一ヶ月半営業してきたプールも最終日だ。
てなわけで、営業が終わってから片づけである。 オイラもついにプールに潜水して作業を行った。 プールの監視軍団は男も女もみんな真っ黒け。 そのなかで、ついにプールに入るオイラは真っ白け。 なんだか人種が違うみたいだ。
プールの片づけの最大の作業は、大プールに沈めてあるスノコを解体して撤収する作業である。 解体作業はほとんどが水中で行わなければならない。 と言うわけで潜水である。 何年かぶりに潜水しながら、ちょっとした違和感を覚えた。
あ、身体が沈んでくれない・・・・・
これが何を意味するのか・・・・その先は言わずもがな。 てなわけで、浮力との戦いになってしまった。 でも同時に、役者をちょっとかじってたせいか、意外と息が続いたのも自分自身に対する発見だった。
作業は途中で猛烈な雨に襲われ、陸上での作業は中止に。 翌日、職員だけで細々とやることになった。
これで、今年のプールはおしまい。 プールの監視軍団ともお別れである。 こんなオイラのことでもしたってくれたし、沢山の人が芝居も見に来てくれた。 何とも別れは切ない気持ちになるものだ。
最近演劇関係の書き込みばかりで、仕事をしとるんかい!というお叱りメールがあったので久々に仕事の書き込み。
秋から行うジュニアスポーツ教室の募集用チラシ配りに各小学校を回った。 実はこの学校回りは苦痛以外の何者でもない。 大人になってから職員室に入った人は誰しも経験があると思うけど、「こんにちは!」と入っていっても「シーン」としているのである。 みんなで牽制し遭って誰も応対に立とうという人がいないのである。 この空気がたまらなくいやなのだ。
なので職員室のドアを開けた瞬間が勝負なのである。 「ガラッ」とあけた瞬間、必ず目線は一度そちらに動く人が何人かいるので、そこを狙って目を合わせてあいさつするのである。 今回の打率は.250。 4校中1校しか当たらなかった。
うーむ、子ども達はこんな殺伐とした職員室に生息する人達に教えられるのか・・・ なんだかなぁ〜
公演が終わってみんなでビデオ観賞会だ。
ビデオという機械は恐ろしいもので現場の雰囲気とは関係なくダメなところはダメ!とハッキリ見せてくれる。 もちろんその反対もあるのだが。
で、いろんな面でビデオを見て「やばっ!」と思うことがあって、同時にその原因がまだハッキリと分かって修正すべき点はこういうところだなあと、思えたので、そういう意味ではよかったのかな。
照明、音響含めて芝居全体について現場で甘い採点をしてしまったかなと、ちょっと後悔するのだった。
ビデオ観賞会後、旗揚げからの劇団員が一人退団を表明した。 今までのいろいろな詰み重ねもあり、そういう意味では仕方のない選択だったのかなと思うこともあるが、ものすごくさみしい思いが残るのだった。
2002年08月28日(水) |
演出のつぶやき・・・ |
芝居が一区切りでホッとするこの頃である。 でもそれはほんの一瞬のことで、芝居の稽古中盤戦から次のことを考えはじめていたりする。 それは、代表であり演出である自分の性のなせる技なのか。
今回の芝居はある意味楽しくもありしんどくもあった。 自分の芝居の形(もちろんこの劇団の芝居として)を形成していく上で今回はやらなければいけない作業がたくさんあった。 その作業はある意味出来たと思っている。
しかし同時に、それに特化した芝居を作ったが故、お客さんに見せたときの弱点も同時に内包しているのだ。 今回のように芝居の形そのものが生命線の芝居だと、うちのように限られた時間のなかで作っていくと、どうしても物語性のところで弱さが出てきてしまう。 それが分かっていて突き進むのは、この先の芝居のことを考えると必ず通り過ぎなければいけない道だからだ。
旗揚げメンバーばかりで全く人のいれ変わりなく今まで進んできたならばその作業は劇団の成長と共に知らず知らずの間に出来てきたと思う。 でもそんな集団はまずあり得ない。 悲しいかな必ず人は入れ替わっていく。 そして人の入れ替わりというのは劇団に大きな影響を与える。 その影響はよく出る場合もあれば悪く出る場合もある。 こればかりはどちらがどうという問題ではない。 しかし言えることは、集団に人が入ってくるということは、バランスが決まるまでにある程度の時間は必要になってくると言うことだ。 同時に、人が抜けた場合も同じことが言える。 おそらく今回の公演でも人の入れ替わりはあると思うが、それが楽しくもあり苦しくもあるのだ。
少し話がそれたが、次の芝居は物語性に重きを置いて作っていこうと思う。 役者への負荷のかかり方としては、今回は体力的に負荷がかかっていたが、今度は精神的な負荷がかかる芝居になると思う。 でもそれも今後通り抜けなければいけない道の一つだ。 そしてそうやって苦労を共に重ねてきた同じ仲間とこの先出来るだけ長く芝居を作っていきたいと思う。
この思いは贅沢なんだろうか・・・
一仕事終えたせいか、ヘロヘロで一日寝倒した。
こんなとき、仕事が月曜火曜休みで良かったと思う。 他の劇団員たちはみんな仕事で大変だなとおもう。
しかし、明日は我が身。 いつか同じ立場になることがある。
2002年08月26日(月) |
七ツ寺プロデュース第10弾「ソウル・ガーデン」 |
昨日劇団の公演が終わったばかりだが、それと平行するようにやっていた芝居を見に行く。 実はこの公演に最近入ったばかりの劇団員が出ているのだ。 ちなみにこいつは、昨日の打ち上げにやって来て、朝まで飲んで行った。 おいおい、大丈夫かと言う心配を余所に迷惑をかけない程度にはガンバっていた。 そこでまずは一安心。
さて肝心な芝居そのものへ。
この芝居の演出・脚本は最近密かに演劇活動に復活した(という)刈馬カオス氏。 実物は役者をやったらあっという間にファンが群がりそうな好青年だった。 この芝居を観ながら、彼の芝居を金沢で観た記憶が蘇って来た。 芝居の内容や方法論はまったく違うのだけど、なんというか匂いや手触りみたいな感触が同じだった。 それは当時のその集団だけが持っていたテイストなのか、その世代が共通して持っていたものなのかはわからないけど、うちにいた同世代の劇団員にはないテイストだったので前者なのかな。 金沢での芝居はバカ一直線でとにかく素敵な芝居だった。
そして今回は基本は女性4人の繊細なタッチの芝居だ。 場所はある学校の寮。 そこにお盆明けに何人かが帰って来て交わされる会話の数々・・・そしてあの事件の事が。 という感じ。
自分の芝居が終わったばかりと言うこともあって、お話にのめり込んで行くと言うよりは、いかん客だなぁと自分自身で思いながらも演出方法がやたらと気になった芝居でもあった。 例えば、劇中に流れる音楽に込められたメッセージや、アンサンブルを使っての群唱やアンサンブルそのものの意図。 2時間近くの芝居をお客さんとともに劇場で過ごすために必要な物語の気持ちの波の作り方、プロデュース公演故の役者のみせ方、男の書いたホンを女性が語ることの難しさなど、いろんなことを考えながら芝居を観ていた。 うーむ、全く嫌なお客だ。
一つ思ったことは、着目している点が違うんだと言うこと。 僕らはどちらかと言えば、気持ちの動きをディフォルメした芝居をやっているが、この芝居はどちらかと言うと身体の動きをディフォルメした芝居になっている。 簡単な話、僕らが行なう芝居は気持ちが高ぶったり動いたりする時に、音楽や照明や役者の移動でそれを劇的に説明するわけだけど、この芝居はそれはやらずに、「ここ」と言う時にゆっくりとした動きを採用して、重要なファクターの説明をしていると言うことだ。 また、「モノ」のみせ方もこだわりが随所にみられた。
お話そのものは割と好みの話で、芝居のテイストも好みの話だ。 欲を言うならば、一言二言でいいから、もう少し深い気持ちの吐露があるといいのかなと。
自分自身で言うのもなんだが、「やる芝居」と「見る芝居」の好みが明らかに違う。 で、今回は見る芝居としてはとても好きな部類に入る芝居だった。
今後の刈馬氏の活動が楽しみである。
2002年08月25日(日) |
ウォルターミティ千秋楽 |
二回目の公演が終わった。
芝居の出来自体はここ近年になく良く出来た公演だと思った。 劇団の実力全てを出し切った公演だった。
アンケートの上での評判は上々だが、やはり全てのお客さんに満足してもらうのは難しい。
今回の公演で、演劇そのものへの技術的な課題ばかりでなく、劇団Beansという演劇を作って行くの集団としてのいろんな課題も見えた。
打ち上げはしっかりうち上がって、それからいろんなことを考えて行こう。
2002年08月24日(土) |
ウォルターミティ初日 |
本日初日。
観客動員に若干の不安があったものの、なんとかお客さんも入っていただいた。 公演自体もいろんなことがあったけど、お客さんに喜んでもらえるところまでは出来たと思っている。 いくつか手厳しいアンケートはあったけど、反対にそれを糧に明日以降も頑張っていける。 いろんな意見のあるアンケートだけど、いろんな意見があるからこそ、本当に劇団の力になって行くと思う。 通り一遍の事しか書かないお客さんばかりでないからこそ、本当にお客さんには恵まれていると思う。
泣いても笑っても明日が千秋楽。 頑張るじょ!
2002年08月23日(金) |
ウォルターミティー仕込み! |
ウォルターミティー仕込みが開始。
うちの劇団は何もない空間に仮設の舞台をお立ってる形式で行なうことが多いけど、今回もそのパターン。 そういう意味ではいわゆる文化会館なんかを使って行なうそれとは仕込みの苦労や段取りが違うものだったりする。
舞台が出来上がって行くにつれてだんだんこの芝居が楽しみになって来た。
明日から本番。 小屋をあとにするお客さん達が笑顔で帰ってくれるといいなぁ。
ついに稽古が終わった。
やれることは全部やったつもりだが、頭の中でやり残したことはないか? といういわれもない不安だけが襲う。 きっと今まで頑張ってきてくれたメンバーみんながそうだろう。
音響機材も緊張するらしく、止まらなければいけないところで止まらなかったりした。 たしか前の熱海の時も同じようなことがあった。 今回は予備のMDがあるので、その点は安心しているが・・・・
さあ、明日から怒濤の仕込みだ! 裏方さんはこれからが活躍の時だ!
気を引きしめて頑張っていこう!
2002年08月21日(水) |
稽古&照明打ち合わせ |
稽古も残り二日間!
今回の稽古は、役者にやりたい場所をリクエストしてもらってやった。 当たり前の話だが、役者が自分自身で課題をもってきて、それをためす稽古というのはとてもクリエイティブだ。 お陰で稽古は順調に進んだ。 同時に、いつもこんな風になればいいのに、、、と、ちょっと歯がゆい思いもあったりした。
稽古後は照明さんとビデオを見ながら打ち合わせ。 いつものことだが、この打ち合わせ、大体お酒が入る。 不謹慎と思われるかもしれないが、こうやってやっていった方が通り一遍の打ち合わせにならず、いろんな馬鹿話の中から新しい発想が出てくる。 今回は役者の一人にも参加してもらったが、いろんな立場の見方があるといろんな発想が出てきておもしろい。 今回も馬鹿話の中からいくつか出てきたものがあった。
芝居づくりはまじめにつくって行くばかりでなく、遊びながら作っていく瞬間も必要だなと思うのだった。
今までの疲れが出たのか、一日中ただただ眠り続ける。
明日からの怒濤の日々に備える。
いよいよ大詰め!
この日は平日ということで稽古開始時間にはなかなか人が集まらなかったが、後半を通す頃にはほとんどの役者が集まった。 後半のいわゆる見せ場の部分で、いろんなきっかけの修正も行った。 この芝居を感動的に見せるための修正である。 しかしこうした場面は段取りだけきっちり行っても仕方がない部分である。 本番で役者が如何にのめり込んでくれるか。 言い換えるならば、芝居は本番のお客さんの前に出て初めて成立する。 稽古場はその助走に過ぎないのだ。 しかし、その助走をきっちりやっておけば大ジャンプも可能なのである。
昨日に引き続き通し稽古。
今回は一部にダブルキャストがあるので昼夜の2回各々別のキャストで行なう。 オイラは演出だけでなく音響オペも兼ねているので、ほぼ本番どおりのシステムを組んで自分自身の稽古も行なう。 音響オペは微妙で、普段使っている機器と違うものを使うと、その機械機械でいろんな癖があるので、その辺を体験して修正して行かなくてはいけない。 もちろん本番の仕込みが終わって、それからも修正作業は続いて行く。 その修正はゲネプロで最終的に行なうのだけど、一部試してみたいシステムがあり、今週の稽古でそのテストをやった。 うちの劇団の最大の利点は、稽古場が本番の会場である点だ。 音響機器も小屋にあって本番と同じものが使えるのだ。 今回試してみたかったのは、芝居の中でマイクを使うのだが、そのマイクの使い勝手の問題である。 何処までの使い方ができるのか、気をつけなくてはいけない点はなんなのか、そういったところの検証だ。 昼夜に会の通し稽古で、修正点や気をつけなければいけない点などのデータが集められた。
そして肝心な通し稽古だが、いろんな点で灰汁が出て、結果そのものには満足は出来ない、むしろ不安になる結果だったが、反対にこの段階でいろんなぼろが出た事で反対に修正点も見えて来た感じだ。
残りわずか! お客さんを目の間に芝居をすることがだんだん楽しみになって来た!
遂に稽古追い込みの時期!
これからは何度か通しをして行って場面場面ではなく全体の芝居を成長させて行く時期だ。 そして今日の夜の通しは、今までやってきた中で一番いい出来になった。
この調子で明日以降も頑張って行きたいと思う。
2002年08月16日(金) |
劇団シアターウイークエンド「TIME GOES BY」 |
いろんな意味でお世話になっている劇団の公演。 本番一週間前の頭チンチン状態だが、ここは一つ劇団Beans営業活動も含めて当日インターネットでチケットを予約して見に行こうと思った。 思い立ったら吉日、当日予約でも前売り料金。 ラッキーだ!
この公演は数年前から始まっている若手(・・・じゃない人もいるかもしれないけど)劇団員が台本を書いてアトリエ公演をするシリーズのひとつ。
今回は水間さんが書いたもので、大学の軽音楽部(?だったかな)のバンドメンバーが卒業してから十数年ぶりに再会してそれぞれの今の位置を確認し、そして歩き始める物語。
全体的な印象でいうと、今の劇団の状態が良くも悪くも伝わってくる公演だったと思う。 前半、主役の竹内さんと若手が絡むシーンがまったく会話になってなくて竹内さんが舞台上で困ってたり、その後いつも舞台に出てるメンバーのシーンになると、息もぴったりのアドリブ合戦になったり、そして、久々に舞台に登場した松本先生とそのほかの劇団員との関係だったりが、とてもよくわかる芝居だった。
お話的には、この手のお話にありがちなパターンを踏んではいたけども、役者一人一人にたっぷりモノを語らせるわけでもなく、ほとんど何もいわずに去っていく役者がいて、たくさん語る人とのコントラストを上手に出していた。 また、ちょうど自分自身が大学時代音楽をかじっていたせいもあって、そういう意味では細かいディテールが気になったりはしたけど、いろいろと共感できる部分もあってある種の感動を覚えた。 とくに、岩田さんが語る「目的のためには、やり方を変えていかないと・・・・」という台詞には思わずウンウンと頷いていた。
役者さんも中に随分魅力的な芝居が出来るように伸びた人がいて、見てビックリしたしなぜかとても嬉しかった。
ちょっぴり残念だったのは、この芝居の最大のテーマを語るときにテンポもスピードもググッと落ちてしまったこと。 次の台詞を待ってる間に気持ちが切れてしまっている自分がいた。 同時に以前つかこうへいの芝居を見たときにも思ったことが頭をよぎった。 それは、演出する人の生理的限界がその芝居を作っていく、ということだ。 どこまでやらないと感動できないか、目の前の状況をどこまで耐えられるか、スピードは速すぎないか遅すぎないか。 その時のその芝居を作っていく第一の観客としての演出の体力、気力、精神力が大きく左右してくる。 そういう意味でお客さんとしてみている自分と、この芝居の演出との生理的限界がこのシーンに限っては合わなかったということだろうか。
いろんな意味で刺激になった公演だった。 無理して見に行った甲斐があった。
役者の一人がいままで仕事が忙しくなかなか稽古に出て来れない状況だったが、お盆休みゆえ早い時間から稽古に来てくれた。 前半はその役者の稽古を中心に行ない、後半は芝居後半からの通し稽古を行なった。 途中、高山で先生をしている元劇団員が観に来てくれて、稽古も何故かその瞬間から気合いが入るやつもいた。 ちなみにこの元劇団員は劇団に今入っても最も若いうちの一人に入る年齢だ。 色めき立つやつがいても、おかしくはないだろう。 しかし色めきたったやつは、体力不足からかリフのカツゼツが後半からめろめろになって行った。 さらにそのまま何人かの劇団員と郡上の徹夜踊りに行ってしまった。 いろんな意味で心配は尽きないのである。
オイラは今、世界中で最も安心したがっている男の一人に入るかも知れない。
怒濤の稽古期間!! この日はいままで打ち合わせ出来てなかった部分や通し稽古で気になるぶぶんの修正に充てた。 稽古への出席率もこの日は悪かったのだが、まったりとしていながらも充実した稽古が出来たと思う。
あと少しあと少し!
久々の稽古&仕事の休みでお盆真只中の名古屋港水族館へ家族4人で行く。 最近は土日に観光地へ出かけることなんかほとんどなかったので、平日とは言えお盆休みの最中の観光地は、とにかく人人人・・・・ ある意味久々の休日気分満喫だ。
お目当ては例によって「ペンギン&イルカショー」。 しかし、しかしである。 今年の2月に褒めちぎったイルカショーは残念ながらそのポテンシャルを落としていた。 このイルカショー、なんとイルカが音にあわせて演技すると言う、とんでもないものを見せてもらったわけだが、今回ことごとくそのきっかけがずれていた。 休日で公演回数も重なり疲労が蓄積されているのだろうけど、集中力はきらさないで欲しい・・・とイルカに言っても仕方がないか。 しかしそれはそれ。 こんな見方をする人は3000人ほどいた観客のうちオイラ一人だけであろう。 もちろん、イルカのジャンプ力や一度失敗しても何度も成功するまで繰り返そうとするその姿勢になんだか感動を覚えた。 イルカショーのあとは順路どおり進むとラストにペンギンがまっている。 そのペンギンが大混雑。 でも、からだの小さい子供達は人込みも何のその。 スルスルとかいくぐりお目当ての場所に到達するのだった。 人込みの割には、比較的順調に進み、お昼御飯に。
そして、お昼を食べたあとは弥生最大の目的地に行くのだった。 出口付近にヤドカリやヒトデをさわって体験出来るコーナーがあるのだが、彼女はここが大のお気に入りである。 嫁さんに触れるか? と聞いても、勇気がない、とおっしゃるのだ。 実はオイラもそう。 秀次は見たがるけどなかなかさわりたがらない。 弥生の独壇場である。 なんだか、ヒトデに癒されてるようなそんな感じにも見えた。
水族館を出たあとは南極観測船ふじに初乗船!! 南極気分と船旅気分を味わった。
家族4人で出かけると様々なことが起こる。 時には嫌なこともあるけど、それもきっと時間がたてばいい思い出に変わって行くんだろうな。
民間はお盆休みゆえ、平日にしては珍しく早い時間から役者が揃ったので3日連続の通し稽古。
しかしこの稽古でオイラの背筋を凍らせる出来事が・・・ 主役の声がまるで出てない。 でなくなってる!! 当人は平静を装っているが、しかしなあ、何もこの時期にならなくてもなぁ〜。 たぶん大丈夫だとは思うけど、これでこのまま声が潰れたままだと、オイラの演出で2作品連続になってしまう。 オイラは割とゲンをかつぐので、今後の事を少々考えてしまうのだった。
同じゲンと言えば、また芝居の夢を観てないんだよなあ。 この時期そろそろ悪夢にうなされる時期なんだけどなぁ。 今晩くらい見れるのかな。 でも、これ見ないと最近は落ち着かないな。
で、肝心な稽古の方はだんだん芝居が成長している様が見えて来た。
前の晩、何人かの役者にメールをした。 それが幸を奏しているようにも見えた。 稽古場の時間だけではアプローチする時間も足りないし、稽古場では言葉の肝心な部分がとどまってくれない。 だからそれを補完する意味でもメールは重要なアイテムだ。 劇団発足当時は数える程しかいなかったPC所有者も、今ではPCのない人が数える程になった。 この状況は上手に利用しない手はない。
今日から仕事も一段落して休みをとって昼から稽古。 役者の集まり具合もぼちぼちで、前日の通しで気になった点を修正して行った。 そして夜は今週2回目の通し稽古。
初歩的なミスが目立つ点はかなり不満だが、基本的な段取りはほぼ確実にやれるようになった。 気持ちの部分もだんだんメリハリがつくようになって来た。 お客さんに見せても恥ずかしくない程度にはなったと思う。 芝居の持ってるテーマの半分くらいは見せられるところまで来たと思う。
でも、これからの作業が芝居づくりの最も大事な作業なのだ。
今回の芝居に魂を注入する作業である。 言い換えるならば、今回の芝居の持つテーマをより明確にお客さんに伝えるために、これまで作って来た段取りやら気持ちやらを修正して行く作業だ。
以前、この段階を踏む前に本番を向かえてしまったと言う苦い経験をしたことがある。 今回はそんな情けない思いはしたくないし、そんな芝居をお客さんに見せることは失礼だ。
本番まであとわずかしか残されていないけど、何とかしっかりとした形に仕上げて行きたい。 人の能力を最大に発揮出来るアイテムは「有限な時間」なのだ。
久々の通し稽古だ。
全体的な結果としては、何とかいけそうなそんな感じだった。 でもまだまだ細かいミスが目立つ。 台詞のカミや間違い、忘れ。 ほんの些細なケアレスミスが芝居全体に影響をおよぼしてしまう。 この編をしっかり詰めていければ、お客さんの前に出しても恥ずかしくない芝居になりそうだ。
ついに本番2週間前。 プロ劇団の稽古ならば稽古中盤だが、一日の稽古時間が2〜3時間の社会人劇団にとってはもう終盤戦。 これからの稽古次第で芝居が良くなっていくか悪くなってかが決まるといっても過言ではない。
そして、これまでやってきたことが間違いだったかそうでないかの検証もして行かなくてはいけない。 そういう意味ではまだやり直しのきく時間がほんのわずかだけれど残されている。
肝心の現在までの稽古の出来といえば、思うように稽古が進んで行ってないというのが実感だ。 でもこれは、演出の思いであって役者の思いでもなく今の時点を見たお客さんの感想でもない。 でも演出はまだまだと思っている。 それは、二とおりの見方がある。 一つはあくまでも目標が高い場合。 もう一つは本当にやばい場合。
さて今回はどちらかといえば・・・内緒。 でも、思うように稽古が進んでいかないのは演出の実感である。 フォローのためにいっておくが、今だかつて稽古が順調に進んだ実感のもてた芝居など一つもない。 うまくっいってそうでもどこかに心配事の一つや二つは存在する。
そして、これからの稽古はその不安の一つ一つをかき消していく稽古でもある。 でもそれは残念ながら役者の抱いている不安ではない。 第一の観客としての演出が抱く不安なのである。 役者にはこれから不安要素が沢山出てくるかもしれないが、それは役者自身で解決していってもらうしかない。 役者が不満いっぱいでもお客さんがそれを良しとするならば問題はないのである。
さあ、これから2週間。 この芝居がどんな成長を見せていくか楽しみである。
怒濤の二週間が昨日の体育指導委員会で終わり、今日は仕事もお休みで休憩。 稽古もない一日だ。 てなわけで、一日ボーッとする。 ボーッとしながら台本を二つ読んだ。 何となくここから次回公演の一つが決まりそうな予感・・・・
2002年08月07日(水) |
CD/安全地帯「安全地帯9(本当は9はローマ数字)」 |
安全地帯が久々に活動開始!! そして10年ぶりの新譜!
安全地帯は解散したわけではなく、玉置浩二がレコード会社を移籍したことによってアーティストとしての契約が成り立たなくなって一時活動を停止していた。 そして、今回の復活である。 しかし、復活とは言っても玉置のソロライブではギターの武沢豊の一人を除いてはいつも一緒に活動をしていた。 おかげで、ソロコンサートでもいつでも安全地帯サウンドもどきを体験していた。
でも、でもね、さすがにソロはソロ、そして、バンドはバンドである。 やはりソロのサウンドとは違うのである。 そして曲調もあの頃の安全地帯のサウンドをベースに新しさを追加した感じになっている。
安全地帯は今までに一回だけライブを見たことがある。 丁度解散の噂真只中の事実上のラストライブ。 当時流行り始めていたアコースティックサウンドでの演奏だった。 実はこの時安全地帯初体験である。 その時の演奏は今でも脳裏に焼き付いている。 いろんな意味でテンションが高くなった玉置浩二の独り舞台と言った感じのライブだった。 とにかく最初から最後まで飛ばしまくリで、MCもほとんどなし。 歌も、歌と言うよりは叫びと言った方があってる感じの歌い方だった。 その後、ドラマや映画で「良い人」を演じたりしているが、その片鱗も見えないようなキャラだった。
そういう意味で今回のアルバムは・・・ やはり10年と言う月日は人を変えて行くものだ。 10年前は否定と破壊に満ちあふれていた感じの物が多かったが、今回は肯定と調和がテーマになっているような歌が多い。 また今回のアルバムは久々に「松井=玉置」コンビが復活している。 松井五郎の特徴は短い言葉の中に様々な意味を注入することができる人だと言うことだ。 そして、玉置浩二のメロディーと表情のある歌声でその意味を増幅させる。 そんな相乗効果のある二人の今回の出来は、やはり格別の物がある。
改めて言う間でもないが、世間で言われている「代表曲」とそのアーティストのカラーは必ずしも一致しない。 安全地帯はまさに一致しないバンドの一つである。
11月のライブが楽しみである。
57回めの原爆記念日。
広島という世界からするととても小さな街で行なわれるセレモニーにたくさんの人たちの目が注がれる。 この日を迎えるにあたって毎年様々なところで「核」兵器の議論が活発になるが、何か議論がすり替えられている気がする。
本当は「核」の話ではなく、殺しあいそのものを否定して行かなくてはいけないのに。
だけど、政治家の話は「核」の是非に終止してしまう。
こんなことをしている間にも、宇宙から見れば見えない線を境にした殺しあいが何処かで行なわれている。
「非核」ではなく「非戦」なのだ。
核をなくすことは簡単だが、戦いをなくすのは難しいのだ。
怒濤の二週間が終わったと思いきや、今日も休日出勤。 上司が暫く高飛びして海外に行くので、その間の引き継ぎやらなんやらである。
うーむ、オイラも何処か南の島でただただボーッとしてみたい。
そして、昼寝を挟んで夜は稽古だ。 この日の稽古は中日新聞さんが取材に見えた。 そのせいか、心無しかテンションが高い役者が何人もいた。 なんにも言ってないのに代役に立って写真に写ろうとする役者もいた。 結構みんなげんきんなものだ。 普段からこんな積極姿勢を見せてくれればと思うのだが・・・
そういえば、先日ボーダーラインだった役者は、なんとか舞台にでられることになった。 日曜日の稽古で、オイラはいない状況だったが他に一緒にキャスト決めに関わった役者達の意見を聞いた上での決定だ。 その場に相手になる役者がいない状態での稽古ではあったが、何とかなるだろうと言うことだ。
本番まで残すところ3週間を切った。 この結論も間違ってない、そう思える決断でありたい。
怒濤の二週間の最後を飾るに相応しい大イベント「町民水泳大会」。 よくぞこの状況の中でここまで出来ましたと言うくらい過密スケジュールの中での事業展開だった。
この日も朝から暑かった。 そしてそれまでの疲れもあって、体調は最悪。 口中には口内炎の嵐である。 そしてこの暑さ。
そんで水泳大会の方はというと、まるで夢の中でやってるような、そんな感じである。 今この場にいるのに、何故かこの場にいないような、、、、 現場にいてちゃんと仕事してるのに、していないような、、、 不思議な感覚である。 それでも大会の方は滞りなく進んで行き、なんとか終わって行った。
夜は、体育指導委員さん達と納涼会である。 今さら何故「納涼」会なのかという突っ込みはおいておいて、とにかく飲んだ(・・・ようだ) 飲み放題で、出て来るビールが「EBISU」ビール。 分かる人には分かると思うがこれは強烈である。
当然、何時どうやって家に帰ったかと言う記憶が、今一つである。
朝から翌日の水泳大会の準備で炎天下の作業。 もうヘロヘロだ。
そして夜は稽古。 ここのところの稽古は場面を流し、気になるところをチェックしアタリは週末の通し稽古で見ていくという手法をとっている。 しかし、今日は週末だが欠席者が多く抜き稽古。 だんだん芝居の形が出来つつあるが、役者によってはまだまだ気持ちがつながらなかったり台本を勘違いして読んでいる。 その辺の修正をしていった。 そしてもう一つ気がかりは、現在ボーダーラインの役者がもう一つ階段を上がり切れていない。 役は出来ているのだがむらがあるし、もひとつ芝居に乗り切れていない。 このままでは、また苦渋の決断を迫られるところだ。
のこされた時間は後あと僅か! 頑張って欲しいものだ。
体力「維持」の為に自転車通勤をはじめた。 体育館までの片道約3キロ。 これを一日2往復するので計12キロ。 時間として約40分程度の運動である。 車の通勤と比べて時間は何故か変わらないし、お金もかからない。 この時期汗は出るが、車に乗った瞬間に比べ遙かに涼しい。 なかなか快適な通勤方法である。 でもオイラは寒いのが苦手。 きっと冬にはあっという間に車で通勤してるんだろうなあ・・・・
2002年08月01日(木) |
扶桑町制50周年記念式典 |
今日はオイラの住む(そして勤める)扶桑町の50才の誕生日。 そんでもって式典の音響スタッフ!!
今回は文化会館じゃなく中央公民館のフロアに茶席風のセットを組んで、森の中の茶席をイメージした空間を演出。 森をイメージした照明と鳥のさえずりのBGM。 行政の式典としてはかなり挑戦的な内容だ。
前日の仕込みが終わって町長が会場の最終チェックに来た時、感嘆の声を上げた。 この時、今までやって来て良かったと心から思った。
そして今日の式典。 様々な来賓の祝辞の中で、元扶桑町職員の県会議員は労をねぎらってくれ、隣町の大口町長はものすごく悔しそうな表情でコメントをした。 してやってりだ。
しかし、この類いの式典は心臓には良くない。 最高に緊張したのは「君が代」を流す瞬間だ。 まだまだ戦前世代の多い会場は、やはり「君が代」には敏感なのである。 流した演奏は陸上自衛隊音楽隊のもの。 そして歌いやすいよう、普段よりもちょっと大きめのレベル。 そこまでちゃんと計算が出来ていたのに、やはりスイッチをおして音が流れるほんの一瞬の間が永遠の時間に感じる。 その昔、「君が代」を間違えたために自殺をしたと言うエピソードまであるくらいだ。 個人的に君が代には何の思い入れもない。 でも、思い入れのある人たちの気持ちは大事にしなければいけない。 そんなこんなで大緊張をした。
それが終わったせいもあって、県議のコメントにぐっと来て、アトラクションの太鼓演奏にまたぐっときたのだった。
そして今日、川上憲伸が巨人を相手にノーヒットノーラン!! 素晴らしい一日だ!!
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