白月亭通信別記
老い先短い残照の日々、
おりふしの所懐を、
とりとめもなく書き留めて…

2003年11月28日(金) 七掛け

 芥川龍之介を読むと四十歳くらいの女性を「老夫人」と表現している(「舞踏会」)。いまどき四十といっても花も恥らうほどの若さだが、永六輔の「大往生」を読んでいたら「現代の年齢は昔の七掛け」とあったので、なるほどと思った。それで換算すると来年古希の私は四十九歳になる。まだまだ頑張らなくっちゃ。



2003年11月26日(水) not right

 総選挙後の初の国会論戦。イラク派兵で窮地に陥っている小泉さんがどういい抜けするか興味をもって聞いたが「状況を見て判断する」という逃げ口上の一手。客観的な「状況」はあきらかにムリがあるのにブッシュのご機嫌をそこねたくないばかりに国際貢献を口実に自衛隊派遣にこだわる小泉首相の政治手法を大江健三郎さんはブッシュに「It's not right」(女子教育の先駆者津田梅子女史の口ぐせ。詳細は省略)と忠告できなかった結果だと批判した(25日 「ニュースステーション」)。



2003年11月25日(火) パブロ・カザルス

 ある時、カザルスは登山をした。とある崖道にさしかかった時、つれの男が「カザルス、危ない」と叫んだ。カザルスがふと見上げると大きな岩がカザルスめがけて落下してきた。カザルスはとっさによけて頭への一撃は避けられたが右手がさけてしまうようなケガをした.その時カザルスは「ああ、これで二度とチェロの演奏はしなくても済む」と思った。(24日 NHK-FM「没後30年〜パブロ・カザルスへの証言」より)



2003年11月24日(月) DVD

 VTRが普及しはじめた20年前はせっせとテレビ番組を録画してカセットのコレクションに励んだが、結局録画番組を二度も見るということはないものだと気づいてVTRへの関心が薄れた。しかも巻き戻し早送りの操作で機械の傷みがはやいばかりか画質の保存にも限界があって古いテープは色がにじんだりカビでヘッドがよこれたりで永久保存という点では難点ばかりだった。それに比べてDVDはVTRの欠点を克服した優れた映像記憶媒体でVTRを完全に駆逐しつつある。おまけに価格も安くなってレンタルでなくても気楽に買えるようになった。今朝の新聞広告に出たワーナーブラザースの名作映画シリーズはなんと1作1500円。早速「風と共に去りぬ」を購入して青春時代を懐かしんだ。



2003年11月22日(土) 平沢勝栄

 平沢勝栄が在日朝鮮人や韓国人のパチンコ業者から多額の献金を受けていたというニュース(週刊新潮11/27号)には驚いた。しかし警察官僚だったという経歴を知ればこういうことは驚くには値しないことかもしれぬ。警察という権力にひれふしたりおだてたりする手合いはこの世にはゴマンといるわけだから平沢さんだけが手を汚していないなどと考えるのはよっぽどおめでたい人といえるのだろう。チンピラ警察官の不祥事を時々発表して世間のガス抜きをして幹部や組織はもっとあくどいことをしているのは退職した人の暮らしぶりを見るとよくわかる。



2003年11月20日(木) 命日

 きょうは亡父の28年忌。早朝墓参し昼前には菩提寺で永代経であげてもらってきょうのふたりは善男善女であった。28年前のこの日は真っ白の霜の朝であった。震えながら葬式の準備をしたことを思い出す。あれ以来この寒さを感じない。地球温暖化の証拠のひとつ。この時期はダンロップフェニックス(宮崎シーガイア)と重なるけれど28年前の大会ではさすがに選手たちはセーターを着込んでいるがそれ以後は半袖でプレーしている情景も珍しくなくなった。(ダンロップフェニックストーナメント公式ページ参照)



2003年11月19日(水) 白い黒豹

 オールモーツァルトプロのN響定演を聴いていたがサッカーのカメルーン戦も気になるので終了20分前からテレビをつけた。アフリカの草原を疾駆する黒豹を思わせるカメルーン選手たちが純白のユニフォームで日本チームを脅かし続けていた。日本も懸命にゴールを守っていたが得点がなければ勝利はない。いつものパターンの決定力不足の弱点は克服されていず今夜も「善戦」で終わった。



2003年11月18日(火) 椎名誠

 シイナ君ができたらいいなと思っている機械に「発信人が事前に確認できる電話機」というのをあげたのは17年前の1986年だがもうとっくにこの機械は実現している。もっともシイナ君は欲張っていて「その電話をかけた人間の住所氏名年齢性格などがガッと瞬時デジタル表示される」ような電話となるとまだまだ遠い未来の話。シイナ君はついでにもうひとつあらまほしきものとして「夢レコーダー」をあげている。「枕元にセットしておくと一夜の眠りのなかでみたさまざまな夢の映像音声がくっきりとろくがされるような<夢>の機械」だそうだ。わたしがほしいものはオンナの声高なおしゃべりにヴォリュームがはたらく話し声変調機。(出典は椎名誠の「活字のサーカス」より)



2003年11月17日(月) 新米

 新米5キロをもらっていま食べている。これがなかなかうまい。品種はヒノヒカリ(宮崎米)。刈り取ったあと掛け干ししてよく乾燥させあと脱穀するのでその間にうまみが増すのだそうだ。しかも純米だからだろう。おかずなしでもパクパク食えるほどである。米屋から買う米は新米をうたい文句にしていてもあまりうまいと思ったことはない。いつぞや魚沼産のコシヒカリを新潟から送ってもらったことがあったがこれも評判ほどではなかった。思うにこれらは古米などがブレンドされているのではなかろうか。同一品種100%ならきっとうまい米だと思うのだが。



2003年11月16日(日) まさかの坂道

 「Qちゃん激勝」という題で予定稿をしあげていたのにレース後半になってペースがガタンと落ち、あれよあれよといううちにアレム選手に抜かれてしまい無念の敗戦。高温と多湿、予想外の風でダメージをうけて失速。また35キロ過ぎからの上り勾配が「まさかの坂道」となってしまった。終了後のQちゃんは意外とさばさばしていて笑顔でインタビューを受けていたのでホッとした。



2003年11月15日(土) 国境なき医師団

 土曜夕のNHK-TV「週刊こどもニュース」はカミさんが愛視する番組だ。ちょうど夕飯どきだから私もご相伴にあずかる。今夜は「国境なき医師団」のひとりとしてアフリカ・シェラレオネで医療にたずさわっている山本敏晴さんの活動ぶりを紹介していた。富も栄誉も求めず貧しい人たちのために献身的な努力をしている若い医者たちの存在に感動した。先日、「秋の褒章受賞者」が発表されたがNGO組織で活躍するひとたちを国家はもっと支えていくべきだ。



2003年11月14日(金) 音楽コンクール

 今週から来週の前半にかけて夜のNHK-FMは恒例の日本音楽コンクールの入選者たちの演奏を聴かせてくれる。課題曲がわれわれにも親しいポピュラークラシックだから若い音楽家たちの熱のこもった演奏が聴けて楽しい。昨夜はチェロ部門。ドボルザークのチェロ協奏曲をフルオーケストラをバックに弾き競った。新人の活躍を祈る。
 「入賞者は一応プロとして活躍しうる可能性ありというお墨付きを頂戴するのであるが、翌日からは既存の大家・巨匠・名手をライバルとして角逐を通じて自己を練磨し研鑽を積んで限られた舞台の争奪戦を勝ち抜かなければならない」(文芸春秋12月号「天才者たち」)



2003年11月13日(木) 不老薬

 「コエンザイムQ10」という名の栄養補助食品(サプリメント)が人気らしい。心臓や肝臓・腎臓の衰えた機能を活発にするには食品としてはたとえば1日にイワシ20匹が必要だがこのサプリメントでは60グラムで摂取できるという。これを常用するようになって「疲れがなくなった」という報告が続々とよせられている。昔の人が追い求めた不老長寿のクスリだ。カミさんも早速知り合いの薬局を通じて入手した。でも私はいざとなったら眠るように安楽にあの世にいくことのできるクスリがほしい。



2003年11月12日(水) サーカス

 無料招待券が手に入ったのでダイエーの駐車場で公演しているサーカス(ポップサーカス)を見た。サーカスは久しぶりで大昔子どもだったころ以来60年ぶりくらい。現代のサーカスはすっかり様変わりしていて物悲しいジンタに変わって大音響のHiFi音が場内を圧倒して演技もしゃれたものばかり。クライマックスの空中ブランコは昔のままだが白人のプレイヤーが二度ほど失敗して見せたのもご愛嬌であった。



2003年11月11日(火) まつりごと

 柳生宗矩の政治哲学。
「兵庫。わしは父親の側で戦国の世を生きてきた。そして何千、いや何万もの骸(むくろ)をまのあたりにしてきたのだ。骸を見るおりの切なさ空しさは誰よりもわかっているつもりだ。だからこそこの先、戦のない泰平の世を築こうとしているのだ。亜矢にさぐらせたところ、あの村には豊臣方に鉄砲を売るもの、徳川に不満を持つものが出入りしていた。のちの世の泰平を得るためには小さなものを犠牲にしなければならないこともある。それが政治(まつりごと)なのだ」(9日NHK-TV「武蔵 MUSASHI」より)



2003年11月10日(月) 敗北宣言

 情勢分析や出口調査の結果では民主党の200議席可能という数字を打ち出していたテレビ局もあったのでいよいよ政権交代かと期待させたが結局民主の議席は177。自民党に60議席も差をつけられて菅代表も「政権交代までにはまだ多くの山を越えていかなければ」とションボリ発言。スポニチは事実上の「敗北宣言」と見出しをつけた。自民党も過半数の目標に達せず勝者のいない選挙になって政局は混乱の度を深めていく。



2003年11月09日(日) 選挙戦終わる

 激しい選挙戦が終わっていよいよきょう投票日。だがわが選挙区には共産党をのぞいてどの政党からも候補者がいないという異常な状態となっている。自民党は長老議員の引退にともなって跡目をねらう候補者が二人いて県本部が公認をきめることができず二人とも無所属で出馬ということになったのだが民主、社民は結局人材を発掘できなかったわけ。政権交代を声高に叫ぶ民主党だが、こんな状態では民主政権も夢のまた夢。選挙戦中候補者の声を聞く機会もなかったし電話もハガキもチラシもなくしたがって話題のマニフェストのパンフレットももらえず気の抜けた選挙であった。



2003年11月08日(土) 日韓野球

 日本選手は「体が壊れてもいい」といい、韓国選手には「勝ったら死んでもいい」と言わせたという五輪予選の日韓戦。両チーム死闘をくりひろげたがチャンスに適時打が出た日本が好機に後続が凡退した韓国に快勝、アテネの切符をつかんだ。このところ5勝11敗と韓国に苦杯をなめさせられてきた日韓戦だったがオールプロで編成した日本野球がかろうじて面目を保った。



2003年11月07日(金) 全国マルティメディア祭

 IT立国をめざし地域情報ネットワークの整備をはかるため各県持ち回りで開催が始まった「全国マルティメディア祭」が16年目にして宮崎県の当番となり開催された。たったの3日間(6〜8日)だったので見学できるか不安だったがようやく今日見ることができた。しかし紹介された情報機種は企業・業務用のソフトや機種が多くパーソナルユースは携帯電話が主。私のような個人は「招かれざる客」であった。見学は午前で切り上げて午後はダイエーホークスのキャンプ見学。



2003年11月05日(水) 老化現象

 さる金融機関から帰ろうとして車を左に切ったら左側の横っ腹をガガガッとこすってしまい見るも無残な傷跡を残してしまった。右隅に一台のスペースしかなかったので無理に駐車したが出るとき低いブロックが死角になって見えなかった。若いときなら障害物の存在を予測できるような勘も働いたろうが歳をとってとっさの機転が利かなくなった。7年乗ったので年末には廃車にする予定の車だがしばらくは傷口をさらけ出して乗り回さなければならないのがつらい。



2003年11月04日(火) IQテスト

 テレ朝の「全国一斉IQテスト」に挑戦しようと解答用紙をプリントアウトして待っていたが設問がだんだんむずかしくなって頭がついていかなくなって途中電話があったのをさいわいにあきらめてしまった。われわれが育った時代はIQテストを受けるような時代ではなかったのでいまだにわが知能指数はわからないが、かねがねあまり頭はよくないなと自覚していたのであまり驚きもしないが難問をすらすらと解く東大生たちはさすがである。



2003年11月03日(月) 1日1快食

 みのもんた氏が衝撃的な医学上の新学説を紹介した(3日「おもいっきりテレビ」)。糖尿病患者にカロリー計算をした食事と好きなだけ食べさせる食事を与え比べたところ両者にはほとんど病状に差はなかったという。カロリー制限などの節食てではストレスが増大して病気に悪影響があるというわけ。この調査をした九大藤野教授は夕食には好きなものを腹いっぱい食べて朝食夕食を控えめにしなさいとおっしゃつていました。



2003年11月02日(日) イケメン日本

 野球が終わってさびしくなったテレビのチャンネルをいじっていたらW杯バレーをやっていた。女子の日本対アルゼンチン戦。バレーは東京オリンピックの「東洋の魔女」たちしか知らなかったが四十年の星霜を経た日本チームみんなイケメンぞろいでしばし見とれた。とりわけ大山加奈選手や栗原恵選手は十代にして美形。コートであられもなく暴れ回るのでなく深窓にあってしとやかにお華やお茶をたしなんでほしいと思った。



2003年11月01日(土) モンゴルの娘

 (モンゴルでは)息子が見初めた娘がいると、親はその娘が小便しにいくのをそっとつけていくそうだ。そうして隠れて娘の小便する音を聞く。じゃかじゃかと力強い音を立てて小便する娘ほど健康で優秀な母親になれると評価し、重要な判断にするのだという。以上は椎名誠の「すっぽんの首」による。


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