★ 夏海の日記 ★

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2006年07月04日(火) 空も青いし〜♪

「金のつぶ食べよ〜♪」ってコマーシャル、知ってます?
あのシリーズの、女の子が最後に歌うワンフレーズ
「空も青いし〜♪」

この一言、すごく好きです。
空も青いし、ま、いっか〜 ^^
この能天気さを手に入れることができた幸運に感謝です。

最近の子供・若者は、『悩まなくなった』と精神科の香山リカちゃんが本に書いていました。
悩む子が、精神科にやってくる。
問題は、悩みすらしない子だと。

悩む前に行動してしまう。
それは、他者に対する暴力だったり、自分に対する暴力(自傷行為や衝動的な自殺)だったり、放火や器物破損、家庭内暴力などもそうかも知れない。
ハッと冷静になって、一体何が起きたんだろう?自分は何をしたんだろう?って呆然となるんだって。
だから、そんな人に「どうして?」って聞いても どうしてなんだか自分でも解からないらしい。

だよね。
考えて話をしない人は、何も考えないで、思いついたまま喋る人は、考えてないから、脳みそに残っていない。
『自分が何を言ったのか』を覚えていないのね。
そんなことあるの?って思うでしょ?
ウータン(元夫くん)の母親が、まさしくそのタイプの人だったの。

考えるより先に口から出てしまう。
だから、脳に残っていない。
自分が何を言ったのか を覚えていないの。
「そんなこと 言ったきゃ?」(「キャ」って、おのれはサルか?!#)
私が、こんなこと言って傷ついたって言うと、必ず言われる言葉でした。
言った覚えがないことに抗議される → 取り合えず謝る → 何に謝ったか覚えてない → 同じ言葉で傷付ける
脳みそがない人は、怖いね。
こういう人には、近寄らないのが無難です。

悩みって、人を成長させる。
問題が大きくて、考えて、考えて、どうしようもなくなって...
そうしたら、山とか(登山しなくても、ロープウェイでも車ででも全然OK!)高い場所、遠くまで見渡せる場所へ行ってみてください。
そこから 眼下を見下ろすの。
そこから見える家やビルの 何て小さなこと!
人の何てちっぽけなこと!

吹く風の心地よさや、青い空を見上げて、浮かぶ雲を見て...
で、自然から 少し優しさを貰って、冷静さを取り戻して、それから また考えてみる。
問題を一つずつ整理して、一番最初に解決しなきゃいけないのは、何か?
ギョエ〜って思ったけど、これは別に私が考えても仕方のないことだってこと あるかも知れない。
今、考えても仕方のないことで、もう少し時間をおいて考えた方が良いことだってある。

視界が開けている場所に行って、『神の視点』とやらになってみると、
下界の悩みなんて、ちっぽけに感じるかも知れない。
『結局 生きてりゃいいじゃん』って
『慌てることない!ない!死ぬ訳じゃなし』って思えるかも知れない。

街にいたら、雑踏にまぎれてしまっていたら、地平線なんて見えなくて、空と大地がくっついていることにさえ気が付かない。

海でも 山でも良い
悩んで 悩んで 悩みつかれたら、広い場所、視界の開けている場所へでかけて、心を開放してあげて下さい。
そうして 『自然』に元気を分けて貰ったら、
また 未来へ 幸せな方向へ向かって 歩き始めたら良いのです。




今朝ね、駅の駐輪場で倒れてる人がいました。
私が着いたときには、すでに意識がなく、血の混ざったよだれ(?)を吐いていて、いびきをかいていました。
いびきを聞いた時、「ああ、昏睡に入っているのね」って思いました。

自転車の整理をしている おじいちゃんが、携帯で喋っていたので、救急車を呼んでいるのかと思って、
それなら私がいても いなくても 同じじゃないかと思って、その場を離れて駅へ向かいましたが、立ち止まらず、
でも、おじいちゃんじゃなくて、私なら 応急処置を聞きながら、何かできたんじゃないかと思いながら歩きました。
倒れてる → いびきをかいてる
たぶん、血管が切れた症状です。
動かすと 危ない
って言うか、すでに もう危ない。
その緊急さを たぶん おじいちゃんズは 解かっておらず、
「暑いと、こういうことが増えるからね〜」なんて、のんびりした会話をしていました。

たまたま駅へ向かう途中で 鍵を拾い、交番へ届けたのね。
だから電車に乗るまで結構時間があったのですが、その間救急車両の音が聞こえてこず、
おじいちゃんズが話をしていたのは、救急車ではなく、おうちの人だった?とか思って
あぁぁぁ 私がいれば良かったのかも って後味の悪い思いをしました。

私がいても いなくても、手遅れだったかも知れない。
私ができることなんて、たかが知れてる。
でも、おじいちゃんから電話をもぎ取って、そうしたら、この居所を的確に伝えて、救急車の到着を早められたかも知れない。
救急車到着まで、何かできたかも知れない。
何も手を出させない(体を動かさないとか)ことが できたかも知れない。

その症状によって、体を冷やす方が良いのか、悪いのかとか
動かさない方が良いのか、頭の位置を移動させた方が良いのかとか、応急処置には色んなパターンがある。

そんなこんなを考えながら 電車に乗って 会社に向かいました。

今日はとってもいい天気で、
空は どこまでも青く
その空を見ているうちに、こんな晴れた日に 逝けたら 幸せだなって思いました。
あの症状を見ていると、何も苦しんでいないし、今日は天気も良いし。
『インディアンの教え』(だったかな?)って本があって、
その中の 憧れの言葉
「今日は 死ぬには いい天気だ」

最近私の周りには 死の話が多い。
昨日も 友達の隣の家の娘さんが、最近旦那さんを亡くしたらしく
子供を連れて同居するので、友達の部屋を売れるまで貸して欲しいって言われて、
(友達は一軒家を購入し、今のマンションを売りたいんだけどって話をしてたの)
あーだこーだ話しをしているうちに、現金で売れたってメールがあったばかりだった。

『ある日』は突然やってくる。
友達は、くも膜下出血で亡くなった。
友達は、菌が心臓に入って、心臓を止めてしまって亡くなった。
弟は、友達は、交通事故でほとんど即死だった。

今朝の男の人のように、よく晴れた日に 逝きたいなぁって
今朝の男の人のような死に方に憧れるのは、私の我が儘かなぁ。
(残された人は大変だもんね)

会社に着いて、上司に今朝の話をしたら
血管が切れてるな。
血を吐いて、いびきをかいてるってことは、死ぬな。って とても冷静に言いました。
やっぱり血管が切れた人を知ってる人は、違うなって思う。

人は 知ってることしか知らない。
経験したことしか わからない。

こんな悲しいことは、経験しない方が良いし、経験してない方が幸せなんだけどね。


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