2009年01月29日(木) |
やる気ないトラブル。 |
※オール愚痴なんですっとばしてやってください。
もー。もー。もー。
分かってるんですよ、分かってるんですけどね。
思えば私の人生、いつもこれでトラブってたな…。
結局は自分の性格が原因だった訳ですが…。
だけど、やっぱり協力的に自分が損して生きられないよー。 でもちょっとはやらないといけないですね。これからは頑張ります。
という、お話です。(いや「という」じゃないし)
だけど職場に、私のことを、やんわりと「こういうときに、声かけが出来れば良かったかもね。まあぼむさんは入って間もないから、周りと連携が取れなくてもまだ仕方ないよ」と注意してくれる、頼れる人がいるので本当に楽です。
難しいですね、一声かけるの。
それが出来たら随分違うし、最初のころは頑張ってたんですけど、一人で黙々と作業をすすめてたらそれが楽で楽で、あんまり人と関わらないようにしちゃうんですよね…。
自分の中に閉じこもるみたいな…。
それじゃいけないんですけどね、社会人として。
ごりごり変えていくのは便利になるなら好きだしやりがいがあるけれど、地道なのを皆で協力、って苦手なのです。(やる気ないから)←ついに堂々と。
でもきっと求められているのはそっちの能力ですよね…。
皆今余裕がないから、余計イラつくんでしょうしね…。
でも私だって、3月までにデータ入力凄い抱えてるんだけどな…。
そのために業務の効率化を進めて、無駄の無い流れを作って、それでデータ入力できる環境を作ったんだけどな…。
そのためにこれからは残業やむなし(勿論サービス)になって、それは自分だけでやる作業なんだけどな…。
今でも自分の頭の中では、常にどうやったら効率化になるかとか改善点を考えてるんだけどな…。
そういうの何も考えなくて毎日を言われたことだけやってそれで自分のところの仕事が大変だって言われても知らないよ、というのが本音ですがそうも言えないのが現実なので、ほどほどに他部署も手伝います。
はい。そういう話なんです。
まあ確かに人手が足りないのは本当ですしね…。
数時間の手伝いで自分が過ごしやすくなるならそっちの方が絶対いいですよね。
はあ。これからは頑張ります…。(←反省はしてみたらしい)
2009年01月22日(木) |
仕事ごりごり家庭よしよし。 |
タイトル通りです。(いや、意味不明ですから)
仕事はもー腹くくって他部署にも意見聞きに言ってまとめて。仕事の流れややり方に関してアイデア出して、それを「やってください」っていうんじゃなく「どうでしょう?」って提案して、すみませんすみませんと下手に出ながらごりごり進めたりしています。
家庭ではひたすら旦那の話を聞きながら相槌、共感。口を出さないようにしながら聞くのが意外に大変です。だけど確かに一番話を聞いて共感した時が旦那が安心した表情を見せます。しんどいね、しんどいねと言いながら毎日過ごしてます。
苦労人っぽい…(遠い目)ていうか、ちょっと中途半端な苦労なような…。
まあ自分の楽しみは大事にしながら頑張っていきます。
今日、会社の副社長(小さい会社なので、関わりがあるんです)からほめられました。
いやその前に、「理想ばっかり言う」とか大概けなされてるんですがね。 フォローかも知れませんが、お前が来てから物事が早く決まるようになった、前任者と全然違う、と。
他の人からも、副社長があなたのことしっかりしてる、物事が回るようになったって認めてたよと励まされたり。
お世辞もあると思いますが、自己評価低いんで素直に有難くお言葉頂戴したいと思います。
しかし、仕事は本当に人間関係ですね…。
いやはや。
旦那への対応を、ちょっと頑張って変えてみたら、少し何かが変わってきたような…気が勝手にしています。ぼむでございます。
仕事は段々プレッシャーも増えてきて、勉強しなきゃいけないことも多く、大変になりそうですが今は嵐の前の静けさという感じです。実務って難しいです。
家庭では、今私がしているのは、旦那の話を否定せずに最後まで聞くこと。 辛そうな時には適度にかまい、適度に放っておくこと、です。
思えば私がフラバで苦しんでいた数年前、旦那は黙って、優しく、そばにいて抱きしめてくれました。
フラバも、それまで楽しそうにしてても急に来るし、いきなり泣き出し苦しみだす私を良く嫌にならないなあと当時思ったものでした。
「あの時、本当に私のこと一瞬でもうざいと思ったことないの?」
と聞きました所。
当時どうやら既に鬱だったらしい旦那、
「うん、だって気持ちが分かるから、辛いだろうなって思ってた」
と。
分かるとかおかしいから
言えよ、それ。
と、心の中で思った私。
なので今は旦那が調子悪くなると、「フラバみたいな感じなのかな」と思いながら、辛いね、苦しいねと言いながらそっと寄り添ったり頭を撫でたりしてます。
あの時自分がして貰ったように。
すると、自分もそうなった時の辛さが分かるから、旦那を責める気にもならないし、私のイライラも以前より随分減りました。
何か、私が浮気されたのはこの為だったのかな…とか普段の自分なら思わないようなこと思います。
鬱の旦那の苦しみを少しでも理解できるようになるためと考えれば、あのどん底の日々も悪くなかったのかな、と。(割とどん底でしたが)
しかし結構苦労な人生になってきております。 まあ苦労も比べるもんじゃないですがね…。
今日は新婚の友達夫妻に会ってきました。 羨ましい要素はいっぱいあるけど、旦那さんをつい自分の旦那と比較してしまい、結論「(私の)旦那と違う」(←同じだったら怖いわ)とか思ってしまいます。
他の人を実際にみると、やっぱり自分の旦那が一番なんですよね。
っていうか、そう言えるように旦那が少しずつでも自分を取り戻してくれるといいなあと思います。
いやしかし、そう思えるってことは快方に向かっているんでしょうね。何かが。
というか、私の気持ちに何か、ふっきりがついたのかも。治ることを信じて揺らがないように。旦那の気持ちを理解できるように。 今はまだうわべだけの理解ですが…。フラバの時を思い出すと苦しい状態なのは少なくとも分かるので。
大事に出来たらいいなあ。色んなことを。
2009年01月04日(日) |
事態は思わぬ方向に。(続きあり) |
あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願い致します、ぼむでございます。
さてさて今年の年越し、皆様は如何でしたか?
私は、旦那の 絶 不 調 という素敵な事態に見舞われ、旦那もしんどかっただろうけど私もしんどい年末でした。 まあ、私の実家に1泊したりと、負担をかけたから悪かったのかも知れないですが…。
んで、2、3日と私の母と弟と旅行に行くことになっていたのですが、旦那が調子が悪くてムリ。なんと旦那おいて行って来ました。 というのも、うちの母親が「このまま旦那くんの病気が続くのなら、ぼむが潰れる」というのを心配したからです。 まあ、あまりに調子が悪い波が続くので、これは一生続くんじゃないかと覚悟していた所であり限界を感じていた所だったので、その心配は当たっているのですが…。
んで、旅行から帰っても旦那は相変わらず絶不調。
そしたらそこに、旦那のお母さんからの電話があったのです。
実は私、旅行の帰り道に、旦那のお母さんにメールしてたんですね。 挨拶などの後、こちらも旦那の具合がとても悪いです、と。
「以前お送りした本(2冊うつについての本を送った)は読んでもらえているかなあと旦那さんが気にしています。しんどい病気だということを分かってもらえたなあと言っています」
という文章、とうとう言ってしまいました。
以前から「甘え」じゃないのかという風にとらえていたような感じのある旦那両親。「気の持ちよう」と未だに思っているのではと旦那に話し、旦那もそうだと思うという会話を何度か繰り返し、いつか直接話しにいこうと言っていたのですが…苦しんでいる旦那を見たら、これを理解せずに何が親かと腹が立ってきまして。
ストレートに事実だけを伝えればいいんだ、とメールしました所。
旦那母「とてもとても心配しているけれど、夫婦の問題に口を挟んだらいけないと思っていた。お嫁さんとだってうまくやりたいし、何を言ったらいけないか分からなかったから遠くから見守るしかないと思っていた。 本も読んだ。とても辛く、苦しい病気だっていうことも理解している。仕事だって、辛いなら辞めたらいい。だけどお金が無くて肩身の狭い思いをして、したいこともできないのはそれはそれでかわいそう。最初に聞いた時は厳しいことを言って追い詰めたかも知れないけれど、それは申し訳なかったけれど、今はそんなこと思っていない。二人の好きにしてくれたら良い」
というお言葉が。ちょっと私も泣いてしまいました。
っていうか、やっぱり遠慮されてたんですね。もっと早く言ってくれ…と思いつつ、旦那にきちんと不満を言わせようと、あれこれ言い過ぎたことをこっそり反省。
そして。それを伝えた後からですね。
旦那の具合がどんどんよくなり。(といっても超絶不調→やや不調みたいな感じですが)
私が、「私は旦那さんに学生に戻って欲しいと思っているんです」と言っても旦那のお母さんも「ぼむさんがそう言ってくれるなら、そうできたらとても嬉しいこと」と賛成をしてくださったことを受け、それも話すと、
「いや、退職して学生は出来ないよ。出来ないけど…」
と言いながらも、もう一度博士課程に進むというのは自分でもずっとやりたかったらしく、嬉しそうに論文(じゃないけど研究について書いてある文章)とか見てました。
なので今後は、社会人をしながら学生をするということになりそうです。
その後、社会人に戻るか学生になるかは旦那が決めたら良いと思っています。
私は一生学生したらいいじゃん、そのために子供は産まないんだしと言っていますがふんぎりがつかないようです。
でもきっと、研究の世界に戻ったら、やっぱりここでやりたいってなるんじゃないのかなあ…。
そう思ったときにそれを正直に言って欲しいなって思います。
お金も無いだろうし、子供もなくて、凄くもしかしたら将来後悔するかも知れないけれど、今後も旦那が鬱をひどくして夫婦に笑顔が戻らなければ、どの道退職だろうし子供も産めませんもんねえ。
それならば、旦那が好きなことをして毎日笑顔でいてくれる方がどれだけ良いか。
うきうきして目をキラキラさせながら研究のこと見ている旦那を見ると、本当に私まで嬉しいです。
結局のきっかけは、親だったというのが、自分がどんなに尽くしても(←尽くし!?)悪化したというのがちょっと複雑ですが…でも、親によって認知がゆがんだ部分もあるとしたら、よっぽど時間をかけるか親にしか取り除けないですもんね。
それでもまだまだこの病気には時間がかかると思いますが…。
旦那が希望の光を見つけ、かつそれを持ち続けて欲しいなあと思います。
そんな2009年の始まりでした。
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