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2008年02月14日(木) Factory71(樺跡)


この日、俺は機械になる。

目も見ない。顔も見ない。同じ言葉を何の感情もこめずに口にして、即座にその場を離れる。
隙を見せたらいけない。あいつらの中には泣けばなんとかなると思ってる奴もいる。

涙で人の心がどうにかなるなら、俺だって床に転がって泣いてやる。何もかもかなぐり捨てて、全身の水分が搾り出されるぐらい泣いてやる。

きっとあいつらは、そういうことができる種族なんだろうな、と俺は一人、生徒会室で飯を食いながら思う。

この日の俺が、落ち着いて昼飯を食べられるのはこの部屋しかない。引継ぎは済んでいて、もうこの会長専用のデスクの主は俺じゃないけれど、まぁこれぐらいの私用、いいじゃないか。

なぁ、

・・・いいかげん、俺はこの癖を改めるべきだな、と思ったその時、ドアが開いた。

「樺地」
俺がここにいること、よく分かったな、と言いかけたが、去年もここにいたのを覚えていただけだろう。樺地も俺と一緒で、人の行動パターンからその先を読み解いてゆくタイプだ。
「昼、食べたのか?」
うん、と樺地は頷き、真っ直ぐ俺の方に歩いてくると、無言で(いつものことだが)小さな紙袋を差し出す。
「おい、前に言っただろ、俺は誰にも・・・」
言ってる傍から、樺地のやつは座っている俺の顔にくっつけるみたいにそれを突き出す。
「ふざけんなよ」
樺地がふーふー息を吐く。二人だけになると、樺地は小さい頃みたいにふざけたり、つまんない悪戯を仕掛けてきたりするんだ。
誰も知らないことだ、それは。
この様子からすると女子に預けられたものじゃないらしい。俺は樺地からそれを奪い取り、中を見る。平べったい赤い包みとノートの切れっぱしみたいなメモ。
メモにはこう書いてある。
『帰りに長太郎のサプライズ、忘れんな。それからこれ、俺たちから樺地へ。あとべから渡すこと(あとでわりかん!)』
「あとべから渡すこと」に蛍光マーカーで波線が引いてある。
「きたねぇ、字」
俺は立ったままの樺地をそっとうかがいながら、紙をぐしゃぐしゃにまるめる。
ふざけてんのか、心配してんのか、その両方か。
 卒業前に言ったほうがいいだの、きっとかばじもじぶんのきもちわかっとるだの、おまえこういうことにはびびるのな、だの人のことだと思ってあぁだこうだ言い過ぎる。
あんなやつらに心の中の思いを気取られるなんて俺も焼きが回ったものだ。
「おい、樺地」
手にした包みを投げる。受け取った樺地は目をぱちぱちさせている。
「それ、お前にだって。みんなから」
樺地は首を傾げる。
「プレゼント?」
俺は頷く。
「お誕生日なのは、鳳だよ」
「今日はあいつの誕生日だけど、バレンタインでもあるだろ」
「バレンタインは女子の日です。向井さんや芥川さんは男子です」
あの二人が首謀者か、まぁ字を見れば分かるけど。
「別にそうと決まってるわけじゃない」
「決まってないんですか」
「なんだっていいんだ」
「なんだっていいんですか」
「まぁ、所詮、菓子会社の戦略だしな。それに基本は好意を持ってる人に好意を持ってますって言えるってことだろ。だったら誰が誰に何を言おうとなんだっていいんだ」
「跡部さんも誰かに言うの?」
「言わない」
俺の答えは少し早すぎただろうか。
「・・・言わないんだ」
樺地が目を瞬かせながら言う。
「別に、そういう意味では、言う予定はない」
そういう意味って何?って聞いてくると思ったのに、樺地は何も言わず、手に持った包みをしげしげと見ていたかと思うと、突然机の上でバリバリと開けだした。
樺地は我慢ってものができない子供だったんだ。今じゃみんな、想像もつかないだろうけれど。
「チョコ」
呟く樺地の手には、ごく普通の板チョコ。あいつら、どうせならもっといいもの選べよな。ま、急に思いついたんだろうけど。
「みんなから、ありがとう、ってチョコだな」
「ふーん」
「樺地にいつもお世話になってます、ってお礼だ」
「ふーん」
なぜ俺がここまで解説してやる必要があるんだろう。よく分からない。「俺、知ってる」
樺地が言う。
「こういうの、三月になったら、返すんだ」
「あぁ、ホワイトデーのことか」
「みんながやってるのをみた」
みんなってのは、あいつらのことか、他の誰かか。他の誰かだろうな。あいつら、そんなマメなことしそうにもないし。なんて思っているうちに、樺地はパッケージまで開けだした。なんだ、こいつ、昼食べてきたって言ってたけどまだ腹減ってたのかな。
「今、みんなに返してくる」
「え?」
「これ、いっぱいあるから」
「でもお前が今もらったんだろう」
「みんなで食べる」
そうして樺地はびりびりと包装紙を破って机に置くと、そこに割ったチョコの摘んで置いた。
「跡部さんには、みんなよりいっぱい」
「え?」
「いっぱいすきだから」
俺は積み上げられるチョコの欠片をじっと見つめる。
「じゃああとはみんなにあげる」
「・・・それだけで足りるのか」
「大丈夫、大丈夫」
樺地は繰り返し、失礼します、というように頭を下げ、静かにドアを閉めて出て行ってしまった。

みんなよりもいっぱい、に重ねられたチョコは、なんだか甘ったるくて俺の好みじゃない。それを口に押し込むようにして食べた。食べながら、これだって一応、あいつから貰ったことになるんだし、俺だってあいつに何か返したっていいんじゃないかな、と思い始める。
俺だって「みんなよりもいっぱい」お前のことを思ってるんだってことをあらわしたい。
でもそれって、俺とお前で同じ気持ちを指しているのかな。
チョコが甘すぎたせいか、胸焼けを起こしたみたいだ。ちくちくする内側の痛みを逃すように、俺は深く息を吐いた。




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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