★★☆ 想 う ☆★★
目次過去未来


2003年08月26日(火) E'news

みなさんもメルマガ等いくつか購読しているでしょうが、

私はタイトルのメルマガを創刊号以来ずっと読んでいます。

編集長を個人的に存じ上げているということもありますが、地元、浜松の情報をつかむのに最高だと思うからです。

その中でも、はやし浩司さんの「子育てワンポイントアドバイス」が非常に気に入っています。

ときどき、学区で講演会などの案内が来ますが、あいにくまだ出席したことがありません。

機会があればぜひ参加したいと思っています。

今回は、E'news 2003/08/18号からそのまま抜粋させていただきます。

(E'news 関連は、 URL: http://www.eiyus.com/Enews/

からご覧になれます。)


抜粋

|寄稿連載

●子育てワンポイントアドバイス2! by はやし浩司

「教師言葉は裏から読む」

 この世界には、「教師言葉」というのがある。先生というのは、奥歯にもの
 がはさまったような言い方をする。たとえば能力が遅れている子どもの親に
 は、決して「能力が遅れています」とは言わない。……言えない。言えば、
 たいへんなことになってしまう。こういうとき先生は、「お宅の子どもは、
 運動面はすばらしいのですが……(勉強は、さっぱりできない)」「私のほ
 うでも努力してみますが……(家庭で何とかしてほしい)」と言う。あるい
 は問題のある子どもの親に向かっては、「先生方の間でも、注目されていま
 す……(悪い意味で目立つ)」「元気で活発なのはいいのですが……(困り
 果てている)」「私の力不足です……(もうギブアップしている)」「ほか
 の父母からの苦情は、私のほうでおさえておきます……(問題児だ)」など
 と言う。ほかに「静かな指導になじまないようです……(指導が不可能だ)」
 「女の子に、もう少し人気があってもいいのですが……(嫌われている)」
 「協調性に欠けるところがあります……(わがままで苦労している)」「ほ
 かの面では問題はないのですが……(学習面では問題あり)」というのもあ
 る。

 一方、先生というのは、子どもをほめるときには、本音でほめる。先生に、
 「いい子ですね」と言われたときは、すなおに喜んでよい。先生は、おせじ
 ではほめない。おせじを使わなければならない理由そのもがない。裏を返し
 て言うと、もしあなたの子どもが、園や学校の先生にほめられたことがない
 というのであれば、子どものどこかに問題がないか、それを疑ってみたほう
 がよい。幼児のばあい、一つの目安として、誕生パーティがある。あなたの
 子どもが、ほかの子どもの誕生パーティによく招待されるならよし。そうで
 ないなら、かなりの問題のある子どもとみてよい。実際、誰を招待するかを
 決めるのは親。その親は、自分の子どもや先生から耳にする、日ごろの評判
 を基準にして、それを決める。

 生々しい話になってしまったが、もともと教育というのは、そういうもの。
 親と教師の価値観やエゴが、互いに真正面からぶつかり合う。ふつうの世界
 と違うのは、そこに「子ども」が介在すること。だから本音と建前が、複雑
 に交錯する。こうした教師言葉は、そういう世界から必然的に生まれた。あ
 る意味でやむをえないものかもしれない。だいたいあなたという「親」だっ
 て、先生の前では本音を言わない。……言えない。言えば、たいへんなこと
 になってしまう。それをあなたは、よく知っている。

「よい先生、悪い先生」

 私のような、もともと性格のゆがんだ男が、かろうじて「まとも?」でいら
 れるのは、「教える」という立場にあるからだ。子ども、なかんずく幼児に
 接していると、その純粋さに毎日のように心を洗われる。何かトラブルがあ
 って、気分が滅入っているときでも、子どもたちと接したとたん、それが吹
 っ飛んでしまう。よく「職場のストレス」を問題にする人がいる。しかし私
 のばあい、職場そのものが、ストレス解消の場となっている。

 その子どもたちと接していると、ものの考え方が、どうしても子ども的にな
 る。しかし誤解しないでほしい。「子ども的」というのは、幼稚という意味
 ではない。子どもは確かに知識は乏しく未経験だが、決して幼稚ではない。
 むしろ人間は、おとなになるにつれて、多くの雑音の中で、自分を見失って
 いく。醜くなる人だっている。「子ども的である」ということは、何ら恥ず
 べきことではない。とくに私のばあい、若いときから、いろいろな世界をの
 ぞいてきた。教育の世界や出版界はもちろんのこと、翻訳や通訳の世界も経
 験した。いくつかの会社の貿易業務に携わったこともあるし、医学の世界を
 かいま見たこともある。しかしこれだけは言える。園や学校の先生には、心
 のゆがんだ人は、まずいないということ。少なくとも、ほかの世界よりは、
 はるかに少ない。

 そこで「よい先生」論である。いろいろな先生に会ってきたが、目線が子ど
 もと同じ高さにいる先生もいる。が、中には上から子どもを見おろしている
 先生もいる。このタイプの先生は妙に権威主義的で、いばっている。そうい
 う先生は、そういう先生なりに、「教育」を考えてそうしているのだろうが、
 しかしすばらしい世界を、ムダにしている。それはちょうど美しい花を見て、
 それを美しいと感動する前に、花の品種改良を考えるようなものだ。昔、こ
 んな先生がいた。ことあるごとに、「親のしつけがなっていない」「あの子
 は問題児」とこぼす先生である。決して悪い先生ではないが、しかしこうい
 う先生に出会うと、子どもから明るさが消える。

 そこで子どもと先生の相性があっているかどうかを見分ける、簡単な方法……。
 子どもに紙とクレヨンを渡して、「園(学校)の先生と遊んでいるところを
 かいてね」と指示する。そのとき子どもがあれこれ先生の話をしながら、楽
 しそうに絵をかけばよし。そうでなく、子どもが暗い表情になったり、絵を
 かきたがらないようであれば、子どもと先生の相性は、よくないとみる。も
 しそうであれば、この時期はできるだけ早い機会に、園長なら園長に相談し
 て、子どもと先生の関係を調整したほうがよい。

 ☆はやし浩司のホームページ-- http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/


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ここ1年ほど、すっと読ませていただいてきましたが、客観的に自分を見直す機会として、とてもよい教材となっています。


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