独り言は心の叫び・・・
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2004年11月20日(土) |
今更結婚式なんか挙げやがって・・・(2) |
行って参りました。姉さんの結婚式へ。 俺の中の「人生経験」と称した結婚式へ。 姉さんを祝う気はまったく無し。(爆) (・・・あ、いや、我が家から居なくなってくれただけでも祝うべきか)
結婚式潜入は初体験。 (一応、友人の披露宴には行った事があるけどね)
出発までまだ2時間もあるのに、 親父にムカつく口調で起こされ寝不足の不機嫌状態。 そして若干寸足らずの礼服を着て会場へ。
会場は浦安のシャラトンホテル。 ホテル内に居る他の新郎新婦をチラ見しながら控え室へ。
新郎の親類と挨拶をする。 母・妹・そして何故かその妹の高校生の息子の計3名。 (父は病気との事で欠席)
そして新郎新婦とご対面。 ・・・意外と似合ってる姉さんのウェディング姿にビックリ。 ってか、久しぶりに姉さんの顔をマジマジと見たけど形になってた。 う〜ん、さすがプロがメイクするとそれなりになるものですね。(爆)
で、結婚式開始。 ホテルの庭園にある海に面した小奇麗なチャペル?教会?で。 定番のカタコトで喋る外国人の神父さん?牧師さん?で。 メインの誓いのキスは何故か頬に。(見てて不満だ)
そして記念写真とかなんだかんだして、 いざ、恐怖の会食へ。
うちの親父の乾杯の挨拶。 なにげに親父も緊張してやんの。 挨拶がたどたどしかった。
でも、さすがのシャラトンホテルでも食事は大した事無いのね。 安いコースなのかもしれないけどガッカリだわ。 (おっと、シャラトン批判はいけないのかな、これ)(汗) (じゃ、俺の味覚が貧乏なので口に合わないって事で)(爆)
伏し目がちで黙々と食事に専念する俺。 緊張と言うか場慣れしてないので食べ物がノドに通らず、 烏龍茶で流し込み作業。 「俺に話を振るなよ」と思いつつね。
でも、各自自己紹介的な挨拶があったのよね。 一気に緊張の頂点となる俺。
・・・しくじった。 俺の番になって、第一声を甘噛みと言うか息を飲んでしまった。 「・・・っ姉さんの弟の○○です(照れ笑い)」 ホント、プレッシャーに弱いのな俺。はぁ〜。
で、まぁ、社交的か酔いかなんか知らんけど、 新郎がヤケに多弁で1人で喋ってましたね。
あとは、新郎の妹の高校生の息子が、 妙なテンションの妙にデカイ声ではしゃいでましたね。
まぁそのおかけで、俺に話を振られる事も無く、 俺は愛想笑いしながらなんとかその場をしのぐ事が出来ました。
そして、最後に新郎の挨拶があり終了。 再度親類同士挨拶をして帰宅。
で、疲れて家に帰って、すぐ寝ようとしたのだが・・・ どうも眠れない。
なんか妙に嫌な気分になって眠れないんだよね・・・。
自己紹介でしくじった自分や、 食事を黙々と食べてる自分や、 その場での疎外感を感じてた自分や、 「結婚式」と言う幸せの場面と、己の現在とを比べてしまう自分など、 色々ダメな自分を思い出しては嫌な気分になって眠れないんだよね・・・。
去年の友人の披露宴後も同じ状態になったしね。
そして、それになかなか立ち直れないんだよね・・・。
俺は鬱ってか社会適応能力障害なんだろうね・・・。
あーヤダヤダ。 ホントこういう嫌な気分になるならもう冠婚葬祭なんか行きたくないね。
そして俺自身も結婚なんかしたくないわ。 親戚付き合いとか耐えられんわ。
結婚するなら教会で2人きりでしたいね。 親兄弟が居ない子と結婚しようかな。(爆)
ホントなんで俺はこんなしょーもない人間になってしまったんだろうね・・・。
まぁなんとか今日の自分に励ます言葉をかけるとしたら・・・ 「これも人生経験のうちだ」
2004年11月19日(金) |
今更結婚式なんか挙げやがって・・・(1) |
昨年結婚した次女の姉さん。
しかし結婚式は挙げなかった。 (理由は年齢的にとか、まぁ詳しい事は知らんが)
だが、今になって式だけは挙げたいと言い出した。 「親類の内輪だけでも」と。
それが明日。
・・・めんどくせー。ってか、行きたく無ぇー。
何を今更言いやがってよー。 それなら去年やっておけば良かったのによー。
行きたくない理由はこの日記で何度となく言ってるけど、 家族と交流が無い俺だから。 ついでに人見知りで無職の俺だから。
しかも「親類だけ」ってーのが逆に嫌だ。 もっと盛大にやってくれれば俺の存在が薄くなるから良いんだけど、 少数の親類だけってーのがプレッシャーで嫌だ。
それに式だけならまだしも、その後に会食があるしさー。 その会食が一番嫌だわ。もうその場の雰囲気を想像するだけで嫌だわ。
まぁ俺は会話せずに黙々と食べるつもりだけどさ。 俺に話振らないでくれよホントに。 とりあえず家族関係が良いフリはしてやるけどさー。 人見知りの無職な人間がそんな所に行くべきじゃないんだからさー。
俺の身にもなってくれよホントに。 ホント俺みたいな人間が冠婚葬祭に出るのは苦痛でしかない。
・・・まぁ仕方ない。2〜3時間の修羅場を耐えるとするか。 まぁこれも人生経験のうちかな。
それとも逆に俺自ら場を暗くしてやろうかなぁ。 自ら「はじめまして、無職のダメ人間の杉です」って言ってやろうかなぁ。(爆)
あーヤダヤダ、今から緊張して今日は眠れそうにもないわ。(汗)
2004年11月03日(水) |
俺のIQは・・・(2004年) |
今日、テレ朝で「IQテスト」なる番組をやってましたね。
去年に引き続き、今年も自分のIQが知りたかったので参加してみました。
平均IQが「100」 人間の約2/3の人が「85〜115」の間らしい。
去年の俺のIQは「102」
そして今年の俺のIQは・・・「80」
おいーーっ!!(泣) 終わった・・・何もかも終わった。(途方に暮れる)
しかも約1/3の中の、そして頭の悪い方の仲間に入ってしまった・・・。
<正解数の詳細> 「言語」 10問中 平均5,3問 俺3問 「記憶」 15問中 平均9,1問 俺10問 「論理」 15問中 平均7,6問 俺8問 「数」 10問中 平均5,7問 俺5問 「知覚」 20問中 平均10,4問 俺9問
計 70問中 平均38,1問 俺35問
では、言い訳します。
あれさー、分からない問題を勘で決めて良いのかぁー? それで当たったらIQ上がるなんておかしくねぇー? 俺は分からない問題は答えなかったんだぞー! ・・・まぁ勘で当てるのもIQのうちなのかしら。(汗)
あとさー、「あと数秒あれば答えられたのにー!」って問題も多々あったよね。 ・・・まぁこれは脳の回転が遅い自分が悪いのかしらね。
ってかさー、今年の問題は去年より難しくなかった? ・・・まぁこれも脳の回転が去年より遅くなった為、難しく感じた自分が悪いのかしらね。
・・・あれ?いや、待てよ? 平均正解数38,1問じゃねぇか。俺と大差ないじゃん。 テレ朝HPのIQ表見ると、38問なら最低IQ85だから、俺とさほど大差ないじゃん。
TVでは平均IQ105前後になってるけどさ、 もしかしたら、他の視聴者も俺並みのIQの人多いんじゃないの?
・・・ってか、訳分かんなくなってきた。混乱する俺はやっぱIQ80だ。(汗)
ってか、もういいっ!
IQ80でも株で稼げるって事を証明してやるよっ!(負け犬の遠吠え)
2004年11月01日(月) |
こんなダメ人間の俺が株式投資家・・・ |
今まで誰にも言わなかった事。
俺のこの日記をよく読んでくれる人は、 「この人、普段何してる人なんだろう?」 って思った事ない?(・・・ないか)(汗)
この際はっきり言うけど無職なのよ。バイトもしてない。 もう2年以上仕事してないのよ。お恥ずかしい限りです。(汗)
親に寄生するダメ人間。 これが俺の自殺願望の理由の一つ。
仕事もしないで家にこもり鬱々としてる日々。 マジで「もう死ぬしかない」と考えていた日々。
そんな1年半前のある日、親父がこう言った。 「仕事もしないで家に居るなら株やるか?」
『株ぅ?』 初めはやる気無かった。
『株を知らない俺がやって負けたらどうするんだよ?』 株なんてギャンブルと同じだと考えていた俺。
「買ってもし下がっても売らずにずっと持ってりゃ大丈夫だ」 「初めはどれ買ったら良いか分からないだろうから、 俺が買ってやるからお前は売りだけやれば良い」
親父は株投資歴50年以上。高校生の時からやってたんだってさ。(汗)
話それるけど、俺の幼少時、うちは貧乏だと思ってたんだけどそうじゃなくて、 仕事の稼ぎは株に回して親父個人で楽しんでいたらしい。 そして株で儲けた金はまた株に回していたので、 俺達家族には回ってこなかったらしい。現金な親父ですね。(汗)
まぁそれは良いとして話を戻して・・・
そんな訳で、何もしないよりかはマシだと思い、 1年半前の4月から株を始めました。
初めの半年間は、遊びと言う形で、 親父のやってる証券会社の口座で一緒にやらせてもらい、 親父が上がると狙った銘柄を買ってもらい、 上がった所を俺が思った値段で売ると言う方法でやっていました。 儲けた金は親父と折半と言う形でね。
まぁでも、初めはホント何も知らずに適当に売ってたのよ。 日経平均の上げ下げやチャートとか全然関係無くね。
一度だけ、買ってくれた銘柄が上がったんだけど、 上手く売れず下がってしまい、それを親父が背負ってくれたんだけど、 その他は全てプラスにして売り、儲けの半分を小遣いとして貰っていました。
勉強もせずにいきなり実戦。 親父がアドバイスしてくれたとは言え、 今考えるとスゲー事したもんだよなぁ。(汗)
そして、本などを買って少しずつ勉強をして、 親父のアドバイスを参考にしながら続け、 約半年経った1年前の11月に親父から、 「これからはお前一人で買いも売りも全部やるか?」と言われ、 新しく親父名義の口座を開いてもらって、 親父から金を借りて信用取引を始めました。
いきなりハイリスクの信用取引。信用の無い俺が。(爆) ホントはド素人の俺が信用取引なんてやっちゃいけないんだけどさ。 まぁ、バックに親父が居て、親父の口座ならではの技なんだけどね。 なぜ信用取引でやるのか。 それは口座に入れた金の約3倍で取引が出来るから。
目標は、1日1万・1ヵ月20万・年間240万。 (理由は、これだけ稼げれば普通に仕事するのと同じになるから) そして、出来るだけ早く親父から借りた金を返す事。
で、1年経った今、どうなったかと言うと・・・
・・・やっぱそう上手くはいかないわなー。あっはっは。(汗)
でもね、この1年で最高150万まで稼いだんだよ。 だけど、「含み損」と言うのがありまして、 高値掴みしてしまった銘柄を損切りしまくった結果、 半分以下の約70万まで減ってしまいました。(汗)
と言う訳で、俺の年収は約70万。 まぁ詳しく言うと現金化してないし、 まだ含み損があるからこの金額は何とも言えないんだけどね。
それに、70万とは言ったけど、 去年の11月からの1年を計算しただけだし、 1〜12月の年度制にするとまだ2ヶ月あるから違うしね。 それに、借りた金をまだ返してないし。(汗)
今日このネタを日記にしたのは、 自分で全て始めてから1年経ったからなんだよ。
さて、この日記を読んだ人は、 「親父の金使って何やってんだよ?お前は」って思うだろうけど、 俺はある意味、親父のおかげで助けられたと思っている。
「1年半前、あのまま何もせずに居たら自殺してたんじゃないか」ってね。 ・・・まぁまだ自殺願望はあるんだけどさ。 でもあの時よりかは元気になったのよ。
しかし、このままずっと投資家を気取ってはいられないのも分かっている。 1年半株をやってみて、センスが無いのも分かってきてるしね。
いつまでこんな事を続けようか・・・。
それでは、年末に今年の年間収支をお知らせしたいと思います。
最後に一言。 「勝てよブッシュ。そして11月末から上昇相場だ」
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