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2004年02月23日(月) Factory38(樺地・跡部)


 迫ってくる雲に気を取られ、彼はあの人の言葉を聞き逃す。
 いつものように眉をひそめたり、口の端を歪めて非難するように見る事もなく、表情も変えず、空を見上げたあの人は、あぁ雲が出てきたなと言う。
 
 これから降ると、明日の朝

 そこで口を噤み、あぁもういいんだと独り言のように呟くのが聞こえた。

 その小さな声は内側に入り込むと冷たく固まり、顔や手に吹き付ける風よりも、彼を凍えさせた。





★メモ★


2004年02月22日(日) Factory37(鳳・宍戸)


「闇の中のオレンジ」


腕の中の熱の塊。人間ってこんなにあったかいものなのかな。
よく分からない。
誰かをこんな風に抱きしめた事なんて今までないから。
傾けた頬に宍戸さんの髪があたってくすぐったい。くしゃみが出そうでちょっとだけ身体を離した。

どうしていいのかよく分からない。
言い出したのは俺の方だけど、宍戸さんが頷いてくれると思わなかった。慌ててなんだかよく分からないうちに、部屋の電気だけ消す。気配に手を伸ばして、ぎゅっと抱き寄せた。
心臓の音が頭の中でわんわん響いて、身体中の血が沸騰する。きっと俺の顔はすごい色になってるだろうから、電気を消したのは正解だったかもしれない。つまんない事が頭の中をすごい勢いで流れてゆく。

ぽっかり浮かんで光る宍戸さんの眼。その光に俺はいろいろと聞きたい事があったけれど、口を開いたら何もかも全部失ってしまいそうだから、黙って、複雑な結び目を解くように宍戸さんの服を剥いでゆく。思うように指が動かない。汗が吹き出てくる。ちらりと宍戸さんを見ると、真剣そうにもつまらなそうにも見えるような顔つきをして、結んだ唇がとても甘そうで、花に寄る蜜蜂みたいに引寄せられる。

キスをした後で宍戸さんは俺の頭を軽く叩いた。俺はいつものくせですいません、って言いそうになるけど、口をつぐむ。ほんの小さなささやきでも今は口にしてはいけない気がしたから。

思ったより宍戸さんは痩せていて、硬くて、骨ばっている。とても柔らかく、しなやかで、なめらかで、夢中になる。宍戸さんの吐く息が深くなり、俺の息は荒く短くそれに絡まる。

宍戸さんを傷つけたくなんかないのに、それはまるでこの人を苦しめているようで、怖くなる。掴んだ腕、握り締めた指、重なる足、溢れる熱がこぼれ、目がにじみ、世界が霞む。

ベタベタした身体が急に冷えてゆく。ぐったりと力を抜いて横たわる宍戸さんに手を差し入れる。驚くぐらい無抵抗に宍戸さんが俺の腕に転がってくる。何か言わなきゃ、思っても言葉が生まれない。
身体をずらして、宍戸さんの頭のすぐ傍に顔を持ってゆく。昼間の熱をそのまま封じ込めたみたいにあったかい宍戸さんの目は、この暗がりの中で太陽の光が映る湖の面みたいにきらきらしている。その光に寄せるように頬に手を添えると、何か言うみたいに頬が動くのを手の下に感じた。

「何ですか?」

俺の声はひどく泣いた後みたいにしわがれて聞こえた。

「これが」

宍戸さんが小さく呟いた。その声にはどんな感情もこもってないように思えた。

俺はその続きを待った。
待ったけど、宍戸さんは何も言わず、どうしてかそれにホッとしながら、またキスをした。
唇を強く押し付けて、噛み付くように、吸い込むように、この人の内から出てくる言葉を封じ込めるように。

宍戸さんの熱を奪うようにして、俺の熱が高まる。闇の中に浮かぶ光に手を伸ばす。それが俺の腕の中でゆっくりと消えてしまう事になんて少しも気づかず、俺は夢中になってゆく。











★メモ。Factory20・Factory23の前あたりかな・・・。★


2004年02月01日(日) Factory36(キリリク/樺地・跡部)


『北部は北海やバルト海に面した低地で、ところどころ沼地や湖があります』
 景吾は向こう側にいる男の子の耳に聞こえるように大きな声で読み上げました。
『今から二万年前ほど前の氷河期には、スカンジナビア半島に中心を持つ大陸氷河がこのあたりまでおしよせてきていました』
 本を下げて、景吾は男の子に言いました。
「氷河期っていうのは恐竜がいた後の時代だよ」
 男の子が恐竜が好きな事を知っていたので景吾がそう付け加えたのです。それでも男の子は景吾に背中を向けたまま、ひざを抱えるようにして開け放たれた窓のそばに座ったまま、振り向きもしません。景吾は本を持って立ち上がりました。
「かばじ」
 男の子は目を伏せたまま、窓からこぼれる光が床につくる輪をじっと見ているようでした。
「かばじ、かばじ、返事しろ」
 景吾が本の背で男の子の肩をつついても、男の子は何も言いません。
「かばじ」
 景吾は男の子の前にしゃがみこみました。男の子の目の周りはべとべとに濡れています。景吾はそんな男の子に何を言っていいのか分かりませんでした。だから景吾はだまって掌でその子の目と頬を上から下にごしごしとふいてやることにしました。
 男の子はおとなしくしていましたが、ふいにパッと立ち上がると、部屋の反対側に歩いていってまた座り込んでしまいました。景吾はべとべとになった手を服のすそでふくと、床に置いた本を持って男の子のそばに行きました。
「かばじ、かばじ、ほらこれ見ろよ」
 景吾は男の子に見せるように本を広げておきました。表紙をあけてすぐのそこには世界地図が書いてありました。
「ここが、日本。今、俺たちのいるところ」
 指でトントンと叩くと、ひざに顔をうずめるようにしていた男の子の顔があがりました。
「それで、ここが、お父さんとお母さんと俺が行くところ」
 景吾がそこを指で指すと、男の子はぶんぶん首を横に振り、本を取り上げると閉じてお腹とひざの間に隠すようにはさんでしまいました。
「なんだよ、かばじ」
 男の子は首をふるだけです。景吾は大きな声を出そうとしましたが、男の子の目からまた涙が流れ始めたのを見て止めました。なぜだか景吾の胸がきりきりと痛み始めます。

 お父さんの仕事の都合で、景吾はもうすぐよその国へ引っ越します。
 それを聞いた学校のお友達は一学期の最後にみんなでお別れ会を開いてくれました。
 でも、景吾には分からないことがありました。それは景吾にさよならを言う友達の何人かがワァワァと泣き出したことでした。景吾が家でそれを言うと、お母さんは景吾がいなくなって寂しいから泣くのよと教えてくれました。
 でも景吾には分かりません。景吾には寂しい事なんて一つもないのです。
知らない遠くの国に行くのはとてもドキドキすることで、それは友達といることより、面白くて素敵なことのように思えたからです。
 でも。

「泣くな。泣いたらダメだ、かばじ。泣くのはよわむしのすることだって言っただろ」
 景吾がきっぱり言うと、男の子の震えていた肩がぴたりと止まりました。
「本を返して」
 男の子はぐすぐすと鼻をならしながら、それでも本を取り出しました。景吾はもう一度世界地図のページを開いて置くと、さっき指差した日本の隣に広げた掌をくっつけました。
「かばじも、手」
 男の子の手がそっと景吾の手の横に置かれました。景吾は男の子の手をはさむように、左手を置きました。
「そっちの手も」
 景吾の言うとおりに男の子が手を置きました。
「ほら、ちょうどここだろ」
 景吾は片手を離して、男の子が最後に置いた手の甲をつつきました。
「ここが俺の行くところ。ちょうど俺とかばじの手が四つ分、それだけなんだから」
 景吾の言葉に男の子は濡れた瞳をまたたかせましたが、首を振って、小さな、とても小さな声で何か言いました。
「かばじ、もう一回言って」
 男の子はふくらんだ風船がしぼんでいくときの一番最後に出てくる空気の音よりも弱くて小さな声で言いました。
 でも、ちかくない。
「近くないけど、でも」
 ちかくない。
「近くないけど、てのひら四つで着くんだから。だから」
 だから、すぐまた会えるんだ。景吾はそう言おうとしました。そう言って男の子が泣くのを、男の子がかなしむのを止めたかったのです。でも、本当はそれがとても遠くて、すぐに行ける様な、すぐに会える様な距離でない事は景吾にも分かっていました。
 景吾はぐっとくちびるをかみしめました。そうしないと、心の中の何かが出て行ってしまいそうだったからです。
「たった四つじゃないか。今よりは遠いけど」
 景吾は小さく息を吸い、男の子の手の下にある本を引き出しました。
「だから、近くないけど、遠くないから」
 景吾は立ち上がりながら、なんでもないことのように口にしました。そのまま男の子の目を見ないようにして、その子の横に座りなおすと、ページをめくり始めました。
「すごくいいところなんだって、お父さんが言ってた」
 のどをしぼるようにして景吾は言いました。
「だから、お前もいつでも遊びにきていいんだぜ、かばじ」
 男の子が横で小さく頷くのが分かりました。
「でも、俺の行くとこ、どんなところか、お前も勉強しないと来ちゃダメだからな」
 そう言って景吾はページをめくり、男の子に聞かせるようにさっきの続きを読み始めました。

『中部はなだらかな丘陵や、それより高い山地や山脈が横たわる地域です。南部は・・・』

 景吾は自分の声がちょっとかすれておかしくて、いつもならすらすら読めるような文をつっかえてばかりいることに気がつきました。
 かばじが気がつかないといいな。そう思いながら、景吾は男の子に向かって、ゆっくりゆっくり、本を読んでゆきました。



★一万打キリリク番長真柴さんの「子供な樺地と跡部」のお申し出によるもの。

あの二人なんでも幼馴染だそうですが、幼馴染というものがよく分からない・・・だいたいずっと一緒にいてあの関係でおくキレないよ樺地・・・というわけで一度転校させればどうかなぁ、樺地。と心の中の樺地に問いかけてみました。
跡部父もたとえ会社の跡継ぎでもよそに修行には出されるよ!ということで。そして数年後帰ってきたら覚えてない・・・どちらかが・・・なぜった子供ってそんなものだから。
という観点によるものなのですが。

お気に召すかどうか・・・すいません・・・★




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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