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2003年11月30日(日) Factory30(樺地・跡部)


 真似するのは得意だろう
 その人の唇の片端が嫌な感じに上がるのをなすすべもなく彼は見つめる。
 俺の言った通り、言えばいい
 喉がカラカラに干上がる。凍りつくように強張る体の中心だけが熱く、息が上がる。
 「             」
 まるで見慣れぬ外国語を日本語で単調に訳すように。抑揚もなくぶっきらぼうに。一句一句、その人が耳元で囁く。彼を絡め取るようにその腕が回される。
 言えよ、ほら
 力なく垂れ下がっていた両腕を彼はほんの少し動かす。彼の耳の横、肩に顔を埋めるようにしているその人がかすかに息を呑む。彼の腕はさまようように空を切り、ふたたびだらりと力を失う。
 なにをすればいいのか分からない。どうすればいいのか分からない。決断するのは苦手だから。

 彼は呟く。その人に言われた事をそのままに口にする。

 硬く、彼を締め付けていた腕が滑るように去り、真正面からその人の顔を見る。海の底の、暗い青が澱む闇のような瞳が奇妙なほど輝いて彼を見つめている。
 どうってことないんだ
その人の手が彼の顔に触れる。まるで目の見えぬ者がそこにあるものを確かめるように彼の輪郭を、頬や鼻、眼や耳をさぐる。その人の手は彼が思うより節くれだって、ごつごつと硬く、やがて彼の首筋を辿る。
息が早くなる。鼓動が激しくなる。彼はすがるようにその人に手をかける。

唇が重なる。互いの息を吸い込むように。深く。

痛みを覚えて彼は身を離す。強く噛まれた下唇に滲む血を舌先で感じた。
痛いか
嘲るように呟く、その人の瞳がわずかに細くなり、彼を見据える視線が揺れる。彼はその意味を考えようとしない。彼の内にくすぶる火が徐々に大きくなる。彼はその人に触れる。強くかき抱く。

膝が曲がる。崩れ落ちるように床に沈む。腕が絡まり、足が重なる。布越しに感じる体温の熱さがもどかしさを加速させる。開かれた襟。緩められるベルト。肌と肌が触れ、息遣いと衣擦れの音だけが横たわる空間。

争いに似た乱暴で性急な交わりの中で、彼はその人の目を見る。ほの暗い闇の底でちりちりと欲望が輝く。闇に映る自分の顔。その顔に穿たれた二つの穴もまた同じ輝きを宿しているのだろう。互いの目に光る衝動は合わせ鏡のように反射して、奥へ、奥へ、奥へ、どこまでも増幅され、終わりなく彼を苛む。

これは、愛では、ありません

心の内で、その人が言った言葉を何度も唱える。呪文のように。









★メモ。冬はこういう話をやろうと思ってます。いかに★


2003年11月17日(月) Factory29(樺地・跡部)


 あいつ、どこまで探しにいったんだろう。

 俺はジローの奴が行きそうな場所を、あいつが探しに行きそうな場所を、うだうだ巡っている。
 ほっとけばそのうち帰ってくる。待ってればいい。珍しく顔を出した監督が、樺地と対戦してやれなんて言い出したからって、俺がここまでする必要ないのに。

 もう学校内で探す場所はない。仕方がない。俺の足は学校から離れる。部活中に、なんでこんな事。

 思いがけなくて、予測しにくくて、読みにくい。あいつのプレイはあいつそのものみたいだ。
 でも勝つのは俺。ゲームを支配するのも、勝つのも全部。まだまだ格が違う、それを思い知らせてやるって監督にも言ってやった。
 分かりにくいけど、分かる。打ち合ったボールの行方も、どうでるのかも、あいつは駆け引きが苦手だから、そんなところが弱い。

 コートの中の事なら、それぐらい、簡単に分かるのに。

 あんまり手入れの行き届いてないテニスコートがフェンス越しに見える。何人か打ってる奴が見えた。あいつはいない。
 こんな所まで来てるのか。分からないけど、なんとなく、そんな気がしたから。
「樺地」
 だから大声で叫んだ後で、傍らの茂みがガサガサと鳴り、あいつが姿を現したからって、別に驚いたりしない。呆れはしたけれど。
「こんなとこまで来てたのか」
 樺地がいつもみたいな返事をする。
「ジローだって、こんな茂みの中で寝ねぇだろうよ」
 首を曲げて肩をすぼめるようにして俺を見下ろす樺地の頭に、舞い落ちた葉っぱがくっついている。
「頭」
 指差してやると気がついたようで、髪をばさばさ手で払う。
「まだついてる」
 樺地が適当に髪をはらってもまだ取れない。仕方がないから手を伸ばす。樺地の髪は短くて見た目より柔らかい。毛髪の間に入り込んだ小さい葉を俺は取ってやった。
「これでいいや」
 屈んでた樺地の首筋を俺はぴしゃぴしゃ叩く。なんとなく手が滑ってそのまま樺地の耳たぶに触れる。柔らかくて冷たい。ふいに憎らしくなって軽く引っ張った。
「監督が、お前と試合しろってさ。行くぞ」
 足音が続かない。振り向いたら、まだ俺が引っ張った側の耳を押さえて立っていた。
「なんだよ。ほら、来いよ」
 俺の横まで来た樺地はいきなり手を伸ばして、俺の耳をつついた。
「テメェ、何すんだよ、バーカ」
 樺地は何にもなかったみたいな素知らぬ顔ですたすた歩いて行く。
「お前はなぁ、俺にやりかえしちゃいけないの。分かってんのか」
 あいつの背中を叩く。叩かれた樺地が俺を見る。目の底が揺れてる。面白がっている。
「分かれよ、バーカ」
 身体ごと樺地の奴にぶつかってやった。
 あぁ、思い知らせてやんねぇと。まだまだ格が違うって。












★中坊。メモ★


2003年11月15日(土) Factory28(2年生たち)


 正直でありたい。思った事を言いたい。
 だから俺は言ってやった。
「鳳、お前、ホント、バッカだなぁ」
 のろのろと顔を上げて、どこがぁと呟く鳳の声が風に流れる。
「全部」
「全部。全部はall、えー・える・える」
 腹ばいになった長いベンチからだらりと下に手を伸ばし、鳳が屋上のコンクリートの上をなぞる。
「ふざけんな」
 思い切りベンチを蹴っ飛ばしてやったのに、揺れてほんの少し動いただけ。だから鳳がわぁと声を上げたり、やめろよ日吉って叫んだり、そこまで大げさにすることないはずだ。
「さっさとしないと昼休み終わんだろ」
 ハイハイすいませんと言いながら起き上がった鳳は、口調ほどすいませんなんて思ってもいなくて、ムッとしたように頬をふくらませている。
 どうしてこんなにでかいのに、思い切りガキなのか俺には全然分からない。
 精神年齢で身長が決まるなら、鳳は140センチぐらいでいいと思う。
 そうしたら俺なんかこいつぐらいあっていいはずだ。そう思ってなんとなく隣に立つ樺地を見る。
 樺地はいつもの通り、我関せずって感じで俺と鳳に視線だけ向けていた。
「だいたい朝、お前の教室でって言ったのお前だろ。どうして屋上なんかに来てんだよ」
 鳳は答えない。俺と樺地を上目遣いで見ながら、唇を曲げて、足をガタガタ揺らせている。
 それがわざわざクラスの奴に聞いて(誰もどこに行ったか知らなかったけど)探して(返事を聞いた樺地が屋上に向かうのに付いていっただけだけど)来てやった相手に対する礼儀なのか。
 馬鹿にしてる。
 でもこいつ、馬鹿だから仕方がない。屋上のベンチからはみ出した足をブラブラさせながらねっころがっていた馬鹿に言う言葉なんかない。
「ほら、じゃ、これ」
 目の前に差し出した書類を手に取って、ぺらぺらめくっているけれど、視線をすべらしているだけ、関心なんか全然なさそう。
「いいんじゃないかなぁ、これで」
「お前、いいかげんな返事するな」
「え、なんで。いいと思ったからいいって言ってんだよ」
 言いながら鳳はそれを樺地に渡す。
 樺地は目をパチパチさせて、声には出さないけど口が書かれている文字を綴るように小さく動いている。
「樺地、部屋割りのチェックは昨日したから、こっから」
 樺地の持つ書類に横から手を伸ばして指してやる。樺地が動きを止めて、俺をじっとみる。まるで物珍しい何かを見るように。
 どうしていつも樺地ってこうなんだろう。俺にはよく分からない。
 樺地は俺の言うとおり、紙をめくってまた口を動かし始める。
 今回、俺たち三人が任されたのは、今度の合宿の部屋割りとスケジュール立てだ。つまんない雑用だし、どうせ跡部部長が最後には調整するんだろうけど。
 でも俺たち三人でやれって言われたんじゃないか。
「お前も樺地ぐらい真面目にやれよ」
 俺と樺地の向こう側にある何かを見通すようにぼんやりしている鳳にそう言ってやる。
「え、なに。なんで」
 鳳が目を丸くして不思議そうな顔をする。
「協力しようとか、やる気とか、全然ないだろ、鳳」
「そんなことない」
こんなでっかい奴がこんな弱々しい声でしゃべるなんて。変なの。いつもと違う。
「お前、具合でも悪いの?」
だから聞いてみる。
「元気だけど」
ケロっとした顔で言う。なんだ、それ。さっきの、俺の勘違いか。ムカつく。
「じゃあちゃんとやれよ。先輩にばっかいい顔見せてないで。俺たちにも・・・」
「俺、いい顔してんのかな」
また声がか細くなる。でっかいくせに、なんだ、それ。
 俺が何にも言わずにいると、鳳は何か言いたそうに口を開きかけて、でも何にも言わずに、ハァと大きく息を吐いて肩を落とす。
 本当はそんな裏表があるような、器用な奴じゃない。どこに行っても、誰に対しても馬鹿なまんまだ、鳳は。
 だけど最近気がついたんだ。鳳はあの人の前だけちょっと違う。いつもと変わりないように見えるけど、顔つきとか声とか、違うんだ、全然。
 だからって何かあったのかとか、そんな事聞かない。
 余計な事はしない。他人の、鳳のことなんかに関わってやらない。
 だけど。
「それでいいかな、樺地」
 樺地は丁寧に紙を折り畳んで、頷きながら俺に返してきた。俺と鳳を見据える視線が戸惑っているように見えた。
 なんでもない、ほっとけばいい、こんな奴。そう言ってやろうと思ったけど。
 正直でありたい。思った事を口にしたい。
 だから俺は言ってやった。
「お前さぁ、どうかしたの、鳳」
「なにが」
 身体を丸めて膝の上に肘を立てて、その手の中に半分顔を隠すようにしてるから声がこもって響いた。
「変だよ」
「どこが」
「全部」
「全部か」
 声が崩れる。鳳の顔が両手に埋められて、そこからひゅーと思い切り息を吸い込むような変な音がした。両肩がぶるぶる震えだす。
「泣くなよ」
 驚いて当たり前のことしか言えない。
「なんなんだよ、いったい」
 訳が分からなくて、腹立たしさが言葉に出てしまう。樺地がいきなり動く。何をするのかと思ったら、泣いている鳳の背中をポンポン叩きだした。赤ん坊をあやすみたいに。
「泣くなよ。泣いてたら分からないだろう」
 樺地が俺の方を見るので、仕方なく俺も、落ち着かせるように鳳の肩に手を載せた。汗っぽくてじんわり生暖かい。
 俺よりでっかくてガッチリしているはずなのに、なんだか頼りないかわいそうな子供を相手にしているように思えた。
「泣くなって」
 そう言う俺の言葉も情けなく響く。
 鳳は泣きながら小さな声で何かずっと呟いている。それは言葉になっていないから、俺にはさっぱり分からない。だけどそれはとても痛ましくて、哀しくて、かわいそうで、俺の足をそこに縫いとめてしまう。

 予鈴がなっているのに、俺たちは三人、誰も動けずにいる。













★5555キリ番長、ハワイさんのリクエスト「2年生の日常の一コマ」・・・のはずが!鳳宍ゾーンに連結してます・・・。鳳は身体はでかくてもどこまでも子供。ちゅうか日吉・・・中坊な日吉と思ったらなんか・・・修行します・・・★


2003年11月03日(月) Factory27(樺地・跡部)


 あいつの導火線に、どうすれば火が点くのか、俺はいまだに分からない。だけど、その瞬間だけは分かるんだ。
 いつもと同じように唇が固く結ばれて、いつもみたいにちょっと背中を曲げて歩いている、その歩調が少しだけ乱れる。いつもはひたひた静かに歩くのに、地面を蹴り上げるみたいにして歩いて行く。
 黙っていてもその沈黙はいつもと違う。周囲を、この俺を遮断するように黙りやがる。
 俺だってその背中に何にも言ってなんかやらない。
 待てよ、なんで俺が樺地の後ろを歩かなきゃいけないんだ?
 
 俺があいつを追い抜かすと、後ろで一度ぴったり足音が止まる。ついて来るのか、そのまんまどっか行っってしまうのか。
 行っちまえ、馬鹿。 でも、そうだ、あいつ、俺のバッグ持ってるじゃないか。
 そう思って顔をあげたら、樺地の奴がまた俺の前にいた。

 お前ごときが、樺地のくせに、なんだ、それ。
 
 俺たちは馬鹿みたいに追い抜いたり、追い抜かれたりしながら学校に向かう。俺は途中で馬鹿馬鹿しくなって、笑いがこみ上げてきて、あいつの横を通る時に見上げてみたけど、あいつは全然おもしろがってないから。

 俺ばっかりそんなの、余計ムカつく。

 下足室の前にほとんど同時に辿り着くと、あいつはいつもと変わらずに、でも突き放すように、俺のバッグを俺に押し付けて、俺の目も見ないで、くるっと踵を返して行ってしまった。いつもなら俺が下駄箱に行くまでここらに立ってるのに。
 俺もさっさとそこを立ち去る。まるでここに置き去りにされたような、そんな気分になる前に、さっさと行かなくちゃいけない。



 ムカつく。



 胸の中がじわじわ焦げてゆくように、ムカつく。腹が立つとか頭にくるとか怒り心頭とか、どんな言葉も表しきれない。胸を焦がしてあがる煙が身体中にじわじわ広がって、苦しくなる。



 こういう時はとことんツイてない。
 普段なら学年も違うし、通りすがりに顔をあわせる事もあんまりないのに。
 移動から帰る途中、横にいた宍戸が「あ、樺地だ」なんて言いだす。
 教えてもらわなくったって、とっくに気づいてる。あいつはでっかいから、どっからだって、すぐに分かるんだ。
 教師にでも言いつけられたのか、ぐるぐる巻いた地図だか歴史表だかの束を抱えて歩いてくる。あいつの横にいる女子も同じようなのを一本だけ持ってる。相変わらず、いいように使われてやがる。
 樺地くん親切だねとか、そういう甘い言葉にだまされてんじゃねぇよ。お前、親切なんかじゃなくて、断ったり嫌だって言うやり取りが面倒くさいだけなんじゃねぇの。
 誰とも向き合わない。それが楽か?楽しやがって。俺とも。
 
 あいつが俺と宍戸に気がつく。遅い。目だけ走らせて、宍戸を見て、小さく頭を下げて、通り過ぎる。

 宍戸だけを見て。それだけ。

「あ、跡部、お前なにやってんだよ」

 宍戸があ〜あと大げさにため息をつく。俺はノートや教科書やペンが散らばる床に視線を落とす。

「ダッセぇの」

 宍戸がニヤニヤ笑いながら俺を見る、その表情が不思議なものでも見るように一瞬変わって、また元に戻る。
「落としてんじゃねぇよ、ほら、拾えって」
 踏まれちまうぞと言いながら、転がってったペンを宍戸が拾おうとする。
「さわんなっ」
「ハァ?」
 俺は足もとのノートを足で蹴る。
「なんだ、それ、人が親切で・・・」
 宍戸の声が頭の上を滑ってゆく。
 落としたんじゃなくて、叩きつけてやったんだ。あんまり頭にきたから。そんなのは俺らしくない。だから余計に腹が立つ。
「勝手にしろ」
 宍戸の声が今度はちゃんと聞こえた。少し怒っているようにも呆れているようにも聞こえた。悪いなと思った。

 でも俺は何も言わない。




 部活が何の支障もなく終わる。俺はあいつと目も交わさない。言葉を交わす必要もなく、何の滞りもない。
 備品の管理とか点検とか整備の報告とか、忙しくしているうちに、あいつの姿が部室から見えなくなってた。

 ま、それならそれでいい。別に一人で帰れない訳じゃない。
 
 一緒に帰ろうと忍足と岳人たちが言ってきたけど、俺は鍵当番だから遅くなると断った。待ってると言うのにも、いいから帰れと追い出した。


 一人になる。外の冷気が部室にしんしんと伝わってくる。とっくに日誌も書き上げたのに、俺は磨りガラスから洩れて来る夕陽の赤が消え、皓々と灯る蛍光灯が明るさを増し、外が静かに夜へ変わるのを待っている。


 最終下校時刻のチャイムが聞こえた。門が閉まる前に出なくちゃいけない。事務室に鍵も預けないといけない。ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がる。身体が冷えて強張っていた。こんなことは、良くない。



 部室の扉を閉め、鍵をかける前に、気配に振り向いた。


「忘れ物か」
 ひっついた喉を無理矢理こじあけた時みたいに、俺の声はかすれて響いた。
 目の前のあいつが首を振る。
「鍵、かけるぞ」
 じゃあなんだとか、何してんだとか言いそうな事、言いたい事を俺は口にしない。ガチャガチャ鍵を閉めて、行こうとすると、遮るようにあいつの手が伸びる。
「なんだよ」
 あいつの手がちょっとだけ揺れる。あ、そういうことか。
「自分で持つからいい」
 肩にバッグをかけて、差し伸べられた手を除けるようにはじいた時、少しだけ触れた、あいつの手の冷たさに驚いた。
 俺の驚きは顔に出てしまっただろうか。見上げた先にある、あいつの目がぱちぱちと瞬く。
 いつから、なんで、ここにいるのか。俺は訊かない。

 歩き出すと、後ろから足音が聞こえた。あいつの足音だ。

 事務室に鍵を返して、閉まりかけた門の脇に立つ警備員にすいませんと頭を下げて、俺は学校の外に出る。あいつも一緒だ。
 もう一筋の光だって空には残っていなくて、空に冬の星がポツポツ輝くのが見えた。道筋にある家々から、あたたかい光と、何かの食べ物の匂いが漂っている。
 俺たちはずっと、何も言わず、黙ったまま歩いていた。たいした距離じゃない。部室から、学校から、すぐそこの角の交差点まで。
 俺は歩調を緩めて、あいつの横に並んだ。こっちをちらっと見ただけで、前にも後ろにも行かずに、あいつはそのまま、俺の横に立って歩いていた。


 交差点まで、とても長くに感じた。


 信号が青に変わる寸前に、あいつが口を開く。
「跡部さん」
 言葉と一緒にこぼれる息が白い。
「何も言うな」
 俺の息も白くあがる。
「俺も言わない」
 あいつの瞳が少しだけ細くなり、軽く頷く。
「じゃあな」
 俺は信号を渡る。あいつとはここから帰る方向が違うから。

 横断歩道を渡りきってから、もと来た方を振り向くと、まだ向こう側にあいつの姿が見えた。信号がチカチカして赤になる。軽く手を上げると、あいつが頭を下げる。俺が通り沿いにあるバス停へ歩き出すと、あいつも歩き出す。俺が行く方向とは反対側、あいつの家がある方へ。

 バス停から、俺はあいつの背中がどんどん遠く、暗がりに消えて行くのなんて見ていない。
 ただ考えていたんだ。あいつが現れる前の俺はどんなだったかって。

 記憶を失ったみたいに、思い出せなかった。取り戻せない。何かが変わってしまったから。

 悔しい。

 冷たい空気が瞳に刺さり、思わず瞬かせた目を俺はぬぐう。

 バスが来た。いつもなら遅れるのに、時間ぴったりだ。
 




















☆あやまらない景吾(@チャット)より。なんか違うことになってますが・・・意地っぱり中坊☆




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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