影戸の日記

2005年12月22日(木) 台湾へ

ゆき である。2時間以上待たされている。
滑走路の助走、名古屋到着便の羽田への変更
さてさてどうなるか




あさ 5時である。いまから台湾へ 本学の学生と他大学の学生と共にあわせて60名でのりこむ。
毎年この時期は台湾だ、今年で6年目。
信頼も深まり、企画も充実してきている。

世の中もすすんだ。携帯電話はそのまんまの番号で受信できる。
現地から学生はブログに書き込む。
どんどの進んでいる。

午後8時20分記録ーー
12月22日
ASEP第一日目
予定通りスムースに空港までは着たが、飛行機が雪で閉鎖
なんと9:30分が夜の20:30現在まだ飛んでいない。
11時間以上待っている。

 雪だからどうしようもないが、今回は、携帯電話や空港内の無料ビジネスセンターがあったおかげで何とか台湾現地と連絡を取ることができた。

 JALは早々に欠航を決定、代替の飛行機があるのだろう、大韓航空、チャイナエアーなど1機でピストン輸送をしている会社は、空港閉鎖が解けるまで延々と待ち続ける。
 
手荷物検査と、パスポートコントロールを終えた後は、帰ろうにも帰れない。
いわば外には出れない、国内の外国にいるわけである。
 食堂もなければ、喫茶店も、到底、マッサージセンターや風呂もない。

ひたすら静かなガランとしたロビーで待ち続ける。

 中ではひたすら学生と話をする。現地でのプレゼンテーションの原稿を直したり、表現を変えたり、たっぷりすぎる時間があった。英語の学習方法について話をしたり、英語を読ませて、解説をしたり、翻訳のコツを話をしたり、ゆっくりと話ができた。

今頃、高雄市で台湾ビールを飲みながらというわけにはいかない。

すぐに閉鎖というのも困ったものだ。

係りの対応について考える
係りによって言う、うそ?が違う。飛行機が昨夜から駐機していた関係から、解凍の必要があり、2時間かかる。あるいは 滑走路までの表示が雪で埋まり、その部分の除雪に時間がかかる、
 結局はどうも 「閉鎖」だけのせいのようだ。

まだまだ ひたすら待つ。




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