本当に増えていて(名前こそ違えど、結構似通った和紙っぽい看板で笑ってしまう)、僕等は大抵の場合よく喋るのでそういう店の方が重宝するのだ。 金曜日なので2時間限定で、いろいろと話が盛り上がる。別の部署で働いているので、いろいろと情報交換が出来たりお互い知らなかった話が出てくるので興味深いし面白かった。食べ物もおいしい店だったから(地鶏の竜田揚げとか)、なおさら満足度が高くて。 店を出てから、まだ話したりなかったので、ジョイナスの中にある喫茶店で22時過ぎまで喋っていた。2人とも甘いものが好きなので、パフェなんかを食べながら。
その同期は前からの希望通り、来月に上海に行くことが決まっていて、まだそれが短い期間のものなのか長い期間のものなのかはわからないとのことだったけれど、希望があって、そのために頑張って行くことが出来るようになったのだからそれは嬉しいことだと思った。やったなという感じ。本格的に行く前にもう一度今度は近隣にいる何人かも集まって飲もうという約束をして別れる。
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待ち合わせの2時間ほど前に横浜に行って、いくつかの店を回ったり、モアーズの中にあるタワーレコードでCDを買ったりしていた。 今日購入したCDは2枚。
Beyonce 『Dangerously In Love』 Stacie Orrico 『stacie orrico』
まだ通してしっかり聴いてはいないけれど、この夏の流行ものという感じのビヨンセと、地味な佳作といった感じのStacie。 タワーレコードのなかでCDを見ていると、たくさんのCDがフィーチャーされていて、それはいつものことなのだけれど、やっぱり楽しく思えてしまう。見知らぬアーティストや、既知のアーティストの新作を試聴して、好きになれそうな感じのものを購入する。安心して購入することが出来るものもあれば、たまにはジャケット買いのようなものをしたりもする。そして、いい意味での裏切りや驚きがあると、すっかり引き込まれてしまったりもするのだ。
様々な街でタワーレコード(やHMVとかVirgin)に入ったけれど、たくさんのCDを見ていると本当に様々な音楽があるのだなと感心してしまう。たくさんの人がいて、それぞれに心にくる音楽はきっと違って、それでもこれだけの曲があればぴったりとはまる曲は必ずあるのだと思う。 それがどれかを探すのはちょっと大変なのかもしれないけれど、それでも探す価値はあるのだと思うのだけれど。
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お知らせ
最近はちょっとした文房具や机まわりの小物を見るのが好きなのです。
今日は休日で、2時間ほど会社に顔を出した後、19時から別の部署にいる先輩とその彼女と一緒にご飯を食べてきた。待ち合わせは横浜駅西口の交番の前(定番)。 ビックカメラの近くにある比較的新しい居酒屋(ダイニング・バーと書いてある最近多い薄暗い個室系の店)で23時くらいまでずっと話していた。
その先輩と前に一緒にご飯を食べたのはもう半年以上前のことで、時間が経つのが早いよなという話題になる。確かにそうだ。今年ももう6月下旬になっていて、折り返し地点まできているのだ。もちろん、まだまだ手つかずの時間が半年あるし、そもそも実際の暦と個人的な時間の感覚は異なっているものだから焦ったりする必要もないのだけれど、それでもやっぱり暦の時間はわかりやすい区切りではあるから、もうこんなに経ったんだとちょっとだけ驚いてしまう。 この半年、いろいろなことがあったし、面白かったとは思う。
途中で映画の話になり、その先輩の彼女(昔から知っている人)も、今年の映画のNo.1は『猟奇的な彼女』だと言い、しばらくその話題で盛り上がる。
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結局、『アニー・ホール』のDVDを買ってしまった。今度時間をつくって久しぶりに見よう。
最近はコンフェデレーション・カップを見ていて睡眠不足が続いていたのだけれど、今夜からは睡眠をとることができるようになってしまった。嬉しいような残念なような。
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お知らせ
『猟奇的な彼女』のDVDは7月発売とのこと。楽しみ。
2003年06月20日(金) |
『流通戦略の新発想』 |
『流通戦略の新発想』読了。伊藤元重著。PHP新書。 表紙の裏にはこう書かれている。
IT技術の導入、外資系企業の参入、顧客ニーズの多様化、大手小売店の破綻……大再編が進む流通業界。成功し続ける企業は何が違うのか。森ビル、イトーヨーカ堂、しまむら、伊勢丹、丸井、ヤオコー、吉野屋、赤福、菱食──本書では、デベロッパー、百貨店から伝統産業、問屋まで、日本の流通業を盛り上げる10の企業の経営者を取材。「効率化の徹底」と「付加価値の形成」を実現する各戦略を鋭く分析する。 流通業の動きをみれば経済の流れがわかる! 最先端の現場が示す、日本経済・未来の図式。
基本的には著者が上記に書かれている企業のトップと対談し感じたことを、流通業界全般のニュースや傾向になぞらえながら説明している本。流通業界のここ最近の流れを知るには格好の一冊だし、何より経営者の言葉にはやはり説得力がある。 内容自体は業界紙誌を読んでいればどれも聞いたことがあるような内容なのだけれど、各企業毎の章でその企業が属する業界についても当然触れられていて、それがとてもわかりやすく、こういった新書としてはよくできているということなのだと思う。入門編や最近の流通業の潮流について知りたいというむきにはオススメ。
印象に残ったところをいくつか。
「ネット上でインボイスもやり取りするわけですから、原価などが丸見えになってしまうんです。他の工場ではもっと安くやっているなどということがわかってしまいますから、相手側が二の足を踏んだわけです。ですから、相手側に『もうそういう駆け引きの時代は終わったんだから、すべてオープンでいこう。そのほうがお互いにとって得になるのだから』と説得するのに手間がかかりましたね」(88ページ)
以前、関西にあるデパートの経営者から聞いた話だが、地下食料品売り場で大人気を博していたイチゴのショートケーキの売上げが少しずつ落ちてきたとき、その原因がわからずしばらく悩んだそうである。いろいろ調べてみた結果、使っているイチゴの品質をわずかに落としたことがわかた。案の定、イチゴの品質を上げてみると、元のように売上げが伸びていったという。このように、消費者は供給側がわずかな隙を見せると、たちまち拒否反応を示す。(182ページ)
また、大型の商業ゾーンに専門店が多く集積することで、単独店舗ではなく集積として総合性を出せるようになっていることも、こうした動きに拍車をかけている。(188ページ)
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お知らせ
何気ない話から同僚がクラシックのCDを3000枚以上持っているということを聞き、驚いたのでした。すごい。
今日は22時半過ぎに仕事が終わり、それから後輩と一緒にラーメンを食べに行こうという話になった。 ちょうど、後輩の奥さんが実家の家族と出かけるとかで、久しぶりに夜1人ということもあって。
それで後輩の車でラーメン屋を目指した。横浜にはラーメン屋が密集するエリアがいくつかあって、今日向かったのもそんなところのひとつ。確かに車で通りすぎていく間も、赤い看板の店が建ち並んでいた。
今日入ったのは、そういったラーメン屋とは外観が異なる店だった。ログハウスのような作りになっている、一見ラーメン屋というよりはレストランや評判のカレー屋というような外観の店。前から一度入ってみたいと思っていたところで、それで2人で入ってみた。
店内にはラップがかかっていて、照明は落とされていて間接照明のために暗い。自動販売機で食券を買うのは横浜のラーメン屋ではかなり当たり前のことなので、違和感なくお金を入れる。それから席に座ると、おしぼりを渡されて、水の入ったグラスをくれるのだけれど、そのグラスも大きなもので一般的にラーメン屋で出てくるようなものとは異なっていた。へえと思った。ここ数年ファミリーレストランや焼き肉屋でも内装に凝った店が増えてきているけれど、ついにラーメン屋でもそういった店が出てきているのかと。
もちろん、同じラーメン屋で言えば福岡の一風堂なんかも店のつくりは凝った雰囲気になっている。けれども、今日行ったラーメン屋はより若者に特化したような店になっていた(そして実際、夜の23時過ぎということはあったけれど、若い客しかいなかったし)。焼き肉の「牛角」に最近よくある個室系の間接照明ばかりの居酒屋を足したような感じと言えば伝わるだろうか?
ただ、肝心のラーメンはそれほどではなかった。もちろんそれはあくまでも個人的な嗜好でしかないのだけれど、チャーシューは柔らかく特徴的ではあったけれど、それでもまた来たいと積極的に思えるような感じではなかった。昼から何も食べていなかったのでお腹はかなり空いていたのだけれど。
後輩の食べた方はなかなかいけると話していたし、ラーメンは本当に人によって好みが異なるので何とも言えないのだけれど、それでもああいう店もあるのだなということを見ることができたのはよかったと思う。
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お知らせ
おしぼりを渡してくれるラーメン屋ってなかなかないですよね。
2003年06月16日(月) |
焼き肉(食べ放題じゃないやつ) |
16日の夜は、後輩と関内に行って焼き肉を食べてきた。 ふとDaysのindexを見返すと、先月の17日にも焼き肉を食べに行っていて、その偶然(約1ヶ月ぶり)が面白かったりもして。 日々のなかで、1ヶ月という時間の幅はなかなか実感することが難しいのだけれど、日記(のようなもの)を書いているとそれを確認することができるのは面白いことだと思う。 以前にも同じようなことを書いたけれど、日記を書いていなかったら、以前に食べ放題の焼き肉をみんなで食べに行ったことは覚えていても、それがいつだったかなんて覚えていない。だから、約一ヶ月後に焼き肉を食べに行くなんて偶然だ、なんてことも思ったりしない。 そんなことはもちろんとてもささやかなことで、取るに足りないことだけれど、そういうささやかなことを少しずつ確かめながら日々の一部を過ごしていくことには、きっとちょっとした意味のようなものがあるとは思う。 あくまでも個人的な、ちょっとだけの意味に過ぎないけれど。
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お知らせ
とっくに梅雨入りしているせいか、とても蒸し暑い日が続いています。
2003年06月14日(土) |
研修+『ローマ人の物語Ⅸ 賢帝の世紀』 |
昨日は社内の研修を受けに行ってきた。目的地までは電車に揺られ2時間強。乗り換え3回の駅は、近いようで遠い。 たとえば新幹線なら、2時間も乗っていたら結構な距離を進むことができるというのに、関東近郊の路線は2時間強でもあまり僕を遠くへは運んでくれない。横浜近郊から山手線を通ってぐるっと逆コの字を描いて目的地を目指したのだけれど、ずっと北上することのできる路線があれば便利なのにと思ってみたり。けれども、まあ、なかなかそうもいかない。また、時間を気にしなければ今回選ばなかった様々な路線を乗り継いでも目的地にたどり着くことができるはずで、それが関東の面白いところかもしれないと思う。
研修は10時からだったので7時に駅を出発することが出来れば間に合ったのだけれど、ラッシュを避ける意味で5時55分の電車に乗り込んだ。もちろん4時台後半起きで、準備をしてから駅までてくてく歩いて(早朝に歩くのは気持ちよいので好きなのだけれど、最近はさすがに朝でも結構蒸し暑い)。
僕はなんだかんだ言ってもとても幸せだと思うことが多いのだけれど、たとえば昨日も電車の時間がゾロ目だっていうだけで嬉しかったりした。もちろん、そんなのって全然他愛もないことなんだけれど、すぐに忘れてしまうのだけれど、ちょっとだけ嬉しくなるのだ。そういうところが面白く思えるうちは本当の意味では余裕を失っていないのだろうし、幸せなのだろうなーと思う。
電車の中では、ウォークマンをつけたままうとうとする。さすがに、12日付けのDaysをアップしたのが13日の0時27分なので眠たかったのだ。品川で山手線に乗り換え。そこでも座ることができた。 次の乗換駅では急行までちょっと時間があったので、スターバックスコーヒーでアイスモカのショートを頼んで飲む。久しぶりに飲んだアイスモカはおいしく感じられた。窓際の席に座っていたせいで結構たくさんの人が目の前を通り過ぎていく。眠たそうな人、元気に見える人、皆が一様に急いでいるわけでもないのだけれど、全体の雰囲気としては急いでいるように見えてしまう朝のラッシュ時の光景。
少し早めにホームに並んでいたので、またもや座ることができた。そしてまた眠る。昨晩メモリースティックにダウンロードしておいた浜崎あゆみの曲を聴きながら眠る。「SEASONS」や「teddy bear」。
そしてなんと、気がつくと降りるべき駅を2つ乗り過ごしていた。びっくりした。僕は基本的に乗り過ごしたりすることがまずないので、おいおいって自分で自分につっこんでしまった。疲れていたのか、音楽で車内のアナウンスが聞こえなかったのか、あるいははじめて乗る路線で距離感がつかめなかったのかもしれない。 いずれにしても、次の駅で逆方向のホームで電車を待つ。電車がやってきて、それに乗り込む。今度は立って2駅目でちゃんと降りた。
目的地の駅はまだ本格的な朝という感じには見えなかった。駅前の大きな店が閉まっていたせいがあるのかもしれないけれど。どこにでもあるように思えるマクドナルドがやっぱりあって、早く着きすぎてしまったので、そこで朝食を食べながら本を読んだ。最近は結構本と雑誌を読んでいるのだけれど、すべてが仕事がらみなのと、それぞれ部分部分を読んでいるので、読了したものを掲載しているDaysだけ見ると、ほとんど本を読んでいないみたいに見えてしまう。けれどもまあ仕事に役立つ昔読んだ本を、部分部分読み返している。そういうのって結構楽しい。
けれども、そればっかりだとやっぱり反動もあって、マクドナルドで読んでいたのは『ローマ人の物語Ⅸ 賢帝の世紀』。
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『ローマ人の物語Ⅸ 賢帝の世紀』読了。塩野七生。新潮社。 昨年一気に8巻まで読んだ『ローマ人の物語』シリーズの9巻目。最近仕事本の合間にちょっとずつ読み進めていたものを、昨日読了した。 9巻ではローマ帝国の歴史の中でも、五賢帝時代と呼ばれた安定期の前半を統治した3人の皇帝について触れられている。とりわけ、最初と二人目のトライアヌスとハドリアヌスの二人に多くの叙述が割かれている。帯にはこう書かれている。
紀元二世紀初頭、ダキアとメソポタミアを併呑して帝国の版図を最大にした初の属州出身皇帝トライアヌス、帝国をくまなく視察巡航し、統治システムの再構築に励んだハドリアヌス、穏やかな人柄ながら見事な政治を行ったアントニヌス・ピウス。世にいう五賢帝のなかでも傑出した三者の人物像を浮き彫りにした、極め付きの指導者論。
それにしても、数百年も続いたローマ帝国の中でももっとも安定した時代について書かれているだけあって、よくもこうもバランスよく時代の要請に応えた人材が皇帝になっているものだと思ってしまう。卓越した指導力を発揮し、帝国の規模を最大にした皇帝の後に、肥大化した帝国をすべて自らの目で見て、直すべきところは直し、必要なものはあらたに作った再構築の才に秀でた皇帝が現れ、その二人の後には元々決まっていたことや目立たないメンテナンスなどを愚直なまでに継続して遂行し続けた皇帝が現れているのだ。広げて、直して、維持する。そのバランスの妙には偶然というだけでは片付けられないようなものが感じられる。
企業もきっと同じで、社長ひとつとってみても、時代や環境に応じて必要とされる資質が大きく異なってくることになるのだろう。部署でもそうだ。トップの気質とそれを補佐するメンバーや、部下たちのバランスというのは大切なものであるように思う。 歴史を作り出しているのは人間というだけあって、読んでいると本当に現代でも当てはめることのできる事例が多くあるように思える。見たいと欲するものだけを見る人が多い中で、現実を直視することができると評されたのはカエサルだけれど、自分も見たいものだけが見えているようになっていないかと自問させられたりもする。
これから、ローマ帝国が少しずつ崩壊の途を辿ることになるのだと思うのだけれど、その芽は繁栄を誇ったこの時代にすでにあるはずなのだ。そういうことを後になって読むことができるのは魅力的だ。 ゆっくりと、これからも少しずつ読んでいこう。
ひとつ、引用。
財政が破綻状態にあって利益を得るのは少数でしかなく、その他多数は被害者になるからである。そうなると、社会が不安定化する。その反対である善政とは所詮、正直者がバカを見ないですむ社会にすることにつきるのだった。(151ページ)
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それから研修を受けて、帰りは乗り換えがうまくいかずに40分ほどオーバーして最寄り駅に帰ってきた。 帰りのバス(がらがら)では、2人掛けの席に横になって眠っている小学校低学年位の子供が2人いて、そういうのもまた面白かったりした。バスで横になって眠るのかよとか思いつつ。
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お知らせ
昨日の帰りに品川駅のCDショップで、Kokiaという歌手のシングルを買いました。
最近は、大体午前8時少し前に会社にいて、22時台に会社を出る。 部屋に帰ってくると23時であることが多くて、それからご飯を食べたり、ネットをしたり、いろいろしているとあっという間に0時くらいになっている。その間も音楽はずっと部屋に流れていて、たとえば今日は浜崎あゆみの『Duty』という昔のアルバムがかかっている。最近は、ラックに入っている昔のアルバムを適当に引っ張り出して聴いていることが多くて、いくつかのCDは確かこれはあの街に住んでいるときに買ったんだよなということを思い出すことができたりして面白かったりもする。それぞれの街の記憶に結びつく音楽たち。
睡眠時間は4時間~5時間くらい。休日になると、前よりも少し眠るようになっている。徹夜とかは結構きつくなってきているので、やっぱり寄る年波には勝てないのかと実感してみたりもして。 けれども本当にそうだ。正直なところまだまだ無理はきく年齢だけれど、それでも確実に体力的な部分では弱まってくる。だとしたら、やり方や進め方を変えないと、その分の帳尻が合わなくなってしまう。ある程度の効率化を図ることによってトータルでの成果は変わらなくすることはきっとできるはずで、あとはその効率化のベクトルをどちらへ向けるのかということが重要になってくる。人の使うか、道具を使うか、他の時間を使うか。
明日は社内の研修を受けることになっているので、朝6時ちょっと過ぎには電車に乗っている予定(ということは5時起きなのでDaysを書いている場合じゃないような気もするけれど)。 でも、はじめて降りる駅なので楽しみ。
駅と言えば、Novelのページにある小説のエピソードの中で、週末の度に東京の電車や地下鉄の駅をひとつずつ制覇していく話があるけれど、それって正直なところ結構憧れてしまう。 たとえばパソコンに入っている乗り換え案内ソフトを開くと、東京近郊の路線図が現れる。そこにある駅ひとつひとつがどういう駅なのかということをゆっくりと辿れば思い出すことができるのって、なんだかものすごく贅沢でちょっとしたよさのようなものがあると思う。
最近よく見かける言葉で言い換えると、スローライフという感覚に近いものがあるのかもしれない。 いずれにしても、ゆっくりと時間をかけて、東京中の駅すべてで降りてみて、その周辺をゆっくりと散歩をしてみること。 それはやけに魅力的な週末の過ごし方のように思えるし、時間だけは途方もないくらいかかるだろうけど、それでもやっぱり憧れてしまうところはある。
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お知らせ
実行するには、時間と労力がかなりかかること請け合いです。 気長な新婚さんにもお勧め(?)です。
長い塀に落書きをしよう。 手にはチョークを、あるいはペンキの付いた刷毛を持って、自由に言葉でもマークでも絵でも描いていいとしたら、いったい僕等は何を描くのだろう。へリングみたいなポップなアートか、子供たちの描く卒業制作みたいな集合イラストか、あるいは誰かの胸を打つ言葉のようなものでもいいかもしれない。
それはきっととても長い塀で、自由に何かを描くことができるとしたら。
とても長い塀だから、もしかすると村から街まで続く景色の絵だって描くことができるかもしれない。あるいは、左側で春が始まり、右側で冬が終わるそれぞれの季節の絵だって描くことができるかもしれない。世界中のすべての国々の人を、老若男女が集合している絵を描くこともできるかもしれない。世界中の様々な動物の絵や、様々な花の絵を描くことができるかもしれない。あるいは絵じゃなくて、1000人が大好きな人の名前を書いたり、好きな単語を描いたりしてもいいのかもしれない。
たとえばひとつのアンケートをしてみたとしたら、いったいどんな結果が出るだろう。 小学生に、中学生に、高校生に、大学生、それから社会人たちや主婦たち、老人たち。それぞれ1000人ずつ集めて、配られた用紙に好きな単語をひとつずつ書いてもらうのだ。世代毎に、いったいどんな言葉が上位にくるのだろうと結構真剣に思ってしまう。
それは明るい言葉だろうか。それともあんまり明るくはない言葉だろうか。
長い塀に落書きをしてもいいと言われたら、どうしたらいいかわからなくて、ただ無地の色のペンキで線を描くだけかもしれない。青とか、赤とか、黄色とか、そういう色をただ横にずっとまっすぐに引き延ばしていくだけ。 けれども離れて見てみると、その無地の線は重なり合い虹のように見えるかもしれない。
いずれにしても、そんなに長い塀なら、1人で何かをするのではなく、たくさんの人でどうにかする方が現実的だ。そして、たくさんの人の手によるものであればあるほど、複雑で意匠を凝らしたパッチワークや手織りのシルクの段通のように、一見ちぐはぐなように見えて、その実不思議な統一感や独特の雰囲気を醸し出すだろう。味わい深く、奥行きのある不可思議なイメージ。
長い塀があったら、とぼんやりと考えてみる。そこにいったい何を描こうか? どんな絵や言葉を思いつくことができるだろうか?
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お知らせ
麦茶を飲むようになると、夏になりつつあるのだなと思いはじめます。
高校生だった頃に、いつか大人になったら1人で宅配ピザを頼んで、丸ごと食べてみたいなと思っていた。なんとなく、深い意味もなく。 大学生だった頃にはどうしてか実行には移さなくて、社会人になってしばらくしてからそれを実行してみた。 もちろん、お腹一杯になって最後には味なんかもうわからなくなってしまったのだけれど、それでも宅配ピザ丸ごとは、結構魅力的な試みのように思えた。1人暮らしの魅力、というようなものに繋がっている部分があったのだと思う。自分のお金で何をしようと、とりあえず誰にも文句を言われることがないということ。 当時の友人にピザ丸ごとの話をすると、呆れるとともに、自分にとってのそれはケンタッキーフライドチキンだったのだと話してくれた。20ピースも入ったケンタッキーを買って、1人で食べること。もちろん、一気には完食することができなくて、冷蔵庫に入れて何日かに分けてレンジで温めて食べたと話していた。最後の方は味が劣化してしまっていたりもしていたのだと。
けれどもそんなふうに、大人になったらこれをお腹一杯食べたい! という食べ物は誰にでもきっとあったと思う。シュークリームとか、ホールケーキ丸ごととか。レディボーデンの箱そのままとか。
ちなみに、ホールケーキ丸ごとは大学生の時にやったことがあって、隣に紅茶を用意して、まったく型くずれしていない丸いケーキにフォークを突き刺して食べるのがとても気持ちよかったことをなんとなく覚えている。さらに言えば、誕生日でもないのにケーキ、というのも結構嬉しかったりしたのだ。 なんにしても、丸ごととか全部というところに魅力を感じるのかもしれない。考えてみれば、妹がいるのでいろいろなものを分けて食べていたことでもあるし。
最近はそういう丸ごと○○というのはやっていないけれど、それでもときどき無性にそういうのに憧れる。大抵の人は、丸ごと食べたいと憧れる期→丸ごと食べることが出来る期→子供などにむしろ食べさせる期に移行するのだと思うのだけれど、根底にはやっぱり丸ごと食べたいに憧れる気持ちは常にあるように思う。
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お知らせ
今月は昔好きだったCDを聞き直そう月間のような感じです。 今日はGabrielleのアルバム『RISE』を。 「If you love me」は、最高に好きな10曲に入るほど大好きな美しい名曲です。 前奏が特に。
今日は休日で、11時過ぎまで眠っていた。昨日の夜仕事が終わってから(23時)、翌日が休みの後輩たちと4人でファミリーレストランで喋っていて、部屋に帰ってきたのは午前2時を少し過ぎた時間だった。それからなんだかんだで眠りについたときには午前4時を回っていた。 起きてからは、買い置きしてあった牛乳プリンを食べて、クリーニングを出しに行って、髪を切りに行って、それから会社に行って2時間ほど仕事をした後で、シネマコンプレックスで『ザ・コア』を観てきた。
シネマコンプレックスには平日の夕方とは思えないくらいの人がいて、けれどもそのほとんどの人は『マトリックス リローデッド』を観にきているみたいだった。一方、同じく超大作であるはずの『ザ・コア』の方はと言うと、劇場も小さく(座席数の多いスクリーンは『マトリックス』のために割かれているのだ)、観客も15人ほどしかいなかった。ポップコーンとジュースを手に座席数と観客の少なさに驚きながら、でも自分でも先行上映で『マトリックス』を観ていなかったら、このタイミングで『ザ・コア』は観ないよなーと思ってみたり。
ところが、あんまり期待しないで観る映画は面白いの法則通りに、『ザ・コア』は面白かった。何よりも、地球のコアまで潜っていくといういままでにないシチュエーションが秀逸で、俳優たちも大スターと言うよりは演技派を集めている分奇妙なリアリティがあった。
ストーリーは地球の核が動きを止めたことにより地球を覆う電磁界が失われつつあり、磁場のなくなった地球は太陽光線の放射能を直接受けるようになり、一年以内に滅亡してしまうという状況下で繰り広げられる。 それを防ぐために地球の中心部まで潜り、核爆弾を仕掛けて流動性の核を再び動かすことが必要になるというものだ。 そのミッションのメンバーに、様々な予兆から人類の滅亡に気がついた地球物理学の教授であるジョシュやスペースシャトルのパイロット、核爆弾の専門家、地中に潜る特殊な探査艇を開発した科学者など、様々なエキスパートたちが選ばれ、ともに地球のコアを目指す。
もちろん、この手の映画の常套手段で、誰もが知っているような都市や場所が壊滅するシーンが描かれ(ローマや、西海岸)、地中に潜ったチームには様々なトラブルが発生し、チームのメンバーたちは1人また1人と大義のために犠牲になっていく。
シチュエーションこそ違えど、かつてあった同じような映画(パンフレットによるとパニック・ディザスター・ムービーというらしい)と基本的な大枠は変わっていない。古いところで言うと『ポセイドン・アドベンチャー』とか、最近では穴掘りという妙な共通点のある『アルマゲドン』とか。 そして、そういった物語にはやっぱり引き込まれてしまうし、ハラハラさせられるのだ。基本的にはまりこみやすい性格なので、映画を観ている間はどうせ主人公は最後には助かるんだろ? とか思わないで観ているので、かなり愉しむことができるし。
期待しないで観に行くと、十二分に楽しめるのでは? 『マトリックス リローデッド』と同じ日の公開なんて、なんだかついてないと思いつつ。
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お知らせ
「午後の紅茶 無糖ブラックティー」というのが出たんですね。
いまは7日の午前2時30分。金曜日は休日で、朝ちょっと会社に顔を出してから、休日が同じ後輩たちと22時くらいまでずっと遊んでいた。最後は2人だけ残って、スカイラークガーデンズで夜ご飯。スカイラークガーデンズって、昔はビュッフェスタイルの店舗もあったと思うのだけれど、いまはガストやすかいらーくなどのグループの別チェーンと比べるとやや高価格帯のチェーンに落ち着いてしまっている。個人的にはあのビュッフェ(確か1500円だった)が好きだったので、ちょっとだけ残念な気がする。けれども企業なので採算とかそういうことはちゃんと大事なのだろう。
部屋に帰ってきてから、新入社員が受ける試験のための模擬試験を作成する。試験範囲の書かれた資料を見たり、押入から過去の試験を引っ張り出したりして、なんだかんだでついさっきまでかかってしまった。問題と解答欄が一緒になった用紙が3枚と、模擬試験終了後に配布する予定の答え記入済み入りバージョンを作る。さて、実際やらせてみたら点数がとれるかどうか。
試験の日にちが迫らないとなかなか勉強に身が入らないのは毎年の新入社員ともに同じで、もう結構前の自分の時だってそうだった。だからこそ逆に、直前になって苦労しないようにいまからはっぱをかけていこうと思う。経験者としては、同じような後悔は与えないにするにこしたことはないし。それになんだかんだ言っても、基本的には全員合格しなければならない(社内の)試験なのだし。
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過去の試験を探しているときに、トレーの中から新入社員の頃のファイルが出てきた。そのファイルには様々な資料がファイリングされていたのだけれど、その中に一番最初の店長にもらったオススメ本リストが入っていてしばしまじまじと見てしまった。 僕が最初に着任した店の店長はとても男気のある人でいまだに尊敬しているのだけれど、勢いだけの人ではなく勉強家でもあって、そのとき30代だったのだけれど2000冊近い本を読んでいた(読んだ本のタイトルをちゃんとメモにとり続けていたので冊数がかなり正確だった)。そして、僕が転勤になる少し前に、自分が読んだことのある本の中から抽出したおすすめ本のリストをくれたのだ。 ある程度以上冊数を読んでいる人が、新入社員や後輩にそういったリストをくれるのって、考えてみるととてもありがたいことだと思う。当時はただ単純に嬉しかったのを覚えているけれど、見返してみるととても懐かしくて、これからも折を見てリストの中にある本を少しずつ読み進めていこうとあらためて思わされる。 リストの本はこれまでに20冊ほどを読んだけれど、やっぱり参考になる部分やためになる部分がたくさんあった。松下幸之助の本や、カーネギーの本、そして自助論等々だ。リストの中にあるまだ未読のたくさんの本の中にも、きっとおもしろい本はたくさんあるのだろう。 折を見て、ということにはなってしまうと思うけれど、これからも少しずつ手に取ってみよう。
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お知らせ①
風邪はようやく治りました。更新、及びメールの返事などが遅れています。 もうしわけないですが、もうしばらくお待ちください。
お知らせ②
Text Sun Setが20000Hitを超えていました!! この個人的なページに遊びに来ていただいている方々、どうもありがとうございました。 これからもよろしくお願いします。
2003年06月02日(月) |
まだちょっと風邪気味 |
熱は下がったのだけれど、咳と鼻水がいまだにとまらない。 体を冷やすのはあんまりよくないかなと思ってクーラーもほとんどつけていないのだけれど、ここ数日はかなり蒸し暑くて、季節が変わりつつあるのだなとあらためて思う。 いまの部屋に引っ越してきたのは昨年の12月なので、どうしても冬のイメージが強いのだけれど、もう少しでこの部屋で迎える最初の夏になる。いつまでこの部屋にいるのかはわからないけれど、それでも後になったら結構いろいろなことを思い出すことはできるのだろうなとぼんやりと思う。
採用をやっていたとき、「転勤」をいやがる学生たちがとても多かった。もちろん、面接の場だし「転勤はできません」と言う人はほとんどいなかったけれど、それでもできればしたくないということを控えめにアピールしてくる人が少なくなかったのだ。それは確かにわかる。いままで生まれ育った場所やつきあいの長い友人たち、あるいは恋人、そういった環境から離れてしまうことが未体験のうちには頭の中では随分と辛いことのように思えるのだ。特に、いま付き合っている恋人と一緒になろうと考えている人や、友人や家族を大事にする人はなおさらそうであるように見えた。
確かに、いくら携帯電話やインターネットが発達してきたといっても、メールのやりとりだけになってしまうよりは、実際に会って話をすることのできる環境のほうがずっといい。人生は会社だけで回っていくわけではないし、それ以外の時間を過ごす人たちというのはとても大切なものでもある。 なんだかんだ言っても、転勤には繋がりを引っ張って遠ざけてしまう側面が確かにある。それは紛れもない事実だ。かつての知り合いたちとは徐々に疎遠になってくるし、マメじゃないと連絡だって途絶えがちになる。知り合い一人いない土地にぽんと放り出されてしまい、会社の人としか話さないようなことにさえなってしまう。
けれども、ものは考えようだと思うのだ。どこにいたって死ぬわけじゃないし、楽しいことはあるし(もちろん、楽しくないこともあるけれど)、新しく知り合う人たちもたくさんいる。そういう人たちと遊びに行ったりご飯を一緒に食べたりすることもできるし、中にはウマが合う人だっている。転勤しなければ出会うことが出来なかった人たち。 もちろん、その人たちとはまた別の場所に転勤してしまったら疎遠になってしまうかもしれない(というかなってしまうだろう)。それでも、やっぱり人と人とが出会うことはすごいことだし、中には忘れられない出会いだってあるだろう。
だから結局、同じ出来事にどういう明かりを当てるのかということだけなのだと思う。 それに、住めば都という言葉があるけれど、本当にそうだと実感させられる部分は多々あるし。
もちろん、根本的には自分にとって何が大切なのかという優先順位の話に帰結するのだけれど(ex.自分のやりたいことができるのならば、転勤だろうが環境だろうが関係ないという人もいれば、仕事よりも家族と過ごす時間の方が大切だとかそういうこと)。
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ひさしぶりにthe corrsの『in blue』を聴いています。名盤!
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