赤と青(短編小説)

「あのさぁ…」
そう俺が言い出した時だった。
「充!公園行きたい!」
「ハァ!?」
「公園!!行きたい!行こう!近いから!!」
ココは彼女の家。そりゃ俺だって、ココには何度も来てるし、
公園が近くにあることだって知ってる。
だいたい、そこ通れば近道なのに、いつも彼女は通りたがらない。
なのに人が話しかけた途中だっつーのに、なんだっつーんだ。

「着いた。」
そう言って、公園に足を踏み入れる前、一瞬…彼女は小さく深呼吸した…かのように見えた。
「ココ。座って。」
そう言って彼女は先にベンチに座った。何が何だか分からないが、
彼女は座ってしまったし、座れと言われれば座るしかない。

・・・・・それから、何分経っただろうか。
自分がさっき、何を話そうとしていたかさえ忘れてしまった。
しかし、子供の声で騒がしい公園でも耐え難いこの沈黙を、俺はなんとかしたかった。
「あの…さぁ…」
「あそこに、ブランコがあるでしょう。」
急に喋りだした彼女に驚いたが・・・さっきから何だっつーんだよ、まったく…
まぁ…話題もなかったし、別にいいんだけどさぁ…。
「あのブランコね。昔は赤かったんだ。女の子って、よく赤とかピンクとかが好きって
 思われがちじゃない?小学校入って驚いたのは、
 名前が赤で書かれてたことよ。女の子は赤!男の子は青!ってね。
 勝手に決めつけないでほしいわ、って思った。」
何が何だか分からない。とりとめもない話なのかとも思ったが、
彼女はとても真剣そうだったので、俺は黙って聞いていることにした。

「あたしはねー?小さい頃から青が好きだったの。空が好きだったからネ。
 けどねー?けど…一番の…本当の…理由はね………
 お母さんの…着る服は…いっつも青っぽいのが多くって…
 だから…だから…お母さんの…色だった……。」
・・・彼女に母親がいないことは知っていた。けれどそれは、
家に行って初めて知ったことだったし、本人が話そうと思わないなら、
聞き出そうとも思わなかった。だから、それ以上のことは何も知らなかった。
「ココ…このベンチ…お母さんが…よく座ってたんだ…
 あのスベリ台からよく“おかあさーん”って呼んだわ。そうするとね、
 にっこり笑って手を振ってくれたの。」
彼女は…声を殺して泣いているようだった…。
そしてポツポツと話しだしたのだ…俺にはとても…とても信じられない話を…。

「お母さんはね…刺されて死んだんだよ…。この公園でね…。
 通り魔だってさ…なんで…なんで…お母さんだったんだろう…ね…
 お母さんの…綺麗な青い服が…真っ赤に染まって…
 だからあたしは…赤が嫌いだった…。
 いつの間にか…ここのブランコは…青に塗り替えられたんだね…
 知らなかったよ…ずっと…公園には…入れなかったから…。」

彼女のすすり泣く声と、その話は、俺に涙を流させた。
「あはっ…やだな…なんで充まで泣いてんのよ…
 違うの…そんなんじゃ…泣いてもらおうなんて思ったわけじゃなくて…
 あの…あのね…充にはちゃんと…ちゃんと、知っててほしいと思っ…充…?」
彼女が…消えてしまいそうで…怖かった。抱き締めずには…いられなかった…
「俺がいるじゃん…。な…?だからもう…ひとりぼっちみたいな…そんな寂しい目、すんな…」
それを聞いた途端、彼女は公園中に響くような声で泣き出した。
今までずっと…お母さんが亡くなってからずっと…我慢していたのかもしれなかった。

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「俺…いるじゃん…?」
「…うん」
「この空…さ。青いじゃん…?」
「……うん」
「いっつも…そばに…いる…と思うよ…?」
「…………うん…!」

そう言って、彼女は、笑った・・・
彼女は…夕日を怖がっていた。
お母さんの青い服が血に染まるように、赤くなっていったから…。
けれど彼女は、「もう平気」と笑った。「その時は、充がそばにいてね」と、
笑った―――。
2002年12月02日(月)

□■白昼夢■□ / 透花

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