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2002年01月30日(水) ロング・ラブレターは、今

 すごいことになってますね。「漂流教室」・・・原作は怖そうで読んだ事ないんですけど、「原作みたいには殺しあいません。」と、窪塚くんが答えてたので、よかった、よかった。

 番組宣伝の間は、私は、「何度もめぐり合う2人」という言葉が気になっていて、最初の出会いから携帯を落として連絡がつかなくなる窪塚と常盤ちゃんは、その後も、出会っては別れるのかと思ってた。どうやってそういうシチュエーションをつくるのかな?って思ってたら、おいおい、学校ごと、近未来へ吹き飛んでしまったのね。で、今のところ、窪塚と常盤ちゃんが残った生徒を守るためにいるわけで、2人が離れ離れには、一瞬なっても、徐々に近づいている感じがする。「何度もめぐり合う2人」って言ってたと思うんだけど、どういう意味だったんだろう。

 でも、とにかく不思議だよね。何が起こってタイムワープみたいなことになってしまったんだろう。そして、その20年くらいの間に、あの荒廃を招いた人類は、何をやらかしたんだろう。それを止めるための、学校のワープなのかな?

 常盤ちゃん父、大杉漣が、「声が聞こえる!」娘がピンチに陥っている、助けを求めている声が聞こえた。実際に彼らが居た現代でホテルの一室であったところの未来でまさに、常盤ちゃんは、暴徒になった教師に殺されかけている。父は、娘がかつて生徒と向かい合った真実でもある栓抜きをホテルの壁に埋める。それが常盤ちゃんの手に届き、彼女は災難をまぬがれる。その時、一緒にいた男子生徒は、父と一緒に埋めるのを手伝った、女子生徒の声を聴いている。投げ飛ばされて、気絶している生徒が目を覚ますまでみていた夢は、まさに、その父たちの光景。念じれば届く。信じれば思いは届くっていうこと?

 それにしても、関谷先生の壊れかたは尋常ではない。でも彼女、中島宏海、昔よりキレイになってるよね。そしてカバチタレ!弟・ジャーニーズ山下、かわいいね。ナマイキな役だけど、関谷先生がいれこんじゃうのもわからないでもないかも?でも、火、つけんなよ!後先考えない女だなぁ。購買部のパンだって、いつまで持つんだよ!女王様でいられるのもそれまででっせ。そうか、そんなだから現代で借金まみれになるのか・・・。

 で、関谷の天敵の女子生徒。3人のうち2人は飛ばされてたんだね。彼女らの暴君ぶりが始まるのかと思いきや、なんと、伝説をつくっていたマッシュ先生こと常盤チャンが意外なところで、押さえになるのかな?

 いずれにしても、まだ別に人間がいて、高校の食料と女子を狙っているらしい。彼らも飛ばされてきた人類か?それとも生き残った人類か?来週、どうなるのかね?

 「今を生きろ!」黒板にずっと書きつづけられている、浅海先生(窪塚)の文字。先への希望を捨てずに生きるためには、長期遠大計画を立て、それにみなが賛同し耐える、もしくは、楽しむくらいにならないといけない。「未来が続かないなんて考えてなかった。どうしてあの時、好きって言わなかったんだろう。」意固地になったことを後悔している男子生徒を見ながら、浅海は考える。三崎先生(マッシュ常盤)との最初の出会いを続けられなかった後悔。「今を生きろ!」長期戦をにらみながら、今日を精一杯生きることでしか未来へつながらない今。浅海は「おれ、君のこと好きだから。」と告白はする。「でも、今は、生徒のファーザーでいなきゃいけないから、関係を進める事は好ましくない」その決意は、それが彼にとって今、一番の「今を生きる」なんだろう。(来週の放送で起きることで、また変わるかもしれないけど、だって「今」だからね。)それを聞いて生徒たちに三崎は「告白された、で、振られた。」なんか切ないのにおかしくて、素敵な光景。

 どうなっていくんだろうね。帰って来られるんだろうか?しかも、未来の荒廃を防ぐ手段をおみやげに。あのエンディングの映像は、再会するまでの浅海と三崎たちの時間?それともこの後?手紙をポストに入れる三崎。郵便受けを気にする浅海。あの手紙がラブレター?ロング・ラブレターって、長い時を経てやっと手に渡るってこと?それとも、2人には、ラブレターに語るべき、長い長い話があるってこと?

 それにしても、窪塚洋介。いい顔になってきた。もちろん、佐伯哲也の時の顔もいいよ。歩の顔も。リップスティックの天才も。でも、天性の力が強く味方していて、それぞれの役柄に彼がはまった、っていう感が強い。それは、それですごいことなんだけど。でも、そういう役しかできなくなるんじゃ?と、心配していたけど、彼はその天性の力を自分の意志で味方につけて、今、すこーんと世俗から更に抜けた感じでやれてる気がする。それは、彼が、急にちやほやされ始めた頃「旬の男」というのを嫌って、少し迷子になるかもしれなかった頃、幾つかの映画と出会った事が、いい作用をしたのかしら、と思う。誰を演じても、窪塚洋介が出たとして、それは一向に構わない。そういうタイプの役者なのだ。まだ映画を観ていないので「GO!」とか観るの、すっごい楽しみ。窪塚、いいよ、窪塚


2002年01月29日(火) フサちゃんと路木悟史←もと須賀ちゃんともいう

 「ラブレボ」の須賀ちゃんで、人気に拍車がかかり、キレイさに磨きがかかった、藤木直人。今日は、「もと須賀ちゃんにめろめろDay」。といっても、来週までだけど・・・。

 ドラマ「初体験」で藤木直人が演じるのは、とってもキレイな男、フサちゃん。主人公たち女子が、小学校の時憧れていた男子。房野拓海は、両親が離婚して広田拓海になったこと以外、ナゾである。ルークという猫を飼っていた女のヒモみたいな生活をしていた様子だけど、その女にも捨てられ、今はルークと二人暮し。でもさ、フサちゃんの家は家賃が15万円なんだよ。同居猫ののみ騒動で、引っ越そうかなって口走った時、「でも、お金ないからな」って、途中でなくなってきたのかな?だって、最初からお金なかったら家賃15万のとこになんか住めないよね。ストロングビルって名前がついてるけど、なんか、暖房効いてなさそうだけど、不思議な間取りの部屋だけど、わりと好き。でも、フサちゃんがいるからっていきなり15万の部屋には住めない。いや、フサちゃんてわかってたら住めるか?うーん、彼女たちと同じノリで見てるな。昔、昔、子供の頃憧れた男子が、ある日突然自分の近所に住んでいたとわかったら、しかも、スゴクキレイになってたら。おぉ、ドキドキで前が見えないっ!だな。

 で、フサちゃんは、昼間パチンコしてるんだね、結構。そして夜、ボーリング場で、お掃除してる。藤木直人がボーリング好きだからボーリング場なの?ほんとバイトなのかな?実は持ち物だったりして。それって「エド」の見過ぎ?フサちゃんは、今、夢なんて別にないって言ったけど、世捨て人っぽい風情で暮らしてるけど、ほんとはどうなんだろう。以前、奴隷と自分で言った、アシスタントの仕事の先に、フサちゃんの夢があったんだろうか

 ところでフサちゃんは、突然現れた昔の同級生に自分の事を久し振りに「フサちゃん」と呼ばれて、どんな気持ちなんだろう
 あぁ、どうでもいいんだけど、そんなことを考えて見ています。真智や由加里とおんなじに。あぁ、どうでもいいんだけど、お願い、つまらない最終回だけは止めて、とか、今から考えて見ています。あぁ、どうでもいいんだけど、勝手に心で叫んでしまう。フサちゃん、フサちゃん、フサちゃーん!!・・・ばかである@わたし。

 でも、キレイなだけでは、色気は無いんだよね。惹かれてしまうのは、清濁持ち合わせている男だったりする。女もか。

 藤木直人はラッキーである。それは「喪服のランデヴー」の路木悟史ができて。藤木直人を路木悟史にもってきたから、更に「喪服のランデヴー」が成功したのかもしれない。ニワトリと卵。でも、とにかく、近年まれにみる秀逸なドラマである。脚本、演出(キャスティング含む)、音楽三位一体で、出来上がっているという意味でも。面白いドラマ、泣けるドラマ、よく出来てるなぁと思うドラマ、上手い俳優、そのドラマで成長した俳優、ドラマから出たヒット音楽。きっと他にもたくさんある。でも、この「喪服のランデヴー」は、私にとってどうしようもなく心に残ってしまう、秀逸なドラマになった

 コーネルウールリッチの原作を知らない。本気でさがしてないから、まだ見つからない。どういう作品なんだろう。どのくらいへだたりがあるのか、ムードは同じなのか?わからない。ただ「喪服のランデヴー」は、本格推理ドラマとしては、例えば「なんで路木悟史はあの4人の犯人をわかることができたのか?」語っていないので、欠けているのかもしれない(ヒントはあるけど、あれだけでは少ない)。

 しかし、このドラマの基調になるムードが、脚本も演出も、演じる役者も、そして映像も一貫している。そこが素晴らしいと思う。それを支える大きな軸が雅楽師・東儀秀樹による音楽だと思う。彼の音楽がなければ、ここまでの一貫性は得がたかったかもしれない。ドラマに寄り添うようにして流れる彼の音楽、そしてエンディングに流れるメインテーマ。これが、見終わった後も、深く、長く、心の中に残るのだ。離れないといってもいい。非情な切なさややりきれなさや、人間の業みたいなものまでも描いているような気がする

 婚約者、「一番愛する者」を突然奪われた男が、犯人4人に復讐する話である。直接4人の命を奪うのでなく、4人の「一番愛する者」を奪う事で、復讐しようとする話しだ。法で裁かれなかった者達へ、仇を討つ、ということは、現代の日本では許されていないし、許されることもまた、危険だと思う。新しい殺人は殺人である。吉岡秀隆演じる若い刑事が路木悟史に訴えたとおり、路木悟史の婚約者と同じに(すでに3話が終)、3人に復讐を果たし終えたのだが、つまり殺された3人の女性は「なぜ、自分が殺されなければならないのか」わからないまま殺されていった。なんの罪も無いのに。ただの殺人である。しかも、路木悟史は、やりとげるために、彼女達の心の中に「良い人物」として入り込んでいるのである。彼を愛した女もいた。愛する男の手で、自分を一番愛した男のやった犯行の仇で、殺されるとも知らずに死んでゆく。許される行為ではない

 美しく描くべきでもない。路木悟史の時計は婚約者が殺されて待ち合わせに来れなかったあの年の5月31日午後8時で、止まっている。今、冷酷な復讐を遂げようとしている男は、路木悟史が生きている理由、憎悪だけの殺人鬼である。彼の心に2人の路木悟史がいる。憎悪にまみれた路木悟史はまた、裁かれるべきである。彼の婚約者を殺した犯人と同じように。

 悲劇は、路木悟史が純粋すぎたこと?路木悟史が彼女を愛しすぎた事?路木悟史が待つ事に慣れすぎた事?他に誰も頼らずに生きてきて、仲間を持たなかった事?精神が破綻してしまった事?「一番愛する者を奪われる悲しみ、恐怖」それを味わわせる事でなく、ただ罪を償わせるために時間をかけ、待つ事が、できていれば。

 非人間的に、自分の地位や名誉や生活を守るために、関係無い人の命を奪っておいて、のうのうと生きている人間。しかも、地位や名誉があるからこそ、その犯行を隠匿できて。被害者の遺族はどれだけ償われても還らない命にどうしようもない葛藤をするのに、償いもせず、罪すら認めず。「どんな気持ちかわからせる」方法しか選べなかった路木悟史も同じ罪を重ねる。全ての犯行後、自殺を選んでも、それは償いにはならないのに。

 やりきれない思いが残る。最終回は意外な顛末を迎える。あえていうなら、報いと新たな悲劇との混沌の中、これが、せめてものせめてもの、奇跡的な幸福的幕。過去の恨みに生きた男の物語に、未来、という言葉が残されるのかもしれない。

 とにかく、東儀さんの音楽は、素晴らしい。このドラマは再々放送であるが、この間、ずっと私の心に余韻としてドラマを残してくれている。そして、藤木直人の好演が、キレイで誠実でいい人な路木悟史と、彼の清濁の「濁」の部分を内包したキレイな虚像が、自分の婚約者を殺した人間達の「一番愛する者」を自分に惹かれさせるという、一種、色気を感じさせることができた事とで、この復讐を可能にしてしまったといえるのではないだろうか。

 路木悟史を演じたことは、藤木直人にどういう影響をもたらしたか知ることは出来ない。ただ、「喪服のランデヴー」の成功の一端に、彼もいる。最終回は見逃さないで!!

 同じナゾの多いキャラでも路木悟史に比べれば、フサちゃんなんて、フサちゃん、フサちゃん、フサちゃーーん!!と、言ってられるだけ、見ていてとっても楽なのだ。妙に色気はあるから、キレイなだけじゃなさそうだけどね。

フジッキー話のはずが、ちょっと「喪服のランデヴー」は、力はいってしまった。


2002年01月28日(月) ミニ須賀ちゃんにめろめろかも

 「人にやさしく」タイトルの意図がいまひとつつかみきれない。そのまんまなんだろうけど、そのまんますぎて・・・。

 前(ぜん)ちゃん:香取慎吾 幼少時、両親に死に別れ、施設育ち。アウトドアショップで働く。オリジナル3ピースマークのトレーナーやボードを売ろうとしている。原宿の一軒家を買ってしまう。
 太朗ちゃん:松岡充 前の2期先輩。医者の親に見離され、大阪から東京に放り出された。バツイチ。司法浪人11年生。ブティックで働く。ルックスと物腰のよさから女性客のハートをつかむ。バツイチになった時、前に拾ってもらって、一緒に暮らしている。
 拳ちゃん:加藤浩次 前の4期先輩。借金のため父が蒸発、その後母に、親戚にあずけられ、ひどい目にあい、男は腕っ節、とやたらに乱暴者に育つ。借金をこさえて、前に拾われ同居。

 3人の住む「3ピース」家にある日突然100万円が落ちていた。持ってリッチ気分を味わって警察に届けようと約束したが、全員使い果たす。帰宅するとそこに小学生と思しき男の子が・・・それが、
 明:須賀健太 リッチな暮らしで慶応小学校に通っていたおぼっちゃまだが、父の会社の倒産で、借金まみれ、ついに母親が、「しばらくあずかってください」と彼を親戚に託したのだ。
 
 そう、あの100万円は、明の落し物、明をあずけるためのお金だった。使ってしまった気持ちから、今はこの家にいない、(当然だよね)親戚の引越し先をつきとめて、明を届けに行く。しかし、そんな義理はないと、薄情に断られる。頭に来た彼らは、明を自分たちでしばらくあずかることにする。

 この3人、なんの先輩後輩かというと、中学校の歴代ボス。原宿署に当時いた日向兄(陣内孝則)には、頭が上がらない。むしろ一目置いている。日向のはからいで施設ではなく、前たちと一応暮らせる事になったのだが、日向の心配は続く。
 なんてったって、この3人、常識の外、でも、一番人間的なところでもあるんだけど、そこで生きてるから、はめもはずす。行きつけのスポットは、オールつけ、でも悪びれず食いまくる。合コンもする。そのオーナー(?)が日向妹(りょう)。そこで働く女子、その友人が偶然、明の産休代行教師。このあたりをおりまぜながら、どやどやと毎回ストーリーは進んでいく。

 太朗ちゃんはSOPHIA、拳ちゃんは極楽トンボ。でも、2人ともいい芝居してる。特に太朗ちゃんの大阪弁が、私には、心地よい。役者としては、経験の長い前こと慎吾も慎吾ならではで前をイキイキとやってる。
 
 そして、明役のミニ須賀ちゃん。この子、毎回、「う゛――――っ」って、スッゴク悲しそうに泣くの。本泣きですかね。それがまた切ないわけで、そして、そのあとのきょとんとした顔。前たちになじんできて、はしゃぐ笑顔、どれをとってもベリーキュート。もう、めろめろざんす。こんな子欲しい!!
 今まで最年少アイドルは神木隆之介くんだったけど、不動と思いきや、やばい、ミニ須賀ちゃん、ちょっと女子の心を結構くすぐってると思うよ。再び言うけど、欲しいもん、この子。

 
 前たちも、親に捨てられたり、死別したり、家族が恋しいの。憧れてるの。だから、人一倍、明の気持ちに寄り添える。拳ちゃんは、「喧嘩が強い事」それが強さだと勘違いしてた。明が母に作ってもらったビーズのお守りをいじめで取り上げられた時、「ヨワッチイ」ってなじった。でも、ほんとは、自分に同じ過去があった。行方不明だった父はガンで幾日も持たない状態だった。「しけてやがる」そういった拳ちゃんに父は「こんなんでも俺は、闘ってるんだ。病気なんかに負けない。」瀕死の床で息子に訴える。苦しみもがき、拳の手を握って亡くなって行く。拳は気づく、「強い男って、意味俺間違ってた。喧嘩しなくてもいい。ただ、本当に大切なもの、それだけは、取り返せ!」取り返した明を褒めながら、拳は男泣きに泣く。

 クールで決めてる太朗ちゃんも、「やっぱり許せん」と、小学生の明をあずからない親戚に1人でタンカきりにいったり、出る気の無かった父母会に出て、「俺達は悪もやったけど、偽善なんか一度もやったことはない。明のことは、真剣や。」母に似た女性をおいかけてバイクにはねられかけて軽症を追ってから、ひきこもった明に「俺らは、ママをさがして来―へん。ママかて会いたいと思ってるけど、今一緒におっても辛い目にあわすだけやから、あずけたんや。わかるやろ?待ってるしかないねん。」と、語る。明は、事故後初めて口を聞く。「知ってるよ。ママを探して欲しいんじゃなくて、僕は元気だって、伝えたかった。」と、本心を話す。素直になれたのか、明の夜尿症も止まる。太朗ちゃんは、自分たちより施設の方が明のため?と、事故の時考えたが、それは、誤りだと、明との生活は、これでええんや。と、気づく。

 前は、善人すぎて、ちょっと鈍感なとこもある。明を楽しませようと必死で、明の笑顔の表しか見ない。本当は不安定だった事に気づかない自分を反省する。でも、太朗ちゃんがきっかけで明の本心を聞いた今、できることは?前流に考えて、公園に大きな看板をつるす。明の似顔絵と「パパ、ママ、ぼくは元気だよ。ずっと、ずーっと待ってるよ」
 明とすごすことで、この3人も疑似家族の中、成長していく、っていう物語かな?でもさ、でもさ、あの看板、違法じゃないの?すぐ撤去されちゃうんじゃないの?書いたことに意味があるとは言え、せっかくなのに。・・・・

 今週から、当番制の中に明もはいってきて、お洗濯もできるようになりますます同居になじんできました、明くん。でも、来週もまた、泣くんだろうな。

追記:ミニ須賀ちゃんにめろめろだけど、この番組、おいしいとこがもうひとつ。なんと拳ちゃんの友達のおかま(ゲイ?)カップルに、なんと第三舞台の京晋佑とサードステージの高橋拓自が!!京ちゃん、なんてオカマも似合うの!いいわ、素敵。

追記2:今日の父母会で、いやなPTAをやってたのは、山崎一。うーん、いじわるな役だったけど、うまいから嫌なやつだったけど、でも素敵。


2002年01月27日(日) きゃー、きゃー初春ドラマが始まっちゃってるよ!!

 もさもさ、している間にもう初春ドラマも始まって3話くらい終っていますね。だいたい見ようかな?と、思っていたドラマ、全部見ています。結構すごいことになってるかも。
 じゃあ、今更ですけど、ずらずらっと、月曜日から並べてみよう。まだ間に合う!ドラマ傾向と対策!←ま、好みだからね。(弱気)だって、やっぱ、本来は1話から見たいよね。春ドラは、早めに書きます。絶対。・・・ウソ、絶対は、言わないで置こう。(弱気)


「人にやさしく」フジ系:月9らしくないね。タイトル、ぴん!とこなくて、慎吾くんに騙されたと思って見てみたら、これ、いいよ、かなりいい。騙されてない。結構、楽しくて、羨ましくて、うるうるってくる。マニアックなポントあり。
■ 「ギンザの恋」日テレ系:月10:トータス松本主演。エンディング、ウルフルズ。BGMはベイシティローラーズ♪♪字幕が出るのもあり、海外ドラマ「アリーmyラブ」のぱくりでは?との、声も。スマスマが裏なので視聴率は悪いらしい。
「初体験」フジ系:火9:こっちが月9っぽい。藤木直人がぶっきらぼうな、フサちゃん。かつて小学校で半年一緒だった、水野美紀、篠原涼子、坂井真紀らと再会。オダジョーも出てるよ。八嶋智人もね。
「喪服のランデブー」NHKドラマDモード:火11再再放送:藤木直人、の静かな切ない姿が見れます。脇が吉田日出子たちですごい。音楽は雅楽師・東儀秀樹。このドラマの全体のムード、切なさや無常観は、音楽によるところが大きい。
「恋するトップレディ」フジ系:火10:勘当されてた中谷美紀が亡き父の後を継ぎ、市長になってしまう。奥菜恵、長野里美が出てるんだけど。柳葉、顔に力入りすぎ。もう、見るの止めた。
「ロング・ラブレター〜漂流教室」フジ系:水9:楳図かずおの原作みたいに怖くは無いらしい。なかなか、CGに力を入れていて、予算度外視らしい。窪塚洋介は、なんかやっぱ引き込まれる。常盤ちゃん、山下智久、山下に気がありそうな女子高生は、「カバチタレ!」メンバー。
「京都迷宮案内」テレ朝系:木8:シリーズ第4弾。京都の地元新聞の記者、杉浦(橋爪功)が、さすがの演技。
「婚外恋愛」テレ朝系:木9:堺雅人、原田龍二、根津甚八、宮迫という男性陣。「結婚」したから、もう安心てことは全然ないし、「結婚」したらもう恋しちゃいけないってこともタブーじゃなくなってきてる。でも、それなら結婚て?ちょっと不思議なドラマ。釈ちゃんが天然活かして、結構はまってるかも。
「恋ノチカラ」フジ系:木10:深津ちゃん、堤真一&矢田亜希子と、西村雅彦「やまとなでしこ」メンバー+、坂口憲二にちょっと押されギミ?(役まわりとして)主題歌、小田和正「キラキラ」これ聞くと、なんか出来そうな気がする。「恋の力」でなく、「小田の力」?
「逃亡」NHK金曜時代劇:原作・松本清張、演出・市川崑。無実の罪を着せられ、牢獄入りした上川隆也。陥れた上、執拗に追う宅間伸。何かがしっくりこないけど、目は離せないかも。浅丘ルリ子、ナゾの女の登場で、宅間の個人的恨みだけでは、事件は終らなさそう。
「木更津キャッツアイ」TBS系:金10:突然、ガンで余命半年と言われた、V6岡田くん、残り時間を元野球部メンバーと、「キャッツアイ」よろしく、ちょっとした泥棒稼業を働く。完全無計画主義。現金化し、現在の野球部に道具を届ける。阿部サダヲ、古田新太、岡田義徳、小日向文世と芸達者が集まる。脚本は〜〜〜!我らがくどかん!!
「TRICK2」テレ朝系:関西は土・深夜:阿部寛と仲間由紀恵の絶妙なくだらないかけあいがみごと。このかみあわなさが、世界を構築しているのかも。見たら、はまるね。
「利家とまつ」NHK大河ドラマ:唐沢寿明、山口祐一郎、etc.役者の宝庫なので、見ている、珍しく。これ最後まで見たら、毛利元就以来、2こめ。でも、いつも文句言いながら見てる。そのほとんどは、反町。だって、聞き取れないんだもん台詞。あとは、諸々。

 ま、そんな感じ。「水戸黄門」「はみだし刑事情熱系」なんかも時々見る。「サラリーマン金太郎3」は、勝村くんと森口瑶子が出てるのでちょっと見た。そうか、金太郎も、情に勝てずに森口と・・・・。あらら。

 海外ドラマは、スカパー入ってないんで、とにかくBSと関西ローカルで放映されてるものの中から。水曜、BS「チャームド」再放送、毎日放送「エド」、ABCテレビ「フレンズ3」←この2つは、時間がかぶる。金曜日の「アリーmyラブ」は、はずせない。土曜日がまた忙しくてNHK「ロズウェル」「ダーマ&グレッグ」でも、「D&G」は、そろそろ終るみたい、残念。日曜の「Xファイル」は、覚えてれば見る程度。

 アニメは、今まじで見てるのは「名探偵コナン」これは大好き。
 他は、バラエティとか、単発2時間ドラマとか、色々だぁね。

 ということで、堺、フジッキーファンだけど、今期、はずせないのは、見逃したら、悔しいのは「人にやさしく」「ロング・ラブレター」「木更津キャッツアイ」「TRICK2」ってとこです。

  皆様はいかが?


2002年01月26日(土) 超人じじぃ@「VIDOQ」

 久し振り、半年振りに映画館に行った。こんなペースじゃいかんのぉ。

 今日は彼女とデート。どきどき初映画である。「VIDOQ」を観ることにしたものの、彼女の許容範囲内であろうか、心配。だって、ホラー怖いって言ってたし。でも一応、謎解きもの。しかも中世の雰囲気がたっぷり、撮影方法もかなりデジタルとか・・・詳しい事は知らないけど。

  出だし、なんか、「デリカテッセン」という、奇妙な映画を思い出した。そんな色使い。

  謎解きだけに、色々言うと、ネタバレになるけど、面白かった。フランス、1830年。政治が安定せず、街のあちこちで狂気がうずまいているような。そんな時代、実在した男、VIDOQ。彼は自分でも伝記を残しているらしいが、彼のあまりの人生の数奇さに、人々が伝記的要素を取り入れながら、創作した部分もあって、実際以上に、語り継がれている。フランスでは現代でも有名人らしい。

  VIDOQは、もともとは、犯罪者。脱獄を繰り返し、犯罪を繰り返す。しかし、あまり犯罪学に詳しいため、警察側が彼を取り込んだ。犯罪者仲間には裏切り者と呼ぶものもいたが、裏の裏まで知り尽くしている彼は、功績を上げる。その後、警察の仕事を(政治が変わったからだっけ?)辞めてからは、探偵を生業とした。彼が、実在の、職業探偵1号らしい。

  この映画では、落雷によって同時に2人の男が焼死することから事件が始まるのだが、当のヴィドックは、やっとしっぽをつかまえた犯人と格闘の末死亡する。相棒のニミエは、自分さえ一緒にいればと、くやむ。そこへ、伝記作家で、ヴィドックにアポイントメントをとってあったというエチエンヌという若者が現れる。彼の希望は、このヴィドックの死の真相を突き止め、真犯人をつかまえ、ヴィドックに報いる事、そして、彼の伝記を、その事件も含め、完成させる事だという。

 徐々に事件について知っている人間を芋づる式にあたっていき、真相に近づきつつあるエチエンヌ。鏡の顔を持つ錬金術師が犯人である。彼の鏡に映った人間は全て必ず死ぬと言う。
 このエチエンヌの道のりは、ヴィドックの後を追うものである。だから、映画では、エチエンヌが証人に辿り着くと、その話は、ヴィドックが実際そうしたであろうという映像で語られる。真相にせまり、ヴィドックは鏡の錬金術師の秘密をつきとめる。このシーンは思わず、彼女も私も目を背けてしまいました。しかし、それ以外は、目を覆いたくなる一瞬もあるものの、映画の気分を壊さない程度に「つくりもの、つくりもの」と言い聞かせて、目を背けずにすむようにしました。結構、面白いものです。
 特にヴィドックと鏡の錬金術師の戦いシーン。おいおい、ヴィドック、一体何歳やねん。結構、おじいさんじゃないか?いくら、手練の犯罪学者で、実際に、犯行を重ねてきて、頭脳だけでなく、実技も経験済みとはいえ、おいおい、鏡の錬金術師の動きは、まるで早送りの曲芸武道である。未来の物語での戦闘シーンのような、機敏と言う言葉では足りない動き。しかし、老人に近い年齢であるだろう、ヴィドックは、それについていけるのだ。すごい、すごすぎる。超人じじぃだ!
 例えば、中国や香港映画のカンフーの達人は、老人だったりする。しかし、気孔などを利用しているので、比較的、緩やかな動きで相手の力を逆に利用する事で、勝つ。そんな感じ?でも、ヴィドックは違う。君はダースベーダーか?ごろごろ、敵地で高い階段から転げ落ちようと、すくっと立ち上がり再び闘う。もしくは、今、地上にいて、屋上にいる犯人のところまで、あっという間にかけあがり、また丸屋根と普通の屋根のはざまとか、ややこしい、地上6階くらい?のところでばしばし機敏に動く。まさに、超人じじぃである。すごいっ!

 さて、鏡の錬金術師のナゾとはいかに?あぁ、なるほど、という闘いと、え?そうやったん?という探偵小説にありがちなどんでんがえし?があり、謎解きものとして、単純に楽しめるし、フランスの街の風景や、空やなんかの描き方が美しい。映像は時々、めまいしそうなとこもあったけど、とにもかくにも、ヴィドック、超人じじぃ様のおかげで笑ったりもして、面白かった。

 昔はもっと行ってたんだから、映画館にもいってみよう。高くなった!って行かなくなったけど、レディースデイなら1000円だし。マイナー映画も結構単館で見れるし。(期間が短いのが難点)お芝居もだけど、映画はせっかくだからテレビより大きい画面で見た方がいいよね。


2002年01月25日(金) 夢の続きをみさせて欲しい

 いいなぁ。アリーはBGMつきで夢を見るのか。羨ましいかも。でも、悲しい夢は、辛いね。ほんとリアルになると思う。現実にBGMがあるわけじゃないけど。私、どう?BGMありかな?思い出せないけど、とにかくリアルな夢は、一日を左右する。幸せな夢は、続きを見たいよ。そしてその余韻を楽しみたい。よって寝直す。そして悲しい夢の場合、もちろん、そのままの続きはいらない。でも、夢の世界に戻って、続きが変えられるなら、寝直す。起きても、悲しいし・・・。多分、甘えてるだけなんだけど、だって、夢の中くらい幸せでいたいじゃない。不安なく、いたいじゃない。

 しかし、アリーは幸せ者。っていうかラリーって懐が深いのか、深く考えないのか。いきなり、「夢の中で私を置手紙だけで捨てたから」って、「ブタ!ブタ!ブタ!」って・・・男尊女卑のビリーの話を知ってるから、腑におちなくても、「ブタ!」と言うアリーはあんまり意味がない、ただ当たりたいだけどわかって激しく激昂しないのかな?いらつきモード全開のおこちゃまアリーに、あきれつつ、彼女の一風変わったところを意外に力入れずに、理不尽でも、受け入れたりして。上布団をはがれた、ひざこぞうが悲しげ・・・・。ただ、たんに寝起きにふいをつかれて、さすが、言いくるめの天才ラリーもなすすべもなかったの?

 タイトルは「涙の決断」・・・新聞で見て、誰?何、決断するの?事前情報皆無で望んでいるので、わからない。オープニングタイトル後「Hats off to Larry」・・あぁ、そう、アリーが決断するのか。え?原題の意味なんだろ。「ラリーにはしゃっぽをぬぐべき?」「賞賛と感嘆をラリー(との出会い)に。」「今までありがとう、ラリー。あなたは特別な人だった。」・・・の中に正解、に近いものある?


 今日、お友達と映画を観てきました。面白かった。久し振りの映画館も楽しかったけれど、いっぱいお話して、楽しかった。家路に着くと、見上げれば空に月。満月じゃないけどキレイ。雲間にオリオン座、輝いてる。あぁ、こういう時に口をつく歌のうちの楽しい時用、「月がとっても青いから」を歌い、空を見上げへらへら歩く私。ほっぺたに当たる風が冷たくても、わざと白い息、吐き出したりして、「おぉ白い。」当り前だけど、なんか嬉しくて歩く。

 「2人きりで、さぁ〜帰ろう♪」1人だけど、まぁいいやん。へらへら帰る。不審である?

 登場は、こましゃくれた子供、サム。パパの息子だけある?でも、意外にアリーと仲良く過してたね。「パフ」を歌うアリーに「この歌は嫌い」という。そうそう、魔法のドラゴンは、仲良しの男の子が成長してしまうと遊びにきてくれなくなるんだよね、最後。可愛い曲に騙されてはいけない。「パパとは、寂しいとか、感情の話がうまくできない。パパは、すぐに楽しみをみつけてくれて、それで帳消しになったと思って忘れる天才。」

 困るよね、アリー。ママとパパが必要だからって、夫婦としてはうまくいかなくても、子供のために暮らすのもウソっぽいけど。だからって、大人の都合を優先して、子供に我慢しなさいっていうのも「甘えてんじゃないよ!」なんで、子供が遠慮して我慢なのさ。増してや、パパもサムが大切。いられるのなら、そばに居たいみたい。ママとパパは一緒に住めなくても、喧嘩しない程度に遠くない、サムはママにもパパにも会える距離で居てもらえるもんなら、いて欲しい。それがベストだと考えちゃうよね。
 アリーの存在を認めてるってことは、ママとパパがもう一度結婚してくれなくては嫌、とまでは、思ってないみたい。多分、喧嘩見るのは嫌だし。ただ、パパ、デトロイトに住んで欲しい。

 先のねたばれは知らない。あとラリー役のロバートが何回出演できているのか、知らないようにしてる。でも、事が事だったので、降板することは知っている。だから、アリーが、ラリーにめろめろで、めろめろすぎて速攻でない仕事は後回しにして(おそらく)恋の悩みのためだけに生活してて、時には子供みたいにあたりちらして、自分で振りまわりっぱなし。「疲れるやろ?アリー」ってくらいにさ。でも最終的には、ぬるい幸せを「この人だ」って思える人と出会えて、相手もそう思っていて、今くらい、幸せを満喫しなさい。思ったこともなんでもぶつけて、思い切り、大好きな気持ちをぶつけなさい。幸せなんて心のもちようだけど、こんな幸せは、滅多にないんだから。

 そう思ってたけど、あっというまにやってきた。お約束の上手くいきかけると、お別れ。最初は驚いて、だんだん、サム親子の絆を大切にするべきだと判断して、でも、感情は、ラリーと離れるなんて考えられなくて。アリーのぴりぴりした痛みが、ピリピリ伝わってくる。感情移入しすぎ?でも、痛くて痛くて。「また独りぼっち」切なさが痛い。
 「必ず帰ってくる。もしくは君を呼ぶ。」そういうラリーにアリーは、「待ってる。」「喜んでついていく。」と答える。どちらもどのくらいそれが真実になるか、どう考えているんだろう?アリーの表情は、既に、信じてるけどそれは、必ずではない事もあることを知ってるようだった。最後の抱擁かもしれない。

 「君は頭で歌を鳴らせられるね」皮肉にもバーではアリーのテーマソング「Tell Him」が。行かないでって、言ってみれば?素直になれってこと?とか、アリー思ったかな?結局アリーは、送り出し、家路を一人歩く。ラリーの作ってくれた(?)歌を頭で鳴らしながら。「帰りに君と会えそうだ。」もう、会えるわけないのに・・・。本当にこの歌を鳴らしていれば、いつか会える?毎日、会えそうな気がするって、鳴らしながら家路を歩くの?

 しかも、家につくと、驚いた事にゆきだるまが、ラリーの服着て待ってるよ。「I’LL BE BACK!」置手紙(メモ)を残して。だめじゃん。夢だと置手紙だけだよ。アリー、また「いつか」を夢見て待ってしまうことない?ビリーの時みたいに。もしいい男がクライアントで来ても、検事や判事や、街で誰かと出会っても。心の底でラリーを待ってしまわない?そんな置手紙。アリー好みの。ずるいよ、ラリー。

 荷造りの時も、去り際も、アリーはじわじわ泣きたい涙を我慢してたみたいに見えた。もう一つの私の家路ソング「上を向いて歩こう」を処方したくなったよ。あぁ、ぴりぴりぴりぴり、また、この痛み。しかも、何度目でも慣れない、段々強くなるかも。ブラウン管のこっちも痛い。バーから出てきたアリーはキレイだったけど。

 この手放しで幸せだった短い日々の、夢のような日々の続きは、夢でみるしかないの?


2002年01月24日(木) 歌舞伎に行ってみませんか?

 歌舞伎、観に行った事ありますか?テレビで観たことありますか?歌舞伎役者と呼ばれる役者さんを知っていますか?

★もっちゃんと歌舞伎の出会い★1stインパクト
 本当ははっきり覚えていない。だけど最初の印象としてすごく残っているのは、坂東玉三郎丈の「桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)」。物語とか全然記憶に残っていないんだけれど、お姫様を演じる玉三郎さんの美しさと、書割(かきわり・絵で書いた背景セット)で、できてるとは思えない、美しい舞台装置に衝撃を受けた。「こんなあでやかな世界があるんだ!!」
 新橋演舞場では、おりしも片岡孝夫(当時)(現片岡仁左衛門)と玉三郎孝玉コンビが新派に出演。いくつかの泉鏡花作品はテレビでも放映された。写実的な世界では、歌舞伎の時代物や廓物のような派手なあでやかさはない。しかし、女形の女性にはいないんじゃないかと思う程の物腰のよさ、そして孝夫の粋、格好よさがかえって浮き彫りにされ、惚れ惚れした。物語は切なかったりするのだけれど、この2人の「天上人」的存在との出会いがなければ、歌舞伎に心酔することはなかったかもしれない。(天上人=好きな俳優さん多けれど別格ってことの大げさ表現、現実の世界に生きている人とは思えない美しさを現す、わたくし的表現)

★もっちゃん、はじめて南座で歌舞伎を観る★2ndインパクト
 おりしもスーパー歌舞伎として今は人気を誇るおもだかやさん(屋号です)、市川猿之助ひきいる「ヤマトタケル」を幸運にも観る事が出来た。「歌舞伎」とは、歌と舞いと技であり、いわゆる、日本のミュージカルかオペラのようなものである。しかし「歌舞伎」は当て字。目立ちたがりの人間が、世間をあっといわせることをやる破天荒な様子を「傾く(かぶく)」と言い、四条河原で踊りだしたものたちを「傾き者」といったことかららしい。であるから、スーパー歌舞伎が、いわゆる古典歌舞伎、現在では「大歌舞伎」と銘打って打たれる公演と区別化されるけれど、古典の継承をしつつ、新しいものへの挑戦、宙乗りや、後に京劇との融合など、「かぶく」精神の強いものである限り、充分歌舞伎、まさに歌舞伎の真髄とすら言えるかも。そして私は『ヤマトタケル』で、早替わりを得意とする若手女形の星(当時)、中村児太郎(当時)(現中村福助)を手の届かぬ天上人・玉三郎に次ぐ人物になるのではないかと期待して、幾つかの作品を見ることになる。(現時点では、玉三郎に次ぐ人物というのは見当たらなくて、若手では市川笑三郎丈がそうなればいいな、と応援している)

★もっちゃん、ちょっとづつ歌舞伎を観れる経済力をもつ★
 ようやく就職し、ちょっと潤ったので、歌舞伎を観れるようになった(気軽というには、やっぱり高いけど)。東京では歌舞伎座で毎月やってるし、国立劇場や、浅草でも、歌舞伎は観られる。しかし、関西は当時、南座の顔見世がメインイベントであとは中座で夏歌舞伎。孝夫の父である、13代仁左衛門は、この南座を愛し、関西での歌舞伎の復興を願った役者である。晩年はほぼ視力を失ったが、初役に挑んだり、親子4人で顔見世興行を勤めたりした。私にとって松嶋屋さんの引力も相当である。(ちなみに歌舞伎座だけであった一幕見。これが博多座やたまぁーに大阪松竹座にもできた。歌舞伎座に行ける人は、おいしいですよ。当日並びでしかも3階の一番後ろに立ち席だけど、安いのよ。雰囲気を味わいたい人、何回も見たい人などが利用しています。)

★もっちゃん、ついにダーリンに出会う★3rdインパクト
 はっきりいって、何で気がつかなかったんだろう。今までもきっと観ているはずなのに。今はない大阪道頓堀の中座。ここで「関西歌舞伎を愛する会」という公演が7月に行われていた。主に若手(といっても年齢的には中堅か)の公演。これに孝夫が出るというので行った。「荒川の佐吉」である。もちろん、孝夫が佐吉親分。これもまた、中々に切ない物語である。佐吉の舎弟のような大工がいる。これが坂東八十助(当時)(現十代目坂東三五郎)だった。松嶋屋さんを観に行ったはずなのに、私の目はこの期待の大和屋さんに釘付けになってしまった。彼は、中村勘九郎と同年で仲良し。しかし、どうも彼は勘九郎のようにぱっとアピールするものに欠ける(あぁ、そうです、言いたかないけど、よく言う「華がない」ってやつかもしれません、でも現実にきちんと彼を見つめてればそんなことないんだけどね)。その上、小さい。彼自身、自分の(ふさわしいというか、身の丈にあった役、彼こそはという役のことをこういうらしい)を「まぁ、このくらいかな?」と考えその中でできる事を精一杯やるというふうであったらしい。松竹としても客の取れる人の中には入ってないのか、華やかな大役は、なかなかまわってこない(それで配役がまんねりになるので考えてほしいんだけど)。父の九代三津五郎(故人)という人しか実物の歴代三津五郎は見ていない。とても脇が上手い役者であった。どうも新三津五郎もその路線なのか・・・。
 しかし、彼は、継ぐべき日本舞踊の流派を持つ身。日舞の美しさ、正確さ、色気、解釈、指導、全て歌舞伎界でも、その上手さには定評がある。そして、声。口跡というが、声良し、台詞回し良し、役によっての間、良し。何より、仁にあわないからとあきらめていた役ですら、チャンスが巡ってきた時には彼はこなすのだ。大きく見せる技をもっている。そして何より努力、研究。声良し、踊り良し、姿良し、三拍子揃った八十助との出会いが、私の歌舞伎ライフを大きく前進させた。

★ミーハーでいいのだ★
 八十助はもちろん、他の役者さんもおっしゃいます。歌舞伎は最初の作品が肝心と。でも、もし退屈だったり、役者の好みのあわないものにぶつかっても、もう1度違うものでトライして欲しい。歌舞伎には色々なジャンルがある。荒事は嫌いでも和事は好きな方もいらっしゃるかも。反対もしかり。
 とにかく1度劇場へ足を運んでみてください。そして、何より一番いいのは、贔屓の役者を見つけること、これが歌舞伎への大きな一歩だと。かくいう私もその一人、八十助見たさに歌舞伎を見る。そうして、その人を見ていくうちに、作品の数も増え、知っている役者も増え、もう、あなたは歌舞伎のとりこになるかもしれません。
  
★堅苦しくないのだ★  
 さっき、スーパー歌舞伎が革新的って言ったけど、歌舞伎界全体が少しづつ変わってきている気がする。古典を継承しながら、無難な演目にかたよりがちな中、埋もれている作品を掘り出したり、彼らの世代で後に残るスタンダードを作りたいという考えがあったり、他の演劇とのコラボレーションも試みられている。
  
 普通の舞台と違って、全員揃うのはほぼリハーサルしかない。演出家そのものはいなくて、先輩の役者、座頭格の役者が狂言方というスタッフと舞台監督をする感じですか?(明治以降の作品には演出がつくこともある)先達の芸を常日頃盗み、日頃から稽古し、役が当たったら研究し、自分でもってくるの。すごいね。歌舞伎座などは、毎月公演。だいたい25,6日に千秋楽。翌月の初日は2日が多い。この4,5日の間に形にするためには、個々の練磨と、スタッフの情熱と、下座音楽や浄瑠璃方との息を、その期間であわせるまさにプロフェッショナルな仕事なのです!!
 なのだけれど・・・その人たちが、さらに・・・色々やるんですよ。基本が出来てる人たちがやるから、おもしろい、はず。例えば、串田和美と勘九郎による平成中村座。野田秀樹による歌舞伎座における演出。昨年は、そういうのがありましたよ。「はず」なのは、江戸まで観に行けなかったんだっ!私は!そういうのがきっかけでもよござんす。1度、歌舞伎に行ってみませんか?もう、私など、チョーン!というキの音が入った途端に、ぴりっとして、下座音楽が聞こえてくると、なぜか血湧き、肉踊る!ある意味ラテン聞いてるみたいになります。もう、全然堅苦しく考える必要なんて無いの。物語はパンフレット(江戸は「筋書」上方は「番附け」)に書いてあるし、ただあざやかな世界を味わってみてください。

 時代物(鎌倉時代とかの武士の世界とかね)は、理不尽な世界で、受け入れがたいかもしれない。でも、昔の日本の考えを知ることができたり、だからこそ今の世の中が良く思えたり、さらに今の不条理を考えたり・・・。江戸時代、世相を反映した「仮名手本忠臣蔵」や、「心中物」が、すぐ作られ、上演されたということは、現代の映画やドラマで社会を揶揄したものをつくっているのとなんらかわりはないしね。だいたい、衣装が豪華でセットも華やか。それだけで観る価値あり(歌舞伎役者は体力あるよー。衣装とかつら、ごっつ重いから・・・花魁とかだと、女子1人分くらいあるからね)。
 世話物には、落語から題材を得たものも多く、今にも通じるホロリとくるいいお話や、狂言から題材を得た、ただただ楽しいお話もある。舞踊は、色々だけど私なんて、最初観たら全然わからない。ストーリー、先に読んでおかないと。でもいいの、美しいから。とか、役者の身体の強靭さとかしなやかさとかやわらかさとか観れるし。
 テレビも映画もない時代、回り舞台も日本人が考え出したし、途中で止まって見得をするのは、ストップモーション。色々な舞台の手法もだんだんに楽しめる。(ルールっていうか、歌舞伎を見るための文法?)

 幕間にお弁当を食べながら、いろいろな世界が半日で楽しめる。もう、とにかく超エンターテイメント!!だから、チャンスがあったら挑戦してみませんか?
  どちらにしても、もし少しでも興味があるなら、玉三郎は見ておかないと!!彼は、ここ数十年、まれにみる珠玉の不世出の名女形だからね。もったいないよ。

 もっちゃんの勝手に好き好き歌舞伎役者。
坂東三津五郎。坂東玉三郎。片岡仁左衛門。中村時蔵。中村勘九郎。片岡英太郎。片岡愛之助。上村吉弥。市川新之助。中村芝雀。中村吉右衛門。市川猿之助。市川笑三郎。市川団治郎。(順不同)他、多数。


2002年01月23日(水) あ!今日は・・・

確か、十代目坂東三津五郎丈のお誕生日ではないかいなぁ。

いまだにやそ様と言ってしまう(襲名前は八十助丈でした)歌舞伎界のマイダーリン♪
おめでとうございまする。

あぁ、踊り良し、姿良し、口跡良し(声・台詞まわし等)素敵なのに、ナゼカ地味な扱い。ガタイは大きくないが計算され、訓練された基礎のしっかりした演技力がそれをカバーする。色気もある。華が無いなんて言わせたくな〜い!

ますます精進されて、十代らしい三津五郎になられるでしょう。それを支えるためのご健康をお祈りいたします。

@携帯


2002年01月06日(日) 「神戸発、尾道まで」

 これって、ノンフィクションのテレビ化なんだってね。道路公団に勤めてる人って大変なんだね。考えればわかることだけど、この橋を造りましょう。この道を造りましょう。できました。じゃ、次こっちです、あっちです。建設省は、一応、管区ってのがあって、全国規模の人事異動っていうのはなくて、その管区内ならしいですけど、道路公団もそう?っていうか、道路公団て、西日本とかJRみたいにわかれてるんだっけ?世間のことをよく知らないわたくしでございます。

 明石大橋を造っていて、完成して、次は尾道だ!ってことになって、家族が引っ越すのは困るなぁ、ってことになって。子供が大きくなると学校のコミュニティとかあるもんね。で、なんか、妻の母とは同居だったんだけど、一人暮らししていた自分の父親が、そこでボヤ騒ぎをしてしまったらしくて、一緒に住むことにもなって。んー、これはどうするかな?ってじゃ、橋ができるまで単身赴任しますって決意するわけ。できるだけ、休日には戻るからねって。でも、休日って体を休めるためにも必要なわけで、毎週帰って、そりゃ、子供と遊べたり家族の中にいられるっていうのは、リラックスするだろうけれども、ずっといない夫、子供からしたら父、親からしたら息子が帰ってくるわけだから、問題とかが待ち構えていたりして、結構ストレスにもなるわけで。もちろん、普段の尾道での生活も、ずっと家族といた夫には慣れるものでもなく、その生活自体が彼にはストレスでもあったのね。簡単に言えば、寂しい、みたいな。虚しいとか。

 もちろん、仕事には誇りをもっているし、人によっては、尾道という場所で数年暮らせることを楽しみにできる人もいると思う。で、帰宅できる時に帰宅して、家族と時間をすごして。離れていることが、あまり苦でないバランスの人っていると思うのね。で、それは単身赴任してる側だけがそうでは成り立たなくて、待ってるっていうか、同じ生活圏で暮らしつづける側もそういう感覚の人でないとうまくはもちろんいかなくて。私は出る側にはなったことはないけれど、すごい寒いとことか、すごい不便なとことか、危険極まりないとことかでなければ、数年て決まっていて、時々変えれる場所があるなら、そういうのもいいかなぁとか思ったりする。で、反対にこっちで過す人間としても、一緒に住んでて居るのか居ないのかっていうか、家に居ないって言う意味じゃなくて、家に居るのに居るのか居ないのかみたいな人だったら、いっそ、離れてて、元気なことが電話とかあ、今ならメールとかね、手段あるわけだし、そういうことがわかれば、数年くらい離れてて時々帰ってくる、なかなか会えないけど、思いあってるっていうのは成り立つタイプの人じゃないかなとか思ったりしている。あ、もちろん、その居るのか居ないのかって人だったら、一緒に住む意味もないし、単身赴任するのに待ってる意味もないから、論外だけど。

 数年、という限りがあるということと、時々それでも会えるとか、それ以外の間も連絡をとる手段があるっていうのならば、ちょっと離れてるくらいのほうがいいっていうか、こうなんていうんだろう。気持ちの問題だよね。気持ちが繋がってるって信じられれば、なんとかなるかな、とか考えた。これが一番難しいし。実際の生活は、このドラマみたいに、今居てほしいんだよぉ、ってこととか今決めなくちゃなんだよぉ、ってこととかあって、暮らすってことは難しいことなんだろうけど、とにかくこの夫婦は単身赴任をやめて、神戸から尾道まで新幹線と在来線を使って通うことを決めた。それが一番家族のみんなの負担が少ないからってことで。離れてしばらく過すことも、遠いとこまで時間掛けて通勤することも(平日はだから子供にほとんど会えない)どちらを選ぶにしても、家族の結びつき方が、しっかりしていて、気持ちがどっちの方向を向いているか、ちゃんと話し合えて、って、そういうことができるってことがいいんだなぁって。思った。もちろん、で、尾道終った後、どこだったんだろう?ってオチを期待してしまったいけない私ですが・・・。

 生瀬さんと南果歩さんの夫婦がとても良かったです。


2002年01月05日(土) 「忠臣蔵1/47」と「愛と青春の宝塚1/2」

 結構、期待していた部分と全然期待していなかった部分がありました。逆かな?期待していなかった部分、特に「忠臣蔵1/47」には世間の注目が集まりすぎていて、私はそういう意味では期待をしていなかった。そして、だから結構いい加減に見てしまった。あぁ、期待していなかったのに観たっていうのは、結局はどうなの?っていうのを確かめたかったのと、井上由美子さんの書く「忠臣蔵」を見てみたかったこと、そして大石が佐藤浩市だってことかな?そして「愛と青春の宝塚」は実は宝塚には観るとはまる!っていう体質(これ、わかる人にはすごいわかると思う、もう、これ体質ね)なもので観たかった。でも、キャストが好きとは言え、木村佳乃ちゃんと、踊れるとはいえ、米倉って・・・。しかも、観たかったのに1日目観てないから、よくわかっていない。(ということで1/2ね)

 でも、いくつか、注目すべき点というか、もちろん私にとってだけれど、あったので、書いたりする。

「忠臣蔵」って、実はよく知らない。職場の旅行で赤穂まで行ったけど、でも、赤穂のお塩買って帰ってきただけの人だから。もちろんドラマ観てて、なんか屋敷の雰囲気とか記憶に残ってるのが、あぁあそこであったんだなぁ、なんて思ったりするんだけど。「忠臣蔵」って忠義ものだから?ほんとにそれだけの理由なのかな?どうして日本人は「忠臣蔵」がこれほど好きなんだろう。っていうか、それは作り手が視聴率取れるから毎年やるから?どちらにしても、私は史実としての「忠臣蔵」を知らない。もっとNHKの「そのとき歴史はかわった」とかそういうのを見るべきだと思う。映画もドラマもそう観てないのね。12時間ドラマとかって、気力続かないし。こないだの大河「百花繚乱」は違う角度から描いていたし、歌舞伎役者が結構出ていたので観ているはずだったんだけど、挫折したし・・・。私の「忠臣蔵」の知識は歌舞伎です。「仮名手本忠臣蔵」だから大石は大星由良之助。しかも有名な段しかやらないから、通しで観た事ないし・・・。いい加減なものである。ノンフィクションを脚色したものをさらに見世物として成功させるために(というか、ばりわかりでも直接それとわからないようにしないと、当時歌舞伎にかけられなかったので、挿話が入ったリしてるのね)変化して定着したものが、それでも一番知ってる形。だから、物語自体にとやかくいえない。かつて大石をやった役者は数々あれど、あれはどうだった、それに比べて佐藤浩市は?なんて言える筈もないのである。もっと言ってしまえば、私にとっては「仮名手本忠臣蔵」の大星を当代片岡仁左衛門がやるのが一番好きなのだから。

 堀部安兵衛という人物は、喧嘩安兵衛として有名だよね。高田馬場の弁士つき白黒無声映画見たことある。

 おこうこを食べるシーンがね、ぐっとくるところなんだろうけど、なんか、違うんちゃう?と思った。なんでかね?ふかっちゃんは良かったと思うけど。噛み砕く音があまりに大きすぎたのか?エフェクトとして、それでぐっとこなかったとか?っていうか、木村拓哉の食べ方なんだよね。あとで着物なりの歩き方とかいう話もするけど、同じモノを食べるにも、役なりの食べ方があると思うんだ。
そうね、安兵衛は「死に方が重要」と思っていたけれど「どう生きたかが大切」と知っていく。また、他に「仇討ちも、人殺しは人殺し」とか「生き続けることは恥ではない。先に未練を残すことこそが残されて生き続けることが辛い」とか、ちょっとちゃんと覚えてないけど、いいセリフはあったけどね。
あとね、安兵衛の大石に対する思いがはっきりしない。あえてそうなのか、描ききれなかったのか?もともとも、そのへんは歌舞伎でも見てないからわからないや。っていうか、名前変わってるしな・・・。見てるのかな?あぁ、いい加減。でもね、なんか、現代用語で時代劇ぽくなくやるんだ、っていうことが結構前宣伝の一つに入っていたような気がするんだけど、わりとNGな意見が多いんじゃないかな?とか思ったりしてる。でも、他の時代劇だってそうだよね?だからそう批判されるほどでもないと思うんだけどな。でも、私としては中途半端感も感じていて、その点は、期待していただけに、井上さん!みたいな、とこはあるかも。言い回しのわかりにくいところは、わかりやすくしてもいいと思う。でも、わざわざに今時風の言葉にする意味がわからない。それをやるならもっと徹底的にするべきだし、演出とか構成とかももっとそれに適したようにしたらいいと思う。だから、セリフが時々浮いてるっていうか、深みがなくなってるっていうか、感情の想像力をかきたてないっていうか、そんな感じになってて、損したかな。言葉の問題もそうだけど、立ち回りとかでなく、普通の歩き方とかも着物にふさわしいというか、着物をきていたらそうなるだろうっていう歩き方とか立ち居振舞いっていうのがあると思うんだよね。それは、いい意味の型ってやつで、それは壊していいものではないと思う。それを習得した上で、切り口を変えるっていうかな、それは例えば、新鮮な役者を使うってことだけでも随分風通しが変わってくると思うから、上手くいえないけど、時代劇である意味を残しつつ、時代劇をもっと面白くしていくっていうか、時代劇はなくなってほしくはないんです。ん?わけわかんない?

 大石側からしてみれば、吉良なんかを守って死んでいく池内君の役っていうのは避けたかったことだと思うし、現代からみても、無駄死にであったり、もっと現代的に考えると、吉良を差し出すことこそがかえって忠義みたいなそういうものではあるのかもしれないけれど、そういう時代もあった、っていうこと。例えば主税も切腹するんだよね。
 そして「お父様がよい名をつけて下さる」という大石の妻の声にだー、だーと赤ちゃんが答える。涙が不覚にもこぼれる。これって、色んな事情で現代でもありうることだよね。信じられない時代でもあり、忘れられていく時代でもあり、現代にも通じることもたくさんある時代劇、やっぱりなくなってほしくないです。




「愛と青春の宝塚」これの収穫は大きかった。生瀬は嫌な役満開でしたけど、木村佳乃ちゃんがいい女優になってきましたね。もう、それだけで、充分な作品ではなかったかと。そして仲村トオルはどうしてあんなに軍服が似あうんだ!!ってそれだけかい!あ、先生役の小林勝也は「ロズウェル」のバレンティだよ。そして、ラストだけが問題だよね・・・。特殊メイク、「スタアの恋」よりましだったけど、八千草薫さんんに頼めなかったかなぁ・・・。それは残念だったね。


2002年01月02日(水) 2002、スタート早々ぼけまくり

 おめっとーさんでござります。

 あけて1月2日。運のよろしいかたは、初日の出もみられたそうで、よございました。

 まず、新年早々ではございますが、年末お約束の『勝手に好き好き』につきまして、また、そののち12月31日と1月1日のなんだか、焦点のあわない書きっぷリにつきまして、申し訳のしようもございません。まさに、「是非もない・・・」無念でございます。

 この年末年始は、諸般の事情によりまして、PC持参で、自宅を離れておりました。着いた早々、チェックしたのは、言うまでもないモジュラージャック!が、がーーーーーーーーん。なーんのためにわたしゃ、ここまでうちの子(PC)を連れて来たんだい、ねぇ、おっかさん、教えておくれよ。(涙〜)携帯が圏外になるかも・・・というのは、多少懸念していたものの、まさか、まさか…。がっくり肩を落としたのは言うまでもありません。2001、締めくくりまでぼけまくりやないの。あぁ、らしいと言えば、らし過ぎるが、情ない。しかも、通信はできないけど、書き物はできるわさ、と、半ば、意地に思っているも、そこはやはりまたも、諸般の事情がございまして、まったく、うちの子(PC)は、何もせずに運搬だけされて帰宅したのでございます。

 で、紅白を見ている途中で、おぉ、携帯からも更新ができたはず!と、ごあいさつだけでも・・・と思いきや、なんだか、文字制限があるの?よく調べてないんだけど、あれが精一杯の文字数の状態。で、しかも、あとで携帯から読むと、『審査員に早希さんがいるし(>_  ・・・ここで、切れてるのよ。で、1日にも、一応更新してみると、また、後で読むと同じとこで切れてるのね。携帯の閲覧の方に問題があったのかもしれない。PCから見れる環境になって確かめると、ちゃんと入ってた。だから、かえって、1月1日のは、余分でまぬけやったね。は〜〜〜〜。

 とりあえず、なんだか、変な文章のまま@携帯を繰り返しているので、そういうことだったのよぉ。というお話でした。

 『筋肉番付』まさか、まさか、あそこまで室伏が活躍するなんて思いも寄らなかったから、家でビデオ予約なんかしてきてないわけで、しかも、見ることはできたものの、諸般の事情で完全ではないの・・・・あぁ、あったっけ?再放送?ないよね、『筋肉番付』は・・・。あぁー!もう、最高に笑顔ふりまくってたよ。総合1位獲得して、コメントが「リラックスできてよかった」って、そりゃ、そうよね、本業はリラックスが大切とは言え、やっぱりそこまでリラックスできないもんね。(「筋肉番付」が、本業のような、ケイン。いつもなら、彼を応援するのよ。でも、今回は許してくれ)さすがの総合1位。垣間見える笑顔の嵐!いいっす。室伏!!
 @携帯に不信を持たなければ、翌2日に「室伏は、やっぱりええで!あんたの笑顔は、スゴ過ぎる!」と一言書きたかったので、ま、そういうことで、今更ですが・・・。


付録:
でも、全体的にぼけてたね。まず、紅白。久し振りに熱が入ってしまった。「これで、白組勝たへんかったら、おかしいで!」と、「よっしゃもらった。」でもどっかで、心配しながら、だいたいよう泣いてたね。心配のたねは、未だに忘れない。中居くん最後の司会の年。「もらったね!」状態が、大ラス、北島さんがやってくれました。あれで赤組にもってかれちゃいまして・・・私はがっくりしましたよ。中居くんが司会ってこともあるんだけどね。今回は、中身で勝負というか、さだが出る。「君を忘れない」を歌う、ということしか知らなかったけど、見てみたらもう、白組勝ちしかないでしょ。吉本大集合、ドリフの全員集合。ゴスは、出るし、「この世界のどこかで」のバックもゴスが歌うし。まさか、河島英五さんのフィルムが出てくるとは、とか、なんか、泣いてましたね。赤組はやはり、冬美ちゃんが泣けましたけど。なんにせよ、白組圧勝、よかったです。
 だいたい、前日の「ザ・ベストテン2001」でも、アルフィーの「星空のディスタンス」を境に、私は、「なんでこんな泣いてんの?」やった。

 J-friendsのカウントダウンは、楽しめました。ありがとう、岡田君!おぉ、佐藤アックン!ミーハーなカウントダウン。これが私の、「1年間ご苦労さん、来年もがんばりや!」なのです。でも、剛の歌に、最後、ちょっとウルってたな私。

 で、そのあと、ちらっと「テレビ名場面ベスト1000」見ると、いろんなジャンルの名言集をやってまして、なんと、スポーツ感動の一言!1位が長嶋さんの「わが巨人軍は・・・」に対し、なんと2位が、我らが全日本ジャンパー原田雅彦選手の1998長野オリンピック・スキージャンプ金メダルの「ふなき〜」だったのです。もう、泣かずにいられようか・・・・。だーーーー。(←泣いてる)今年はソルトレイク、いいジャンプをと新年に祈願。もう、カレンダー上は、1日なわけやから、今年もよう泣くんかいな、私。うれし泣きにして欲しいもんだ。感度ぅ!とかね。2月はよう泣くやろうね。ソルトレイクに釘付け。

 寝て起きて、1月1日、「天声慎吾と笑点」はしっかり見た。面白かった。「救命病棟24時」ビデオ録画失敗(帰宅後気づく)。がーん。小日向さん、医局長だったのに。

 では、では、とりあえず、よたよた、スタート!


2002年01月01日(火) あれっ!?

「えっ!?」で終わり「あらっ!?」ではじまるなんて
『人生ままなりません』 By Vampリーダー坂東だわ

勝手に好き好きドラマAWARDSどころか携帯から確認すると、ちゅう〜途半端に切れてる?
やだねったら やだね♪
やっぱりね そうだろね♪

って、あのね
審査員に早希さんがいるし(>_<)キャッ
好き好きランキング3位に落とした世界の室伏がいるし(*_*);
って、紅白見てますか?
この出先、PCのジャックがなくてつながらない!想像してなかった(@_@)

来年、よろしくv(^_^);
Jフレンズでカウントダウンよ!
もっちゃん@携帯

とか書いたハズだったのよ

Peace on Earth


もっちゃん |M@IL( ^-^)_ヲタ""日常こんな劇場( ^-^)_旦""

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