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2009年01月03日(土) Factroy74(樺地×跡部)


0時きっかりにメールがきて、0時2分に携帯が鳴った。
「俺」
「ウス」
「おめでとう」
「・・・おめでとうございます」
「バカ、そうじゃねぇだろう」
跡部さんの声の向こうから風の音が聞こえる。南の島の風も音だけでは枯れ木を揺らす寂しげなものと変わらない。
「新年の挨拶じゃねーよ」
「ウス」
「お前の誕生日だろう」
「はい・・・」
「メールにも書いたじゃないか」
ちゃんと読んだのか、と聞かれたので、俺は読んでる最中に電話が鳴ったのだと返す。
「ふうん、そうか」
「ウス」
そのまま俺たちの会話は途切れる。ひゅるひゅると何百キロも向こうで吹く風の音だけが響く。
「樺地」
「跡部さん」
同時に口にしていた。フッと息を漏らす音。電話の向こうの跡部さんも俺と同じように思わず笑ってしまったんだろう。
「なんだ?」
「・・・跡部さんは?」
「お前から言えよ」
「跡部さんから」
つまらない押し問答を繰り返す。珍しく跡部さんが先に折れた。
「ごめんな」
そしてめったにないことに、謝った。
「・・・なにを」
「だって・・・」
一瞬口ごもる。
「俺・・・お前と約束したのに」
日付が変わる瞬間を二人で迎えよう、なんて言い出したのは跡部さんだ。
“その時、プレゼントも渡してやる”
何かを企むような笑顔でそう呟いた。嬉しかったけど、大丈夫なんだろうかと心配した。毎年、跡部さんは家族と共に海外で年越しを迎えていたからだ。
“平気だ。行きたくないって言えばいいんだ。俺は留守番でいいって。一人で寂しくないかって?じゃあ樺地がうちに来てくれればいいじゃないか”
けれど、跡部さんの思ったようにはいかなかった。ずいぶんと抵抗したようだが、跡部さんは折れた。
“俺とこうして過ごすのも、これが最後になるかもしれないじゃないか、なんて親が言うんだ”
恨めしそうに跡部さんは言った。
“でもそんなのお前だって・・・”
全部は言わず、跡部さんは俺を見上げる。
中等部を卒業したら跡部さんは留学する。このことでも跡部さんは両親とずいぶんやりあったのを俺は知っている。夢のために、跡部さんがどれだけ努力したのかも。
「跡部さん」
俺は電話の向こうに呼びかける。
「そっちは・・・何時なんですか?」
「え?今?」
腕時計でも見たのか、数瞬、間が開いた。
「5時・・・ぐらいかな、朝の」
「早起きですね」
「そりゃ・・・まぁ。お前に、言いたかったから。おめでとうって」
な、俺が一番だっただろ?と早口で続けたのは照れ隠しなのかもしれない。
「一番、です」
「だよな」
嬉しそうに笑う跡部さんが、あーっと声を上げる。
「樺地、日が出てきた」
「え?」
「すごいぞ、海からオレンジの火の玉がぶわっと生まれて出てきたみたいだ」
日が昇る様子を、跡部さんは興奮気味に俺に伝えてくる。
「きれい、なんでしょうね」
跡部さんの目に映る美しい光景を俺は思い浮かべる。最初に地上を照らした光に、跡部さんの横顔が白く浮かぶのも。きっとそれもきれいに違いない。
「・・・あんまり」
でもさっきまでの口調とは裏腹に、跡部さんはぶっきらぼうに答える。
「え?」
「だって・・・樺地がいない」
はぁと深く息を吐くのが聞こえた。
「お前がいないと、何を見てもつまらないよ」
とん、と胸を突く言葉。
「お前と一緒に見たかったな」
跡部さんにとっては何気ない、もしかしたら俺を喜ばせようとして呟いた一言だったかもしれない。けれど俺は思ったんだ。そうか、これから俺たち、こんな風に一緒に見られないものばかりになるんだって。
そうやって世界は味気なくなっていくの?
それとも、お互いがいないことに俺たちは慣れてゆくのかな?
「跡部さん」
声を振り絞る。
「ん?」
「俺も・・・一緒に見たかったです」
「・・・うん」
「でも、今からじゃ行けない」
そりゃそうだなと跡部さんがおどけたように呟く。
「だから、跡部さんが観たもの、俺に教えてくれればいい」
そうしたら一緒に観たことになると言うと、そうかなぁと跡部さんは疑わしげに言う。
「俺も、観てきたこと、言います」
「なに?お前もどっか行くの?」
「・・・初詣」
夜が明けたら部の皆と行くんだと言うと、そんなの教えてくれなくていいさ、と跡部さんは言う。
「どうせジローが待ち合わせに遅刻して岳人が怒って、鳳が迷子になって宍戸が大騒ぎだろ?」
だいたい予測がつく、と跡部さんは自分の想像にくつくつ笑った。
「まぁいい。帰ったらいろいろお前に見せてやる」
「ウス」
「俺にも・・・お前の話聞かせろよ」
ウス、と力強く呟く。
「じゃあな、樺地」
あ、そうだ、と跡部さんが思い出したように言う。
「樺地、プレゼントなんだけど・・・」
俺は言葉の続きを待つ。
「帰ったら、渡す」
「ウス」
「でも、先に・・・これだけ」
チュッと小さな音が聞こえた。
「・・・おやすみ、樺地」
返事を待たず、跡部さんは電話を切ってしまった。携帯を当てていた左耳が熱を持ったように熱くなり、その熱がじわじわと頬に伝わる。
いつだって色づいたように紅い、跡部さんの柔らかい唇を思い出していると、携帯がメールの着信を知らせた。
【分かったか?】
とても短い問いに、俺は返事を打つ。
【十分です】
しばらくして返事が来た。
【俺は満足していない】
短い一言には、青い海の上に浮かぶ橙色の球体、きれいな日の出の写真が添えられていた。
まだこちらは真夜中、今の俺には映すべきものはないけれど、朝になったら、みんなに会ったら、何かきれいなもの、楽しいものを写して、跡部さんに送ってあげよう。
目には見えない電波に乗せて、目には見えない想いを、真っ直ぐに伝えよう。
そうして俺たちは繋がる。繋がり続ける。




 

 

 

 

 

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