Coming Up...trash

 

 

2004年06月06日(日) Factory43(樺跡・未来系)


まだ彼の手はぶるぶると震え続けている。試合の名残に。あの人の戦いに。

見下ろす赤土のコートの上では表彰式の用意が始められ、あの人はインタビューを受け、カメラマンに囲まれ、客席からの歓声に答え、そして振り向いてこちらを見上げる。

見えるものなんだろうか。

彼の目には赤土に引かれた白いラインよりも、あの人はくっきりと白く輝いて見えるものだが。彼が手でも挙げてみようかと思うより先にその顔はよそへ向けられてしまう。

表彰式が始まる。
これまで思い入れなど欠片もなかった自分の国の国歌を、これほど心地良く耳にする事などなかっただろう。
誇らしげに胸をはるあの人の清々しい顔に、ついさっきまでそこで繰り広げていた激闘の跡はみじんも映っていない。
あの人の試合を彼は忘れる事などないだろう。その細部、一つ一つ、踵の蹴り上げる土の飛沫の行方まで、目にした事を彼は忘れまいと決意する。
これまでにあの人とともに歩んだ日々とともに、彼が生きる限り、それもまた胸の奥に鮮やかに潜むだろう。

あの人が優勝カップを受け取り、歓声と拍手が割れんばかりに響く。

彼の脳裏に昔の、似たような光景が蘇る。そういえばあの時と違って氷帝コールがないなと彼はぼんやり思い、苦笑する。彼はどうもあれが苦手だったが、あの人に「お前が声だしサボってんのコートの中でも分かるんだからな」だのと言われて、仕方がなく口を合わせていた。
そう、どこかの学校との練習試合の時だ。まぁいいやと口をパクパクさせていた彼を、コートに入ったあの人が振り向きざまに見て、小さく笑ったのだ。そして頷いた。まるで「その調子だ」とでも言うように。
彼は全身が熱くなった。ひどく恥ずかしく、その場から消えてしまいたかった。

その事をあの人には告げていない。
とてもささいなことだし、もっとひどいことを彼はいっぱいしでかしたし、あの人だって負けないぐらい彼にひどいことをいっぱいしでかしたものだ。
けれど、あの頃の記憶は全て彼の中に大事に取って置かれている。まだ彼もあの人も何も気付かず、気付き始めていたのに、気付かないふりをして、うろたえていた馬鹿げた十代の全てを。

それからまだ一緒にいる。彼は時々その不思議に首を傾げる。

あの人にマイクが渡される。恒例のチャンピオンズスピーチだ。
彼には分からないこの国の言葉で、一気に何か語り終えたあの人は、一呼吸置いて、何か呟いた。すると、会場がドッとわいた。あの人は客席に答えるように手を挙げる。

「ではここからは俺の国の言葉で」
あの人の瞳がさまよう。
「俺を支える、大事な、大切な友」
あの人の視線が彼をつかまえる。
「これまでの生涯ともに歩んだ愛する人へ、この勝利を捧げます」
優勝杯を目でしめすように、ちらりと振り返る。
「もしもこの栄光をお前が俺と分かち合えないと遠慮しても」
あの人が自分の胸の上に手を置く。
「この俺の内も外も、お前のものだから」
あの人の唇が弧を描く。
「俺ごとお前はこの栄光を抱く羽目になるからな。覚悟しておけ」
あの人が優雅に一礼した後で、場内にドッと笑い声が起こった。どうやら翻訳されていたらしい。ちょっとした冗談という風に解釈されているのだろうか。意気揚々とマイクを返したあの人は、彼の方を見上げ、不遜な笑いを浮かべている。

優勝杯を高々と掲げ、磨き上げられたカップにあの人が口づけする。
拍手と歓声の雨が降る中、あの人は濡れたようにみずみずしくつやつやと輝き、高慢とも思えるほど堂々として美しかった。

彼は深いため息をつく。こんな風に深いため息をはき、呆れたとしても、コートの上で不遜に笑っているあの人を、彼は愛しているのだから。
それが時々彼には不思議だ。





全仏観てていいなって思ったので・・・どこかで使った言い回しでごめんなさいね。景吾は全仏で一度タイトル取った後引退すればよい。




 

 

 

 

 

INDEX
past  will


樺地景吾
Mail Home