だだの日記
2007年04月30日(月) |
「永遠」につながる「一瞬」 |
僕が作家・池澤夏樹さんと出会ったのは大学2回生の時に遡る。 高校の教科書で名前に見覚えがあったから、と 書店で手に取ったのが始まりだ。
当時は、大学生なんだから本くらい読まなくちゃと 感じていた時期で、 時間を見つけてはいろいろな作家の本に手を出していた。
でも、池澤さんの本は、 それまで読んできたものとはあきらかに違った。 なんというか、まったく違和感なく 体の中にすーっと溶け込む感じがした。 彼の興味や志向、物事との距離感、意識が ごく自然なものに感じられた。
そして時に、僕が探しているもの、 長い生涯を投入すべき対象を、すでに見つけた印象を受けた。 少なくとも、僕の10歩も20歩も先に進んでいる気がした。
その日以来、著作を貪り尽くすように読んだ。 書店の本を買いあさり、絶版の本を図書館で借り、 新聞や文芸誌に掲載された文章もチェックを欠かさなかった。
池澤さんが、僕の進むべき道に先鞭を着けてくれている、というか 僕の成長に応じて適宜アドバイスをくれる 心優しき伴走者のようだった。
それは、とても大きな出会いだった。 極端な話、僕の人生は 池澤夏樹以前と以後で分けられると言っても過言ではない。
そんな僕にとって、初めて池澤さんとお会いする機会を得た。 12年振りの短編集、「きみのためのバラ」の発売を記念して、 京都と神戸で、朗読会&サイン会をやるというのだ。 数日前にたまたま新潮社のHPを見ていて知ったのだが 正直かなり驚いた。
今までこの手の催し物は、東京だけでやってきたから。 なかなか行けなくて、いつも悔しい思いをしていた。 いや、母校で講演会をされたことがあったのだが、 社会人になってしまってからで、 仕事でどうしても参加できなかった。 この時ほど悔しかったことはない。
そんな経緯もあり、サイン会の情報を知ってから、 一人、心の中で静かに興奮していた。
そして、当日(4月30日)がやってきた。 席は先着順ということなので、少し早めに行った。 とりあえず新刊を購入して、レジで申込していた旨を告げる。 チラッと横を向くと、 書店の一角に今回のイベントスペースが見えた。 会議室とかそんなんじゃなくて、本当に書店の片隅。 席も30席くらいしか用意されず、 こぢんまりとしすぎててびっくりした! 池澤さんとむっちゃ近いやん!!
いつから座れるのか店員に聞いたら、 だいぶ待ちますが今からでもいいですよ、とのこと。 えっ!? ダメもとで聞いたのにもう座っていいの? 一番いい席がとれる、と大興奮。
そして、池澤さんが座る目の前の席に座ることにした。 当然でしょ。その距離、約1.5m。 たった、1.5m先に池澤さんが座るのかと想像したら、 クラクラしてくる(笑)
座って待っていると、他の参加者も続々とやってきた。 僕の隣には女性の2人組。彼女たちも喜びを隠せないでいた。 僕の周りには池澤さんを好きな人はほとんどいないのだけど、 こうやって、いろいろなところからファンが集うって ちょっと不思議な気がした。 今まで孤軍奮闘していたのに、 今日は見えない連帯感を感じるというか。。。
始まる前にアンケート用紙を渡された。 コメント記入欄もあったので、 目を通していただけることを期待して、 池澤さんに対する熱い想いを長々と書いてしまったよ。
やがて池澤さんが登場! 感無量の瞬間でした。
初めての生・池澤さんだったけど、 何回か写真やテレビ、ラジオにて お姿や声を拝見・拝聴したことがあったので、 あんまり違和感がなかった。そのまんま。 声が高いのが特徴なんだよね。
最初に少しお話しされた後、今回の新刊の中から短編を2編、朗読。 一つ目は「ヘルシンキ」。 文芸誌掲載時に読んだことがあったので、 筋を思い出しながら聞いていた。
実は、池澤さんがご持参された朗読用の本には、 耳で聞き取りやすいようにと、 ところどころエンピツで赤字が入れてあった。 目の前だったので、どのあたりに赤字が入ってるのかが見えて、 ちょっと得した気分。 約20ページの作品なので、30分ほど読まれていた。
「ヘルシンキ」はカタルシスが得られない話。 もうちょっと救いのある話の方がいいね、と次に読まれたのが 「レシタションのはじまり」。
こっちは知らない話だったので、 まっさらな気持ちで聞き入ることができた。 ちょっと不思議なストーリー。 でも、いい結末だった。
こういうのを読んだあとは、あまりペラペラ喋らない方がいい、 と池澤さんがおっしゃられて、朗読会はそのまま終了。 ちょっと拍子抜けしたけど、確かに、読み終わった瞬間 フッと空気が変わった感じがしてその余韻が心地よかった。 池澤さんのおっしゃる意味がよく分かった。 そして、朗読って意外といいな、と思った。
ところで、イベントの前に 係の人から写真撮影は自由ですと言われていたのだが、 あまりにも目の前過ぎて、逆に撮れなかった。 池澤さんの気を散らしてはダメだと思って。。。 少しだけ心残り。でも、これでいいんだと思う。 写真に頼らなくても大丈夫だから。
その後、休憩を挟んでサイン会。 前列に座ってたのですぐに自分の番となった。 先ほど購入した新刊にサインしてもらってる時に 家から持参したノートを取り出して、 こっちにもサインもらえますかと恐る恐るお願いしてみた。 あっさりOK! 実はこのノート、池澤さんの新聞小説を切り抜いた 僕の宝物みたいなもの。 池澤さんにも、いやー、これすごいね、と お褒めの言葉をいただいた。 ご本人にそういっていただけるとは、このうえない喜びなり!
しかも、このノートのために、 どの色が合うだろうかと、ペンの色を悩ませてしまったので とっても恐縮した。 そして、最後にしっかりと握手。
お話ししたいことは山とあったのだが (西成彦先生のゼミに入っていたとか)、 緊張というか、感無量すぎてというか、 結局言葉にすることができなかった。
でも、心の中がすごく満たされる気分。 この気持ちを大事にしたくて、サインしてもらった後は、 寄り道することなく家路についた。
家に到着後、さっそく新刊を開く。 短編集だから、パラパラとめくって 気になったものから読むことにした。 発表された時期や媒体がそれぞれ異なる独立した話。 関連性はないと思ってた。 でも、いくつか読んだ後に、はたと気付いた。 どの話も、描かれているのは、たわいもない出会いと別れ。 誰にでも起こりうるちょっとした邂逅を丁寧に摘み取り、 美しい物語に結晶させたような作品だ。
人生ってそんな繰り返しなのかもしれないな、とふと思った。 一生関係が続くような出会いはごくまれで、 何気ない日常生活の中でのささいな瞬間がほとんど。 しかし、時としてその一瞬の思いに引きずられ、 その後、大きく左右されることもある。
今日、僕が池澤さんと接したのも、時間にしてみたら本当にわずか。 でも、今日感じた思いには、 これからずっと引きずられるのだろう。
「永遠に消えない人生の一瞬。恩寵のような邂逅ーー。」
短編集の帯に書かれたこの言葉を、しみじみと感じていた。
|