日々想事ひびおもうこと...紫能神巳

 

 

物事の面。 - 2002年08月05日(月)

…というのは、片方だけじゃないという事。
当たり前のようでいて、コレがなかなか難しい。少なくとも私には難しい。

私は子供のような境界例、と言っても良いんじゃないかなと思う、人格的欠損がある。欠損か欠陥か。それはどっちでもいいや。
何処が欠けているかを、自分で知っている。
知っているからといって、じゃあ埋めましょうって訳に行かないのよ。
それが出来れば簡単なんだろうけど、その努力を怠るつもりは無いけれど、そこに手が届いてない事が、多々ある。
解りやすく言うと、物事を一方面でしか見れない人間だ。
だから、『こう』だと思ってしまうと、その人やモノは、私の中で『そう』なる。
抱いてあやしてくれる母を菩薩だと感じ、他方では自分を叱る母を羅刹だと感じたりもする、そういう(まァ無論そこまで極端ではないが)極端すぎるものが、私の中にはある。
『あの人は概ねイイ人だが、ああいうところは頂けないなあ』と、良いも悪いも両方認める『大人』の態度が非情にとりづらい。
入り口が例えイイ人だったとしても、『あ、ココダメ』と思うところがあったら、それが表情に出て、態度にも出てしまう。
そういう自分を、いつまで子供なんだよ私、と客観視している私もいる。
いるけれども、『子供』の私が、多少強いようだ。
それを、『潔癖症ぶるな』という言葉で人に指摘されて、ああ、そうなのか、と感じたりした。
私が持っているものは、子供の頃に持っていた、異常なまでの潔癖さなのか、と。
世の中のからくりも何も知らないで、ただ理不尽だと感じる事に憤る子供、から、私は成長していないらしい。
許せないものは許せない、と断罪してしまう子供なのだ。
だから敵が多いのか、と苦笑。
味方も多いかもしれないが、敵はその3倍は居ると思う(笑)
でも、敵が居ても良いや、と思うんだからバカである。
誰にも嫌われない方法なんか、この世には存在しないんだ。
そういう真理を知っている程度には大人な自分に、安堵(笑)
早く大人になりたいともがいた子供は、今でもまだココに居るらしい。


……独り言(笑)


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