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2003年06月23日(月)  命。



しばらく更新できなかったのは、
毎日ばたばたと忙しかったことと
思いもよらない事が重なったからだ。














新しい命が宿った。
私のお腹の中に。














まだ、ヒトの形をしていない
小さな小さな命が
私のお腹の中に息づいている。










やすくんは、これまで
「子どもは、別に今じゃなくてもいいよ」
っていっていたけど、
今日一緒に病院へ行って、結果を知って
これ以上ないと言うほどの笑顔で

「よかった」

と、言ってくれた。



私は、実はものすごくとまどっていて
素直に喜ぶことができないでいるんだけど

でも、
やすくんとの愛の結晶が
今も私の体の中で少しずつ大きくなっていると思うと

へんかもしれないけど
なんか、大人になったような
やすくんと、これまで以上に強く結ばれたような
そんな気分でいる。






まだ、形もない新しい命。




でも、間違いなくそこに存在しているんだ。






2003年06月16日(月) 酔って帰ってきて。

酔って帰ってきて
着替えも早々に寝ちゃって動かなくなる。
起こそうと声をかけても「わかったから」って
寝返り一つしてまた寝息を立てている。
絵に描いたような酔っぱらい。








・・・そんな私の(恥)世話をしてくれた

同じく酔っぱらいのやすくん。




知人夫婦と4人で飲みに行った。
久しぶりにアルコールが体内に入ったら、
いやあ、目が回る回る。
そんなに弱い方じゃなかったのに。

いつもは酔っぱらったやすくんの
着替えをさせて、布団を敷いて
お水も飲ませて寝かせる私が

今日は思いっきりやすくんに甘えてお世話してもらってる。





やすくんと一緒にいられるようになってから
お酒にうんと弱くなった


こうやって甘えられることを
なんとなく本能的に分かったからかもしれない。






たまには良いもんだ。


2003年06月15日(日) わがまま。



色々な話をしてから
不意に

「これってわがままかな?」

って、聞くことがある。


テレビでやってた事とか、一日どんな風にして過ごしたかとか
これからの予定とか、本当に他愛のない話をしていて。


そうやって聞くときは、
大体がちょっと自分でも突っ走りすぎたなあと思っているときで
自分の中では、そんなことやすくんに聞かなくても
十分わがままで自己中心的だって分かってるときなんだけど

「そうでもないよ」

とやすくんに言われると、なんとなくホッとするというか
自分の言葉を素直に反省できて、しかも自己嫌悪にならずに済むから
分かっていても、やっぱりそう聞いてしまう。



昨日、
これからしばらく私たちが住む場所について話をしていた。

「ねえ、家が完成するまでは、どこか近所にアパートを借りようよ」

そうして、そう思ういくつかの理由を挙げた。
いずれやすくんの実家で、やすくんの両親と同居することは決まっている。
でも、現在やすくんの実家で空いている部屋は、6畳の納戸しかない上に
夏から家を改築するためにしばらくはよけい狭くなるから、
私たちの住めるスペースは正直、ほとんどない。
もちろん、今でも時々泊まらせてもらってるから
寝るくらいの場所はあるだろうけど、
生活するとなると、話は別だ。

「ねえ、これってわがままかな?」

やすくんの表情が一向に変わらないから
思わずそう聞いた。

「そうでもないよ」

っていう答えを期待して。



「うーん・・わがまま、かな」

やすくんの答えに、ビックリする。

「狭いけど、寝るくらいのスペースはあるんだし、
 俺達はいずれ実家に入るんだし、
 だったら、別にいいんじゃないのって思う」

「じゃあ、私たちの荷物はどうするの?」

「それはさ、どこかの倉庫にでも預けておけばいい」

「私たちの部屋は?」

「今みたいに、弟の部屋を使ったり客間を使ったりでいいでしょう」

「・・・」


思わず口から出そうになった言葉を、ぐっと飲み込む。

やすくんには言えないけど、
私は、やすくんと「家族」「家庭」を作りたいと思っているけど
やすくんとやすくんの両親との「家族」「家庭」の一員に入るつもりはない。
もちろん、両親とはいい関係でいたいし、大切にしていくつもりだけれど。
とにかく、
なし崩し的に実家での生活をスタートさせるのはイヤだと思った。
同居とはいえ、お互いのルールをきちんと決めて
お互いのスペースをきっちり確保した上でスタートさせたい。













今でも、私の気持ちはわがままだと言ったやすくんの気持ちが分からない。



私は、わがままでしょうか。


2003年06月11日(水) ひとりで どきどき


やすくんの実家にお泊まり。
急なことで、着替えも何もなかったんだけど
色々貸してもらってお風呂に入る。

お風呂から出てきて、部屋に戻ると
やすくんが古いアルバムを抱えて見てた。


「俺のばあさんのアルバムなんだ。なんかおもしろい」


ずいぶん前に亡くなったおばあさんの写真。
映ってる人のほとんどを私は知らないけど、
やすくんのお父さんやお父さんの弟妹の若かりし頃の写真も
中にあったから、私はそれを見て楽しんでた。



見覚えのある大きな目。
特徴的な唇の形。

「あ、これやすくんだね」

小学校に入学した頃のやすくん。
当時なかなか髪を切りたがらなかったらしく
坊ちゃん刈りのやすくんの髪が不思議な感じ。

思えば、赤ちゃんの頃やようやく歩き始めた頃の写真や
中学、高校の頃の写真は見たことあったけど
この年代のやすくんを見るのは初めて。

赤ちゃんのにおいをちょっと残して、
でも、もうお兄ちゃんなんだ、と言う表情が愛らしい。








でも、どこかで見たことあるよなあ・・・






そんなことを考えながら、アルバムのページをめくっていく。

家族旅行だろうか。奈良公園の鹿の前で幼いやすくんと妹が
鹿せんべいを片手にポーズをとってる。



・・・・・・・あ。





さっきまでのもやもやが、一気に晴れた。

・・・幼なじみの、男の子に似てるんだ。

家族ぐるみのつきあいで、一緒に旅行へも行ったことある
同い年の男の子。
元気で活発で面白いのに
髪の毛がつやつやで、唇も赤くて、なんだかお人形みたいに可愛い顔してた
幼なじみの男の子。



・・・・・・・・・私の初恋の相手の男の子(照)




鹿の前のやすくんを見て思い出したのは、
私の家族と、その男の子の家族でやっぱり奈良公園に行って
同じようにポーズを撮った写真を思い出したから。


今は結婚して、よきパパだし
私にとってもかけがえのない友人の一人でもある彼。
そして、彼とやすくんは似ても似つかない顔をしている。

なのに、小学校に入る前後の表情は
不思議と私の記憶の中の彼の表情と重なる。
まるで、あの頃の自分の戻ってしまったみたいにドキドキもする。



一瞬、やすくんに話すかどうか迷ったけど
今更初恋話に花を咲かせるのも恥ずかしいと思って
心の中にしまっておくことにした。













なんか、運命を感じてしまった私は

そうとうロマンチックでメルヘンな女でしょうか?


2003年06月10日(火) 強い意志。

やすくんと、やすくんの両親と妹、それに知人2人という大人数で
食事に出かけた。

いつもなら、やすくんの隣に座るんだけど
今回は離れて座った。
隣はお義母さん、正面はやすくんの従弟。
やすくんはその従弟の隣に座っていたんだけど
テーブルが広いせいもあってすごく遠くに感じる。

何度か来たことのあるお店で、他愛もない話をしながら
みんなで飲んだり、食べたり。
やすくんの従弟はお酒を飲みながら食事をしないタイプらしく
ほとんど料理に手をつけないで、ガンガンビールを飲んでいた。
隣に座るやすくんも、なんだか箸が進まないようで
従弟と一緒にビールを飲んでた。


すごくいい雰囲気だったんだけど。

どういう流れだったか
気づいたら、夏の終わりにオープンするやすくんの新しいお店の話になってた。
ほろ酔い加減のみんなが
どういう店の雰囲気にするんだとか、
どういった客層を狙っていくんだとか、
そんな質問をやすくんに向ける。
いつものように優しい笑顔で答えるやすくん。

でも、いつもとちょっと違っていた。

質問に対して、正直に答えているけど
私と一緒に話しているときには、もうちょっと熱っぽく
やすくんなりのこだわりの語ってる。
だけど今回は、かなりざっとした話になってた。
それに、「まぁ、うまくいくかなんて分からないし」って
謙遜というか、他人事みたいなことを言ってる。
まあ、お酒の席だからいつもと違うのは当然だし
その場の雰囲気がそうさせているというのは私には分かったんだけど。


いつもの調子で

「あぁ、そんなんじゃダメよ」
「そんなやり方じゃ疲れちゃうわよ」

なんて、お義母さんがやすくんの言う一言一言に
ツッコミというか、茶々を入れる。
その言葉は、いくつかはなるほどそうだな、と思うこともあったんだけど、
ほとんどはお義母さんの一方的な思いだった。

まあいつもの調子、なんだけど。ちょっと度が過ぎたかなと言う感じで。


なのに、

やすくんは、ものすごく厳しい顔になって
「うるさいな、俺の店のことをいちいちゴチャゴチャ言うなよ」
「そんなんだったら、あそこは母さんと父さんでやればいい。俺はききと別の店を始めるよ」
と、お義母さんに言った。


いつもだったら、「ま、それはそうなんだけどさ」なんて
笑ってその場をやり過ごすやすくんが、
私が知ってる限り初めて、家族に対して厳しい顔をした。
そして、初めて、家族の中で、自分の意志を最優先した。




一瞬、その場の雰囲気は暗くなったけど、
タイミング良く従弟が違う話を振ってくれたし、私は私で
ちょっとおどけて見せたりして
食事の続きは楽しく過ごせたんだけど



こんなこというと、義両親に怒られるかもしれないけど

ちょっと、嬉しかった。



どんなときでも、自分の考えや思いより人を優先してしまうやすくん。
こと、家族の中では両親の意見を最優先してきたやすくん。
それはそれですばらしいことだと思うけど、
これから店を経営していく中では、それが仇になってしまうことだってある。

何でもかんでも自分の考えを押し通すのはよくないけど
でも、自分の考えを周りに左右されず貫く強さは、必要。

今回のやすくんのあの厳しい表情には
並々ならぬ決意と、店に対する思いが詰まっているような気がして
一緒に頑張っていこうと思う私にとっては
何より、心強く思えた。





頑張っていこうね。




2003年06月08日(日) まず、そこにいてくれること。

テレビを見てたら
今日は、皇太子ご夫妻の結婚10周年の日らしい。
特に皇室ファンとか、そう言う訳じゃないけど
「幸せそうだなあ」って
ほのぼのしながら見てた。

10周年にあたってのお二人のコメントが
紹介されていたんだけど、
その中の、皇太子さん(様がいいのかしら)が

「感謝したい点は、まず、そこにいてくれることです。
 いてくれるだけで心が明るくなるのを感じます。」


とおっしゃっていたことに、ものすごく感動した。
そして、心の中がほんわか暖かくなるのを感じた。

そばにいてくれること、いられることが幸せだと感じたことは
私にもあるけど
感謝したい、と思ったことは今まで無かった。
無かったことはないのかもしれないけど、
気づいたことがなかった。

あんなに全国の人の目にさらされて、辛いときも悲しいときも
笑顔でいなくちゃいけないっていうのは
大変だろうなあ、私には無理だなあなんて(まあそうなることもないけど)
ずっと思っていたし、
特に皇太子さん(様)なんて、生まれたときから周りの人たちに
大切にされて、みんなに愛されて
それが当たり前と思っちゃっても仕方がないかな、っていう立場の人なのに
そんな風に奥さん(雅子さん・様)の事を言えるなんてすごいと思った。

自分を振り返れば
欲を出せば色々欲しい物もあるし
足りない物だってたくさんある。
「愛だけじゃ生活していけない」なんて言うことも
だんだん分かってきてはいるんだけど
だけど、必要最低限私が必要なものはなんだろう?と考えたとき
お金とか、名誉とかそんなんじゃなくて
やすくんが隣で元気に暮らしていることなのかもしれないな
なんて、思った。


皇太子さんは、結婚してから
見違えるようにかっこよくなったよなあと思っていたけど
なんかまた今日、見直しちゃった。



私も、感謝の心を忘れないでいよう。


2003年06月07日(土) わたし。


何を今更、っていう感じなんだけど
日記に書き記すのは、1日の生活のほんの一部分で
しかも、自分が「これだ」と思って選んだもので

悲しいことも楽しいことも
辛いことも嬉しいことも
やっぱりそれなりに、美化されちゃってるのかなと思う。



そんなつもりはさらさらないけど。
でも、何となく、無意識的に。



たとえば、
やすくんは優しくて、頼りがいのある人で
いつも、私のことを包み込んでくれて
そしてそんなやすくんのことが好きで
やすくんと一緒にいられることが何より幸せで
でも、私自身には全く自信が無くて、とか
ここに書き記しているけれど
実際それは全部本当だけど

やすくんのいびきがうるさいとか
一度トイレに入ったらなかなか出てこなくてイライラするとか
脱いだ靴下は裏返しにしないでとか
一体いつまで寝てんのとか、
そう言う会話をしているのもまた事実。

私だって
この日記を読み返してみると、
気弱で、頼りなさげで
やすくんがいなくちゃいきていけないわ、みたいだけど
普段の私は
かなり強気で、かなり男前で
時々中学生に間違えられちゃって、
ガハハと笑いながらベリーショートで街をずんずん歩いてる。
それもまた事実。


日記の中ではやすくんとやすくんとの毎日のことだけを考えていられるけど
実際には、食費がどうだとか、保険料がどうだとか
ゴミの日は月曜日と木曜日だとか
来週にはキッチンの排水管の掃除の人が来るとか
下の階の人に迷惑にならないようにどたどたあるかないようにしなくちゃとか
そんなことも考えなくちゃいけない。


どれも、現実。

どれも、本当。

どれも、わたし。


人にどんな風に見られてるんだろうとか
いい人と言われたいとか
そんなことでウジウジしてるのも
わたし。




いつの間にか
どれか1つだけの私になろうとしていたのかもしれない。


2003年06月06日(金) 父となり、母となっても。


友人が子どもを産んだ。
高校1年生の時につきあい始めて、10年つき合ってた2人。
おまけに、離ればなれだった時期が後半7年。
高校を卒業してからずっと遠距離恋愛だった2人。

彼女たちが結婚したとき
私はちょうどやすくんと知り合ってつきあい始めたころで
離ればなれに暮らす辛さをほんの少し分かり始めた頃で。
友人代表のスピーチは何も考えてなかったのに
いざマイクの前に立ったら、自分の気持ちもこもったせいか
言葉が次々と口から飛び出してきた。

私が結婚すると決まったとき、
彼女は

「これまで大変だったでしょう?でも、その分これから幸せになれるから」
「これからは、くっつきたいと思ったときにくっつくこともできるし
 一緒にいられる幸せを、人一倍感じられるよ。
 今でも、私がそうだから」

って、メールをくれた。
同じ辛さを味わった友達だけに、胸に浸みたのを覚えてる。



彼女が母になり、新しい命が誕生したと聞いたとき
なんだかすごく感動した。
どんな夫婦、カップルでも新しい命の誕生は素敵なことだし
かけがえのない幸せだと思うんだけど、
彼女が母になったと聞いたとき、不思議なくらい強く
「愛の結晶」なんだな、って思った。
彼が好きで、彼女が好きで、そして誕生した新しい命。



「ねえ、やっぱり子供が産まれると、2人の関係って変わるもの?」

子どもみたいな質問をメールで送ってしまった私。

「そうだねえ、まだ生まれたばかりだし何とも言えないけど
 絶対なくしたくない物が2つになったって言う感じ。」

そんな風に答える彼女がすごく美しく思えた。
彼女は母となり、彼は父になって、
新しい家庭を作っていく。

けど、
彼女にとって彼は大切な人で、彼にとって彼女はもっとも愛しい存在で
それは全く変わらない。

そんな夫婦に、私もなりたいなあと思った。

ううん。夫婦じゃなくて。
いや、夫婦なんだけど(苦笑)。

なんていうかな。
「やすくん」と「きき」って呼び合える二人でいたいと思った。



2003年06月05日(木) 変な夢。




夢を見た。
昔つき合っていた人と会ってる夢。


あのときと同じように、2人で
あのときと同じように、ご飯を食べたり
あのときと同じように、図書館へ行ったり
あのときと同じように、じゃれあったり
何もかもがあのときと同じだった。



その人のことが大好きだった私は、
その人の前では、いつも笑っていた。
「ききが笑ってる顔が好き」って言ってくれたから。

その人のことが大好きだった私は、
授業中や図書館で勉強してるときに居眠りなんて絶対しなかった。
居眠りしている顔を見られるのがいやだったし、
彼の寝顔を見るのが嬉しかったし、
それに、後で「仕方ないなあ」とノートを渡すのが好きだったから。

その人のことが大好きだった私は、
電話で話すときは、いつも聞き役だった。
彼のことをたくさん知りたかったし、
自分の事を色々はなして、もし嫌われちゃったらどうしようと思ったから。

私が下手な京都弁で話そうとすると
その人は笑って
「そんなこと、しないほうがいいよ」
なんて、ちょっと変な標準語で言うのも好きだった。

夢の中でその人は、
「ききと一緒やと、ほんまに楽しいわ。
 なんか、安心すんねん。」
と、言った。
あのころの私は、その言葉を聞いてすごく嬉しかったし
「私も楽しいよ」って笑っていってたのに
夢の中の私は、
やっぱり、変わらずその人のことが大好きだったけど
「そう」と笑って答えるだけだった。
その時、その人はちょっと悲しそうな顔をして
「ずっと一緒にいような」
って言ってくれたけど
その顔を見るのが辛くて顔を背けたときに

目が覚めた。


あの頃、
その人のことが大好きで大好きでたまらなかった私は
いつか、彼と過ごすそんな毎日が苦痛になっていた。
大好きな気持ちが膨らめば膨らむほど
本当の自分が小さく小さくなっていって
いつも別の自分を演じていたから。



彼のことは、今でも大切な思い出だけど
思い出は、これ以上増えることはない。

今、私が一番安心できる場所で
私が一番誰かを幸せにして挙げられる場所で
これから思い出を作っていく。





変な夢だった。


2003年06月03日(火) 幸せを自分の手で掴む女(ヒト)


働いてるときに、仕事で知り合い、
お世話になった年上の女性から
ものすごく久しぶりにメールをもらった。
他愛ない日常の様子が書かれていたメールだったけど
なんだかとても嬉しかった。
働いているときは、メールよりもむしろ直接話していたし
どちらかというと、仕事に関わる内容の話が多かった。


いつだったか、彼女の半生を聞かせてもらったことがある。

行きたい高校があったけど、家庭の都合でそれがかなわず
中学卒業後すぐ住み込みの仕事に就いたことから始まって
結婚し、子供が産まれ、彼らを育て現在に至るまでに、
本当にたくさんの苦難と直面してきてる。

ここに全部書ききれないほど、たくさん。
しかも、普通の人以上の辛い現実にも直面してる。

でも、彼女は私と出会ったときから今もずっととても幸せそうだ。
一つ一つのハプニングと直面し、決して逃げることがなかった。
本人は「ただがむしゃらにやってきただけ」と言って笑うが、
その苦難を乗り越えるために、彼女自身も必死に動いていたし
必要と思えば、彼女の住む街の行政機関や子どもの通う学校に足を運んだらしい。

そのフットワークの軽さと、思い切りの良さ
それに、そうやってがむしゃらに生きてきたとは思えないほどの
可憐さ。人を思う優しさ。
そんな彼女に、私はあこがれたし、彼女のためにできることはしたいと思った。


彼女と初めて出会った頃、
私は仕事に追い立てられるような毎日を送っていた。
就きたくて就いた職場だったし、今でもその仕事をしていたことに誇りを持ってるけど、
心も体も悲鳴を上げているのに、そんなのお構いなしに
ひたすら働き続けるような感じだった。
それこそ、がむしゃらに。


彼女と出会ってから、
彼女と様々なことを話し、
たまに、ある目標に向かってそれぞれの役割をこなすことをして
自分の中の何かが変わったような気がする。
なんて言っていいのかなあ。
何のためにがむしゃらになってるのかを振り返ったというか。

そ宇やって色々考えてくうちに
私は「幸せになりたい。そのために生きていきたい」と思うようになった。
「幸せ」=「結婚」、みたいな一元的な物ではなくて
なりたい自分になること、そのために心血を注ぎたいと思うようになった。

その後、偶然ながらやすくんと出会い私はその仕事を辞めた。
自分の目標も多少軌道修正したけど、核心の部分は変わらない。


私は彼女と出会う前は、幸せになる術を知らなかった。
ううん。
幸せになれないことを、すべて自分以外の何かのせいにしてた。
仕事が忙しいこと。休みがないこと。
あの人があんな事を言ったから。あの人のせいで。

でも、そうじゃない。
待ってても幸せはやってこない。自分の手で掴まなくちゃ。
彼女に出会って、そんな自分の姿に気づき私は変わった、と思う。



久しぶりに、私もメールを送ろう。
こんな風に頑張ってます、と。
目標に向かって、少しずつ前に進んでいます、と。



2003年06月02日(月) 記念日。





今日は、私たちの結婚1周年の記念日です。


やすくんと私でつくる、新しい家族が1才の誕生日を迎えたって感じです。



昨日の晩、ご飯を食べてから家を出ました。
車に、厚めの毛布とタオルを数枚、それに着替えを持って。

行き先は、海が見える場所。
そんなに早く家を出なくても十分着く距離なんだけど
今日1日を目一杯楽しむための計画。

日付が変わる前にたどり着いた道の駅に
車を止めて、その中で眠りました。
セカンドシートとサードシートを倒してその上に毛布を敷いて。
(本当は荷室用のシートアレンジなので、堅いんです)
一応目隠し用に、運転席と助手席のシートの間にタオルを渡してできあがり。

セカンドシートとサードシートは外から見えにくくなってるとはいえ
こっちから外はばっちり見えるわけで、
疲れてるはずなのに、ドキドキしてなかなか眠れない。
あっち向いたり、こっち向いたりと何度も寝返りを打つ私に
やすくんが「大丈夫?」って声をかけてきてくれた。

「ちょっと話しよっか?」と、私が言って
色々話をしたけど、そのうちにだんだん昔話になって
そして、この1年を振り返るようなことになった。

1番嬉しかったことは、それぞれ違ったんだけど
1番印象に残ってることは、2人とも
「喧嘩したこと」を挙げてびっくりした。

「『喧嘩するほど仲がいい』っていうけど、それはやっぱり違うと思うんだよな。
 だからって、全く喧嘩しないっていうのもなんか嘘っぽい。
 喧嘩しても、すぐ仲直りできるのが一番いいと思うんだよね」
そんなことをやすくんが言って、うんうんと私が頷く。


いつまで話したか覚えてないけど、気づいたらもう朝で。



隣で、まだやすくんが寝息を立ててる。

なんだか、すごく幸せだ。





1年、おめでとう。
そして、ありがとう。

これからも、どうぞよろしくね。




2003年06月01日(日) 雨の日に、思い出したこと。


台風の影響で、いつもより強めの雨が降ってる。

台風一過、なんて全然関係のない雨。


もうすぐ二人の記念日なのに、
お出かけするのに
もし、雨だったら最悪だなあ


そんなことを思いながら、空を眺めるけど
私の気持ちなんてお構いなしに
雨は次から次に落ちてくる。


2人で相談して決まった
行き先は、海。


天気が悪かったら、車の中から
鉛色の景色を見るだけになってしまう。
もうちょっと前向きに、楽しいことを考えなくちゃ
と思っても、
降ってくる雨に気持ちは萎む一方。




そう言えば、いつかこんな気持ちになったことがあった・・・




ふと、気づいたこと。
でも、それがいつだったか、簡単には思い出せなかった。



何がきっかけだっただろう。

車が、水たまりの上を走る音だったか、
窓から見える、雨にかすむ景色だったか
それとも、肌に感じる湿気だったか

とにかく、思い出した。


初めて二人で旅した日のこと。
つき合って最初に出かけた、鳥羽。それに、伊勢神宮。

あの日も、雨だった。
波が高いせいかフェリーががたがた揺れて大変だったこととか
伊勢神宮までの通りは傘でいっぱいだったこととか
やすくんがジャケットを貸してくれたこととか
ドキドキしながら、2人で1本の傘に入ったこととか

とにかく、その日の色々なことが一度に
胸に溢れてきた。
雨の景色と一緒に。


あの日、伊勢神宮の神様の前でお祈りしたこと
1つ目のお願いはまだかなっていないけど
もう1つのお願いは、ちゃんと、かなってる。

雨の日は憂鬱だけど
あのときの幸せな気持ちが胸一杯に広がった今は

雨がまた、私たちに素敵な思い出と
より強い気持ちを運んできてくれるんじゃないかなあ

そう思うと
雨の日も悪くないなあって思えてきた。


ちなみに、明日は晴れるらしい。
あのときも、1日目は雨で
2日目はとってもいいお天気だった。

そんなところも一緒。

ふふ。


きき MAIL

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