兼松孝行の日々つれづれ

2002年06月30日(日) プール掃除&稽古

来月から始まるプールのためにプール掃除が始まった。
まずは薬で藻を殺して、水を抜いて、そして掃除して、水を入れれば出来上がり。
しかし、言葉では簡単なことだけどこれが結構な手間なのである。
25m×25m×1.3mの容積があるので水を抜くだけでも丸2日かかるのだ。
そして今日は沈殿していた藻やなんかを取り除く作業だった。
これがまた臭い!
すくってもすくっても次々と排水溝やいろんなところから藻や虫の死骸が流れ込んで来る。
結局この日はタイムアップ!!
翌日に持ち越しになった。

その後家で一回シャワーを浴びてから稽古に行く。

今日は日曜日だから人がいっぱいいるぜい!
と喜び勇んだのもつかの間、稽古開始時間にはわずか3人・・・・
おいおい、たのむって、という気持ちをぐっとこらえて、個人練習をしながら人がやって来るのを待った。
みんなが集れたのは結局7時すぎ。
なかなか予定どうりには行かないもんだなあ。

そういえばワールドカップが終わった。
ブラジルの優勝と言う結果だったが、いわゆるジンクスと言うのはなかなか破れないもんだなあと感じた。
南米のチームと欧州のチームが交互に優勝している。
うちの職場ではこれを「談合」と呼ぶ。
でも、これは談合ではないから「ジンクス」になる。

もう少し時間が立ってから、ワールドカップをちゃんと回顧してみようと思う。



2002年06月29日(土) 劇団TEN「カレッジ オブ ザ ウインド」

今日は多治見と東別院で各々交流のある劇団の本番のある日だった。
仕事の関係もあり、いけるかいけないかギリギリのところだったが、東別院なら電車で何とか間に合いそうだったので多治見の方にごめんなさい(ほんとにごめんなさいタカムラさん)をして劇団TENの本番を見に行く。

久々に電車にのって名古屋に行ったが、吃驚するのは電車にのってる間殆どの人が携帯電話とにらめっこをしていた。
オイラも負け時とにらめっこをしてみたが、すぐに飽きて終わってしまう。
みんななんであんなに携帯電話とにらめっこ出来るか不思議だった。

芝居はほんとに開演ギリギリに間に合った。
開演してまもなく、出演者の友達だと思われる前の列に座っていたお客さんが3人程「あいつはこうでこうで云々・・・」と話しはじめた。
これにはさすがに怒れて来た。
あんたは何しに来とるんじゃい!
お茶のまでテレビ見てるんじゃないんだよ!!
しかし怒ってばかりいても芝居に集中できないので、なんとか気持ちを落ち着かせて芝居に集中する。

小屋のせいかどうか分からないけど、言葉が聞き取れないところが多かった。
役者によって聞こえる聞こえないの差が激しかったので、きっとこれは小屋のせいではなくスキルの問題なんだろうなあ。
それでも前半はいい感じでテンポよく芝居も進んで行った。

後半に入ってちょっと芝居にチグハグな感じが出て来た。
集中力がぷつんと切れた感じである。
以前稽古を見に行った時に感じた良くない癖が目立って見えて来た感じである。
そしてなんと言っても残念だったのがクライマックスシーンで伝わって欲しい気持ちが伝わり切らなかった部分がおしい。
もっとおおきな気持ちのヤマを見せてくれると、その前のシーンがどんなに良くなくても、全てを持っていけるだけの感動があったのに、と、とても惜しい芝居だった。

公演終了後主宰で演出のTurumiさんとお話をする時間があった。
その時に芝居の感想を求められて、そんな話をした。
その時とった演出さんの行動がオイラにはたまらなく新鮮だったし真似できないことだなあと思った。
オイラ達が話してここはこういうふうがいいよなあ、といったことで思い当たる節があることを、その場で携帯電話で各役者に連絡をとりはじめた。
いろんな意見はあるとは思うが、オイラにとってはその姿勢が素敵だと思った。

Turumiさんと役者の実年齢が一回りぐらい違う状況なので、いろんなジェネレーションギャップを感じながら劇団をやって来たと思うし、それゆえの苦悩を抱えながら今日の本番を向かえたのだと思う。
でも、この人がいる限りこの劇団は何とか生き残っていけるんじゃないだろうかと思わせた夜だった。



2002年06月28日(金) 長野県飯田市

来月のラフティング教室に向けた打ち合わせと下見に長野県飯田市まで足を運んだ。
久々に天気もよく下見には絶好の天気だった。

やはり山間の街だけあって環境は最高だ。
この街に扶桑の子供達がやって来て、いつもと違う風景や自然に触れ親しんでくれる姿を想像するとわくわくする。
ラフティングをする天竜川も、さほど大きな川ではないけど水は綺麗で流れも緩やかなところや激しいところなど、変化に富んでいてラフティングにはもってこいだ。
お昼御飯は五平餅の手作り体験と盛り沢山だ。
当日、こんなふうに晴れてくれることを願う。

飯田から戻って来てから体育協会の親睦会。
みんな飲む飲む。
オイラも調子にのって冷酒をガンガン言ってしまい、二次会もガンガンいって気がついたら午前2時をはるかに回ってしまっていた。

次の日も頭ガンガンだったことは言うまでもない。



2002年06月27日(木) 月収約48万円!!

月収48万円と言ってもオイラの給料の話ではない。
オイラの給料はもっとやすい・・・・(涙)

今度ドラゴンズにやってくるキューバの至宝リナレス選手の給料のことである。
実力的にはキューバから亡命して大リーグにはいったホセ・カンセコと肩を並べる実力である。
年齢的に(34才)どうかという声もあるが、日本にだって34を越えて尚現役で頑張ってる人も沢山いるので問題ないと思う。
通常なら何億というお金が飛び交うのであるが、4000ドル、月収約48万円である。
そして、この金額は全額リナレスに行くわけではなく、いったんキューバの派遣元を経由して彼に払われる金額である。
ホームラン賞とかがどうなるか分からないが、月間10本打てばあっという間に給料は倍額になる計算である。
このお金にこだわらずに派遣を決めたキューバも偉いと思うけど、同時にドラゴンズもキューバに対して約30万ドルで3球場の外野フェンスにラバーをつける工事をする支援を約束している。
これもまた泣かせる話である。

この日本人選手よりもものすごく安い助っ人がドラゴンズにとってもキューバにとっても輝く存在であることを祈っている。



2002年06月26日(水) 稽古!!

W杯決勝はブラジル対ドイツ!
史上初の顔合わせ!!
はたして、ブラジルのジンクスをドイツは破ることができるんでしょうか?
いろんな意味で楽しみな一戦。
そして3位決定戦は、トルコが余りにも状況的に可哀想な韓国開催。
トルコは何処までガンバってくれるのでしょう。
そして、アジアのサッカーは何処まで上り詰めてくれるのでしょう。
とにかく楽しみです。


職場で見なれないジープがズーッと止まってた。
しかも通常駐車場として使わないところに。
で、上司に聞いてみた。

「あのー、燃費の悪そうな見なれないジープがとまってるんですけど・・・」
「オー、俺のだ。」
「!!!」

あれまあ。
そうだったのか。
しかし、オイラが気にしたのがよっぽど嬉しかったらしく、この車に至るまでの顛末をいろいろと話してくれた。
買って初日に早速燃料キャップが壊れたそうな。
恐るべし!!外車!!

稽古は中盤戦に入って来た。
今回一部ダブルキャストの予定だが、そのダブルキャストにそろそろ差が出来はじめて来た。
稽古の出席状況やもともとのキャリア等、差の出来る要因はあるわけだけど、お客さんの前でそんな言い訳は通用しない。
てなわけで、割切って出来が一定水準をこえない場合はダブルではなくなる可能性も示唆しながらこれから稽古をすすめることになっていくだろう。



2002年06月25日(火) カリスマ

最近ふと思うことがあった。
どうして最近のライブでは下手から出て下手にはけるんだろう。
ハコによって違うと言うこともないらしいなあと。
ハウスミキサーの位置によるものなのかな、、、でも、人が通れるくらいのスペースが用意してあるしな、、、なんてことを考えてたら・・・そう言えば昔のコンサートって舞台セットの中やセンター奥にはけることが多かったよなあ、ってことに気付いた。

それはひょっとしてアーティストとオーディエンスの関係が変わって来たからなのかなと思った。
もちろんステージに対する当時の流行りもあったんだと思うのだけど、何か以前は音楽以上の物を表現しようとしていたような気がしてならない。
例えば、LPのジャケットにファッショ的な模様が描かれていたり、宗教まがいの物が描かれていたり。
そしてライブもそうだったんじゃないだろうかと。
アーティストを神格化したり、ライブ自体に音楽以上のメッセージを持たせていたからこそ、いわゆる「かっこよさ」「アーティストらしさ」が求められて、出はけが舞台奥だったりしたんじゃないのかなと。
言葉を変えれば「カリスマ」を作り出す作業をライブでしてたのかなと。

象徴的なライブを見たことがある。
1984.8.11芦ノ湖畔ピクニックガーデンで3万人を動員して行なわれたTULIPの野外ライブである。
この日の為に「PAGODA」と名付けられた何十メートルという塔が象徴として建てられていた。
これだけでも異様な雰囲気である。
そして、ライブの一番最後に階段状のステージの一番上に巨大な人の顔のモチーフが登場する。
そして、バンドメンバーはそこに向かってゆっくりと上っていく。
そして終演。
その過程はまさに「カリスマ」が作られるそれだった。

そういえば、今きままに音楽をしようとしているアーティストは80年代に「カリスマ」と呼ばれていたり、「カリスマ的存在」だった人たちが多い。
そして今、「らしさ」を拒否し気ままに音楽を楽しむ方向に動きつつあるんだろうか、そんなことを考えた。
同時に、「カリスマ」なんて言う虚構を信じなくても良くなったのか、そんな余裕すらなくなってしまったのか・・・



2002年06月24日(月) 稽古!!

本日も稽古。
実は昨日も稽古だった。

昨日オイラがライブにかまけてる間、裏方は喧々諤々の話をしていたようだ。
その結果をいろんな人から聞いた。
いろんな立場でいろんな人がいろんな意見を言う。
でも、思うことはたったひとつ。
どうも意思疎通が出来ていない。

コミュニケーションの取り方は人によって様々だ。
そこは認めて行かなくてはいけない。
しかし、だからといって必要なことを確認せず終わってしまっては何の意味もない。
意志確認のコミュニケーション、具体的な物事伝達のコミュニケーション、それぞれの使い分けが出来ていない。
組織の顔としてのコミュニケーション、個人としてのコミュニケーション、各々の使い分けも出来ていない。

このままだと、この劇団は協力者をどんどん失って行く結果になりはしないだろうか・・・

そんな不安な思いを抱きながら芝居を作って行かなくてはいけない状況というは、代表として、演出としてこの上ない恐怖である。



2002年06月23日(日) 小田和正「K.ODA TOUR 2002/KIRA KIRA」

6月はとにかく芝居やライブをたくさん見た。
そして、これが一応の一区切り(実は7月頭にも芝居を大阪まで見に行くのだった)。

53歳にして堂々オリコン1位獲得のアルバム「自己ベスト」を引っさげてのツアー。
このツアー、途中で体調を崩していくつかの会場をキャンセルしている。

実際にライブを見てみて「あ−、こりゃ一歩間違うと体調崩すよなぁ」と思わされるライブだった。

セットリストが25曲を超える!
サイズが3時間!!
しかも、動く動く!!!
53歳という高齢(!)にむち打ってやってますっていう感じ。

でも、ライブ自体は肩ひじの力を貫いて、本当に音楽を楽しんでますっていう感じだった。
余分なこと考えずに頭をからっぽにして楽しめるライブだった。

ステージはセンターに花道込みの張り出し舞台を作り、ステージ上に抽選で当たったお客さん50人程上がってもらって、一見するとセンターステージのような、そんな開放感に満ちたステージだった。
で、目に見えてるお客さん達のノリが良かった所為もあってライブが始まってからとにかくノリノリのライブだった。

ライブは2部構成のような感じで、前半と後半の間に「御当地紀行」というコーナーがあって、ステージ上の巨大なスクリーンにライブ会場の周辺や観光地等を小田和正自身が回ってレポートする映像が流された。
今回は中区周辺の名所めぐりである。
大須、栄地下街、名古屋城、山本屋本店、久屋大通り公園等・・・・
以前はナゴヤドームを訪ねて親友である星野監督を訪ねたリ、明治村にいった映像もあった。
撮って編集して完パケにする作業を当日にやっているから驚きである。

この日のハイライトはアンコールにいつか聞いた懐かしいイントロが流れて来て、でもこのシンセのイントロは小田和正の曲でなく・・・
おー!ff(フォルテシモ)だ!
ハウンドドッグ大友康平の登場!!
会場は一気にロックコンサート会場に変身した。
ちなみに前日はASKAが登場したそうな。
いろんな友達が遊びに来てくれるライブ、小田和正自身も「つくづく幸せだなあ」と言っていたように、ほんとうに幸せな人だなあと感じた。

全体的な印象としては、小田和正の家でライブをしているような、ほんとにあたたかなライブだった。
小田和正自身は体調が完全でないのか声の調子がもう一つだったけど、ちゃんと気持ちが伝わって来て、ほんとにお腹一杯になったライブだった。

唯一許せないことがあるとすれば、明かりのミスが余りにも多すぎたことだ。

それはさて置き、あの年であんなに気持ちよくライブをしている姿を見ると、何だかうらやましく思えたり、年をとる楽しみが増えたりと、いろんな意味で前向きに成れるような、そんな気持ちになった。



2002年06月22日(土) スポンサー!!

今日うちの劇団にスポンサーがついた。

旗揚げ当初から気になって見ていたんだそうだ。
自分がこの街で劇団を旗揚げして今までこの街に根を生やしてやって来たことが、だんだん形になりかけている。

ものすごく嬉しいことだ。

この期待に違わぬよう、気を引き締めて行かなくてはいけない。



2002年06月21日(金) サッカーは演出の糧になる

演劇の演出とサッカーの監督は良く似てるなあと思うことが良くある。

11人という限られた枠の中で、誰がどんな長所と短所を持っていて、どのポジションにすえるのが一番いいか常に考えている。
そして、相手チームによって相性もあるのでそれも加味して考えて行かなくてはいけない。
それは、芝居のキャスティングが台本が変わる度に変わって行くようなものである。
そして攻撃的に行くのか守備的に行くのか、それは台本によってどんなアプローチをして行くかという点に似ているのである。

そして、今回こうやってサッカーを見ていると、戦っているのは選手なんだけど、その向こうにいる監督の気持ちがひしひしと感じるのだ。
たとえば、トルシエ監督の決勝トーナメントでの選手起用を見ていると、彼自身未経験の領域でることと、チュニジア戦での神がかり的な選手起用の成功などのいろいろな要因が加わって、結果世間を驚かせる先発メンバーになった。
オイラはやってはいけないことをしてしまったなあという思いがあった。

芝居についても劇団が成長して次のステージに上がっていくきっかけの公演や初めて芝居を行なう場所での公演は、やはりレギュラーメンバーを中心に考えて行くのである。
そうでないと、いつもの感じがなかなか出来て行かなくなってしまう。

そしてトルシエはその過ちを犯してしまった。
サッカーファンの間ではこの段階で議論は終わり、トルシエが戦犯に祭り上げられておしまいである。

でも、でもね。

オイラはトルシエのことを責める気になれないのである。
彼の決勝トーナメントという大舞台に対する色気や、このメンバーでもう一つ勝てればこの先あっという間に決勝トーナメントを勝ち進んでいけるだけの力を持てるという確信めいた閃きがあったんだと思う。
そして、彼の目標はあくまで高かったんだと思う。
それが見えたからこそ、この国のサッカーをとても高いレベルに持ち上げる戦いを本番の舞台でもやって行ったんだと思う。

そしてそれは、演出であるオイラもやはり考えることなのである。
このメンバーで成果をおさめることができれば、このやり方で結果が出ればこの先の苦労が少しでも少なくなってくと。

そして、トルシエは16強で結果は終わったものの、その先の夢まで見せてくれたのである。
数年前まで考えられなかったことであり、ものすごい成果である。

オイラはそんなことを思いながらワールドカップを眺めていた。

有り体の言葉でまとめるならば「サッカーは演出の糧になる」ということだ。



2002年06月20日(木) 稽古!!

遂に台本を放しての稽古開始。

台本を放さなくては稽古は出来ないタイプの芝居なので、今日からというその日にみんなセリフを入れて来たことで一安心。
しかし、最初の稽古なので役者にとってはヤマをはりやすかったという噂も・・・

で、肝心な稽古の出来については、うーん、今日はもう一つかなぁ。

今回の芝居はセリフを入れて、立ち位置決めて、はいおしまいという芝居ではない。
見る側もやる側も如何に想像力を膨らませていけるかというところがポイントになっている。
その為に必要な身体の動きだったり、擬音でのフォローだったりというところの肉付けが重要になってくる。
なかなかその部分が消化できなかったり、自分の思い込みの中で芝居を組み立ててしまっているところが目立った。

これを解消して行くには、とにかく稽古場でアプローチし続けて行くしかない。
いままでもやってきたつもりでいたが、残念ながら結果が伴っていない。
まず役者にこの芝居で必要なことを理解してもらわなければいけない。

これからの2ヶ月あまり戦いが続く。



2002年06月19日(水) 選曲練り直し

久々の選曲練り直し作業。

稽古を続けながら、おや?と思うところがあると、直ぐには直さなくて一通り稽古を回してから疑問点を溜めてから、ある日一気にやるのだ。
一気にやるのでそれはそれは時間がかかるので、翌日休みの日か翌日休みに「した」日にやるのである。

今回は後者。

曲を検証して行くことは、芝居全体の検証にもなる。
今回の検証結果は、オイラの演出史上最高の舞台になること間違いない予定だ。
あとはオイラの現場での指揮能力が加味されて本番での成果になるのである。

戦術は最高だけど結果の出ないサッカーチームみたいにはなりたくないなあ。
その逆の方がマシだなあ。

あと2ヶ月、はてさてどうなることやら。



2002年06月18日(火) ブルーの溜息

日本代表敗戦。
イタリア代表敗戦。
中日ドラゴンズ敗戦。

はあ〜。

溜息ばかりである。

もちろん日本代表はものすごく頑張ったと思うし、強くなったと思う。
でも応援していたオイラにもなぜだか分からない喪失感が襲う。
テレビで岡田前日本代表監督が言っていたことが、その全てを言い尽くしている。

イタリアも負けた。
もちろん韓国を応援していないわけではないが、優勝一番押しだったチームなので、ビックリした。
しかし、韓国は本当に「戦うチーム」になっていた。
韓国強い!!
このまま、決勝に日本で試合をして欲しいと思う。

そして中日ドラゴンズ。
立浪のつまらないエラーで敗戦。
今まで好調だったせいで、心の隙があったのか。
やはり勝負は集中力が切れたらおしまいである。

2006年に向けて頑張れ!日本代表!!



2002年06月17日(月) 稽古!!

昼間にスポンサーさん周りをした。
その中で、今回の芝居に必要な機材を貸してくれるところが見つかった。
連絡をとってくれたスポンサーの一人は「それは君の運がいいからだよ。」といってくれた。
いわれた時は何のことか分からなかったけど、きっと喜んでいい話なんだろうなあ、と今は理解している。

その後昨日の不動産やさんへ。
しかし、やはり記憶のない様子。
だけど、「少しなら協力するよ」との嬉しい御返事をいただく。
具体的は話は金曜日以降となった。

こういったスポンサーは個人としてのつながりを大切にしてくれてる人と、組織としてのつながりを大切にしてくれてる人といるので、そこを間違えると大変なことになる。
今のところ個人的におつき合い出来る限界まで来ているので、新しいスポンサーさんはここまでにしようかと思っている。
他の人がもっと動いてくれれば仕事量は減って行くのだけどなぁ。

そして稽古。
ある程度役者が集まったので、やっと最後のクライマックスシーンを作ることが出来た。
人が集まるととっても素敵なところは、誰か一人テンションを上げて行くとそれが伝染して行くことである。
そして、言葉でいわなくても大事なことを感じ取ってやってくれるのである。
もちろんその逆もある。
この間までデフレ状態だった稽古も、やっと景気回復の兆しを見せてくれるようになって来た。
本番に景気のピークを持っていけるようにこれからどんどんやって行こう。



2002年06月16日(日) 稽古!!

今朝は壮年ソフトで朝もはよから仕事だった。

さて、日曜日の稽古といえば演出はわくわくする。
それは何故か?
人が集まるからだったのだった。
制作が作った予定表を見ても、みんな○がズラーっと並んでいる。
これはいけるぜ!

と思って稽古場に来てみたら欠席の嵐・・・
とほほ、予定が立ちませんがな(泣)

しかし、それはそれ。
今、目の前にいる人たちのシーンを重点的に行なった。
久しぶりにクリエイティブな稽古になって幸せだった。
役者達もいろんなアイディアを出してくれたし、稽古場は今までになくテンションの高い場所になった。
そして場面場面の輪郭がハッキリと見えて来た。
役者もこの日の稽古で芝居に必要なエッセンスのかなりの部分を会得できたと思う。

稽古後いつもの飲み屋に行く。

隣の席に座っていた、前の部署でお知り合いになった不動産屋さんの社長さんが、
「月に10万だしたるわ!」
と、いってくれた。
しかし酔った席での話なので、あまり信用できないが、基本的には真摯な人なのであす確認をしてみようと思う。
でも、酔った席での話だから多分ダメだろうなあ・・・



2002年06月15日(土) 劇団サラダ「月紅夜話〜Shining in darkness〜」

先日サラダ☆Beansに出てもらった玉腰のいる劇団サラダの本公演を見た。

劇場に入る前に入り口で玉腰に会いワールドカップ日本戦の結果を伝える。
これが彼のテンションを上げたようだ。

劇場に入り劇団Beansの旗揚げメンバーの一人に出会う、いや、正確にはすれ違った程度かな。
声がかけれずちょっとした寂しさが襲う。

さて芝居の方は一言でいえば前半よくて後半だれたという感じ。

主役の血(けつ)くんは今回が初主演だが彼が頑張っていた。
うん、頑張っていた、頑張ってはいたのだけど後半の気持ちの盛り上がりが今一つのためか、せっかくのラブシーンが単なるクサイ芝居になりかけてしまった。
それはヒロイン役のつく音さんにも言えるのである。
稽古をした場面とそうでない場面がハッキリとしていた。

ストーリーとしては入江が鳴神をかばうきっかけが説得力を持たないところを除けば、割と好きな感じで一度台本をちゃんと読んでみたいなあと思った。

演出的には、まず自分の世界観があって、それをセットで表現して、あとは役者をどう使って行くかという感じに見えた。
役者に期待している気持ちは良く分かるが、もう少し割切るところは割切って、物語を作って行くことに精力を使った方がいいのではないかという印象だ。
あの世界は嫌いではなく、むしろ好きな世界なのでもったいないなあという印象である。

この回はいろいろとハプニングもあった回だった。
舞台セットや小道具が次々と壊れて行った。
そこでお客さんの気持ちが切れた感は否めない。

全体的にはいい方向に向かっているという印象を受けたので、もう少し時間をかけてから舞台に臨みましょうという感じの公演だった。



2002年06月14日(金) やったぜ!決勝トーナメント進出!!改訂版

仕事をサボって名古屋の「サン・カフェ」で大画面中継を見ていた。
応援フェアでビールが一杯200円!!
しかし、車で来たし、そのあと芝居を見に行かなくてはいけないので涙を飲んで一杯で済ませた。

そういえば、街に出て来たはいいけどテレビのあるお店に入れない「サッカー難民」がたくさんいたなあ。

試合内容は御存知のとおり。
本当に日本は強くなった。

さあ、決勝トーナメントだ!
トルコを破ってセネガル(又はスウェーデン)も破って4強入りだ!!
4強行ったらブラジルあたりに撃沈だ!!

今日見た芝居の感想はまた明日。



2002年06月13日(木) 希望舞台「釈迦内柩唄(しゃかないひつぎのうた)」

元劇団員が5年前声優を目指し東京に旅立っていた。
その彼女が希望舞台で客演として小牧市に凱旋公演。

いったい彼女はどんな役者になったんだろう。
いろんなところで揉まれながらどんなふうに成長してきたんだろう。
そんな思いばかりで見に行った公演だった。

しかし劇場に入ってすぐそんな思いは何処かにかき消されてしまった。
チラシで見ていたこの芝居の主役と思われていた役者さんが、受付にいた時には「オー、看板役者が受付をしなくてはいけないくらい劇団員が少ないのか?」と思いきや、配られたパンフレットを見ると主役は別の人がやることになっている。
あの顔写真入りのチラシはいったいなんだったのだろう。
ホームページまで見ていろいろと期待しながら見に行ったのに〜!
これは新手の詐欺なのか?

開演前、聞き覚えのある癖のある喋り方で前説があった。
なかなか緊張した感じだった。
そして、開演直前この興行をかった小牧芝居を見る会の代表のあいさつ。
このあいさつで、今日から主役交代と言うお知らせが。
あれまあ!

てなわけで、さまざまな芝居以外の事情がオイラを襲い開演である。

一幕三場で構成されたこの舞台。
「語り」「回想」「語り」で構成されていた。
「語り」は主役の一人舞台。
これがまた長い!
そして初めての本番ということで、緊張の余り芝居は堅いし気持ちが伝わって来ない。
この芝居に要求された役としてはまだ未完成なまま舞台に立ってしまったと言う感じだった。
「回想」シーンでは元劇団員をはじめとして主役の家族が勢ぞろい。
時間の流れも会話も動きもいい感じで纏まっていたし、ちゃんと当時の家族の匂いがする舞台だった。
で、当の彼女はと言えばセリフの殆どない役だった。
そして出る時間は長い。
もちろんオイラ達と一緒にやってた頃と比べてずいぶん上手くなってはいるけど、ほとんど演出の手がかかってない感じで、セリフのない分、間を埋めるのに四苦八苦していた様子だった。
そしてラストの「語り」へ。

このラストシーンで父の死によってバラバラになった家族が戻って来る直前で思わせぶりに芝居は終わるのだが、今の時代人々が安心する舞台を作るんであれば、戻ってきた家族とちゃんと会話させるのが得策だし、本当に見たいのは、その会話そのものだと思うのはオイラだけではない。

そして、この芝居で最も共感できた役は殺した朝鮮人を「軍の命令」という一言で法律も無視して火葬しろ、と高圧的に迫る軍人の役だ。
チョイ役ではあるが、白も黒も全部ひっくるめて同じ色に染めあげなければならないその葛藤たるや凄まじいものがあっただろう。
そしてその部分だけで、この軍人が主役の芝居が一つできてしまう程だ。
そういう意味では美味しい役ではあるが、何分戦争世代の脚本は軍人は何処までいっても権力の象徴としてしか書かれない。
ちょっと残念である。

全体的には演出家の年齢から来る体内時間にあわせた芝居だという感じで、世代の違うオイラにはちょっとかったるい感じだった。
でもそれは同時にオイラが年をとっても演出をやっていたならば、同様に時間の流れが緩くなるという変化が必ず起こることを意味している。
それを証明するかのごとく、やはり演出と同世代の人たちはちゃんと芝居をゆっくりゆっくり味わいながら見ているのである。
そして同時にこれは、万人に受ける芝居を意図的に作るのは非常に難しいということを意味している。
世代によって流れる時間のスピードも共通言語も違うのである。

この経験が直接今の芝居作りにフィードバックされることはないだろうけど、恐らく年単位の長い目で見れば、何処かしらで影響は出て来るんだろうなあ。

そんなことを徒然に思った芝居だった。

そして劇団を離れた彼女は何処へ向かって行くんだろう。
楽しみでもありせつなくもある。



2002年06月12日(水) 体育指導委員会

本日体育指導委員会。

日曜日紛糾した会議から、いろいろと調整をとって、オイラを含めた当事者どうしももう一度膝をつきあわせて冷静になって話を進めて行った結果、何とか無事に会議は終了した。

会議終了後上司と会議紛糾の原因の体育指導委員さんと八に飲みに行った。
いろんな話をした。
オイラの方が年下と言うこともあり、基本的には一方的に人生について教えられる結果に。
しかし、その体育指導委員さんが何を求めていて、どうしてあの場でそんな反応をしたのか少しばかり分かった気がした。
そしてわっかったからこそ許せる部分と、逆に許せない部分がオイラの中に存在しする。

もちろん、怒ってしまえばそれまでだが、そうしなくても上手くやっていける方法を模索しなくてはいけない。

八で飲んだ後に上司ととある飲み屋に行く。
そこで散々飲んで唄って発散させてもらった。
家に帰ったのが3時過ぎだった。
当然嫁さんに怒られた・・・

F組アルゼンチンが負けた。
お前もかって感じ。
予選は勝つサッカーよりも負けないサッカーが有利なのねん。
このままだと強豪国はこぞって日本と韓国のことが嫌いになりそうだなあ〜。

そういえば豊田スタジアムのパブリックビューが中止になった。
せっかっく金曜日に休みを入れていたのに残念だ・・・
家で大人しくするかもう一つの用事に赴くか、そこが問題だ。



2002年06月11日(火) まったりデイズ

一日まったりとしていた。
前日も仕事と稽古でほぼ一日家にいなかった。
てなわけで、できるだけ家族と時間を過ごすべく、家にいた。

でも、ほとんど寝てたと言う噂もある・・・・(笑)

夜は弥生を空手教室に連れて行った。
ここんとこ毎週行っている。
女の子もこの先多少強くなければ、生きていけないとのことで本人の希望もあり入門である。
90分の教室だが何とか飽きずにやっていてホッとした。

そいえば、アイルランドは遂にセカンドラウンドにコマをすすめることが出来た。
やはりドイツ戦の決してあきらめない精神力がもたらした結果だと思う。
スポーツはいろんなことを教えてくれるのだった。



2002年06月10日(月) 稽古!!

昨日の会議紛糾のため今日は休日だったがその調整に出勤。
結局稽古時間まで家に帰れなかった。

体育指導委員と協調してやって行きたかった気持ちが、一気に裏切られた形になった。
これからの付き合いが大変である。

さて、稽古は新しい場面に突入。
この芝居のもっとも特徴的な場面の立ち位置の指定をして行った。
稽古はだんだん気持ちが盛り上がりつつあるが、やはりまだ温度差が感じられる。
今月の中ごろにはこの温度差も修正出来ればなあと思っている。

そういえば今日チュニジアとベルギーが引き分けた。
これで日本は引き分ければセカンドラウンドに進むことができる。
相手はコスタリカかブラジルのどちらかになりそうである。
できれば一位で通過してコスタリカと当たればなあ・・・と甘い期待をしてみるが、本番は何が起こるか分からない。
お隣韓国はアメリカと引き分けたようだが、何とか一緒にセカンドラウンドに進んで欲しいものだ。
しかし次に対戦するのが強敵ポルトガル。
非常に厳しい戦いになりそうである。



2002年06月09日(日) 日本対ロシア

本日稽古日。
しかし、会議が紛糾してしまい結局稽古開始時間に行けず、1時間遅れで稽古場へ。
全ての役者のスタートラインを同じにすべく、いままで来てなかった役の部分を抜きで通す。

そして、午後8時30分から稽古場のテレビでサッカーワールドカップ観戦。
しかしこの時点で稽古場の人数が半分に減った。
意外とサッカーに興味のない劇団員が多いことに驚かされた。

さて、試合の方は見事勝利!!
ただただ嬉しかった。

だけど、見てる側の気持ちとして初戦よりもテンションが上がらなかったし、何故かベルギー戦で引き分けたことの方が嬉しい気持ちが強かった。
やはり初戦は劇団の旗揚げと同じで特別なのかな。

そういえば、ロシアと言えばロシアサッカー協会が裁けなかったチケットをキャンプをはっている地元自治体に寄付したというニュースを見た。
今回の日本戦のチケットも数百枚単位でである。
かなり太っ腹だ。
ロシア協会の姿勢に敬意を表したい。

14日にはいよいよ16強に向けたチュニジア戦だ。
頑張れ!日本!!



2002年06月08日(土) ジュニアスポーツ教室

いつもの穏やかな雰囲気ではなかった。
教室の受付時、友だち同士喧嘩してやってきたようだが、なんだか尋常ではない。
一人の子が、「がー!!がー!!」と大声で唸っている。
何をどう聞いてもかなり興奮している様子で「がー!!がー!!」と唸っている。
教室が始まっても「がー!!がー!!」と唸って、喧嘩した子の方に向かっていこうとしている。
喧嘩した相手の子に「何があったの?」と聞くと「むかついた」。
「手を出したならあやまらな」「絶対あやまらん」と頑固な態度。
一緒に来てた兄貴に何とかしろといっても、「いつもこうだから」と埒があかない。
仕方がないので、親に電話をして「友だちと喧嘩したようで・・・」と言うか言わないかの時に「あー・・・、行きます。」
どうもいつものことのようである。
母親が来て少し落ち着いたようで、やっと日本語を話し始めた。

しばらく体育館の二階に引きこもって落ち着いた頃、オイラが指導しているチームに合流してスポーツで遊び始めた。
幸いみんな仲のいい友だち同士で、その後興奮したりすることもなく平穏に教室は終わっていった。

でも、こうやって簡単にパニックを起こす子がどんどん増えてるってことは、その子が親になった頃はどうなっちゃうんだろうなあ。
ちょっと背筋が寒くなった。



2002年06月07日(金) 燐光群「屋根裏」

七ツ寺共同スタジオで燐光群初観劇。
数年前ここの主催の坂手さんと名刺交換をして依頼、毎回招待券がやってくるのだが、残念ながら首都圏ばかりでの公演のためなかなか見に行くことが出来なかった。
やっと名古屋公演があり念願の観劇である。

今回の屋根裏は「引きこもり」からヒントを得た少し未来の話である。
引きこもるためのスペース「屋根裏」と呼ばれる持ち運び可能な小さな部屋が、インターネット通販で爆発的なヒット。
その「屋根裏」にまつわる様々なエピソードをオムニバス形式で見せていく作品である。

舞台は、おそらく今まで見た芝居でもっとも小さな舞台スペースである。
二畳ほどの平面に、不等辺四角形の断面の箱形で、客席側の壁面を取り払った舞台である。
高さも最も高いところで1500个らいの高さで、役者は直立できない。
座ったり寝たり四つん這いになったりした姿勢で芝居は続いていった。

「屋根裏」は時には引きこもりスペースになったり、山の避難小屋になったり、戦争時のシェルターになったり、ラブホテルになったり。
そこに現れる人々には、「屋根裏」が 必要な必然性のある理由がある。
単に狭いところが好きな人だったり、本当に引きこもってたり、アレルギー対策で外界と隔離するためにつかったり。

そんな中、弟が「屋根裏」の中で自殺した兄が、「屋根裏」を作っている人を探し始める。様々なエピソードを経てやっとたどり着いた工場には、半身不随の弟が自分の居場所をつくるべく「屋根裏」を製作していた。
自殺の弟の兄はたどり着いたが、何のために自分が製作者探しをしていたのか自問自答をする。

そんな話である。

全体的に芯が見えてこない芝居に感じた。
製作者探しという芯になるエピソードの書かれ方が弱いせいか、オムニバスで進められていく様々なエピソードのつながりが弱い感じである。
そして、一つ一つのエピソードも物語として成立していないので、どうもすっきりしない終わり方である。
「屋根裏」という芝居史上最小のスペースから、現代社会をスケッチして広がりを持たせようとする手法は理解できるのだが、もうひとつ理解に苦しむ展開が多すぎた。
劇場を出て「うーん、これは・・・」と考えてみるが意図口が見つからない感じの難解な芝居だった。

場面場面では素敵な場面もあったし、役者も尋常じゃなく上手い。
だからこそ、全体の構成が今ひとつなので、どうにも惜しい感じの仕上がりである。
オムニバス形式のものではなく、一つの物語としての公演を見たいと思った。



2002年06月06日(木) ビデオ&カラオケ

フランス引き分けで大ピンチ!

稽古場で今回の芝居の雰囲気をつかんでもらおうと、ショーマではなく別の劇団が台本を書き直して女性ばっかりでやったビデオを見てもらった。
オイラもちゃんと見るのは今回が初めてだった。
やはり時間をかけて稽古してるだけあっていろんなところが練り混まれている。
遊び心もふんだんにある。
しかし、元の台本に比べて説明が多すぎてうざったかったりするのが気になる。
キャラクタの作り方も女性ばかりと言うこともあるが、いくつか世界のあるうちの一つの世界観が弱いような感じがした。
でも、何はともあれ現時点での芝居の出来の全てを上回っているので、非常に参考になった。
この先、このビデオ鑑賞が芝居の稽古に生きてくれると嬉しいなあ。

稽古後、劇団員の一人と男同士カラオケに行った。
稽古場でなかなか感情を解放して声をだす機会がないのでガス抜きだ。
Mr.Childrenと尾崎豊の歌ばかり絶叫した。
ストレス発散で行ったつもりが後半になるにつれて日頃稽古で声を出していない分、咽と腹筋に疲れが来て逆にストレスがたまってしまった。
うーむ。
しかし、感情はすっかり解放したのでそういう意味では気分すっきりである。



2002年06月05日(水) 長い一日

朝からゲートボール協会のおじいちゃんおばあちゃん達をつれてゲートボール大会である。
協会の代表者には「カネマツ先生様」と呼ばれている。
ものすごく嫌だ。
何が嫌かって言うと、言ってる相手がものすごく卑屈な感じが見て取れるので嫌なのである。
ちなみにゲートボール大会に付き添いで行って、その後することは何もない。
灼熱の車内で、ただただ、試合が終わるのを待っているだけである。

余りにもやることがなかったので、先日入団希望者が持ってきてくれた台本を読む。
うーむ、うちの劇団では未だかつてやったことのないタイプの台本だ。
ストレートな恋愛もの。
ありがちなストーリーとありがちなキャラクタ設定。
懐かしさはあるが切なさや蒼さがもうヒトツ。
これを演出するのは非常に難しい。
筋道は一通りしかないから、付加価値をどうやってプラスして行くかにかかっている。
まあ、もしも芝居として成り立たせるならという話しならだが。

実は台本が難解な方が演出はしやすい。
インスピレーションを沢山もらうし、筋道は一つではないので、そのまま自分の思い入れをストレートに表現出来る。
そして、現場では如何様にでもなるからである。

さて、チームは目出度くベストエイト入りを果し、職場に戻ったのは午後4時頃。

職場に着いて、扶桑町50周年記念式典の打ち合わせ。
2ヶ月後が本番と言うことだが、まだ何も決まっていない。
オイラは音響担当だが、照明関係でもいろいろ打ち合わせ。
音響は簡単そうだが、照明は難儀しそうだ。
なので外注にするかどうか検討するための検討をした。
お、そこのあなた、もしも7月30日〜8月1日がお暇だったら仕事が行くかもよ。
期待せず待っててね。

そして夜は体育祭の打ち合わせ。
おおまかなガイドラインをきめる。
終わったのが午後9時過ぎ。
今日は久々の15時間労働だ。
でも働いた気がしない。
やはりゲートボールの付き添いが余りにも単調な時間だった所為だろう。

家に着いてドイツ対アイルランドの熱戦を見る。
「あきらめない」ことの全てを見せてもらったような試合だ。
後半ロスタイムのアイルランドの攻撃は見事だった。

風呂に入って寝る前に、何げに置いてあったDVD「Bridet Jones's Diary」を見る。
女優が主役と言うのはイマイチな作品が多いので期待せず見る。
しかし、かつて札幌の映画館で暇つぶしに見た「プリティーブライド」の200倍くらい面白かった。
30過ぎの独身女性の本音らしきものが描かれていて、どこにでもいそうなトロイ女の子で、しかも特に仕事に身を捧げているわけでもなく、何となく独身になってしまった感じ。
いつも体重を何となく気にしながら特に努力をするでもなく、決まった友達と常にお酒バンバン煙草バンバンの生活が、身近な誰かとダブったりもした。
しかし、この映画R-15指定なのだが、何故そうなのかが全く分からなかった。
とくにエロイ描写もない。
ただ、物事を順番に経験させないといけない若者に、30代の独身女性の内面を見せるのは、別の意味で刺激が強かろうとは思う。

なんだかんだで、いろいろあった一日だった。



2002年06月04日(火) 日本対ベルギー

一言で言えば、惜しい試合を逃したなあ、というのが正直なところ。

デイフェンスがベルギーに戦術を見抜かれていたにもかかわらず、セットプレー後の2回目のアタックでディフェンスラインを上げてしまい、その裏にボールを入れられゴールをゲットされると言うパターンで2点をとられてしまった。
一度犯した過ちはニ度と繰り返さないようにしてほしい。
しかし、攻撃の面では4年前に3試合で1点しかとれなかったところ、今回の試合だけで2点もとった。
これは大きな進歩だし、世界のゴールは、もはや遠くないと言う証明にもなった。
日本のサッカーはやはり強くなっていたのだ。

まだこれから2試合ある。
ロシア戦に勝てれば決勝トーナメントに間違いなくいけるだろう。
勝負をかけろ!

そして、韓国おめでとう。
歴史的1勝の先を越されてちょっと複雑な気分だけど、ほんとに強い韓国ッサッカーだった。



2002年06月03日(月) とれませんなぁ・・

FIFAページに何度アクセスしても「サーバが混んでます」という表示をする為のソース(文字列)が表示されるのみ。
昨日はなんとか開催地選びのところまでは行ったんだけどなぁ。

チケット問題もいろいろな見方があると思うけど、抽選に外れ続けた身としては、単純に空席は許せない。
何とかして欲しいものだ。



2002年06月02日(日) 日本ライン王国

今朝早く扶桑町大口町親善体育大会の開会式の音響をする。
こういった大会開催時は出勤が午前6時30分だ。
いつも思うが開会式は8時30分なので30分ぐらい遅くても問題はないと思うのだが、そこはやはり体育会系の職場。
事務局は「誰よりも早く」現場に到着していないといけないらしい。
みんな昔ながらの感覚の人たちなので、そう言った積み重ねが物を言って来るようだ。
しかし、朝弱いオイラは非常に辛いのだった。

大会の開会式も無事終了し、午後からは木曽川沿いの市町村でつくる「日本ライン王国」のパーティーの音響の仕事である。
普通のパーティーにアトラクションとしてシャンソンが入るため、全然違う部署だがお手伝いすることになった。
王国に加盟している市町村の首長もやって来るので、それはそれはランクの高いパーティーなのである。
ちなみにこのパーティーは「国民会議」と呼ばれている。
そして、代表者は「大統領」と呼ばれている。
巨大なゴッコ遊びである。

式次第もステージ上のレイアウトも何も決まっていない状態。
ステージ上のレイアウトを責任者の課長に聞くと「好きにして」ということなので好きにした。
音響仕込みは黙々とした作業だった。
他の職員はみんな完璧な素人なのでお手伝いをお願いするよりもひとりでやった方が断然早いのである。

しかし、会場の都合上、卓をステージ袖に組まなければいけない。
音楽物をやるには非常に辛い状況である。
しかも、歌を歌う人は客席内から登場するので全く見えない状態からのスタートである。
芝居の本番以来の緊張が走る。

そういえば司会者がピアノの人の紹介で「国立(くにたち)音楽大学」を「こくりつおんがくだいがく」と読んでいた。
知らないと言うことは恐ろしいことである。
そして会場も誰一人として疑問に思わないのだ。

うーむ、おそるべし!

演奏中はなんなく進んで行ったが、ちょっとミスもあった。
歌い手さんが客席から舞台に上がる途中、リハの時にも「お互い注意しましょう」と話して注意していたハウリング対策を忘れてしまっていたのだった。
要はスピーカにもろにマイクを向けてしまったのである。
うーむ、仕込みの前に分かっていればステレオ出しにしてPANで問題を回避できたのになぁ。
やはり、事前に綿密な打ち合わせが必要だと改めて感じた次第。
反省中である。
お客さんには気付かれない程度のハウリングで済んだんだけど。

バラシが終了して、この日の報酬として、この日余ったビール大瓶1ケースをゲット!
これで暫く酒代に困ることはなくなった。
なぜかお金をもらうよりも嬉しかったりするのだった。

家に帰ってから報酬のビールを飲みながらビデオにとったF組の試合を見る。
やはり力の均衡した素晴らしい試合だった。
こんなに密の濃い試合を一日に何試合も見られるのは幸せなことだ。



2002年06月01日(土) 再び怪獣現れる!!

ここんとこ毎週土曜日の午前中はズーッとジュニアスポーツ教室で子ども達と遊んでいる。
これがまた楽しい。
この教室はそれ自体が笑いあり涙あり、成功あり失敗ありの2時間の壮大なドラマだ。
そう言えば先日NHKのニュースで取り上げられた。
やっぱり誤解して報道されていた。
マスコミなんてそんなもんである。

午後は柔道協会の指導員に受け身を劇団員の一人が伝授された。
芝居の本番に晴れて免許皆伝となるか乞う御期待!

そして、再び怪獣が現れた!
昨年の体育祭準備にも現れた火炎放射器だ。
あすの大会に備えグラウンドの枯れ草を根こそぎ焼き尽くした。
しかし相変わらずの重労働である。
これやったあとは手が振るってもう事務仕事は出来ない。
毎日毎日公園管理で除草をしている人たちの苦労がひしひしと伝わって来るのだった。

そういえば、フランスが負け、カメルーンも引き分けた。
いざ本番となるとなかなか予想どおり上手く行かないものね。
あすのF組がますます楽しみである。


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