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2004年05月09日(日) Factory42(樺地/跡部・Ω新刊没原稿分(小学生))


 ここでしばらく待っていなさいとお母さんに言われて、景吾は、きちんと足をそろえてソファーに座っておりましたが、だんだん一人でいる事にたいくつになってきました。
「“しばらく”って何時何分までなのかな」
景吾は小さい声で口にしてみました。小学校に上がる前から時計は読めます。でもこの部屋に時計はありませんでした。足をブラブラさせているうちに、履いていたスリッパがスッポリ抜けて向こうのソファーの上に飛んでしまいました。
 これはちょっと面白かったので、スリッパを飛ばして遊び始めましたが、何度も繰り返すうちに少し飽きてきました。
「まだかなぁ」
 景吾は取りに行ったスリッパを両手にはめてパンパンと叩いて鳴らしながら、その部屋の窓の方へ歩いていきました。窓の向こうにはひろいグラウンドが見えます。誰の姿もありません。まだ学校は夏休みだからです。
 9月になったらここでいっぱい遊べるのかな
景吾は新しい学校の事を考えてわくわくしました。

 景吾は生まれた時からずっと外国で暮らしておりました。しかし、小学校二年になったこの夏に、お父さんの会社の都合で日本に帰ってくる事になったのです。お母さんが探してきた新しい小学校に入るには、ちょっとした試験がありましたが、景吾はそれにも合格しました。今日はお母さんと二人で“編入”の手続きに、夏休み中の学校に来たのでした。

 後ろでドアの開く音が聞こえました。景吾はあわててスリッパを下ろして履き直しました。振り向くと、景吾のお母さんぐらいの女の人と、男の子が一人入ってくるところでした。
「あぁ、あの方も編入生ですよ」
さっき景吾たちをここまで案内してくれた大人がそう言うのを聞いて、あの方、なんてまるで俺がオトナみたいだなと景吾は誇らしくなりました。
「こんにちは」
 景吾は挨拶をしました。オトナはきちんと挨拶をするものです。
「こんにちは」
 やさしそうな女の人がニコニコしてそう言いました。きれいだけどうちのお母さんの方が美人だと景吾は思いました。
「あなたも秋から氷帝に通うの?」
「はい」
 返事をしながら景吾は女の人の横に立つ子供を見ました。その男の子は女の人の上着の裾をぎゅっと手で握って、後ろに隠れるように立っていました。景吾の座っていたソファーに、その子供は女の人に引きずられるようにしてやってきました。
 わぁ、大きい子供だなぁ
 その子供は景吾よりずっと背が高くて、四年生ぐらいに見えました。こんな大きい子が幼稚園の子みたいにお母さんにしがみついているなんておかしいな、景吾は笑いそうになって口元がむずむずしました。
「崇弘、お母さんちょっと行って来るから。すぐ戻ってきますからね」
 大きな男の子は何も答えず、ただ首をぐらぐらさせるだけでした。二人で仲良くしていてねと案内の大人の人は景吾と男の子を見ながら言うと、女の人と一緒にどこかに行ってしまいました。

 ソファーに座った男の子は何も言わず、あごを胸にくっつけるようにしてうつむいていました。景吾が近づいても顔をあげようともしません。
「ねぇ」
景吾は隣に座って話しかけました。
「ねぇ、名前は?」
男の子は黙ったままです。
「転校生なの?俺もそうだよ。9月からここに通うんだ」
男の子はそこに何か面白いものでもあるように、じっと床を見つめています。景吾はいらいらして両手を合わせて筒をつくると、男の子の耳の傍に持って言って「聞こえますかぁ」と叫びました。
 男の子の身体がびくっと動いて、ゆっくりと顔が景吾の方を向きました。真っ黒な目がぱちぱちとまたたいてこちらを見た後で、また床の方へ戻ってゆきました。
「何で何にも言わないんだよ。しつれいなやつだなぁ」
景吾が大きな声で言っても、何も聞こえていないように男の子は知らん顔です。
 ふん、いいよーだ。俺もしゃべってなんかやんない。
景吾はぷいと横を向きました。足をブラブラさせて、さっきやっていたスリッパ飛ばしをもう一度始めました。
 ソファーの前にはテーブルがあるので、それに当たらないようにうまく足を蹴り上げなくてはいけません。最初にとばした右足のスリッパは向こう側のソファーの背に当たってころころと下に落ちました。次に飛ばした左足のスリッパは向こう側のソファーを飛び越えました。
「新記録だ」
走って取りに行って、また戻るとすぐに同じ事を景吾は繰り返しました。向こう側のソファーの後ろの壁には大きな丸とぐちゃぐちゃした線が書いてあるおかしな絵が飾ってありました。あそこに書いてある丸にちょうど当たったら面白いなと景吾は考えました。何度も何度もやっているうちに、景吾は隣の男の子がこっちをじっと見ているのに気がつきました。
景吾が知らん顔でスリッパを飛ばしていると、飛んでゆく方へ目を動かします。
「お前も、やる?」
景吾は男のこの方を見ないで言いました。男の子から答えはありません。でも男の子がそろそろと足を動かすのが分かりました。
「順番だよ。俺が最初」
景吾の飛ばしたスリッパはまた向こう側のソファーに当たって落ちました。
「失敗、失敗。じゃあ次」
景吾が言うと、男の子のスリッパがびゅーんと勢い良く飛びました。向こう側のソファーを飛び越えて壁に当たる前に落ちました。
「あ、すげぇ」
景吾がそう言うと、男の子は「う」と言いました。
「え、なに?」
聞き返すと、男の子はくちびるをかむように閉じて、また目をどこか違うところへ向けてしまいます。景吾は気にしない事にしました。どうせ遊ぶなら一人より二人の方がいいですし、男の子がどんな返事をしようが遊びには関係ないからです。
「俺も負けないからな」
景吾は残った片方のスリッパをポンと飛ばしました。

 二人は楽しく遊びました。男の子の表情は遊んでいてもあまり変わりませんでしたが、それでもとても楽しんでいるようでした。二人はそれぞれのスリッパを自分で取りに行っておりましたが、ある時、景吾が拾いに行く前に、男の子が景吾の分も取ってきてくれました。
「ありがとう」
景吾が言うと、男の子の目が大きく見開かれました。そしてきっちり合わさった唇がニッと両端に引き伸ばされました。男の子は笑ったようでした。景吾もそれを見てちょっと嬉しくなりました。
「今度は俺が取りに行ってやるよ」
男の子がうなづきました。景吾も男の子のまねをしてニッと笑いました。


「あら、景吾」
突然、お母さんの声が聞こえました。
「まぁ、この子ったらもう・・・」
景吾のお母さんが、さっきの女の人や他に景吾の知らない男の人と一緒に部屋に入ってきました。景吾と男の子はあわててスリッパを取りに行って履きました。
「申し訳ありません。普段はこんな風じゃ」
景吾のお母さんがあやまると、男の人はワッハッハと笑って「子供は元気の良いぐらいがよろしいですから」と言って、景吾と男の子の頭をごしごしと荒っぽく撫でました。景吾は知らない人にそんな風にされるのが好きではありません。だいたい、そんな風にされるほどもう子供ではないからです。男の子もそれが嫌みたいで男の人の手を避けるようにさっと飛びのいて、女の人のところに駆けて行きました。
「どうもすいません。うちの子がご迷惑をかけたようで」
そう言った女の人に男の子はしがみつくとまた後ろに隠れてしまいました。女の人は景吾の方を見ると「うちの崇弘と遊んでくれてありがとう」と言いました。
「その子はむねひろって言うの?」
「えぇ、そうよ。樺地崇弘です、ってほら、崇弘、ちゃんとご挨拶しなさい」
女の人に肩を押されても男の子は前に出ようとしませんでした。
「すいません、うちの子は・・・」
いやいやいいですよと男の人が大きな声で言いました。それから景吾と男の子を見回して言いました。
「こんにちは。私はこの学校の校長です。秋からきみたち二人を、この氷帝学園の生徒として迎えることになりました。二人とも遠くからこちらに越してきたそうですね。早く新しいお友達と仲良くなって、楽しい学校生活を送ってください。そしてどうか氷帝学園の誇りになるような生徒になってください。」
 校長先生は自分の言葉に満足したように笑いました。お母さんににらまれて、景吾は仕方がなくハイと返事をしました。そうして景吾が男の子の方を見ると、男の子も女の人に頭をおさえられてウンウンと無理やり頷かされていました。景吾と目のあった男の子はくちびるを少しだけすぼめて見せました。景吾も同じようにくちびるをすぼめると男の子は目をぱちぱちさせて、さっきみたいにまたニーっと笑いました。景吾もまねをしてニーっと笑いかえしました。










★3月に出した「きみについて」の初書き。このあともう4000字ぐらいあったけれど、面白くなかったので書き直しました。最初あんな感じじゃないと言ったら(どっかで言ったのかな・・・忘れた・・・)どういうのだったんですかと訊かれたので、置いてみます。
まぁ自分への戒めとしても・・・(ComingUpはあくまでも倉庫ですんで)★




 

 

 

 

 

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