Missing Link

2007年01月28日(日) 揺れろ


悲惨なニュースに慣れ過ぎて
感覚が麻痺していく
どこか変だと思いながら
何もしない
だから
これは慣れるのでなく
蓄積されているのだと思う
何かが重く
よくないものが
重くて
どんどん動けなくなるんだ

心が




2007年01月20日(土) 泣かされる


 後輩の彼女を好きになった。

 後輩は気さくで明るくて顔が良くて、オレはその正反対だった。二人を見ていても、どちらかと言えば、彼女の方がぞっこんで、最初から望みなんてまるでなかった。

 なのに諦める事ができなかった。
(絶対言わない、期待しない、ただ見てるだけだからいいだろう…?)
 と、自分に言い訳して、先輩と後輩と後輩の恋人と、そんな役割を続けた。
 彼女と会って1年。後輩とは時々仕事を共にし、たまに三人で居酒屋へ行ったりした。二人は気持ちのいいカップルだったし、時々感じる鈍い痛みさえも慣れてしまった。

 だからバチが当たったんだと思った。



 休みの日、そろそろ眠ろうとした時に、携帯が点滅した。
 こんな時間に誰だよと思って出ると、後輩と同じチームの奴からだった。オレとも一緒に仕事をした事がある。 
 だが話は仕事の事でなく、後輩の事だった。
 彼は震える声で、『彼』の事故をオレに告げた。

 現場に着いたのは、もう日付が変わった後だった。
 走りながら辿り着いた病室の廊下には、知ってる顔と知らない顔に混じって『彼女』がいた。
 ベンチにうずくまる彼女に掛ける言葉がなく佇んでいると、病室から電話をしてきた奴がオレを呼んだ。

 ベッドの上には、何本かの管をつけられ、蒼白な顔をして横たわる後輩がいた。
 まさかまさかまさか、自分の息が止まるような気分がした。
 だけどその時、

「・・・・さん?」

 か細かったが、取りあえず相手の声の出る事に、彼が生きている事に、オレは心の底からほっとした。その場で座りこんでしまうかと思った。
 だけど彼の言った言葉は、再びオレの息を止めた。

「・・・ちゃんの事、頼みますね」

 その瞬間、オレは自分の気持ちが彼にばれている事を悟った。

「・・・ちゃん強気に見えるけど、もろいところもあるから、ずっと、ついていてあげてくださいね」

 途切れ途切れの言葉が、オレに届くたびにオレはここから逃げ出したい衝動と必死に戦った。
 そして言葉が本当に途切れた後、永遠に続くような沈黙に耐えられず、オレは口を開いた

「ばかなこと言うな」

 声は無様な程に震えていた。

「なんで彼女の事、オレになんか頼むんだよ。おまえが何とかしろよ、おまえの彼女じゃないか。おまえが幸せにするんだよ!」

 頭からでなく締め付けられる胸から、言葉が勝手に出ていた。

「頼むから、こっちが頼むからさ、行かないでくれよ。謝るから、何度だって謝るから、一緒にいろよ。彼女と一緒にいろよォ…」

 涙が出て来たら、止まらなくなった。

「ずっと一緒にいてくれよ。おまえとあの子、オレが守るから、今度は絶対オレが守るから、オレからおまえとあの子を奪わないで下さい。お願いします」

 本当にめちゃめちゃ言った。
 罪悪感より喪失感が勝っていた。
 彼女を好きな事に対する後ろめたさより、彼を、『彼と彼女』を失う事の方がずっと重い事にようやく気づいた。

「…すいません」

 掠れた声が聞こえた。
 おまえが謝る必要なんて何もないのに。そう言いたくても、もう言葉が声にならない。

「すいません、・・・さん。甘えちゃって、ごめんなさい」

 それが最後の言葉だった。




 その日の。





 あれから一週間後、ようやくオレは重い足を引きずり、再び後輩の病室に行った。

「…だから、本当にあの時はもうダメだと思ったんですよ」
「…そうかよ」

 あの後、この男は薬で『眠った』だけだった。
 その事実を、オレは、手でシーツを握りつぶし、顔は涙でずたぼろという状態で聞いた。
 『もう大丈夫ですよ』という言葉を医者から聞いた時、気の抜けるような安堵に包まれたオレは、次の瞬間全身から火が出る位に熱くなった。
 それからは、自分が何をここで絶叫したかを一瞬たりとも思い浮かべると、その辺の窓から急いで飛び降りたくなった。
 
「みんな、先輩の励ましでオレが助かったんだろうって感動してるのに、あれから来てくれなくて」
「…その話はするな」
 
 臨死体験で忘れててくれないかという微かな望みはついえたが、何故かアレを聞いていた人間の間で、話はとても美しいモノにすり替わっていた。
 自分の横恋慕を気づかれなかったのを、よしとすべきなんだろうが、その誤解もいたたまれないものには変わりない。
 彼女は…

「彼女も残念がってましたよ、絶対自分も聞きたかったって」

 彼女はパニック状態で、看護婦から鎮静剤を投与されて眠っていたそうだ。
 コレも…自分にとってはよしとすべきなんだろうと思う。
 少し複雑な気分だったが。

「どうかしましたか?」

 唯一人、オレの心を知る男は、白いシーツと布団の中で穏やかな笑みを浮かべていた。
 オレを咎める気はないのか、と聞くのを何度もためらっていると、顔と同じように穏やかな声が聞こえた。

「彼女はオレが幸せにします」

 当然の言葉なのに、オレは思わず胸を突かれた。
 これが答えなんだな、とも思った。
 勿論、それに否やはない。
 祝福の言葉を掛けて、この部屋から出て行こうとしたオレに、彼はもう一言つぶやいた。

「彼女はオレが責任を持って幸せにしますから、先輩はオレ達を幸せにして下さいね」

 約束しましたよね、と彼は笑った。

「ずっと一緒にいて下さいね」

 オレは呆然とその顔を見つめた。

 おまえはそれでいいのか、とか、
 オレの気持ちはどうなるんだ、とか
 それは人間関係としておかしくないか、とか
 色々言葉が浮かんだ。

 だけどどれを取っても…勝てない気がした。

「…バカヤロウ」

 うつむいて、ようやくそれだけ言った。

「いいですよ。おりこうさんになって不幸になるより、バカで幸せになります」

 その声は優しくて、本当にどうしようもなく優しくて目が熱くなる。

「だから一緒に、幸せになりましょう」

 降って来る声に、オレは黙ったままゆっくりと頷いた。










                 (2007/01/20『泣かされる』)













2007年01月19日(金) 泣かす


『ヒトがヒトに出来る事なんて限られている』

 そう彼が言った時、どう返していいか分からず、アタシはその隣で、少し間を空けて、座っているしか出来なかった。
 夜中の病院の廊下は、薄暗くて静かで、息を吐く音すら響かせて吸収してしまう。
 泣けばいいのに―――アタシはそう思ったけど、泣かれたらそれこそどうしていいか分からず、パニックに陥りそうだ。

 多分彼は、何もアタシに望んでいないだろう。
 それでもこの場所からアタシが立ち去るのは、赦されない気がした。

『分かっていた事じゃん』

 意識する前に言葉が出ていた。

『前、言ってたじゃない、助けられない病気だって』

 何でこんな冷たい事言えるかな、自分。
 こんな事しか言えないなら、いない方が遥かにマシじゃないか。
 後悔と恐怖で、心臓がばくばく言っているアタシに、相手の声が届いた。

『知っている事と、分かる事は別なんだね』

 顔を上げて相手を見ると、相手は口の端を上げてもう一度つぶやいた。

『知識に感情は書いてないんだね、やっと分かった』

 静かな声だった。
 口の端は上がっていた。
 でもアタシは耐えられなくて手を伸ばした。
 少し高い所にある、相手の肩に手を伸ばし、強引に引き寄せて、その耳に言葉を投げた。

『泣け』

 相手は何も言わない。
 アタシは畳み掛けるように言った。

『これからも人を助ける仕事がしたいなら泣けよ。泣けないならアンタに関わった全てのヒトに失礼だから、辞めなさい』

 少しして、ごめん、という掠れた声が聞こえた。
 そして、掻き消された嗚咽と震えが伝わってきた頃、その身体を抱き締めながら、アタシは、自分も泣いている事に気がついたのだった。





2007年01月14日(日) 世界が終るまで

目が覚めると
いつも不思議そうにこちらを見た

おはようと言うと
一呼吸置いて
おはようと不機嫌そうな声が返った

あなたが
私を忘れても
私はあなたを
忘れない

毎晩私を忘れて
毎朝私を思い出せばいい

後悔と願望と自己嫌悪と
そんなものに幾度も押しつぶされながら
私をその腕に掻き抱けばいい

この小さな世界の片隅で
ずっと




2007年01月13日(土) その場所で待っていて

きっと君は知っていた
それでも行ってしまった

だから
君はすごく
心配しただろうね

まだ
心配してるかもね
ふがいない僕を見て

でも謝らないよ
まだ謝れないよ

まだここで
僕にはする事があるから



それは
君をまた
すごく心配させて
悲しませてしまうかも知れない

でも
君がいても
君がいなくても
僕がやる事はそんなに変わらない

ただそこに
『君』という存在がない事が
僕にとって
少しキツイだけだ

君がいても
君がいなくても
この気持ちに変わりはないのに
むしろ募っていくのに
僕は弱くなっている

なのにキツイ事ばっかり
しようとしている

だから
やりとげる事が出来たなら
それが君の望まぬ事であっても
その時は
君に言おう

君に会えて幸せでした
君を失うと思いませんでした
失うと知っていたら…それでも愛してしまったと思います
君を少し恨んでいます

そんな勝手な僕が
君に縋って謝るまで
僕を赦さないでいて下さい

せめてそれ位は 期待していいでしょう?

二度とは会えない
君がいないのを認めた僕でさえも
それだけは信じたくないのだから





2007年01月11日(木) 思い出を食い潰して生きて行く

実のところ
あの頃君からもらったものは
あまりに大きすぎて

こうして僕が
一人でそれを消費して行くのが
当然だったような気がするよ

思い出を食い潰して生きて行く

淋しいけど
他は受け付けないから
仕方ない




2007年01月04日(木) ワルツ

僕の作った
あなたのニセモノと手を取り合う

それがイヤなら
見捨てないで下さいね



2007年01月03日(水) CODA

忘れます
思い出すと辛いから

忘れません
思い出すのは辛いから

ずっと貴方の影を抱いても
それはそれで充足した日々が続くとは
思うのだけど

これから生きるなら
ずっと貴方を思うなんて無理だから

何かの拍子に思い出したら
きっと死にたくなるから

忘れます
思い出すと辛いから

忘れません
思い出すのは辛いから

貴方を過去にした
全てを
葬り去る日が来るまでは





2007年01月01日(月) 鏡を見る日


お休みの日の
前の日の夜が
好きです

それは
次の日がお休みでない夜が
たくさんあるからで

今の自分が
幸せだと思えるのは

そうでない日々を過ごした
自分があったからだと知るのです

今の為に『それまで』があって
『これから』の為に今があります

続いているその線の描く
軌跡の美しさを
振り返れた人間だけが知るのです







        (タイトルの意味が分からない方は
        実際に鏡をご覧になるのもいいかもしれません。
            2007/01/01 今年もよろしくお願いします)


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