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2005年01月23日(日) Factory53(樺地・跡部)


 鈍く稼動するドアの音。反射的に「いらっしゃいませ」と顔を上げるとあの人だった。
 俺を見て、腕にはめた時計をちらちかせ、声を出さずに口を動かす。
 まだか
 俺も口だけを動かす。
 まだ
 やれやれというようにあの人が頭を振る。俺は小さく頭を下げる。またその口が動く前に、俺とあの人の間、遮るように近づいてくる人影。
「いらっしゃいませ」
 スウィッチを押されたようにこぼれる言葉。

 スーパーで釣銭をもらいながら「ありがとうございました」と言っていたのは俺の方で、近くにいたあの人は「はずかしいやつ」と呆れたように呟いた。 時々、あるんですよ。銀行のATMでドアが開いた時とか・・・。
「職業病だな、それ。大学よりバイト行ってる方が多いせいだな、きっと」
 しっかりしろ、と笑いながら肘で横腹を突かれ、痛みに顔をしかめたのは昼の話。

 帰ってくるのは知っていたけれど、親の所に行くと言っていたので、じゃあすぐには会えないなと思っていたのだ。
「正月ぐらい休め、樺地」
深夜勤務明けで寝ていた俺の上にまたがるように乗っかってきたあの人が言う。
 跡部さん、正月ぐらい家にいるって言ってたじゃないですか。
「もう十分いてやった」
 まだ明けて何日も経ってないじゃないですよ。
「飽きた」
 そう言って、まだちゃんと目が開かない俺の頭をぴしゃりと叩いた。この人に合鍵渡したの失敗だったかなぁなんて思いながら、もぞもぞと動く。身を起こす俺の上からあの人が退く。
「なんだよ」
 口調は強いけど、それほど怒ってるわけでなく、むしろやばいなぁなんてちょっと思っているのが、目で分かる。昔は俺も全然これが分からなくて、謝って逆にキレられたり、意固地になって言い返したり。いっぱい喧嘩したなぁ、と懐かしく思うほど、まだ落ち着いてるわけでもなく、今も本当に勝手なんだよなぁなんてムッとしながら、でも俺は静かに気持ちを押さえつける。
 今夜もバイトなんです。
「さっき聞いた」
 だから、もうちょっと寝ていいですか。
「休めないのか?」
 跡部さんだって、いきなり試合のキャンセルはしないでしょう。
 たかだかコンビニバイトと俺の試合と一緒にするな、ぐらい言い返してくるかなと思ったけど、あの人は押し黙る。
「分かった」
 立ち上がりかけたあの人の腕を掴んで引き止める。身体をずらし、掛け布団をちょっとめくり、俺は開いた場所を叩く。
「なんだ、それ」
 まぁ、よかったら。俺が起きるのを待っててください。
「ハァ?」
 眠るだけですよ。
「バッカじゃねぇの、お前」
 バーカバーカバーカって言いながら、着ていたコートを脱いで、セーターを脱いで、隣に滑り込んできた。
「なぁ、本当に眠るだけ?」
 そうですよ。
「つまんねぇなぁ」
 おとなしくしててください。
 俺は目を閉じようとする。でも無駄なあがきだった。傍で横たわる人の温かさに俺の眠気は失われてゆき、そっと目を開ければ、すぐ近くであの人の目は輝いているのだから。


 欠伸を噛み殺す。もう一人のバイトが俺に、さっき次のシフトの奴きたからと教えてくれる。あいつ、遅刻多いっすよね、店長も注意すりゃあいいのに。俺は適当に相槌をうちながら、雑誌のスタンドの前にいるあの人に目を向ける。
 髪の毛を全部おさめるようにして深くかぶったニットキャップも、着ているグラウンドコートも俺のものだ。コートなんかまだ俺がテニスを続けていた頃のもので背中に学校名が入っている。クローゼットの奥の方から取り出してきたんだろう。きっといろいろ放り出してそのままに違いない。
 片付けるのは俺なんだろうなぁ。レジを出て雑誌の棚を整理しながら思う。あの人が顔を上げる。
 もうちょっとで上がれます。
 俺が小さく呟くと、あの人はうんと頷き、手に持った雑誌に目を戻す。傾く首筋はシーズン中の日焼けが薄く沈み一滴だけチョコレートをまぜたミルクのつややかさ、あそこに歯を立てると同じように甘いのも俺は知っている。なめらかなところ、ざらざだしてるとこ、さらさらしてるとこ、くぼみやかたさややわらかさ、俺の手が触れていない場所などもうないのに、俺はまだこの人の全てを知らない気がする。
「おい」
 ページを捲りながらあの人が言う。
「サボるな。ちゃんと仕事しろ」
 いつの間にかボーッと立ち尽くしていて、俺はあぁすいませんと囁き、適当な場所に押し込まれている雑誌を元の場所に片付けてレジに戻る。

 お疲れ様でしたと声をかけて裏口から出る。表に回って店に入ろうとしたら、おい、ここだここと後ろから声がした。
 中に入っていればいいのに
「俺がどんだけ長くあそこにいたと思ってるんだ」
 もう飽き飽きだとブツブツいいながらあの人はどんどん歩いてゆく。手にうちの店のビニール袋を持ってて、なんか買ったんですかときけば、あんなにいて一つも買わなかったら悪いだろうと答える。
 でも俺を待ってたんだし
「そうだよ、お前を待ってたんだよ。この俺が、たかだかお前ごときのために」
 別に家で待っててくれたって・・・。
 振り回したビニール袋が俺の腿に当たる。
 なんかつめたいですよ、これ。何はいってるんですか。
「アイス」
 この寒いのに・・・。
「うるせぇなぁ。寒い時に冷たいもん食べちゃいけないのか」
 いけないことないですけど。でも
「でも、なんだよ」
 寒そうですよ、跡部さん
「そうか?」
 ここが
 むきだしになった首筋に手を置くとあの人がびくっと肩を竦め、また俺をビニール袋で殴ろうとする。
「お前、なーんにも分かってないな」
 なにがですか?
「今、何時だよ」
 俺は携帯を取り出す。
 一時すぎですね。
「それだけか?」
 はぁ。
 あの人は呆れた顔をして、もういいやと首を振る。
 なにがもういいんですか
「いい、なんでもない」
 ため息をつくあの人の肩に触れる。
 おしえてください
 あの人はウンザリした顔をする。
「日付」
 そう言ってポイと俺にビニール袋を投げて寄越した。

 日付を思い出して俺はハッとする。

 跡部さん、俺・・・。
「そのアイス俺んのだからな。分けてやらねぇ」
 あの人が振り向く。
「今年はなんにもナシ」
 あぁ、そうですか
「そうですかぁ、だ?おまえなぁ、もっとショック受けた顔しろよ」
 いや、でも
「なんだ」
 いや、まぁショックです。
「そうか」
 歳とったことが
 きょとんとしたあの人の眉がだんだんつりあがってゆく。
「お前は本当に一年歳取るごとに生意気になってゆくな」
 たぶんつきあってる人の影響でしょうなんて言ったらどうなるかわかったもんじゃないから、俺は機嫌の悪くなったあの人をなだめてなだめてなだめて。

 どうしていつもこうなるかなぁなんて思いながらそれでも一緒にいるんだ。


凸凹コンビ




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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